天使で悪魔




悩みの種はネズミ





  ブラックウォータ海賊団。
  ひょんな事からあたし、アイリス・グラスフィル、愛称アリスのあたしが関わった。
  本来の任務は帝都波止場地区に停泊する海賊船に対する、退去勧告を行うスラム街の皆様の護衛。
  しかしその前夜、謎の『
依頼ぶち壊しにした悪の暗殺者っ!』のお陰で海賊は壊滅し、海賊船も帝都軍に接収
  されていた。あたしは無駄足無駄骨、まさにくたびれもうけ。
  アーマンドさんは……依頼人ね。
  彼は無駄足を運ばせた事を謝り(というかあまりにも突発的なイベントで予測できるわけもないけど)あたしに、というか
  ギルドにだけど、約束の謝礼を支払った。

  そのまま帰ってもよかった。しかし折角来た帝都、始めて来た帝都。
  あたしは船を改造した船上ホテルに泊まった。
  帝都でしか出来ない事だ。
  そこをブラックウォーター海賊団が襲撃。
  結局、連中は盗賊で海上戦闘には長けていない事もあり、またあたしの眼から見ても錬度は低かった。
  団員のリンチ、ミンクス、ラスはあたしが倒した。
  オーナーのオルミルを人質にしていたボスのセレーネは、仲間が全員倒された事を知るとあっさりと降伏。
  そしてあたしは華々しいデビュー戦を飾る事となった。
  ……のだが……。




  「毎日毎日やらされる事は迷子の犬探し、借金の催促、皿洗いに子供の遊び相手……これが戦士ギルドなのっ!」
  不満ぶちまけるあたし。
  冒険したいもっと英雄っぽい事したいっ!
  ……そりゃ小さい事からこつこつとー、が戦士ギルドの訓示だけど……その重要性も分かってるけど……。
  なんだかなぁ。
  なお不満をぶちまけてる相手は叔父さんじゃあらず。
  ……そ、そんなこといったら拳骨もらうもの。おろおろ。
  話を聞いてくれている相手は、苦笑いを浮かべながらもあたしをなだめてくれる。
  コロールに暮らしてあたしは長い。
  アルゴニアンの幼馴染の女の子ダル=マは、優しい事で有名な子だ。コロールのアイドル。
  ……あ、あたしは……次点という事で……。
  コロールにある、戦士ギルドの前には広場がある。あたしはその中央に立つ大きなオークの木の下で、ダルと話をしている。
  昔から、ここで2人でよく遊んだものだ。
  「ねぇダル、そう思わない? あたしの実力、叔父さん達知らないんだよきっと」
  あたしはまだ正規のギルド員ではない。
  あくまで準ギルド員。
  「アリス、貴女少し天狗になってると思うんだけど」
  「えっ?」
  「アリスが強いのは昔から知ってるし、勇敢なのも知ってる。海賊倒したのも凄いし評価もする。でもアリスはまだ色々と経
  験不足なんだと思うな。だから、叔父様達もそれを心配してるんだよ、きっと。もちろん、私も」
  「……ダル……」
  あ、あたし調子に乗ってた?
  た、確かに海賊団を一人で返り討ちにした(約一名は投降)のが、あたしを少し傲慢にさせているようだ。
  ……うん、納得。
  ダルの言い分は正しい。あたしは、少し自分を過大評価しすぎていたらしい。
  そうよ。ダルの言う通り。
  今は叔父さん達からの信頼を勝ち得る時なんだ。そして自分を磨く、それがあたしのすべき事。
  そしていつかきっと評価してくれるだろう。
  ……きっと。
  その時、叔父さんが戦士ギルドの方から叫んだ。
  「おいヒヨッコっ! お前に相応しい下らない依頼をまた取ってきたぞ、がっははははははははははっ!」
  「……ダル、あれでもあたし心配してると思う……?」
  「……ごめんなさい。現状知らないで言いました……」
  あぅぅぅぅぅ。
  ダル、それじゃフォローになってないよぉ。



  叔父さんって最高♪
  ……ダルと別れてわずか数分で、あたしは叔父さんに対する評価を変えていた。
  コロールにある戦士ギルドの総本山。
  叔父はそこのギルドマスターの補佐役で、次席に位置している。そして……。
  「今回の任務、貴女にお願いしますわね、アリス」
  「はい、おば様。任せてくださいっ!」
  ギルドマスターであるヴィレナ・ドントンはあたしに激励をしてくれた。
  コロールに住んであたしは長い。というかここで育ったようなものだ。両親より叔父との暮らしの方が長いし。
  おば様はあたしにとって母親代わりの人だ。
  もちろん、あたしを特に可愛がってくれた、というのもあるけどおば様にとってギルドメンバーは息子であり娘、そう認識
  しギルドを切り盛りしている賢母。そう自ら公言してるし、そのようにメンバーに接している。
  偉大で優しい人。
  尊敬してる。そして、それは他のメンバーからもだ。ある意味で、おば様はギルドの顔。
  おば様のその名声と人格に惹かれてギルドは繁栄してきた。
  「でアリス、お前にしか任せられねぇ。当然、やるよな? やらないなら家から追い出すけどな。路上生活決定だな」
  「そ、そんなぁ」
  モドリン・オレイン。あたしの叔父であり……ダンマー特有の口の悪さをまざまざとあたしに見せ付けてくれている人。
  叔父を見て思うのよ、あたし。
  口が悪いのは、あたしの代で返上しようって。
  ……ま、まあそれは半ば冗談……て事は半分は本気か……ま、まあそれはいい。
  おば様がギルドの顔なら、叔父は事務的な面でギルドを切り盛りしている。
  名声で人は集まるけど、それを生かす術がなければ組織は立ち行かないし、いつかは理想も枯れて何の組織か分から
  なくなってしまう。叔父はその調整や資金調達等を、外見からは想像出来ない細やかさでギルドを発展させてきた。
  ……ほんと、似合わないよなぁ。
  「母さん、話があるんだが……」
  ヴィラヌスだ。
  ギルドマスターであるヴィレナ・ドントンの息子。次男。
  最近長男が任務中に殉職し、それからヴィラヌスは一線から遠ざけられた。おば様の一存で。
  怖いのだろう。これ以上肉親を失うのは。当然の事だ。
  それからヴィラヌスは新兵の教育とか鍛錬に時間を割かされ、実務には就けてもらっていない。
  あたし、ダル、ヴィラヌスは小さい頃から一緒に遊んできたし幼馴染だ。
  「オレイン、アリスに任務の事をよろしくお願いしますね。……ヴィラヌス、こっちに来なさい」
  「ああ」
  おば様はヴィラヌスを伴い、奥の部屋へと姿を消した。
  葛藤は分かるよ、ヴィラヌス。
  戦士として教育されてきて、今更実戦から遠ざけられれば腐るのは分かる。
  でも……。
  「アリス、あれはある意味で家庭の事情だ。ギルドとは関係ねぇ。だからお前も下らんお節介はやめろ。いいな?」
  「下らないって……」
  「どっちの味方もするなって事だ。こじれるだけだからな」
  「……はーい」
  叔父さん、短気な割には思慮深いんだよなぁ。
  この濃い顔で事務系に長けている、という時点で意外性なんだけど……。
  「さてアリス、任務がある」
  「はいっ!」
  来た来た♪
  あたしの英雄への道、始まるのよきっと個の任務から♪
  「お前向きの依頼を探していたらな、アンヴィルのアザーンからぴったりの任務があると知らせがあった。アリス、すぐさま
  アンヴィルに行きアザーンから事情を聞き、速やかに対処せよ。馬は厩舎に用意してある。使え」

  「はいっ!」
  どんな任務なのだろう?
  盗賊団の退治か……ううん、アンヴィルは海に面してるから海賊よね海賊。
  それともモンスターの群れが街に向って侵攻中とか?
  あー、もしかしたらヴァンパイアとか死霊術師、もしくは邪教集団とかと死闘を演じちゃうのかなあたしっ!
  「……うふ、うふふふふー……」
  「アリス? おいアリス?」
  妄想の世界へダイブするあたしに叔父さんの声は届かない。……いや、駄目じゃん。
  と、ともかくあたしはアンヴィルの戦士ギルド支部長であるアザーンの元に向う。
  あたしの華麗なる英雄伝説、スタートです。



  アンヴィル。
  海に面している港湾都市。街の住民の大半は何らかの形で海関連の仕事に就いている。
  風光明媚な街、ではあるものの船乗り達が多く寝起きしている街でもある為、あまり観光的には向かない。
  ……海の男がむさ苦しいから。
  また潮風による浸食からか建物の壁がひび割れたり汚れていたりで、外観としてはあまり美しくはない。
  それでも灯台や小島にある領主の城は見ごたえ充分。
  ……ああ、そうそう。
  領主である伯爵は現在失踪中。既に十年以上も消息不明で、街の治世は才女である伯爵夫人が行っている。
  さて。
  コンコン。失礼しまーす。ガチャリ。
  「戦士ギルドの者です」
  「ああ、入って」
  「では、失礼します」
  出迎えてくれたダンマーの老女……あたしもダンマーだけどここまで顔色はブルーではない。
  こ、ここまで色濃いともはや人生のハンデのような気もする。
  老女の名前はアルヴィーナ・セラス。今回の依頼人だ。
  馬を駆けて駆けて二日。
  あたしはアンヴィルに到着した。到着したその足でアンヴィルの戦士ギルドを尋ね、支部長アザーンから任務を受領した。
  任務は至極簡単。
  ……少し拍子抜けしたけどね。
  任務はアルヴィーナ・セラスの身辺警護。ここ最近、彼女に脅迫状の類が送りつけられているらしい。
  あたしの任務は身辺警護、というか……その脅迫状の真偽を確かめる事が、そもそもの主題だ。つまり悪戯か、そうではな
  いかを調べればいいのだ。
  ……。
  わ、わざわざコロールから来るまでもなかったじゃん。
  つ、ついでに聞かなくてもいい事街で聞いたけど……アルヴィーナ・セラスは変わり者で有名らしい。
  多分アザーンは関わり合いになりたくないから、あたし向けの依頼を探していた叔父さんに仕事を回したんだと思う。
  あぅぅぅぅぅ。
  「戦士ギルドの方に来てもらって本当に助かってますわ」
  家にあたしを招きいれると、アルヴィーナ・セラスはまず感謝を口にした。
  ……うーん。見た感じ性悪そうに見えたけど……存外そうでもないみたい。偏見と言うなかれ。
  ダンマーは基本的に性格が顔に出る種族だ。
  陰険そうな顔はほぼ百%陰険だし、きつそうなのは、まさにそのまんま。
  なんならアルケイン大学に論文出してもいいぐらいに、見事に顔で性格分かる。
  「脅迫文、見せていただけます?」
  「見せるまでもないわ。地下室にいるネズミの事よ」
  「ネズミ? ……あー、つまりは脅迫として汚らしいネズミを地下室に送られたわけで……」
  「汚らしいとは何よあんたの存在より遥かに尊いのよあの可憐さ健気さどれをとってもあんたは勝てないわよお黙りっ!」
  「……」

  ほ、ほらー。性格が顔に出てるじゃんあたしが正しいじゃん。
  「どこかのアホが私の可愛い可愛い子供達を皆殺しにするって手紙送りつけてきたのよ。何とかしなさいっ!」
  「あ、あたしがですかですよね?」
  「言っておくけど私が穏便に生きているのもあの子達の愛らしい存在があるからなのよっ! もしもあの子達に何かあって
  ごらんなさい私はどんな犯罪行為をしでかすか分かったものじゃないわよっ!」

  穏便に……生きてますか?
  ダンマー……ダークエルフ、別にダークでもないけど……多分この性格からダークが連想されてるんだろうなぁ。
  確かに性格が気難しいのが多いし。
  とりあえずあたしは地下室に降りてみる事にした。とっとと終わらせよう、この仕事。
  馬鹿馬鹿しいとは言わないけど、この夫人に付き合うと自分の種族の劣等感ばかり見えてきて辛い。あぅぅぅぅ。
  地下室見学した上で、脅迫文の真偽を確かめるとしよう。



  「……すげぇ……」
  いるわいるわ。ネズミネズミネズミーっ!
  ドラエモンいたらきっと『全面核戦争ー♪』とかいう道具を四次元ポケットから出す事だろう。あぅぅぅぅ。
  別にネズミ嫌いじゃないけど……ここまでいるとさすがに寒気がする鳥肌が立つ。
  それに何を食べているか知らないけど異様にでかい。
  地下室のスペース、かなり広い。
  ここに一人か二人、下宿してもまだ広い、そんな場所にネズミネズミネズミ、なのだ。
  あー、それにネコ科の動物もいる。
  へー、アルヴィーナさんってばマウンテンライオンまで飼ってるんだ。ははは、ネズミ食べてる食べてる。
  あっははははー。
  ……。
  ……。
  ……な、なぬぅーっ!

  あたしを見て咆哮、ネズミを食らった為に血塗られた牙を剥き出しにしてあたしに襲い掛かってくる。
  踊りかかってきた瞬間っ!
  「はぁっ!」

  魔法剣である黒水の剣で、マウンテンライオンの体を両断した。
  「あ、危なかった。で、でもなんでこんなのがここにいるのよ」
  とても飼える様なものじゃない。
  ネズミは……バラバラになってる死骸だから数は分かんないけど、五匹は食い殺されてる。
  あわわわわ。あの夫人に文句言われそうだぁ。
  「……この穴か」
  一部、壁が崩れている場所がある。家の外に通じている。ここから入ったのだろう。
  それに……ネズミが数匹、穴から外に出て行ってるけど……。
  「ふぅん。脅迫状はこういう事かな。きっと」
  アルヴィーナさんは知らないのかもしれないけどネズミは外に逃げてる。
  ネズミ算式にまた増えるから、地下室のネズミは減ったようには見えないけどそれは錯覚でしかなく、増えては餌
  が足りなくなって外に逃げてるんだ。
  となると脅迫状は、その行為をやめさせようとしている?
  ……でもマウンテンライオンは何なの?
  ともかくあたしはその事を伝えるべく、上に戻った。



  「どうだった? 可愛いでしょう、私の子供達。……踏んでないでしょうね?」
  にこやかにどうだった、と言われても……。
  「あの、数匹食い殺されて……」

  「あなた気は確か私の子供を食べたですってそんなに食べたいならスローターフィッシュでもマッドクラブでも丸齧りす
  ればいいじゃないのなんでよりにもよって私の可愛い子供達をあんた殺すわよっ!」

  「ちちちちちちちちちちちち違います首絞めないで食べたのはマウンテンライオンですぅーっ!」
  「マ、マウンテンライオン?」
  げっほげほっ!
  こ、この夫人別にギルド雇わなくても脅迫犯を自力で仕留める力持ってんじゃん。
  「な、なんでマウンテンライオンが私の地下室に?」
  「穴が開いてました、壁に。多分そこから。……ああ、それとネズミも外に……」

  「マウンテンライオンは群れで行動するのよ多分まだいるわ。あなた、討伐してきなさいっ!」
  「はっ?」
  「あなたの仕事は私の可愛い子供達を守る事。これは範囲内よ、討伐してきなさいっ!」
  「あのですね、その場合は別途料金が……」

  「行きなさいっ!」
  「……はいはい」

  「はいは一度だけですっ! 返事はっ!」
  「はいぃーっ!」
  あ、あたしが会ったダンマーは……叔父さんも含めて……こんなのばっか。
  ああ、だからか。だからあたしは気の良いダンマーなんだ。
  ああいうのにはならないぞ、という誓いを胸に生きる事がで来たのね、それで。なるほどなぁ。
  「ピナルス・インヴェンティアスを探しなさい、彼は狩人よ。野生動物の生態に詳しいから」

  「……はいはい」
  「返事は一回っ!」
  「りょ、了解でありますっ!」
  ……こんな仕事ばっか……。
  いつかは戦士ギルドを背負って立つような仕事を受けられるだろうか?
  ……出来れば今世紀中に受けたいなぁ、と思うあたし、アリスでしたとさ。
  「駆け足で行くっ! ほら走れ走れーっ!」
  「はいっ! 軍曹殿っ!」
  ……まともな依頼人はいないのぉー?
  あぅぅぅぅ。



  「でも、ピナルス・インヴェンティアスって……誰……?」
  あたしはアンヴィルの人間じゃない。
  というか、ここに来たのは初めて。多分、ピナルス……うー、分かり辛い名前だよなぁ。おそらくはその彼は、ここ
  では有名な人なんだろうけど……あたしには縁のない人だ。初めて聞く名前だ。
  誰かに聞こう。
  戦士ギルドに戻る……とも考えたけど、どうも癪に障る。
  ネズミの仕事を体よく押し付けられた感あるし。
  ……あっ、あの人に聞こう。黒いドレスの女性。インペリアルの女性だ。
  「あの、すいません」

  「……」
  「あの、すいません」
  「……」
  「あのー?」
  「……」
  「もしもーし?」
  「……」
  耳が聞えないのだろうか、いやそれともただ無視をしている?
  はぁ。溜息をつく。
  「……じゃあ、衛兵に聞こうかな」
  「あら、わたくしに声をかけていたのですか?」
  「えっ? あっ、聞えてたんですかですよね」
  「ごめんなさいね。わたくしは家訓により下々の方とは言葉を交わす習慣がないもので。ごめんなさいね」
  「は、はぁ」
  年の頃は……二十代前半だろうか。
  美しい部類なんだろうけど、高貴な感じがするけど……半面、傲慢さも感じる。
  ……ああ、高貴だから傲慢、なのかな?
  「それで下賎な方。わたくしに何か御用ですか?」
  「げ、下賎……」
  「まぁご遠慮なさらずに。わたくし高貴な出ではありますが下賎な方にも理解はあるつもりです。さっ、お話くださいませ」
  「えっと、実は……」
  「あなた、礼儀作法をご存じないのですか? わたくし、見ず知らずの方と言葉を交わす習慣はないのです」
  「……ア、アイリス・グラスフィルと申します……」
  「ご丁寧にどうもありがとう。わたくし、アルラ=ギア=シャイア。もっとも高貴な貴族シャイア家13代当主ですわ。よろしく」」
  こ、高貴の出なのかどうなのかあたしの眼では判断できないけど……つ、疲れる。
  ネズミおばさんだけじゃないのね、この街の変な人は。
  「そ、それでですね。人を探してるんですけど……」
  「わたくし、この街の出ではないので存じません」
  「……」
  「御用はそれだけかしら?」
  「……あのすいません今までの流れは全て無駄の方向ですか……?」
  「そのようですわね」
  「……」
  「お嬢様ーっ!」
  真紅のアルゴニアンが駆けて来る。
  「遅いですわジョニー。……グレイズはどうしました?」
  ジョニー、と呼ばれたアルゴニアンはそのままその場に跪く。貴族、なのは本当なのかな?
  そうするとこのトカゲは従者か。観光だろうか?
  「グレイズは鍛錬すると言って街の外に」
  「ふぅん。わたくしを放っておいて、ですか。……始末ですわね」
  「ま、まあそこは大目に。そ、それでお嬢様。次の仕事ですけど……あの、誰でござんすか、彼女」
  「この方は……えーっと……下賎な方ですわ」
  「にこやかに何言ってるんですかたった今名前教えたでしょあたしアイリス・グラスフィルっ!」
  「ごめんなさいね。下賎な方の名前は覚えない主義ですので」
  こ、この女。
  もしかしたらあたし、無意味な会話をエンドレス?
  あぅぅぅぅぅ。
  「そうそうジョニー。下賎な方は人探しだそうですわ」
  「あの、ジョニーさん……ですよね? その、知りませんか。ピナレス・インヴェンティアスって人」
  「ピナレス……ああ、知ってるでござんす。あそこ……ほら、あそこの家でござんすよ」
  「あ、ありがとうごさいますっ!」
  「あらジョニー。何故そんな事知ってるんですの?」
  「何故って……昨晩、トイレットペーパーまで全部頂いたじゃないですか」
  「ああ、あの方の家でしたのね」
  ……?
  頂いた……なんか2人泥棒みたいな会話内容だけど……貴族の出らしいし、しかもわざわざ正装してる女性だし、泥棒な
  わけないか。あたしはお礼を言って分かれた。疲れる流れだったけど、目的は果たせたからよしとしよう。
  さて。とっとと終わらせますか。



  「マウンテンライオン?」
  「ええ、そうなんですそうなんです」

  「街の中に……というか、あのネズミおばさんの家の地下にか?」
  「そうです。……あっ、あたしはアリス。戦士ギルドの者です」
  ジョニーさんに聞き、探し出したピナレス・インヴェンティアスさんの家。訪ねると、甲冑に身を包んだピナレスさんが出迎
  えてくれた。玄関での立ち話。扉の向こう、家の中は空っぽで奥さんが途方にくれている。
  「あの、家の中何かあったんですか?」
  「ん? ああ、泥棒だよ。トイレットペーパーまで盗まれた」
  「へぇ」
  「まあそれはいいんだが……マウンテンライオンが街の中にいる、というのは変だな。しかし一匹という事はないな。あいつら
  は群れで行動してる。少なくともまだ四匹ぐらいはいるだろう」
  「すいませんけどどの辺りにいるか教えて……」
  「俺が行こう。あんたも来るなら、助かるがな」
  「手伝ってくれるんですか?」
  「無一文だからな、今。それに狩りは仕事でもある。マウンテンライオンの肉を売るにしても皮を売るにしても、かなりの金になる」
  なるほど。生計を立てるのに好都合なわけか。
  あたしの目的は狩りじゃない。
  倒した獲物は、彼に譲る事にしよう。肉も皮も……怖くて剥げないし捌けないし。
  待っててくれ、と言ってピナレスさんは家に戻りクレイモアを担いで出てきた。装備一式は寝てる間も基本は着けているらしく、盗
  難にはあわなかったそうだ。鎧には自分の名が刻んであると、特別な思い入れを語ってくれた。

  愛着があるのはいいんだけど……変な人。
  街を出る。
  マウンテンライオンの生態……というか、あたしは基本的に遭遇したら倒す、程度でしかなくそういう知識は皆無に等しい。
  黙ってついていく。
  「狩りはいいぞぉ。狩りをする時だけ、俺は少年の瞳に戻るんだ」
  「は、はぁ」
  「そう。あの純真でまっすぐな瞳に……ああっ! 俺はもう年取りたくないずっと少年でいたいんだっ!」
  「は、はぁ」
  道々喋りまくり。不意に、その場にしゃがみ、何かに聞き耳を立てている。
  獣が近くにいるのか?
  「しっ。静かに」
  「……」
  すいません思いっきり喋ってたのはあなたですがそれが何か?
  ……あっ、聞える。何かを咀嚼する音。風に乗ってくる血の臭い。獣の特有の低い、唸り声。
  茂みの向こう。
  「……」
  誰かを食べている、マウンテンライオン。旅人だろうか。既に白骨に近く、性別すら分からない。数は四頭。
  あたしの前にいるピナレスさんは背中の剣を構え、そして突っ込んだっ!
  音もなく。
  まさに狩人、まさに疾風。その動きに、無駄はない。
  そして……。
  「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
  ああっ!
  ピナレスさんがマウンテンライオンにフルボッコされてるぅーっ!
  無駄はないけど隙だらけ、みたいな?
  ……って、助けなきゃっ!
  ……この間のオルミルさんの用心棒のオークもそうだけど、頼りになる補助者はいないの……?
  「やあっ!」
  茂みから飛び出し、剣を一閃。しかしマウンテンライオンの動きは俊敏。わずかにかすっただけ。
  既に動かない……息してるみたいだけど……ピナレスさんよりも、動いているあたしに向って飛び掛ってくる。
  四頭の獣の波状攻撃。
  飛び掛ってきた一頭の頭部を立てに両断、血が溢れる。その瞬間、あたしは身を捻って回避しようとするものの別の一頭
  の鉤爪に腕を裂かれる。薄皮一枚、ではあるが血の臭いにマウンテンライオン達は酔い痴れる。
  じりじりと退くあたし。
  三頭の血に飢えた、連携した狩りを行う草原の狩人。
  自然の掟は弱肉強食。常にどちらが狩られるかは決まっていない。逆転するのだ、狩る者と狩られる者は。
  この場合はどっち?
  「……あたし、こんなとこじゃ死ねないでしょ」
  まだ英雄伝説序章なのに。
  そして……。
  血の臭いが満ちた。それは虐殺だった。一方的な、屠殺。哀願も何もない。慈悲もない。容赦なく行われる血の宴は、最後
  の息が止まるまで続くのだ。血の飛沫が撒き散らされ、肉は裂け、骨は砕ける。
  そして、全ては終わった。
















  「全部退治してきました」
  あたしは、アルヴィーナさんにそう答えた。
  マウンテンライオンの始末。あれは……危なかった。あの後、一頭を切り倒した後ね、あの後に突然ローブの男が飛び込んできた。
  白いオーク。
  グレイズ・エル・トレヴァー、と名乗るオークは手にした剣であっという間に切り伏せてしまった。
  強い、なんてものじゃない。
  まさに一方的だった。多分、あれだけの剣の腕の人は戦士ギルドにも数人しかいない。
  名前だけ名乗ると、白いオークは去っていった。
  ……格好よかったなぁ。まさに剣士、そうね……流浪の剣士、って感じで素敵だった。
  ……。
  ああ、約一名格好よくない狩人のピナレスさんは生きてました。あしからず。
  「全部退治してきた、ですって?」
  「はい、だから安心してください」
  「あっはははははははそれはおめでとう、でもお生憎様まだ一頭残ってるわ地下にまたいるのよっ!」
  「ええっ!」
  その言葉を聞き、あたしは地下室に急いだ。
  一頭のマウンテンライオンがネズミ達を蹂躙し、食い殺している。いる事が前提で地下室に飛び込んだあたしは、一刀で斬り殺す。
  壁の穴から出入りしてるのは間違いない。
  でもなんでここにばっかり?
  ネズミを食べに来てる、のは分かるけど……人間だっているんだ。マウンテンライオンにしてみればどっちも餌だ。
  わざわざネズミだけ襲う意味が分からない。
  誰かが誘導してる?
  その旨をアルヴィーナさんに報告すると……。
  「クイルウィープよ。そうよあの女に違いないわ汚らわしいアルゴニアンの隣人よっ!」
  「クイルウィープ大先生が隣にっ! ……あぅぅぅぅ、色紙持ってくりゃ良かった。あっ、どこかに色紙売ってません?」

  「こーろーすーわーよーっ!」
  「首、首絞めないでぇ……ぐるじぃ……」
  クイルウィープ。アルゴニアンの女性で、冒険小説家。あたしの中では上位に位置する、天才小説家だ。
  サイン、もらえるだろうか?
  もらったら、額に入れて飾ろっと♪
  「あのトカゲは私の可愛い子供達に偏見を持ってるのよ。さあ行って討伐してきなさいっ!」
  「さ、さすがに討伐はまずいでしょう」




  その後。
  クイルウィープ大先生は犯行を認めた。肉の塊を地下室に通じる穴のところに置いたというのだ。
  犯行の理由。
  ネズミの被害に困っていたらしい。やはり相当数が街に出ているのだろう。特に隣家の彼女の家ではかなりの被害が出
  ていたのだがアルヴィーナさんはそれを無視した。
  だから、肉の塊……餌ね、それを置く事によりネズミを街に誘き出し、環境問題を盾に衛兵に捻じ込むつもりだったそうだ。
  しかし偶然とはいえ、結果としてマウンテンライオンを呼び寄せてしまったのだ。
  あたしが仲介として、もちろん戦士ギルドの後ろ盾が一番大きいんだけど穏便な解決を選ぶ事にした。
  アルヴィーナさんとクイルウィープ大先生は示談……というのもおかしいけど、話し合いで決着。
  どちらも、法律で照らせば犯罪者だろう。
  アルヴィーナさんは哀願動物であるネズミの監督が不充分であり、その結果かなりの数が街に逃げていた。
  その被害にもっとも苦しんでいたのが隣人のクイルウィープ大先生。
  しかし脅迫文とか餌でネズミを誘き出して衛兵に始末させようとしたりと、必ずしも正当な手段を講じたわけではなく、ま
  た餌である肉の塊がたまたま近くに来ていたマウンテンライオンを街中に誘い込む事に繋がった。
  一歩間違えれば大惨事。
  ネズミだってそうだ。
  ネズミそのものに害はないにしても、伝染病の媒介なのだ。街に溢れれば、衛生上の問題にもなる。
  だから、当方示談で解決した。
  公にはしない。
  どちらも脛に傷は、あるのだ。クイルウィープ大先生は捕まるだろうし、アルヴィーナさんもおそらくただじゃすまない。
  投獄はされないだろうけど、命より大事なネズミは処分されるだろう。
  それで、示談。
  クイルウィープ大先生は、今後アルヴィーナさんのネズミに文句を言わない何もしない。
  アルヴィーナさんは穴を塞ぎ、ネズミを完全に地下室で飼う事。それで、お互いが妥結した。でも……。
  「これ、アルヴィーナさんの負けだろうなぁ」
  ネズミは今後、あの地下室で膨大に増えて飼い切れなくなるだろう。
  アルヴィーナさんは結局、ネズミを始末……そうなるとネズミが可哀想だけど……大量処分するに違いない。
  ともかく。
  ここにわざわざコロールから出張って来て受けたネズミ騒動は幕を閉じる事になる。
  ……次はもっとマシな仕事来るかな?
  ……来るといいなぁ。あぅぅぅぅぅ。