天使で悪魔
英雄の血族
「はあっ! やあっ! はあっ! やあっ!」
気合裂帛。
英雄たる者、常に丹念は必要だ。……もちろん、将来英雄の、現在は英雄志望だけど。
あたしの名前はアイリス・グラスフィル。愛称はアリス。
出生地はモロウウィンド。
ダークエルフの生産地(?)。通称ダンマー。
世間一般的にダンマーは天邪鬼と思われている。まあ、それも当たってるけど。
しかし人間千差万別。
あたしは英雄志望。冒険小説さいこー♪
「はあっ! やあっ! はあっ! やあっ!」
コロールの空に剣戟が響く。
コロールの街に気合が響く。
剣を振るうには今日は絶好な日和。コロールは穏やかな街であると同時に戦士ギルドの総本山の街。
戦士ギルド。
各地を旅する冒険者達に依頼を斡旋したりする一方、所属メンバーも各地のゴタゴタを解決する為に奮闘
する、ある意味で治安維持の為の集団。自警団的な存在、とも言えると思う。
特にここ、コロールにおいてはその傾向が強い。
領主である伯爵夫人の考え方なのか。
衛兵達がただ単純に怠け者なだけなのか。
ともかく、コロールでは衛兵が積極的に働かないと言うのが、情けない話だが街の常識となっている。
その為に戦士ギルドの需要はここでは特に高い。
それにただの組織ではないのだ。
帝国元老院のお墨付きをもらっている、権威ある集団。それが戦士ギルド。
……惜しくも最近、陛下は暗殺されだけど。
……黙祷。
皇帝や帝国はモロウウィンドを侵略したからある意味でダンマーにおいては憎まれモノ。しかしあたしは別にそこ
まで感情的になる事はない。あまり故郷の事は知らないし。
叔父であるオレインに引き取られて十年。
生まれはモロウウィンドでも育ちはシロディールだ。だから皇帝にもさほど偏見はない。
叔父は英雄の血族。
尊敬してる。
そしてあたしも、その血を受けている。たくさんのご先祖様の英雄談をいくつも聞いてるし、冒険小説好きも高じて
いつしか自分も英雄になりたいと考えているようになっていた。
お洒落をするよりも鎧を。
街を歩くより剣の稽古を。
あたしは『英雄の血族』という事を誇りに、若干18歳であるものの準戦士ギルドメンバーとして活動してる。
熱血っ!
勇気っ!
友情っ!
この三つが揃えば何も怖くない明日はどっちだ夕日に向ってゴー、なのだ。
アイレイド終焉の立役者である勇者ベリナルのように、あたしもいつか勇者と呼ばれる存在になりたい。
そう、いつしか夢想していた。
コロール。戦士ギルド本拠地の建物。
各都市に拠点はあるものの、当然ここは一等上に見られている。事実、ここで任務を受けられるのは一握りだ。
ギルドマスターがいる地。
それがコロール。
「叔父さん、呼んだ?」
「叔父さんはよせ、ここではな」
モヒカンヘアなのが、あたしの叔父。オレイン・モドリン。
一流の戦士であったが近年、引退。主に新人の育成と教育、そしてギルドの事務的な補佐をしている。
立場的にナンバー2。
小さい頃に親類である叔父に引き取られ、この街で暮らしてきた。
剣術の手ほどきをしてくれたのも叔父だしギルドの仕事を回してくれるのも叔父だ。もちろんあたしは駆け出しだから
ヒツジを狙う狼退治とか野菜泥棒(猪)の退治とか、あまり大きな仕事は回してもらえない。
でも落胆はしていない。
どんな英雄も勇者も、最初はお使いイベントをこなしスライムにも苦戦したりするものだ。
そしてそれを越えて初めて頂点に立てるのだ。
いつか魔術王ウマリルを倒した勇者ベリナルのように勇敢になりたいなぁ。
……ううん。
必ずなって見せるわ、目指せ騎士っ!
ファイトファイトっ!
「……うふ、うふふふ……」
「おいアリスっ!」
「は、はひぃっ!」
「お前また、妄想に浸ってたな。……あのな、英雄になる前にお前はただの精神病一歩手前だぞ」
「あぅぅぅ。叔父さん、その言い方世間的に回すよ偏見全開だし」
「まあいい。そろそろお前もマシな任務に就いたほうがいいと、ギルドマスターも言っていた」
「ほ、ほんと叔父さん?」
「本当だ。だが、ここで叔父さんはやめろ。……で、近々正規メンバーとして向かえる予定がある」
「ひゃっほー♪」
「……やれやれ。慎みがないのか、相変わらずお前は」
ギルドマスター、ヴィレナ・ドントン。
メンバーを息子&娘として愛してくれる、賢母。彼女自身剣の使い手であるものの叔父さん同様に既に現役
を退いている。最近、長男を任務で失って傷心だけど……大丈夫かな?
この街に住むようになってからのあたしの母親的な存在だったし、心配。
「そこでアリス、任務がある」
「はい、叔父さん」
「だから……まあ、いい。任務を言う。帝都に行け。波止場地区だ」
帝都の波止場地区。
帝都かぁ。考えてみればコロールから離れた事ないなぁ。
世界中の物産が集まる場所。帝都。きっと見た事ないような武器や防具があるんだろうなぁ。
そう考えると、今すぐ行きたいぐらい。
「任務は簡単だ。話し合いで終わればな」
「話し合い?」
「今、帝都波止場地区には一隻の海賊船が停泊している。今のところ、罪は犯していない……帝国の知ってい
る限りの情報ではな。しかし近隣の住民は恐怖を感じている。そこで退去を申し入れる住民達を護衛せよ」
「あたし1人で大丈夫?」
「自信はないのか?」
「そうじゃないよ、叔父さん。あたしは英雄の血筋の誇りの為に逃げないよ、話し合い拗れても踏み止まって戦う」
「待て待て待て。まだ準ギルド員であるお前にそんな重い仕事任せられるか。このど素人め」
「……?」
「お前は住民達の護衛だ。決裂したら護れ。しかしだからと言って1人で背負い込む事はねぇだろうよ。帝都軍だ
って馬鹿じゃない。騒ぎが起これば介入してくる。お前は、圧しを効かす為に側にいればいいんだよ」
「……ああ、そうか」
「ただ船長のガストンは気の短い人物らしい。そこは、気をつけろ」
「分かったわ。叔父さん」
初めての任務。
今までの露払い的な任務ではなく、普通にギルドメンバーが受けるような、責任感の高い任務。
責任重大だ。
私は愛用の鋼鉄製のロングソードを腰に、叔父とお揃いの鉄製の鎧を着込んで帝都に向う。
夢は英雄。
その為にも、実力、名声を高めなくちゃ。小さい事からコツコツとね。
そして騎士になろう。
英雄の定義は様々だけど、今のご時世世界制服を企む魔王なんていない。だから今現在最大の目標は騎士。
騎士も英雄の一つ。
騎士の中の騎士を目指そう。叔父さんが、びっくりして、そして褒めてくれるだけの騎士に。
「あたしの騎士への道が今、開ける」