天使で悪魔





開かれた秘境の扉(後編)





  ナリナ・カーヴェイン女伯爵。
  アカヴィリの遺産を収集する、有名なコレクター。
  そんな彼女が欲するのは『ドラコニア狂石』と呼ばれる代物。アカヴィリ遺産の中で超一級に位置する。


  アカヴィリ。
  それはアカヴァル大陸からの侵略たちの事。
  時は第一の時代末期。
  侵略者達はタムリエルに侵攻、当時帝国はタムリエル全土を統一しておらず緒戦は劣勢。
  しかし侵略達の脅威が皮肉な事に、敵対し反目を続ける群雄達を一つにした。
  だがそれでもアカヴィリ優勢は動かなかった。
  アカヴィリ軍は精悍であり、勇猛であり、物資の面でも優れていたからだ。
  情勢が一転したのは、ブルーマ方面での睨み合いが続き、戦線が膠着していた時だった。
  アカヴィリ軍はシロディール北部に侵攻していた。
  その際にアカヴィリ船団はモロウウィンドを経由するわけだが、モロウウィンドの王はアカヴィリ軍の背後を強襲。
  二方面の戦闘を強いられ、結果としてシロディールに送られるべき増援と物資は途絶えた。
  アカヴィリの脅威はこれで消えた。
  しかし統率優れたアカヴィリ軍はベイル峠に秘密の要塞を建造し、虎視眈々と機会を窺っていた。
  それに気付いた帝国軍はブルーマ北に位置する大山脈であるジェラール山脈に軍を集結。
  途端、アカヴィリ軍は降伏した。
  一説にはあまりの大軍に、抵抗の無意味さを悟ったとも言われているが真偽は不明だ。
  しかし謎も残る。
  要塞も、ベイル峠と呼ばれる場所も帝国は発見できなかった事。
  その謎も勝利の美酒に酔いしれる帝国にとってはただの噂でとなり、やがて消えていった。
  そして……。






  「おいでファンタジー♪」
  「好きさミステリー」
  ヒュォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォっ!
  女伯爵からの依頼を受け、あたし達白馬騎士団は北方都市ブルーマからさらに北上。
  世界は一面銀世界。
  さらに山の天候は変わりやすく、昼過ぎから天候は悪化し豪雪。
  いつの間にか白馬騎士団=治安維持部隊、ではなく白馬騎士団=トレジャーハンターと世間に認識されつつある。
  確かに。
  確かに盗賊ブラックボウを潰せばあたし達の存在価値はなくなる。
  その為、騎士団長であるオーレン卿がその後の存在意義を見出す為に色々と奔走した結果が、今の状況。
  あたしは別に文句はない。
  レヤウィンに合法的に滞在し、合理的に市中を見回れればそれでいい。
  ブラックウッド団の監視。
  それが叔父さんから与えられた、戦士ギルドの為に任務だからだ。
  さて。
  「君の若さ隠さないでぇー♪」
  「不思議したくて、冒険したくて。誰も皆ウズウズしてるぅー」
  「……相変わらず元気ね、あんた達」
  大合唱してご機嫌なあたしとヴァルトゥスさんに、防寒着を着込みながらもブルブルと震えているシシリーさんが皮肉
  そうに言った。皆、半分凍りかけてる。
  「あれマゾーガ? また鼻水凍ってるよ?」
  「おおおおおおおおお前の神経麻痺してるんじゃないか? さささささささささささささ寒くて当然だぞ」
  「そう?」
  ダンマー。
  ダンマーは別に寒冷地帯仕様ではないものの、あたしは意外に寒いの平気だ。
  ヴァルトゥスさんはノルド。ノルドは北方種族であり、極寒の地で生きれる様に進化した種族だから寒いのは平気。
  元気なのは二人だけ。
  「じゃあ皆で歌おうよ。そしたら元気出るよ。……レノスさん、竪琴お願い。せーの」
  「……」
  「レノスさん?」
  「……竪琴が凍ってます」
  皆だらしないなぁ。
  雪中行軍なんて、響きとしても格好良いし憧れだったんだけどなぁ、あたし。
  もっと意気上げて欲しいものだ。
  「だらしないなぁ」
  つい言葉に出る。
  一瞬、マゾーガは今の発言がカチンと来たらしいものの呂律が回らずに、喋るのをやめた。
  寒いのはオーレン卿も同じ。
  でも彼は歴戦の軍人らしく、寒いとは口に出さずただ地図とコンパスで目的地を探している。
  その姿はさすがは英雄、と思わせる。
  ……。
  まあ、実は寒くて堪らずに気を紛らわせているだけかもしれないけど。
  向かう先は竜牙の岩。
  何故向う?
  実はベイル峠の場所は、完全に謎とされている。
  アカヴィリ侵攻は叙事詩として伝わってるし、有名な劇作家の手によって演劇にもされた。
  しかし当のベイル峠もそこに築かれた要塞も、結局は発見される事はなかった。
  その要塞に眠るとされる『ドラコニア狂石』。
  それを望むアカヴィリ遺産コレクターの女伯爵は、当然ながらそれが実在している事を示す記録も持っていたし、
  文献も持っていた。
  当初は自分の部下を派遣したものの、派遣された部隊は二度と帰ってこなかった。
  そこでトレジャーハンターとして腕を持つあたし達の出番。
  ……。
  正確には、前回の依頼で『ギャリダンの涙』を発見した事が、噂となり誇大に吹聴されただけ。
  次の依頼も既に決まってるらしい。
  次の依頼は前文明であるアイレイド遺産のコレクターであるウンバカノ。
  段々騎士団から遠ざかっていく気もする。
  はぅぅぅぅぅぅぅっ。
  「ヴァトルゥス卿。お主は確かブルーマ出身じゃな。竜牙の岩はどの辺かの?」
  「……もうぐです」
  「ふむ。予定より歩みが遅れておるが、この豪雪じゃ、仕方ないの」
  食料も水も限られてる。
  これがまた温暖な地域ならいいけど、ブルーマは極寒の地。
  当然それに対応した寝具やテントなども荷物として持っている為、携帯できる食料などの物資は限定されるのだ。
  長期の野営は不可能。
  竜牙の岩は割りと有名で、観光の対象でもある。
  もっともただ尖った岩が大地に深く刺さりそびえ立っているだけなんだけど。
  しかしその竜牙の岩こそが、アカヴィリ遺産への道だと誰一人気付いていない。当代随一の学者ですら知らない。
  何故女伯爵が知っているのか。
  それは彼女が手に入れた日記による、恩恵だった。
  アカヴィリ伝令の日記。
  「ようやく、スタート地点じゃな」
  「あれが竜牙の岩。……へぇー、おっきぃなぁー……」
  ただの岩。
  そう思っていたけど、圧巻だ。
  その大地に深く突き刺さり、まるで竜の牙のような形の岩は数百年前から存在している。
  そう考えると、偉大だ。

  オーレン卿はそこに野営地の設置を命じる。吹雪が凄く、焚き火などは出来ないもののテントを張れば多少なりとも
  風は防げる。ここで一夜を明かすわけでもなく、このまま強行軍となり雪を踏破するにしても休息は大切だ。
  あたしはそんなに寒くないけど。

  思い思いにくつろぐ。
  そして魔法は偉大だ。シシリーさんは炎の魔法の火力を抑えてお湯を沸かし即席ではあるもののコーヒーを振舞う。
  疲れた体に浸透していく。
  「ふぅ」
  「アリスはいいよな」
  「えっ?」
  寒さを凌いで多少なりともリラックス出来たのか、マゾーガがあたしをからかう。
  「天然で鈍感だから寒さも感じないんだからな。いやぁ羨ましい羨ましい」
  「何よマゾーガなんて凍ってたくせに」
  軽口の叩きあい。
  しかしあたしがまだ優勢だ。この先もまだまだ雪国。むしろ北に北に移動するわけだから、もっと寒くなる。
  ふっふっふっ。
  マゾーガ卿、常にあたしのターンっ!
  延々と弄ってやるからねぇーっ!
  そんなリラックスムードの騎士団員とは違い、ある意味で全員の命運を握る騎士団長のオーレン卿は地図と睨めっこし、
  女伯爵から丁寧に厳重に扱えと釘指されている書物を開いた。
  それはアカヴィリ伝令の日記の、訳が書かれた書物だ。
  そこにこの旅の答えがあるのだ




  『三日目。
  重い心と震える手で日記を記す。
  駐屯地を旅立って以来、この数日は人影を見る事はない。この旅は不安と孤独の象徴だ。

  レマン・シロディール率いる帝国軍がベイル峠に構築した我々の要塞を発見しない限りはこの旅に危険
  はないだろう。

  砦へ伝令の任務を完遂しなければならない。
  この任務が失敗すれば要塞に立て籠もる人々は物資の到着が一ヶ月遅れる事を知らないまま、前線への攻撃
  を敢行するだろう。彼らは物資がすぐ届く事を前提に作戦を立てているのだから。
  私は失敗できないのだ』

  『七日目。
  二日が過ぎ、やっと竜牙の岩に辿り着いた。
  その巨大で雄大な姿を見ると、私の心も元気付けられる。
  ここまでまだ誰にも会っていない。敵にも味方にもだ。
  西に向う道すがら、友軍に会って我々アカヴィリ軍の戦いぶりが聞けないものだろうか?』

  『八日目。
  西に向っていると、センチネルと呼ばれる巨大な警吏の像が見えてきた。
  この像は無名の彫刻家が作ったと誰かに聞いた事がある。
  北を向いて立つその像は帝国領に踏み込む者達を見張っているようでもあった。
  我々アカヴィリ軍が、実はこの像を帝国領への侵攻の中間地点として目印にしている事をレマス・シロディール
  が知ったらおそらく彼は激怒するであろう。
  昨晩、我が軍の別の伝令に会った。
  この山に住む狼の群れに襲われ、足に酷い怪我を負っていたが私の持っていた薬で何とか治療できた。
  名をシラジュといい、ベイル峠の要塞から物資の補給を求める伝言を届けに行く途中だった。
  私も彼に自分の伝令の内容を教えた。
  彼は自分の任務が無駄だった事を悟り、私と共に要塞に同道する事にした。
  日暮れにでも出発しよう』

  『九日目。
  最後の力を振り絞って日記を記している。
  おそらくシラジュを襲った狼の群れだろう、襲撃された。奴らは血の味を覚え、我々を狩りに来たのだ。
  背中を預け合い、何とか追い払ったものの一匹が私の腹を割いた。
  すぐさま絶命するほどの傷ではないが、楽観的な状況ではない。
  薬は昨日、シラジュに全て使ってしまい残っていない。
  我々はそのまま北上し、大蛇の道と呼ばれる洞窟に非難した。ベイル峠に繋がる秘密の抜け道だ。
  もう少し書きたいが、眠る事にする。
  本当に疲れてしまった』

  『十一日目。
  これが私の最後の日記となるだろう。
  疲れ果て、血の匂いを漂わせて洞窟を彷徨う私達に巨大な化け物達が襲い掛かってきた。
  奴らの姿は暗くて見えない。
  だが、巨大で酷く力の強い化け物だ。
  シラジュは一撃で屠られた。即死だ。三匹はいる、私は暗闇の中を精一杯逃げた。
  その時、私は突然倒れた。
  どうやら巨大な岩をぶつけられたらしい。私は何とか這いずり、狭く小さな隙間に逃げ込んだ。
  化け物達はでかすぎて入れない。
  何とかやり過ごしたが、もう立ち上がる事すら出来ない。
  包帯できつく縛り、止血していた狼にやられた傷から大量の血がまた滲み出してきた。
  任務は失敗だ。
  要塞に伝令を届ける事が出来なかった。
  もしも。
  もしもこの日記を友軍の誰かが見つけたのであれば、ベイル峠の要塞にその旨を知らせて最悪の事態
  を避けて欲しい。
  そしてどうか、妻のヴェイクに私ザフェリは君を愛していると伝えてくれ』





  天候は不順。
  晴れ間を見せた時、オーレン卿は出発を宣言した。
  いつまでこの天気が維持されるかは不明ではあるものの、晴れているうちに距離を稼ぐ方が良い。
  あたし達は日記に記されている通り、竜牙の岩から西に移動。
  次の目的地であるセンチネルを探すのが今のところ最大の任務だ。
  日記は道標。
  日記は墓標。
  そう。要塞への道標であり、その要塞は彼らの墓標でもあるはずだ。
  本国から見捨てられたアカヴィリ軍にとっての。
  今のところ、あたしは功名心に燃えていた。
  正確には名なんてどうでもいい。アカヴィリの武器が欲しいのだ。現在、タムリエルに出回っている数は数える
  ほどしかない。
  その古代の鋭利過ぎる武器の製造法は伝わっておらず、現存する大半は帝国に管理されている。
  皇帝直属の親衛隊であり諜報機関『ブレイズ』。
  彼らの所有する武器が、アカヴィリ刀なのだ。大抵、彼ら以外に所持する者はいない。
  たまに店に掘り出し物として出回っているものの法外な値がついていて手が出せないのだ。
  あたし達が使う武器は重さで叩き斬るのが一般的だ。
  しかしアカヴィリの武器は違う。
  切れ味だけを求め、そして軽量化し、今の我々の鍛冶技術では精製できない洗練された武器。
  見た目も無骨ながらも美しく、心惹かれるものがある。
  異国の武器だけあり、我々の美意識とは掛け離れているものの、それでも美しいと感じるのだ。
  それが欲しい。
  今のあたしは、ただその一心だけだった。
  「おおあれがセンチネル。竜牙の岩といい、雄大な年月を過ぎているのに見事な存在感ですね」
  ぽろろーん。
  ……と本来は竪琴が鳴るはずなんだけど、凍っているらしく奏でる真似だけするレノスさん。
  確かに。
  確かに歴史は偉大だ。
  日記当時と寸分違わず、かは当然分からないけど原形を保っている。
  すごいなぁ。
  「ここまでは先人達の足跡もあるわけだけど、ここからが未到達ね」
  「……確かに」
  アルケイン大学で学んだシシリーさんは博識振りを披露し、この辺りに土地勘を持つヴァトルゥスさんも静かに同意した。
  竜牙の岩もセンチネルの像も有名。
  もちろん場所が場所だけに先史巡りの旅行者や学者は護衛兼ガイドが必要だけど、割りと有名。
  来たのは初めてだけどあたしもその存在は知っていた。
  そのセンチネルの彫像から北に移動。
  距離的には大した事ないけど、険しい山の傾斜と雪に足を取られて思うように進まない。
  結局、二日を要した。
  食糧等の問題はまだないものの、帰りも考慮しなくてはならない。
  この辺りには食料なんてない。
  たまに狼に出くわすものの、出来たら現地調達の食料の世話にはなりたくない。
  狼がおいしいかどうかは知らないけど。
  センチネルから北に二日。
  最大の難関は、洞窟探しだった。大蛇の道。そう呼ばれる洞窟。
  あたし達は断崖絶壁に辿り着き、洞窟を探す。センチネルから完全に真北ではなかったらしい。
  その探索に一日。
  ようやく洞窟を見つけ、侵入した。
  「はぁぁぁぁぁぁぁっ」
  マゾーガ、嘆息。
  生暖かく生臭い空気ではあるものの、少なくとも外に比べて寒くはない。
  寒さに弱いらしいマゾーガにしたら天国だろう。
  あたし?
  「うっぷ」
  気分悪い。
  生暖かいし生臭い、外は冷たくても澄んだ空気だった。あたしは外の方がいい。
  「どうしたアリス、ツワリか?」
  「あたしはまだ未経験ですっ!」
  『へぇー♪』
  騎士団員、あたしを興味深そうに見てる。
  その視線セクハラですっ!
  はぅぅぅぅぅぅっ。
  「これは……」
  その時、あたしは足音に横たわる白骨化した存在に気付いた。
  ……正確には少し踏んじゃったけど。
  傍らには石碑が落ちてる。
  ……読めない。
  「これはアカヴィリの文字ね。……読めないけど」
  シシリーさんはそう判断した。
  つまりこの白骨化した人は日記の人か。石碑、意外に重い。
  「おチビちゃんの手柄じゃ。持っていておくれ」
  「あたしがですか?」
  「うむ。そんな重いもの持ちたくない……じゃなくて、おチビちゃんの手柄じゃしなぁ」
  『異議なしっ!』
  ……こ、こいつら……。
  あたしはともかく懐に石碑をしまいこんだ。洞窟内で小休憩し、洞窟を抜けた。
  「うわぁっ!」
  そこには広がっていた。

  大蛇の道。
  そう呼ばれる秘密の抜け道を抜けると、広大で雄大な自然が待っていた。
  ここがベイル峠。
  数百年以上、人間が存在しない未到達の場所。
  帝国ですら発見できなかった。
  そう。ここにいた最初で最後の人間は、要塞を築き虎視眈々と機会を窺っていたアカヴィリ軍だけだ。
  少し、感動。
  少し、というのは感動できる時間がなかったからだ。
  「厄介ね。オークよ」
  「オーガだオーガっ!」
  「ああそうだったわね。……いずれにせよ日記の巨大な化け物の正体はあれね」
  シシリーさんは冷静に分析する。
  オーガ。
  灰色の皮膚の色をした、巨大な人型モンスター。
  肉食性であり、でっぷりとした体格通りそう敏捷ではないものの怪力は人を容易に叩き殺す。
  タムリエルのモンスターの中では、ミノタウロスの次に怪力で知られている。
  知能の面ではオブリビオンの悪魔達に劣るものの、腕力の面ではそれなりに匹敵している。
  ひゅん。ひゅん。ひゅん。
  襲い掛かってくるオーガ三体の頭を、オーレン卿は易々と射抜く。
  ずぅぅぅぅぅぅんっ。
  地響きを立てて倒れるオーガ達。
  頭を射抜く、誰にでも出来るようで簡単に出来る事じゃない。大抵、弓矢を習った際に教えられるのは胴体を狙う事。
  胴体には生きるのに必要な器官が詰められている。
  人型モンスターも大体、人間の内的器官に似通っている。
  ともかく胴を狙えばどこに当たろうとも生きるのに必要な器官を潰せるし、的としては大きい。
  頭を狙えば、もしくは心臓を狙えば即死を与えられるものの正確に射抜くなんて熟練の腕が必要だ。
  オーレン卿。
  その卓越した腕は、確かに騎士団長に相応しい腕だ。
  さすがですね。
  ……そう、言おうとした時咆哮が聞えた。
  無数のオーガが迫ってくる。
  「な、何でっ! 日記に三体だって……っ!」
  「……おチビちゃん。日記は数百年以上のものじゃぞ。元々それ以上の数がいてもおかしくないし、それだけの年月
  があれば繁殖して増えるじゃろう? それに加えてこの辺りは人の手が入っていない。奴らの巣窟なのじゃよ」
  「な、なるほど」
  マゾーガか混ぜっ返す。
  「どうせアリスは子供だから繁殖の経緯も知らないんだろうなぁ」
  「それぐらい知ってるわよっ! 男の人+女の人=赤ちゃんゴーっ!」
  「……すごい方程式で習ったんだなお前」
  「……」
  はぅぅぅぅぅぅぅぅっ。
  その時、赤い炎が閃いた。シシリーさんの炎の魔法だ。
  その一撃でオーガ達を蹴散らすには至らないものの相手の気勢は殺いだ。
  「連中に構っておったら時間が無駄じゃな。行くぞっ!」
  『了解っ!』
  それでも全員武器を手に取り、あくまで戦闘回避しつつも必要最低限の戦闘をこなしながら前に前に進む。
  この先は完全に未開の地。
  この先の地図すら存在しない。
  ただシシリーさんが大学時代に文献で拾った情報を元に、それを参考にあたし達は進む。
  幸運だったのは大蛇の道の出入り口が小高い丘にあった事。
  廃墟が遠目で見えた。
  その廃墟を目指して進む。
  「ちっ、しつこいっ!」
  この近辺は過酷な生存条件の上に成り立っているのだろう。
  オーガ達は久し振りの新鮮な肉を食らうべく、あたし達を執拗に追撃してくる。マゾーガの豪剣が唸り、血飛沫の中に
  一匹を沈めた。大抵は接近される前にオーレン卿の矢が必殺の一撃をお見舞いしている。
  ただ数の上で圧倒的に上に立っているのがオーガ。
  日が暮れたら終わりだ。
  夜陰に紛れて怒涛の如く襲ってくるだろう。
  その前に要塞に辿り着く必要がある。
  要塞内にもオーガ達が徘徊してる可能性はあるけど、360度全方位敵に襲撃される可能性がある雪原より、まだ
  要塞内の方が防衛の仕様がある。
  「おお廃墟。どんな偉人が建てた堅牢な要塞も時は無慈悲に崩し行く。歴史とは冷酷ですね」
  「……そうね」
  レノスさんが歌うように呟くと、シシリーさんも同意した。
  アカヴィリ軍の秘密の要塞は半ば朽ちて崩れている。
  「妙じゃな」
  追撃が止まった。
  オーガ達はさっきまですぐそこに迫っていたのに、今は気配すらしない。
  そして違和感。
  「こいつらは誰が殺したんじゃろうな」
  廃墟周辺にはオーガの死体。
  つい最近斬られたものもあれば白骨化したのもある。何なの?
  あたし達は別の化け物がいるのかと警戒しつつも、要塞内に入った。





  要塞内は、冷え切っていた。
  外の風は入ってこない。
  しかし、冷えている。
  その冷気は外の寒さとは似て非なるものだ。……いやまったく違う。

  霊気。
  そう、冷気ではなく霊気だ。
  その理由もすぐに分かった。そしてオーガ達の切り刻まれた遺骸の意味も。
  「炎の閃きっ!」
  ドカアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンっ!
  シシリーさんの先制攻撃。炎の魔法だ。
  火の玉が爆発し、炎が要塞内に徘徊する者達を舐める。

  死してなお死を否定して存在し続けるアカヴィリ兵のスケルトンだ。もしかしたら死んでいる事にすら気付いてい
  ないのかもしれない。

  ただ職務に忠実に、要塞内に入り込んでくる異物を排除する為だけに今なお存在し続けている。
  オーガが基本ここに入り込まないのはその為だろう。
  誰であろうと容赦しない。
  それがオーガであろうと生身の人間であろうと。
  「耐えたっ!」
  炎の中を平然と前進し続けるアカヴィリ兵。シシリーさんを庇うように、レノスさんが氷の魔法を叩き込む。
  炎の氷、二属性の相反する属性魔法を受けて何体か崩れるものの依然として動いている方が多い。
  ひゅん。ひゅん。ひゅん。
  オーレン卿の矢が風を裂き、突き進む。
  がっ。がっ。がっ。
  しかし全て盾で防がれた。
  矢の軌道は頭部。オーレン卿は頭蓋骨を吹き飛ばす事で撃破しようとしたものの、失敗した。そもそもスケルトン
  相手に弓は相性が悪い。スケルトンだけではなくアンデット属性全般に言える事だろうけど。

  「厄介じゃな。……前衛、アリス、マゾーガ、ヴァルトゥス。後衛として残りが援護」
  『了解っ!』
  作戦とともに行動するあたし達。
  当初はただの寄せ集め出しかなかった白馬騎士団ではあるものの、最近は連携が取れるようになっている。
  「はぁっ!」
  黒水の剣が唸りを上げてスケルトンを薙ぎ払う。
  ただ今回、魔法剣の意味がない。
  相手の体力を奪う剣ではあるものの、スケルトンに体力云々言ったって仕方ないからだ。
  「そこっ!」
  キィィィィィィィィィィィンっ!
  次のスケルトンに刃を振るもののの盾で弾かれる。あたしは突きに転じ、盾を貫き相手に体をフッ飛ばした。
  これで二体目。
  「ぐあっ!」
  「マゾーガっ!」
  剣と盾を駆使し健闘していたマゾーガの頭にアカヴィリ刀が直撃。
  そ、そんなっ!
  「マゾーガっ!」
  あたしは周囲の敵に闇雲に剣を振るい、陣形を崩してマゾーガに駆け寄る。
  炎と氷の魔法が迫っていたスケルトン三体を撃破。カヴァーに入るヴァトルゥスさん。
  あたしが我を忘れてマゾーガを抱き起こすと……。
  「ちくしょうっ! こぶが出来たっ!」
  「はい?」
  「見ろでかいこぶだっ!」
  「こ、この石頭の緑頭ぁーっ!」
  「緑は関係ないだろう緑はっ!」
  怒りのぶつけようがないあたしは、剣を片手に喚声を上げて敵陣に突っ込んだ。その横を併走するマゾーガ。
  お互いに剣を振るい、敵を蹴散らしていて気付いた事が一つある。
  さっき盾を貫いた時に気付くべきだった。
  そう、何百年も前の話。
  この要塞全盛期はそれだけ過去の存在なのだ。
  剣も盾も錆び付き、なまくらであり原形を保っているだけ奇跡なのだ。
  例え振り下ろされても死ぬ事はない。
  まあマゾーガが生きてるのは石頭も関係してるだろうけど、頭に食らわない限りは普通は死ぬ事はないだろう。

  それでも普通のスケルトンより強い。
  気が付けばあたし達は分断され、気付けばあたしは1人になっていた。






  がちゃり。がちゃり。
  「……」
  物陰に隠れ、通り過ぎる二体のスケルトンをやり過ごす。
  スケルトンは目の前の敵に反応するだけなのか、それとも音に反応しているかは知らないけどあたしは
  息を止めいてた。

  「ふぅぅぅぅぅぅっ」
  酸素が恋しい。
  二酸化炭素は要らない。

  さっきからこれの連続。普通に息する事が尊く、喜びだなんて今まで考えてもなかった。
  「……行こうかな」
  ポツリと呟く。
  要塞内は孤独と恐怖で一杯だった。
  独り言とはいえ、喋る事であたしは孤独に打ち勝とうとしていた。
  あの後。
  仲間は分断され、乱戦の最中気付けば一人。
  簡単に死ぬような皆じゃないからそこは安心してるけど、問題はあたしがどこまで生きられるかだ。
  マゾーガやヴァルトゥスさんほどタフでもないし、シシリーさんやレノスさんのように魔法も使えない。かと言ってオーレン
  卿のように実戦経験豊富ではないからこういう状況下でどの程度まだ持つのかは不明だ。
  極力、戦闘は避けて進んでいる。
  「……はぅぅぅぅっ。進んでるのか戻ってるのから不明だけどねぇー……」
  自分では奥に進んでいる気でいるものの、地図なんてないし方向感覚も次第に狂いつつある。
  ここはどこなのか?
  そもそもどうやってここまで来たのかすらもう分からない。
  今の場所は広い。
  前方には吊り橋がある。もっとも橋は掛かっておらず、高く聳え立ったまま。
  つまり橋は落ちているのではなく、何かのスイッチで掛かる代物なのだろう。何かのレバーがある。
  あれがスイッチか?
  近寄ろうとすると……。
  「……あっ……」
  ガコン。
  足元に床が変な音を立てて少し沈んだ。
  ひゅん。
  矢が飛んでくる。
  「くぅっ!」
  何かのトラップらしい。柱から無数の矢が飛来した。全部かわした、といえば格好良いけど左肩に一本刺さっていた。
  幸い、剣を振るう右手は無事だ。
  ドサッ。
  あたしはその場に倒れるように崩れ、痛みを押し殺す。
  本当に右手じゃなくてよかった。
  ここを剣を振るわずに出る事は完全に不可能だ。
  あたしはまだ死にたくない。
  あたしはまだ……。
  「……ふー、ふー……」
  荒い呼吸をしながら、あたしは立ち上がる。
  矢は抜かない。
  抜いた途端に血が吹き出す、事も考えられるからだ。幸い今のところ出血は大した事ない。

  現状維持が大切だ。
  大量に出血したら、魔法も薬もないあたしではどうしようもない。
  このまま進むとしよう。

  「うぅぅぅぅぅぅっ!」
  レバーを動かす。錆び付いていて動きが鈍く、硬いものの何とか動かした。
  ドォォォォォォォォンッ。
  橋は架かり、向こうに進めるようになる。おそらくあたしは奥に進んでいるのだろう。
  橋に一歩踏み出した途端……。
  「あぅっ!」
  床が腐って落ちる。あたしの足は嵌ってしまう。
  抜け出ようとした途端、重い一撃が背中を襲った。その突然の痛みに胃の中の物を吐き出す。
  また背中に襲ってくる。
  スケルトンだ。なまくらのアカヴィリ刀であたしの背中を滅多打ちにしてくる。
  何とかしないとあたしは殴り殺される。
  抵抗も出来ないまま。
  足は抜け出ない。足が抜けないっ!
  「お、終わりたくない。こんなところで終わりたくないっ!」
  抜けない。
  抜けない。
  抜けない。
  ガンっ!
  狙ってるのか適当なのか知らないけど頭に一撃がきた。
  一瞬、意識が飛ぶ。
  ……。
  ……。
  ……。
  「……あれ……?」
  スケルトンは、いなくなっていた。

  いや、いる。遠巻きに見ている。取り乱し、死に物狂いで足を抜こうとした際に伝令兵の石碑が懐から落ちていた。
  スケルトン達はそれを見ている。
  ……何なの……?
  襲ってくる気配がないので、あたしは深呼吸してゆっくりと気を落ち着けて足を抜いた。

  頭が痛い。
  大して血が出ていないし割れたわけじゃない。背中も乱打されて痛むけど致命的な傷はない。
  あたしは奥に進む。
  襲ってくる気配が今のところないとはいえスケルトン達はあたしの背後に陣取ってる。
  戻れない。
  進むしかないのだ。

  進むしか……。
  「ぜぇぜぇ。足、痛いなぁ……」
  泣き言。
  腐った部分を踏み、突き破った際にかなり切り裂いてる。深くないし血も大して、だけど傷の範囲は広いし酷い。
  走れない。
  ゆっくりと進むと、スケルトンたちもゆっくりと後に続く。
  一定の距離を保っている。
  ……なんなんだろう……?
  「ま、まさかこの先であたしを惨殺するとか? ……あぅぅぅぅぅっ。笑えないなぁ」
  何とか明るく振舞う。
  最終的に生死を分けるのは実力ではなく、こういう考え方次第なのだ。
  扉を開き、着いた先は行き止まり。
  ……何かいる。
  ……幽霊だ。
  「……」
  人の形をした、幽霊。
  遺跡内でよく出会う人の形を失った亡霊ではなく半透明であり肉体はないものの人の形をしている。

  襲ってくる気配はない。
  そして、口を開いた。

  「待っていたぞ、伝令兵よ」
  「……えっ?」
  武器を構えるあたしは、戦意を殺がれた。
  向こうに敵対の意思はない。
  「どうした伝令兵よ。我が名はミシャーシ。アカヴィリ遠征軍の司令官だ。そしてこの要塞の指揮も任されている」
  「……」
  伝令。
  あの日記の主であるザフェリの事であり、彼の骸が所持していた石碑の事だろう。
  「長く危険な旅であったろう。だが休む前に報告せよ。レマン・シロディールが軍を集結しこちらに向かっている。それに
  対してこの要塞の物資はほぼ底をついた状況だ。我々は君の到着を待っていた」
  「……」
  足音。
  無数の足音があたしを取り囲む。
  視線を巡らせる。白骨化し、不死化したアカヴィリの兵士達だ。無数にいる。少なくとも50から上。
  なまくらとなっている武器を所持しているだけとはいえ、まともに受けたら骨は折れるしこれだけの数は相手に出来ない。
  ミシャーシは続ける。
  まるでこの状況になど興味がないように。
  そして白骨化した軍勢もあたしを取り囲んだまま動かない。
  「教えてくれ。アカヴィリ本国からの伝令を」
  「ここに、報告書が」
  「おお。よくやってくれたな。君は任務を成し遂げた。そして我々もこれで休む事ができる。感謝するぞ」
  「……えっ?」
  にこりと微笑むミシャーシ。
  そして突然、崩れ落ち本来の姿に……そう、本来の骨に戻るアカヴィリ兵達。
  ……当の昔に自分達が死んでいることに気付いていた?
  ……そうかもしれない。
  ただ自分達に与えられた任務を遂行しようと、ただその為だけに存在していた。とっくの昔にアカヴィリ軍はタムリエル侵攻
  を諦めていたにも拘らずにだ。
  ……男って、馬鹿だ。
  ……でもその行為が偉大にも思える。何故だろう?








  彼らは自分達が死んでいる事を知っていた。
  本国に見捨てられてもなお、不死化して存在していたのはある意味で忠誠心が起こした奇跡なのだろう。
  ただ彼らは待っていたのだ。
  ただ……。
  ……。
  結果として、補給は届かずに壊滅するにしても。
  結果として、その指令状が補給の遅延を語っているにしても。
  彼らはただ本国からの言葉を待っていた。
  その為だけに何百年も要塞を護り続けていたのだ。
  帝国がベイル峠を見つけられなかったのは、おそらくは過酷なあの自然環境を踏破出来なかっただけだろうけど、
  結果としてそれは幸運だったと思う。
  死すら恐れない、死すら超越して不死と化したアカヴィリの軍勢に勝てたかどうか、疑問だ。
  少なくとも利害すら超えて職務に忠実なアカヴィリ軍に苦戦したに違いない。
  例え不死化する前に、つまり生前中の追い詰められた彼らを攻撃しても負けるとは言わないものの甚大な被害を蒙って
  いたのは確かだろう。
  ドラコニア狂石は入手できた。
  要塞から抜け出す際に、仲間達とも会えた。
  要塞内はひっそりとし、全てのアカヴィリ兵達はようやく永遠の眠りについていた。
  ブルーマに帰還し、秘宝を女伯爵に渡した時、彼女は舞い上がって喜んだ。
  その様はどこか滑稽で、どこか哀れにも見えた。
  ミシャーシ指令の潔さを見たからだろうか?
  死してなお彼は偉大だった。
  死してなお……。
  ……。
  あたしは疑問に思うのだ。
  秘境の扉をこじ開け、あたし達は世間的には偉業を成した。
  おそらくこの先、ベイル峠の要塞には学者達が押し掛けるだろう。アカヴィリ兵の墓所とも呼べる、神聖な場所に。
  あたし達は偉業?
  あたし達は冒涜?
  本当に今回の旅が正しかったのか、あたしには分からない。
  ただ言える事。
  どうか、どうかあの要塞で忠誠だけを信じて死んでいった者達に永遠の安らぎを。
  ……どうか……。