天使で悪魔





ハックダートを包む陰





  邪教。
  何を持って邪教とするかは、人それぞれ。
  敵対勢力の存在を否定する為に、自分達の大義を正当化する為に敵の信仰するモノを邪悪と決め付けるのはよくある事だ。
  人の価値観は人それぞれ。
  でも、あたしは思う。
  例えその教えがどんなに素晴しくても、生贄を欲するのであればそれは邪教だと。
  信仰の為に他者の命を奪っていいと言うのは、あたしは認めたくない。






  帝都での仕事は終わった。
  魚取り。
  商人同士の諍い。
  さらにプライベートでの魔剣探索も終え、コロールに戻ってきたあたしは戦士ギルドで叔父さんに報告を済ませると、最近会え
  なかった親友のダルに顔を見せるべく彼女の家に。
  しかしダルはいない。
  代わりにダルの母親が、真っ青になっていた。

  「ア、アリス」
  「おばさん?」
  ダルの家は雑貨屋さん。
  ノーサン・グッズ商店という名の、コロールでは結構有名なお店。
  繁盛してるし看板娘のダルがこの街のアイドル、という事もあって彼女目当てのお客も多い。
  ……。
  べ、別にダルの事を否定はしないけど……トカゲだよ?
  世の中アルゴニアンがブームなのかなぁ?
  「あれ、ダルは出かけてるんですか?」
  「そ、それが……」
  どうも様子がおかしい。
  この時間帯ならダルは店番してるはず。
  それに叔母さん、どうしてそんなに取り乱しているのだろう。何かあったのかな?
  「あの、どうしたんですか?」
  「あ、あの子が行方不明なのよっ!」
  「えっ!」
  ダルが行方不明?
  ダル=マ。
  シード・ニーアス……つまり、あたしの目の前にいるおばさんの一人娘。母子家庭だ。
  あたしとは仲が良く、自他共に認め合う親友。
  剣術に明け暮れるあたしとは対照的に、料理とか裁縫など家庭的な事が得意な、女の子らしい女の子。
  「何日経つんです?」
  「ま、丸二日」
  「どうして……」
  衛兵に頼まないんですか……と言おうとして、やめた。
  衛兵は街の中だけしか警備しない。
  特にコロールではその傾向が強い。大抵は戦士ギルドに頼む。
  「戦士ギルドには?」
  「ま、まだよ」
  「どうしてですかっ! だってダルが……っ!」
  「……」
  おばさんを責めちゃ駄目だ。
  あたしはすぐにそう思い、口を閉じた。切羽詰ってて、どうしようもなかったんだ。
  あたしも辛い。
  でも、ダルがいなくなって一番辛いのは母親であるおばさんだ。
  「それで、ダルはどこへ行くはずだったんですか?」
  「いつまで経ってもハックダートから戻って来ないのよ」
  「ハックダート?」
  聞いた事のない地名だ。
  だけど、ダルが配達に行くんだから……そう、遠くないはず。おばさん過保護だしダルもあまり遠出はしないタイプだし。
  コロールのすぐ近くのはず。
  でも、聞いた事がない。
  「ここから南にある村よ。小口の商売相手ではあるけど、支払いがいいのよ」
  「他には?」
  「ダルは、ブラッサムに乗って行ったわ。いつもなら私が行くんだけど、調子が悪くてね。それでダルが代わりに行く、と言うから
  行かせたけど……ああ、こんな事なら行かせるんじゃなかった……」
  「おばさん、しっかりして」
  ブラッサムはダルの可愛がってるまだら馬だ。
  人見知りの激しい馬でダル以外はあまり乗せない。一応、あたしともその馬は仲が良いので乗せてくれるけどね。
  倒れそうになるおばさんの手をしっかり握る、あたしは誓う。
  「あたしがきっと救いますから、心配しないでください」




  ハックダートの情報。
  多分、叔父さんに聞けば一番最適なんだろうけど……叔父さんは戦士ギルドの幹部だ。
  そしてあたしダルが親友なのを知ってる。
  自腹切ってでも、戦士ギルドの構成員をハックダートに送り込むだろう。
  そしてダルと懇意なあたしは感情的な問題から外されるのは明白。
  それじゃあ、意味がない。
  あたしが外される云々は仕方ないにしても、もしもハックダートで犯罪行為が行われているとしたら……戦死ギルドが大勢繰り出
  すとかえってダルの身に危険が迫る。
  叔父さんに黙って、あたしはコロールを出た。
  情報源は心当たりがある。

  「ハックダート? あの村は30年ほどに帝都軍に焼き払われたんだ。まだ住人がいるはずだが……物騒な村だよ」
  ホンディターさんは、そう語る。
  コロールの城壁の外に住む、猟師のボズマーだ。
  この辺りの地理には一番詳しい。
  どうも物騒な場所みたい。
  あたしは武装し、ハックダートを目指した。






  「ここかぁ」
  地図を頼りに、あたしはハックダートにやって来た。
  既に日は落ちて夜だ。
  あまり夜目は利かないものの、見る限りでは廃墟に近い。ただ聖堂と思われる立派な建物が眼に入った。
  こんな村にしては、立派な聖堂。
  大都市の聖堂でも通用する、規模だ。

  まず目指すのはダルのお店と取引をしているという、この村のお店を探す。
  時間帯の所為か。
  あまり人通りがない。
  「ここ?」

  モスリン衣料雑貨店。
  看板には、そう書いてある。見た感じお店はこの一軒だけみたいだし、多分……ここだろう。
  ヒヒーン。
  哀しく嘶く馬の声がどこからか、聞えた。
  聞き覚えがある。
  馬の声の判別が出来るほどの馬博士じゃないけど……この声は知ってる。
  店の裏手に回ってみる。
  「ブラッサムじゃないっ!」
  白と茶のまだら馬。
  ダルは馬が好きで、ブラッサムとはまるで家族のような可愛がりようだ。
  あたしもこの子とは仲が良い。
  ブラッサムの体を撫でてあげる。甘えた声を上げて、鼻先をあたしに近づけた。
  どうしてここに繋がれてるんだろう?
  ……。
  少なくともダルはこの村にいる。
  それだけは確かだ。
  必ず聞き出す、その決意を胸にモスリン衣料雑貨店に足を踏み込んだ。
  店主は、気の強そうな眼の女性。

  行方を聞く。
  「ダル=マ?」
  「そうです」
  「ふん。コロールのアルゴニアンの店のペテン師の事を言ってるならこっちが知りたいぐらいさ。先払いさせ時ながら商品を送って
  こないんだからねっ!」
  「……」
  あくまで知らないと言い張るつもりらしい。
  攻め口を変えてみよう。
  「じゃあどうしてダルの馬が、この店の裏にいるんです?」
  「あ、あれはうちの馬だ。何年も前から飼ってるんだよ。……さあ、とっとと帰っておくれ」
  追い出すつもりか。
  あたしはまだ駆け出しだけど、それでも関わってきた事件はそれなりに多い。
  多少は大人になってる。
  押しても駄目なら、引く事も学んでる。あたしはここは素直に引いた。
  とりあえず宿でも取って、様子を見よう。
  ダルがこの村にまだいる事は確かだ。
  例え路銀が尽きても、ダルはあたしは売ってもブラッサムは売らないだろう。それだけの馬好きだ。
  つまり、ブラッサムを放置していなくなるなんてありえない。
  ……。
  ……。
  ……。
  あ、あれ?
  あたしの価値ってブラッサムより下?
  か、考えたら哀しいかも。
  はぅぅぅぅぅぅぅぅっ。
  店から出る時、女主人は忌々しそうに叫んだ。

  「私達はいつだって崖っぷちの生活を強いられてるんだ。村の外から来る奴は厄介しか持ち込まない。とっととこの村から出
  て行くことだね。それがあんた自身の為だよ」
  それは警告か?
  それは脅迫か?
  それは……。




  宿屋モスリンズ。
  そう看板に書かれている宿にあたしは足を踏み入れた。店主は剥げた初老の男の人。
  ……。
  モスリンズ?
  さっきのお店はモスリン衣料雑貨店。
  もしかしたら血筋的に繋がってるのかな?
  それはありえるかもしれない。
  こういう小さな村だから、村人は全員血縁的に繋がっててもおかしくない。
  ダルがもしも宿を取るなら、ここしかない。
  金貨を支払い、部屋を借りた後で聞いてみる。
  「誰だって?」
  「ダル=マです。アルゴニアンなんですけど」
  「さあ知らないね。そんな若い娘なんて見なかったよ」
  「……」
  アルゴニアンやオーク、カジートは見た目では判別しづらい。名前でも女性か男性かは分からない。
  なのに若い娘とこの男は言う。
  それはつまり、言葉を交わしたからだ。
  ……嘘ついてる。
  その時、扉が開く音がした。新しいお客だろうか。何気なく見ると……。

  「あれ、フィッツガルドさん?」
  「ハイ」
  ブレトンの女性。
  フィッツガルド・エメラルダさんだ。
  魔術師ギルドに所属し、直評議長候補と目されている人物で、剣の達人でもある。
  無敵で万能。
  あたしの憧れの人だ。
  ……手伝ってくれると、正直心強いんだけどなぁ……。
  「アリスもまさか迷子?」
  「はい?」
  「……ごめん、忘れて」
  迷子って何?
  冗談の類なのかなぁ?
  「ここで会えてよかったです。あの、フィッツガルドさん、手を貸して欲しくて……」
  「手を?」
  その時、宿の陰気なオーナーが口を挟んだ。
  「相部屋でも一人分、払って貰うよ」
  「……強欲め」
  チャリンチャリンーン。
  フィッツガルドさんはそう呟き、金貨を支払った。この宿、かなり高い。
  ……ぼるなぁ……。
  もう一度、助勢を口にしようとするとフィッツガルドさんはあたしを黙らせて、口を開く。
  「アリス、それよりも大切な事を一つ聞きたいの。これは重要よ」
  「な、何ですか?」
  「ここどこ?」




  「はぁ」
  通されたボロ部屋で、フィッツガルドさんはさっきから溜息ばかり。
  疲れているのだろうか?
  「フィッツガルドさんはどうしてここに?」
  「……む、武者修行」
  「すごいです」
  「……す、すごいよね、この歳で」
  武者修行かぁ。
  ああ、それでここがどこなのか分からなかったんだ。修行のために各地を流れて流れて、偶然行き着いた先がここ。
  あんなに強いのにまだ修行する。
  ……やっぱり憧れるなぁ……。
  「それにしても値段に見合わない宿ですねぇ」
  「それは私もそう思う」
  見渡す限りボロボロ。
  部屋数はあるようだけど……多分、ここが最上の部屋なのだろうね。後は手入れしてないのかな?
  「それでアリス、何しにここに? 手を貸すって、何?」
  「それは……」
  フィッツガルドさんは鎧を脱ぎ、リラックスしているもののあたしは武装を解いていない。
  ここは敵地に等しいからだ。
  村ぐるみで何かの犯罪が行われている可能性が高い。
  怪訝そうにフィッツガルドさんは訪ねる。
  「どうしたの?」
  「実は親友のダルが……ここに配達に来て、行方不明なんです」
  「行方不明?」
  「はい。ダルの家は雑貨屋で、ここによく配達に来てたそうなんです。でもこの村の道具屋の人に聞いてもダルは来てないって
  言うし、誰も知らないって。でもダルの馬はここにいるんですっ! まるで、まるで……っ!」
  「村ぐるみで隠匿してる、みたいな?」
  「そ、そうです、そうなんですっ!」
  「ふむ」
  閉鎖的な村。
  村人は運命共同体で団結してる。
  1人の村人の罪を隠す為に村中で口を噤む事だって、ないとは言えない。
  痕跡がここで消されてる。
  早く探さないとっ!
  「ダルを探す手を貸してくれませんか?」
  即答を避け、フィッツガルドさんはベッドに横になった。
  少し微笑してる。
  ……。
  ちょっと、予想と違う。
  勝手なイメージをあたし自身が作ってるんだろうけど、即答で助けてくれると思ってた。

  「……うっわ怖っ!」
  天井を見てた彼女は突然、小さな悲鳴を上げた。
  「何が怖いんです?」
  「えっ? ああ、えっと……」
  「何が怖いんです?」
  「私の美貌が、ほんとに怖いっ!」
  「……ああ、そうなんですか」
  別に見損なった、とか上から目線の感想は抱かない。
  フィッツガルドさんにはフィッツガルドさんの都合もあるだろうし。でも、今のあたしは切羽詰ってて余裕がない。
  口調が少し荒くなっているのが、自分でも分かった。
  そんなあたしの神経を逆撫でするように、無神経にもフィッツガルドさんは……。
  「アリス、とりあえず寝ようよ。徹夜はお肌の大敵。寝よ」
  「すいません。そんな気はありませんから」
  あたしは剣を手に掴み部屋の外に出ようとする。
  状況がそうさせるのだろう。
  もしかしたら舌打ちぐらいはしたのかもしれない。フィッツガルドさんの言葉に我慢できなかった。
  親友が誘拐されてるのに、寝る?
  出来るわけないじゃないっ!
  「アリス、寝ようよ」
  「眠くありません」
  「だけど……」
  「眠くないんですっ! ダルが、ダルが酷い目に合ってるかも知れないのに……っ!」
  思わず、叫ぶ。
  彼女は身を起こし、俯いて沈黙。
  「……」
  「あたし、行きますから」
  「……」
  「……フィッツガルドさん?」
  「……」
  返事がない。
  怒ったのだろうか?
  「……ねぇ、本当に眠くないの?」
  「えっ? は、はい。眠くありません。そんな場合じゃないですからっ!」
  「嘘」
  「えっ?」
  「……じゃあどうして欠伸噛み殺してるのかな? かな?」
  「そ、それは……」
  「あれ、どうしてニキビが出来てるのかな? 本当はお肌も寝たい寝たいって言ってるんじゃないのかな? かな?」
  「そ、それは……」
  「あはははははははっ。アリス、嘘ついてるよ。本当は眠たいのに、眠たくないだなんて」
  「……」
  「ねぇ、それどうして?」
  「ひっ!」
  あたしを下から覗き込む。一瞬、あたしは怖くて身が震えた。
  とても怖い眼であたしを下から見ている。
  「ねぇ、どうして眠くないように振舞うの?」
  「ほ、本当に眠たくないんですっ!」
  「そっか。本当に眠くないのか。ごめんねアリス、私ってば変に疑い過ぎだよね。ははは」
  一転して、フィッツガルドさんは無邪気に笑う。
  少し安心して、あたしもつられて笑った。
  「そっか、私の気の回しすぎかぁ」
  「そ、そうですよ」
  「あはははははは」
  「くすくす」
  「
嘘だっ!
  「ひぃっ!」
  さわり。
  あたしの顎を一度、二度軽く撫でながらフィッツガルドさんはくすくすと微笑む。
  「くすくす♪ 私が眠たいように、本当はアリスだって眠たいはずだよ? だよ?」
  「ああああああああああああああああああああああああああああたし少し外を回ってきますっ!」
  バタバタバタっ!
  慌てて部屋の外に飛び出した。
  ……こ、この村には悪霊みたいのがいるのかな。だからフィッツガルドさんは……。
  ……こ、怖い。さっきの顔は、とても怖かった。



  部屋を飛び出し、あたしは廊下に。
  「はあはあ」
  まだ心臓がドキドキしてる。
  あの豹変は、心霊現象が関係あるのだろうか?
  ……だとしたら怖いなぁ。
  はぅぅぅぅぅぅぅっ。
  この宿、部屋数は多いんだけど大抵は扉が板で打ち付けられて、入れなくなってる。
  「あれ?」
  一つだけ、まるで蹴破られたように扉が砕けていた。
  通り過ぎようとすると……。
  「あっ!」
  小さく悲鳴を上げ、あたしはその部屋に入った。
  砕けた木製の扉の欠片や割れた陶器が床に散乱している。その中に一冊の本があるのに気付いたからだ。
  これはダルがよく書いてた日記だ。
  手に取り、中を見る。
  間違いない、ダルの日記だ。
  ブラッサムがいたからこの村にいる、そしてここに日記があるからこの宿にいたんだ。でも今はどこに?
  「じゃ、じゃあこれは争った後?」
  蹴破られた扉。
  砕けた陶器。
  多分、ここでさらわれたんだ。
  ダルは欠かさず日記をつけていた。運が良ければ行方をくらます直前の事も書かれているはず。
  人の日記を読むのは少し気が引けるけど、そうは言ってられない。
  あたしはダルの日記を開いた。


  『途中でブラッサムの蹄鉄が外れてしまったお陰でハックダートに着いた時は夜だった』
  『本当に滅茶苦茶な道だったっ!』
  『獣道みたいな……この辺りは人があんまり来ないのかな?』
  『長い間コロールに住んでるど私もこんな所に村があるのは知らなかったし』



  『モスリン衣料雑貨店は閉まっていて、二階の明かりはついているのに降りて開けてくれもしなかった。ムカつくっ!』
  『でも、とりあえずこの宿は開いてた』
  『ここの宿のおじさんは気持ち悪い。こっちが見てないと思って、ずっと後でニヤニヤしてたし。げーっ!』
  『それにこの村の人達の顔、何なの?』
  『数人と会った程度だけど村人達は眼がぎょろぎょろしてて、まるで化け物みたいだ』
  『少し、怖い。こんな時アリスが側にいたら心強いんだけど』



  『今夜の泊り客は私だけみたい』
  『気味の悪い村だ』
  『……お母さんには言えないけどね。そんな事言ったら、二度とコロールの外に出してもらえなくなっちゃうっ!』
  『私の事を完全に子供扱いなんだもん、お母さん』
  『アリスの前でひよっこちゃん、と呼ぶのだけはやめてよっ!』


  『家に戻ったらお母さんのこの気味の悪い村の事を聞いてみよう』
  『さて、ロウソクももう消えそうだしそろそろ寝よう』
  『この傾きかけの、あちこちギシギシと軋むこの宿で眠れればだけどっ!』
  『誰かが私を監視しているようで、イライラする。扉の側でウロウロしないで欲しい』


  『大人になれ、ダルっ!』
  『きっと朝になったらこの宿だってちょっと古くて変わってるけど素敵な趣の宿に思えるはずなんだから』
  『日記おわり。おやすみなさいっ!』


  必要なところだけを読んだ。
  この日記から察するに、少なくとも宿の主人はダルと会ってる。なのに知らないとさっき言った。
  誘拐を隠す気?
  フィッツガルドさんにこの日記を見せようかと思うものの、どうも機嫌が悪いらしくあまり手伝ってはくれそうもない。
  自分1人で何とかしないと。
  まずは宿の主人に日記を突きつけよう。
  うまく行けば何か分かるかもしれない。
  一階に行き、宿の主人に日記の事を話した。まるで悪びれた風もなく、主人はニヤニヤと答える。
  いつの間にか一階は人が大勢いた。
  宿屋は大抵、酒場も兼ねているから別におかしくはないけど……異様なのは、客の顔だ。皆同じ顔。
  血縁的に近いのだろうか?
  あたしは主人に問い詰める。
  「ダルはここに来たんですよ?」
  「……あー、あのアルゴニアンか、なんだあの女の事が聞きたかったのか。思い出した思い出した」
  「……」
  「その子は確かに来たよ。だけどすぐに帰ったな。それ以上の事は知らないよ」
  「じゃあどうしてこの日記が置いてあったんです?」
  「知らないよそんな事は。忘れ物かもしれないじゃないか。私は知らない、一切知らないよ」
  言い逃れはうまくない。
  この人、ダルが来た事を認めてるし……演技の下手さから、何か隠しているのも明白だ。
  こういう場合どうしたらいいんだろう?
  その時、客の一人が叫んだ。
  当然村人だろう。旅人が来る事のは稀そうだし。
  「深き者の逆鱗に触れるぞ、あまりしつこいとな」
  「深き者って……何ですか?」
  「おいおい図に乗るなよ。そんな質問をして死体になった奴は、数え切れないんだぜ?」
  一斉に笑う。
  何この雰囲気?
  何この……。
  「……」
  あたしは少し怖くなって、宿を出た。
  フィッツガルドさんの事が気になったけど、あの人は強い。今はダルの身を最優先に考えよう。あの子は戦いには向かない。
  助けないと。
  あたしが、助けないと。
  その時、突然誰かが肩を掴み、茂みに連れて行こうとする。
  右手で剣を抜ける体制に瞬時に移行しながら、振り払う。
  「な、何するんです?」
  「しぃぃぃぃぃっ。皆に怪しまれる、君は馬鹿か? 詮索好きはここでは嫌われるんだ。君も狙われてる」
  「君も……って、ダルの事知ってるんですかっ!」
  「声を潜めろ。まだ大丈夫だ。まだ数時間はね。僕の家に来たまえ、そこでなら怪しまれずに話せる」
  ジヴ・ヒリエル、彼はそう名乗った。
  白髪の青年。
  ……いや、青年という歳ではないかな。ともかく協力してくれるらしい。
  でも何、この人の眼。
  ダルの日記を思い出すと、確かに皆眼がおかしい。ギョロギョロとしている。
  この人もそうだ。
  でも今のところ唯一、この村の住人の中で援助してくれそうな人物だ。
  どうしよう?



  「まずは信じてくれ。僕はもう、連中にはついていけない。もう終わりにしたいんだ」
  数十分後。
  結局、あたしは彼の人柄を信じて家にやって来た。
  ……。
  ただ、出してくれた飲み物には口をつけない。
  そこまでは信じてない。
  「村人の目的は何なんです?」
  「あいつらは深き者を蘇らせようとしているんだ。僕も最初はそのつもりだった。たくさん殺したよ、生贄をね。でももう終わりにした
  いんだ。僕は地獄に落ちるべきだが、あの娘まで道連れにしたくない。最後の善行がしたいんだ」
  「深き者?」
  生贄とか聞く限りでは、悪魔だろうか?
  ダルが生贄?
  そしてあたしも、フィッツガルドさんも限りなく次の生贄候補だ。
  「ダルはどこにいるんです?」
  「彼女は地下洞穴に閉じ込められてる。今夜、生贄にされる。君は良いタイミングで来たよ。最後の、チャンスだ」
  「深き者って、何ですか?」
  「僕もよく知らないんだ。この眼で見た事はない。炭鉱を掘っていた時に、そこから現れたらしい。祖父の代の話だ」
  「炭鉱に……埋まってたんですか?」
  「よく分からないんだ、本当に。ただ深き者はこの村に富を与えてくれた。炭鉱を、金脈に変えたんだ。皆金持ちになったよ。だが
  その代償はあまりにも大きすぎた。血を流すだけじゃすまなかったんだよ」
  「血を流すだけでは……どういう意味なんです?」
  「邪教の村として、帝都軍はここを焼き払った。僕はまだ子供だったよ。地下に身を潜め、生き残った村人達は復讐を誓った。だが
  深き者は力を貸してくれなかった、そして姿を消したんだ」
  「……」
  ホンディターさんが言ってた焼き打ちは、そういう事か。
  「聖堂に、深き者の言葉を記した古文書がある。……いや、聖書と言うべきか。見つけたのはエティラだ。ほら、衣料雑貨の女主人
  だ。彼女はルーン文字を学び、深き者と喋れるようになった」
  「ルーン文字を?」
  難解とされる文字だ。
  読める者はほんの一握りだ。
  「エティラ曰く、深き者は血に飢えており、生贄を捧げなければ力を貸してくれないらしい」
  あたしは頭の中で深き者を邪悪な悪魔として連想していた。
  生贄を求めるなんて、よほど血に飢えているに違いない。
  今から聖堂で集会らしい。
  だからその隙に地下で囚われているダルを救えと、彼は言う。
  「あの、もう1人宿に泊まってるんです。だから……」
  「ああ、力になるよ、その人のね。さあ行きなさい。そしてできるなら、もう二度とここには来ない方がいい」





  「はぁっ!」
  「……っ!」
  炎上のロングソードに斬られたスキャンプが、炎上した。
  ダルは物陰に隠れている。
  「さあ、行こうっ!」
  「え、ええ」
  洞穴からダルを救った。
  警備は誰もいなかった。集会で足止め……もあるのだろうけど、宿が燃えていたのだ。
  多分、そっちに気を取られていたに違いない。
  「ア、アリス。また来るわっ!」
  「くっ、しつこいっ!」
  よくは分からない。
  よくは分からないけど、オブリビオンの悪魔達が徘徊している。
  最下級の悪魔スキャンプ。
  火の玉を投げる悪魔ではあるものの、その能力は極めて低く、タムリエルのモンスターであるゴブリンにも劣る。
  ただ火の玉は建物を焼くには適している。
  四方八方に火の玉を投げつけては、火事を引き起こしていた。
  フィッツガルドさんは逃げれたのだろうか?
  「はぁっ!」
  一体を切り伏せる。
  何発があたしの体に火の玉が当たるものの、ダンマーは炎に対する耐性が強い。
  さらにソロニールさんがくれた魔法アイテムのお陰で炎に対する耐性は増幅され、炎の魔法はあたしには効かない。
  つまり唯一の攻撃法方が火の玉であるスキャンプはあたしの敵じゃない。
  ただ、ダルは別だ。
  彼女を庇いながらあたし達はブラッサムの元に急ぐ。モスリン衣料雑貨店はもうすぐだ。
  それにしても住人はどこに行ったんだろう?
  それにこの大量のスキャンプ一体どこから現れたの?
  追撃が激しくなる。
  先にダルを逃がして、あたしが時間稼ぎするしか……。
  「煉獄っ!」
  ドカアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンっ!
  突然、追撃してきた悪魔達が焼き尽された。
  フィッツガルドさんだっ!
  「アリス、無事?」
  「フィッツガルドさんっ!」
  「話は後よ、行きなさいっ!」
  「でもっ!」
  「いいからっ!」
  ヒヒーンっ!
  その時、嘶きながら黒い馬が前足でスキャンプを踏み潰した。
  深紅の瞳を持つ馬だ。
  まるでフィッツガルドさんを手伝うように、戦友のように一緒に戦ってる。きっとフィッツガルドさんの愛馬だ。
  「コロールへっ!」
  そう、叫んだ。
  有無を言わさないその口調。
  ……。
  ああ、やっぱりそうなんだ。
  きっとフィッツガルドさんはこの村のおかしさに気付いていたんだ。あの時だって、きっと何かの思惑があったんだ。
  考えてみればダルを助けた時、見張りがいなかった。
  外の騒動に気を取られてた。
  フィッツガルドさんが注意を惹いてくれていたんだ。
  深慮遠謀。
  それが見抜けずに、心の中でとはいえ不信に思った事をあたしは恥じた。あたし達はブラッサムのところまで走る。
  後ろを見ずに走る。
  ……。
  でも、馬に乗る際、一度だけ見る。
  フィッツガルドさんは敵を1人で蹴散らしていた。それはとても勇ましく、凛々しく、美しい。
  いつかあたしもあんな風になれるだろうか?





  ブラッサムに揺られながら、あたし達はハックダートを脱出した。
  ダルは怪我はしてないようだ。
  でも、酷く衰弱してる。
  コロールに戻ったら療養しないと。
  辛かったよね。
  ごめんね、すぐに来てあげられなくて。あたしが護ってあげなきゃいけないのに。
  親友のあたしがしっかりしてないといけないのに。
  何度も心の中で自分を苛め抜く。
  ただ、ダルはそれを見通したのか、あたしに微笑みかけながら呟いた。
  「貴女は私の英雄よ」
  ……その言葉は、どんな誉め言葉よりも嬉しかった。