天使で悪魔





創造主





  死霊術師ファウストの屋敷。
  そこには生命を弄ばれた者達がファウストの為に立ち塞がる。ファウストの従順で、絶対なる下僕。
  生命だけでなく魂すらも既に支配されている。
  創造主を気取る者。
  その名は……。






  「次っ!」
  迫り来る三つ首のトロルの首を全て一撃で落とす。
  死霊術師ファウストの屋敷の広間。
  迷いの森では《黒の派閥》とかいう組織の刺客に襲われたものの、そんなのはただの準備運動に過ぎなかった。屋敷に一歩足を踏
  み入れた次の瞬間には大量の強化生物が押し寄せてきた。
  元は人だった。しかし今は人ならざる者。
  異質な存在。
  襲いかかる強化生物達には何の罪もない。
  しかしここに至ると殺すしかないのは事実だ。あたしは子供だけど、メルヘンだけで人は生きられない。
  ……殺すのに躊躇いはない。
  「はあっ!」
  魔力の糸。
  鉄すらも両断できる、不可視の攻撃。
  あたしの意思1つで動きを変えられる魔力の糸はある意味で敵は回避する術はない。……ケイティーは回避したけど。
  ……。
  ああ。補足。
  魔力が元になっているだけあって、魔法耐性のある人物には威力が低下もしくは無効化される。
  だから多分フィーさんには効かないと思う。
  あの人は魔法耐性高いブレトンだし魔法や装備でその耐性を強化&増幅していると聞いた覚えもあるし。
  まあ、魔力の糸を向けるつもりはないけど。
  さて。
  「チャッピー、ケイティー、突破しますっ!」
  「御意」
  「理解しました」
  これだけの数の強化生物を迎撃に出してくるのだからファウストは既に屋敷に舞い戻っているのだろう。
  カエル師匠の言葉が正しければ女王様と、その女王様を誘拐した反乱分子もここにいる。
  流れは1つになりつつある。
  ……大変に都合が良い。一気に全部解決して、この世界を救わなきゃねっ!
  「フラガリア、突撃っ!」
  そして……。



  どれだけの数がいるんだろ?
  モンスター同士を合成した強化生物も多いけど、モンスターと人間を掛け合わせたモノも多い。
  いずれも非道な実験の産物だ。
  「はあっ!」
  敵の眉間を貫く。
  あたしも、チャッピーも、ケイティーも強い。強いけど……多すぎるよこれはーっ!
  倒しても倒しても次が来る。
  舞台は広間から次第に屋敷の奥へ奥へと移行していく。
  移動しつつ戦闘?
  ……違う。
  退却しては戦って、戦っては退却していく。
  その度に敵を屠っていくもののそれ以上に敵の《おかわり》は増えていく。
  前回のような手の込んだ心理戦のような敵はいないけど力攻めもまた厄介なのは変わりがない。あたし達は強いけど無敵じゃない。
  いずれは数で圧倒されてしまう。
  その結果は死だけだ。
  「ごぁっ!」
  ごぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!
  チャッピーが炎を吐く。
  追撃して来た敵の数体を焼き尽くす。
  だが恐れというものがそもそも敵にはないらしい。焼け落ちた死体を越えて追撃してくる。……はぁ。恐怖心もないらしい。
  これではキリがない。
  そもそもファウストは地下監獄で看守を化け物に変じさせた。
  人間を200体の化け物にしてしまう能力があるのだ。
  ……。
  ……うわぁ。厄介な展開。
  ファウストが手下の化け物全てを《×200》されては困る。
  完全なる雑魚魔物に過ぎないもののそれでは困る。もちろん今の状況も大いに困る。シャルルさんが抜けたのも痛い。
  戦力不足は否めない。
  今までのように追い詰められたら人形姫の人格がリミッターを解除して、あたしの能力が大幅アップもありえない。そもそも人形姫の
  人格は魔王シェオゴラスの杖の中。
  八方塞だーっ!
  はぅぅぅぅぅっ。
  「主」
  ケイティーが冷静に判断する。
  「この戦い、我々の敗北は必至。もちろん主を敵の手に掛けるつもりはありませぬ。我が剣で主の首を刎ね、我も後を追う所存」
  「……」
  すいません凄い物騒な話なんですけど。
  「おお。素晴しい意気込みですな」
  チャッピーはチャッピーで同感してるし。
  「ケイティー殿の意気込み、感服しましたぞ」
  「今宵一献、どうです?」
  「おお。ケイティー殿から誘ってもらえるとは嬉しいですな。武人同士で酌み交わす酒ほど美味いモノはありませんからな」
  『はっはっはっ』
  いや。笑ってる場合じゃないですから。
  その間にも迫り来る化け物達。
  バッ。
  ここで迎え撃つしかないか。
  あたし達は無言で頷き合い構える。あたしは魔力の糸を放つ体勢を、チャッピーはドワーフ製のメイスを構え、ケイティーはデイドラ
  製のロングソード。人数こそ3名ではあるものの、総合戦闘力は高いと自負している。
  そして……。
  バチバチバチィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィっ!
  「きゃっ!」
  迫り来る敵を一撃の元に葬り去る電撃が降り注ぐ。
  凄い威力っ!
  敵は全て焼き焦げた。……少なくとも当面の敵は、だ。
  それよりも……。
  「まったく。高みの見物洒落込ませてくださいよ」
  「貴方はっ!」
  「我らは黒の派閥。……なぁんてね。ファウストの右腕はなかなかレアな魔道アイテムになりえるのでね、ここに推参した次第です」
  眼鏡の人物。
  狂気じみた笑みの女。
  ……シャルルさんと阿片だ。
  「どうでしょうかね。一時的に手を組みませんか? ……ほら、昔は仲間なわけですしね。ほんのちょっと昔まで」
  「何が仲間だ若造っ!」
  食って掛かる。
  「トカゲさん相変わらず手厳しいですねぇ」
  「ふざけるなっ! 手下に襲わせておいて何が今更仲間だっ!」
  「……えっ?」
  一瞬、何の事か分からないという顔をシャルルさんはしたもののすぐに微笑を浮かべる。
  阿片に視線を向けて《いけない人ですねぇ》といったニュアンスの表情をした。少なくとも阿片の一存でありシャルルさんは知らなか
  ったようだ。それでも不快感は拭えない。
  「デュオス様への手土産としてファウストの右腕は必要なんですよ。手を組みませんか?」
  「私は承諾してないけどね。ただまあ、血が見れれば良いんだよぉーっ! ひゃっはぁーっ!」
  ……。
  阿片は相変わらずぶっ飛んだ思考みたい。
  まあ、馴れ合うつもりはないけど。
  視線が集中する。
  あたしに対して。
  フラガリアのリーダーはあたしだ。あたしの意思決定にチャッピーもケイティーも従うだろうし、シャルルさんもそれを前提にあたし
  に対して同盟を提示しているのだ。
  「ふふふ」
  にっこりあたしは微笑む。
  釣られてシャルルさんも。
  「断ります。敵ですから」
  「これは手厳しい」
  「ふふふ」
  「だけどまあ、利害は一致していますよね。ファウストを始末するのには手を組んだ方が……」
  「消えてください」
  「……」
  険悪な空気。
  明確なる拒絶。それがあたしの出した答えだ。
  「どうやら完全に道は違えたようですね」
  「ならどうします?」
  「ひゃっはぁーっ!」
  阿片が叫ぶ。
  「だったらお前ら全員ここで殺してやるよぉーっ!」
  魔剣ゴールドブランドを抜刀。
  正気を失った瞳をあたしに向ける。そして禍々しいまでの凶器である魔剣の切っ先をあたしに向ける。
  「血を出して死ね死ね死ねぇーっ!」
  キィィィィィィィィィンっ!
  弾かれる刃。
  「何故止めるシャルルっ!」
  「命令にはないからです。使命は魔剣ウンブラの入手。……現在は任務とは別に《イニティウム》昇格の為にファウストの腕を狙っ
  ています。若は魔道に関するモノが大好きですからね。きっと僕の心象を良くしてくださる」
  「だから何?」
  「無駄に敵は作る必要はないと言ってるんですよ。フラガリアは敵にするべきではない。……まだね」
  「……ここはあんたの顔を立てておいてやるよ」
  チン。
  妙に音を立てつつも鞘に剣を収める阿片。
  「同盟は無理でも敵対する必要はないでしょう。……お先にどうぞ。僕らは勝手に後についていきますのでね」
  「……」
  無言であたしは仲間を促す。
  少し分かった気がする。シャルルさんとは、もう終わったのだと。どこか相容れない関係になっているのだと。
  心のどこかで感じていた。
  「フラガリア、前進します」
  「黒の派閥も行きますよ。……フラガリア以外は好きに殺して血を撒き散らして構いませんからね阿片さん」






  「いつまで待たせるのですかファウストっ!」
  沈黙に耐えかねてジェラスが叫んだ。
  女王の政権を打倒した。今、時流に乗っているのは自分達。そして、自分達の主である渇きの王。ヴァンピール達は等しくファウスト
  に対して腹を立てていた。
  しかし当の本人は冷たい視線を一同に注ぐばかり。
  完全なる沈黙を保っている。
  ……。
  女王の政権は打倒した。
  女王は目の前に拘束された状態でまだ生きているものの、既に生かすも殺すも反乱分子の思いのまま。もちろんそのまま政権を
  奪取すれば簒奪者として民衆から憎まれる。しかしそれに対しての対策も既に成っている。
  バルバトス。
  あの暗愚な貴族は黄金帝の末裔。
  そして今回の戦争において数倍差の反乱分子の軍勢に恐れず、追い返した。
  実際には反乱分子戦わずして撤退しただけであるものの追い返したには変わりがない。民衆はバルバトスが政権を担う立場になっても
  これなら納得するだろう。ここ一番でバルバトスは英雄になった。
  もっともその勝利は、反乱分子との盟約に基づいたモノではあったが。
  渇きの王はそんなバルバトスを陰で操るつもりでいた。隠然たる権力を秘めた首謀者として振舞うつもりでいた。
  国を動かすのに王位に付く必要はないのだ。
  そう。権力を自在に動かせる場所にいるのであれば王位は関係ない。
  それはすなわち反乱分子が天下を取ったも同じ。
  バルバトスは暗愚。
  適当にあしらえばいいのだ。
  渇きの王が国を動かす地位になるのであれば当然ジェラス達もそれ相応の立場になる。
  にも拘らずその権力はファウストには通じなかった。
  意にも介さないファウストに腹が立つものの、喧嘩を売るつもりはなかった。ファウストは強い。それは確かだからだ。
  「ファウストよ」
  渇きの王が口を開く。
  重厚な響きを持つ口調。さすがに彼を無視する気はないのか、ファウストは視線を向ける。
  「何です?」
  「お前の造った強化生物の軍勢には感謝している。しかし我らは新たなる治世を築かねばならん。その為には女王の口から黒牙の塔
  の秘密を聞きだす必要がある。だがお前はそれを待てと言う。いつまで待つ? そもそも何を待つ?」
  「首謀者ですよ」
  「……何?」
  「いいや。我々共通の友人と言うべきでしょうかね」
  「誰だ、それは?」
  「私ですよ」
  コツ。コツ。コツ。
  足音を響かせてやってくる人物を見て、その声を聞いて椅子に拘束されていた女王は目を見張る。
  大きく見開く瞳。
  「ご機嫌麗しゅうございます。リーヴァラナ女王陛下」
  「システィナっ!」
  女王の腹心であり側近。
  女王の絶大なる信頼を得ていた補佐官システィナ登場。
  恭しく一礼。
  頭を上げた時、女王から視線を外してファウスト、渇きの王を見る。
  「揃っているようね。……それにしてもジェラス、私の裏を掻くなんてやってくれる。誘拐はシナリオにはなかった」
  「政権打倒。その為ならばシナリオは臨機応変にしなければならない」
  システィナとジェラスは繋がっていた。
  事実、カザルトの酒場で何度も対面している。
  そして……。
  「ファウスト。勝手に脱獄されても困りますね」
  「貴女に釈放する気がないのに気付いたのでね。勝手に出させてもらったわけだ。……少なくとも私は彼らよりは分かってるよ」
  「ほう?」
  「システィナ。あんたは最初から政権を引っくり返す事になど興味がないとね。まあ、私もないがね。私は女王を実験体として欲しかっ
  たに過ぎない。だからルワーレ家壊滅の為に強化生物を進呈した。……ふん、最初から反故にする気だったわけだ」
  「ふふふ」
  にこりと微笑む。
  「何を言っているのです?」
  意味が分からない。
  女王の表情はそう語っていた。全てを理解しているのはシスティナ、ファウストのみ。渇きの王達とて意味が分からないようだ。
  システィナは微笑。
  「女王陛下。全ては貴女の為なのです」
  「私の?」
  「はい。陛下。……要は貴女様に恐れ多くも不満を持つ者達を煽り反旗を翻させた。計画的にね。この騒動、それすなわち貴女様の
  政権の為にならない者達を一掃する為の計画です。ジェラス達はうまく乗ってくれました。……誘拐はシナリオ外ですけどね」
  「……」
  「あの場で全員始末するつもりでした。しかしファウストもまた予測していない行動をしたので貴女は誘拐され、この者達を始末する
  機会を失った。ファウストにはいずれ絞首刑を考えていました。……もっともここに至りそんな悠長な事も言ってられない」
  「……」
  「政治的不安はこの場で全員始末します」
  「システィナっ!」
  「ご安心を陛下。全ては貴女様の為。貴女の苦痛を取り除く為の策謀にございます」
  つまり。
  つまり、ファウスト&ジェラス(を通じて反乱分子)達を煽ったのは反旗を翻させ、合法的に叩き潰す為。
  システィナは女王を敬愛している。
  だからこそ女王も彼女を信頼し、愚痴をこぼした。
  その中に自分の治世に不満を持つ者達がいるという愚痴が混ざっていた。システィナは子供のような正直さでそれを真に受け、その
  者達を始末する為に煽り、反乱させ、今ここに合理的に処理しようとしている。
  もちろん簡単に処理に従う者達ではない。
  ニヤニヤと笑うファウストとは対照的に反乱分子はいきり立った。
  この場にいるのはヴァンピール20名。
  反乱分子の中核メンバーであり渇きの王の親衛隊的存在。当然ながら腕が立つ。渇きの王自身もここにいる。
  戦力的に臆する状況ではない。
  逆にシスティナをここで倒し、黒牙の塔の情報を聞き出した上で女王も殺し、さらにファウストすらも殺す。つまり彼らにとってもまさに
  絶好の機会。この世界にある勢力のトップばかりがここに集っている。
  一網打尽にすれば一気に片がつく。
  「渇きの王。ご命令を」
  「我らアイレイドの栄光の為にならぬ者は必要ではない。殺してしまえ」
  「御意」
  ゴーサイン。
  構えるヴァンピール達。
  「あっははははははははははっ!」
  「くくく」
  システィナが無邪気に笑った。つられてファウストも笑う。この2人の関係もまた敵対ではあるものの、協力ではありえないものの笑い
  の中に含まれている感情は一致していた。それは侮蔑。笑いは嘲笑。
  ジェラスが吼える。
  「何がおかしいっ!」
  「君達の無知がおかしいのですよ。こう考えるとシスティナは実によく巧妙に煽った。感服しますよ」
  侮蔑を込めたままファウストはおかしそうに笑った。
  その笑いが気に入らない。
  さすがに今まで重厚に構えていた渇きの王も顔をしかめた。
  「貴様、何を言っている?」
  「システィナは反乱分子を纏め上げる為にあなたを利用したんですよ」
  「……何?」
  「強力な力を持つあなたを筆頭に据える事で反乱分子の組織化を目論んだ。個々に叩き潰していたら時間が掛かりますからね。そこ
  であなたを利用した。ジェラス達を信服させ、組織化させる事の出来るあなたをね」
  「……つまり、俺の名を利用したと?」
  「くくくっ!」
  「何がおかしいっ!」
  「愚の極みですね、まったく。……そう思うでしょう、システィナ」
  「ええ。自分が何者かも知らないくせに」
  意味深な笑み。
  共通した、渇きの王に対する侮蔑の念。システィナはジェラス達反対勢力を統一する為に、一つの組織として成り立たせる為に強力
  な存在を求めていた。それがつまり渇きの王。
  しかし探してもそんな存在が都合よく見つかるわけがない。いたにしても協力するわけがない。
  ならばどうする?
  ならば、造ればいい。
  つまり……。
  「渇きの王シディアス。君は私がシスティナの依頼で造り上げた強化生物なんだよ」
  「な、なんだとっ!」
  「君はよく働いてくれた。最終的にどうやら私とシスティナは敵対するしかないようだが、本当に君はよく働いてくれた。しかしそれも
  もうお終いだ。反乱分子の首領を演じる必要はない。ただの生物兵器に戻ってもらうとしよう」
  「ざ、戯言をっ!」
  「ならば過去を言ってごらん。君は誰だい?」
  「俺は……俺は……俺は、誰だ……?」
  「渇きの王っ!」
  頭を抱えて蹲る渇きの王、悲痛な叫び声を上げるジェラス。他のヴァンピール達は茫然自失だった。
  つまりこれでは最初からシスティナの掌の上で踊っていたに過ぎないではないか。
  渇きの王は叫ぶ。
  「そいつらを殺せーっ!」
  「はっ!」
  声は、1つだけだった。ジェラスの声のみ。
  先程までいたヴァンピールはわずか数秒の間にこの場にはいなかった。いるのはジェラスと渇きの王だけ。
  「なっ!」
  いつの間にか無数に小さな球体が浮かんでいる。
  ここはファウストの領域。
  この屋敷においてファウストは絶対的な創造主として君臨している。
  足を踏み入れたら最後、その支配に甘んじなければならない。少なくとも反抗出来るだけの力がないのであれば。
  体も魂も支配される覚悟が必要。
  「悪いねジェラス。君のお仲間は実験体として頂いた」
  「人間風情がぁーっ!」
  浮かぶ球体。
  これは視認した存在をこの屋敷に在る地下牢へと転移する兵器。ヴァンピール達は力を振るう事もなく牢に転送されたのだ。
  この後に生きたまま実験動物として扱われる運命にある。
  事態は一気に動く。
  「シディアス。目覚めよ」
  「……ううう……」
  「目覚めよ」
  「や、やめろ」
  「目覚めよ」
  「喋るなぁーっ!」
  「目覚めよ」
  「俺は、俺は渇きの王……ああ、違う、俺は、誰なんだぁ……」
  「目覚めよ」
  「俺は……」
  「目覚めよ」
  「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
  そして……。


  肉体は脈動を続ける。
  皮膚の色はさぁぁぁぁぁぁっと変じていく。緑色に。そう、まるでオークのような肌の色に。
  筋肉が発達し、骨格が変形していく。
  変化はそれだけでは終わらない。
  知性を称えていた瞳は淀んで濁った色へと変貌し、ただの奴僕同然の輝きしか宿していない。この時既に渇きの王シディアスは
  死霊術師ファウストの力により本来の姿に戻された。
  「か、渇きの王?」
  「スーパーミュータントと呼んでやってくれ。正確にはスーパーミュータントベヒモスだ。フォールアウトは好きかい? くくく」
  「も、元に戻せっ! 主を元の姿に……っ!」
  「戻しただろ? これが本当の姿だ」
  「お、おのれーっ!」
  ジェラスは剣を抜き放ち挑み掛かる。
  ガッ。
  その時、背後から頭を掴まれた。
  「……っ!」
  ミシミシミシ。メキャっ!
  巨大な手は容赦などなく力を込めジェラスの頭蓋骨を砕いた。頭部がミンチにされればヴァンピールといえども一たまりもない。
  ここに呆気なく反乱分子の中枢は壊滅した。
  パチパチパチ。
  システィナが拍手。
  「これで手間が省けたわ。後は、残っている軍勢を解体するだけ。中枢がいなければそれも容易い」
  「だろうね。しかし私との決着はどうする? 女王を実験体として献ずるつもりはないんだろ?」
  「当然」
  「ならば……」
  「喧嘩するしかないわね」


  ファウストの研究室での対峙は続く。
  三者会談。
  囚われの身にあるカザルトの女王リーヴァラナ。
  アイレイドの栄光に固執する者達を扇動し、裏で操っていたシスティナ。
  究極生物を創造するという歪んだ野心に身を焦がす死霊術師ファウスト。
  既にもう1つの勢力である反乱分子はこの舞台から退場。
  「侵入者、か」
  ファウストの周囲に浮かぶ無数の球体から屋敷内での出来事を把握出来るのか、システィナと対峙したままファウストは呟いた。
  はぁ。小さく溜息。
  「せっかく楽しい戦いになると思ったんですけど、お預けのようですね」
  「そのようね」
  お互いに構えを解く。
  双方、実力が伯仲している。
  だから。
  だから、ここで戦うのはお互いに得策ではないのが理解出来ている。
  新たな侵入者がいなければ全面対決しても構わない心情ではあったものの、新たな侵入者がおそらくはフラガリアの面々であるの
  は分かっている。
  無駄にファウストもシスティナは消耗は避けたかった。
  ここはファウストの屋敷であり領域。とはいえこの研究室には防衛設備が皆無であり、システィナとの戦闘になるとリアルに消耗する。
  その為、一時的に直接対決を避けた。
  侵入者に対しては迎撃の用意がある。手駒もある。
  その手駒を開放し、侵入者を倒し、その後にシスティナを倒す。それがファウストの狙いだった。
  システィナもその狙いを見透かしてはいたものの、あえて何も言わない。
  ……彼女の手駒もまた、まだこの屋敷には到着していないのだから。
  「私は侵入者を始末してきます」
  「ご自由に」
  「女王を連れてここから去りたいならどうぞご自由に。帰れるものならね。……ああ、そうそう、寛いでください。すぐに戻りますから」
  「楽しみにしてるわ」
  不敵に笑いあう。
  頂上決戦は先延ばしされたものの……血生臭い戦闘の幕開けは既に始まっている。
  そう。既に始まっているのだ。
  ……最後の戦いが……。





  阿片は嫌な女だけど強かった。
  魔剣ゴールドブランドは炎属性の魔力を秘めているらしい。相対する敵は全て一刀の元の屠られていく。
  随分と楽が出来たのも確かだ。
  ……でもいずれは敵。
  「マスター」
  敵を一掃し、下層へと進む際にチャッピーがあたしに耳打ちした。
  他の人達には聞き取れないほどの小声だ。
  「何?」
  「若造は確かに許せませぬが、何も敵扱いして接する必要はないのでは……」
  心の中でどこかシャルルさんに対する友情を感じているチャッピーの言葉は確かに正論だと思う。
  だけど敵対した。
  少なくとも仲間ではないだろう。今は中立。
  ……。
  もちろんフラガリアに戻ってきて欲しい。
  でもきっと無理。
  シャルルさんは黒の派閥に所属している。反帝国を掲げる、反政府組織。
  あたしには帝国なんてどうでもいいけど、反乱なんか起こせば悲しむ人達が一杯出てくる。あたしはおそらく悲しむ人達の側に立つ
  と思う。見て見ぬ振りなんて出来ないから。
  そしてシャルルさんと敵対するだろう。
  今、ここで心を許すときっと後でさらに悲しむ事になりそうだから。
  だからあたしは心を許さない。
  シャルルさんは敵だ。
  「マスター」
  「話はお終い」
  「……御意」
  しばらく無言が続く。
  歩く。
  歩く。
  歩く。
  前回、途中で倒したはずのファウストが先回りしていた事がある。多分どっかに近道があるんだろうけどあたし達には分からない。
  眼に見える道を進むしかない。
  歩く事数分。
  開けた場所に出た。そこには既に敵が待機していた。数は3名だ。
  緑色の巨漢に、少女、そして……。
  「必ず来ると思っていたよ」
  「ファウストっ!」

  「再び戦える事が出来て光栄だよ、人形姫。そしてその他大勢の雑魚ども」
  「雑魚だってぇ?」
  阿片が口元に笑みを浮かべながらファウストを見た。既に抜刀している。いつ斬り込んでもおかしくない状況だ。
  勇ましいというか危なっかしいというか。
  まあ、たぶん後者だろうけど。
  つかつかと歩み寄る阿片。剣は無造作に下げたまま間合いを詰める。まるで散歩するかのような足取りだ。
  敵ではあるけど、一時的にとはいえこちら側。そういう意味では頼もしい人物ではある。
  ……好きにはなれないけれども。
  スタスタスタ。
  ファウストは動かない。脇に控える緑色の巨漢も動かない。少女も……。
  バッ。
  「……っ!」
  ドォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォンっ!
  少女が動いた次の瞬間、阿片の姿が消えた。……いや、違う。阿片は凄い勢いで壁に叩きつけられた。
  何なの今のっ!
  少女は掌を阿片に向けただけ。
  何も出ていない。炎の氷も雷も。不可視の魔法って事?
  「衝撃波、ですね」
  「ご名答。さすがは頭脳明晰なシャルルだよ」
  「お褒め頂き光栄ですね」
  壁に叩きつけられた阿片をチラリと見るシャルルさん。阿片は死んではいない。動いているものの、すぐに戦線復帰できるほど軽い
  ダメージではないらしい。不死身説はこれで消えたかな。それでもタフ過ぎるけど。
  「今から殺す者達に挨拶してあげなさい」
  「はい。ファウスト様」
  少女は屈託のない笑顔を見せた。
  見た感じブレトン。
  そして年齢は……あたしと同じくらいだろうか。うん、たぶん近い年齢だと思う。……ま、まあ、あたしより胸があるけど。
  「チビ胸」
  「チ、チビーっ!」
  あたしの事だよねあたしの事だよね?
  ふぇぇぇぇぇんっ!
  「ファウスト様は私の全て♪ 一杯殺せば一杯愛してもらえる♪ ……最初は嫌だったけど、慣れたらいいもんだよ? だからチビ胸も
  ファウスト様の奴隷になればいい。そしたら毎日気持ち良くして貰えるし、お薬もたくさんもらえるしーっ! お薬最高ー♪」
  「……」
  「えへえへーっ!」
  「……」
  この子、完全に自我が崩壊してる。
  どんな実験されたんだろ?
  いずれにしても非道な実験なのは間違いない。あたしの瞳にファウストに対する憎しみが燃え上がる。
  敵とか仲間とか言ってる場合じゃないっ!
  「シャルルさん、チャッピー、ケイティー、全力で敵を叩き潰しますっ! フラガリア行きますっ!」
  「了解です」
  「御意」
  「理解しました」