天使で悪魔





魔女



  人が人を超えようとした者がいる。
  それは本来の法則を破る行為。
  果たして正しいのか?
  人が人を超えてまで手にしようとするその力は、本当に正当なのか?
  それは夢?
  それは人?
  既に夢の範疇は越えている。
  既に人の範疇は超えている。

  少なくとも数え切れない者達を惨殺し、虐殺し続けている時点で既に夢でも人ではない。
  その者の名は……。





  「さて、始めましょうか。……お祖父様♪」

  弾むような声でロキサーヌは言った。
  ……声は異質であり、異音でしかないけれども。
  玉座に尊大に腰掛けたまま手で両脇に控える配下達に指示をする。緑のローブとフードに身を包んだ5人。
  身動ぎすらしなかった5人が指示と同時に動き出す。
  種族不明。
  性別不明。
  トロルも手下のボズマーも全て城の外に出した……と発言していたから、ボズマーではないのだろう。
  もちろん嘘かもしれない。
  本当の事を言う必要性なんてないのだから。
  でもわざわざ『ボズマーではない』と嘘をつく必要があるのだろうか?
  ……ともかく。

  バっ。
  白馬騎士団であるあたし達は各々得意の武器を手に、身構える。
  敵でしかない。
  そう、例えなんであれ敵でしかない。

  あたしの武器は炎上のロングソード。
  マゾーガの武器は鋼鉄のロングソード。左手には盾。
  ヴァトルゥス卿は鉄のクレイモア。
  レノス卿は片手斧。
  シシリー卿はメイス。
  そして……。
  「ロキサーヌ、魔女めっ!」
  ひゅん。ひゅん。ひゅん。
  続け様にオーレン卿は自慢の矢を放つ。必殺の矢は寸分違わずロキサーヌの胸に吸い込まれる。
  「……それで?」
  嘲るように、刺さった矢を平然と抜く。
  不死身?
  ……本当に不死身かどうか分からないけど……少なくとも、それに近いものがある。
  脳と心臓貫かれても生きている。
  あながちデタラメではないのかもしれない。
  「私の相手は後でしょう? ……まずは私の部下を倒してみなさい。実力、示してみせなさいよ。ふふふ♪」
  「炎の閃きっ!」
  ドカアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンっ!
  これ以上会話に付き合う気がないらしい。
  深緑旅団の魔女がオーレン卿の孫娘であり、仇であるのを知りながらもシシリーさんは問答無用で魔法を叩き込む。
  炎が爆ぜ、敵を包み込む。
  ロキサーヌも手下の5人も、容赦なく炎の中に消えた。
  「……よくやってくれたの」
  「私怨に付き合う気はないので。当然の事よ」
  どうして手を出した、そう言いたい思いを押し殺してオーレン卿は労う。
  その態度は立派だと思った。
  深緑旅団の首脳陣は呆気なく倒され、オーレン卿の恨みもこれで晴れたのだろうか?
  「なかなか楽しい余興になりそうですね。……お祖父様♪」
  『なっ!』
  炎の中から現れる、ロキサーヌと手下の5人。
  服装に焦げすらない。
  「炎なら効かないわよ。悪いけど」
  「……耐火のエンチャント済みか」
  舌打ちするシシリーさん。
  悠然とした足取りで後退し、対照的に前に出る側近達。
  どうあってもこの5人と戦い終わるまでは自分で相手するつもりはないらしい。
  何なの、この余裕?
  何なの、この自信?
  どんなに自分の力に余裕と自信があったとしても、それで圧倒して倒せばいい。少なくとも、あたしがロキサーヌ
  ならそうする。
  わざわざ相手の技量に合わせて、手加減じみた事はしない。
  ……。
  まあ、立場が逆だから手加減は嬉しいけどね。
  白馬騎士団6名。
  深緑旅団の側近が5名。
  数の上では圧倒できるけど、自信満々で繰り出してきた連中だ。かなりの強さなのだろう。
  「さあお祖父様。そのお友達方。……そろそろ始めましょうか、ゲームをね♪」





  レヤウィン市内の混乱を極めていた。
  逃げ遅れた住人は炎に焼かれ、深緑旅団のトロル達の食い殺される。
  聖堂に立て籠もるシーリア・ドラニコス隊長率いる衛兵と避難民以外にも、市内には追い詰められ閉じ込
  められている者達は多数いた。

  だが大半は炎とトロルに追い立てられ、狩り立てられる。
  オーレン卿の予測は正しかった。
  市外に脱出した都市軍の残存勢力は遠巻きにその様子を見て、助けようとはしない。
  既に北にあるブラヴィルに。
  そして帝都に援軍要請は通達してある。
  何もわざわざ勝てる見込みの薄い市街戦を繰り広げる必要性はどこにもない。
  援軍を待てばいい。
  生き延びた隊長達の大半はそう高を括っていた。

  マリアス・カロ伯爵は落ち延び、ブラヴィルに保護を求めて逃走している以上、わざわざ戦闘を続行する必要はない。
  伯爵が取り残されているのであれば戦闘続行もやむなしではあるものの、伯爵が落ち延びている以上は特に今すぐ
  レヤウィン奪還に動く事はさほど得策でもなく、重要性もない。

  取り残されている者達は見捨てられた、と言っていい。
  深緑旅団に襲われ、殺され、炎に焼かれる者達は空を仰いで絶命する。
  どうして自分達には翼がないのだろうと。
  そして見るのだ。
  その地獄のような惨状を見下ろす、天高く舞う巨大な鳥を。
  そして……。






  戦闘開始を告げたのは、オーレン卿の放った矢。
  寸分違わず5人の側近の一人の頭を貫き、その側近は倒れた。
  本当ならロキサーヌを狙いたいんだろうけど、ロキーサヌはなぜか急所に攻撃しても死なない。
  今のところ確かに不死身。
  オーレン卿としても私情と私怨を優先するより、戦略的に手下から減らす方が得策と判断したのだろう。

  「炎の閃きっ!」
  ドカアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンっ!
  炎に包まれる。
  しかし当然……。
  「ちっ。かなり強力な耐火ね」

  むくり。
  矢で頭を射抜かれ、倒れていた者が起き上がる。
  こ、こいつら何なの?
  シシリーさんを見る。
  「知らないわよ、私でも。……でも見当はつく。少なくともあの女はね」
  あの女。
  それはロキサーヌを指す。
  少なくとも他の連中は女なんだか男なんだかすら判明していないのだから。
  だけど弱点は何となく見当がついた。
  シシリーさんは耐火のエンチャントが施してると言った。それは憶測かもしれない、けれどロキサーヌはわざわざ
  『炎なら効かない』と言った。魔法耐性を強化しているのではなく、耐火限定ならば。
  弱点は炎。
  ……。
  ダゲイルさんの未来視は本物なのか?
  あたしが今手にしているのは炎の魔力を秘めた魔法剣。ならばっ!
  「はぁっ!」
  刃を手に、あたしは駆け……。
  「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアっ!」
  「なっ!」
  突然、5人の目の前に5頭の獣が現れる。熊だ。熊が突然あたしの間近に現れ、鉤爪を振りかざし……。
  「斬っ!」
  ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオっ!
  斬って捨てる。
  熊は炎に包まれ、果てた。
  んー、さすがは魔法剣。前回まで使ってた黒水の剣とは違い、さすが魔法剣って感じがするなぁ。

  「お見事♪」
  高みの見物をしているロキサーヌが笑う。
  あたしだってそれなりに修羅場を潜り抜けてる。少なくともコロールにいた頃の、レヤウィンに来たての頃よりは腕
  は上がってる。この程度の不意打ちなら、対処できる。
  残り4頭の熊。
  別に5人の部下が熊に変身した訳ではない。熊を召喚した?
  「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
  雄叫び上げて突撃するヴァトルゥスさん。
  北方出身の種族で、極寒の地に適応したノルドは純戦士としても有名。熊4頭とガチンコバトルしている。
  「アリスっ!」
  「マゾーガっ!」
  互いに目と目でタイミングを合わせ、五人組に切り込む。
  オークの繰り出す豪刀が1人を切り伏せ、炎の加護を受けたあたしの一撃が1人を焼き尽くす。
  背後に回り攻撃してこようとする1人は、レノスさんの放った氷の魔法を受けてよろめいたところに、五本の矢が背に
  吸い込まれそのまま倒れ伏した。
  タフではある。
  タフではあるけど、ロキサーヌのように不死身ではないらしい。
  ……一応、自称不死身ではしかないけれども。
  「お見事お見事。……お前達、フードを外してあげなさい」
  無言でフードを外す、残り二人。
  その下の顔は、女。
  しかしこの二人が『女』というカテゴリーにあるかどうかは不明だけど。
  スプリガンだ。
  森の番人とも言われる、植物型モンスター。
  正確には人型モンスターか?
  ともかく、女性と植物が融合したようなモンスターであり熊を召喚、使役する能力を有している。
  森の番人とも言われるけど別に森林限定ではなく洞穴の奥などにも生息している。それに別に森に、植物に害を
  与えなくても目線に入った途端襲ってくる見境のなさもある。
  ……もしかしたら人間の存在そのものが植物の冒涜なのかもしれないけれども。
  「深緑旅団は緑色のモンスターを優遇してましてね。くすくす♪」
  「戯言っ! 行くわよレノスっ!」
  「おおシシリー、愛しの君の言うがままにっ!」
  『白い雷っ!』
  バチバチバチィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィっ!
  合体魔法。
  ……いや正確には同時に電撃魔法放ってるだけなんだけどね。
  電撃はスプリガン2体を焼き尽くし、そのままロキサーヌにまで延びて……。
  「小癪なぁっ!」
  電撃がロキサーヌの体を焼く。
  耐火のローブとフードを焼き尽くし、口の周りに巻いたマフラーも手袋も、全てを焼く尽くした。
  そして見る。
  『……』
  一同、息を呑む。
  全裸。
  ……そうね、ロキサーヌは全裸。
  しかしそこにいやらしさというか、そんな空気は一切ない。醜い体をしている?
  そうかもしれない。
  でもこれは既に醜いを通り越している。
  「……ゾンビか……?」
  「違う。少し違うわね。私はゾンビではないわ。魂も宿ってる。生きてる、とは言わないけれどもね」
  マゾーガの呟きは正しい。
  ゾンビ。
  顔、体、全てが腐乱している。ロキサーヌはアンデッド?
  「……ロキサーヌ、お前……」
  「あれから実験に失敗しましてね、お祖父様。腐肉の体に魂が宿ってる状態なんですよ」
  言ってる意味が分からない。
  しかし確信に満ちた口調で、シシリーさんは断言した。
  「死霊術師ね、貴女」
  「ご名答。……貴女からも同じ匂いがするわ、貴女も死霊術師みたいね。お友達になれるかもしれないわね」
  「戯言ね」

  「そうかしら? お友達はやっぱり、互いの趣味を理解できるものにしか務まらないと思うけどね」
  「虫の隠者化に失敗した無能者と仲良くする気はないわ」
  「虫の隠者? ……貴女は黒蟲教団のメンバーか。なら確かに無理ね。リッチを至高と考える愚かな連中に用はない。
  私はリッチに興味はないわ、あるのは完全なる肉体。美しいままに、不老不死になる事よ」

  「それが美しい肉体?」
  「まっ、それは認めるわ。失敗した結果ね、これは。魂だけは何とか肉体に定着させてあるけど肉体は既に死んでる。
  見たまんまよ、この状態で生きてるとは言わないわ。脳も心臓も既に腐ってるし止まってる」

  「そしてここで終わるわけね。……同情するわ」
  「あらあら、ありがとう」

  軽口の叩きあい。
  ロキサーヌも死霊術師らしく、同じ死霊術師のシシリーさんとのやり取りは専門的過ぎてあたしには理解できない。
  黒蟲教団って何?
  虫の隠者って何?
  「レノスっ!」
  「おおシシリー、一気に片付けるとしようかっ!」
  『白い雷っ!』
  バチバチバチィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィっ!
  既に部下もいない孤立無援のロキサーヌを雷が絡め取る。電流に体を焼かれ、大きく後に吹き飛ばされた。

  「楽しいわねぇーっ!」
  即座に起き上がり、そのままレノスさんとの間合いを詰める。速いっ!
  がっ。
  「ここで死んで見る?」
  喉元を掴み、片手で首を絞める。苦悶の表情のレノスさん。そして、床に落ちる。
  腕も落ちた。
  「……あっ……」
  腐ってる。
  何もしていないのに、ロキサーヌの腕は崩れて落ちた。

  右手を失ったロキサーヌは、ゆっくりと後退しキョロキョロと周囲を見渡した。あたし達が包囲してある。
  顔がゾンビだから表情が分からない。
  しかし先程の軽口の叩き合いも、実は追い詰められた者特有の饒舌だったのかもしれない。

  ロキサーヌは、そのまま土下座した。
  「た、助けてお祖父様っ!」
  追い詰められ、あたし達に取り囲まれ、部下のスプリガン全て失ったロキサーヌはその場に這い蹲った。
  土下座。
  その瞬間、オーレン卿の顔に肉親の情が浮かぶ。

  ロキサーヌは許せない。
  それでも孫娘。
  例え仇であろうとも、例え既に人間やめているにしても。
  「お祖父様、お願いだから殺さないでっ! 殺さないように言って、お願いですっ!」
  「……」
  「お願いしますからぁ……」

  「……」
  何かを口にしようとして、そのままその言葉を飲み込む。
  オーレン卿は何を言おうとしたのだろう?
  取り囲んだまま動かない白馬騎士団。やはりここはオーレン卿の指示を待つのが、大切だろう。
  ……しかし見逃すなんてありえない。
  雨雲は迫りつつある。
  レヤウィンが火の海のうちにロキサーヌを殺し、トロル達を野性に戻す。
  トロルは炎を本能的に恐れるからだ。

  街が火の海+制御を失い野生に戻るトロル=炎に怯え戦意を失ったトロル、になる。
  その間に撤退し、レヤウィン奪還は後日に回す。
  いくら炎に怯えて腑抜け状態になっているにしてもさすがに200を越すトロルを一掃は出来ないからだ。
  「う、ううん」
  喉元を押さえてレノスさんが立ち上がる。

  よかった。大事ないみたい。
  「爺さん。殺すべきだ」
  「……」
  「爺さんっ!」
  「……」
  這い蹲って命乞いするロキサーヌに唾を吐き捨てる勢いで、抹殺を指示しようとしないオーレン卿に噛み付くよう
  な勢いでマゾーガは促す。

  状況はオーレン卿の私情では終わらない。
  状況はオーレン卿の私怨では終わらない。

  レヤウィン陥落。
  ここで死んだ者達、傷付いた者達全ての為にもロキサーヌは許せない。
  許すべきではない。

  「お願い殺さないでぇ……」
  「……」
  マゾーガの意見にあたしも賛成だ。
  勝機もある。
  雨さえ降れば、例えロキサーヌを殺しても意味はなくなる。
  炎が消えるからだ。
  野生に戻ったトロル達の群れは依然として猛威を振るって聖堂に立て籠もるシーリア隊長達も、あたし達も奮戦空しく
  殺されるだけだろう。それでは意味がない。
  一番いいのはロキーサヌがトロルどもを退かせる事だけど……それでは既に納得出来ない状況になっている。
  オーレン卿にも分かってるはずだ。
  「……ロキサーヌ」
  「お、お祖父様、お願い、二度とこんな事しない良い子になるだからだからぁーっ!」

  「……始末せよ」
  「お祖父様ぁっ!」
  悲壮な決意と命令。
  悲壮な絶叫と哀願。
  バキィィィィィィィィィィィィィィィィィっ!
  「ぐはぁっ!」
  吹っ飛ぶヴァトルゥス卿。壁に叩きつけられ、そのまま動かない。
  ひゅん。
  放たれる矢を俊敏にかけて回避、そのままあたしに迫り……。
  「ふふふっ!」
  「……っ!」
  ドシィィィィィィィィンっ!
  ……。
  一瞬、意識が飛ぶ。
  投げ飛ばされ頭を打ったらしく完全に覚醒するまでに数秒掛かる。
  放たれる炎と氷を魔力障壁で阻み、逆に雷を放ってシシリーさんとレノスさんを圧倒。背後から迫るマゾーガの剣を
  左手で払いのけ、そのまま猛烈な拳を叩き込む。

  「なっ!」
  「無駄よ無駄っ!」

  ガードしようとしたマゾーガの方がわずかに早かった。しかしロキサーヌの拳は盾を貫き、そのままマゾーガの腹に直撃。
  おそらく魔法で腕力を強化しているのだろう。
  そうでなければヴァトルゥスさんやマゾーガみたいな、純戦士の種族を体術で圧倒なんてそうは出来ない。
  「ぐぅっ!」
  「ふふふ。殺せ殺せと主張する割には、軟弱ね」
  マゾーガの鎧はひび割れていた。
  どんなに腕力に自信があっても、鉄の鎧を素手で砕くなんてありえない。
  「……ロキサーヌ、お前は……」
  「つかの間の優越感、いかかでしたか、お祖父様?」

  「くっ!」
  ひゅん。
  放った矢が胸板を貫く。ロキーサヌは二歩、三歩と刺さった反動で後退しただけ。
  にやりと笑い、手のひらをオーレン卿に向け……。
  「雷撃」
  「くあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
  「レアに焼いてあげるわ。ふふふ♪」
  バチバチバチィィィィィィィィィっ!

  電撃がオーレン卿を絡め取る。
  煙を全身から出しながら、その場に倒れ伏した。電撃の余波なのか、三度ほど体が痙攣する。
  「オーレンさんっ!」
  「……ううう……」
  わずかに呻き、わずかに動く。
  生きてる。

  ……生きてるけど、あまり良い状態ではない。
  「どうして……」
  足に力を入れ、立ち上がる。
  足に力……。
  足に……。
  ……。
  「立つのよあたしぃーっ!」
  体が意思に逆らうなんて、生意気っ!
  渾身の力を込めて立ち上がる。この中で動けるのは、この中では少なくともあたしが一番大した事ないダメージ
  なんだからあたしが踏ん張らなくてどうするのよっ!

  仄かに赤く光る刀身。
  炎上のロングソード。

  ダゲイルさんはロキサーヌがアンデッド状態なのを未来視し、弱点である炎をエンチャントして魔法剣をあたしに
  くれたのだろうか。そうだとするなら、あの人の未来視の能力は本物だ。

  「どうして実の肉親にそんな酷い事が出来るのっ!」
  切っ先を向けて、叫ぶ。
  よほど強く頭を打ったのか、意識が朦朧とするしそれに伴い、足の感じも良くない。

  足が負傷してる、わけではなく立っているという実感がない。
  フワフワと浮いてるような、そんな感じがする。
  ……思ったより頭への衝撃は大きかったみたいだ。

  「ふふふ。可愛いわね、その正論。……でもねぇ」
  「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
  バチバチバチィィィィィィィィィィィィっ!
  容赦なくあたしを包む電撃。
  ロキサーヌは強い。
  強い、強いんだけど……一番苦戦している理由はこいつが既に人間やめてるところだ。
  オブリビオンの悪魔だってここまでデタラメじゃない。
  病気ではあるものの、不死を自称する吸血鬼だってここまで常識は無視してない。
  「ふふふ」
  「はあはあっ!」
  電撃が止まり、あたしはその場に崩れ落ちたいという欲求を拒否し、剣を床に突き立てて何とか立ち続ける。
  魔女は強い。
  今まで戦った、誰よりも。
  ……もちろん自慢出来るような戦いの履歴はないけれども、他の誰よりも強い。
  ……一太刀。
  ……せめて一太刀与えれれば、勝てるのに……。
  嘲笑が浴びせられる。
  「ふふふ。ダンマーの剣士、貴女はおそらく私が悪で彼が正義だと思い込んでいない?」
  「違うと言うのっ!」
  「違わない♪」
  「はあはあ」
  「でもね、正義も悪も立場によっては逆転するもの。言わせて貰うけど私は誰の迷惑もかけずに死霊術を学んできた。
  でもそこに転がるお祖父様はそれを許さなかった。私から研究を取り上げた。……だから、壊したのよ」
  「そんな、そんな為に関係ない人達を? それに、それに両親もいたんでしょうその中にっ!」
  「だから何?」
  「だから何、って……」
  「価値観の違いよ。両親なんて生まれてしまえば、育ってしまえばもういらない。……お祖父様だけ殺すのは容易かった、
  でもそれじゃあ仕返しにならないじゃない。研究を奪うように仕向けたそいつだけはバツで生かしておいてあげたの♪」
  「腐った奴めっ!」
  「あらそれは見た目で判断? ……駄目よぉ、見た目で判断するのは偏見だから、ねっ!」
  「……っ!」
  飛び掛ってきた。
  あたしが剣でガードするよりも早く……まずいガードを、ガードしなきゃ……。
  ロキサーヌが迫ってくる。
  ロキサーヌは迫って……。
  「……えっ……?」
  間の抜けた声を出したのは、ロキーサヌ本人だった。
  もしかしたらあたしも同じような声を出したかもしれない。それもそのはず。突然、ロキサーヌの首が半分切り裂かれた。
  斧だ。
  背後から投げられた片手斧だ。
  レノス卿が斧を投げたのだ。もちろん苦肉の策であり、わずかでも狙いがずれたらあたしも死んでいたわけだけど。
  どのような物理攻撃もロキサーヌを殺すには至らない。
  殺す為には魔法しかない。
  既にアンデッド化した肉体に、魂が宿っている状態であり痛みも存在しないもののあまりに突然で、唐突の攻撃で
  ロキサーヌは一瞬我を忘れていた。あたしは魔女を滅ぼせる力を持った炎上のロングソードを振りかぶり……。
  「しま……っ!」
  「滅びろ、悪夢っ!」
  「……っ!」
  ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオっ!
  振り下ろし、切り裂いた瞬間にロキサーヌは炎上。
  断末魔を許される事なく彼女は燃え続ける。
  そして……。
  「……はぅぅぅぅぅぅぅっ……」
  ペタリ。
  その場に尻餅をつくあたし。
  ロキサーヌが立っていた場所にはもう誰もいない。あるのはただ、炭化した物だけだ。
  ……終わった。
  むくり。
  オーレン卿が身動ぎする。よかった、生きてる。
  「……ロキサーヌ……」
  掛けるべき言葉が見つからない。
  憎むべき敵ではあったろうけど、オーレン卿には様々な思いが過ぎっているに違いない。
  マゾーガも生きてる。よかった。
  「おお皆さん、今回僕もなかなかおいしい場面で活躍したでしょう?」
  斧を投げて実質ロキサーヌの隙を作ったレノスさんは誇らしげに語る。確かに彼のお陰だ。
  シシリーさんも身を起こしている。
  ……?
  何故か凄く沈痛そうな顔。
  傷が痛むのだろうか?
  ヴァトルゥスさんは、まだ壁を背に気絶したままみたい。でも生きてる。呼吸しているもの。
  剣を放り出し、あたしは仰向けになると……。
  「あっははははははははははははははっ!」
  突然哄笑したシシリーさん。
  な、なんで?
  「茶番はもうお終いよ」
  そしてシシリーさんは……。