天使で悪魔
人形姫
有史以前にシロティールを支配したアイレイド文明。
統一王朝ではなく各地で王族が乱立する世界。
魔道文明だったアイレイド時代、各地の王族はより強い力を求めて惑うに傾倒していった。
その中でも有名なのが3人。
錬金術に傾倒して自身の国や民だけではなく自らも黄金に変えた黄金帝。
魔王メリディアに魂を売ってデイドラの肉体とメリディアの軍勢を得た魔術王ウマリル。
魔道人形マリオネットの軍勢で各国を蹂躙した人形姫。
力が全ての時代だった。
あの時、どうして誰もが学ばなかったのだろう?
力はより強い力の前で滅ぼされるという事に。
それは負の連鎖。
何故誰も学ばなかったのだろう。
何故誰も……。
夜の帳は下りる。
闇が静かに世界を包む。
栄華を極めし都市とて夜に包まれる。どんなに松明や篝火で闇を削ろうとも夜の帳を遮るほどの光量にはならない。
ヒタヒタと夜の都市を歩き回る。
無数に。
無数に。
無数に。
帝都の街は昼夜問わず兵士が巡回している。特に夜はその数が増す。
何故?
皇帝が暗殺されたからだ。
皇子が抹殺されたからだ。
夜間外出禁止令は解除されたものの夜間における巡回兵の増強は現在も続いている。もちろん夜間の兵士の数を増やしたからといって別に何か意味
があるのかと言われれば特に意味はない。皇族は全滅した。暗殺者達は目的を成した。今さら帝都に舞い戻ってくる理由はどこにもない。
皇帝とその一族が滅した以上、暗殺者が深夜徘徊する理由などない。
あくまで元老院と軍部のパフォーマンス。
もちろん巡回兵を増やす事で、ともすれば崩壊する現政権に対する不信感や不安感を打ち消す緊張感を生む事が出来る。
ヒタヒタと夜の都市を歩き回る。
その足音、帝都兵にあらず。
特に闘技場地区はその足音が尋常ではなかった。足音はここから生まれ、夜の都市に広がっていく。
今、帝都の夜は危険だった。
夜間外出禁止令は解除されたものの市民は夜は出歩かない。
酒場などの施設は閑古鳥。
「来たぞっ!」
「陣形を組め、陣形をっ! 近寄らせるなっ!」
「帝国軍万歳っ!」
帝都のあちこちで帝都兵は戦闘を繰り広げている。
敵の正体。
それは反政府勢力?
そうではなかった。
敵の正体は血に飢えた獣達。
『血血血血血血血血血血血血血血血血血ーっ!』
吸血鬼達だ。
それも血の渇きに負けて自我の崩壊した、既に知性の欠片もない食欲の塊。
湧いた喉を潤すべく血液を切望する獣の群れだ。
そんな自我の崩壊した吸血鬼達が夜の帳が下りた時にマンホールから這い出てくる。地下から這い出してくる。
そして血を貪るのだ。
深夜になると街のあちこちで帝都兵の吸血鬼があちこちで激戦を繰り広げている。夜は戦いの時間と化している。高潔なる血の一団は吸血鬼撲滅を
掲げて街のあちこちに展開しているものの数は少なく、殲滅には人数が足りない。
帝都兵は数こそ多いが吸血鬼退治のエキスパートではない為に被害は広がっている。そして充分な感染処置策が吸血鬼ハンターに比べて徹底され
ていないので感染の一途であり、それが結果として吸血鬼の数を増やしている。つまり感染した帝都兵が新たな吸血鬼と化すのだ。
軍部は高潔なる血の一段側からの協力を拒否。
結果として被害は広がっている。
そもそも軍部は感染の大元、つまり吸血鬼の這い出してくる場所の特定すらも出来ていない。ここに至っては高潔なる血の一団は独自の解決策を
講じるしかなく冒険者集団フラガリアを雇い入れた。吸血鬼ハンターの人数の不足分を補う為に雇い入れた。
現在、帝都の夜は戦いの場。
帝都。闘技場地区。
あたしは帝都に舞い戻った。高潔なる血の一団から依頼を受けたものの、あたしはフィーさんへの助勢の為に帝都を離れていた。
黒蟲教団との決戦の為にブルーマに行っていた。
虫の王との一件も終わりあたしは帝都に戻った。仲間達は帝都で吸血鬼騒動を調査してる。
合流しなきゃ。
「うーん」
だけど、どこだろ?
現在深夜。
闘技場地区が吸血鬼の出現場所。この地区のマンホールから地上に吸血鬼たちが這い出してくるわけだけど……どこにも姿は見えない。
静かなものだ。
静寂。
どうやらこの時間帯は他の地区に血を求めに行っているのかな?
そして帝都兵と激突してる?
そうかもしれない。
だとしたら今は帝都の地下は静かなものなのかも。何しろ現在夜の帝都を徘徊している吸血鬼はかなりの数になるはず。だって帝都兵が対処し切れ
ないほどのわけだからかなりの数になるはずだ。もちろん吸血鬼の数以前に夜戦だから帝都兵が苦戦しているのもあると思うけどね。
深夜の戦いで実力を発揮出来るのはカジートぐらいだろうし。
まあ、魔法使えばまた別の話なんだどさ。
「うーん」
だけど、どうしよー。
仲間達がどこを探索しているか分からない。
地上にはいないと思う。
だって地上を調べる必要なんてないもん。
高潔なる血の一団からの依頼は吸血鬼を組織化している謎の女性『レディ・レッド』の調査。その女性がきっと高位の吸血鬼を従えたり、自我の崩壊した
下位の吸血鬼を街に放ったりしてるのだろう、多分。帝都の地下には迷宮のように下水施設が広がっている。
もちろんただの下水施設ではない。
天然の洞穴にも繋がってるという噂だし、アイレイドの遺跡にも繋がってるみたい。
そもそも帝都自体がアイレイドの遺跡の上に存在しているわけだからその地下にアイレイドの迷宮が広がっていても何の不思議もない。
そこにレディ・レッドが潜んでいる?
うん。
そう見るのが自然かな。
おそらく仲間達は地下に潜っている。あたしはそう思う。
危険?
危険だとは思わない。
仲間達、人外ですから(苦笑)。
少なくとも既存の種族は当てはまらない人達です。ドラゴニアンのチャッピー、マリオネットのシスティナ、デイドラのケイティー、使い魔の魔犬パーパス。
吸血鬼には負けないと思う。少なくとも下位の吸血鬼相手なら「無双乱舞ーっ!」的な感じで勝てるだろう。
そしてあたしは人形姫。
「うん」
1人頷く。
現在吸血鬼達は帝都の上を走り回っている。地下から完全に這い出している。
もちろんどれだけの数がいるかは正確には分からないけどかなりの数が這い出してきているのは確かだと思う。
地下は手薄なはず。
日の出にはまだ時間があるし問題ないだろう。
マンホールを探す。
あたしは人形姫。吸血鬼相手に遅れは取りませんっ!
行こう。
帝都の地下へ。
その頃。
北方都市ブルーマ近郊。
多数の衛兵の小隊が都市の外に展開、黒蟲教団残党の掃討作戦が実行されている。主体となるのはブルーマ都市軍。それを援助するという名目で
戦士ギルドの戦士達も参加、さらに先の一件で出張ってきたシェイディンハル都市軍の部隊も協力している。
死霊術師が抵抗した場合、排除も許可されている。
実力行使の編成。
ただし降伏した場合はブルーマの獄舎に送られる事になる。
どちらにしても黒蟲教団の復活はありえない。現に組織の再編成が不可能なほどに捕殺されている。現在の残存戦力は今回の決戦に参加しなかっ
たシロディール各地にある教団の施設、そして傘下の下部組織。決戦に参加した者達はほぼ全滅と見てもいい。
多少の取りこぼしはあるにしても壊滅状態なのは確かだ。
「はあはあ」
ぼろぼろのローブを纏った者がふらつく足取りで雪化粧をした木々の間を歩く。
追撃の手を逃れて逃亡を続ける、取りこぼしの死霊術師。
男性だ。
「はあはあ」
その者、腹部を手で押さえていた。
血が滲んでいる。
魔力で出血を止めているものの度重なる追撃戦で傷口が開いた。それに失った血は魔力では回復しない。次第に肉体は弱まっていく。生命は既に
肉体から離れつつある。その死霊術師は雪原を彷徨うだけではなく、生と死の狭間を彷徨っていた。
死はすぐそこまで来ている。
追撃が彼に追いついてくる前に、死が追いついてくるだろう。
ドサ。
ついに耐え切れずにその場に倒れた。
顔には死相。
死は身近な友になりつつある。
男は呟く。
「……報復してやるぞ、報復……」
うわ言の様に呟く。
彼に致命傷を与えたのはフィッツガルド・エメラルダではない。人形姫フォルトナだった。
合流前にフォルトナの前に立ち塞がり、敗北。結果として致命傷を与えられた。
その結果が今だ。
「小娘め。絶対に、絶対に……っ!」
教団の壊滅の原因であるフィッツガルド・エメラルダも憎い。しかし自分に致命傷を与えた本人にまず憎しみが先行するのはそれはそれで真理だろう。
腹を押さえて喘ぐ。
その時……。
「力を貸してやろうか?」
「……っ!」
声がした。
だがまるで気配がしなかった。しかしそれは気配を消しているのではなく気配がないのだという事に死霊術師は気付かなかった。
見下ろすように立つその人物は茶色のローブに身を包んでいる。
顔は幽鬼の様に痩せ細っていた。
手には杖。
ただしただの杖でないという事は死霊術師にも理解出来た。先端には黒い卵形の石、黒魂石が取り付けられていた。
同胞かと一瞬思うものの、黒魂石が取り扱えるのは四大弟子だけ。
幽鬼のような男は四大弟子では当然ない。
「だ、誰だ?」
「俺の名はバルバトスっ! この世界の王だっ!」
「……世迷い事を」
「そう思うか? だが俺に従うなら命を助けてやる。……ああ、いや。お前の意思なんか関係ないな」
「どういう意味……」
「意味は簡単だ。支配の杖を持つ俺には誰もが従う、それが真理だっ!」
異世界カザルトを追放されし貴族バルバトス、シロディール襲来。
新たな異変の幕開け。