天使で悪魔
B&B
世界には多種多様なコミュニティがある。
「ここですよ」
シャルルさんに連れられてやって来た先には頑丈そうな鉄の門扉。
黒光りする鉄製の扉には<B&B>と刻まれている。
帝都の地下にある下水道のどこかに存在するという吸血鬼の酒場<B&B>。盗賊ギルドと同じように帝都市民からは都市伝説だと思われている。
だけど実際存在する。
現にあたしの前にその扉はあった。
チャッピー達はまずここから情報集めをした、少なくとも別れる際にはそのように話してた。ここでなら仲間の行方が分かると思う。
足取りぐらいは分かると思う。
そもそもの目的は深紅の同盟の情報収集、それは分かってる。それが依頼。
ただ、仲間の足取りを追うことでおそらくはその謎の吸血鬼組織の大まかな全容ぐらいは分かると思う。チャッピー達はそれを追って行方不明になったのだから。
扉に刻まれた文字を改めて読む。
「B&Bって何の略だろ」
「おやフォルトナさんは知らないで来たんですか? ツルペタなだけありますねぇ」
「関係ありませんっ! それにまだ発展途上国なだけですっ! 今から立派な大国になるんですっ!」
「意味不明な力説どうもありがとう」
「あうっ!」
相変わらずだなぁ、シャルルさん。
アーケイの司祭で冒険者。フラガリアって名前を付けたのもこの人だしずっとフラガリアの頭脳だった人。あとガメツイ会計士(笑)
異世界カザルトでの1件で実は黒の派閥の1人だと判明。
……。
……黒の派閥って組織の意味があたしにはよく分からないけど(汗)
敵対してないし関わってないし。
ただ帝都転覆を謀る反政府組織だってことは分かってる。
彼がカザルトを目指した理由(正確にはフロンティアで冒険するように仕向けた理由)は魂を食らう魔剣ウンブラの入手。その為にあたし達の力を利用した。
もちろん完全な悪人じゃない。
思想の違いだ。
決別はしたけど敵対はしてない。
少なくとも今のところは。
あの時はシャルルさんに対しての憤りが強くて嫌悪してたけど、時間が経った今はあの時ほど反感はない。
かといってもう仲間じゃない。
そう。
あの時笑いあった仲間に戻れないのをあたしは知ってる。
「そ、それでどういう意味なんです?」
「BUST&BOINという意味です。巨乳クラブですよ、大人のサービスしている会員制高級クラブです。そうそう、貧乳を巨乳する修行も出来るようですよ」
「本当ですかっ!」
「嘘です☆」
「……」
そうでした。
こういう人でした。
相変わらず掴み所がないなー。
「BLOOD&BARの略ですよ。おそらく知っていると思いますけど吸血鬼のコミュニティです。ところでルールは知ってます?」
「ルール?」
「知らないようですね」
「はい」
「まず女性は上半身裸でいること。下着の着用はルールで認められていません」
「……嘘でしょ?」
「いやぁフォルトナさんの疑り深さは相変わらずですねー」
「魔力の糸ーっ!」
指から放たれる魔力の糸でシャルルさんを絡め取る。
あたしの力は切断だけじゃない。
拘束も出来る。
「な、何するんですかーっ!」
「あんまりふざけると細切れにしちゃいますよ? ……もう仲間じゃないんだし、実行してもいいですよね?」
「すいませんでしたっ!」
「よくできました」
魔力の糸を消滅させる。
解放されたシャルルさんはやれやれと首を振った。
「ふぅ。最近災難続きですよ」
「最近?」
何のことだろ?
「アルディリア迷宮編に飛び入り参加したと思えばこの世界の神の気まぐれのお陰で頓挫。なかった方向にシフト。お陰で僕は要らない子扱いです」
「……?」
「ああ。訂正。なかったことに、ではなく解決したという流れです。僕はアルディリアを生き延びたって設定ですね。魔王ヴァーミルナ、恐ろしい相手でした」
「……?」
意味分からないなぁ。
シャルルさんもこれ以上説明するつもりがないのか溜息。
本当に意味不明。
うーん。
「ええっと何の話……ああ、ルールの話でしたね」
「はい」
「店内ではバトル禁止です。吸血鬼も吸血行為は禁止がこれはフォルトナさんには関係ないですね。店内には賞金首もいますし冒険者もいます。経営してい
るのは吸血鬼ですし吸血鬼の溜まり場ですけど人間もたくさんいます。ともかく何を見ても必要以上に驚かないことですね」
「分かりました」
「フォルトナさんは飲み込みが早くて助かります。しっかしトカゲさんは相変わらずフォルトナさんに心配を掛けるんですねぇ。カザルトの時もそうでしたね」
「ファウストの時ですね」
「そうそう」
誘拐されたチャッピーを追ってあたし達は異世界カザルトに向った。
懐かしいな。
色々とあったけど、やっぱり懐かしい。
「じゃあそろそろ入りましょうか」
「はい」
「あー、忘れてました。もう1つのルール……いや、心得ですね」
「心得?」
「情報以外は誰も信用しないことです。この酒場の吸血鬼達は嘘は言いませんが、人柄は保証できませんからね」
そう言って彼はにっこり微笑んだ。
そうかぁ。
物騒な場所なんだな。
あたしは決意を胸に扉を開いた。
B&B。
吸血鬼が運営する地下の酒場。シロディールで唯一吸血鬼が運営する酒場、らしい。
帝都の闇に生きる犯罪者達も多く屯する場所なので必然的な裏世界の情報が数多く集う場所。客の割合は人間半分、吸血鬼半分と吸血鬼のコミュニティとしては
かなりオープン。シャルルさん曰く、お金を払うのは吸血鬼でも人間でも構わないというのが運営側の本音らしい。
そうだね。
お金はお金だから妥当だと思う。
ただ運営側はやはり全員吸血鬼で店内で暴力行為をしようとする者に対して睨みを利かせている。
吸血行為もご法度。
裏世界の情報を求めて、もしくは下水道の掃除(モンスターの排除等)をする人間や亜人の冒険者達も客として多い。そういう者達もここではバトルが禁止さ
れている。つまり例え仇がいようとも、高額の賞金首がいようともここではバトル禁止。バトルは外でやれというのが方針らしい。
その方針のお陰で店内は和やかとはいえなくても、どこにでもある酒場のような感じ。
運営側が吸血鬼ってだけで特に変わった感じがしない。
店内は賑わってる。
さすがにお子様なあたしが珍しいのか好奇の視線を向ける者もいるし絡もうとしてくる者もいるけどシャルルさんが追い払ってくれた。
シャルルさんは吸血鬼崩れ。
吸血行為こそ必要ないものの吸血鬼としての能力も持ってる。その吸血鬼としての能力を解放した際には瞳が金色になる。金色と化した瞳に睨まれた、あたしに
絡んでくる客達はシャルルさんに恐れをなしてすぐに離れた。吸血鬼と人間の特性をを使い分けれるのは多分シャルルさんだけだと思う。
丁度カウンターが2席空いてる。
あたし達はそこに座った。
「いらっしゃいませ」
コップを磨いていた吸血鬼のバーテンさんが会釈。
カウンターはバーテンさん1人で切り盛りしてる。彼の後ろにはお酒の棚がありたくさんお酒の瓶が置かれてる。
あたしはメニュー表を手に取る。
どれも心躍るメニュー名ばかりだ。
何食べようかなぁ。
「ご注文は?」
「えっと、そうですね。……子羊のカツレツセットを3人前、セットは全部パン。でセットのスープはふんわり卵スープ、野菜たっぷりスープ、コーンスープでよろしく
お願いします。単品メニューでバラモン風ステーキ2人前、から揚げ1人前。シュウマイって何か分かりませんけど、これは1人前。デザートは後で頼みます」
「……」
「……? どうしました?」
「……お1人で、食べられるんですよね? というか食べれるんですか?」
「大丈夫ですよ。今からお仕事なので腹八分目ですから」
「……」
信じられないものを見るようにバーテンさんは厨房に消えた。
どうしてだろ。
何かあたし喋り方が変だったのかな?
聞いてみる。
「シャルルさん、あたし何か変でした?」
「まあ食べる量以外はどこにでもいる少女ですから変じゃないですよ。しっかし相変わらず悪食ですねぇ」
「育ち盛りですっ!」
「育ち盛りねぇ」
失礼だっ!
「ところでフォルトナさんは仲間の足取りを探している、ですよね?」
「えっ? はい」
「僕は若の命令で深紅の同盟を調査しにきました。仲間に引き入れる、というのも無理そうですので状況次第では排除の方向になると思います。どうです?」
「はい?」
「手を組みませんか、一時的な同盟です。黒の派閥とフラガリアのね」
「同盟」
「損はないはずですよ」
「……」
「それともまだ僕が信用できませんか? まあ、確かに信用出来ない状況を作り出したのは僕なんですけどね」
「信用はしてますよ。信頼もしてます。でも黒の派閥ってフィーさんの敵なんですよね?」
「フィー……ああ、フィッツガルド・エメラルダ。僕自身は彼女の討伐命令には関与していません。面識すらありませんし。ただフォルトナさんは敵対していない
でしょう? 僕らは進む道の違いにより仲違いはしましたが敵対はしていない。僕個人としても組織としても」
「まあ、それは確かに」
あたしは認める。
確かに黒の派閥はフィーさんの敵というのは知ってるけど、あたし自身は敵対していない。フィーさんはあたしの大切な家族だから、彼女が敵対する組織はあ
たしも好きにはなれないけど現状としては手を組むしかないような気もしてる。
チャッピー達は安否不明。
状況的な考えて深紅の同盟と何かあったに違いない。
仲間達は強い。
その仲間達が全員消息不明。
単独では出来ることは限られる、そして時間との勝負。
ここは手を組むしかないかな。
「シャルルさん、よろしくお願いします」
頭を下げた。
彼は苦笑しつつ鼻の頭を掻いた。
「素直な良い子ですねフォルトナさんは。敵対はしたくない相手ですよ。……ただ、そんな素直さではこの酒場では危ないですよ」
「危ない?」
「ここの酒場の吸血鬼は嘘は言いませんが一癖も二癖もあります。交渉は僕に任せてください。全面的に」
「はい」
「もちろんその無垢なる体も僕に任せてください。全面的に僕が大人の女性に……はぐぅーっ!」
ガンっ!
「今度変なこと言ったら頬っぺた叩きますからねっ!」
「警告の前に今グーで殴ったでしょうこれより酷い仕打ちだとは思えませんね頬っぺた叩かれるぐらいっ!」
その時、バーテンさんが戻って来た。
「お客さん、揉め事は他所でお願いします」
シャルルさんはあたしに目配せ。
当然<ここの吸血鬼は信用ならない>という2人だけの会話の雰囲気を残したままじゃまずい。それぐらいあたしにも分かる。
「いやぁ申し訳ない。痴情のもつれってやつでしてね。ですよね、フォルトナさん?」
「はい。チジョーノモツレです」
適当に合わせる。
だけどチジョーノモツレって何だろ。
よく分からない。
バーテンさんはシャルルさんを胡散臭そうに見てたけど、口調を改めた。
プロ意識徹底してるなぁ。
「ところでお客様は何をご注文なさいますか?」
あっ。
そうだったシャルルさん何も頼んでなかった。
それにあたしも飲み物は注文してなかったのに気付く。バーテンさんに注文しなきゃ。
「オレンジジュースをください。ピッチャーで」
『……』
2人は沈黙。
あれ?
ここってもしかしてオレンジジュースがないのかな?
「あの、メニューにはないですか?」
「い、いえ、ございますが……お1人で飲まれるんですかですよね……?」
「それが何か?」
「い、いえ」
信じられないもの……以下略。
失礼なバーテンさんだ。
「そ、それでお客様は?」
「そうですねぇ。僕はカクテルをお願いできますか?」
「何になさいましょう?」
「特別なカクテルがあると聞いたんですよ。吸血鬼のオリジナルカクテルを頼まないと来た意味ないですからそれを是非お願いしたいですねぇ」
「特別な、と申されますと?」
「血の代価」
「……っ!」
バーテンさんの動きが止まった。
探るようにシャルルさんを見ている。その視線には明らかに疑いが込められていた。
血の代価?
何だろ。
バーテンさんはあたしとシャルルさんを順に見てから務めて事務的な口調で話す。
「かしこまりました。それはお客様で、よろしいのですよね?」
「ええ。僕ですよ」
「では別室に。お連れのお客様はしばらくここでお待ちください」
「そうだフォルトナさん、これでも暇潰しに読んでいてください。感想文要求しますから読んでくださいね」
一冊の本を手渡すとシャルルさんはバーテンさんとともに店の奥に。
血の代価?
何なんだろ。
あたしはお酒が飲めないからよく分からないけど別室で提供される、すっごく特製なカクテル?
それにしても。
「こんな事してていいのかなぁ」
店内はさらに喧騒に満ちていた。
この酒場は地下にあるから時間間隔が分からない。それも市民の住まう地上とは遠く隔絶された地下にある。
こういう場所はどうも好きになれない。
クヴァッチ聖域に似てる。
あの頃は言われるがままに暗殺してきた。
あたしは殺戮者。
あたしは殺人鬼。
最近どうしたら償えるのかに悩んでる。
フィーさんはヴィンセンテさん家族達は同じ境遇でも憂いている様子はない。捉え方の違いなんだろうけど……あたしはまだ答えが出せないでいる。
「遅いなぁ」
あたしは本を読みながらカウンターで待っている。
吸血鬼のボディーガード数名が店の中で目を光らせているのであたしにちょっかい出そうという人はいない。
「遅いなぁ」
もう一度呟く。
シャルルさんも遅いけど食事も遅い。
あれから30分。
スープぐらいは出てもいいと思うけどなぁ。
本の内容は鬱になりそうだし。
フィクションなのかノンフィクションなのかは知らないけど吸血鬼の精神状態が記された本。
血への欲求に苛まれている内容。
『ベッドの中で静かに眠っている人を眺めている』
『するとその寝室に痩せこけた不気味な人影が音もなく入ってくる。人影はベッドに近付き体を屈めると眠っている人に牙を突きたてた』
『青白い人影はややあってベッドから身を起こす』
『顎の先から血を滴らせている』
『この吸血鬼の顔に血の気が差し始めた』
『目鼻の形が分かってくる』
『それは自分の顔だった』
『そこで絶叫をあげて跳ね起きる』
『豪華な食事が目の前に広がっている夢を見る』
『極上のロースト肉に舌鼓を打つとその香りで口中に唾液が充満する』
『ついに最後の一切れへとナイフを入れる』
『すると切り口から何かの幼虫が蠢く姿が見えた』
『その途端、口から血を吐いた』
『幼虫が腹を食い破り始めたのだ』
『暖かなそよ風が頬にくすぐったく、思わずそこに手をやろうとする』
『すると両腕が動かない』
『気が付けば己の肌が緑色の脆いガラスに変わっている』
『少しでも動けば肌が粉々に砕け散る』
『その恐怖におののき身動き1つできず、浅く、浅く呼吸する』
『頬のむずがゆさがひどくなる』
『どうしてもくしゃみを止めることができない』
『そして肌がバラバラに砕け散った瞬間、全身汗みずくで跳ね起きる』
『仰向けに寝転がり平穏の喜びを頭の芯まで感じていた』
『体中の筋肉が緩み全身から緊張が抜け切っている』
『穏やかな気持ちだった』
『視界がハッキリしてくると自分の周りに人が立っていることに気付く』
『その中の1人が近付いてくる』
『死霊術師のローブを着た男だ』
『何かが光ったと思った瞬間、死霊術師の小刀に体の肉を切り裂かれていた』
『涼しい夜に歩いている夢を見る』
『体は血を求め、何日も獲物を得ていない』
『ふらつきながら歩いていると小さな水溜りに足を取られる』
『かがんでみると、それは水溜りではなく、温かな鮮血がたまったものだった』
『湯気まで立ち上っている』
『顔を地面に近づけて飲もうとするが口を開けることができない』
『唇を閉じたまま縫い付けられていたのだ』
『その恐怖におののいていると、冷たく白い両腕が血だまりから伸び出し、その中に引きずり込まれた』
「……ディープだなぁ……」
あたしは呟く。
シャルルさんはどういう意味合いでこの本を持ち歩いていたんだろう。
吸血鬼のバイブル?
そうかもしれない。
ただ、シャルルさんは自分が吸血鬼(正確には吸血鬼崩れ)であることを隠している、ううん、むしろ恥じている人だとあたしは思ってる。
今までの付き合いでそんな感じがしてる。
だから。
だから仮に吸血鬼のバイブルだとしてもシャルルさんが持ち歩くわけがない。
おかしいのはそれだけじゃない。
あたしにこの本を見せる意味も分からない。
何かの伏線?
うーん。
シャルルさんは頭脳明晰だから何かの策略のつもりであたしに見せたのかもしれないけど……あたしはそんなに頭が良くないからなぁ。
そもそも聖域時代に教育受けてないし。
最近になって字が読めるようになったけどまだ書けないし。
……。
……ま、まずいかな、15歳で無教養なのは(汗)
遅れた分を取り戻さないと。
一応勉強が嫌いでこうなったわけじゃなくて闇の一党が教育を施してくれなかったから今に至るという状況。
「お客様」
「はい?」
本を閉じ首を後ろに回して声を掛けてきた人物を見る。
さっきのバーテンさんだ。
シャルルさんはいない。
「お待たせしました。別室にどうぞ。お連れ様もお待ちです」
「別室?」
「はい」
「あたしここで食事でいいです。別にわざわざ別室じゃなくても。……あっ、吸血鬼風深紅の海鮮サラダを追加でお願いします」
「……あの、お食事の話ではなく……」
「どれだけ待ってると思ってるんですかまだ用意してないんですか?」
「お客様、目がマジ……」
「お腹空きましたっ!」
ぷんぷんっ!
別にここには食べに来たわけじゃないけど、それでも注文した以上はワクワクドキドキで待ってるのに。
「と、ともかく別室までお願いします」
「分かりました」
「ではこちらに」
「待ってください」
「何か?」
「注文の品はすぐにお願いします。お腹ペコペコなんで」
「……」
吸血鬼の巣窟の最奥へ。