天使で悪魔





流浪の魔剣



  この世界は広い。
  伝説の剣の類も、意外にも多い。あたしが聞くだけでも、知るだけでも十本は越えている。
  英雄にはそれに相応しい、名剣が必要だと考える。
  そういう意味では、事欠かない。
  
  今、あたしアイリス・グラスフィル(愛称アリス♪)は帝都にいる。
  戦士ギルドの任務。
  叔父さんから与えられた二件の依頼の為に訪れ、それを見事に解決した。
  後はコロールに帰るだけ。
  しかし、あたしは知ってしまった。
  今、帝都の近隣の洞穴に伝説級の一振りの剣があるという事に。
  それは魔剣。

  人は言う。その剣を《流浪の魔剣》、そう呼ぶのだ。





  「《流浪の魔剣》?」
  「そう」

  帝都波止場地区に停泊している、ブローテッド・フロート。
  現在は現役引退し、航海はしていない。その船を買い取り、船上ホテル(そんなに高級なものじゃないけど)に改装したのが
  アルトマーのオルミルさん。

  以前、海賊騒動でお世話した人だ。
  「何だ、知らないのか? その魔剣」
  「知りません。初耳です」
  キュッ、キュッ。
  グラスを磨くオルミルさん。あたしはカウンター席で、食事をしながら話を聞いている。
  客は、疎ら。
  船乗り達が来て大混雑……ではない。
  船乗り達は、飲む時まで船上にはいたくないのか陸地の、帝都の別の店に行っている。まあ気持ちは分かるけど。
  あたしは空いてていいけどね。
  依頼は全て解決したのでコロールに戻ってもいいんだけど、帝都に来る事はそんなにないからしばらく観光しようっと。
  それにしても、オルミルさんが言う《流浪の魔剣》って何だろう?
  魔剣は、いい。
  ただ気になるのがどうして流浪しているのだろう?
  ……謎だぁー……。
  「ははぁん。結構有名なこの話、何も知らないんだろう?」
  「ええ。まったく」
  「ここ100年ぐらい騒がれている一振りの剣の事だよ」
  「100年っ!」
  オルミルさんはハイエルフ、アルトマーだ。
  数百年は生きる、長命種だ。
  噂でその剣の事を知っているのか、それともリアルタイムで知っていたのかは知らないけど……有名な剣らしい。
  ……。
  ……待てよ……。
  「あの、その剣は……」
  「ま、まあ疑う気持ちは分かるが……これは本当の話だよ。剣はリアルに存在している」
  「す、すみません」

  苦笑交じりにあたしの疑いを否定。
  以前、客寄せの為に《黄金のガレオン船》という彫像がこの船に隠されているというデタラメをオルミルさんはでっち上げた
  のだ。その結果、ブラックウォーター海賊団が乗り込んで来たのだ。
  さて。
  「あの、どうして流浪なんです?」
  素朴な疑問だ。
  剣の持ち主が流浪するなら分かるけど、剣そのものが流浪するのは意味が分からない……というか意味が成り立たない。
  何なのだろう?
  「理由は簡単だよ。所在が常に変わるからさ」
  「所在が……?」
  「タムリエル全土に、神出鬼没に現れる剣なんだよ」
  「はっ? その、意味が分からないんだけど……」
  「つまり、全土を転々としてるんだよ。突然、どこかの洞穴や遺跡の最奥に現れるんだ。昨日、客が言ってたんだがゾノット洞穴
  に現れたらしいよ」
  「……ゾノット洞穴……」
  帝都のすぐ側の洞穴だ。そう遠くない。30分程度の距離だろう。
  魔剣かぁ。
  ともかく、すごく有名な剣なのだろう。
  切れ味はどうなのかな?
  やっぱり魔法が掛かってるのかな?
  今使ってる炎上のロングソードも炎属性の魔法が込められているけど、やっぱり伝説クラスの剣を手にしたいのが人情だ。
  「狙う気かい?」
  「もちろんです」
  「じゃあ忠告するけど、既に名のある戦士達が狙ってるよ。厄介な事にだけは、巻き込まれないによね」
  「大丈夫です。あたしは期待の人材ですからっ!」
  「……力説の意味がよく分からないけど、頑張ってくれよ」




  「本屋本屋っと」
  コロールに帰るのを一時中断し、あたしは《流浪の魔剣》を手に入れる為にまずは最低限の情報を得る事から始めた。
  その為には、過去の文献が必要。
  帝都商業地区に足を運び、本屋を探す。
  少なくとも100年前から存在しているのだから、何らかの文献があるはずだ。
  ゾノット洞穴にそのまま行けばいい?
  うん、それもありだと思う。
  でも、過去100年も各地を彷徨ってる……それはつまり、誰も手にした者はいない、という事だ。
  そもそも彷徨ってる時点でおかしい。
  呪われているのかもしれない。
  喉から手が出るほどに欲しいけど、迂闊に洞穴に行くのは得策ではないと思う。
  だから、調べる。
  「すいません。どこかに本屋さんありませんか?」
  「本屋? ……ああ、コピアス商店の向かいがそうだよ。ファースト書店だ。帝都でもっとも本の量が多い場所だよ。……まあ、
  アルケイン大学を除いてね」
  「ありがとうございます」
  巡回中の帝都兵に質問をし、それから頭を下げ、ファースト書店に向った。
  コピアス商店、の前ね。ソロニールさんの店の前か。
  分かり易い目印だなぁ。
  ……。
  ……ああ、ここだここだ。看板に《ファースト書店》と書いてある。
  ソロニールさんのお店は閉まったまま。
  まあ、そりゃそうだよね。墓暴き騒動は昨日の事だもん。昨日の今日で、再開できるわけがない。
  ガチャ。
  あたしはファースト書店に入った。
  「うわぁ」
  圧倒される、書物の量。
  結構、字が読めない人が多いし普通の家庭では本は読めない。普通の家庭では、の意味は本が高くて買えないという意味だ。
  増刷技術が魔術師ギルドによって確立されたけど、まだまだそれほどには普及しておらず、本の大量生産は出来ていない。
  その為、一冊辺りの価格が高い。
  一般家庭で《本が趣味です》というのは、家計をストレートに圧迫する悪趣味と言えるだろう。
  本の価値にもよるけど、最低では金貨数十枚はする。
  安宿での一泊は金貨十枚。
  普通に一泊の宿泊料よりも高いのだ。なので、本屋というのもあまり普及していない。
  ともかく、あたしが言いたいのはそういう状況が下地にあっても、さすが帝都は品揃えが凄いなぁ……という意味だ。
  ……。
  大分長くなったけど、まあそんな意味。
  さて。
  「毎度ありがとうございます、バーボ様」
  「ああ」
  先客が、いた。あたし以外の客は彼だけだ。ちょうど買って、帰るところらしいけど。
  男、という以外には分からない。
  全身を金色の甲冑で身固めしている。兜もフルフェイス。肌が露出している部分は、どこにもない。
  あの金色の鎧は《ドワーフ製》ね。
  既に滅亡した種族である、ドワーフの技術で作られた鎧。腰に差した剣も、ドワーフ製だ。ドワーフ製の特徴は金色を基調に
  しているという事。
  その男は、何十冊も両手に持ち、店を後にした。
  読書好きな冒険者、ってところかな。
  この世界において読書を好めるのは王侯貴族と聖職者など生活が豊かな者のみ。そしてそこに冒険者も入る。
  冒険は儲かるのだ。
  一回の冒険で、一般市民の年収分を稼げる事もザラにある。
  ……もちろん、リスクは高く死の危険性がいつも潜んでいるけれども。
  「いらっしゃい」
  「あの、《流浪の魔剣》に関する書物はありますか?」
  これだけの本の数だ。
  自分で探すより、店主に聞いた方が手っ取り早い。
  「悪いけど、売れたよ。今ので完売だ」
  「ええーっ!」
  今の人か。あの人も狙ってるのかな?
  「たくさん買い込んでましたけど、そんなに本の種類があるんですか? その、魔剣に関する」
  「いやうちで扱ってる種類は三種類だけだ」
  「えっ? でもそれ以上持ってましたけど……」
  「買占めだよ、買占め。あの人は《刀剣狩りのバーボ》と呼ばれていてね、名のある刀剣を集めるコレクターなんだよ」
  「……コレクター……」
  「情報を買占め、独占する。それがいつもの手なんだよ。情報が乏しければ、冒険のしようがないだろう?」
  「ええ、そうですね」
  「それが良いか悪いかは、俺は知らんよ。売れれば良いからな、俺は。……おそらく帝都中の《流浪の魔剣》に関する本は
  買い占められているだろうよ。あいつ資産家でもあるからな。それだけの財力はあるんだ」
  「そうですか」
  色々と教えてくれた店主に頭を下げ、あたしは店を出た。
  バーボという人に一冊譲ってくれないか、無駄を承知で交渉しようと思ったものの人ごみに紛れ、どこにも見当たらなかった。
  「……どうしようかな、これから」



  帝都中、とは言わないものの本屋をハシゴしてみるものの《流浪の魔剣》の関連の本は見つからなかった。
  《流浪の魔剣》がゾノット洞穴に現れたのは、昨日らしい。
  バーボが買い占めたのも理由の一つだけど、一日出遅れた為に関連本がないのも理由だろう。
  つまり、他の冒険者達が本を買ったのだ。
  「どうしよう?」
  ありかは分かってる。
  これが普通の名剣なら……普通の名剣、という表現はおかしいものの……ともかく、普通の名剣ならそこまで情報は要らない。
  洞穴に潜って手に入れればいい。
  しかし問題は、《流浪》という事だ。
  今回、あたしが手にしようとしているのはここ100年ほど、タムリエル全土を転々とし、突如現れる魔剣。
  どう考えても常識から逸脱してる。
  流浪する魔剣?
  意思があるのか、呪われているのかは知らないけど……予備知識なしで手にしようとするのは危険すぎる。
  その為に本が必要なのだ。
  「……あっ」
  金色の戦士。バーボだ。
  さらに本を大量に抱え込んでいる。一冊、分けて……もらえないだろうなぁ、きっと。
  それでも駄目元だ。
  駆け寄り、声を掛ける。
  「あの、すいません。少しお話……」
  「本ならやらんぞ。一冊金貨5000なら手を打とう。嫌なら俺が魔剣を手に入れてから、半値で売ってやるから待ってろ」
  「5000っ!」
  今の全財産は、ジェンシーンさんからもらった報酬と合わせても、金貨500枚だ。
  桁が一つ違う。
  沈黙していると、バーボは鼻で笑う。
  「田舎娘が。駆け出し冒険者は、ネズミ退治でもしてろ。それがお似合いだ」
  「……っ!」
  カッとなる。
  いくらなんでも、そこまで言われたらあたしだってプライドがある。腹も立つ。
  怒らせるのが目的なのだろう、さらに挑発してくる。
  ここで手を出せば、あたしは犯罪者だ。ここは帝都、人の往来が途絶える事はない。
  観光客、住人、衛兵、冒険者などなど。
  目撃者はたくさんいる。侮辱されたから殴ってもいいという理屈は通らない。殴れば問答無用で留置所に叩き込まれる。
  拳を強く握る。
  強く。
  強く。
  強く。
  そしてあたしは歯を食いしばって、相手の侮辱を堪える。相手はさらに煽る。
  あたしを逮捕させてライバルを減らす、それが腹だろう。
  「無料で欲しいなら、ここで土下座しろ」
  「……っ!」
  「倍払う、といったらこの子に本を渡してくれる? ……いいえ無理ね、あんたみたいな低俗野郎にそんな度量はないか」

  あたしの背後から、別の女性が口を挟む。
  くすくすと笑いながら、バーボの言葉を逆に嘲笑う。
  フルフェイスのバーボの表情は分からないものの、怒っているに違いない。

  振り向く。そこにいたのは……。
  「フィッツガルドさんっ!」
  「ハイ。久しぶりね、アリス」
  戦士ギルドで《ガーディアン》の地位(幹部クラスの称号)にいる、フィッツガルド・エメラルダさんだ。
  魔術。
  剣術。
  そのどちらも極めている、天才肌の存在。
  魔術師ギルドのトップであるハンニバル・トレイブンに最も近い存在と言われ、後継者候補とされている人物。
  そして、あたしの目標であり憧れの人だ。
  「こんな奴から買う必要ないわ、頭も下げる必要もない。……それにそんなクズ本にそんな価値ないわ」
  「な、なにぃっ! 俺を誰だと……っ!」
  「知ってるわ、バーボでしょ? ウンバカノが言ってたわ。三流コレクターだってね。収集品も三流。……流浪の魔剣の価値は
  私も知ってる、あれは超一級よね。でもあんたは三流野郎。自分よりでかい物には手を出さない方がいいわよ?」
  「……っ!」
  くすくすと笑う。

  さすがは、だね。受け流し方も、挑発の仕方も彼女の方が上だ。
  自分の力に絶対の自信があるから、そこから来る裏打ちのある余裕なのだろう。格好良いなぁ。
  「お、俺を怒らせたなっ!」
  「あらその程度で怒る? 大人げないわねぇ」
  「ふはははははははっ! 帝都中の本は買い占めた、そして俺を怒らせたっ! 本はその女には絶対に渡さんぞっ!」
  「そんなに本買ってどうするの? ……ああ本屋になるの? 開店したら教えて。花輪の一つぐらい送るわ」
  「……っ!」
  『はははははははははっ!』
  いつの間にか人垣が出来、やり取りを見物している人々。
  あたしに対する、バーボの挑発も知っているのでフィッツガルドさんの強気で茶目っ気もある発言が心地良いらしく、それに
  右往左往するバーボに対する姿が楽しいらしい。事実、バーボに対して嘲笑を浴びせている。
  ……。
  可哀想?
  んー、それは思わないなぁ。
  あたしが上から目線された、あたしが馬鹿にされた……からではなく、バーボの言動は人を見下し過ぎている。
  だから、フィッツガルドさんにズケズケと言われている彼を見ても同情は浮かばない。

  「それにしても無駄金使ったわねぇ」
  「な、なにぃっ!」
  「アリス、行きましょう。本が欲しいなら、良い場所がある。……あげれないけどね、読む程度なら私が交渉してあげるから、
  行きましょう。あいつが買い占めた本より、良い物があるのよ」
  「嘘だっ!」
  バーボは叫ぶ。そんなはずない、そんな口調だ。
  「俺は金にモノを言わせて、出回っている《流浪の魔剣》の資料は全て買い占めたっ! 全てだっ!」
  「出回ってるのは、それが全てでしょうね」
  「……えっ……?」

  「アルケイン大学には古書がたくさんあるのよ。あなたの持ってるやつより上等な内容のね。……さっ、行きましょう、アリス」
  「アルケ……アルケインっ!」
  「ここで馬鹿な事口走ってるぐらいなら、洞穴に行けば? ……剣手に入れれなかったら散財でしょう?」
  凛として。

  颯爽として。
  やっぱりフィツガルドさんは格好良いなぁ。
  「行きましょ、アリス」
  「はいっ!」




  アルケイン大学。
  魔術師ギルドの中心であり、本部。全ての知識が集う、至高の場所。
  ここに入れる魔術師は各地の支部の推薦を受けた一握りの者達だけであり、ここにトップとして君臨するハンニバル・トレイブン
  の後継者とされているフィッツガルドさんは……わざわざ口にするまでもないほどの、超エリート。
  それを口にすると……。
  「私はただ、彼の養女ってだけよ。それに興味ないわ、別に」
  謙遜?
  ううん。本当に評議長の椅子に興味なさそうな感じだ。そこも格好良いなぁ。
  「ター・ミーナ」
  「あらぁこの子だぁれ? 大学には……」
  「分かってるわ、規則は。部外者よ、アリスは。でも私の友達なのよ。……いいでしょう?」
  「お礼に何くれるぅ?」
  「この不良トカゲめ。ウンバカノ関係で色んな遺跡巡りさせられそうだから、貴重な本のゲットに全力を注ぐわ。それでいい?」
  「フィーもワルよのぅ」
  「……あんたほどじゃないわよ。まったく」
  溜息するフィッツガルドさん。
  連れられて来たのは、本がたくさんある部屋。《神性の書庫》という場所らしい。フィッツガルドさん曰く、全ての書物が集う場所
  らしい。確かにバーボがてにしていた本なんて比べ物になりそうもない。
  「アリス、ここで調べてもらいなさいな。ター・ミーナに希望の本言えば、探してくれるから」
  「はいっ!」
  「相変わらず元気良いわねぇ。……ああ、言っとくけど持ち出しは出来ないからね。必要に応じて、資料としてメモにでも取る事ね。
  私はラミナスに話があるし、仕事もあるから今日はもう会わないけど、またどこかで会いましょう」
  「ありがとうございますっ!」
  深々と一礼。
  出会いはゴブリン退治。追い込まれ、落命寸前だったあたしを救ってくれたのがあの人だ。
  その際、ゴブリン数十匹を圧倒し、撃破した。
  当初こそ敵対心燃やしてたけど……そのあまりに桁違いの能力に魅せられ、今ではあたしは勝手に師事している。
  今まで読んできた小説の中の、英雄そのものだ、あの力は。
  いつか肩を並べれたら、いいな。
  「それでどんな本をお探し?」
  「えっとですね、流浪の魔剣の資料を」



  《流浪の魔剣》。
  
  一番最初に確認されたのは132年前。場所はハンマーフェル、北部の小さな村。
  ただし詳しい詳細は不明。
  何故なら、村人はその日の内に1人を残して全員失踪。
  唯一の村人は炭鉱での仕事で両手を失った古老であり、恐怖の為か翌日に精神が崩壊し、詳細は残っていない。
  剣は消えたと、古老は言葉少なく語り残している。

  その後、タムリエル全土を転々とし、現れる異形の剣の存在が伝えられるに至る。

  やがて全ての剣は同一のものである、という噂となり、それは《流浪の魔剣》と語り残される事となる。

  例外なく、手にした者はいないと言うのが通例。
  そして証言を残す者が1人もいない(全員失踪するか自我が恐怖で崩れる為)のもまた通例ではあるものの、例外もある。
  冒険王ベルウィック(フロンティアという街を作り、現在は子爵)は手に入れれなかったものの、剣をこう評している。


  『刀身には禍々しいルーン文字がびっしりと書かれていた』
  『手にした者は、その場で消えてしまう。自分は結局、触れれなかった。冒険生活で唯一恐怖を感じた瞬間だった』
  『触れた者はただ掻き消えるか、炭化する。まるで何かに焼かれたように』
  『突然現れる魔剣。しかし自分の探索の時もそうだったし、過去の記録を当たってみて分かったのだが必ず一人の老人が流浪の
  魔剣が近くに現れたと触れ回るらしい。今思えば老人は死の使いなのかもしれない』




  「……」
  ター・ミーナさんに探してもらった資料を読み漁るうちに、少し怖くなってくる。
  触れると消える?
  まさにこの剣は、魔剣だ。
  冒険王ベルウィックは知ってる。今、未開の地に《フロンティア》という街を建設した人物だ。シロディール随一の冒険家であり、
  人々は彼を敬愛し、尊敬し、《冒険王》として敬っている。その彼が恐れた、魔剣。

  もしかしたらこの世界のモノではないのかもしれない。
  「……リス」
  「……」
  「……アリス」
  「えっ? あっ、はい」
  「ルーン文字の解読できたわよぉ」
  「あっ、その、ありがとうございます」
  冒険王が刀身に刻まれていた文字を記憶し、ある一冊の冒険紀に書き記してあった。それを翻訳してもらった。

  ベルウィック卿自身はルーン文字が読めないらしい。
  ……。
  まあ、読める人なんてそうそういないだろうけど。
  「なんて書いてありました?」
  「意味は分からないけど《汝どちらか選べ。雷に焼かれるか、我が民となるか》。……どういう意味だろうねぇ」
  「……不吉、ではありますね」







  《汝どちらか選べ。雷に焼かれるか、我が民となるか》







  ゾノット洞穴。
  帝都から程なく近い場所に存在するその洞穴は、とても帝都の側とは思えない雰囲気だった。
  アルケイン大学を辞去し、冒険の準備を済ませてあたしは結局、洞穴に足を踏み入れた。
  少し、後悔してるけど。
  「……」
  洞穴や遺跡、砦。
  大抵……というか確実に何かが潜んでいる。
  盗賊などの賊関係、死霊術師、吸血鬼、野生動物、モンスター。時にはオブリビオンの悪魔達が巣食っている場合もある。
  帝都から離れれば離れるほど。
  文明で護られ、誇示している都市から離れる離れるほど危険度が増す傾向にある。
  そこはいい。
  そこは理解出来る。
  「……何、ここ?」
  だけどここは未開の地ではない。
  帝都から30分の距離に存在する、洞穴だ。何かが巣食っているのは理解出来るけど、危険度から言えば最低ランクのはず。
  何故なら、動きの鈍い帝都軍にしても自分達の近くに脅威があれば排除するからだ。
  排除の範囲内にある、ゾノット洞穴。
  だけどここは……。
  「……」
  帝都軍の手抜き?
  討伐&一掃してない?
  そうじゃあないと思う。この洞穴の雰囲気は、従来の洞穴の雰囲気ではない。
  松明が闇を削る。
  しかしこの闇が問題なのだ。闇の濃さが違う。そして空気の質もどこか禍々しく、どこか重苦しい。
  どんなに鈍くても分かるだろう。
  ……ここは、人外が巣食ってる……。
  おそらくオブリビオンの悪魔達が巣食っているのだろう。しかし連中は自分達では、こちら側にはこれない。
  魔力障壁が、タムリエルとオブリビオンの間に張られているからだ。
  魔力障壁の彼方から悪魔を呼び出し、帝都のすぐ側に留めているのは誰?
  「……」
  左手には松明、右手には既に抜いてある炎上のロングソード。
  何が出て来てもおかしくない状況だ。
  闇が濃い。
  闇が重い。
  闇が……。
  「……」
  ただ予想に反して、何も出て来ない。
  オブリの悪魔とはまだ遭遇した事ないけど、三種類に分別出来るらしい。
  魔人タイプ、魔獣タイプ、精霊タイプ。
  ドレモラ、と呼ばれる魔人達は強力であり、高い知性を誇っている。
  じゃあ魔獣は弱いのかと言うと、そうでもない。デイドロスやクランフィアのようにドレモラ並に強力なのもいるからだ。
  精霊も強力だ。それぞれの属性を駆使し、攻撃してくる。炎の精霊が出たらあたしでは勝てない。
  何故?
  ……簡単。あたしが持つ剣が、炎属性の剣だからだ。炎に炎で攻撃する。
  どれだけナンセンスかは、言うまでもない。
  まだ悪魔達とは遭遇した事ないけど、図解入りの書物からどのような姿かは分かってる。
  本は高額。
  でも叔父さんが戦士ギルドの幹部であり、金銭的にも恵まれており、叔父さんも教育の一環としてあたしに本をたくさん買い与
  えてくれたから本から得た知識は結構ある。
  「……死体だ……」
  進んだ先に、死体がゴロゴロしている。
  今まで何もいなかった。敵も、死体も。それが急に、死体の山に遭遇。つまりここからは敵が出るという事か。
  闇の先に目を凝らす。
  ……何も見えない。
  この闇では眼はあまり役に立たない。カジートなら、闇の中でも目が見えるのに。
  しばらくそのまま身構えたまま、周囲を警戒し、ホッと一息。
  物音一つしない。
  少なくとも、近くには敵はいないようだ。
  ボゥ。
  松明を死体にかざし、観察。誰もが武装している。おそらく、というか十中八九《流浪の魔剣》を探しに来た連中だろう。
  等しく刀傷で死んでいる。
  ……それも背後から、一太刀だ。
  ……。
  ……後、から?
  「変だなぁ」
  洞穴の奥から敵が来た、これは勝てない逃げろ、逃げる際にバッサリと後から斬られた……わけではなさそうだ。
  遺体は全て洞窟の奥の方向を頭に、倒れている。
  つまり進んでいる最中に後ろから斬られた?
  でも誰に?
  「キェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェっ!」
  「……っ!」
  キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
  瞬間、あたしは動いた。
  レヤウィンでの、白馬騎士としての経験があたしを冷静でいさせてくれる。振り向き様に剣で防御、背後から切りかかって来た
  者の剣を弾き、そのまま突きに転じて繰り出す。狭い洞穴内では剣を振り回す戦闘は自滅に繋がるからだ。
  ガっ!
  必殺の突きではあったものの、相手に弾かれる。
  剣で、ではない。
  相手の鎧でだ。炎上のロングソードは、炎の魔法で強化されているので鎧といえど突き刺せるはずなんだけど……どうやら向こう
  の鎧にも何かの魔法が施されているらしい。鎧に弾かれ、あたしは後に下がる。
  襲撃者は襲撃者で、突かれた振動でその場に倒れた。
  素人臭いな、この襲撃者。
  松明で照らす。
  金色の、鎧に包まれた……ドワーフ製の武具。こいつまさか……。
  「あなた、バーボ?」
  「……くっ!」
  タタタタタタタタタタタタタタタタタタっ。
  そのまま闇の奥に、出入り口の方に逃げていく。そしてあたしは闇に取り残された。
  「ふぅ」
  剣欲しさに、ライバルを闇討ち、か。
  あたしも剣は欲しいけど、その理屈は理解出来ない。
  まあ、理解出来なくて正解だろうけど。
  耳を澄ます。
  強くなった、とはいえ闇討ちを何度も跳ね返せるほどの実力があるとはあたしは過信していない。
  その謙虚な心がよかったのか、かすかに聞える音。
  ……
ギリギリギリ……。
  かすかに聞える、その音はまるで矢を引き絞るような……。
  「……っ!」
  そう思った瞬間、あたしは伏せた。
  風を裂き、それはあたしの頭上を瞬時に通り過ぎる。……あ、危なかった……。
  「ぎゃあっ!」
  「……えっ?」
  ドサリ。
  あたしじゃない、洞窟の奥で誰かが絶叫し、倒れた。松明で先を照らす。キラキラと松明の光を反射しながら、やってくる。
  それも集団だ。
  金色の鎧を全身に纏った、集団。顔までバーボのように、金色のフルフェイスの兜で覆っている。
  「……あれ?」
  ドワーフ製の防具か、と思ったもののどうも違うようだ。形状が違うし、それにフルフェイスでもない。
  金色の顔。
  まるで金粉を塗りたくったような、金色の顔なのだ。
  それも皆同じ顔。
  同じ顔の、金色の女達は総勢で6名。1人は肩に矢が突き刺さっている。バーボの矢が刺さったのか、それで悲鳴が聞えたのか。
  冒険者の類ではなさそうだ。
  な、ならこいつらは何?
  「ひぃっ! オブリビオンの悪魔だっ!」
  闇の向こうでこちらの様子を窺っていたのであろうバーボは、叫んで逃げた。今度こそ足音が遠ざかって行く。
  この闇の中で目が見える、あいつは《夜目の魔法》が使えるらしい。
  カジート、というわけではないだろう。
  カジートなら顔がネコなので、普通の人間用の兜は被れない。フルフェイスなら尚更だ。特注の兜が必要。
  しかしあいつの被っていた兜は人間用。
  だから、カジートの特性として夜目が効くのではなく、魔法で眼を強化しているのだろう。
  ……。
  まあ、彼の種族なんてどうでもいい。
  目の前の女達がオブリビオンの悪魔達?
  こんな姿の悪魔がいるなんて、本には書いてなかった。特別な悪魔達なのだろうか?
  「はぁっ!」
  キィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
  キィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
  キィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
  数の上では向こうが多いものの、ここは狭い洞穴だ。こいつらをどうにかしない限りあたしは奥に行けないのと同じように、向こう
  もあたしがいる限りは出入り口には行けない。つまり、あたしを挟み撃ちには出来ない。
  それだけ洞穴の中は、狭い。
  数こそ多いものの、たえずあたしを相手に一対一のフェアな戦闘しか出来ず、その点ではあたしはそれほど追い込まれていない。
  反対に向こうは?
  数が多いのが災いした。つまり、敵はお互いの間隔を詰め過ぎている。
  機敏な動きが出来ない。
  「やっ!」
  「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああっ!」
  ザシュ。
  相手の攻撃を弾き、弾き、弾き、その度に後退して行く黄金の女性は後ろに詰めていた仲間に当たり身動きが止まったところ
  をあたしは必殺の突きで突く。物の見事にそいつと、その後の奴を串刺しに。
  一気に2人倒したわっ!
  剣を引き抜くと二人はその場に崩れた。その瞬間、次の相手が切りかかってくるものの足場が悪い。
  仲間の死体が転がっているのに、向こうから動いたのが運の尽きっ!
  転びこそしないものの、死体を飛び越えての攻撃なので対処がし易い。
  キィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
  横になぎ払い、弾くと敵は体勢を崩す。あたしは体を少し沈めて力を貯めて、そのまま気合とともに一閃。
  「はぁっ!」
  「……っ!」
  胴をまともに裂かれ、3人目が地に伏した。勝てるっ!
  そう思った瞬間、残りの3人の姿が掻き消えた。そして視界が反転、あたしの体は宙が置くような感覚に包まれる。
  魔法っ!
  不意打ちに備えようとするものの、全てが収まった時、あたしは広い場所に立っていた。
  「……えっ……?」
  洞穴内。
  それは確かだ。岩肌だし。ここがゾノット洞穴かは……分からないけど……瞬間移動したの?
  周囲は淡く、蒼く光っている。まるでウェルキンド石のように、岩肌が光っている。
  あたしの目の前に、一本の剣が浮かんでいた。
  刀身にびっしりと刻まれたルーン文字。異形な形状の、剣。
  これが《流浪の魔剣》?
  「……」
  魅入られるように、あたしは手を伸ばして……そのまま、倒れた。肩に矢が食い込んでいるのに気付いたのは、倒れてからだ。
  矢の飛んできた方向を見る。
  ぽっかりと穴が開いている。通路だ。なるほど、あのまま進んだらここに辿り着いたわけか。
  だとするとやっぱりあたしは瞬間移動した?
  そしてここはゾノット洞穴だ。
  矢を引き抜きながら、あたしは苦悶を噛み殺しながらそう思った。
  矢を放ったのは、この部屋に遅れて到達したのはバーボ。奴がいるのだからここがゾノット洞穴で間違いない。
  「ご苦労だったな、露払い。この剣は、俺が頂くぞ、小娘っ! 全ての剣は俺のものだぁっ!」
  「人を殺してでもですかっ!」
  「他の連中の事か? はっ、甘いなっ! この世界、他人を蹴落としてナンボだっ! お前だってそうなんだぜ、俺とは違うやり方
  で剣を手にしたところで、その時点でお前は他人を蹴落としている。剣を求める他の連中を殺してるんだよっ!」
  「……」
  そうだろうと思う。
  究極を言えば、人は誰しもが他人を蹴落としてる。それはそうだと思うけど……でも……。
  「あなたがやってる事は犯罪ですっ!」
  「ああそうかい。だが立証する奴がいなければ、帝都軍も動かないさ」
  「……御託はいいのでな、剣を手にするものが誰なのか、今すぐ選べ」
  『……っ!』
  同時にあたしとバーボは、その声の主を見た。老人だ。老人がいる。
  一瞬、バーボの目に殺意が浮かぶ。老人も殺す気なんだ。しかしその殺意は一瞬で、弓をしまう。
  殺意を捨てたわけではないだろう。
  あの《流浪の魔剣》で試し切りにするつもりなのだ。きっと、あたしも。
  「ふはははははははははははははははははははっ! これでこの剣は、俺のものだっ!」
  彼は剣を手に掴んだ。
  ……。
  ……。
  ……。
  ……それだけ、だった。
  その瞬間、剣は地に落ちた。バーボはいない。手にした瞬間、消えてしまった。
  何なの?
  「ふぉっほっほっほっほっ。お前の選択は受諾した、狂気におボケる……いやいや溺れるがよいわぁっ!」

  老人は笑う。
  そしてあたしは初めて気付いた。その老人は、人ではない。
  顔も、体も、どこまでも人間だ。
  しかし眼だけは違う。異様に爛々と、金色に輝くその瞳の色をあたしは知らない。ただ、こうは断言できる。
  人間的ではない、瞳。
  この老人は何者?
  「しっかし今の男は礼儀を知らぬぅ。後から来て、そのくせ得物だけは奪おうだなどとぉ。……そういう輩には脳を取り出し
  《礼儀》という文字を刻み込んでまた頭の中に戻してやるのが一番じゃぞ? 恥じ入り、二度と何も喋らなくなるぞ?」
  「……」
  「何故喋らぬダンマーの小娘? ……ふぅむ、喋らないのであれば舌はいらぬのぅ。引き抜いて食べるに限る。まあワシの好み
  はカルビであってタンではないが、まあ食べれなくはないぞ。代金はお主持ちじゃぞ。今夜は無礼講じゃワシが許す」

  「……」
  無言のまま、あたしは間合を保つ。

  炎上のロングソードが淡く赤く光を称えている。魔法をエンチャントされた剣は、霊ですら斬れる。
  いや、相手は霊ではない。
  あたしが言いたいのは、どんなシロモノでも斬れる……そう言いたいだけだ。
  ちらりと《流浪の魔剣》を見る。
  禍々しいルーン文字がまるで脈打つように、動いている?
  ……えっ……?
  「この剣はワシの分身、ワシの魔力、そしてオブリビオンの門」
  「なっ!」
  オブリビオンの門。
  それはあたし達が住むタムリエルと、悪魔達の世界オブリビオンを繋ぐ門だ。
  魔力障壁が世界を包んでおり、基本的に双方干渉出来ないものの強大な魔力を使えば、門を開き世界を繋げる事が出来る。
  だけど……。
  剣が、門?
  それにそんな事が出来るのはそうそういない……というか、まず無理だ。
  魔術師ギルドにもそれだけ強力な魔術師はいない。強力、を通り越しているレベルだからだ。剣に《オブリビオンの門》としての
  能力を付与するなんて技術は、この世界にはないはず。あたしでもそれぐらい知ってる。
  フィッツガルドさんでもそこまで力はないだろう。
  シロディール最強の魔術師であるハンニバル・トレイブンでも無理だ。
  この老人、何者?
  老人はあたしの思惑を無視し、手を振る。
  ヴォン。
  瞬間、《流浪の魔剣》は消え、老人の手の中に納まった。
  こいつオブリビオンの悪魔かっ!
  「この剣には《汝どちらか選べ。雷に焼かれるか、我が民となるか》と刻まれておる」
  「……知ってる」
  ター・ミーナさんに訳してもらった文献に、そう書かれていた。
  意味は分からないけど。
  老人は続ける。
  「この剣を手にした者は、選択を与えられる。……ああ、強要される? しかしまあ、強要されても最後は和姦なら問題なしじゃ」
  「……」
  「なんじゃお前引いているのか? まあよいわ、あまり過激に偏見口にすると女性人権団体がうるさいからな」
  「……」
  「この剣は、手にする者に選択を与える。我が世界の民となるか、どうかのな。受け入れればワシが支配する領域に転送する、
  拒めば電撃で身を焼かれる。第三者から見れば一瞬の出来事、しかし剣を手にした者は決断を下すまで時が止まる」
  「……」
  バーボさんがいた場所には、灰が存在しない。
  つまり、《向こう側》に飛ばされる選択をしたのだろう。そして灰が散らばる場所は、拒んで電撃で焼きつくされた人の成れの果て。
  他にもここに到達し、選択を迫られた者達がいたのだろう。
  ……でも異界に飛ばす、か。
  でも今の魔道技術でそんな事が可能なのだろうか?
  そんな事が可能なのか?
  「あなたは何者?」
  かすれる声で、あたしは問い質す。
  額から汗が伝う。
  とても気持ち悪い。しかし拭う暇もない。あたしはただ、身構えたまま動けない。

  「ワシが誰か、とな? 聞きたいのであれば、自分から名乗るのが筋であろう?」
  「……アイリス・グラスフィル」
  「お初にお目にかかれて光栄じゃな、いずれ死すべき者よ」
  いずれ死すべき者。
  それはオブリビオンの悪魔達が、こちら側の住人を指す言葉だと何かで読んだ気がする。
  やはり悪魔か。
  しかしあたしの確信と予測は、いとも簡単に破られる。
  何故なら……。
  「我が名はシェオゴラス」
  「……っ!」
  この驚愕、どう表現したらいいのだろう?
  カラン。
  手にした剣が、手の中から離れて地面に落ちる。全身が震えているのが分かる。

  「……」
  それを隠す事を、あたしはしない。
  無駄だ。
  無理だ。

  無茶だ。
  どのような態度を取っても、強気に振舞っても……誰が見ても虚勢でしかないからだ。老人は笑う。愉快そうに。
  この老人は人間ではなく、悪魔。
  それはいい。
  そこは確かに理解出来る。既にやっている事は、この世界の常識を逸脱しているからだ。
  しかし。
  しかし……目の前にいる老人が、オブリビオンの魔王だなんて……。
  「ふぉっほっほっほっ」
  「……」
  オブリビオンには、16体の魔王がいる。
  一説ではオブリビオンとは複数あるらしい。つまり、魔王一人一人がオブリビオン、という世界をそれぞれ有しているのだ。
  ともかく、目の前の老人は魔王の1人であるシェオゴラスを自称している。
  一般的に魔王と言っても、直接的に脅威となるのは四体のみ。
  一番有名なのが《メイエールズ・デイゴン》であり、過去何度もこちら側に侵攻しようとしてきた。属性は《破壊》。
  ここにいる《シェオゴラス》も脅威となる四体の一体ではあるものの、司る属性が《狂気》であり、直接的武力をあまり用いない。
  そういう意味では前述の魔王よりも脅威は薄いものの、こちら側に狂気を持ち込み、世界を狂わせる。
  あまり歓迎できる魔王ではない。
  それにしてもこちら側に来れるなんて……。
  「魔力障壁か? あんなもの、その気になればどうとでも回避のしようがあるわい」
  「……」
  「まあ、安心せい。この世界で力を振るえるほど、絶好調ではないのでな。こちら側に来るには、魔力をかなり消費するのでな。
  それにワシの目的はお前達が《流浪の魔剣》と呼ぶ、この剣を使って不和を撒く事。暇潰し程度じゃ、笑えるのぉ」

  「……」
  手にした者に二者択一を与える魔剣。
  彼の支配する世界に引き込むか、拒む者には等しく電撃の洗礼を与える。
  暇潰し。
  そう、彼にしてみれば暇潰しなのだろうけど……。
  「何が望みなのっ!」
  「望み? 決まっておる、人間100人の腸を結んで一つにし、長縄をする事じゃ」
  「……」
  意味が分からない。
  意味が……。

  「ワシはお主のような強い者を探しておった。ワシの世界に移住せぬか?」
  「断ります」

  「今回の遊びは、まあまあじゃったな。別の場所に行って、また遊ぶとしよう。……それにこの場にいると迷惑じゃろう?」
  「この世界にいる事自体が、目障りです」
  「言うではないか。まあよいわ。狂気が欲しいのであれば、ワシの世界を探すといい。ではな」
  「……」
  スゥゥゥゥゥゥゥゥゥっ。

  掻き消える、狂気を司る魔王シェオゴラス。
  ポイントは彼自身が狂気だという事。狂人の言う事はよく分からない。

  あの《流浪の魔剣》はただのお遊びか。
  剣を欲する者達の欲の心を駆り立て、煽り、殺し合わせ、そして手にした者に究極に二択を迫る。
  オブリビオンの世界に引きずり込まれるか、その場で死ぬか。
  ……性質の悪い冗談だ。
  以前関わった《エヴァーズスキャンプの杖》も彼の創造物だった。
  シェオゴラスは狂気を振り撒く事を至上の喜びにする、魔王なのだ。本当に、性質が悪い。

  「……結局、動く事すら出来なかったなぁ」
  その場にへたり込む。
  相手は魔王。勝てるとは思ってない。
  でも、まさかここまでの差とは。魔王と人の差は、果てしない。前にダゲイルさんが言っていた魔剣はどこにあるのだろう。
  悪魔ですら恐れる、魔剣は。
  そもそもの実力差は埋まらない。魔王と人では、やはり格段の差があるのは当然であり、仕方ない。
  それを埋める為には強力な、魔を滅する力を持つ武器が必要なのだ。
  「……英雄の道は遠いなぁ」














  《シェオゴラスの補足説明》

  ゲーム経験者には分かるように、外伝である《シヴァリングアイルズ》に登場する魔王。
  狂気に満ちた自分の世界であるオブリビオンと、シロディールを繋げた。
  その真意と理由は、自分の手足となる人物を探す事。
  ネタバレになるのでこれ以上は書かないものの、シェオゴラスのオブリビオンは危機に直面しており、外部の者の介入が
  必要だった。その為に、シロディールにオブリビオンの門を開いたのだ。
  しかし、入り込んだ者はほぼ確実に気が触れる。
  狂気に彩られた世界は人の心を容易に壊し、シェオゴラスの思惑はうまく行かない。
  やがて現れる、一人の英雄が現れるまでは。

  司る属性が《狂気》。
  それは彼の世界の特徴でもあり、狂人=常識人として扱われる。
  シェオゴラスの世界において、狂った者こそがまともなのだ。そして当の魔王本人も言動は狂人そのもの。