天使で悪魔





渇きの王





  アイレイド。
  かつてシロディールを支配していた、有史以前の文明。
  支配階級に君臨するのはアイレイドエルフ。
  支配される側として当時人間は奴隷だった。

  超文明。
  その終焉は、奴隷の反乱。……もちろんそれは勝った者の、帝国の基盤となる者達の都合の良い改竄された歴史。
  もちろんまったくのデタラメではないが。
  アイレイド文明は王族達が互いに殺し合い、潰し合い、最後には滅ぼし合った。
  その際に生じたのが奴隷の反乱。
  結果、王族同士の反目で瀕死のアイレイド文明は滅亡した。

  カザルト。
  かつて黄金帝が支配していたアイレイド国家。
  ガーラス・アージアというアイレイド国家を支配する人形姫の侵攻の際に異次元に遷都。
  その為、カザルトではアイレイド文明の影響が色濃く残っている。……いや。それが全てと表現してもいい。
  だからこそアイレイドの栄光に縋る者が多い。
  渇きの王シディアスはそんな者達を纏め上げて反乱勢力を結成した。
  そして……。






  堕落と奈落の森。通称《迷いの森》。
  次元が歪んでおり一度足を踏み入れたら最後、永遠に迷う運命にある。よほど強力な魔力を持たない限りは。
  強力な魔力の必要性。
  ある一定以上のスキルがあれば次元の門を開いて空間転移出来るだろうし、出来ないにしても強力な魔力はこの空間では方位磁石
  なような役目を果たすのだ。
  迷いの森。
  その中心には建物がある。
  巨大な屋敷。
  それが死霊術師ファウストの屋敷であり研究施設。
  外観からして大きいものの、外観以上に膨大な地下施設が存在している。
  そこに集結している者がいた。
  ……いや。
  正確には現在進行形で集結しているのだ。
  運命はここを最終決戦の場に指定した。運命はここを……。
  「そろそろ黒牙の塔の秘密を明かしてもらってもいいと思いますけどね、女王陛下様」
  「無礼っ!」
  椅子に拘束されている女性は激しい視線を向ける。
  リーヴァラナ女王だ。
  取り囲むのは20名。反乱分子の中枢メンバーであるヴァンピール達だ。この場を仕切るのはジェラス。元々は女王の腹心。
  そして……。
  「さっさと殺すがいい、渇きの王よ」
  「まだだ」
  一歩離れた場所に仁王立ちにする男性こそ、反乱分子を纏め上げた渇きの王シディアス。
  やはり見た事ない人物だな、と女王は心の中で呟いた。
  今の今まで姿も知らなかったし名前すら知らなかった。
  何者だろう?
  「……」
  じっと渇きの王の顔を見る。
  ヴァンピールではないだろう、それが女王の感じた感想だった。ヴァンピールであるはずがない。
  黒牙の塔から拉致された女王。
  拉致された場所が場所だけに、渇きの王はヴァンピールなわけがない。
  ヴァンピールは黄金帝に改造されたアイレイドエルフ。黄金帝は物欲の激しく執着心の強い人物であり猜疑心が強かった。だから
  こそ勝手に改造した連中に報復される事を危惧し、その類の存在は黒牙の塔内では力が振るえないようにしていた。
  それにも拘らず渇きの王は力を振るい、ここまで拉致してきた。
  つまり黄金帝の強化生物ではない。
  何者だろう?
  「ここまで連れてきてどういうつもりです?」
  「邪魔が入らんからさ」
  ここは死霊術師ファウストの屋敷であり、今いる部屋は研究室。
  当の家主は現在黒牙の塔の地下監獄に収容されている(反乱分子はファウスト脱走には関わっていない為、現在の状況を知ら
  ない)為、ここは完全なる無人。
  次元が歪んでいる為に女王奪還の軍は動くまい。
  そもそもここにいる事すら理解していないに違いない。だからこそ、意表を衝く為にここに来た。
  「女王。もう一度聞く。黒牙の塔の秘密を言え」
  「断ります」
  「塔の力の起動の為には黄金帝の血筋が必要なのは分かっている。その為にあの暗愚な貴族を手懐けたのだからな」
  「暗愚な貴族、ですか?」
  「そうだ」
  「……どのような手で篭絡を?」
  「今頃は手柄を誇っているだろうな。数倍差の大軍を退けたのだから。……部下には刻限になったら退く様に指示してあるんだよ」
  「……」
  バルバトス。暗愚な貴族で、誰かを女王は理解した。
  暗愚は分かっていたが、策に乗るほどの馬鹿だとは思っていなかった。それだけの度胸もあるとは思ってなかった。
  認識を改める必要があるだろう。
  「黒牙の塔の力を解放して何をするつもりです?」
  「決まっている。アイレイドの栄光を取り戻すのだ。シロディールに居座る愚民から我らの地を奪還するのだ」
  「……」
  「タムリエルに侵攻するのだよ」
  「……愚かな」
  「愚かではない。お前こそが愚かだ。黒牙の塔の本当の意味も威力も知りながら何もしなかったのだからな」
  「今の我らで人間に勝てるとでも?」
  「当然だ」
  「……愚かな」
  奇襲。
  奇襲すれば、おそらくは当面は勝ち進めるだろう。それは女王もそう思う。向こう側に転移するカザルトの位置を帝都付近にすれば、
  一撃で帝国の首都を殲滅も出来る。帝国軍も粉砕出来る。
  だが後が続かない。
  そもそもの人数が違い過ぎる。最終的には戦況を引っくり返されるのは眼に見えている。
  「どう勝つもりです?」
  「向こう側の情報はジェラスを使って入手している。帝国の皇帝は死に、後継者も全て死んだ。人間どもの政権はぐらついている。にも
  拘らず他方面の侵略や平定の為に派遣した軍団はその場に留まらせたまま。つまり帝都はがら空き同然だ」
  「それで勝てると?」
  「どこに負ける要素がある? 我らアイレイドの民が再び支配者に君臨するのだっ!」
  「……愚かな」
  しかし何を言っても無意味だと女王は理解している。
  閉鎖された世界であるカザルトでは、過去が鮮明に生きている。アイレイドの栄光に縋る者は少なくない。
  渇きの王が政権を取れば喜んで従う者達が出てくるだろう。
  負けて学ぶモノもある。
  そこは否定しない。
  しかしその代償高過ぎる。大き過ぎる。それでも滅亡に進むだろう、このままでは。
  担ぎ上げられたバルバトスは、あの性格からして『陛下』という言葉に好い気になり、渇きの王に全権を与え、自らは酒色と女に溺れ
  るに違いない。そしてカザルトは滅亡へとまっしぐら。
  「私は貴方を否定します」
  「これは手厳しい。……ジェラス」
  目で合図する。
  幸い拷問の道具はファウストの趣味で一式揃っている。タムリエル侵攻の為にはどうしても黒牙の塔の力の秘密が知りたかった。
  殺さない程度に痛めつけるのは戦いの世にあっては常套手段だろう。
  その時。
  コツ。コツ。コツ。
  靴音が近付く。
  「勝手に私の家に上がりこんで、勝手に盛り上がられても困りますね」
  死霊術師ファウスト。
  黒牙の塔から脱出し、自らの住居に久し振りに戻って来た。
  意外そうな顔もせずにファウストは不法侵入者達を見る。あたかも最初から想定していたかのように。
  「いらっしゃい。ゆっくりして行ってください」
  「……」
  女王を一瞥し、楽しそうに挨拶。
  女王は視線を逸らした。
  「いいところに来ましたね、ファウスト。我が主が……」
  ジェラスの言葉を手で制するファウスト。
  「まだです」
  「……?」
  「話はまだです。……運命というのは実に楽しい。予想外の実によく事が起こる。あなた方がここにいて、女王もここにいる。私もここ
  にいる。おそらくまだ来ますよ。今日がどうやら運命の日のようだ。待とう、次の人物を」
  「それは誰です? 我が主を待たせるだけの……」
  「理由になりますね。今日は楽しい日になりそうだ」
  「説明……」
  「説明してもいいですが、二度手間になる。もう1人の首謀者を待つとしましょう。その方が楽しい。ネタバレはお預けです」
  「……」
  ジェラスは睨みつけるもののどうにもならない。
  ファウストの能力は理解している。
  この程度の人数で殺せる相手なら殺している。わざわざ手を組んだのは強化生物を円滑に買い取る為だけではない。その能力が
  油断ならないからだ。
  今この場にいる手勢ではどうにもならない。だからジェラスは黙る。
  「よかろう。待つとしよう」
  「それは結構」
  鷹揚な口調の渇きの王シディアスに対し、ファウストもまた慇懃無礼に喋る。
  どちらも互いに軽視し合っている。
  しかし決定的に違う事がある。
  「ふふふ」
  ファウストの瞳は冷たく冴え渡っていた。
  まるで氷のように。
  「真実を話すのが楽しみだね。シディアス君。……ふふふ」
  そして……。
  





  空の玉座。
  女王は誘拐された。そう、システィナさんは見ていた。
  「塔を閉鎖せよ」
  それがシスティナさんの命令。
  塔の中に残っている親衛隊を総動員して黒牙の塔の門を閉ざす準備を進めている。
  もちろんそれだけではない。
  「シェーラ。一隊を率いて塔内をくまなく探索。まだ賊が潜んでいるかもしれない。ファウストの化け物もね」
  「了解しました」
  主席宮廷魔術師よりも女王の補佐官の方が立場は上。
  恭しく一礼してシェーラさんは親衛隊を率いて玉座の間から消えた。
  さて。
  「システィナさん」
  「ああ。分かっている。治療は任せてある。安心して」
  「ありがとうございます」
  ぺこり。
  頭を下げた。
  「よかったぁ」
  自然顔が綻ぶのが分かった。
  エスレナさんが酷い怪我。あたしを庇って阿片に斬られた。あの、狂気じみた女に。傷は深く、広い。あたしは回復魔法使えないし
  チャッピーも無理。止血程度の治癒をケイティーが使えたけどそれだけでは救えない。
  シャルルさんは……。
  「……」
  シャルルさんは、もういないし。
  今、エスレナさんはこの女王付きの治癒師の先生に任せてある。本来なら女王以外は診ない。システィナさんの口添えのお陰だ。
  本当によかった。
  「それでこれからどうするの?」
  「それは……」
  ファウストは迷いの森に逃げたのだろう。……逃げた?
  ああ、悠々と帰ったと言うべきか。
  あの男は脱獄しようと思えばいつでも出来たに違いない。あの状況を選んだのは輪を掛けて厄介な展開にしたかったという魂胆以外
  の何モノでもないだろう。
  本当に嫌な奴。
  迷いの森であたし達を待っているらしい。しかし今更雌雄を決する意味はあるのだろうか?
  シャルルさんは既に仲間の阿片とともにこの世界を去った。彼は黒の派閥のメンバーだった。反帝国の組織みたい。
  この世界に留まる理由。
  もうどこにも……。
  「帰るのね」
  「……」
  見透かすようにシスティナさんは呟いた。
  確かにそんな考えはある。
  エスレナさんが回復次第元の世界に帰ろうかと。
  元の……。
  「この世界は貴女達には元々関係ないのだから、何も心配は要らない。……元の世界に戻るのに必要になるヴァンピールだけど、
  全部が全部反乱分子に付いたわけではない。この塔にもまだ何名かいるから、手配しておくわ」
  「……ごめんなさい」
  「いいのよ」
  「……あの」
  「何?」
  「女王様は誰に誘拐されたんでしょう?」
  「それは、分からない」
  「そう、ですか」
  多分女王は察していたのだ。あの時、玉座の間に何者かが潜んでいた事を。
  何故ファウストの討伐の為に地下監獄に全員を送ったのだろ?
  自信があった?
  確かに女王もヴァンピール。通常なら圧倒的な能力が振るえるに違いないけど黒牙の塔の中においてヴァンピールは力を振るえない。
  それが分かっていて何で?
  ……。
  ……あっ。
  相手も力を振るえないから油断してた?
  「もしかして反乱分子じゃないですかっ!」
  「誘拐したのがですか?」
  「はい」
  「……」
  システィナさん、思案する。
  「確かに相手の能力も封じられます。しかし断定は出来ませんね。いずれにしても、どこに誘拐したのかは……」
  「すいません」
  「いえ。確かに考えられる仮定ではあります」
  「反乱分子はどこに拠点があったんです?」
  「死海に浮かぶ墓石の群島です」
  「……」
  どこだか分からないけど、また妙な地名だなぁ。
  殺伐し過ぎ。
  この世界でまともな……というか綺麗な名称だったのは深緑湖だけだ。カエル師匠の住処の湖。
  ぴょこん。
  「……?」
  ぴょこん。
  「……?」
  システィナさんは妙な顔をする。あたしもだ。変な音がする。
  ぴょこん。
  ぴょこん。
  ぴょこん。
  「よお。老い先短いワシに全裸を拝ましたくれた女神様達。ご機嫌いかがかな」
  「あなたはっ!」
  玉座の間に現れたのは異質な存在。
  しかし驚くには値しない。
  何故なら面識があるからだ。その智謀はカザルト随一(今はシスティナさんがいるからどうかは知らないけど)と謳われた存在。
  黄金帝に改造された外観が人型なら、遷都の際に王位に付けたであろう人物。
  それは……。
  『カエル師匠っ!』
  「うむ。久しいの、美しいお嬢さん方……はぐぅーっ!」
  『おらーっ!』
  「うぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
  見事に声をはもらせ、見事な連携攻撃でカエル師匠を粉砕っ!
  あたしは深緑湖で。
  システィナさんはスラム街で。
  このセクハラカエルに服を溶かされて全裸を晒す事になった。つまりこいつは悪意、こいつが元凶っ!
  2人でフルボッコっ!
  しーねーっ!
  「はあはあ」
  「女性の天敵をこれで、はあはあ、滅ぼしましたね、人形姫」
  「はあはあ、はい」
  「ぐっじょぶっ!」
  何か女同士の友情目覚めたかもっ!
  仰向けになって息も絶え絶えな巨大なカエル。悪意の芽、残さじ(天誅風味)っ!
  ……。
  それにしてもカエル師匠、何しに来たんだろ?
  今更だけどさ。
  まあ、フルボッコして半殺しにしちゃったからもう聞くの無理か。そこまでする必要性?
  もちろんある。
  うら若き乙女が全裸に引ん剥かれたんだもんっ!
  万死に値するーっ!
  「あいたたたたたた。まったく、容赦ないのー」
  「嘘っ!」
  復活したっ!
  まったく手加減しなかったのにっ!
  ……。
  ……駄目じゃん。
  あ、危ない。
  ついつい我を忘れて全力で粉砕してたけど……危うく殺しちゃうところだったよー。
  だけどこの場合は殺人になるのかな?
  殺蛙?
  「カエル師匠っ!」
  「うむ。一番弟子はどうした?」
  「それは……」
  言葉に詰まる。
  一番弟子とはシャルルさんの事だ。一子相伝の全裸の術の継承権を持つのがシャルルさんだった……ってなんじゃそりゃ。
  男って皆馬鹿。
  だけどそんな馬鹿なシャルルさんはもう……。
  「えっと」
  「さて、女王が攫われたようじゃな」
  カエル師匠、あたしの沈黙から何かを察したのか話題を転じた。
  思慮深さもあるのかぁ。
  ちょっと意外。
  だけど、どうして女王が誘拐されたのを知っているのだろう?
  その思いはシスティナさんにもあるらしい。
  カエル師匠、彼女を一瞥して……。
  「何故お主がここにいる?」
  「何故とは……」
  「とっととあの小娘の元に行かぬか」
  「こ、小娘」
  口悪いなぁカエル師匠。
  女王様絶対主義者のシスティナさんにそんな事言うなんて。
  「あ奴はワシの娘だからな。小娘でも問題あるまいて」
  「嘘っ!」
  「嘘ではないわい」
  「……へー……」
  カエル師匠も元々はアイレイドエルフ。
  黄金帝に改造(何故カエルに改造したかは不明)されて今の姿。それ以前に結婚してたのであれば、女王の父親である可能性は
  ゼロではない。それにここに至って冗談言うわけないから、多分本当なのだろう。
  意外ではあるけれども。
  「親じゃからな。居場所は分かる」
  「……」
  普通は無理ですけどね。
  もっとも、さすがにそれは言えなかった。多分改造された関係で分かるんだと思う。そしてカエル師匠も女王様も数千年前に改造さ
  れて今の姿なわけだから、改造以前の常識は感覚的に分からないのだろう。
  カエル師匠、システィナさの目を見つめながら言う。
  「迷いの森に行ってみるといい」
  そして……。


  戦勝。
  街は沸き立っていた。南の門は陥落し、責任者の貴族は殺されたものの東の門のバルバトスは数倍差の戦力を覆し
  勝利した。厳密には勝利、ではなく敵が退いただけなんだけど。
  反乱分子、全面撤退。
  カザルトの囲みは解かれた。
  もちろん女王不在(情報は伏せられているし黒牙の塔は現在封鎖されているから誰も知らない)の為、そもそもの戦力不足の為
  に追撃はせずにそのまま反乱分子を見送った。
  バルバトス、株を上げた。
  ……だけどどこか怪しいんだよなぁ。
  ともかく。
  ともかく、囲みは解かれた。
  あたし達フラガリアは深手を負ったエスレナさんの看病をシェーラさんに頼み、馬を借りて一路街を出る。
  システィナさんは居残り。
  今、黒牙の塔を仕切れるのは彼女だけだ。
  あたし達が目指すは……。



  馬を借りてあたし達は迷いの森に到着した。
  馬はやっ!
  わずか三時間で道程を踏破した。……前の時も貸してくれたらよかったじゃないですかー。
  馬はそのまま放置。あたし達は森に足を踏み入れた。
  何でも勝手に元の場所に、つまりカザルトの厩舎に戻る性質みたい。
  森に足を踏み入れる。
  「フラガリア前進します」



  「こちらです」
  「うん」
  ケイティーの先導であたし達は迷いの森を進む。
  前に来た時のように死の森だ。生き物の類は何もいない。もちろん元々この異世界は空っぽの世界であり、そこにシロディール
  から都ごと遷都してきた者達が色々と持ち込んだに過ぎない。
  だから元々動物の類はいない。
  もっとも、植物の種子は勝手に飛び大地に根を下ろし森を形成したり、動物も稀に都の外でも繁殖した野良が存在する。
  しかしこの森で生物は生きられない。
  何故なら時空が滅茶苦茶だからだ。こんなに迷う場所で生物が存在できるわけがない。
  さて。
  「こちらです」
  「うん」
  ケイティーの先導。
  彼が先頭で、あたしが次に進み、その次にチャッピー。
  結局エスレナさんは不参加。
  あの傷では動かさせない。もちろん責めてない。休養して欲しいと思う。生きてて本当によかった。
  「こちらです」
  「うん」
  従う。
  ケイティーは悪魔。元々が次元の異なる存在。
  ただ、次元を自ら飛ぶほどの能力はないのでいきなりファウストの屋敷に到着する為の次元の門は開けないけど、地毛の歪みに
  惑わされる事はない。
  的確な道案内が出来る。だからこその先導役だ。
  これは助かる。
  前回のような到着の仕方は出来ないし。
  ……。
  前回は、人形姫の人格が発動して次元を飛んだっぽい。
  今のあたしにはそれが出来ない。
  今までも都合良く自分の意思で人形姫の力を発動出来なかった。それに今はシェオゴラスに人形姫の人格奪われたし。
  まあ、良い厄介払いだけど。
  お陰で頭がすっきりしてる。
  たまにあの女は頭の中で騒ぐから、偏頭痛がしてたもんなぁ。
  シェオゴラスに感謝。
  ずんずんと進むケイティー。あたし達は迷いもなく着いて行く。どの程度の信頼性かは当然ながら分からないけど、あたしが先頭
  に立って歩いたとしても迷うだけ。
  自信に満ちた足取りのケイティーに従うのが得策だと思う。
  仲間は信じるものだし。
  そして……。
  「うわぁ」
  感嘆の声。
  見慣れた屋敷の前にあたし達は出た。……叶うならば2度と来たくはなかったけれども。
  ファウストの屋敷が眼前にある。
  あたし達は歪んだ空間を脱したのだ。ケイティー凄いっ!
  一歩前に足を踏み出し、そのまま止まった。
  屋敷に入るべき。
  でも動かない。ううん、動けない。冷たい刃を首筋に突きつけられているような感覚を感じた。

  「マスター」
  「うん」
  ざわり。
  冷えた感覚が全身を駆け巡る。囲まれているのが分かった。
  人形姫の人格抜かれてから、以前のような探知能力はないけれどこれほどの殺気なら気付かない方がおかしい。
  誉められた事じゃないけど元闇の一党の暗殺者。
  殺意を読むのには長けている。
  人形姫の人格云々以前に、負の感情を読むのはお手の物だ。
  ……。
  ……やっぱ誉められた事じゃないよね。
  はぁ。普通の生活して育ちたかったなぁ。フィーさんの好意で生活向上したけど、出来る事なら最初からあたしもシェイディンハル
  聖域の所属がよかった。
  それならきっと愛に溢れた生き方が出来ただろうし。
  もっともその愛の生活にも殺意と悪意と敵意に彩られた暗殺者としての生活が待っていただろうけど。
  まあ、それはともかく。
  「……」
  「……」
  「……」
  立ち止まり周囲を見渡す。
  目に映るのはファウストの屋敷。その屋敷を、そしてあたし達を取り囲む森だけ。
  しかし確実にいる。
  数は……1、2、3……んー、8つだ。
  8人に取り囲まれている。
  ファウストの屋敷が眼と鼻の先だからファウストの手下だろうか?
  反乱分子?
  「出て来たらどうだ。マスターは全てお見通しだぞっ!」
  「我も同意する。主の慧眼の前では小細工など無益」
  「おお。ケイティー殿の表現はマスターに対する敬愛に満ちていますな。……どうだろう、今宵一献」
  「いいですな」
  『はっはっはっ』
  最近これパターンです。
  仲良しなのはいいんだけどさ。時と場合というものを弁えて欲しいものです。
  「……ちっ」
  舌打ち1つ。
  森の中から1人出てくる。チャッピーとケイティーの懇談が気に障ったらしい。まさかこれを狙っての仲良しトーク?
  ……まあ、それはないな。
  でも挑発にはなったみたい。1人だけではなく全員出てくる。
  数は8人。
  よし。人形姫の人格なくても気配を読む能力があたしにはあるみたい。
  現れたのは全員黒衣。フードまで目深に被っている。
  この格好は……。
  「黒の派閥っ!」
  阿片と同じ格好だ。
  ただ、阿片はこの中にいないみたい。いれば分かるよ、だって気配が違うもの。
  あいつの気配は常軌を逸している危なさがある。
  「阿片様から禍根を断てとの指示が出た」
  1人が抑揚のない声で呟くように喋る。
  女性だ。
  よく見ると全員女性だと分かる。顔を隠していても胸の膨らみは隠せない。
  ……。
  ……いいなぁ。皆、胸おっきいなぁ。それに引き換えあたしは……。
  なんか戦う前から敗北感に感じた気がする。
  落ち込むなあたしーっ!
  はぅぅぅぅぅっ。
  「シャルルさんはどこですか」
  「排除する」
  バッ。
  宣言と同時に8人は動いた。質問に答えるつもりはないらしい。
  ならばっ!
  「はあっ!」
  「おらあっ!」
  「ばっ!」
  魔力の糸。
  ドワーフ製のメイス。
  デイドラ製のロングソード。
  それぞれの武器が同時に動き、繰り出し、敵の命を奪う。戦闘開始からわずか数秒で命が三つ消えた。
  ……。
  それにしてもケイティー。
  妙な気合の声だなぁ。『ばっ!』って何?
  まあいいけど。
  「馬鹿なっ!」
  刃を手に一方的に宣戦布告してきた1人が叫ぶ。斬り込むべく突撃してきた他の面々も急ブレーキをかける。しかし遅いっ!
  「はあっ!」
  魔力の糸を振るう。
  「……っ!」
  「織部っ!」
  敵の1人、絶命。悲痛な声で名を叫ぶものの、次の瞬間にはチャッピーの吐く炎に焼き尽される。
  ケイティーはケイティーで次々と敵を屠る。
  弱い?
  ……ううん。弱くない。
  少なくとも闇の一党クヴァッチ聖域にいた暗殺者より良い動きしている。まあ、クヴァッチ聖域は最弱だったみたいだけど。
  ともかく弱くはない。
  自賛になるけどあたし達の方が強過ぎるのだ。
  戦いは一方的に展開する。
  そして……。
  「はあっ!」

  「ぐふぅっ!」
  最後の1人の心臓を魔力の糸は確実に貫いていた。
  阿片の部下達。
  つまりはシャルルさんの仲間でもある。
  ……黒の派閥。
  どうやらあたし達をこのまま生かしておくつもりはないらしい。だからこその襲撃。……シャルルさんの指示?
  違う事を祈りたい。
  それにしても、どういう原理かは知らないけど阿片はお腹を貫かれ、裂かれ、内臓を体からはみ出しながらも倒れる事無く戦い
  続けていたものの、部下達は強くはあるけど不死身ではないみたい。
  これは助かる。
  不死身の相手をするのは、正直疲れる。だって相手を2度と動かないように粉々にする必要があるんだよ?
  疲れるなぁ。
  だから、不死身じゃない事に感謝。
  「無事?」
  仲間に安否を尋ねる。
  見た感じ怪我はしてないみたい。
  命のやり取りであり、こういうのは不謹慎ではあるものの、良い感じの前哨戦だ。体が温まった。
  ……ほんと不謹慎だね。
  さて。
  「我輩はマスターに死ね、と命令されない限りは死にませぬ。これこそがドラゴニアンの忠義でございます」
  「我もこの程度の相手に後れを取りませぬ。ドレモラ・ケイテフ、決して上位悪魔ではないもののこの程度物の数ではありません」
  「おお。ケイティー殿の忠義が表れた言葉ですな」
  「いや。我も感服しましたぞ、チャッピー殿。さすがは主の筆頭の股肱の臣下。敬服します」
  「そこまで誉められると照れますな。どうだろう、今宵はマスターの忠義心を語り合いながら一献」
  「よいですな」
  『はっはっはっ』
  ……笑い合う2人。まあ、仲が良いのはいいんだけどね。だけど時と場合ってもんがあるでしょうに。
  もっとも口にはしなかった。
  意気は上がっている。
  それに水を差すような事はしたくなかった。
  「行きましょう」
  「御意」
  「その命令、理解しました」
  障害は排除した。
  排除した以上、扉の前で無駄な時間を過ごす必要はない。あたし達の前にそびえ立つ屋敷に足を踏み入れる。ファウストの屋敷だ。
  二度目の侵入。
  ただし前回とはメンバーが違うし状況も違う。
  それでも進む必要がある。
  それが関わってしまったあたし達の義務。終わらせるのは責任。
  「フラガリア、進みます」