天使で悪魔





誓いの破られる時





  あたしの名前はアイリス・グラスフィル。
  所属は戦士ギルド。
  階級は見習い。
  出身はモロウウィンド。
  両親の方針が、あたしの英雄像に反し、それを強要され、精神的な負担でしかなかったので故郷を出奔。
  シロディール地方にあるコロールの街に住む叔父を頼って、やって来た。

  現在の住まいはコロールにある、叔父の家。
  叔父の名はモドリン・オレイン。
  戦士ギルドマスターであるヴィレナ・ドントンの懐刀であり、腹心。
  実質的にギルドを切り盛りしているのは、叔父さん。

  英雄になりたい。
  それがあたしの夢であり、道。
  今はまだ戦士ギルドの下っ端だけどいつかは上に行きたいと考えてる。
  名誉が欲しい?
  権力が欲しい?

  あたしが望むのは、馬鹿みたいに正しい事をする英雄。
  それがあたしの理想像だ。
  小さい事でもコツコツとやり遂げよう。どんな小さな事でも。
  それがあたしの望む、英雄の姿なのだから。
  
  





  「……あーあー……」
  太陽は高い。
  青空。
  今日も快晴、いい天気だ。
  しかしあたしの心は晴れない。
  ……。
  出来れば来たくはなかった。
  でも仕事だから、仕方ない。最近は叔父さん、あたしの力量をそれなりに認めてくれているらしく戦士らしい仕事を回してくれる。
  そこは、いい。
  「アンヴィルかぁ」
  街道を歩き、あたしはアンヴィル近郊まで到達している。
  旅は特に問題はなかった。
  ただ、連続しての依頼だから結構疲れてるのは確かだが、そこはあたしの信念と気力で克服は出来る。
  シェイディンハルでジェメイン兄弟のお兄さんであるギルバートさんを探し出し、そのままコロールに。生き別れの兄弟の再会を
  させた後、かつての実家であるウェザーレア奪還の仕事もこなした。
  その後、アンヴィルでの仕事に行く事になった。
  シェイディンハルで別れたフィッツガルドさんとはまだ合流出来ていない。
  「……あー、憂鬱だー……」
  空を仰ぎ、あたしは泣き言。
  アンヴィルにだけは行きたくなかった。
  今後の人生、アンヴィルだけは敬遠して生きていたかった。何故ならアンヴィルはトラウマの地。
  以前であった強盗団のボスであるフォースティナ。
  同性愛者であたしを狙ってる節がある。
  ……。
  ね、狙われている内容が逮捕に関与したあたしに対する物理的な……つまり、俗に言うところのお礼参りならいい。
  あたしを殺すとかね。
  ま、まあ殺されたくはないですけど。
  ともかくっ!
  フォースティナの報復行為は、その、あの……あたしにエッチな事をすることなのだーっ!
  ガクガクブルブル。
  や、やだよーっ!
  神様、どうかフォースティナに会いませんように。
  フォースティナの罪状はあたしに対する殺人未遂のみ。それだけでも罪だけど、他の窃盗とかは立証できなかったらしいので
  おそらくは既に釈放されているはず。自由の身。
  窃盗などが立証できなかった理由はただ一つ、被害者である男性陣が告発しなかったからだ。
  妻に黙って浮気が出来ると思い込んだ男性達は喜んで自ら服を脱ぎ、フォースティナ達にボコられ、身包み全部持ってかれた。
  体裁があるので告発できなかったのだ。
  ……男って馬鹿……。
  「あっ、あそこかぁ」
  今回の任務はアンヴィル近郊にある個人農場ウィットモンドでの仕事。
  この仕事が終わりしだいアンヴィル市内で別の仕事もある。
  アンヴィルでの仕事終了後にコロールに戻る。
  フィッツガルドさんと合流出来るかな?
  本来ならしばらく一緒に行動(フィッツガルドさんは戦士ギルドの幹部ガーディアンであり、あたしの後見役として同行する予定)する
  はずだったんだけどシェイディンハルで個人的な用があると言って、あたしと別れた。
  合流出来たらいいなぁ。
  今あたしが帯びている剣は、フィッツガルドさんと交換した雷属性の魔法剣。
  その威力、炎上のロングソードの比じゃない。
  比べるのもおこがましいぐらいに、ダントツに高い。
  叔父さん曰く、金貨2000枚は掛けているであろうとの事。ちなみに炎上のロングソードは金貨200枚にも満たない。ダゲイルさんに
  貰ったものなんだけど、戦士ギルド専属の鍛冶師に何となく鑑定してもらった時に査定された金額だ。
  高価な代物の剣を貰ったお礼を改めてしたい。
  ……。
  まっ、まずは仕事だね。
  頭を切り替えよう。
  「さぁて。お仕事お仕事」



  アンヴィル北部にあるウィットモンド農場。
  個人農場で、収穫した農作物はアンヴィルと売り渡して生計を立てている。
  この辺りの個人農場では中規模。
  最大規模の農場を所有しているのはドラッド卿。
  それでも、ドラッド卿は元老院とも密接な関係にある貴族であり、比べるのは間違いかな。そもそもの資金力が違い過ぎるし。
  アンヴィル周辺には個人農場は多い。
  ちなみにウィットモンド農場は主な農作物はトウモロコシとジャガイモ。
  「初めまして。戦士ギルドの者です」
  「ああ、貴女が。どうぞお入りになって」
  迎えてくれたのはこの農場の持ち主であるメイヴァさん。
  少し大柄な、ノルドの女性だ。
  家の中に招いてくれる。
  食は生きる基本の一つ。自給率の上昇は帝国の政権を安定させる要因の一つだ。
  だから優遇政策が取られている。
  メイヴァさん規模の農場なら、派手な遊びは出来ないにしても安定した生活ならば生涯保証されているのと同じだ。
  彼女は慎ましくも、安定した生活を送っているらしい。
  「どうぞ」
  「あっ、すいません」
  椅子を勧められる。あたしは座ると、彼女も相対して座った。
  依頼の内容はまだ聞いていない。
  依頼人から直接聞くように指示されるのも、結構ある。
  最近はブラックウッド団にシェアを奪われ、人員も向こうに流れ、レヤウィン支部は完全に足場を失い閉鎖された。その関係で戦士
  ギルドは依頼人に対する応対が間に合っていない。
  依頼内容を直接聞くように、と指示されるのもそういう意味合いでだ。
  このままでは戦士ギルとは潰れるのではないか?
  そういう危惧は誰にでもある。
  あたしもだ。
  でも戦士ギルドをよく知る依頼人は、相変わらず戦士ギルドを支持し、依頼してきてくれる。
  戦士ギルドの方が仕事が丁寧で綺麗だからだそうだ。
  そう言われてるのを知った時、あたしは嬉しかった。
  頑張ろうと思う。
  うん、仕事を投げ出さずにこなすのがプロの証だ。
  あたしはまだ見習いだけど、どんな仕事でも確実にこなしていこう。
  それがあたしの誇りだ。
  仕事を投げ出す人は、あたしは嫌い。
  さて。
  「それで、お仕事とは?」
  ……まさか農作業の手伝いじゃないよね?
  前にコロールオンリーで仕事をしていた時は多々あったなぁ。モグラ退治とか、皿洗いとか、犬の散歩とか。
  あぅぅぅぅぅぅっ。
  「ある物を取り返して欲しいんだ」
  「ある物?」
  「そう」
  「それはどのような?」
  一応、戦士ギルドっぽい仕事みたい。
  別に内容でやる気は変えないけど……うん、気分の問題だ。
  別に厄介事を好むわけではないけど戦士ギルドとしてきた以上、それなりの内容が好ましい。
  ……気分の問題だからね?
  別に依頼人の依頼内容を卑下してるわけじゃない。
  「うちのろくでなしの夫ヤルフィから盗まれたものを取り返して欲しいのよ」
  「夫……旦那さんですか?」
  「ヤルフィは、若い頃から卑劣漢として有名だった。……父親は当然結婚には反対したけど、あの時は聞く耳持たなかった」
  少し自嘲気味に、笑った。
  「……若かったからね」
  「……」
  あたしは黙って聞くだけ。
  恋愛や結婚は分からないし、その辺りは本人達の問題だから口を出すべきではないと判断したのだ。
  ……。
  まあ、純粋に分からないだけだけど。
  まだお子ちゃまなのかなぁ、あたし。18はまだ子供?
  メイヴァさんの話に集中しよう。
  「それでも、いざ結婚する時になると父親は祝ってくれた。そして先祖代々伝わってきた粉岩のメイスを贈ってくれた。私達がそれを
  引き継ぎ、それをいずれは私達の子供に引き継がせる。我が家の家宝なんだよ。父親が最後は結婚を認めてくれて、嬉しかった」
  「はあ、なるほど」
  そういうものなんだろうとは、それぐらい分かる。
  認められるのは嬉しいモノだ。
  例えどんな事柄でも等しく、嬉しい。

  「しばらくして、ヤルフィが成り上がってやるとか言い出してね。粉岩のメイスを引っ掴んで出て行っちまった。今じゃストランド要塞に
  君臨する、この近辺の山賊の親玉だ。そいつからメイスを取り戻して欲しいんだ」
  「さ、山賊の親玉っ!」
  「ああ」
  ……どんな成り上がりの仕方なんだろう?
  農場経営よりはお金になるのだろうけど……世間から見たら立派な犯罪者でしかない。
  それにしても親玉かぁ。
  腕っ節には自信があったらしい。
  そもそも強くなければ山賊になろう何て考えないはずだ。山賊になるなら最低限の力は必要。
  ……。
  そうだ。
  肝心な事を聞かなきゃ。
  「あの、旦那さんは……」
  「あいつは……どうでもいい。戻ってくるとも思えない。でも、家宝のメイスだけは取り戻したいんだ」






  ストランド要塞。
  帝都軍は戦時中に建造した砦や塔、要塞を放棄している。
  その結果、そういう場所には山賊とか盗賊だけではなく死霊術師、モンスターなどが多岐に渡り生息している。
  ……。
  何とかならないものかな?
  討伐は戦士ギルドに来るポピュラーな依頼ではあるものの、正直帝都軍が何とかするものじゃないかな?
  近隣に住む人にしてみれば物騒でしかない。
  作るお金は大量に使うくせに、いらなくなったらそのまま放置。
  帝国の執政はよく分からない。
  まあ、あたしは元々モロウウィンド出身だし帝国人じゃないから、帝国に対する崇拝はないけど。
  さて。
  「……」
  無言で近くの岩場に身を潜める。
  要塞は半ば崩れかけている。少なくとも、外壁はほぼ崩壊している。
  だから、少し離れていても布陣はよく分かる。
  内部に通じる門のところに2人。
  山賊だろう。
  音を立てずに、内部に聞えないように仕留める必要性がある。
  交渉で何とかする?
  ……。
  無理でしょう、それは。
  相手は身包み剥ぐのが仕事(?)だし、あたしの仕事は山賊の親玉となっているヤルフィからメイスを取り戻す事。
  ボスからメイス取り戻すから、通して……まず無理です。
  やり過ごして内部に潜入するのも手だけど、内部への唯一の入り口である門のところに居座られては入りようがない。
  仕留めるしかないか。
  チャッ。
  腰の剣を手を当てる。
  フィッツガルドさんから貰った、雷属性の魔法剣だ。
  オーガすら簡単に両断する剣。
  相手の鎧ごと両断出来るだけの、ある意味で怖すぎる威力の剣だ。数で勝る山賊といえども敵ではない。
  多数で圧倒されても確実に一人ずつ切り伏せて行けば、負ける事はないだろう。
  「……あれ?」
  目を凝らしてよく見ていると、もう1人山賊が増えた。
  1人の女性の手を引っ張って現れる。
  この距離だからよく分からないけど、鉄の鎧を着込んだ女性のようだ。冒険者なのだろう、多分。
  3人の山賊は女性を囲んで何か笑っている。
  何を笑っているのかは分からない。
  ……ただ、どこか下卑た笑い。
  「助けた方がいいね、これは」
  あたしは岩陰から飛び出し、剣を抜き放って走り出す。
  その時。
  「えっ!」
  悲鳴を残して、3人は血煙を上げて倒れた。
  抜き打ちで3人斬り殺す。
  言うのは簡単。
  でも実際、そんな腕は見た事ない。女性は大きく伸びをして、死体を一瞥もせずにどこかに行こうとする。
  その女性は……。
  「フィッツガルドさんっ!」
  その女性はフィッツガルド・エメラルダさんだった。
  あたしの姿を認め、彼女は手を挙げた。
  「ハイ。元気してる?」



  「はぁっ!」
  「……っ!」
  通路を曲がった際に出くわしたアルゴニアンの山賊をあたしは斬り捨てた。
  パチパチパチ。
  後に続くフィッツガルドさんが拍手。
  あたし達はストランド要塞の内部に侵入した。
  ここまでに倒した山賊は5人。
  今のところ出会った瞬間に、瞬時に斬り捨ててる。仲間を呼ばれるような行為には至っていない。
  全て一太刀で撃破。
  ……そう言うとあたしの腕が際立っているように思われるけど、実際は剣の性能だ。
  鉄程度の材質の鎧なら簡単に切り裂ける威力だ。
  剣の鋭さ、というよりは込められた雷の力で綺麗に焼き切っているのだろう。少なくともこんな凄い剣、初めて持った。
  凄い。
  本当に、凄い。
  「さすがはアリス、良い腕ね」
  「ううん。この剣のおかげですよ。フィッツガルドさんが作ったんですよね? とても凄いです」
  「まあ、買った銀製の剣に魔力込めただけなんだけどね」
  何気ない口調。
  でも、あたしからしたら謙遜だ。
  魔法の事はよく知らないけど、聞いたところによるとエンチャントはその魔術師の力量で性能が変わるらしい。
  つまり卓越した魔術を操るフィッツガルドさんだからこそこれだけの凄い剣が作れたのだ。
  あたしはこの人に私淑している。
  さて。
  「奥に進みましょうか、アリス」
  「はい」
  戦闘はあたしが担当している。
  フィッツガルドさんは後ろに続き、大抵は戦闘を見ているだけ。
  今回の同行は叔父さんが、あたしに対する後見役として抜擢したものであり、あたしの手に負えない事柄以外は黙って見ているよう
  に言われたらしい。いいとこ見せなきゃ。
  今のところ、この剣のお陰で戦闘は優位に進んでいる。
  コツ、コツ、コツ。
  ストランド要塞の内部は完全に荒れ果てていた。ところどころに白骨化した遺体があったり、食べ散らかした後が見受けられる。
  何人ぐらいいるのだろう?
  「ふぁぁぁぁぁ」
  フィッツガルドさん、欠伸。
  退屈なのかな?
  「眠たいんですか?」
  「眠たい。……シェイディンハルの私用が終わって、コロールまで飛んで帰ったのよ。あんたの叔父さんに聞いたらアンヴィル方面
  に向ったと聞いてね、そのままシャドウメアでここまで駆けて来た。でまあ、たまたま賊に絡まれてたわけ」
  「ああ、なるほど。それで、私用は終わったんですか?」
  「まあ、一応は。……とんだイベントで有り金全部失ったけどね」
  「はっ?」
  「ほら、油断しない油断しない。奥に進みましょう」
  「はい」



  キィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
  最下層まで来ると、突然敵のレベルが上がった。オーク製の武具に身構えした、レッドガードの女性が襲い掛かってきた。
  「どこの手の者だいっ!」
  「戦士ギルドですっ!」
  キィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
  キィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
  キィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
  数合、切り結ぶ。
  たかが山賊だから……と侮るなかれ。例え山賊に身を落としているとはいえ強い奴は強い。
  このレッドガードの女性は強い。
  少なくとも剣の腕だけならあたしよりも強い。
  ただあたしの場合は剣の攻撃力が高く、あたし自身の身軽さが上なので何とか敏捷に動き回ったりフットワークを駆使して互角に
  渡り合っている。
  もしも前もってヤルフィがボスだと聞かされていなかったら、彼女が頭目だと思い込んでいただろう。
  「はぁっ!」
  「おらぁっ!」
  キィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
  なかなか勝負はつかない。
  フィッツガルドさんはフィッツガルドさんで、戦闘をしていた。レッドガードの女性との戦い以外には手が回らないと見て、その他大勢
  の雑魚の手下を引き受けてくれていた。
  「煉獄っ!」
  ドカァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァンっ!
  小さな火球は山賊の1人に直撃すると、突然大爆発。周囲の山賊を巻き込む。
  炎を撒き散らす。
  その炎に焼かれたのが5名。一気に敵の戦力が半減した。
  魔法は偉大だ。
  ……あたしも魔法、習おうかな?
  戦士は武器しか使ってはならない……という決まりはないし、あたしもそこまで拘りはない。
  簡単な攻撃魔法と、最低限の回復魔法ぐらいは覚えるべきかな。
  フィッツガルドさんに頼めば教えてくれるかもしれない。
  「ほら、掛かっておいで」
  躊躇う山賊たちを挑発する。
  山賊は顔を見合わせ、オークの山賊がクレイモアを構えて吼える。……自らを奮い立たせる為に。
  「な、舐めやがってぇーっ!」
  「ほら、おいで」
  バッ。
  オークの山賊は動く。
  体が交差した、そう思った瞬間には斬って捨てられていた。
  炎上のロングソードを手にフィッツガルドさんが山賊の真っ只中に突っ込む。恐怖が若いインペリアルの山賊の顔を支配した。
  容赦なく刃を振るうフィッツガルドさん。
  首。
  腕。
  胴。
  それが三つ、両断されて転がった。腕を落とされたインペリアルの若者は狂乱し、そのまま出血多量で果てた。
  強い。
  強過ぎる。
  味方のあたしはホッと胸をなでおろす。
  絶対に敵にはしたくない相手だ。
  ……ふぅ。味方でよかったぁ。
  「さて、先にどちらが逝く? 私に刃を向けた以上は等しく不幸になってもらわないとね」
  怯える山賊2人。
  あたしはあたしで、当然の事ながら戦闘は続行している。コメントしてるだけじゃない。
  当初は互角の戦いも、次第にあたしに有利になってきた。
  重いオーク製の鎧を着込んでいるレッドガードの女性には疲労の色が浮かび、動きが鈍ってきた。
  キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
  一気に勝負を決めるべき、敵は渾身の一撃を放つ。何とか受け流そうとするものの、あたしは体勢を崩した。にやりと笑う敵。剣を
  上段に振りかぶり、あたしに振り下ろすべく間合いを詰めた。
  そこが隙になるっ!
  「はぁっ!」
  あたしは素早く突きの構えに転じ、必殺の突きを繰り出した。
  堅く、重いオーク製の鎧を必殺の突きは簡単に貫通し深々とレッドガードの胸板を貫いていた。
  ビクン。
  数度痙攣する山賊の剣士。
  雷の力で死体が痙攣しているだけであって、既に生きてはいない。貫いた時点で雷に焼かれ、絶命していた。
  「ふぅ」
  剣を引き抜き、ホッと一息。
  強かったなぁ。
  この時、フィッツガルドさんは残りの山賊も殲滅していた。汗を拭うあたいとは対照的に、涼しい顔をしている。
  力量の差もある。
  けど、あたしとフィッツガルドさんとの大きな差は戦闘慣れしているかしていないかだ。
  経験を積んでいるフィッツガルドさんの方が強いに決まってる。
  いつか追いつけたらいいなぁ。
  「それで、この後はどうするわけ?」
  「メイスを取り戻します」
  「メイスねぇ」
  依頼の概要を知らないらしい。
  まあ、あたしも直接依頼人から聞くまでは何も知らなかったけど。
  微笑の顔が、突然険しいものへと変わるフィッツガルドさんはあたしを横に押し倒し、敵の攻撃を剣で受け止めた。
  その瞬間。
  ギィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
  妙な音を立てて炎上のロングソードが折れた。
  「くっ!」
  「死ね、ブレトンっ!」
  ノルドの山賊はメイスをフィッツガルドさんの体に叩き込んだ。
  「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
  絶叫を上げて壁に叩きつけられる。
  そのまま動かない。
  「フィツガルドさんっ!」
  「お前も死ね、ダンマーっ!」
  振り上げられるメイス。
  炎上のロングソードが、フィッツガルドさんお手製の魔力剣より数段下がる代物とはいえ、魔力剣には変わりない。
  それを砕くのだから、あのメイスも……そうか、あれが粉岩のメイスか。
  じゃあこの人が、ヤルフィ?
  「死ねぃっ!」
  「……っ!」
  キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
  剣は、相手のメイスに耐えた。
  驚愕に顔を歪めるヤルフィ。あたしはそのまま切り結び、相手を押していく。初太刀こそ相手のペースではあったものの、根本的
  にヤルフィは攻撃と防御の組み合わせが悪い。
  戦闘の素人ではないものの玄人とも言えない。それほど強くはない。
  これならさっきのレッドガードの女性の方が強かった。
  ……。
  ああ、そうか。
  あのメイスで今まで敵対者を圧倒し、屠り、山賊のボスに成り上がったのだろう。
  最初の攻撃に耐えた時点で、ヤルフィに利点はなくなった。
  「ここまでよ。武器を捨ててください」
  「……くぅっ!」
  壁際に追い詰め、剣を喉元に突きつける。
  ヤルフィ、意外に根性ないらしくあっさりとメイスを捨てた。そのメイスが常勝の秘密であり、それが封じられた以上勝ちがないと
  悟ったのだろう。腕だけならあたしの方が勝ってる。そして武器の性能も。
  メイスを拾う。
  「ミッション完了、ね」
  「フィツガルドさんっ! 無事だったんですかっ!」
  「……勝手に殺さないでくれる?」
  「す、すいません」
  「雷属性のエンチャントのメイスみたいね。でも私には魔法は効かないのよ。……まあ、メイスで殴られて鎧が歪んだけど、死んじゃ
  いないわ。それでこいつはどうするわけ?」
  「それは……」
  フィツガルドさんは倒した山賊の剣を拾い、腰に差しながら何気なく尋ねた。
  今回は後見役。
  全ての決定は、あたしが下す事になってる。
  「見逃します」
  「ご勝手に」
  「今後は更生して、生きて行ってください。いいですね?」
  ヤルフィは何も答えない。
  ただ壁にもたれ掛かりながら俯いていた。手下はおそらく全滅させた。強さの秘密のメイスも取り上げた。
  今後、彼が再び成り上がれる事はまずないだろう。
  能力だけならレッドガードの山賊よりも弱い。
  あたし達は背を向けて歩き出す。
  「……がはぁ……っ!」
  「……っ!」
  次の瞬間、断末魔が聞えた。
  そして間近で漂う血の臭い。自らの血の海の中でヤルフィは沈んでいた。
  手には刃。
  「更生する気なかったみたいね」
  抜き打ちで斬って捨てたフィッツガルドさんは何気なく呟いた。
  数分後、ヤルフィ死亡。
  ……後味の悪い結末。





  「二度とこれを見る事は出来ないと思ってたけど……よかった、もう一度見られて」
  メイスを手渡すと、メイヴァさんは喜んだ。
  素直に。
  無邪気に。
  よっぽど大切なものだったに違いない。
  メイスが家宝というのもあたしにはおかしい感じがするものの、北方民族であるノルドにしては普通な事であるとフィッツガルドさんは
  帰り道に教えてくれた。
  ……。
  正直、あたしの足取りは重かった。
  殺すしかなかった。
  殺すしかなかった。
  殺すしかなかった。
  そのフィッツガルドさんの理論と、行動は否定はしない。正しかったとすら思ってる。
  事実、情けを掛けて見逃したあたしが背を向けた直後に襲い掛かってきた。
  フィッツガルドさんが抜き打ちに斬って捨てなかったら、あたしは死ぬか重傷を負っていたに違いない。
  それでも。
  それでも、後味が良いものではない。
  ひとしきり喜んだ後でメイヴァさんが我に返り、少し沈んだ声で聞いてきた。
  「ヤルフィは、その、どうなったんだい?」
  「死んだわ」
  「フィッツガルドさんっ!」
  ストレートに言うフィッツガルドさんをあたしは非難した。
  しかしフィッツガルドさんはそれを軽く受け流す。
  ……。
  ……そうよ、これもまた正しい。
  それぐらいあたしにも分かってる。どう取り繕ってもヤルフィは死んだ。あたし達が殺した。
  どう取り繕えばいい?
  どう取り繕えば……。
  しばらく無言だったメイヴァさんは、呟く。
  「結婚した時は良い人だった。それから農場を拡大して、平和に暮らしてた。それでよかった。私はそれだけでよかったのに」
  「……」
  結婚した事のないあたしには。人を狂おしく愛した事のないあたしには、彼女の感情は分からない。
  あたしには分からない。
  あたしには……。
  「……馬鹿だね。欲を出したからこうなるんだ。死んで嬉しいわけじゃないし、喜べるはずもないけど……これ以上悪事を重ねずに
  済むなら、彼が安らかな眠りにつけるのなら、ありがたい事だね」
  「……」
  「ありがとう、本当に。ありがとう」
  静かに頭を下げた。
  あのままヤルフィを見逃せば更生したかと聞かれれば……あたしはノーと答える。
  見逃した直後に襲いかかって来た男だ。
  多分、あたし達を雇ったメイヴァさんを逆恨みするに違いない。
  この時、あたしは自分の振るう剣の重たさを改めて自覚した。この剣は凶器。
  人を救うにしても、確実に人を傷つける可能性のある凶器。
  それを忘れてはいけないと思った。
  それを……。
  場が重くなったのを悟ったのか、メイヴァさんは明るく振舞った。
  「ヤルフィがいなくなった今、新しいお相手見つけないとねぇ。……また昔みたいに物色しようかしら?」
  「はっ?」
  間の抜けた声がおかしかったのだろう。
  フィッツガルドさんが笑い、メイヴァさんも弾けるように笑った。弄られたあたしはソッポを向く。
  「あっははははははははははっ!」
  ひときわ高くフィッツガルドさんは笑う。
  そんなに笑わなくてもいいじゃないですかー。
  あぅぅぅぅぅぅっ。
  笑みを湛えたまま、メイヴァさんはもう一度頭を下げた。
  「貴女達に女神様の祝福を。本当にありがとう」




  「あたし、自分のやる事の意味が分かりました」
  「へぇー」
  アンヴィルに向かう道を歩きながら、あたしは隣を歩くフィッツガルドさんに呟いた。
  今日はもう遅い。
  アンヴィルに宿を取り、仕事は明日にしよう。
  戦士ギルド会館に泊まれば無料ではあるものの、フィッツガルドさんが嫌だと言った。どうもあまり人と接するのが嫌いらしい。
  少し意外な言葉だった。
  すごい社交的に見えるのに、少し意外。
  「あたし、自分の剣の重みを忘れない事にしました」
  「ふぅん」
  「この剣は凶器です。確実に人を傷付ける。……でも、剣を振るう事で救える者達もいるのは確かなんです。そういう世界観がおか
  しいし、悲しいのは分かってます。でも、今の世の中で出来る事をしたいと、あたしは思うんです」
  「ふぅん」
  「世界なんて救わなくたっていいんです。あたしは、今目の前にいる人達を救いたい」
  「ふぅん」
  「助ける術があるのに、大義の為に見捨てるなんてあたしには出来ない。だから、あたしはあたしの目指す英雄になるんです」
  「ふぅん」
  「……その、おかしいですか? ……おかしいですよね」
  立ち止まるフィッツガルドさん。
  あたしも止まる。
  じっとあたしの瞳を見つめて、それから微笑を消して真顔であたしに言った。
  「アリスは立派な戦士ね」
  「り、立派? で、でもあたしはまだ見習いで……」
  「偉ければ立派? 強ければ英雄? 勇者は大義の為なら何をしてもいい人?」
  「そ、それは……」
  「本当に立派で、英雄で、勇者と呼ばれる人はアリスみたいな人の事だと思う。貴女の持つ優しさ、忘れない事ね」
  「……はい」
  「貴女は既に立派な英雄よ」
  星が空で瞬いた。
  まっすぐとあたしを見つめるフィッツガルドさんの瞳を見ながらあたしは思った。
  この人はやっぱり凄い人だと思った。
  いつかこんな人に、なれるかな?
  「さて、宿行ったらお風呂入って、御飯食べて、ゆっくり寝るとしましょうか。……アリスの奢りでね♪」
  「あ、あたしですか? こういう時は先輩が出すものでは……」
  「私無一文だもの。あっ、新しい洋服もたくさん買おうかなー♪」
  「……あぅぅぅぅぅっ」