天使で悪魔





期待の新人




  戦士ギルド。
  何でも屋的な存在であり、自警団的な存在。
  基本的に帝都軍&都市軍はよっぽどの事がない限り街の外の事象には介入しない。
  帝都軍巡察隊は街道を周ってはいるものの、あくまで旅の安全を妨げられるのを当然の如く嫌う旅人や商人の苦情等
  の陳情などの結果、お義理で派遣している程度であまり当てにはならない。

  その結果、戦士ギルドは勢力と必要性が増した。
  戦士ギルドは善良な市民の味方です。
  
  しかし近年、その勢力にも翳りが見え始めている。
  ギルドマスターであるヴィレナ・ドントンの長男はある任務中に殉職。精鋭のギルドメンバー達も全滅。

  それにより、ヴィレナ・ドントンは消極的になって行く。
  反面、戦士ギルドのシェアを奪ったのがレヤウィンで勢力を伸ばしていた亜人版戦士ギルドであるブラックウッド団。

  深緑旅団騒動の際に、迅速に住民救助をした功績によりレヤウィンでの盤石な勢力を築き、逆に騒動の際に功績のなかった
  戦士ギルドレヤウィン支部は存在を問われる形となり、閉鎖された。


  あたしはアイリス・グラスフィル。
  レヤウィンでの《深緑旅団戦争》の際に活動(活躍かな)白馬騎士団のメンバー。
  騎士団は戦争後に解体。
  その後、コロールに戻り戦士ギルドの仕事を日夜、頑張ってる。
  ……。
  ……つもり。







  「俺は殺されたんだ棺桶に生きたまま入れられて殺されたんだあのブレトン女めぇ呪ってやる祟ってやるぅーっ!」
  半透明の、苦悶に満ちた顔の存在が浮かんでいる。
  幽霊?
  亡霊?
  ……。
  この部類になると、既に悪霊かな。
  人に祟る以外は興味がない存在であり、呪い殺すだけの存在。
  例え憎しみの対象ではないにしても。
  「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺すぅーっ!」
  「……」
  無言で剣を構えなおす。
  炎上のロングソード。炎の魔法がエンチャントされている、魔法剣だ。
  ぽぅ。
  淡く、赤く光る。
  刀身で斬った対象(触れた対象)を焼き尽くす能力を秘めている。
  暗闇の中で相手を正確に見据える為に、眼を細める。
  輪郭は儚いものの、幽霊自体が発光しているので標的を見失う事はない。

  構えは正眼。
  レヤウィンでの騒動の関係で、あたしは戦闘でも冷静にいれる。
  ……幸か不幸かは分からないけど。
  でも、戦士向きではあるよね。
  「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺すぅーっ!」

  「……」
  幽霊は吼える。
  既に恨みの対象以外でも、鬱憤を晴らすほど人格が崩壊しているらしい。
  話した事なかったけど、裕福そうな人だった。この街の住人だった人だ。

  フランソワ・モティエール。
  借金を踏み倒そうとした挙句に暗殺者に殺された、と前に衛兵が話していたのを聞いた事がある。
  ここは聖堂の地下にある、光差さぬ地下墓地。
  彼の一族はここに埋葬されている。慣例により、彼もここに葬られた。
  ただ最近、亡霊と化して地下を徘徊していた。
  戦士ギルドの出番だ。

  「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺すぅーっ!」
  「他に言う事はない? ……成仏する気ないなら、強制排除するけど……」
  「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺すぅーっ!」
  「……成仏する気ないのかぁ。仕方ないなぁ」
  溜息。
  この世界において、幽霊といえどただ黙って眠ってるわけではない。
  自己主張が激しいのだ。
  コロール聖堂の聖職者が自分で祓わないのはその為だ。
  この世界に未練がある可哀想な存在……と言うより、どちらかというとモンスターの範疇に入る。
  ……。
  もちろん、真面目に……という言い方も変だけど、真剣に悩んで彷徨ってる善良な(?)幽霊もいるけどね。
  幽霊は吼える。
  説得なんて聞きそうもない。そうなると、説得以外の手を打つしかない。
  出来れば避けたかった。
  出来れば……。
  「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺すぅーっ!」
  ごぅっ。
  半透明の、白色の光の球が放たれる。
  冷気の塊だ。
  身を翻し、回避。相手が人でなくても、あたしは冷静でいられる。
  余裕を持って回避し、さらに放たれる一撃を避けて間合いを詰める。

  深紅に光る刀身。
  炎に焼かれろっ!

  「亡者よ、本来あるべき場所に帰るがいいっ!」
  「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
  ゴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォっ!
  炎に焼き尽される、フランソワ・モティエールの残滓。
  輪郭は薄れ、そして消える。
  ……。
  魂まで完全に滅した。
  説得による成仏、というよりは力による強制的な排除であり滅び。二度とこの世界に舞い戻る事はない。
  ……転生も既にありえない。
  「任務終了、だね」
  ホッと一息。
  同情なんてしては駄目。対処が早かったから犠牲者はゼロではあるものの、犠牲者の可能性はゼロではなかったのだ。
  すべき事をした。
  ただ、それだけの事だ。
  ただ、それだけ……。
  「さぁて。叔父さんに報告しに戻ろっと」







  戦士ギルドの建物は、コロールの街の北に位置する。
  コロール市民の憩いの広場である、オークの大木のすぐ北だ。戦士ギルド本部ではあるものの、荘厳な構え……というか
  どこかアットホームな、大家族の住まう家のような赴きの外観だ。

  それはある意味で間違ってない。
  ギルドマスターであるヴィレナおば様はギルドメンバーを家族としてみている。
  あたしは、ギルドマスターの腹心であるモドリン・オレインの姪。
  なのでヴィレナおば様とはとても親しくしている。実際、あたしにしてみれば母親のような素敵な人だ。
  戦士ギルドの建物の隣は魔術師ギルドのコロール支部。
  戦士と魔術師。
  本来相容れない、天敵同士……というのが世間一般の価値観のようだけど、お互いにすべき領域がまったくと言って
  いいほど異なる為に互いに非干渉。

  戦士は仕事をこなす。
  魔術師は研究を。
  その為、特にお互いを意識する必要性がまるでない。専門が違うからだ。

  「……以上で、報告を終わります」
  「ご苦労様」
  「がっははははははっ! お前もそこそこ使えるようになって来たな。叔父である、俺の指導の賜物だなっ!」
  ギルドマスターの執務室。
  報告を聞くのは、おば様と叔父さん。
  今回の《フランソワ・モティエールの亡霊》退治は、まだ時期尚早とおば様は言ったけど……叔父さんは、あたしにその任務を
  一任した。レヤウィンで成長したあたしなら、大丈夫だからと。

  叔父さんに信頼されて嬉しい。
  ……。
  ただ、おば様とて信頼してくれてないわけではないと思う。
  ヴィティラスの一件だ。長男の、殉職が関係ある。

  長男殉職の結果、次男のヴィラヌスも一線から遠ざけられてるし……家族の死が怖いのだと思う。
  叔父さんはそれにいつも反発している。
  叔父さん曰く《自分でそうなる道を選んだのだから、口を出してはいけない》。そうなる道、というのは戦士として生きて行く事を
  自分で選択しているのだから、最悪の場合も覚悟しなければならないという理屈だ。

  さて。
  「では、あたしはこれで……」
  下がろうとすると、叔父さんが止める。
  「実はお前に別の仕事がある。今から帝都に行け。二つほど、仕事がある」
  「叔父さんそれ本当っ!」
  「叔父さんはよせ、ここではな。……お前もそろそろ使えるようになったからな。エメラルダもそう言っていた」

  「フィッツガルドさんがっ! ひゃっほぉー♪」
  舞い上がる。
  叔父さんに認められた、というのも嬉しいし憧れの人であるフィッツガルドさんにも認められているのが嬉しい。
  少し前に、フィッツガルドさんが来た。
  その時剣の稽古をしてもらった。結果は惨敗。あれ以来、コロールには来てないから多分その時に叔父さんにあたしの評価を
  言ったのだろうけど、認められるって嬉しいなぁ。

  もちろん、認められる為に努力してる。
  だから嬉しいのだ。
  ……。
  ヴィラヌスが腐る理由も分かるかも。
  努力しても、おば様は彼を見ない。おば様と叔父さんが仲が良いから、あたしもおば様の息子であるヴィラヌスとも仲が良い
  ものの最近は彼、腐ってる。一線から遠ざけられてるからだ。認められないからだ。
  もちろん、おば様の配慮も分かるけれども。
  死は誰だって怖いものだ。
  身内の死は、なおさら。

  「帝都の西に……城壁の向こう、橋の向こう側に《ウェイ》という漁村がある、そこが一つ目の任務の場所。もう一つは
  帝都市内の商業地区だ。ジェンシーンという商業組合からの要請が、二つ目の任務だ」

  「叔父さん、それでいつ帝都に……」
  「今日は遅い。明日旅立て。概要はまだよく分からんが、まあ楽しんで来い」
  「はぁい」








  「状況はあまり芳しくないな」
  アリスが退室した後、苦々しく呟くダンマー。
  モドリン・オレイン。
  戦士ギルドのナンバー2だ。

  「何が、芳しくないのですか?」
  聞き返すのはヴィレナ・ドントン。戦士ギルドを束ねる、ギルドマスターだ。
  元々は彼女自身高名な戦士であり、年齢により一線を退くまで無敗を誇っていた。
  しかし、実子の死以来恐れている。
  極度に仲間の死を。
  もちろんそれは悪い事ではないものの……戦士ギルドは命を賭けてモンスターと戦う事も多々ある組織であり、死は常に身近
  なものなのだ。

  「何が……だと? 分からないのか、ヴィレナ」
  「だから何がです?」

  「レヤウィンだ」
  吐き捨てる。
  戦士ギルドの者なら《レヤウィン》といえば一つしか連想できない。
  ブラックウッド団だ。
  亜人版戦士ギルド。
  元々は傭兵集団であり、今はレヤウィンを拠点に勢力を増している。《深緑旅団戦争》でレヤウィン領主であるマリアス・カロ伯爵
  は後見人となり全面的に支援している。それに対して、戦士ギルドはレヤウィンを撤退を余儀なくされた。

  レヤウィンでの権勢を盤石なモノとしたブラックウッド団は、北に勢力を伸ばしつつある。
  ブラヴィルだ。
  そしてブラヴィルを併呑した後は、帝都に。
  噂でしかないものの帝国元老院は戦士ギルドに与えている特権をそのままブラックウッド団に委譲しようという動きもあるらしい。

  噂でしかない。
  しかしそれでも、戦士ギルドにしてみれば物騒な噂だ。

  そしてそれがあながちデタラメではないのも分かる。ブラックウッド団の勢力は、それだけ驚異的に成長している。
  「オレイン、何故恐れるのです」
  「俺が恐れる?」
  「そうです。この広い世界、同じような組織があっても特に問題はないでしょう? 独占主義の貴方の方が、よほど怖い」
  「……分かってないよ、ヴィレナ」
  「分かっていない、とは?」

  「あいつらがそんなに大人しい連中なら、俺は何も言わん。あいつらは……」
  「あいつらは?」
  「……まあ、いい。話はお終いにしよう。憶測で、言い争うのは好きじゃない」
  「結構。では貴方も下がりなさい。私はこれでも忙しい」
  「……ただこれだけは言わせてくれ」
  「なんです?」
  「あいつらの目的は戦士ギルドに取って代わるわけじゃないと、俺は見てる」
  真実はまだ闇の向こうに……。







  「そういうわけだから、またしばらく会えなくなると思う」
  「そっか」
  旅支度の為に自宅(正確には叔父さんの家)に戻った……わけではなく、あたしは友人の家に。
  親友であるダル=マ。
  種族はアルゴニアンであり、トカゲの女の子。
  気立ては良いし家庭的で、人当たりも良くコロールのアイドル。よく同族のアルゴニアンから言い寄られて困る、とぼやいている
  ので多分美少女なのだろう。根本的な種族の違いがあるので、あたしにはこの種族の美醜はよく分からない。
  もっとも。
  「アリス、今度はどこに行くの?」
  「帝都」
  「この間レヤウィンに行ってたのに、大変だね」
  「そうでもないよ。なんたって、あたしは期待の新人なんだから♪ ひゃっほぉー♪」
  「……舞い上がってるねぇ」
  「ひゃっほぉー♪」
  種族は違えど、あたし達は気の合う親友。
  性格まったく違うのがいいのかな?
  ただ心配もある。
  もう1人の友人の事だ。
  「ねぇ、あたしがいない間ヴィラヌス何してた?」
  「さあ。最近会わないの。お店にも来ないし」
  あたし、ダル、ヴィラヌス。
  一応、3人は顔見知りであり昔はよく無茶やった。ただ月日が経つ内に、疎遠になってしまっている。
  同じ組織に属すあたしは顔を合わせるけど、合わせる程度だ。
  女の子と親しく遊ぶ歳じゃない。
  もちろんそれは分かってるけど……長男の死と、それに伴い一線から遠ざけられた為に彼は荒れてる。
  友達として心配。
  「ところでダル、店番はいいの?」
  「いいよ、アリスとの最後の別れなんだから」
  「最後って何よ最後ってっ!」
  「ふふふ」
  ダルの家は雑貨屋を営んでいる。
  日常品も扱ってるし、冒険に必要な物も扱ってる。
  店の名前はノーザン・グッズ商店。
  コンコン。
  「ダル。ちょっとダル、店番はどうしたの?」
  ガチャリ。
  アルゴニアンの淑女が部屋に顔を出した。
  この種の見分けは付かないものの、長年触れ合った顔見知りとなると不思議に分かる。
  ダルの母親、シード=ニーアス。
  あたしの顔を見ると、にこやかに微笑む。
  「あら、アリス、いらっしゃい」
  「お邪魔してます」
  「ママ。勝手に部屋に入ってこないでよ」
  「はいはい。ひよっこちゃん」
  「もうっ!」
  「ゆっくりして行ってね、アリス」
  ふくれっ面のダルがおかしくて、あたしは声を立てて笑った。
  子供扱いされるのがダルは嫌なのだ。
  「いいお母さんだね、ひよっこちゃん♪」
  「怒るよっ!」
  一人前に見られないのが気に障るらしい。
  正確には、あんたに言われる筋合いないわよー……だとは思うけど。
  むすっとしている。
  ダルにしては珍しい。本気で怒ってる。
  「ごめん」
  しばらく会えないのに喧嘩別れはしたくない、という感情から《口先だけ》で謝る。
  本心で謝らないのかって?
  だって本心で謝ったらこんなに弄れる愛称《ひよっこちゃん♪》を今後使えなくなる。それは嫌だ。
  帝都から帰ったらこれでダルをいじめよう。ふふふ♪
  「ごめん、ダル」
  「口先だけでしょ」
  「……さすが親友ね」
  「ふん」
  「お見通しだったわけだ。はは、はははー」
  乾いた笑い。
  コロールのアイドルで、いつも良い子良い子してるけど意外にはちゃけた性格してる。……あたし以外知らないだろうけど。
  でもまあ、普通の年頃の女の子だから普通な事だとは思うけどね。
  あたしはー……英雄に憧れて剣を握る女の子だけど。
  「最近、アリス生意気」
  「生意気ぃー?」
  「そう。レヤウィンから帰ってから、大人になったみたいで……何か生意気」
  「そう言われても困るんだけど」
  「それに今日だって、さっきから舞い上がってるし」
  「それは認められたからだよ」
  「オレイン叔父さんに?」
  「んー、それもうあるけど……」
  「フェレットガルドさんでしょ」
  「フィッツガルドさん」
  彼女から直接聞いたわけではなく叔父さんから聞いた事だけどフィッツガルドさんがあたしの事を見所ある、みたいに言って
  くれたらしい。この間稽古付けに来てくれた時だろう、きっと。
  一番の目標。
  今、あたしが思い描く英雄像はフィッツガルドさんだ。
  ダルにも何度もその話をした。
  それこそ、耳にタコが出来るほど。
  「ダル聞いて聞いて。フィッツガルドさんは……」
  「剣も一流、魔法も一流、魔術師ギルドの次期評議長候補……でしょ。もう聞き飽きた。憧れてるだけでいいの?」
  「どういう意味?」
  「このまま憧れだけで終わらせるかって事。肩並べたくはないの?」
  「出来たら、いいなぁ」
  「随分とのんびりね、アリスは。英雄の道は遠い?」
  「大丈夫」
  「そのココロは?」
  「あたしは期待の新人だもん♪」
  「……それ根拠になってないから」