天使で悪魔






血の代価






  得たいのであれば代価を置いていけ。
  さもなくば……。






  帝都の地下。
  人立ち寄らぬ下水道の最果てにある吸血鬼の酒場B&B。
  シロディールでもっとも広大で繁栄している帝都の地下深くにその酒場は存在している。そしてあたしがバーテンさんに連れて行かれたのはさらに最奥。
  闇の領域。
  当然ながらここには帝都の法なんて存在しないし届かない。
  さながらここは吸血鬼の国。
  「どうぞお入りください」
  「どうも」
  通された部屋は薄暗く死体安置所のようだった。
  息苦しい。
  部屋の中央には小さなめの四角いテーブルが置かれている。
  椅子は3つ。
  2つ並び、1つはテーブル越しの向こう側。
  その1つにシャルルさんが座っていた。
  あたしも座る。
  一礼してバーテンさんは部屋を後にした。
  残されるあたし達。
  何なんだろ、この部屋。
  「血の匂い」
  呟く。
  部屋に血の匂いがした。
  充満してる。
  ……。
  ……ううん。正確には染み付いている。
  壁に、床に。
  鮮血の臭いが染みついている。
  テーブルの上にナイフが置かれているのに気付いた。そのナイフにも血の匂いがこびり付いているのを感じる。
  ただ血塗られているのかは分からない。
  薄暗いからほとんど何も見えていない状態。
  「シャルルさん、ここは何なんですか?」
  「会合の場所ですよ」
  「会合?」
  「会合」
  そう言って再びシャルルさんは沈黙する。
  薄暗いけどすぐ隣にいるので表情は分かる。相変わらず涼しい顔をしてる。
  あれ?
  よく見るとシャルルさんは右手をローブの袖の中に入れているのに気付いた。
  「シャルルさん、あの……」
  「フォルトナさんは血の匂いは平気ですか?」
  「えっと」
  答えれなかった。
  別に答えてもいいんだけど、答えるとあたしの前歴を披露しているみたいで嫌だった。
  平気といえば平気。
  好きじゃないけど。
  そんなことを考えながらあたしはここは似てると思った。
  クヴァッチ聖域に。
  嫌だな、この感覚は。この場所は好きじゃない。
  それに何の意味があるんだろ。
  「シャルルさん、結局どういうことなんです?」
  「情報収集ですよ」
  「情報収集」
  「そうです。フォルトナさんも深紅の同盟の情報を得にここに来たんでしょう? ……ああ、今は消息を絶った仲間達の足取りも探していたんですよね」
  「ここで何らかの情報が手に入るんですか?」
  「ええ」
  彼は頷く。
  「お酒を飲んでいる面々にお酒奢ったりしながら聞き込みしたり店の関係者と話すよりは手っ取り早いですよ」
  「どうして言ってくれなかったんです?」
  こういう方法があることをシャルルさんは教えてくれなかった。かといって秘密にしていたわけではなく、今あたしはこの場に同席してる。
  もう仲間じゃないから秘密主義?
  そうかもしれない。
  ただ、シャルルさんは頭が良いから何かの思惑があってあえて言わなかったのかもしれない。それは立場とか組織とか関係なく、言えば厄介になるから?
  うーん。
  あたしには頭の良い人の考えることはまるで分からない。
  「言わなかった理由、ですか?」
  「はい」
  「焦らす方が楽しいからです。僕は放置プレイは大好物なんですよ。はあはあ☆」
  「……」
  そうでした。
  こういう人でした。
  うにゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああふざけた人だったのを忘れてたーっ!
  最後に別れたのは敵として。
  黒の派閥と名乗ってた。
  だから。
  だからクールで人当たりが良くて好感度があるけど実は敵の幹部、という印象になってた。
  誤りでした。
  この人は基本的にいつでもどこでも味方だろうが敵であろうが、ふざけた人です。
  あうーっ!
  「そういえば読んでくれました? あの本」
  「鬱になりそうな内容でしたけど」
  「感想は?」
  「感想、まあ、精神破綻者的な内容でした。現実と妄想の狭間にいるような感じの内容かな」
  「では大丈夫ですね」
  「……?」
  「さて雑談は終了。今からフォルトナさんは喋らないでくださいね」
  「はっ?」
  相変わらず意味不明な人だ。
  「僕がこれから何をしてもフォルトナさんは口元を押さえて悶えるだけ。声を上げたらお仕置きですよ? ……はあはあフォルトナたん☆」
  「……」
  相変わらず……変態な人だ……。
  知的で冷静な人だと憧れた時分もありました(汗)
  でも今は?
  ただの変態と判明っ!
  世の中って残酷なんですね、フィーさん。
  あうーっ!
  「血の代価って、じゃあ、合言葉みたいなものなんですか? ここに通される為の?」
  「そのようなものです」
  「ふぅん」
  「さてと。お話はここまでです」

  「……そろそろ本題に入ろうかのぅ……」

  「……っ!」
  思わず声を上げそうになる。
  テーブルの向うの椅子の上にわだかまる闇があった。それはゆっくりと人の輪郭をかたどり、やがて漆黒の法衣を纏った人物へと変じた。
  目深まで被った漆黒のフード。
  その下の顔をあたしは見てしまった。
  「……」
  シャルルさんの言い付け通りあたしは声を出さない。
  その意味は分からないけど、警告だとあたしは受け取ってる。
  だから声を出さない。
  漆黒の法衣の人物の口調は老人。しかし正確な年齢は分からない。既に老人というレベルの顔ではない。
  シワが深く、頬は痩せこけていた。
  口元に伸びる牙。
  吸血鬼だ。
  美醜を判断するのはあたしの趣味じゃないけど……何て醜いんだろ。ほぼ骸骨のような痩せ具合。
  栄養状態が悪いのかな?
  シャルルさんが慇懃に会釈した。
  「お初にお目に掛かれて光栄です、吸血王殿」
  「ワシのことをどの程度知っておる?」
  「帝都における吸血鬼の元締め。シロディールで自らを吸血王と称した吸血鬼は多い。セリデュール、ジャックベン・インベル、ストーカー。しかし真なる吸血王は
  あなた、と聞き及んでいます。そもそもシロディール中の吸血鬼のルーツを辿ればあなたに辿り着くとか。あなたは始祖吸血鬼かと。そうそう、あと補足です」
  「ふむ?」
  「アズラ信者達によって倒された吸血王ドラティックはあなたの妹の旦那さんでしたよね」
  「よく調べたものじゃな」
  「助力を得るにはまず敬意が必要ですから」
  「若いのに感心じゃな」
  「ありがとうございます」
  やっぱりシャルルさんは交渉術が得意なんだなぁ。
  尊敬です。
  ……。
  ……あとは変態じゃなきゃ完璧なのに……。
  あうーっ!
  それにしても……。
  「シャルルさん、始祖吸血鬼って……」
  「しーっ。ヴァンピールによって感染させられたら初期の人間って意味ですよ。お口はチャックで閉じててください。お口はミッフィーですよ、フォルトナさん」
  「はっ?」
  ミッフィーって何だろ?
  小声で呟くと小声で怒られた。
  ちょっと気になっただけなのに(泣)
  アイレイド文明の暴君の1人である黄金帝は配下のアイレイドエルフ達の肉体を強化する為に人体実験をした。その結果生み出されたのがヴァンピール。
  ヴァンピールは身体能力が強化されてたいものの1つだけデメリットがあった。
  それは病気。
  正確にはヴァンピール自身には何の意味がない病気。
  つまり無症候性キャリア。
  元々ヴァンピールを作り出す為の菌であり、元になった素体のアイレイドエルフが感染した場合はヴァンピールになる。ただしそれ以外の種族が感染した
  場合は太陽光や吸血行為等のデメリットを持つヴァンパイアとなる。つまりシロディールにいる吸血鬼は出来損ないの未完成体、という意味になる。
  この老人はヴァンピールによって感染した昔の存在らしい。
  そういう意味で始祖吸血鬼、らしい。
  納得です。
  「改めて名乗ろう。ワシの名はバイアス・ヴラド。お前たちは……」
  「あたしは……」
  「フォルトナ、であろう? 闇の一党ダークブラザーフッドに所属、クヴァッチ聖域に在籍、暗殺者として人生の大半を操られるもフィッツガルド・エメラルダに
  よって救われ今に至る。冒険者チーム<フラガリア>のリーダー。一時期はフロンティアにいたが……しばらくは……ふむ、足取りが不明じゃな」
  「ど、どうしてあたしのことを?」
  調べた?
  だけどここに来たのはさっきだ。
  調べるには時間が足りない。
  「わざわざ血の代価を増やさないで欲しいですね、吸血王殿」
  「久方の美味であったのでな。腹が空いたのだ」
  「悪い癖です。……フォルトナさんは何も喋らないでください。いいですね?」
  「でも……」
  「いいですね?」
  強い口調。
  シャルルさんにしては珍しい事だ。
  あたしは頷く。
  「結構です。さてフォルトナさんの疑問は解決してあげますよ、僕がね。ここにいる吸血王殿にとってネズミ、イヌ科の動物、蝙蝠は目であり耳であるんですよ。
  地下深くのここに君臨しながら彼はシロディール中を知ることが出来る。これで僕がここに招いた理由がお分かりですよね?」
  「はい」
  なるほど。
  以前あたしが探していたサヴィラの石と意味は一緒だ。あの石は千里眼の水晶と呼ばれ全てを見通す力があるらしい。
  この吸血鬼にはそれと同じような力がある。
  もっとも根本は違うけど。
  生きてること?
  そうじゃない。
  根本的に違うのは能力の差だ。あくまで吸血王は眷属の動物がいるところしか見れない。必然的に見えない場所もたくさんある、穴だらけ。
  それでも役に立つのは確かだ。
  そうかシャルルさんはそれであたしをここに連れてきてくれたんだ。
  もちろん彼は彼の目的でここに来たんだけどね。
  当然それでもいい。
  シャルルさんは黒の派閥の命令で深紅の同盟の調査に来ている。あたしの仲間達はその組織を調査中に消息を絶った。
  利害は一致してる。
  吸血王の話はお互いに意味のある情報になるはず。
  「さて吸血王殿。深紅の同盟についてお教えいただけますか?」
  「連中の何が知りたいのかな? 何を企んでいるかは知らぬがデュオスの手下がこのワシに頭を下げに来るとは……」
  「あー、質問の前に1つだけ忠告を」
  「何じゃな?」
  「我々の組織についての詮索はなしです」
  「まっ、よかろう。ここ数百年まともに血も吸わず、ここ数十年は血の代価を支払う者もいない。故に我が眷属以外とは会っておらぬので喋りたくて仕方なくてなぁ」
  「深紅の同盟についてお教え願います」
  「よかろう」
  また血の代価。
  ここに通る前に特製のカクテルとか言ってたけど……一体何なんだろう?
  面会する為の合言葉?
  うん。
  それはそれで意味としては当たってるとは思う。
  だけどより純粋に話を聞く為の代価ってこと?
  あたしの疑問をよそにシャルルさんは話を続ける。あたしにとっても大切な情報だからちゃんと聞かないと。
  意識を集中。
  「連中は何者ですか?」
  「レディ・レッドと名乗る奴が仕切っておる。何者かは知らん。連中は帝都地下に存在するアイレイドの遺跡に陣取っているが我が目我が耳が入り込む
  余地はない。故に首魁が女なのか吸血鬼なのかも分からぬ。だがその場に陣取っているのは確かじゃ。我が力が及ばぬのはそこだけなのでな」
  「連中の目的は?」
  「連中はワシにとっても目の上のタンコブでな。シロディール中の眷族を動員して情報を集めてはおるが皆目見当も付かぬ」
  「繋がりはないですよね?」
  「ワシとか?」
  「ええ」
  「ありえんな。むしろ消したいと思うておる」
  「連中の数は?」
  「自我の崩壊した吸血鬼は数百はいるだろう。自分が誰かも分からぬ獣どもじゃよ。シロディール中の旅人や帝都軍巡察隊を襲っては数を増やしておる。
  どういうネットワークを築いてそこまで大勢力になってたのかは知らんが数だけならワシの食い散らかした連中より多いじゃろうな」
  「深紅の同盟の拠点となっているアイレイドの遺跡の場所は?」
  「この酒場よりもさらに下層にある。一昔前の皇帝の脱出口に使われた遺跡とは別物じゃが、そこと繋がっておる」
  「なるほど」
  頷くシャルルさん。
  色々と興味深いのはあたしも同感だけど……情報がお粗末な気がするのは気のせいかな?
  帝都の闇を支配しているんだぜー、敵な感じな吸血鬼なのに。
  情報を出し惜しみしている?
  そんな気がした。
  シャルルさんは気にしないかのように淡々と続ける。
  「最近連中に大きな動きは?」
  「夜になると上に這い出して獲物を求めておるな。この酒場の周辺にも獣どもがウロウロしている時がある。眷属に蹴散らせているがのぅ」
  「いえ地下で大きな動きです。フラガリアという冒険者チームと交戦したはずですが?」
  フラガリアっ!
  チャッピーたちの情報っ!
  「さてのぅ」
  「知ってることを教えてくださいっ!」
  「……ほう?」
  あたしの叫びに吸血王は楽しそうに口元を歪めた。対してシャルルさんは非難するような口調。
  ううん。
  非難している。
  何故?
  「喋るなと言ったはずですよフォルトナさんっ!」
  「黙るがよいデュオスの犬。さて小娘、それはワシに対して情報を求めておるということじゃな? 血の代価を支払うということじゃな? よかろう、承認しようっ!」

  バッ。

  その時、シャルルさんが動いた。
  吸血王に掴みかかろうとした。
  動作を見越していたかのように素早く吸血王はテーブルの上に無造作に置かれていたナイフを手に取り、そのままナイフをテーブルに突き刺した。
  シャルルさんの左手を貫いたまま。
  「くぅっ!」
  「シャルルさんっ!」
  「騒ぐな小娘。この者はワシとお前の契約の邪魔をしようとした。故にお仕置きをしたまでじゃ。さて契約の話に移るとしよう」
  契約?
  どういう意味?
  部屋にシャルルさんの苦悶が響くけど吸血王は意にも介さない。
  あたしを見てる。
  あたしだけを。
  「全てに代価は存在する。情報の代価、それは血の代価。それを支払った時、ワシは支払った者に対して情報を提供する。契約じゃ。お前はワシに質問し
  たな? しかしまだ代価は支払われてはおらん。質問した以上は支払ってもらおう。それがここのルール」
  「血の代価」
  「そう」
  シャルルさんの右手を握ると彼はそのまま袖を捲った。
  あたしは息を飲む。
  手首がない?
  「情報の代価として手首を差し出せ」
  「……っ!」
  あたしは立ち上がり……。

  ジャラ。

  「えっ!」
  鎖で繋がれてるっ!
  両手と両足を鎖で拘束されている。椅子に座ったまま動けない。
  吸血王は笑った。
  「ワシは血液の摂取を断っておる。命を繋ぐ最低限の血液以外をな。吸血鬼とはな、血を飲まぬほど強いのじゃよ。他者の血液を摂取すれば血の乾きは消える。
  その原理は何故か知っておるか? 体内の吸血菌が他者の血で薄まるからじゃ。その瞬間吸血鬼としての能力も薄まる。ワシは意図的に血は吸わぬ。故に」
  「くっ!」
  「故にワシは外法使い並にこの世界の法則を無視することができるのじゃよ。さて人形姫よ。ワシはお主を今までずっと見ておった。その血が飲みたくて飲みたくて
  仕方なかった。そして今お前はここにいる。この後はここに拘束し家畜として飼ってやろう。ワシに血を与え続けるだけの家畜としてな」
  「魔力の糸よっ!」
  例え拘束されていようとも指が振るえれば魔力の糸は放てる。
  寸分違わずに奴の眉間に……。
  「悪いがこの身に魔法など効かぬよ。無駄な抵抗はせぬことじゃ。……さて、頂くとしようかのぅ」
  奴が近付いてくる。
  口が近付いてくる。
  牙が近付いてくる。
  そして……。