天使で悪魔






会って別れてまた会って





  会う時もあれば別れる時もある。
  人生はその繰り返し。






  帝都の地下に潜る。
  基本的に帝都の人間は誰も出入りしない。
  下水道は一昔前に完全に整備が整えられ、それ以後は管理も補修もされていない。ただただ生活排水は下水を通りルマーレ湖に垂れ流される。
  もっとも誰も出入りしない、というのは帝都市民はという意味合い。
  ……。
  ……あっ、訂正。
  帝都軍も立ち入らない。
  だから帝都の地下は無法地帯。
  帝国軍の法を掻い潜る犯罪者や偏見を嫌う吸血鬼(もちろん人を餌としている犯罪的な吸血鬼もいる)などなど。
  一説ではゴブリンの巣窟にもなってるみたい。
  「こっち、かな」
  あたしはそんな下水道を進む。
  1人で進む。
  目的の場所は吸血鬼の酒場。
  帝都の地下にある、吸血鬼のコミュニティらしい。
  吸血鬼が運営し、吸血鬼の為の酒場というだけで別に悪の温床とかではないみたい。現に高潔なる血の一団と情報交換しているという事実をローランドさん
  から聞いている。帝都の地下世界においては最大の情報量を持っており、それを頼りにあたしより先行してチャッピー達は向った。
  あたしは仲間達とは別行動。
  何故?
  だってフィーさんの危機を知ったからだ。
  虫の王との最終決戦にあたしは参戦。四大弟子のカラーニャを倒した。さらにフィーさん、アリスさん、アルラさんと連携して虫の王と戦った。
  結果として虫の王マニマルコは滅し、彼が統率していた黒蟲教団は壊滅。
  現在帝都ではその話題で持ち切り。
  あたしはその戦いの後、スキングラードでフィーさん達と酒宴(あたしはお酒飲めないから食べる専門♪)をしてた。本当はもっとフィーさんやスキングラードの
  家族と一緒にいたりしたかったんだけど高潔なる血の一団の任務があったから帝都に舞い戻った。
  任務の内容は<深紅の同盟>と呼ばれる吸血鬼組織の調査。
  帝都を離れる際にフラガリアのメンバーに託したんだけど……問題は仲間達がいつまで経っても合流先の宿に帰ってこなかった。
  高潔なる血の一団の指導者ローランドさんもあたしの仲間とは連絡が取れないらしい。
  だから。
  だからあたしは地下に潜った。
  足取りを探る為に。
  あたしの仲間たち、つまりはフラガリアのメンバーは一騎当千。
  ドラゴニアンのチャッピー、ドレモラ・ケイテフのケイティー、マリオネット12ナンバーズのシスティナさん(ナンバリングは4番)、そして魔犬パーパス。
  吸血鬼に遅れを取るメンバーじゃないから返り討ちは心配はしてない。
  そもそも吸血病が効かない面々なような気もする。
  チャッピーの肌は鋼鉄並だから牙は刺さらないだろうしシスティナさんはマリオネット、ケイティーとパーパスはオブリビオンの悪魔。
  何気に無敵かも(笑)
  それでも連絡が取れないのは心配。だからあたしは地下に潜る。
  今回の依頼はあくまで調査であって深紅の同盟の壊滅ではない。ローランドさんからも小まめな報告を最初に頼まれている、なのに仲間達は消息を絶ったまま。
  探さなきゃ。
  あたしが。
  単独行動は別に怖くない。

  「おいおい見ろよ餓鬼だぜ」
  「お嬢ちゃん、こんなところを歩いていたら危ないよ。女に飢えたろくでもない大人に見つかったらどうするんだ? ひっひっひっ!」
  「どうするよ大将」
  「色々と頂いちまうか」

  4人があたしの通り道を塞ぐ。
  皮の鎧に身を包んだ3人組と大将と呼ばれた鎖帷子の男。
  全員インペリアル。
  吸血鬼には見えない。
  多分人間。
  それぞれの腰に差してあるロングソードを誇示するように見せ付けている。
  冒険者は市民団体から下水道の掃除(地下の生き物の排除という意味合いで)を頼まれることがあると聞いたことがある。
  だけどここにいる人達は冒険者には見えない。
  もちろんこういう格好の冒険者もいるだろうけど、あたしが見てきた冒険者はもっとまっとうな人達だった。
  状況に応じて追いはぎに変じる冒険者は今まで見たことがない。
  それは冒険者の街フロンティアにいる冒険者の質が高いだけかもしれないしあたしの幻想かもしれないけど彼らの身の崩し方は冒険者らしくない。
  追いはぎだ。
  「退いてください」
  「退いてくださいだってよっ!」
  4人は笑う。
  あたしは無手。魔力の糸があるから最近は刃を帯びていない。クヴァッチ聖域時代に学んだからある程度は剣を使えるけど元々力がないから決定打に
  ならないし帯びているとやはり重量があって動きが鈍る。だから最近では俊敏さを保つ為に外してる。
  「お嬢ちゃんはいくらお小遣い持ってるのかなぁ?」
  「……」
  指を振るう。
  瞬間、男達の腰に差してあった剣の柄が音を立てて落ちた。男達はまだ対応出来ていない、何か落ちたという程度だ。
  もちろんあたしは不要な攻撃はしない。
  あくまで絡まれるのが嫌で糸を振るったに過ぎない。
  倒すつもりならあの瞬きする瞬間にこの人たちを永遠に黙らせることが出来る。
  でもそれはしたくない。
  昔は言われるがままの暗殺人形だった。善良な人たちをクヴァッチ聖域の命令でたくさん殺した。
  でも今は……。

  「……ふしゅるー……」

  「な、何だ?」
  鎖帷子の男が周囲を見渡す。
  鼻孔を不快にさせる匂いが漂ってくる。
  下水の匂い?
  そうじゃない。
  これは血の匂いだ。

  『血血血血血血血血血血血血血血血血ーっ!』

  下水道に存在する闇を引き裂いて異形の獣達が飛び出してくる。
  吸血鬼の群れだ。
  おそらくこれが深紅の同盟が率いている自我の崩壊した下級吸血鬼なのだろう。深夜になると帝都に這い出してきて血肉を食らい人々から恐れられている。
  現在確認できるのは30程度。
  かなりの数だ。
  追いはぎたちは剣を咄嗟に抜こうとするものの抜けない。
  何故?
  自然と柄を握ろうとしたからだ。
  魔力の糸で先ほどあたしが切断したから柄なんてない。そのわずかな隙が命取りとなる。追いはぎたちは吸血鬼の群れに牙を無数に突き立てられその場に
  組み敷かれた。絶叫と悲鳴、そしてむせ返るような血の匂いが充満する。私は魔力の糸を一閃。
  血を貪る連中を瞬時に切り伏せた。
  魔力の糸は一度放ってしまえば意思1つで自在に動く。
  場に鮮血が溢れた。
  問題は吸血鬼が無数に滅したことにより、その際に大量の鮮血が溢れたことにより血の匂いが充満したということ。
  それに惹かれて蠢く者達。
  「ま、まずかったかな」
  そう。
  追いはぎたちが襲われている間に逃げるべきだった。
  展開的にまずい。
  血の匂いに惹かれて自我を失った下級吸血鬼たちが這い出してくる。深紅の同盟が飼っている獣なのか、元々地下を徘徊している獣なのか。
  その判別は付かないけど厄介なのは確か。
  そして等しく敵。
  連中は血への渇望に負けて完全自我が飛んでる。
  姿形こそは人間でも中身は違う。
  獣。
  ただただ血肉を貪るだけの存在。
  あたしに出来る対処法は戦うか逃げるという2択だけ。話し合いは存在しない。そもそもコミュニケーションなんて成り立たない。
  そして……。
  「逃げよ」
  走り出す。
  下水道は限定された空間。
  魔力の糸で薙ぎ払うという攻撃方法ではなく貫通と戦い方をすれば分があるんだろうけど……閉鎖された空間では多勢に無勢はやり辛い。
  それに地理感があたしにはない。
  敵に回り込まれたりされたらお終いだ。現在のところは血の匂いに惹かれて闇の奥から吸血鬼たちが引き寄せられている状態であってあたしを視認して
  現れたわけではない。遭遇する前に少しでも遠くに離れられたら多少の時間稼ぎは出来る。
  ……。
  ……た、たぶん(汗)
  スキングラードで血友病の特効薬は買い込んだしフィーさんに病対策の指輪も貰った。
  だから臆する状況ではない。
  でもやっぱりわざわざ感染させられるような状況に自分を追い込むつもりはない。
  四大弟子のカラーニャを倒したとはいえ状況次第では雑魚のような相手にも遅れを取る場合があることをあたしは知ってる。
  だから、逃げた。

  『血血血血血血血血血血血血血血血ーっ!』

  「……」
  物陰に潜んで、息を潜める。
  襲われたら戦う。
  だけどどれだけの数がいるか分からない以上、極力戦闘は避けたい。深紅の同盟は夜の帝都に自我崩壊の吸血鬼を無数に解き放っている。
  おそらく100やそこらは普通にいると思う。
  全部を相手にしてたら魔力が足りない。
  「おや誰かと待ち合わせですか?」
  「……っ!」
  突然声を掛けられてあたしは身構える。
  気配がまるでしなかったっ!
  その人物はフードを目深に被った男性。顔は見えないけど声で男性だと分かった。擦り切れて汚れたローブを身につけ、腰にはショートソード。
  自我崩壊の吸血鬼ではなさそう。
  連中は喋れないから。
  かと言って安心とは言い難い。自我があるなら高位の吸血鬼って可能性もある。
  油断なく相手を見る。
  「お仕事でここにいるんですか? もちろん仕事ですよね、こんなところにいるんですから……それで、お幾らですか?」
  「変なことしようとしたら攻撃しますっ!」
  「変なこと? 例えば?」
  「そ、それは……」
  あたしは口を閉ざす。
  15歳は大人じゃないにしてもある程度のことは知ってる。口に出せるわけないじゃないのーっ!
  あーうーっ!
  「聞きたいものですね。じっくり、ゆっくり、ねちねちと。ただ安心なさい。僕は巨乳大好物、それ以外のものは受け付けないのですよ。ハアハア巨乳ラブ♪」
  「……」
  変態だーっ!
  あたしに興味もないにしてもこの人は完全に変態だーっ!
  排除したほうがいいのかも。
  「僕が聞きたいのは報酬ですよ。お仕事でここにいるんでしょう? フォルトナさん」
  「あたしの名前をどうして……」
  「僕をお忘れですか?」
  フードを取る。
  「お久しぶりですね、フォルトナさん」
  「あっ!」
  「若の命令で正体不明の吸血鬼組織<深紅の同盟>のことについて調査しているんですが……あなたも同じ理由でここに?」
  「シャルルさんっ!」



  黒の派閥の親衛隊イニティウムの1人、自称<イカサマ神父>シャルル登場。