天使で悪魔
連携攻撃っ!
世界は広い。
アイレイドの人形とて完璧ではない。世界は広く、上には上がいるから。
虫の王マニマルコの復活。
伝説の死霊術師、無敵のリッチマスター、虫の王、死霊王、様々な伝説と称号を持つ無敵の存在。しかし彼とて完璧ではない。
世界は広い。
上には上がいる。
あたしはフォルトナ。
有史以前のアイレイド時代に権勢を振るった王族の1人……らしい。
よく分からない。
当然だ。
その当時の過去なんてない。
何よりあたしは人形姫という存在の偶然の産物でしかない。
そう。
あたしという存在はイレギュラーなのだ。
本当の意味での人形姫はシェオゴラスの支配の杖に封じ込められた人格の方だ。異世界カザルトであたしとあの女は完全に分離した。
完全に。
あたしの過去は曖昧。
気付けば闇の一党ダークブラザーフッドのクヴァッチ聖域で暗殺者をやっていた。
たくさん殺した。
たくさん。
罪という鋭い刃で正気が保てなくなるような時がある。
そんなあたしをフィーさんが拾ってくれた。
救ってくれた。
あたしは今、その義理の為にここにいる。今度はあたしがフィーさんの力になる番だっ!
魔術師ギルド連合軍と黒蟲教団の軍勢が決戦する雪原の大地。
ぶつかり合う軍団と軍団。
フィーさんは単身、敵の本拠地の山彦の洞穴に向ったらしい。あたしも後を追う。
そこで出会う。
フィーさん、アルラさん、アリスさん、この3人に。
この時あたしは気付かない。
最高のチームになるこの3人との最初の出会いだなんてこの時のあたしは気付かない。
虫の王の腹心であり高弟、四大弟子。
山彦の洞穴の入り口でフィーさんがボロルを撃破。その後フィーさんを洞穴の奥へと先行させる事になった。その際の援護としてあたし達は
残りの3人の弟子達と相対する事になる。アルラさんがパウロ、アリスさんがファルカー、そしてあたしはカラーニャと対峙する。
魔術師カラーニャとの激戦。
何気に四大弟子最強らしい。……当たり悪い(号泣)。
それに魔力の糸で切り裂いても切り裂いてもカラーニャは動き回っていた。虫の王の力で無敵化してる?
ううん。
そうじゃなかった。
そもそもカラーニャはアルトマーではなかった。完全なる化け物。蜘蛛の化け物。
張り巡らせた糸であたしに攻撃して来たけど、あたしはアイレイドの人形姫。
紡ぎ合いはあたしの方が上。
純魔術師としての仮面を捨て本性を現したカラーニャはやり易い相手だった。逆に魔術師でいた場合の方がやり辛かったと思う。
四大弟子カラーニャ撃破。
アリスさんはファルカーを倒し、アルラさんはパウロを倒した。
合流するあたし達は一路フィーさんの元に向かう。単身で虫の王と戦ってるフィーさんの元に。
そしてあたし達は虫の王と対面する。
虫の王の洗礼を受ける。
雷撃が踊り狂った。
回避も防御も出来ないままあたし達は雷撃の前に倒れた。
数分。
数十分。
よくは分からないけど気絶していたらしい。その間、たった一人で虫の王の攻撃を防いでいたのはアリスさん。
凄いなぁ。
復活したあたし達も参戦しなきゃ。
さあ、反撃だ。
さあっ!
銀のショートソードを構える。
仲間達全員は武器を手に悠然と立っている虫の王に挑み掛かるあたし達。
同時攻撃っ!
フィーさん、アルラさん、アリスさんと共に一斉に接近戦を挑む。
腕に自信?
あたしは剣術はあまり得意ではない、かな。
闇の一党時代に剣術は暗殺……ううん、護身の為にある程度は学んでるけど中の上程度の腕前。
つまり。
つまり自分で思い込んでいる能力よりも下の腕前と認識してる。
何故?
だって誰だって自分の能力評価には甘くなる。認識している能力よりも下だと思っている方が問題はないと思う。過信は死に繋がるからだ。
武器を手に肉薄するあたし達。
虫の王は禍々しいフォルムの杖を掲げた。実に悠然と。
「無益っ!」
バチバチバチィィィィィィィィィィィィィィィィィィィっ!
『あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!』
雷撃が踊り狂う。
あたし達はそれぞれに後方に吹っ飛ぶ。
痺れる感覚。
ただし先程の気絶するような……いや、実際に気絶したけど、ともかく先程のような激痛はない。一瞬行動不能になったけど、動ける。
問題は後ろに吹っ飛ばされた時、三回ほど地面をバウンドした事かな。
腰が痛いよぉ(泣)。
「くっ」
立ち上がる。
気が付けば銀のショートソードは手の中になかった。吹っ飛ばされた時にどこかに飛んでしまったらしい。
まあ、いいか。
魔力の糸があたしのメイン能力。
武器はあくまで飾り。
サブ能力でしかない。だから特に武器がなくても問題はない、かな。
「よし」
足は多少震えたけど、すぐに治まった。
他の仲間達も特に大事はないみたい。
全員、立ち上がっている。
特にフィーさんは早かった。やっぱり魔術師だから対魔法戦には強いのかな。
虫の王マニマルコは忌々しそうに吼えた。
「何故貴様らはそこまでして立ち向かうっ! 煩わしいっ! 目障りっ! 忌々しいっ! ……ええい、消えるがよいっ!」
雷撃が虫の王の手に宿る。
さっきのより大きいっ!
多分のたった今の魔法は牽制。
何故なら魔道に関してはまるで無知の、ブレトンという特性をただ持っているだけのあたしですら殺せなかった一撃なわけだから牽制程度でしかない。
間合を保つ為だけの魔法。
うん。
そうだと思う。
ただし今現在の奴の手に宿る雷は規模が違う。
一気に勝負を決めるつもりだ。
だけど……。
「裁きの天雷っ!」
バチバチバチィィィィィィィィィィィィィィィィィィィっ!
「くあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
虫の王が吹っ飛んだ。
魔術師は別に虫の王だけではない、フィーさんもまた上級魔術師。虫の王を吹っ飛ばすぐらいきっと容易い事なんだろうと思う。
格好良いーっ!
プスプスと焦げている虫の王。
だけどそれは僅か数秒。
すぐに焦げ痕は消えて皮膚の状態は健常に戻る。焼けたローブもまた、元に戻る。
復活までに数秒。
虫の王がゆっくりと立ち上がった。
「満足か?」
死なないっ!
そ、そうか。
それで合流するまでフィーさんほどの上級魔術師でも殺せなかったのか。
……。
……いや。
殺せるには殺せてるんだと思う。
多分殺しても生き返るんだろう。理屈は分からないけどさっきの雷撃では完全に焼死体だった。
あたしは元暗殺者。
あれだけの焼け具合で生きているのはまずありえない。
魔法で防いだのであればまだ分かる、しかし虫の王は完全に直撃し完全に焼死体だった。あれだけ皮膚が炭化していたのに生きていられるはずがない。
つまり死亡と蘇生を繰り返している。
どんな反則なんだろ、それ。
あたしは心が少し折れそうになる。黄金帝にしても死霊術師ファウストにしても強かった。でも少なくとも虫の王のように不死身では無かった。
勝てる?
勝てなさそうな印象をあたしは強く受けていた。
その時、フィーさんが冷笑を帯びた口調で虫の王に辛辣な言葉を浴びせた。
不敵に笑いながら。
「ええ。少しは気が晴れた。ありがとう、わざと死んでくれて。……あれ? もしかしてわざとじゃなかった?」
「……小賢しい小娘だっ!」
「そりゃ失礼」
「礼儀のない者は嫌いだよ。余に逆らう者は特に嫌いだ」
「お互いに嫌い合う仲。実に結構だと思わない? 何の情も挟まずに殺し合えるわけだからね。お前殺すよ」
「小娘っ!」
「フォルトナ」
静かにあたしの名を呼ぶ。
静かに。
それであたしは察した。魔力の糸を振るう。あたしがここにいる理由、それはフィーさんの剣となって敵を打ち倒す事だ。それがフィーさんに救われた
あたしが出来る唯一の恩返し。そして家族として出来る、当たり前の事。同じ家に住む家族なんだから頑張らなきゃっ!
「魔力の糸よっ!」
「……っ!」
虫の王をズタズタに切り刻む。
回避も。
防御も。
どちらも虫の王はしなかった。
……。
……えっ?
これってもしかして虫の王の弱点ってやつ?
攻撃と魔力は絶対的でも、回避と防御はさほど大した事がないのかもしれない。もちろん殺しても殺しても生き返る仕組みなのは確定みたい。ズタズタに切り
裂いたのにすぐに復活の兆しを見せたし。あっ。復活した。
フィーさんは叫ぶ。
「一気に畳み掛けるわよっ!」
『はいっ!』
フィーさんの号令にあたしとアリスは即座に応える。
だけど……あれ?
アルラさんは無言のまま。
もしかして四大弟子戦で消耗してるのかな?
そうかもしれない。
四大弟子は確かに強かった。アルラさんの戦ったのは……パウロとかいう奴だったけど……その戦いの際に消耗したのかもしれない。
アリスさんがあたしを促す。
ダンマーの戦士のアリスさんとの顔合わせが今回が初めてだけど良い人。
性格的に馬が合いそう。
「行くよ、フォルトナちゃん」
「はい。アリスさん」
タタタタタタタタタタタタタタタっ!
あたし達は虫の王目掛けて走る。
最初は併走してたけどアリスさんがあたしを少し追い抜く。
「フォルトナちゃんはあたしの少し後方から援護してっ!」
「はい。アリスさん」
剣士として先行、あたしが後方支援って事なのだろう。わずかな間に戦略を立てる、アリスさんは戦略家としての能力もあるみたいだ。
あたしにはない能力。
従おう。
宣言通りアリスさんは先行、そして魔剣を手に虫の王に斬り込む。
「はあっ!」
「ちっ」
フッ。
消えたっ!
死霊術師ファウストも空間転移の能力を持ってたけど何のモーションも空間転移できるほどの能力はなかった。
虫の王の能力がデタラメに高いという証拠だ。
どこにいる?
どこに……。
「あそこっ!」
アリスさんがあらぬ方向を指差す。
何もない。
ただ闇が広がっているだけ。
アリスさんが自信を持って叫ぶ根拠が分からないけど、アリスさんの能力もそもそも分からない。もしかしたら空間転移先が分かるのかもしれない。
どういう能力の結果で転移先が分かるのかは当然ながら分からないけど。
あたしの能力は魔力の糸。
相手の動きを読む能力はない。アリスさんが相手の動きを読むのであればそれに従うまでだ。
「分かりましたっ!」
指差す場所に魔力の糸を紡ぐ。
不可視の攻撃。
アリスさんの指差す方向に向かって魔力の糸を一直線に放った。
……。
……だけど意味あるのかな?
空しく通り過ぎるだけだと思うけど……。
「がっ!」
嘘っ!
魔力の糸を放った場所に虫の王マニマルコが具現化。まともに魔力の糸が奴の胸元を貫くっ!
アリスさんって凄いんだなぁ。
完全に虫の王の行動を呼んでいる。ただの偶然ではないと思う。
ナビに従おう。
アリスさんが眼となり、あたしが刃となる。
最強のコンビかも。
「魔力の糸よっ!」
追撃っ!
魔力の糸は虫の王の体を貫く、切り裂く、首を刎ね飛ばすっ!
面白いように当たる。
どうやら魔力の糸を虫の王はあまり好きではないらしい。
確かに既存の魔法の概念とは別物だし失われし古代アイレイドの秘術。虫の王とて魔力の糸の能力者との戦いの経験はあまりないだろう。
だけど傷付くなぁ。
「人形遣いが。忌々しい」
殺しても。
殺しても。
殺しても。
何度も何度も殺しても虫の王はすぐに立ち上がる。貫通した箇所や切り裂かれた箇所は再生するし切断され飛んだ首はすぐに繋がる。
こんな敵初めてだ。
殺しても死なないのではなく、殺してもすぐに生き返る。
正直やり辛い。
フッ。
また消えた。
空間転移の連続でこちらを撹乱し、あたし達を排除するつもりらしい。フィーさんとアルラさんは後方で何か話してる。
何だろ?
何か凄い魔法の打ち合わせ?
そうかもしれない。
ともかくあたしとアリスさんの最大の使命は虫の王の撹乱なんだと思う。物理的に殺すには限度がある。
強力な魔法での排除が望ましい。
もっとも撹乱するにも相手の位置が分からないのであればこちらが撹乱されるだけ。
アリスさんが叫ぶ。
そうだ。
虫の王は空間を飛べるけど、アリスさんはその飛んだ先を察する事が出来る。アリスさんが読んであたしが攻撃、そのコラボで虫の王に対抗出来る。
「フォルトナちゃん、あたしが進む先が常に虫の王の転移先っ! そこを狙ってっ!」
「分かりましたっ!」
やっぱりだ。
アリスさんは相手の動きが読めてるんだ。
あたしは人形姫。
あたしは魔力の糸を紡ぐ。
あたしはマリオネットを統べる者。
結構自分は凄い能力と経歴だと思う時があるけど、未知の能力は世の中にはたくさんあるみたい。アリスさんの能力は今まで聞いた事も見た事もない。
フィーさんはフィーさんであたしよりも強いし。
古代アイレイドで恐れられた人形姫とて最強というわけではない。
ならば。
ならば虫の王だって恐れる事はない。
何故?
絶対的な最強という存在なんていないのだとあたしは知った。
恐れるもんかっ!
「虫けら風情が。果てよっ!」
バチバチバチィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィっ!
放たれる雷撃。
あたしとアリスさんは左右に飛んでかわす。こんな攻撃ぐらいはあたしでも回避出来る。
虫の王、あたし達を舐めすぎですっ!
「フォルトナちゃんっ!」
「はいっ!」
魔力の糸を放つ。
フッ。
魔力の糸が虫の王の体に届く瞬間に奴は消えた。
今度はどこに?
その時、突然アリスさんが走り出す。
「あっ」
そうか。
さっきアリスさんは言った。進行方向の先を狙えと。アリスさんは魔剣ウンブラを手に走る。つまりあたしが魔力の糸で援護、アリスさんは勝負を
決めるつもりなのだろう。魔剣ウンブラには魂を食らう魔剣。魔王クラヴィカス・ヴァイルですら恐れる伝説の魔剣。
どんなに虫の王が強くても魔王には及ばない。
つまり。
つまり魔剣ウンブラなら虫の王とて倒せる。……理論的には、多分。
「魔力の糸よっ!」
アリスさんの進行方向に出現した虫の王に一撃を叩き込む。
当たるっ!
これなら攻撃が当たるっ!
どんなに空間を飛んで距離を取っても、出現先が予見出来るのであれば特に問題はない。アリスさんが虫の王に迫る。
魔剣ウンブラを持ったアリスさんが迫る。
虫の王は魔剣ウンブラを持つアリスさんと接近戦をするつもりはないのだろう。その両手に今までにない雷が宿る。まずいかも。まだアリスさんは自身
の攻撃の間合に入っていない。恐らくアリスさんより虫の王の方が先に攻撃出来るだろう。
回避?
回避は不可能に近い。
アリスさんは斬り込むべく、勝負を決するべく全力疾走で間合いを詰めた。まだ攻撃の間合ではないけど、回避出来るほどの遠い間合いではない。
結構至近距離からの魔法攻撃だから恐らくは回避は出来ない。
魔力の糸で何とかなるだろうか。
虫の王の手を落とす?
そうだね。
それしかないか。
すぐに腕は繋がるんだろうけど一時的に魔法攻撃を中断出来る。
それで行こうっ!
魔力の糸を紡ごうとモーションに移る。
「ええいっ! いい加減目障りだな、ダンマーの戦士よっ! 身の程を知れぃっ! 覇王・雷鳴っ!」
バチバチバチィィィィィィィィィっ!
間に合わなかったっ!
雷撃が踊る。
あたしの攻撃は間に合わなかった。雷撃は放たれる。そして絶叫が響いた。
「な、なにぃっ!」
その絶叫、虫の王のものだった。
空しく虫の王の声が響く。雷撃はことごとく遮断される。虫の王のすぐ目の前で雷撃は遮断、そこから先には届かない。アリスさんには届かない。
ちらりとあたしは後ろを見る。
フィーさんとアルラさんが手を突き出していた。
魔法に関しては無知だけど、おそらくは魔力障壁か何かを2人で展開したのだろう。虫の王の目の前で。この瞬間を見逃すアリスさんじゃない、魔剣
ウンブラを手に一気に間合いを詰める。まるで滑り込むように虫の王に刃を振るう。
「やあっ!」
「小賢しいわぁっ!」
バッ。
虫の王は両手を勢い良く掲げた。
ゴオオオオオオオオオオオっ!
物凄い衝撃波が生じた。
虫の王を中心にこのフロア全体を衝撃波が襲う。衝撃波の影響はアリスさんだけではなくあたしにも届く。フィーさん達にも。
ズザザザザザ。
衝撃で後ろに押される。
「くっ!」
威力はない。
あくまで衝撃のみ。間合を保ちたいのだろうか、虫の王は。
推測だけど虫の王は完全に魔剣ウンブラとの直接対決を避けているようにも見える。やはり魂を食らう魔剣は怖いのだろうか。
虫の王は杖を手に忌々しげに舌打ち。
怖いんだ。
やっぱり魔剣ウンブラが虫の王は怖いんだ。
あたしと同じ感情をフィーさんも抱いたのだろう。虫の王に対して鼻で笑った。
馬鹿にしたように。
「びびってんの? 私達に?」
「トレイブンの養女よ、余に対しての暴言は許さぬ。いかに貴様が希代の魔術師だとしてもこの肉体の持ち主には遠く及ばぬ」
「……?」
「余はお前達魔術師ギルドの祖だと言ったらどうする?」
「はっ?」
「この肉体、ガレリオンなのだよ」
「どういう意味?」
「余はあの時、ガレリオンに敗北した。しかし余は奴の肉体を乗っ取った。死の間際にな。……考えてみよ。何故ガレリオンは余の遺産を破壊せずに
隠匿したと思う? 分かるかな? お前達は結局は余の計画したシナリオ通りに舞っているに過ぎぬ」
「……」
「次第に余に取り込まれ狂っていくガレリオンの魂は美味であった。余は魔術師ギルドを鍛えた、余の部下である死霊術師とぶつけた。何年も何十年も。
結果として魔術師ギルドの魔術師達は鍛え上げられた、魂の質が向上した。それを余は取り込んだ。結果として余の生命と魔力はより高まった」
「……」
「その後、余は……いや、ガレリオンはこの世を去った。永遠に居座るのは無理なのでな、死んだ振りをした。今度は余は黒蟲教団を鍛え上げて、魔術師
ギルドにけし掛けた。戦いの中で魂の……くくく、以下略だ。余は同じ事を何度も繰り返してきた。分かるかな? 今回の一件もまた同じ」
「……」
「そうともっ! お前達が命を賭けているこの戦いも何度も繰り返されてきた、他愛もないイベントなのだよっ!」
「あんたの生贄の儀式ってわけ?」
「そうなるな」
「それでスケール大きいと威張れると思ってるわけ?」
「何?」
「そんなに死ぬのが怖いのか、この腰抜け」
「……何だと?」
「だってそうじゃない?」
ガレリオンとか意味はよく分からないけどフィーさんは虫の王を挑発しているのは確かだ。
挑発に乗れば集中力が乱れる。
戦い易い。
結構俗っぽいんだな、虫の王って。
もっと超然とした存在をあたしは勝手に思い描いていたけどあくまで強力無比なアルトマーの魔術師に過ぎない。仙人でもなければ魔人でもない。
ただのアルトマーだ。
虫の王は嘲笑するフィーさんを咎めるような声で言う。
「何だ、その笑いは」
「あら敏感なのね。やっぱり弱虫の王は人の侮蔑には敏感なのかしら?」
「……貴様……」
「無敵の死霊術師、伝説の死霊王、誰もが恐れて震える虫の王マニマルコ……だけどその実態はただの臆病者ってわけだ。あんたって噂ほどじゃないわね」
「……何?」
「聞こえなかったわけ? 噂ほど大した事ないって言ってんのよ、小物」
「小娘っ!」
「吼えるしか能がないってわけ? あんたの囀りは聞き飽きたわ」
「囀りだと?」
「わざわざ聞き返さないで。それとも何? あんた耳が遠いわけ? 隠居すれば? そろそろさ」
「小娘っ!」
「何をびびってんの? 無敵の存在なんでしょう? だったら大物らしくデーンと構えたらどうなの? 私は思うのよ、あんたは結局死を恐れてるってね」
「死を恐れる? 馬鹿な。余は死を超越した……」
「その発想がそもそもおかしい。本当に死と向かい合えるのであれば、超越はおかしいの。だって越えるべき対象ではないでしょう、死は」
「何が言いたい?」
「死とは受け入れるもの。越えるべき事ではないわ。その発想をした時点でお前はただの落伍者でしかない」
「撤回せよ」
「いいえ。むしろ繰り返す。あんたは、ただ、死を怖がってるだけに過ぎない。あんたの同類の死霊術師もそうよね。死を越える、死を否定する、その定義は
そもそもが過ちそのもの。死は超えるべきでも否定すべきでもない、受け入れてこその、強さなのよ」
「ではお前はトレイブンの死を受け入れたというのか? 死は悲しむべきではないと?」
「そうは言ってないわ」
「ではお前に問おう。トレイブンの養女よ、お前は死を身近な存在としたいというのか?」
「それはおかしな質問ね。死は私達の一部。私達は生れ落ちた瞬間から死の抱擁を免れる術などない。ただ私達は死を人生の一つとして、生活の一部とし
て受け入れるしかない。人生を送っていく内に私達は死の観念を学ぶ。それが正しい人間としてのあり方。不老不死などただの逃げ道でしかない」
「死を否定して何が悪い?」
「死を否定する為の代価は何? 何を等価交換した? ……あんたはね、自分以外の命を代価として払って生きているに過ぎない」
「それが悪か? 自分だけが幸せでありたいと思うのは悪か? 競争なのだよ、全ては。勝つ者がいれば負ける者もいる。真理だ」
「真の理、なるほど、それは真理足りえる。だけど外道に落ちた者が言うべき言葉ではないわね」
「何?」
「死を越えようと行動した瞬間、お前はこの世界の全ての敵となった。私は死を否定するお前を、否定するまでよ」
「余を否定するだと?」
「ええ」
「それはつまり、不老不死となった、つまりは死を超越した余を殺すという事か?」
「ええ」
「……やれるものなら、やって見せるがよいっ!」
「アリスっ!」
長く複雑な会話の最後に突然フィーさんはアリスさんの名を呼んだ。
まるでそれを待っていたかのようにアリスさん、虫の王に向って駆ける。魔剣ウンブラを手に持って。
凄いなぁ。
意思の疎通が完璧なんだね。きっと2人ともお互いに理解し合えてるんだろうな。
あたしも頑張らなきゃ。
アリスさんの名を呼んだ時、あたしは咄嗟反応できなかった。注意力散漫。もっと集中を研ぎ澄まさないと。虫の王は身構える、アリスさんは疾走。
走る。
走る。
走るっ!
虫の王、今度は迎え撃つつもりらしい。雷を両手に宿す。
そして……。
「アリス、魔剣ウンブラをこっちにっ!」
「分かりましたっ!」
阿吽の呼吸。
フィーさんの言葉に対して何の躊躇いもなく魔剣ウンブラを宙に投げた。孤を描きながら魔剣ウンブラは宙を舞う。
そんな魔剣に視線は集中。
虫の王は一瞬躊躇う。雷撃をこのまま放ってアリスさんを倒すか、それとも魔剣ウンブラをどうにかするか。結局虫の王は魔剣ウンブラをどうに
かするのに決めたらしい。手に宿していた雷撃を消した。
フィーさんは叫ぶ。
「フォルトナ、魔力の糸で魔剣を奴にっ!」
「分かりましたっ!」
そうかっ!
あたしは全てを理解する。アリスさんの行動も、魔剣ウンブラを投げる事も、全ては囮。本命はあたしっ!
魔力の糸を紡ぐ。
意思1つで軌道を簡単に修正出来る魔力の糸は宙を舞う魔剣ウンブラを絡め取る。魔力の糸に絡まれた魔剣ウンブラはあたしの制御下にある。そして
そのまま魔剣ウンブラを魔力の糸で操作、虫の王マニマルコ目掛けて魔剣は一直線に飛んでいく。
虚を衝かれた形の虫の王。
勝ったっ!
「おのれぇっ!」
虫の王、両手を突き出した。しかし今回は雷は宿らない。
ただ魔剣ウンブラの動きが止まった。
「えっ?」
あたしは思わず呆けたように呟いた。
操作が効かないっ!
カタカタカタ。
魔剣ウンブラが揺れる。
虫の王は魔力の糸を操っているわけではないだろう、あたしと同じように魔剣ウンブラを魔力の糸で操作しているわけではないだろうけど……理屈は同じかな。
多分これは念動。
念動の力で魔剣ウンブラを操作しようとしているんだ。
「くっ!」
少しずつ。
少しずつ向きを変えようとしている。
ま、まずい。
魔剣ウンブラが回転しつつある。どうやら虫の王は自身の手元に魔剣ウンブラを置くよりも、念動で操ってまずはあたしを殺すつもりらしい。
次第に魔剣ウンブラはあたしの方に切っ先を向けつつある。
魔力の糸の出力を高めるものの、駄目だっ!
魔力の糸が念動の力に負けてる。
「裁きの天雷っ!」
バチバチバチィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィっ!
雷撃が虫の王を焼く。
フィーさんが魔剣ウンブラの争奪戦で硬直している虫の王に対して容赦なく雷撃を浴びせる。しかし念動のコントロールは乱れない。
次第に。
次第に魔力の糸が負けていく。
フィーさんがまた叫んだ。だけど今度は先程のような余裕はなかった。どうやら虫の王の底力は、真の実力は想定外だったらしい。
「アルラっ! 手伝ってよっ!」
「うるさいですわ」
アルラさんは攻撃には参加せず。
何かの印を切っている様にも見えるけど、あたしは魔法は素人なので何の意味があるかは分からない。ただアルラさんはアルラさんで何かの攻撃
をする準備段階なのだろう。もっともその準備が整う前に魔剣ウンブラの制御の権限は虫の王に持っていかれる。
フィーさん、さらに雷撃。
「裁きの天雷っ!」
バチバチバチィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィっ!
虫の王は怯まない。
恐らく効いているには効いているんだろうけど、痛みや魂の消失というリスクを虫の王は無視してる。
魔剣ウンブラを操作してあたしを殺す事に固執している。
そしたら勝てない。
虫の王にはきっと勝てない。
4人がいてこそ虫の王に拮抗した勝負が出来る、あたしは思う。あたしという一角が崩れれば勝利は遠退くだろう。別にあたしという存在を過大評価し
ているわけではない。連携攻撃で勝つという前提が崩れるから負ける、という意味。
タタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタッ。
その時、アリスさんが急に走り出す。
現在魔剣ウンブラを手放しているのでアリスさんは無手。完全に無防備。だから後方に退くのは妥当であり得策だと思う。もちろんアリスさんや周り
の状況を確認している余裕はあたしには完全にない。念動の力に押されてるっ!
指先から放たれている魔力の糸が暴れ回る。念動の力に押され、集中が乱れ、魔力の糸の統制が取れなくなってくるっ!
まずい。
このままだと魔力の糸が消失する。
その瞬間、あたしは魔剣ウンブラに貫かれ、魂を貪り食われるだろう。
つまり死ぬ。
「やあっ!」
短い気合とともに剣は一直線に飛んでいく。
魔剣ウンブラ?
ううん。
アリスさんが投げた剣だ。ただアリスさんは予備の武器を持っていなかった。多分後方に退いた時にフィーさんの武器を借りたのだろう。剣が一直線に
虫の王目掛けて飛んでいく。ただし虫の王は回避行動をしなかった。胸元に突き刺さるものの平然と念動に集中していた。
おそらく虫の王はあたしをまず殺す事に固執してる。
その為には何度か自分は死んでもいいらしい。虫の王だからこそ出来る戦法だ。
フィーさんが魔法を放つ。
ああ。そうか。
剣が突き刺さった虫の王に雷撃を放つ、つまり剣を通じて体内も焼き尽くすという意味合いか。
それで念動の集中が消えてくれればいいけど。
そして……。
「裁きの天雷っ!」
バチバチバチィィィィィィィィィィっ!
ええーっ!
雷撃が踊り狂うっ!
何で何でーっ!
絶対的な力が発動される。踊り狂う雷撃の嵐は虫の王を容赦なく、何度も何度も炭化させては殺す。しかし念動の力は衰えない。
どんな集中力してるんだ、この敵はっ!
総力戦っ!
アリスさんが剣を投げたのは多分雷撃の嵐を見越して、だと思う。剣と魔法が何らかの作用を生じさせ、今の状況になってるんだろう。多分。
フィーさんは雷撃を続けている。
あたしは魔力の糸で魔剣ウンブラの支配権を虫の王と主張し合ってる。
そして眠れる獅子が行動を開始する。
アルラさん。
「火の精霊王よ、紅蓮の吐息をっ! 我が意に従い敵を焼き尽くせっ!」
ゴオオオオオオオオオオオオっ!
圧倒的で。
絶対的で。
強大な炎が完膚なきまでに虫の王マニマルコを包んだ。
アルラさんの攻撃が発動っ!
魔力の糸に集中する為にどんな風にこの炎が放たれたかは見れないけど、虫の王は灼熱の業火に包まれた。そして消失する。念動の力が。
さすがに圧倒的な雷撃と絶対的な炎撃、この2つには耐えられなかったらしい。
虫の王の集中が消える。
虫の王の念動が消える。
魔剣ウンブラはあたしの魔力の糸が支配した。そしてまっすぐと虫の王目掛けて魔剣ウンブラは一直線に飛んでいく。
今度こそ勝ったっ!
悲鳴を上げる間もなく虫の王マニマルコは魔剣ウンブラに貫かれた。
そして……。