天使で悪魔





救世主の涙




  昔々。
  あるところに、一人の騎士がいた。
  正義感溢れる彼は領地として一つの小さな村を所有していた。
  騎士の名はギャリダン。

  平和な日々。
  しかしそれは長く続かない。突然破られるもの。
  戦争?
  暴動?
  違う。それは、旱魃。畑は全滅し、水は枯れ、人々は飢え、次々と倒れていった。

  水さえあれば。
  ギャリダンはそう考え、賢者に方法を探させた。そして見つけ出す。
  永遠の水差し。
  枯れる事なく、尽きる事なく溢れる水をたたえた、魔法のアイテム。
  ギャリダンはそれを求めた。
  領民の為に。
  ただその為だけに彼は探し続けた。そう。彼は真の騎士だった。高潔なる、人物だった。
  旅の果てにそれを見つけた。
  しかしそれを護る氷の魔物との戦いの最中、彼は敗北し氷漬けとなった。
  ギャリダンはその際に、泣いた。
  村を救う事も出来ず、村に戻る事も出来ない。
  その涙は結晶となり、クリスタルとなった。
  悲運の騎士、そう村人達は彼の為に泣いた。高潔な騎士の最後に九大神の1人マーラも泣いた。
  その涙が雨となり村を救われた。
  ……英雄は、報われたのだろうか……?






  「はあー、疲れたー」
  パタリ。
  あたしは、白馬山荘の自分のベッドに倒れた。鎧を脱ぐ手間すら、面倒臭い。武器は床に投げ捨ててある。
  肉体労働、こたえますなぁ。
  「まったく、だらしない」

  やれやれ、と全身筋肉脳味噌プリンのマゾーガ卿は溜息をつく。
  さすがはオーク。
  純戦士の種族。タフさでは全種族随一。とてもじゃないけど、あたしじゃ太刀打ち出来ない。
  ……対抗する気はないけどさ。

  ……それにそもそも……。
  「マゾーガの所為じゃんこんなに疲れたのはぁーっ!」
  「何だとっ!」
  そろそろお昼だ巡回終えて白馬山荘に帰ろう、という街道巡邏中に最近首領をあたし達に倒されて落ち目の盗賊ブラックボウと
  その傘下の盗賊集団だった連中が争ってた。
  ここのところ盗賊達の抗争が激化している。
  白馬騎士団の基本方針。
  そういう場面に出くわしたら、双方疲弊するまで傍観する事。
  それは白馬騎士団長オーレン卿の出した指示であり、一番妥当。どんなに強くてもこちらは総勢で6名。
  盗賊団同士の抗争だから、喧嘩両成敗でどちらも壊滅しても構わない。
  方針、マゾーガ破りやがったのよ。
  突然剣を抜いて、突然両盗賊団の真っ只中に突撃。
  結局あたしも引き摺られる形で激しい三つ巴の戦いに突入。お昼御飯は、今じゃおやつの時間にまでずれ込んだ。
  「ふん。アリスは相変わらずひ弱だなっ!」
  「あんたが元気すぎるのよこの緑っ!」
  「言ったな蒼すぎて見るからに虚弱体質なダンマーめっ!」
  「そ、そんなマゾーガは光合成してるくせにっ! この葉緑素全開のオークめっ!」
  「はっはーっ! 愚か者めっ! 光合成する=温暖化対策だつまり我らは至高の種族っ! ふはははははーっ!」
  「……あっ、そこ自慢するとこなんですね……」
  本気で光合成してるわけじゃないのに、得意顔。
  ……。
  ……いや待て。実はオークは本気で光合成してる?

  そ、そういえばマゾーガの側にいると酸素成分が多い気が……あっ、マイナスイオンも出てる気がする。
  「アリス?」
  「えっ? ……ああ、何?」
  「どうして私をそんなに見つめている?」
  「あ、ああちょっと考えちゃって」
  「……? まあ、いい。飯にするぞ。いい加減腹が減ったからな」
  それ誰の所為よ?
  そう言おうとしたものの、やめた。
  少なくともマゾーガは職務に忠実だっただけ。そこは、別に批判される事じゃない。
  それにしてもあたしも強くなったなぁ。
  もちろん盗賊狩り=人殺し、だから喜ぶ事でも嬉しがる事でもないけど、盗賊が群れて襲ってきてもあたしは冷静でいれる。
  たとえダース単位で来たとしても、負ける気がしない。

  少しは、強くなったみたいだ。
  さて。
  「マゾーガ、スープ温めた方がいい?」

  「冷たいか?」
  「んー、温いかな」
  「じゃあそのままでいい。腹と背中がくっつきそうだ」
  「あははははっ。それ、見てみたいかも」
  「ウダウダ言わずに用意しろ」
  「はいはい」
  あたしはスープを底が深い皿に入れ、マゾーガはバスケット一杯に入ったパンを皿に置いたりスプーンやフォークを並べる。
  白馬騎士団の食事は交代制。
  今日、食事を作ったのはヴァトルゥスさん。パンはレヤウィンの巡察に行った者が買い込んで来る。
  なお現在レヤウィンへの市内巡察にはレノスさんとヴァトルゥスさん。
  シシリーさんはレヤウィンの魔術師ギルドの支部に私用で、オーレン卿もレヤウィンでオフを楽しんでる。
  ……まあ、オーレンお爺ちゃんがどんなオフを過ごしてるかは知らないけど。
  「いただきまぁーす」
  「いただきます」
  むしゃむしゃ。
  もぐもぐ。
  ああ。生き返る。労働の後の食事は格別だ。人間、これ以上の幸せはそうそうない。
  結局究極の幸せなんて、深く突き詰めれば日常生活にあるのだ。
  マゾーガはカットチーズを口に放り込みながら、これまた至福な表情。以前ほど、マゾーガが倣岸だと思えない。
  最近じゃ無邪気にすら思える。

  「そういえばアリス。伯爵夫人がコロールに帰ったらしいな」
  「里帰りだよ」
  「何だ、里帰りか。体たらくな伯爵に三行半突きつけたわけじゃないのか」
  「あははははっ」

  伯爵夫人は、コロール伯爵夫人の娘。既にコロール伯は没しているので、夫人が行政を仕切ってる。
  名門の家柄なのだ。
  で、レヤウィン伯爵夫人は親孝行として有名で、コロールへの長い旅程も物ともせずに里帰りしている。実際問題レヤウィン
  での生活は一月を見るだけでもそんなに多くない。大半は里帰りの為に費やしてる。

  ともかく。
  「羽伸ばせるねぇ」
  「そうだな」
  伯爵夫人は人種差別大好き人間。
  一説には亜人系の囚人を拷問する趣味があるらしい。
  ダンマーはエルフ種に属するものの、肌が青い+耳が尖ってる=あれはエルフとして認めません亜人の仲間です、という妙な
  方程式を伯爵夫人は持っているらしくダンマーも差別&弾圧の対象。

  変な話、レヤウィンはあたしにとってあまり住み易くはない。
  だから。
  だから、ブラックウッド団は急成長した。
  ブラックウッド団は基本、アルゴニアンやカジートで構成されている。差別されている者達。
  その『差別されている』という共通の意識が彼らを一つにし、さらにレヤウィン在住の亜人種の意識も一つとなり、結果として
  ブラックウッド団を盛り立てようという差別されている者達の感情の成果。
  ブラックウッド団がレヤウィンで勢力を伸ばし、結果としてレヤウィンでの治安維持に欠かせない存在になることにより亜人達の
  生活は護られるという論理だ。

  まあ、その結果失墜したのが戦士ギルド。レヤウィンでは足場は崩れてる。
  けど、だからと言ってブラックウッド団が敵とは言わない。戦士ギルドのね。
  叔父さんは敵だと言い張るけど、それはどうかな?
  少なくとも商売敵であるだけで、敵じゃないし向こうの経営手腕が上なだけ。
  だから、あたしは叔父さんの敵対政策よりヴィレナおば様の融和政策、の方が今のところは妥当だし賢明だと思う。
  まあ、今のところは。
  この先どうなるかは分からないもの。
  「おう、戻っておったのか」
  がちゃり。
  オーレン卿、帰還。あっ、シシリーさんも一緒だ。
  「レヤウィンでバッタリ会っての。……ふっ、まさに運命の赤いじゃな♪」
  「私は赤い糸なんか信じない。まあ、たまに信じてもいいと思う時は最近、あるけど」
  オーレン卿の冗談に、少し頬を赤らめながら答えるシシリーさん。
  妬けるのぅ。そう、オーレン卿は呟いた。
  あたしは……。
  「何が妬けるんです?」
  『はっ?』
  三人は声をはもらせ、あたしを見て、それから首を振った。
  「な、なんですそのリアクション?」
  「……おチビちゃんは本気でおチビちゃんじゃな……」
  「……アリス、お前は天然記念物だまさに生きた化石。恋愛疎いにもほどがあるだろうが……」
  「……その純情、きっと奇跡ね。一度大学で調べてみたいわ天然被験者としては完璧ね……」

  一様にあたしを物珍しそうにじろじろ見ている。
  一体何なの?
  ……?

  「いいかアリス。シシリーとレノスは出来てる……」
  「よせよせマゾーガ卿。どうせおチビちゃんには理解出来んよ。そう、ある意味で別次元の出来事じゃろうからな」
  「まっ、私はどう認識されていても構わないですし」
  はぁ。
  三人は顔を見合わせ、溜息。
  意味分からないけど、何かのけ者みたいで寂しいなぁ。
  「そ、それでシシリーさん。オフは楽しかったですか?」
  あたしはのけ者空気を払拭すべく、話題を変える。
  シシリーさんはレヤウィンの魔術師ギルドの支部に行っていた。この間の人に会いに行ったのかな?
  「カタールさんに会いに行ったんですか?」
  「カタール? ……ああ、カルタールの事?」
  「そうそう、その人です」
  白馬山荘の近くで話をしていたし、この間レヤウィンでも立ち話していた。
  「あいつなら行方不明」
  「そうなんですか?」
  「死んだ、という噂らしいけどね。……まっ、これでレヤウィン支部は落とせなかったわけだ」

  「……?」
  魔術師ギルドの内情はよく分からない。
  もちろんあたしが関わる事じゃないし口出す事でもないけど。
  「でも、まさかオーレン卿とギルドで会うとは思ってなかったわね」
  「一応、仕事の依頼主には会いに行かんとな」

  「仕事? 魔術師ギルドの?」
  「その通りじゃ緑の嬢ちゃん。おチビちゃんもそう心得ておいてくれ。今回、我々は魔術師ギルドからの依頼を受けた」
  「あの、いつから何でも屋に?」
  「おやおや、おチビちゃん。人から頼られる内が華じゃぞ。特に我々は、危うい立場じゃからな」
  その意味はここにいる誰もが知っている。
  白馬騎士団は治安維持の外郭組織。
  最大の目的はブラックボウの壊滅。既に首領ブラック・ブルーゴは死に、求心力は失墜しブラックボウ傘下の盗賊団の離反
  が相次ぎ、レヤウィン周辺では抗争が勃発している。ブラックボウもが瓦解しつつある。

  つまりあたし達の存在理由も次第に低下しつつある。
  魔術師ギルドと繋がりを持つ事で新しい道を模索しているのだ。騎士団長、気苦労が多い役職なんだろうなぁ。
  「それで何をすればいいんだ? まさか新しい魔法薬の実験台になれと言うんじゃないだろうな?」
  「まさか。緑の嬢ちゃん、クリスタルじゃよ。珍しいクリスタル」
  「クリスタル?」

  言ってる意味が分からない、そういう顔をマゾーガはした。
  あたしも同じ、だけど……それってつまりクリスタルの鉱脈探しか何かかな?
  シシリーさんを見る。
  彼女も見当がつかないらしい。つまり、新しい任務の内容は聞いてないみたい。

  「スドラッサというカジートの魔術師からの依頼なんじゃ」
  「……ああ。あいつ、確かに宝石コレクターだったわね。それで?」
  魔術師内では有名らしい。
  「ギャリダンの涙をコレクションに加えたいと言っておる。そのクリスタルの探索、入手が任務じゃ」

  「ギャリダンの涙、ねぇ」
  半ば嘲りが含められた口調で、シシリーさんは呟いた。
  「それを探すのは何も今回が初めてじゃないわ。今までも、何人も探してきたのよ。逸話、聞きたい?」
  誰に言うでもなく、順々と騎士団の面々の顔を見る。
  シシリーさんは語りだした。
  しかし、あたしは知ってる。
  その内容はあたしが昔から読んでいる本の内容と変わらない。騎士ギャリダンの悲劇。
  「ほぅ」
  マゾーガは感嘆。
  そうだろうね。騎士として、ギャリダンは理想の姿だ。
  ……彼の悲劇的な最後は別にしても。

  「もっと詳しく話してあげたいけど、昔大学仲間と話して覚えているのはこの程度なのよ」
  そう、シシリーさんは締めくくった。
  もっと知りたければ『悲運の騎士』という本を読めとのこと。
  あーあ、残念。
  私物の類はほとんどコロールから持ってこなかった。悲運の騎士も、あたしの本のコレクションの一つ。
  アイレイドの魔術王ウマリルを倒した、勇者ベリナル同様にあたしにとってはギャリダンも英雄だ。
  ……いつかあたしも英雄になりたいなぁ……。

  「まっ、逸話の中でギャリダンに同情したマーラ神が、彼の流した涙に魔法の力を込めた、らしいのよ。それが結晶化したの
  がギャリダンの涙。はっきり言って伝説級。まあ、この間のエヴァースキャンプの杖には劣るけど」
  エヴァースキャンプの杖。
  はぅぅぅぅぅっ。
  あたしは俯く、その場に蹲る。ああ、心が重い。生きるって、とっても辛い事なのー。
  「……あたしの子供達、元気かなぁ……」
  「……シシリー、アリスはまだ立ち直ってないんだからそこに触れるな」
  「ああ、そうだったわね。ごめんなさいね、お母さん。子供達、お腹空かせてないといいけど」
  「……はぅぅぅぅぅぅっ……」

  「……確信犯じゃな。シシリーはタチ悪いのぅ……」
  勢いよく立ち上がり走り出そうとするあたしをマゾーガは羽交い絞めにする。
  「放してぇーっ! ダークファザム洞穴に行かなきゃ、子供達が待ってるのぉーっ!」
  「落ち着けアリスっ!」
  「……完全に狂気の王に遊ばれておるのぉー」
  「……シェオゴラスの呪い恐るべしですわ」






  翌日から、調査が始まった。
  シシリーさんは魔術師ギルド支部から必要な書物や記録を取り寄せ、あたし達脳筋(そこまで自分達を蔑んでいないけど
  シシリーさんの呼称)達はせっせと、その資料をレヤウィンから白馬山荘に運んだ。
  もちろんその間も巡察は欠かせない。
  いつも以上のローテーションで、シシリーさんの穴を埋めるとともにあたし達は働いた。

  ぽろろーん。
  「おおシシリー。一つの事に集中し、没頭する君は美しい。叶うならばその瞳、僕だけに向けて欲しい。それは罪かい?」

  「罪じゃないけど、贅沢ね」
  そう言って顔をお互いに近づけて、くすくすと微笑み合っている。
  仲良き事は美しきかな。
  「すっかり親友だね、二人。性別を越えた親友も、いいよねー」
  『はっ?』
  「な、なに皆?」
  『鈍感な奴ぅ』
  「な、なによぉーっ!」
  意味分からないけど、ムカつく。
  調査だけで二日を要した。その間、巡察中に盗賊団を二つ潰し、レヤウィン都市軍と共同で街道周辺の盗賊の拠点を潰して
  回った。大体把握している街道近辺の巣窟は全て潰した事になる。
  あとは街道から離れた場所にある、拠点ぐらいかな。
  正確には把握してないけど、10かそこららしい。盗賊ブラックボウの本拠地ロックミルク洞窟は無傷で残ってる。
  いずれ討伐対象だけど、まだ早い。
  さて。
  「ふぅ。文献全部読破したわ。意外に悲運の騎士に全部書かれていたわね」

  「でしょ?」
  「アリスのお手柄ね、これは」
  複雑な古い文献読むより、書店に出回ってる『悲運の騎士』を読んだ方がいい。あたしはそう、忠告したのだ。
  大好きな本。
  もちろん、大好きだからといって内容を一字一句全部記憶するほどの頭は持ってなかったけど、かなり詳細に騎士の歩んだ伝説
  が書かれていることを覚えていた。

  だから、参考になると思った。それが見事に当たったわけだ。
  「すごいじゃない、アリス」
  「えへへ」
  「きっと草葉の陰で、あなたの子供達も喜んでるわ。ママすごいって」
  「……草葉の陰で? 草葉の陰で? ……あたしの子供達、生きてるもん絶対に生きてるもん……」
  どよどよどよーん。
  あたし鬱です。
  暗黒の悲しみオーラが、体から出ている気がする。そんな気がする。
  「……だからシシリー、アリスを弄るなって」
  「あら、ごめんなさい」
  「おおシシリー。そんな意地悪で小悪魔な君に、僕はハートを奪われてしまったよ」
  ぽろろーん。
  「あらじゃあ私のハートと交換する? 私のハート返してくれる?」
  ニヤデレのレノス&シシリー。
  何考えてるか分からない、レノスさんの後ろに直立で立ち尽くすヴァトルゥスさんは相変わらず無言。
  「それで、何が分かったんじゃ?」
  「ギャリダン没落の場所。そしてそれに必要なもの」
  場所はフロストファイア凍土。

  必要なのは精製された氷の塩鉱石。
  「フロストファイア洞穴なら知っているが……」
  「その洞穴の奥に、扉があるそうなの。その扉の向こうがフロストファイア凍土。その扉を開くのに必要なのが氷の塩鉱石
  ってわけ。その鉱石、普通に魔術師ギルドで売ってるわ。値が張るけど、この際仕方ないわね。私精製できないし」
  「精製できないとな?」
  「ええ。出来ない。私は魔術師ギルドで有名なエメラルダと違って錬金術に長けてないのよ。だから、無理」
  エメラルダ?
  もしかして……。
  「それって、フィッツガルド・エメラルダさんの事ですか?」
  「驚いた。何で貴女が知ってるの?」
  「その、以前助けてもらったんで」
  「ふーん」
  戦士ギルド云々は話さない。
  あたしは一応、身分を隠して騎士になり、ブラックウッド団を監視する任務を帯びている。
  騎士仲間の皆になら話しても支障はないけど、秘密は秘密であった方がいいのだ。洩れる心配がないから。

  「フィッツガルドさん、お元気ですか?」
  「さあ? 師匠は違うし、お互いにそれほど面識ないのよ。それに向こうはアルケイン大学の評議長にしてアークメイジの
  ハンニバル・トレイブンの養女で次期後継者候補。軽々しく会えないわよ」
  その言葉の中に『別に会いたいとも思わない』とはっきりと込められているのに気付いた。
  魔術師ギルドの内幕も複雑なんだなぁ。
  「ともかく、遠征じゃな。白馬騎士団、出るっ!」
  『はい』

  目的地はフロストファイア凍土。
  目的のモノはギャリダンの涙。
  目的進路は北、ブルーマ方面。

  白馬騎士団初の大遠征、白馬騎士団出撃ぃっ!







  ブルーマ。
  北方都市。
  フロストファイア凍土、という名称があるだけに、完全に極寒の地。
  あたしはこの近辺、初めて来た。
  ……。
  そりゃそうよね。つい最近までコロールからも出た事なかったのに。……ううん。出してもらえなかった。
  叔父さんもあたしを信用してくれたのかな?
  そろそろ一人前だって。
  うん。きっとそう。
  今回のレヤウィンへの出向だって、叔父さんの指示だもの。あたしも、一人前だ♪
  「盗んだ軍馬で走り出すー♪」
  名曲『十五の夜』を歌いながら、あたしは行軍。
  ……。
  はぅぅぅぅぅぅっ。
  行軍だって行軍。くっはー、まさに騎士っぽい響きですなぁー♪
  「元気ね、貴女」
  「ええ。雪って綺麗ですねぇー♪」
  皆、小刻みに震えている。
  雪国だから当然防寒着を着込んでいるものの……それだけ着てまだ寒い?
  平気なのはあたしと、北方出身の種族ノルドであるヴァトルゥスさんのみ。別にダンマーは雪国仕様じゃないけど、あたしは寒い
  の意外に平気だなぁ。

  「マゾーガ。鼻水、凍ってるよ?」
  「そ、そうか」
  「……? そんなに寒い?」
  「さ、寒いというレベルかこれ?」
  「……?」
  「て、天然で色恋鈍感だと、寒さにも鈍感なのか?」
  ガチガチ震えながら何か喧嘩を売っているマゾーガ。
  「喧嘩売ってるの?」
  「しゃ、喋らないと死にそうなんだ気を紛らわせているんだ」
  そんなものか。

  ヴァトルゥスさんはブルーマ出身らしく、地理に明るい。先頭に立ち、あたし達を導く。
  それでも何度も立ち止まり地図を確認しながら歩く為に、またあたしとヴァトルゥスさん以外が寒さに弱い為に速度は上がらず
  に遭難寸前の危ない旅になりつつも、ようやくフロストファイア洞穴に到着。
  内部は風が通らず、生暖かい。
  「た、助かったの」
  今まで寡黙だったオーレン卿は払いながらそう呟き、燃える物を探す。
  パチパチパチっ。
  誰が言い出したでもなく、率先して燃える物……木の残骸とか冒険者が捨てた壊れた木製の盾とかを燃やして焚き火。
  暖を取りながらシシリーさんが言う。
  「問題は、ガーディアンね」
  「ガーディアン?」
  「ギャリダンの涙、実在してるか知らないけど……まさか宝箱に丁重に収めてあるはずがない」
  「涙ですもんね」
  「……なるほどのぅ。あるとすれば……地べたに落ちてるというわけか」
  「伝承によれば、結晶化してクリスタルとなり落ちている」
  ガーディアンとの戦闘の際に壊れる恐れがある、わけだ。
  確かにそうかも。
  うぅむ、と騎士団長は悩み、出した結論は、至極妥当な事だった。
  「囮じゃな」
  それしかない。
  一同、頷く。
  引き付けて戦闘、その隙にクリスタルを手に入れる。ただ問題はクリスタルが目視出来るかどうか。
  だって涙が結晶化したものよ?
  サイズを考えれば、分かるでしょう?
  そう大きいものではない。そうなると見落とす可能性だってある。
  「それで、そろそろ初めないか? レヤウィンの気候も好きじゃないが、ここに留まるよりはよっぽどいい」
  マゾーガが促す。
  オーレン卿は大きく頷いた。
  作戦、開始っ!





  洞穴の奥に、凍りついた扉があった。
  その扉を給料三ヵ月分つぎ込んで購入した『氷の塩鉱石』を使って開門。

  必要経費として、シシリーさんが後で請求するみたいだけど。
  洞穴を抜けると、外だった。
  正確には、ドーナッツ型なわけよ。つまり周囲を岩窟に囲まれてる。その中心が、フロストファイア凍土。
  外気は凍て付く空気。
  しかし、この寒さは異常。あたしも寒いし、ヴァトルゥスさんですら震えている。
  その他の面々?
  ……洞穴に逆戻り。使えない連中。
  ……で、結局……。
  「はぁっ!」
  あたしの黒水の剣が一閃。
  キィィィィィィィィィンっ!
  その刃は、氷に弾かれる。正確には動く氷。さらに正確には、それは氷の精霊。
  これこそがここに居座るガーディアンの正体。

  「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ」
  「やばっ!」
  冷気の塊を投げつけてくる。
  あたしは回避する。
  まともに受けたら、問答無用であたしは凍るだろう。魔法が使えれば、炎の魔法が使えれば問題ないんだけどあたしは魔法
  の類は使えない。結局、剣で斬り付けるしかないんだけど剣が通らない。
  鋼鉄か、それ以上に硬い。
  あたしは氷の精霊を誘導しながら、戦い、戦っては引いて、引き付ける。
  その隙にヴァトルゥスさんは凍土の中心にある氷塊に張り付いている『ギャリダンの涙』というクリスタルをゲットしている。
  本当に涙の形。
  ただ涙が凍ってる、わけじゃなくてシシリーさん曰く神様の力が込められるているしい。

  何となく理解出来る気がする。
  それは神々しかった。
  氷塊の中にはギャリダン、そして氷のガーディアン。今襲ってる奴とはまた別物。
  凍った様を見る限り、どうもギャリダンは追い込まれていたらしい。武器を所持していなかった。つまり戦闘中に落した。
  そして『永遠の水差し』がその際に壊れ、水が大量に噴出し、その水がギャリダンと氷のガーディアンを包み込む形で凍り
  ついた。それが真相だろう。

  ……で、それを確認した後に、襲われたわけよ。
  「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ」
  放たれる冷気の塊を避け、避けながらも間合いを詰めて……。
  「はあっ!」
  渾身の一撃。
  繰り出す突きは氷の精霊の胸元を貫いた。

  ガンっ!
  「……っ!」
  しかしそのままあたしは意識が暗転、気付けば目の前に空がある。
  ……あたし、倒れてる?

  氷の腕で殴られたらしい。骨は……折れてない。
  腰は強く打ったけど。痛い痛い。

  「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ」
  「やばっ!」
  慌てて立ち上がり、逃げる。冷気の塊を何とか避け……というか逃げる。逃げる。逃げる。
  やりづらい。
  相手が人間なら血は出るし、胸元貫けば死ぬ。つまり攻撃加えれば状態も分かるし弱点も分かる。どこを突けば死ぬかも
  丸分かりだけど元素系の敵は分かり辛い。
  攻撃が効いてるかすらも。

  決定打に欠ける。
  「……ああ、そうかっ!」
  簡単じゃないのっ!
  氷の精霊はあたしを見つけ、飛び掛ってきた。辛くも避けて、あたしは洞穴に方に走る。
  「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ」
  吼え、びゅんびゅんと冷気を投げつけてくるものの当たるほど馬鹿じゃない。狙って放つ程度の知能はあるみたいだけど、こう避
  けるだろうからこう動くだろうから、という見越しは出来ていない。

  避けながら、洞穴の出入り口に到着。
  「シシリーさんっ!」
  「よく考え付いたわね。偉い偉い。……炎の閃きっ!」
  そして。
  洞穴内から炎の魔法が放たれた。

  元素系の敵は倒しづらい。でも、弱点全開丸出し状態だから、対処魔法さえ使えれば問題ないのだ。
  断末魔は聞えなかった。
  「びくとりー♪」
  あたし達の勝利だ。






  その後?
  その後の事は、特に話す事はない。特に問題はなかった。
  ギャリダンの涙を依頼人であるスドラッサに渡し、報酬を得て、今後はレヤウィン魔術師ギルド支部が白馬騎士団の後援となる
  事を約束してくれた。

  これで盗賊ブラックボウ壊滅しても、すぐには仕事にあぶれる事はないだろう。
  ……多分。
  「ふぅ」
  あたしは、白馬山荘に戻ってからずっと考えている事がある。
  英雄の定義とは、なんだろう?
  ギャリダンは後世に称えられる、英雄だ。そこはあたしも認めるし、憧れている。
  英雄。
  それは偉業をなした者に与えられる称号であり、自らの命を顧みずに誰かの為に戦った者の、例えそこで朽ちて果てても誰かの
  為に剣を振り続け者に対する追悼の為の、称号でもあり墓標なのだ。
  あたしは思うのだ。
  英雄、それは特別な称号?
  白馬騎士団の皆も命懸けで誰かの為に……もちろん打算もあるけど、誰かの為に生きてる。
  既にあたし達は英雄なのかな?

  あたしは思うのだ。
  英雄なんて言葉にこだわらなくても、人は救えると。
  英雄なんかにならなくても人は、救える。

  ……人は……。
  「アリス、飯だぞ。早く来ないと全部食っちまうぞ」
  「や、やめてよマゾーガ」