天使で悪魔







高潔なる血の一団からの依頼






  闇に潜む眷族は待っている。
  解放のその時を。






  帝都、神殿地区。
  かつてそこにはセリデュールという貴族が住んでいたという屋敷がある。現在はローランドという男性が住んでいるらしい。
  あたし達はラルザ・ノルヴァロというダンマーの女性からそこに向かうように言われた。
  夫であるギレンから依頼があるとかないとか。
  用件は結構意味不明。
  だけどあたし達は冒険者集団フラガリア。依頼がありそうなのであれば向かうのが冒険者……だと思う。ちょっと自信ないですけど(汗)。
  現在その屋敷の中。
  おそらく用心棒か何かなのだろう、全身フル装備のダンマーの戦士はあたし達を屋敷の地下室に通じる扉まで案内してくれる。
  ガチャ。
  「どうぞ。奥でローランド様がお待ちです」
  「ありがとうございます」
  彼は扉を開けてくれる。彼自身は奥にまでは行かないらしい。
  そういう決まり?
  まあいいか。
  あたし達は地下に降りて行った。
  「お待ちください」
  「はい?」
  背後から声。用心棒のダンマー戦士は呼び止める。
  「何ですか?」
  「ペットはさすがに困ります」
  「ふふふ」
  思わずあたしは笑ってしまう。
  パーパスは立ち入り禁止らしい。外見は黒い犬だから仕方がない。
  実際にはオブリビオンの魔王の1人であるクラヴィカス・ヴァイルの使い魔、つまりは悪魔なんだけど見た目は犬だから仕方ない。
  「待ってて、パーパス」
  「……わん」
  犬に徹するつもりらしい。
  なんか可愛い。
  あたし達は改めて奥へと進んだ。



  「よく来てくれた。ギレンの奥さんに頼んだのは私だ。……ああ。自己紹介がまだだったな。私の名はローランド、高潔なる血の一団を取り纏めている」
  「高潔なる血の一団」
  地下にはローランドと名乗る人物、そしてその両脇を固めるようにダンマーとアルゴニアンがいた。
  多分ダンマーの方がギレンさんなのかなと勝手に推測。
  「まあ、座ってくれ」
  「はい」
  あたし達は椅子を勧められる。
  座った。
  「わざわざ呼び出したりしてすまない、フラガリアの諸君」
  「いえ。……あっ、あたしはフォルトナです」
  「システィナです。お見知りおきを」
  「我輩はチャッピーだ」
  「我はケイティー」
  それぞれに挨拶。
  「よろしく頼む。さて君達は高潔なる血の一団という組織を知らないと思うが……」
  「知ってます」
  「知っている?」
  「はい」
  あたしの返答が意外だったらしい。
  ローランドさんは怪訝そうな顔をした。
  「エスレナさんの所属している組織ですよね」
  「エスレナ……ああ、会員番号8番のレッドガードの彼女か。そうか、君達は彼女の知り合いか。ならば話は早い。我々の仕事は知っているね?」
  「吸血鬼狩り」
  「そうだ。ただし吸血鬼なら誰でも狩るわけではない。人間を狩ろうとする連中のみを、我々は狩るのだ」
  「それで依頼の話とは何なのだ。マスターがわざわざと出張られたのだ。用件を言え。用件を」
  乱暴な口調で話を促すチャッピー。
  交渉で絶対にしちゃいけない事だよそれはー。
  ガン。
  涼しい顔してシスティナさんはチャッピーの足を踏みつける。あたしの心を先読みしたのかもしれない。
  バチバチバチ。
  2人の視線が交差、一挙に険悪な空気が流れる。ローランドさんが慌てて取り成すように話の本題に入る。
  「で、では早速商談に入りましょう」
  「お願いします」
  なんか気を使わせたみたいで悪いなぁ。
  まだローランドさんは依頼人ではない。だけど限りなくその可能性がある人。丁寧に接しないと。
  「結論から言おう。我々はフラガリアの協力を頼みたいのだ」
  「それはつまりあたし達に吸血鬼狩りをしろという事ですか?」
  「その通りだ。……あー、すまない、君のような女の子がフラガリアの、その、リーダーなのか?」
  「そうです」
  意外らしい。
  まあ、それもそうかなぁと思う。
  冒険者集団フラガリアは既にシロディール全域にその名声が広まりつつある。あたしがリーダーというのは意外過ぎて納得出来ないのも確かだろう。
  バッ。
  瞬間、システィナさん、チャッピー、ケイティーが動く。
  あわわわわわっ!
  まずいーっ!

  「マスターに対しての不敬の言葉、万死に値する。そうではないか、ケイティー殿っ!」
  「同意する。さすがはチャッピー殿。この者、処刑だな」
  「処刑など手緩いわね、2人とも。生きたまま海に沈めるわよ」
  「助けてくれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」

  「……はあ」
  相変わらず過激な3人だなぁ。
  悪い気はしないけどそこまで崇拝されるとくすぐったいんですけど。ダンマーとアルゴニアンは必死にあたしに取り成すように頼んでくる。
  「3人とも、駄目だよ」
  『御意』
  あっさりとローランドさんから手を離して椅子に座る3人。
  「げほげほ」
  咳き込むローランドさん。
  悪いことしたなぁ。
  謝る。
  「あたしの仲間が、その、ごめんなさい」
  「い、いや、気にしないでくれ」
  「そ、それで依頼とは?」
  「そ、そうだな」
  話を促す。
  この気まずい雰囲気を打破するにはビジネスの話が一番だと思ったからだ。冒険者してる最大の目的は皆で暮らせる家を建てる事。可能ならローズソーン
  邸を大々的に改築したいと思ってる。そして皆で賑やかに暮らしたいなぁ。フィーさんにそれとなく聞いてみたら賛成してくれたし。
  冒険は改築の費用を貯める為だ。
  日照権とか色々な問題があった場合は、その時は近所に家を買うか建てるかするのを考慮しないとね。
  さて。
  「君達は帝都で最近起こっている吸血鬼の事件を知っているかな?」
  「いえ。まったく」
  「実は深夜になると闘技場付近で吸血鬼による事件が多発しているのだ。知っているかは分からんが闘技場地区は深夜は寂しい場所だ。深夜には闘技は行わ
  れないからね。闘技場は帝都で唯一の合法の賭け事。昼間酒を飲みながら熱狂し、闘技場の外で酔い潰れている事も珍しくない」
  「だけど巡察兵が……」
  「その兵士も狙われている。あの近辺は深夜になると完全な無法地帯になる」
  「ローランドさん達は動いていないんですか?」
  「動いてはいる。しかし闘技場地区には手が回らない。というのも他の地区でも吸血鬼が深夜に跋扈している。闘技場地区よりは小規模だがね。いずれにして
  も他の地区の鎮圧が限界だ。吸血鬼ハンターは少数精鋭。数で負けている。さらには夜の闇の中というネックもある。そっちにまで手が出せない」
  「何故あたし達を?」
  「君達の噂は聞いている。君達なら解決……はまだ分からんが……ともかく、問題が起きても単独で突破出来ると思ったからだ」
  「なるほど。それで何か情報はありますか?」
  「実は最近吸血鬼は組織されているらしい。帝都の地下に日中は潜み、深夜になると這い出てくるのだ。組織化した者の名はレディ・レッド」
  「レディ・レッド?」
  「そうだ」
  「何者ですか?」
  「よくは分からん。ただ吸血鬼の店主が言うには最近はその人物の名をよく聞くらしい」
  「吸血鬼の店主?」
  「帝都の地下に吸血鬼のコミュニティは昔からあるんだ。酒場もある。そこの連中は基本的に温和だ。我々の組織とも交流がある」
  「へー」
  世の中意外性に満ちてるなぁ。
  「ローランドさん、そこってあたし達も入れます?」
  「入れるが、それが何か?」
  「情報収集出来ると思って」
  吸血鬼の情報は吸血鬼から得るのが一番だ。
  レディ・レッドか。
  何者だろう。
  「それではローランドさん、あたし達の受ける任務はレディ・レッドの討伐……という事でいいですか?」
  「いや。そこまではお願いしない。あくまで情報収集をお願いしたい。もちろん展開次第では討伐戦の援助を頼むかもしれんがまずは情報収集だ」
  「分かりました」
  「我々の人数は少ない。かといって帝都軍にも任せてられん」
  「どうしてです?」
  「吸血鬼の棲家は帝都の地下。帝都軍は地上しか担当しないのだよ」
  「そういうものなんですか?」
  「そういうものなんだ」
  お役所仕事ってわけか。
  なんかやだなぁ。
  あたしはそんな大人にならないように気を付けなきゃ。
  「高潔なる血の一団は、その名の通り高潔であろうと日々努力している。別に吸血鬼を何とかしてくれという依頼を誰かから受けたわけではない」
  「そ、そうなんですか?」
  「ああ。私は代表になって日は浅いが先人の意思と熱意は受け継ごうと思っている」
  「ふぅん」
  「高潔なる血の一団の歴史は古い。元々は聖堂に所属する機関の1つだった。聖職者の命令で吸血鬼を滅する機関として存在していた」
  「へぇ」
  そうなんだぁ。
  あたしは吸血鬼にはあまり詳しくないけど、おそらく昔は吸血鬼=悪魔という方程式として考えられていたのかも。
  宗教絡みの機関だったのであればそれはありえる話だ。
  ローランドさんは続ける。
  「しかし次第に吸血鬼を悪として見る風潮が薄れて行ったらしく吸血鬼狩りの機関は無用の長物となった。廃止されたのだ。だがそれに納得の行かない
  者達は地下に潜り秘密結社化した。聖堂を去る際に色々と宝を失敬したらしく、軍資金には事欠かなかったようだよ」
  「えっと、今のこの組織も秘密結社なんですか?」
  「秘密結社と言われればそうだが別に当時の流れは汲んでいない。まあ、先人が残した資産は流用しているがね。そもそもこの組織を引き継いだのは
  セリデュールという吸血鬼だった。奴は吸血鬼狩りの組織を仕切る事で自身の安全を守り、自身の敵を排除しようとした」
  「吸血鬼が吸血鬼狩りに?」
  「そうだ」
  随分と上手い手を考えたものだなと思う。
  だけど今はローランドさんが仕切ってる。つまりセリデュールは排除されたと考えた方がいいのかな。
  「歴史こそあるものの我々には独自の勢力というものが存在しない。吸血鬼ハンター達は高潔なる血の一団に籍を置いてはいるがそれぞれに個として
  存在している。すぐに動かせれる人数はいないし、そもそも数も少ない。そこで今回君達にお願いしたいのだ」
  「失礼ですけど報酬は?」
  「支度金として金貨3000枚を出す用意がある。成功報酬としてさらに3000枚。3日に一度は必ず途中経過を報告して欲しい。その際に必要経費を支払おう」
  「……」
  あたしは仲間達の顔を順に見る。
  システィナさん、チャッピーは頷いた。……あー、ドレモラのケイティーはこの世界の貨幣に関する知識が薄いので困惑顔だけど。
  ともかく。
  ともかくシスティナさんとチャッピーはこれが依頼として成り立つと判断した。
  あたしはローランドさんに快諾。
  「分かりました。あとはあたし達フラガリアにお任せを」
  依頼の契約完了。
  現場となる闘技場近辺で情報収集……ううん、いっそ夜中にその辺りを歩き回ろうかな。手っ取り早い。
  まずはそこがスタートライン。
  「ではよろしく頼みます」
  「分かりました」



  外に出る。
  調査は夜がメインとなる。まだ日が落ちるには数時間ある。
  どうしよう?
  今夜に備えて寝ようかな。
  それとも先にご飯食べて夜の調査の準備をしておくべき?
  ……。
  ……よし。ご飯に決定っ!
  何食べようかなぁ。
  スローターフィッシュのムニエルしにしようかな。それとも……。

  「大変だな、ジェラス将軍も。魔術師ギルドの援軍として遠征とは」
  「ああ。新任評議長のフィッツ何とかのお守りってわけだ。何も帝都軍がわざわざ出張る必要もないのにな」

  2人の帝都兵が喋りながら通り過ぎる。
  いつもならただの会話。
  いつもならただの噂話。
  そう。
  いつもならそのまま流す。
  だけど今の話の中に『フィッツ何とか』という名称が出てきた。もしかしてフィーさんの事かな?
  あの人、魔術師ギルドに所属してる。
  つまりフィーさんの話?
  「どうしました、姫様」
  システィナさんが不思議そうな顔であたしを覗き込んだ。
  「えっと。気になったんです」
  「気になる?」
  「はい。今の兵士の人達がフィーさんの話をしていたみたいだから」
  「しばしお待ちを」
  彼女はあたしに一礼、そのまま兵士のところに走っていく。聞いて来てくれるみたいだ。優しいなぁ。
  自分で聞けば一番?
  あたし一度投獄されてるから兵士は苦手。
  ちょっとトラウマだし。
  システィナさんはすぐに戻って来た。律儀にここでもまた一礼。そこまで丁寧に扱われるとちょっとくすぐったい感じがする。
  「姫様、聞いてまいりました」
  「あ、ありがとうございます」
  丁寧すぎて戸惑ってしまう。
  「姫様。どうやら魔術師ギルドとかいう組織は不倶戴天の天敵の組織と全面対決するべく行動を開始したようですね」
  「全面対決」
  「ブルーマとかいう街の近くにある山彦の洞穴に敵組織はいるようです」
  「山彦の洞穴」
  「フィッツガルド・エメラルダとは屋敷であった女性ですよね。姫様の恩人だとか」
  「そうだよ。恩人」
  「その方も参戦するようです。いえ。正確にはその方が指揮を取るようです」
  「指揮を」
  山彦の洞穴。
  その場所は知らないけどブルーマまで行けばすぐに分かるだろう。
  フィーさんはあたしの恩人。
  あの人が拾ってくれなければあたしは今頃は牢獄で腐ってたと思う。それはそれで自業自得。あたしが感謝しているのは脱獄させてくれたからだけじゃ
  ない、居場所をくれたからだ。恩義に感じる必要はないとフィーさんは笑ったけど力になれる時は力になりたい。
  あたしは力になりたい。
  「姫様?」
  「システィナさん、それにチャッピー、ケイティー、パーパス。お願いがあるの」
  「何でしょう?」
  代表してシスティナさんが聞き返す。
  「あたしはフィーさんの力になりたい。あたしが行っても邪魔かもしれないけど、あたしはこれからブルーマに行こうと思う」
  「では私達も……」
  「ううん。皆は高潔なる血の一団からの依頼に専念して。フラガリアとしてはそっちの方が大切だから」
  「しかし……」
  「これは私情。だからあたしだけでいい。それに依頼は依頼として遂行する必要がある。受けた以上はね。皆は依頼に専念して。お願い」
  「分かりました、姫様。どうぞご随意に」
  快くシスティナさんは頷いた。
  他の仲間達もだ。
  「マスター、依頼の件に関しましては我輩達にお任せを。マスターのマスターへのご助力、頑張ってください」
  「主。我らに万事お任せあれ」
  「仕方ねぇなぁ。まあ、俺様達四天王に任せとけって」
  ドラゴニアンのチャッピー。
  ドレモラのケイティー。
  黒い犬の悪魔パーパス。
  3人もまたあたしを送り出してくれるみたい。
  よかった。
  「じゃあ、行ってきますっ!」



  アイレイドの人形姫、黒蟲教団との決戦に参戦。