天使で悪魔







黒蟲教団 〜VS四大弟子カラーニャ〜






  見た目に騙されてはいけない。
  本質が見抜けなくなるから。






  「まずこの顔を何とかしないとね」
  カラーニャという名のアルトマーは自分の顔を撫でる。瞬間、黒焦げとなっていた顔が元の素顔に戻った。
  山彦の洞穴、内部。
  現在ここに入り込んでいるのはあたし、フィーさん、魔剣ウンブラを持ったダンマー剣士のアリスさん、灰色狐の仮面を被ったアルラさん、計4名。
  最大の目的は虫の王の撃破。
  基本的にあたしは魔術師ギルドのゴタゴタには関係ないけど、そのゴタゴタの渦中にいるのは恩人のフィーさん。
  もちろん恩人という関係だけではなく闇の一党の同僚(所属は別だったけど)、さらに言うならば闇の一党の家族であり姉妹。
  助けるのは当然の事だ。
  フィーさんは虫の王を倒しに洞穴の奥。その道程を阻んだ四大弟子と名乗る幹部達はあたし達が引き受ける事に。
  アリスさんはファルカー、アルラさんはパウロ、それぞれ幹部に連れられて別の場所に移動。
  この場にいるのはあたしとカラーニャだけだ。
  2人きり。
  あたしは冒険者集団フラガリアのリーダーとして異世界カザルトを旅したりしてた。大概の不思議は見たつもりでいたけどカラーニャは底が知れない。
  何だろ、この不気味な感じは。
  「どうしたの、お嬢ちゃん?」
  「……」
  「四大弟子筆頭である虫の賢者カラーニャを前にして怯えているのかしら? 安心しなさい、苦痛は一瞬だから。もっとも貴女の死体と魂は猊下に剥奪
  される。終わる事のない猊下への献身的な隷属が待っているけれど、まあ、それも人生ね。受け入れなさい」
  「……」
  無言であたしは間合いを取る。
  魔力の糸に間合は特に関係ない。一度放ちさえすればあたしの意思で自在に動くからだ。だけどカラーニャは強力な魔術師、そして何より底が知れない。
  間合を充分に取って相手の出方と特性を図る必要がある。
  ジリジリと後ろに下がる。
  「随分と間合いを取るのね、お嬢ちゃん。そういえば貴女の能力は知らないわ。見たところ……魔術師かしら?」
  「……」
  「沈黙を保つの?」
  「……」
  「可愛げがないわね。まあいいわ。そっちがそのつもりなら始末するまでよ。雷光の調べっ!」
  バチバチバチィィィィィィィィィィィィィィィィっ!
  来るっ!
  あたしは横に飛んで飛来する雷を回避。その雷の出力、パッと見ではフィーさんより上だ。カラーニャと遭遇した時のフィーさんは少し緊張し、少し動揺し
  ていたから多分戦った事があるのだろう。信じられないけどきっとフィーさんが苦戦した相手なんだと思う、このカラーニャという女性は。
  フィーさんが苦戦した相手。
  じゃあ、あたしにとっても怖い相手?
  ううん。そうじゃない。
  まあ、不気味な相手だとは思うけど、相手にとって不足はない。こういう相手を倒してこそフィーさんのお役に立てるのだと思うし。
  あたしにやり直しのチャンスをくれたのはフィーさん。
  素敵な家族と仲間をくれたのもフィーさん。
  力にならなきゃっ!
  「はあっ!」
  雷を回避しつつ腕を振るう。魔力の糸が発動、あたしの指からカラーニャに向けて襲い掛かる。
  魔力の糸は不可視。
  魔術師は魔力の波動でその軌跡か分かるのかもしれないけど、だからと言って避けれるという前提にはならない。軌跡が分かると回避出来るのとはまっ
  たくの別物。何より回避するには並みの身体能力では追いつかないだろう。
  一直線にカラーニャに向っていく。
  勝ったっ!

  フッ。

  「えっ!」
  消えたっ!
  あたしは魔力の糸は使えるけど魔術師ではないので理屈は分からない。周囲を警戒する。
  元暗殺者なので気配は読めるけど……カラーニャの気配はない。
  気配を消している?
  ……。
  ……うーん。そういうタイプには見えなかったなぁ。
  だとすると空間を渡ったとか?
  そうかもしれない。
  「面白い技ね、それ」
  「……っ!」
  すぐ真後ろから声がした。
  あたしは身を堅くする。しかし声以外には何もあたしには向って来ない、攻撃は来ない。カラーニャは微笑しながらあたしの脇を抜けて元の立ち位置に戻る。
  えっと……これって余裕ってやつ?
  なんか腹立つなぁ。
  「その技、アイレイド時代のもの。あなた、人形遣いね?」
  「人形姫です」
  記憶はないけど今までの流れで人形姫と判明。
  まあ、正確には人形姫の人格は狂気の魔王シェオゴラスに奪われたから、あたしに人形姫を名乗れる資格はあるかは分からないけどハッタリにはなる。
  実際に有史以前の失われた技『魔力の糸』が紡げる。
  必ずしもただのハッタリではないとは思う。
  それに人形姫という通り名はそれなりに格好良いし。
  さて。
  「人形姫ね。随分と吼えたわね」
  「事実です」
  「まあ、いいわ。私はわざわざ子猫ちゃんを猊下の元に行かせた。それが猊下の御意思」
  「フィーさんを先に行かせたのは……」
  「そう。計画通り」
  「何故そんな事を?」
  「子猫ちゃんは猊下に選ばれたのよ。愚かなるトレイブンが死んだ以上、あの女こそが器になれる可能性がある。……まあ、器にならないにしても猊下の
  取り込むべき魂には相応しい。我々は猊下の邪魔をする雑魚どもを始末するべく配置されている。そう、露払いなのよ」
  「フィーさんがあたし達と一緒と来る事を想定していたんですか?」
  「1人で来ない事は想定していたわ。ラミナスあたりが同行してくるとは思ってたけど……知らない顔が多かったのは想定外ね。いずれにしてもここで全て
  は排除される。始末すれば知った顔だろうが知らない顔だろうが問題ではないわ。猊下の計画は完璧よ。全ては決定された、お前の死もねっ!」
  「はあっ!」
  魔力の糸を振るう。

  フッ。

  再びカラーニャの姿が消えた。
  魔力の糸は文字通り魔力で構成されている。強力な魔術師なら魔力の波動で分かるのだろう。空間転移という能力があるカラーニャにとって魔力の波動
  さえ読めれば回避は簡単なんだろうなぁ。カラーニャ、あたしとの相性は最悪だと思う。
  「雷光の調べ」
  「……っ!」
  バチバチバチィィィィィィィィィィィィィィィィィィィっ!
  カラーニャは立っていた場所の少し後ろに出現、指先から雷撃を放つ。
  ごろごろと右に転がってあたしは回避。
  回避しつつ魔力の糸を放つ。

  フッ。

  「もうっ!」
  また消えた。
  数秒後には先ほどよりもさらに後方に出現。
  ……。
  ……遊んでるな、この人。
  あたしを殺す気がないように見える。いえ、殺す気はある。だけど今すぐ殺す気はないのかな。
  出現場所をあたしの視界の範囲内にしている以上、多分そういう事なんだろう。
  だけど何の為に?
  「空間転移能力、凄いでしょう? 四大弟子はそれぞれ1つだけ猊下から偉大な能力を与えられるのよ。ボロルは憑依、パウロは肉体変異、ファルカーは
  念動、そして私は空間転移。他の雑魚どもとは格が違う偉大な能力っ! 猊下は特別素晴しい能力を私に下賜してくだされたっ!」
  「御託は聞く気がありませんっ!」
  ひゅん。
  手を振って魔力の糸を放つ。
  「まだ分からないの?」

  フッ。

  再びカラーニャは消えた。
  魔力の糸は掻き消えた相手が立っていた場所を空しく通り過ぎる。しかし当然ながら今は誰もいない。空間を渡ったからだ。
  「無駄なのが分かった?」
  先ほどの少し右側に出現。
  その余裕、命取りですっ!
  「はぁっ!」
  「なっ!」
  空間転移して無人の場を通り過ぎた魔力の糸は軌道修正してカラーニャの背中を貫通した。魔力の糸はあたしの意思で自在に動く。カラーニャは人形姫
  もしくは人形遣いの振るう魔力の糸の特性をよく知らなかったらしい。視界に入りさえすれば、空間転移されても簡単に撃破出来る。
  魔力の糸の最大の特性。
  不可視?
  貫通性?
  そうじゃない。
  最大の特性は紡ぎ手の意思1つで軌道修正される事だ。紡ぐのは指を振るだけでいい。紡げさえすればあとは能力者の意思1つでどうにでも動く。
  カラーニャはそれを知らなかった。
  それが敗因。
  「ここまでですっ!」
  「そう? ここまで? ……ふぅん。それってもう戦いを終わらせた方がいいって事なの?」
  「……っ!」
  確実に貫いていた。
  確実に。
  手応えも確実だったのにカラーニャはまだ生きている。
  「この程度で私を殺す気? だとしたら甘いわね。ええ、甘いわ。雷光の調べ」
  「くっ!」
  バチバチバチィィィィィィィィィィィィィィィィィィっ!
  雷撃を回避。
  四大弟子のカラーニャの指先から放たれる雷撃をひたすらにあたしは回避。
  一応あたしはブレトン(人形姫であるあたしにとってブレトンというのは見た目の種族であり、実際の種族はよく分からないけど)だから魔法耐性は高い。し
  かしわざわざ受けようとは思ってないし、魔法に関して素人同然。卓越した魔術師であろうカラーニャの魔法を受けたくはない。
  回避。
  回避。
  回避ーっ!
  ひたすらにあたしは駆けて避ける。もちろんただ逃げているのではなく魔力の糸を紡いでは相手の肉体を貫通、さらには切り裂く。
  血は吹き出るものの、それだけ。
  まるでよろめきもしないし顔色1つ変えない。
  カラーニャは空間転移をする事なくあたしの攻撃を受けながら雷の魔法を連発してくる。
  高笑いしながら。
  「猊下からは直々に『雷光の調べ』を伝授している。ふふふっ! 分かる? ねえ分かる? 四大弟子で唯一私は猊下から魔法を学んだ。この意味が分かる?」
  「くっ!」
  「我こそは四大弟子筆頭っ! 虫の王の腹心中の腹心っ! 虫の賢者カラーニャとは私の事よっ!」
  叫びながらカラーニャはバチバチと音を立てる小さな球体を手から放出、頭上に投げた。
  何?
  あれって雷で構成された球体?
  「雷破・放雷っ!」
  「……っ!」
  小さな球体は突然膨張、そして四方八方に無差別に雷を放出するっ!
  雷撃の数が多過ぎるし何よりランダム過ぎて回避出来ない。
  当たるっ!
  「きゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
  1発の雷撃に直撃。
  全身が痺れてその場に倒れた。倒れたあたしのそばに何発もの雷撃が降り注ぐ。幸い、この魔法はカラーニャにもコントロール出来ないらしい。あくまで
  無差別に、あくまでランダムに降り注ぐだけ。運が良ければ当たらないし運が悪ければ当たる。
  だけどカラーニャはこのまま終わらせる気はないらしい。
  指先をこちらに向ける。
  「バイバイ、お嬢ちゃん」
  「はあっ!」
  辛うじて動く指を動かしてあたしは魔力の糸を放つ。カラーニャはどういうわけか肉体的な強靭過ぎる。まともじゃないぐらいに。
  裂傷、貫通、いずれを受けても平然としている。
  もしかしたら心臓貫いても死なないのかもしれない。だからあたしは急所は狙ってない。
  狙いは足っ!
  右足を切断すれば踏ん張れない。それはすなわち魔法を放つ体勢の維持の崩壊を意味する。
  カラーニャが魔法を放つより早く。
  魔力の糸は彼女の右足に一閃、鋭過ぎる一撃がカラーニャを襲う。
  「……あら?」

  右足が転がった。
  あたしの魔力の糸で切断した右足。カラーニャ、残った左足でしっかりと立っていた。
  はい?
  というか不自然でしょ、どうして片足でそんなに安定しているのだろ?
  彼女の体勢は崩れない。
  顔色1つ変えない。
  指先に宿る雷撃の光、それはあたしに向って放たれる。
  「雷光の調べ」
  「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
  バチバチバチィィィィィィィィィィィィィィィィィィィっ!
  直撃。
  「ふぅん。なかなか高い魔法耐性なのね。消し炭にならずに残っているなんてね。まあ、手加減してあげたんだけど……手加減し過ぎたかしら」
  「つぅっ!」
  全身が痛い。
  気が付けばあたしは体からシューシューという音と煙を発しながら転がっていた。
  カラーニャは右足がないのに平然と立っている。
  血はあまり流れていない。
  「手加減って何故ですか?」
  「手加減されて不服? 消し炭にされないだけ有り難くないの? 感謝してもいいぐらいよ、そうじゃなくて?」
  「はあはあ」
  あたしはよろよろと立ち上がる。
  手加減されたのかは分からないけど、少なくとも五体満足でいるのは確かだ。
  「子供を容赦なく殺すのは趣味じゃないの。子供は嬲り殺さないとね」
  「悪趣味です」
  「あらそう? 大学にいた頃、子猫ちゃんを殺したくて仕方なかった。ストレスが溜まったわ、あの頃は。餓鬼なんて皆死んでしまえばいいのに。あんたもね」
  「あたしは子供じゃありません」
  「子供よ。そんなに小さな胸なのに大人ぶるつもり?」
  「全世界の貧乳さんに謝ってください今のは暴言ですっ! 異世界の神はこう言いました、貧乳はステータスだとっ! 貧乳はあくまで局地的敗北ですっ!」
  「……状況分かってるの、戦闘中よ、お子様」
  「……」
  はぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ。
  貧乳を力説しちゃったよーっ!
  「話を元に戻しましょうか。よろしいかしら?」
  「……お願いします」
  「手加減したのが不服ならそろそろ殺すとしましょうか。魔力の糸は特殊。確かに魔術師系の子猫ちゃんを相手にするよりあなたの相手は疲れるけど
  殺すのは容易なのよ。反対にあなたは私を殺せる? 足の1本落とした程度では私は殺せないわよ?」
  「くっ!」
  「私を殺そうと思うならこの程度では……あら?」

  ざああああああああああああああああああああああっ!

  「えっ!」
  「あらあら。前言撤回。攻撃を受け過ぎたからどうやら自動再生能力が変な風になってしまったわね。この肉体は寿命みたいね」
  足首を失った右足の切断部分から突然大量の血が吹き出す。
  その吹き出し方がまともじゃない。
  まるでバケツ一杯に満ちた水を引っくり返したような、そんな感じの吹き出し方。それも切断してからしばらくはまるで血が出ていなかった。
  何なの?

  ざあああああああああああああああああああああっ!

  体中の血が失われていくカラーニャ。全身から血の気が失われていく。
  それだけではなく全身が干乾びていく。
  「最早これまでね、この体は。ふふふ」
  「何なんですか、あなたはっ!」
  「あっはははははははははははははっ! それを簡単に教えたらつまらないじゃない? 解き明かしてみたらどうかしら、人形姫」
  出血が止まった。
  カラーニャが魔法か何かで対策をしたというよりは体から血が全て失われた、と見た方がいいだろう。おそらく血は一滴も残ってない。
  なのにカラーニャは生きてる。動いてる。
  これが死霊術?
  あたしは基本的に魔術は無知。死霊術がどのようなものなのかも分かってない。カラーニャってもしかしてアンデッドなのだろうか?
  「まさか本性を出さないといけなくなるとはねぇ」
  「予想外ですか?」
  「いいえ。だけどそれはトレイブンの子猫ちゃん相手にだけだと思ってた。まさかそれ以外の者に見せる事になるとはねぇ」
  「排除しますっ!」
  「どうぞご自由に。……ああ、何なら首を刎ねて貰える? そろそろ肉体を纏うのが面倒になってきたわ」
  「……」
  こいつ何者?
  既に体内の血液は尽きてミイラ状態のカラーニャ。この状態で生きているのも凄いし、この状態で喋っているのも凄い。
  どんな裏技なんだろ。
  そして首を刎ねろ発言は……罠なのかな?
  ……。
  ……恐れるな、あたしっ!
  あたしはアイレイドの人形姫。古代アイレイド文明でもっとも恐れられた存在(あたしはそんな昔を覚えてないけど)。
  カラーニャは不気味。
  だけど今まで黄金帝、魔剣士ウンブラ、死霊術師ファウストといったデタラメな敵を倒してきた。
  ミイラ状態になっても生きてるぐらい大した事ない。
  勝たなきゃっ!
  「はあっ!」
  魔力の糸を放つ。
  圧倒的な速度で瞬時にカラーニャの首を切断、刎ね飛ばす。血液はもう残っていないのだろう、血は吹き出なかった。
  首が飛んだ。
  首を失いつつも、右足を失いつつも普通に立っている。しかし数秒後、どさぁっとその場に引っくり返った。
  倒したの?

  ざああああああっ!

  だけど息をつく間もなく突然カラーニャの死体から、右足と首の切断部分から黒い何かが音を立てて流れ行く。
  最初は闇かと思った。
  闇が形を持ったのだと思った。だけどそうじゃないのがすぐに分かった。
  この黒いものは無数の生物だった。
  それはそれは言葉を発する。
  聞き辛い異音。
  「猊下の敵は全て貪り食らってやる。きひひひひっ! さあ、食べてあげるわっ! 頭からボリボリとねっ! 我こそは最強の四大弟子カラーニャなりっ!」
  「……化け物」
  「私から見たらあんたも規格外だけどねぇっ! いずれにしてもお前を殺すわ。何か異論はあるかしらぁ?」
  「ありません。全力であなたを排除しますっ!」


  第二戦、開始っ!