天使で悪魔
さよならの向こう側
物事には必ず終わりがある。
出会いがあれば別れもある。でも別れの後には、出会いもある。世の中はそうして廻ってる。
さよならは悲しい。
さよならは空しい。
だけどあたしは見たいと思う。
さよならの向こう側に、待つモノを。
女王の帰還。
女王不在を利用して黒牙の塔の玉座に座していたバルバトスは簒奪者として放逐された。もちろん既に反乱分子との内通が判明
していたからだ。カザルトからは追放されなかったものの、立場をなくして彼は出奔した。
迷いの森において、死霊術師ファウストは敗北。その後行方不明。
能力の大元である右腕を失った以上、舞い戻る事はあるまい。既に次元を超える能力すらないのだから。
右腕が、マリオネットの義手がファウストの能力の根幹。
それがないのだから再来はありえない。
渇きの王、腹心ジェラスも死亡。
反乱分子は中心を失い、カザルトを伺う事すらも出来ない状況に陥った。
もっとも反乱分子を完全討伐するほどの戦力は女王側にはなく静観の姿勢を取っている。
現在のところ反乱分子は本拠地である《死海》に浮かぶ《墓石の群島》に鳴りを潜めている。このまま反乱分子独自の国家を築くの
ではないかというのが女王様の推察だ。
双方手を出さずに共存。
これが一番理想的な結末なのかもしれない。
シェーラさん。
元々はバルバトスの部下。その後見切りをつけ女王側に転じ、主席宮廷魔術師に抜擢された。
女王が誘拐され不在時に黒牙の塔の封鎖を命じられていたもののシスティナさんが姿を消した(迷いの森のファウストの屋敷に
現れての最終決戦)際にバルバトス支持を表明、塔に招き入れた。
女王帰還時には再び女王側に転じたものの、女王はさすがにそれを許さず討たれる。
その後バルバトス側に転じた者達は一掃。
カザルトは女王の手に戻った。
魔王。
契約を司る魔王クラヴィカス・ヴァイル。
狂気を司る魔王シェオゴラス。
両者の激闘の行方はよく分からない。ただ、カザルトに戻った2日後に様子見に行ったところ、舞台になったファウストの屋敷その
ものがなくなっていた。悪意の屋敷は完全に粉砕されていた。
どちらが勝ったのだろう?
ケイティーは言う。
「クラヴィカス・ヴァイル殿も馬鹿ではないでしょう。滅びる前に本国に戻ります。少なくともこれで100年は干渉して来ないはずです」
シェオゴラスの方が強いらしい。
叩きのめされても滅びる前にクラヴィカス・ヴァイルは自分の世界に逃げるみたい。
もっともそのペナルティとして100年は自分の世界から出れないそうな。
厄介払い、かな。
うん。これで世界に干渉してくる魔王が1人減った。厄介払いだね。
そして……。
「寂しくなりますね」
黒牙の塔。女王の間。玉座に座ったまま、リーヴァラナ女王はそう呟いた。
あたし達フラガリアは女王に謁見している。
今日、帰還する。
元の世界に。
決戦から一週間経った。
国は平穏に戻りつつある。
女王帰還時は大変だった。バルバトスが王位宣言した事が民衆を起たせる事になった。国民は女王の義勇軍となり黒牙の塔
に迫った。バルバトス政権は呆気なく潰えた。
国民は女王が好きのようだ。
……そう。システィナさんが女王を愛したように。
……。
結局女王はシスティナさんの事を多くは語らなかった。
ただ、あたしに分かっているのはシスティナさんはアイレイド時代に人形姫の作戦の犠牲と指定世界に飛ばされたらしい。
つまりこの世界に。
この世界にある文明はカザルトだけ。
あとは完全なる、何もない土地。
システィナさんは何千年もの間孤独に彷徨い続けていたようだ。
そして今から数年前にシスティナさんはようやくカザルトに辿り着く。女王に拾われ、信用され、愛され、結果として彼女も盲目的に
女王を敬愛し、女王を精神的にも支えるべく今回の騒乱を計画した。
全ては女王の為。
そう、彼女は言っていた。
要は女王に不満を持つ者達を煽り、起たせる事で一掃しようとしていた。
結果、それは成された。
確かに国は平穏を取り戻している。余分な勢力は排斥されたからだ。
そういう意味合いではシスティナさんの計画は正しい効力を果たしているものの、それが本当に正しいのか。
あたしには分からなかった。
「よう」
「来てくれたんですか」
「俺も、仲間だからな」
照れ臭そうに。
それでいて申し訳なさそうに笑ったのは、アルゴニアンの男性だった。スカーテイルさん。
アルゴニアン王国の暗殺者シャドウスケイルの1人で、王国脱走後はフロンティアでガイドの仕事をしていた。色々な縁があって一緒
にカザルトまで来て一緒に冒険をしていた仲だ。
もっともこの世界で恋人が出来た後は一緒に冒険する事はなくなったけどね。
恋人、かぁ。
恋人が出来たからこちらの世界に残留する、そう彼は言った。だからここでお別れだ。
見送りに来てくれるとは思ってなかったけど。
今更意見を翻さないとは思うけど、誘ってみようかな。
「どうしてもここに残るんですか?」
「ああ」
「彼女さんと一緒に……」
「悪いが断るよ。俺には敵が多いしな」
「ですよね」
アルゴニアン王国の裏切り者であるスカーテイルさんには敵が多い。もちろん敵はアルゴニアン王国だ。
お抱え暗殺者であるスカーテイルさんは機密を知り過ぎてる。
それを快く思わない王国が刺客を頻繁に放ったとしてもおかしくない。
「ここなら刺客も来ないし安全だよ」
「ですよね」
「それにブレトン女にも悪いしな」
「ブレトン女?」
「ああ。闇の一党の暗殺者なんだけどな、そいつが昔馴染みから俺を逃がしてくれたんだ」
「へー」
初耳だ。
「俺を死んだ事にしておいてくれた。だが実際には生きてるわけだ、俺はよ。世界は広いとはいえ狭い。どこかでテイナーヴァや
オチーヴァと出会うとブレトン女が嘘をついたのがばれる。俺の身も危険だし、ブレトン女にも迷惑掛けるしここが最適なんだ」
「あっ!」
「……?」
テイナーヴァさんとオチーヴァさん?
ローズソーン邸に住んでる元闇の一党の暗殺者の名前だ。もしかしてブレトン女って、フィーさん?
世の中意外なところで繋がってるらしい。
それにしてもフィーさん、人助けが好きなんだなぁ。
「もしかしてそのブレトン女って、フィッツガルド・エメラルダさんですか?」
「さあな」
「さあな、って……」
「名前は知らないんだ、聞いてなかった。……心当たりはあるのか?」
「はい。テイナーヴァさんとオチーヴァさんはあたしの家族ですし」
「……ああ、あんたはそういう仕事か」
「はい。元、ですけど」
「世の中広くて狭いな。……そう思うだろ」
「はい」
思わず2人で笑う。
変なところで世界は繋がっているらしい。それがおかしくて、笑えた。もちろんスカーテイルさんをどうこうするつもりはない。フィーさん
が見逃したのであれば、それは殺すに値しない内容の裏切りだったのだろう。
つまり、オチーヴァさん達の憎しみが妥当ではないと判断しての事だ。
「元気でな。ブレトン女にもよろしく伝えてくれ」
「はい」
握手。
爬虫類系の亜人であるアルゴニアンなのに、その手は温もりに満ちていた。
「元気でやれよ」
「ああ。トカゲの親類さんもな」
チャッピーとも握手を交わす。ケイティーは……まあ、あまり面識も繋がりもなかったからお互いに会釈だけ。
シャルルさんには辛辣な言葉を投げつけた。言葉の底には愛嬌があり、本心ではないようだけど。
「じゃあな裏切り者」
「女に現を抜かしている貴方に言われたくはないですね」
「はっ、言ってくれるぜ」
「お互い様ですね」
「あばよ。まっ、元気でやんな」
「ええ。お互いにね」
くすくすと笑いあった。
やっぱり仲間。
……もちろん歩む道は違う。
スカーテイルさんとはここで別れるし、シャルルさんは元の組織に戻る。黒の派閥に。
エスレナさんとはここで別れるし。まだ傷が癒えていないので絶対安静。この場にも出て来れないほどの傷。治り次第の帰還。
置いて帰るのは気が引けるけど、これはエスレナさんの希望でもある。
シロディールでどうせ別れるんだから、どこで別れても同じだと。
……。
仲間、か。
繋がりが深かっただけに、別れるとなるとやっぱり辛いなぁ。
「この国の事は心配するな。ワシもこれからは国の治世に関わるようにするよ」
「カエル師匠」
ぴょこん。ぴょこん。ぴょこん。
カエル特有の歩き方、というか跳ね方をしてのご登場。
あれ以来。
女王誘拐時に突然現れて以来の、再会だ。
……。
あっ。
あの時、女王が誘拐され不在の際にシスティナさんと押し問答していた。あれはもしかして……。
「カエル師匠、システィナさんの事を……」
「ああ。スラム街で全裸に引ん剥いた時に全てを知ったよ。前に言ったろ、ワシは精神を覗き見る力があると。あ奴を全裸に引ん
剥いた時、ワシは奴の精神を覗いた。つまりあれはエロエロ目的ではなく、奴の精神を垣間見る為の行為じゃ」
「……」
「ほ、ほんとじゃぞ」
「……嘘でしょ?」
「ほんとなんじゃーっ!」
まあ、この話は置いとこう。キリないし。
ただあたしはこの人はただのエロガエルだと思ってる。
さて。
「奴の精神を垣間見た時、全てを悟ったよ」
「だからあの台詞」
「そうじゃ」
「システィナの話はやめましょう」
沈黙を保っていた女王が口を挟む。
「彼女は私の忠臣でした。それ以上の論議は不要。今はその死を悼み、今は国の再建に力を注ぐ。それが最善でしょう」
女王には女王の心情がある。
複雑な心情が。
あたし達の口を窘めるとともに、ともすれば湿っぽくなる別れの感情を切り捨てるように事務的に言う。
「そろそろ貴女達を元の世界に帰してあげましょう」
シャルルさんは一歩離れた。
「では僕はこれで。……心配御無用、自分で帰れますので。阿片さんを置いて帰ると、この世界の人に迷惑ですしね」
「……シャルルさん」
「フラガリアから僕は脱退ですね。楽しかったですよ」
「……」
彼もまた事務的に切り上げ、この場から退室した。
皆、別々の道がある。
分かっているけどやはり物悲しいものがあった。
「マスター。我輩は一緒ですぞ」
「我もチャッピー殿に同意します。生涯主に仕えましょうぞ」
「ありがとう」
2人の慰めの言葉が嬉しい。
ただ、2人の住まいはどうしよう?
ローズソーン邸は広いと言ってもあれ以上は住めないし、フィーさんもさすがに良い顔しないだろうし。
どうしようかなぁ。
「人形姫。……いや、フォルトナ」
「はい」
初めて名前読んでくれた。
女王は優しく微笑んでいる。胸中では今回の騒乱の事で色々な想いが飛び交っているのに、透き通った微笑をあたしに向ける。
「カザルトはあなたに借りが出来ました。受けた恩は必ず返しますよ」
「……? あたし達を元の世界に返す事が、恩返しの一環ですよね?」
「これは義務です。恩返しとは違いますよ」
「……?」
「何をするかは決めていませんが、必ず返しますよ。いつも貴女を見ていますからね」
「……? はあ、ありがとうございます?」
「あっははははは」
要領得ないあたしの態度が楽しいか、女王は声を立てて笑った。
拗ねるあたし。
……。
色々あったな、この国で。
色々あった。
思えばレヤウィンにいる有名な占い師(正確には預言者)ダゲイルさんを訪ねたのがそもそもの目的だった。
なのにこの長旅。
なのにこの冒険。
あのままクヴァッチにある闇の一党の聖域に留まっていたらこんな世界の不思議に触れ合う事もなかっただろう。
フィーさんに拾われなかったら今でもあたしの牢の中。
そう考えると世の中って人と人との繋がりが、新たな道へと通じているのだと思う。
「フォルトナ。貴女を見てますからね」
「はい」
出会いがあれば別れがある。
別れがあれば出会いがある。
いずれにしても必ず『さよなら』は付き物だ。それは物悲しく、歯痒く、辛い。
でもあたしの心の中には新たな明日に対する憧れが存在しているのも確かだ。
さよならの向こう側。
その先には何があるんだろ?
「それでは、また」
「はい。女王様、お体に気をつけてくださいね」
そして。
そして、あたし達は舞い戻る。タムリエル、シロディール地方に。
ここから新しい明日が始まる。
あたし達フラガリアの冒険は終わらない。