天使で悪魔





深緑旅団 〜レヤウィン潜入戦〜




  聖堂であたし達は合流した。
  再会を喜ぶ間もなく、出撃。事態は刻一刻と、最悪へと移行しているからだ。
  目的は城に居座る深緑旅団の首領ロキサーヌの撃破。
  地上は無理。
  トロルで満ち、さらに炎が進路の弊害となっているからだ。
  地上が無理なら地下。
  あたし達白馬騎士団は地下を進む。
  地下を。





  「はぅぅぅぅぅぅっ。何か黒いモノがあたしの額に止まってるみたいだけどマゾーガ、それ何?」
  「……深呼吸して落ち着け。下手に動くとカサカサ動いて服の中に入るからな」
  「ふぅん。死霊術の研究してた頃を思い出す環境ね。……落ち着くわ」
  「おおシシリー。君のその繊細で可憐な性格と物腰から反するその感性も素敵だよ」
  「……」
  「まあ、地上よりはマシじゃのぅ」
  下水道を進む面々。
  ……。
  ……こんな思いまでして下水道進むなんて嫌。
  ……騎士って大変だなぁ……。
  はぅぅぅぅぅぅぅぅっ。
  松明を手にしているのはレノスさんとシシリーさん。全員灯すだけの分がない、わけではないけど下水道は聖堂
  だけではなく色んな場所と繋がっている。
  トロル達が入り込んでいる可能性だってある。
  その可能性の中で、片手が塞がるというのは意外にネック。思う存分に剣が振るえない。
  シシリーさんとレノスさんは魔法も使えるから、別に武器を振るわずとも魔法で支援してくれればいいわけだし。
  正直全員が松明を持つとこの狭い下水道の中で万が一にトロルに前後から挟撃されれば密集した戦闘の際に仲間
  の体に火を押し付けかねない。それはかなり危ない。
  今のところ順調に進んでいる。
  汚水の臭いと額に止まった『黒くてカサカサと動くモノ』が正直大ダメージだけど、トロルと遭遇する事はない。
  ……今のところは。
  「レノス、火を」
  「はい」
  立ち止まり、オーレン卿はレノスさんが照らしてくれた炎を頼りに地図を再確認する。
  下水道の地図だ。
  帝都の地下の下水道も皇帝の抜け道として機能している、という都市伝説があるけどあながち間違いではない
  のかもしれない。少なくともこの下水道は、伯爵の秘密の抜け道に繋がってるらしい。
  その抜け道を使い城へと潜入する。
  そしてロキサーヌを撃破する。
  ロキサーヌが死ねばトロル達は制御を失い野生に戻る。
  普通ならそれはそれでまずいんだけど今レヤウィンは大火災。トロルは炎を極端に恐れるから当然動きを止める。
  その隙に一掃……出来たら最高なんだけど戦力として無理。
  トロル達が動きを止めた隙に聖堂のシーリア隊長達も、あたし達もレヤウィンを脱出。
  その後ブラヴィル都市軍か帝都軍と連携して深緑旅団を一掃するのが最善の策。
  既に状況が戦争、と言っても過言ではない。
  さすがに戦争を『あたしは英雄。1人で解決するっ!』とは言わないし、そこまで思い上がってもない。
  出来る事なんて限られてるけど、やれる事をやろうと思う。
  深緑旅団の侵攻でたくさんの人々が死んだ。
  それは許されない事。
  だからあたしはロキサーヌを倒す、それはとても正しい事に思える。
  ……殺されたから殺す。
  ……それはとても矛盾に満ちているけれども。
  「それで爺さん。道は合ってるのか合ってないのか」
  「さっきの道を一本間違えたが……まあ、距離的にはそう変わらん。次で右に曲がれば問題ないのじゃが……何を
  そんなに苛立っておる、緑色の嬢ちゃん。まさか地下だと光合成できないから不満かの?」
  ……オーレン卿、それはさすがにマゾーガも怒ると思うけど……。
  「確かにそれもある」
  ……あっ、それもあるんだ。
  ……相変わらずマゾーガは光合成に拘るなぁ。
  地図の確認を終え、再び歩き出すもののマゾーガはブツブツと不満を口にしていた。
  「私が気に食わないのはアリスだ」
  「私?」
  「おチビちゃんだけまだ無垢な体なのが気に食わんのか? なあにこういうタイプは落ちたら早い」
  「……すいませんオーレンさん意味分からないんですけど……?」
  はぅぅぅぅぅぅぅっ。
  多分エロだ、エロなんだー。
  あたしが理解出来ない=色恋話、そう思っても間違いじゃない。
  「アリスだけ新しい剣だから気に食わん」
  「おや本当ですね。僕はそんなに魔法には詳しくないけど……これ、魔法剣でしょう?」
  「ええ。みたいです」
  レノスさんの言葉の中で始めて知ったけど、純粋に魔道を学んでるわけじゃないみたい。
  まあ、確かにあたしでも習得しようとしたら簡単な魔法はすぐに使えるみたいだけどね。有史以前のアイレイドの時代
  ではなく、今では誰でも簡単な魔法ぐらいなら覚えられる。
  ……。
  うーん。
  あたしも護身用程度に魔法覚えた方がいいのかな?
  武器取り上げられたら無力だし。
  そ、それに最近忘れてたけど同性愛者のフォースティナに狙われてるし。
  ……彼女まだ監獄の中かな?
  はぅぅぅぅぅぅぅぅ。
  いずれにしても貞操が危ないしなぁ。
  「へぇ、炎上のロングソードですのね」
  「有名なんですか?」
  口を挟んだのはシシリーさん。
  そうだ、この人は魔術師ギルドの最高峰であり中枢、本部であるアルケイン大学に所属してる。
  つまり魔法の専門家。
  「有名、というわけではないけど確かダゲイルが作った剣ね。……ほらここに刻印がされてる」
  「あっ、本当だ」
  刃のところにダゲイル、と彫られている。
  性能は特にそれほど高いわけではなく、ただ『未来視』として大学でも有名なダゲイルの作だから
  取り沙汰されてるだけ、らしい。
  純粋な性能は一般的な魔術師の作り出す魔法剣とそれほど大差ないそうだ。
  ただ斬った相手は炎上する。
  黒水の剣とは違い目に見えて『おお魔法剣だぁーっ!』という効果があるのが嬉しいかな。
  シシリーさん曰く『エンチャント技術があるのは大学関係者だけ』らしい。
  まあ、そこはいい。
  「シシリーさんはダゲイルさん知ってるんですか?」
  「電波系ね。預言者らしいけど、私は信じてない。元々は大学で評議員の相談役を勤めてたんだけどね、評議員達
  の心証を害したとかで追放されたんだけど、アークメイジが今までの功績を称えて支部を与えた老女よ」
  「へー」
  ふと思い出す。
  確かシシリーさんはレヤウィン支部の乗っ取りに来たような。
  その事を口にすると……。
  「ええその通り。あんまり好きじゃないからね、訳分かんない発言多いし」
  「あのアルトマー曰くアリスは勇者様の仲間みたいだしな」
  混ぜっ返すマゾーガは無視して、別の疑問をぶつける。
  「シシリーさんはフィッツガルドさんが嫌いなんですか?」
  「エメラルダ? 何で?」
  「うー、実は……」
  あまり格好いい話ではないので、口にし辛くはあったけどゴブリン達に嬲り殺しにされそうになった時の話をする。
  あの時、フィッツガルドさんが通り過ぎていなかったらあたしはきっと殺されてただろう。
  命の恩人なのだ。
  ただシシリーさんは冷たく答える。
  「私はあいつ嫌いよ」
  「どうしてですか?」
  「偽善者だから。あの偽善ぶった顔見るだけで嫌い。吐き気がする。ああいうの女は死ねばいいと思うわ」
  「そんな……っ!」
  「考え方の違いよ。別に貴女は好きでもいいの。でも私は嫌い」
  辛辣な言葉。
  どうしてそこまで毛嫌いするのかよく分からないけど、確かに人にはそれぞれ好き嫌いがある。
  善人が嫌いという人もいる。
  ……確かに。
  ……確かに、考え方の違いかな。
  その会話が気まずい空気を生んだのか、一同無言のまま松明の光以外一切明かりが存在しない下水道を進む。
  どれだけ進んだだろうか?
  おそらく10分か、そのぐらい。
  もしかしたらまだ数分かもしれない。こう暗くて外の様子が分からないと時間的感覚が麻痺してる。
  ともかく、異様な光景があった。
  「何、これ?」
  「ネズミとトロルの死骸だな」
  眉をひそめるあたし達の中で、冷静だったのはマゾーガとシシリーさん。
  シシリーさんは死霊術師で、したいとか見慣れてる(世間一般的な偏見)から平気かもしれないけどマゾーガは
  意外にも図太い性格……んー、見た目通りかも?
  進むべき方向に死屍累々。
  人、ではない。
  トロルとネズミ。お互いにかなり数が多い。
  トロルとネズミが戦闘したのだろうか?
  「ああ、なるほど」
  妙に納得顔の、竪琴をなくした吟遊詩人は呟いた。
  「どういう事じゃな?」
  「街で以前聞いたのですが、ネズミ料理専門店を開こうとした者がいるそうです。結局住人から反発され訴訟騒ぎに
  もなったのでそんな店は潰れたようですけど残ったのは大量の生きたネズミ。これはその名残でしょう」
  「なるほどのぅ」
  ……ネズミ料理かぁ。
  確かに、料理としては存在する。ネズミの肉は食用として流通してる。
  でもわざわざ食べる者はいない。
  よく食してるのはゴブリン、人間では辺鄙な洞窟に住み旅人を襲ったりしてる盗賊達は手に入れ食料が限定されるから
  かネズミをよく食べてるし帝都を含めて各都市の監獄に収容されてる囚人はネズミの肉は基本的な食事だ。
  安い。
  そして繁殖力が高いから、番で育てればほとんど元で不要で毎食が肉料理。
  ……食べたいとは思わないけどね。
  それにしても下水道に入り込んでいた深緑旅団と爆発的に増えていたネズミが双方共倒れとは助かる。
  ネズミ相手にするのも疲れるしね。
  安堵の表情を浮かべ、先を急ぐ事にした。
  「……アリス、動くな」
  「何? マゾーガ?」
  「黒くてカサカサ動くモノがお前に背中に張り付いてる。……それも家族連れでだっ!」
  「はぅぅぅぅぅぅぅぅっ!」




  ぽつりぽつりと。
  オーレンさんは呟いた。この戦いは、ある意味で己が心情に決着をつけるものだと。
  ロキサーヌは仇。
  ロキサーヌはオーレンさんが不在の隙に故郷である村を襲い、根絶やしにした。
  ……根絶やしに。
  オーレンさんには一人娘がいた。
  娘婿と共に結婚して暮らしていた。平和に。平穏に。
  今はどこに?
  ……根絶やしの言葉の意味は、言うまでもない。
  ……全員皆殺し。
  だからオーレンさんはレヤウィンに来た。
  散々ヴァレンウッド中で死闘を繰り広げ、首を取ろうとしていたロキサーヌ率いる深緑旅団が追放されたと聞いて、
  そしてレヤウィン方面に移動していると聞いて追って来た。
  仕官したのは治安維持の名目で戦えると思ったから。
  そして今、因縁は佳境に……。






  城内は静かだった。
  時折トロル達が襲ってきたもののわずか数匹で、それを切り伏せて進む。
  もっとすごい数がいると思っていたけど、かなり拍子抜け。
  あたし達は大した抵抗も受けずに玉座の間に辿り着いた。
  別に玉座の間にいる事が前提、ではなかったけどわざわざ城を攻め落とし、占拠してるのにまさか小部屋に
  いるとも思えなかった。
  悪役の基本、とは言わないけど玉座の間にいるのが普通かな程度の思いはあった。
  そこにいた。
  そこに。
  「待っていましたよ」
  異質な声。
  その声は人が出せる声ではない。しゃがれている、それを通り越した異音。
  トロル達は城の外なのだろう。
  まさか抜け道から潜入してくるとは思っていなかったに違いない。
  ……。
  そのはず。
  そのはずなのに、この余裕は何?
  まるで追い詰められた感はない。トロルという手駒がいなくてもあたし達を圧倒できるという無条件の余裕と
  自信があるのだろうか。考えてみればどんな人物かすらオーレンさんから聞いていない。
  「久し振りじゃの、ロキサーヌ」
  「いやまったく。……ご健勝な姿を見て私も安堵していますよ」
  くくく。
  そう笑いながら玉座に座りながら鷹揚とした会釈をする。
  玉座の脇に控える深緑のローブに身を包んだ5人。右脇に3、左脇に2。ロキサーヌ同様にフードを目深まで
  被り顔が分からない。
  側に控えるのはこれだけ。
  トロルすらいない。というかなんだろう、この感じは?
  ……生き物の気配があたし以外には何もない気が……。
  「トロルどもは貴方達の体を温める以外は全部城の外に出してありますよ。手下のボズマーどももね」
  「大した過信じゃな」
  「過信? 過信とは過ぎたる自信を言うもの。それ相応の実力さえあれば問題はないのですよ」
  ヒートアップするオーレン卿。
  名前からして、口調からして、ロキサーヌは女性なのだろうけど、女性という感じがしない。
  何故?
  何故、と聞かれたら答えられないけど……何でだろう?
  声?
  でも声は女性云々よりは、人のモノですらない。
  しかし当のロキサーヌはこちらには何の興味もなさそうに、オーレン卿だけを見ている。
  そしてオーレン卿も。
  まるで周囲には誰もいないような、二人には雰囲気と因縁がある。
  「ここに来る事は分かっていました。だからこそ、待っていた」
  「因縁に決着をつける気というわけじゃな」
  「因縁? ……ふぅ」
  嘲るような溜息。
  嘲りだ。
  あれは嘲り。声の質で判別し辛いけど嘲りだ。
  それを感じ取ったのはあたしだけではなく、会話を繰り広げているオーレン卿に同じ事を感じたらしい。
  「何がおかしい?」
  「おかしいのは貴方の理論。私は、別に因縁を深めたつもりはないですけどね」
  「ふざけるなっ!」
  「ふざけちゃいませんよ。……お祖父様」
  お祖父……えっ?
  白馬騎士団は全員、怪訝そうな顔をした。
  ロキサーヌの側近達は身動ぎもしない。……そういえば『手下のボズマーどもは城の外に出した』発言したけどあの
  ローブとフードの面々の種族はなんなのだろう?
  この対峙は、今まで盗賊達を相手にしてきたものとは一線を画している。
  そして……。
  「おやお友達の皆様は動揺していらっしゃる。……私を孫娘と説明してないんですか?」
  「お前など孫ではないっ!」
  ひゅん。
  有無を言わさずにオーレン卿は弓を引き絞り、矢を放つ。
  避ける間もない。
  ……いや。
  これだけ近距離で、しかも腰掛けている状態で機敏に避けれる者はいないだろう。
  矢で頭を貫かれ、そのまま玉座に矢で繋ぎ止められた。
  「終わりじゃ。お前の野望も、何もかも」
  『……』
  あたし達は何も言えなかった。
  ロキサーヌは実の孫娘であり、オーレン卿は実の祖父。
  憎み合わなければならなかった間柄になったのは何故なのか。それは下水道で語った事と繋がるのだろう。
  ……。
  ……つまり、ロキサーヌは自分の両親を殺した?
  ……つまり、ロキサーヌは自分の村を滅ぼした?
  ……。
  あたしには分からない。
  あたしには、その気持ちが分かります今の貴方の悲しみも……とはオーレンさんには言えない。
  詭弁。
  それは詭弁だ。
  他人が、いや肉親でもいい。
  例えどういう関係でも他の人間の思考や気持ちを理解出来るなんてあたしは思わない。
  オーレンさんの悲しみも怒りも、あたしには分からない。
  そして皆にも。
  一同、沈黙。
  「それでお主達はどうする?」
  問い掛けはあたし達に、ではない。ロキサーヌの側近達だ。
  未だに動かない。
  「手向かうなら、排除するまでじゃ」
  「それは手厳しい」
  ……えっ!
  ロキサーヌが動いた。
  右手で自分の頭に突き刺さっている矢を抜こうとする。しかしこの近距離で放った矢はロキサーヌを貫き、樫で出来た
  玉座をも貫通している。抜けるものじゃないし……そもそも生きてるなんてありえないっ!
  「随分と深い一撃ですね。孫娘に対して容赦もないお人だ」
  手を振ると側近の1人が後頭部を貫通している部分を切断、そのままロキサーヌは自分で矢を抜き捨てた。
  人じゃない?
  世界は広い。
  基本的な種族は10。それに滅びた種族もいるからそれ以上にはなるけど……頭を貫かれて死なない種族なんて
  存在しない。
  悪魔であろうとなんであろうと頭を貫かれたら死ぬ。
  普通じゃなくても死ぬ。
  ……こいつ何……?
  「ふふふ」
  依然として逆座に座ったままのロキサーヌ。
  悠然と笑うものの、あたし達は一斉に間合いを取って身構える。こいつは普通じゃない。
  「言っておくけど私は死なないよ」
  「……この化け物め」
  吐き捨てるオーレン卿がよほどツボなのか。
  笑い声は高くなる。
  ロキサーヌ。
  深緑旅団を率いる首領。しかしそれ以上に彼女に相応しい言葉がある。
  ……魔女。