天使で悪魔





新たなる介入者




  女王に不満を持つ者達を纏め上げた渇きの王。
  彼らはアイレイドの栄光を再び取り戻そうとしている。
  そう。
  それはタムリエル侵攻。

  出来るのか?
  出来ないのか?

  可能なのか?
  不可能なのか?

  それは分からない。
  ただ、それは暴挙だ。無謀で無茶で、他の者達の都合をまったく無視した野蛮な戦争行為に他ならない。
  しかし既に事は起こった。
  反乱分子はカザルトを包囲。さらに東、西、南の門で現在小競り合いを続けている。
  大規模戦闘には移行していないものの既に戦端は開かれた。

  あたし達フラガリアは戦闘地域……にではなく、黒牙の塔の地下にある地下監獄に急ぐ。
  死霊術師ファウストが拘束されている区画。
  そこに魔物が大量発生したらしい。
  王宮は現在手薄。あたし達フラガリアは、システィナさん&シェーラさんが率いる最後の予備兵力である親衛隊の一隊とともに地下
  監獄を目指す。
  最終決戦の幕が開いた。






  「……」
  思わずあたしは息を飲んだ。
  凄惨な空間だった。
  地下監獄は更に三階下ではあるものの、わざわざ到達するまでもない。詳細は分からないけど、何が起きたかは分かる。
  地獄がここに具現化されたのだ。
  衛兵達が皆死んでいる。
  屍。
  ……いや、これは肉塊?
  ピチャピチャ。メキャ。
  咀嚼音が響く。
  何を咀嚼しているかは、何を食らい何を啜っているかは言うまでもない。魔物達は衛兵の亡骸を食らっている。
  見た事のない魔物だ。
  まだこちらに気付いた様子はない。
  「……」
  言葉がないのはあたしだけではない。
  シャルルさんやエスレナさん、チャッピーもそうだけど……システィナさん達も同じだ。
  ただ……。
  「……デイゴン様が開いてくれた謝肉祭を思い出すな。甘美な香り、血の滴り具合も良いなあの肉は……」
  「ケイティーっ!」
  「……?」
  「カニバル禁止っ!」
  「フォールアウトでもカニバルは習得しては駄目なのですな。理解しました」
  「……はあ」
  意味分かんないよこの悪魔ーっ!
  向こうじゃあケイティー人間食べてたのかなぁ?
  ともかく。
  「フォルトナさん、大声出すから餌に認定されましたよ」
  「あ、あたしの所為ですか?」
  「貴女が大声出したんですから」
  「はぅぅぅぅぅぅっ」
  惨劇の発言者達はこちらを見る。
  それは見た事のない魔物。
  「シャルルさん」
  「……知りませんね、あんなのは」
  物知りのシャルルさんでも知らないようだ。知識人は彼だけではない。この場には女王の補佐官のシスティナさんもいるし首席宮
  廷魔術師のシェーラさんもいる。ヒソヒソと囁き合う。
  「あれは……何?」
  「さあ? システィナ様も知らないのですか?」
  知らないようだ。
  「ケイティー」
  「我も存じません。……もしかしたら別の魔王の支配化の悪魔かもしれませぬ。少なくともデイゴン様の下僕ではありませぬ」
  何なの、だったらあの魔物は。
  この場にいるのは10匹。
  スキャンプを一回り小さくしたようなサイズの体だ。色は全体的に薄い灰色。毛はなく、まるでゴムのような感じだ。
  尻尾もあるけど肌と同じ感じ。
  そこはいい。
  そこはいいのよ。問題は顔。楕円形の頭が乗っかってるけど……眼がない。鼻もない。耳もない。ただ大きな口がある。
  顔がある、というよりは大きな口が体の上に乗っかっているようなものだ。
  そしてびっしりと鋭利な牙。
  まるでただ食べる為だけに存在するような異形な存在。
  それが一斉にこちらを見る。
  「ひ、ひぃ」
  逃げこそしなかったものの、親衛隊の1人が小さな悲鳴を上げる。
  確かに不気味な魔物。
  くぱぁ。
  一匹が大きく口を開いた。
  うわぁ。凄い歯だなぁ。
  あれなら肉は簡単に引き裂けるだろうし、骨も噛み砕けるだろう。負けて食べられる時は、痛そうだなぁ。
  もっとも……。
  「はあっ!」
  魔力の糸で敵を引き裂く。
  ……弱っ!
  邪悪さ全開漂わせているおっきな口の魔物だけど一撃で死んだ?
  あたしの攻撃を合図にフラガリアの面々も武器を抜き放ち、魔法を放つ。戦闘開始だ。さらにシスティナさんもシェーラさん、親衛隊
  の面々も戦闘を開始する。
  一時は怖気付いたその他大勢……失礼、親衛隊の人達だけどいざ戦闘が始まると勇猛そのもの。
  もしかしたら意外に敵が雑魚だと知ったからかも。
  ともかく。
  「呆気ないですね」
  「確かにそうですねぇ」
  間延びしたシャルルさんの言葉の通り、わずか数分で敵は一掃された。
  しかし問題がある。
  「システィナさん」
  「何です?」
  「地下監獄に繋がる階層にはそれぞれどれだけの兵がいたんです?」
  「確か10名ですね」
  「へー」
  数は決して多くない。
  それでも今遭遇した魔物に負けるほどの腕では兵士にはなれない。奇襲されたのか、まあ、純粋に数で押されたのかな。

  この階の敵は一掃した。
  まだ下にいるのだろうか?
  「システィナさん」
  「何です?」
  「本当に、外部から入り込めないんですよね?」
  「無理です。地下監獄は完全に隔離されています」
  「じゃあこの状況は……」
  「ありえる話をするなら、最初からいた……という事になりますね。もっとも、そんなのはありえませんが。警備は完全で完璧です。
  外から引き入れる事は出来ない、いる虜囚はファウストのみ。奴に同調する衛兵はいない。つまりは……」
  「煙のように現れたってのかい」
  イライラ口調でエスレナさんは呟いた。
  理論的に外部から入り込むのが不可能な以上、エスレナさんの答えが妥当になる。
  でもありえるの?
  牢の中では完全に能力が封じられるらしいけど……。
  「答えは後でいいでしょう。次に行きますよ、次にね」
  シャルルさんがそう言った。
  確かにそれが最善。
  「フラガリア、進みます」
  「親衛隊も行きますよ」
  下層に。



  下層。
  敵が溢れていた。
  生存者はまずいないだろう……いや、いるはずがない。完全に魔物が部屋に満ちていた。
  広い空間に魔物が満載。
  何匹いる?

  牢獄の区画は更に下だけど行きたくないなぁ。
  「はあっ!」
  押し寄せてくる魔物の群れを魔力の糸で薙ぎ払う。
  キリがない。
  この階層にいる魔物の数は上階の比ではない。
  なんなの?
  なんなの、やたらと防御が厚い。蹴散らしても蹴散らしても次から次へと沸いてくるように挑みかかって来る。
  頭が。
  腕が。
  胴が。
  魔力の糸を振るう度に両断される。または貫く。
  食欲だけが旺盛で、食欲だけが武器の魔物達にはもったいないほどの攻撃力を秘めている魔力の糸。
  善戦しているのはあたしだけではない。
  「アーケイよ、力を。聖雷っ!」
  バチバチバチィィィィィィィィィィィィィィっ!
  雷が魔物を粉砕。
  もちろんアーケイ司祭のシャルルさんの魔法だ。
  「かぁっ!」
  チャッピーが火球を吐く。
  ケイティーはデイドラ製のロングソードを振る。オブリビオンの悪魔にしてみれば、こんな魔物はお遊び程度の相手だろう。
  エスレナさんは……。
  「メギドラオンっ!」
  ドカァァァァァァァァァンっ!
  新たに命名した炎の魔法が敵を焼き尽くした。
  「どうだいっ!」
  ネーミングセンスゼロの彼女は、今回の魔法の名前の出来をあたしに高らかに聞く。
  顔には期待の色。
  誉め言葉を期待してる。
  ……いや。ネーミングセンスはいいよ。いいんだけど……パクリだし。しかも名前負けしてる威力だし。
  ……評価は言い難いなぁ。
  はぅぅぅぅぅぅっ。
  「はあっ!」
  魔力の糸。
  やけに防御が堅い。敵の密度が厚い。
  なんなのっ!
  「引け」
  バッ。
  小さく、それでいて断固とした響きの持つ声に反応して魔物達が散った。その人物を護るように、脇を固める。
  大分倒したけどキリがない。
  100はいるだろうか?
  ……いや。
  軽く100を越えるだけの数はいるだろう。さすがにわざわざ数える気にはならないし数えてないけど、大体の概算だ。
  さて。
  「久し振りだね、人形姫」
  「会いたくありませんでしたけど」
  死霊術師ファウスト登場。
  「そんな馬鹿なっ!」
  「そんな馬鹿な、と思うことは大抵実現するものだよ補佐官殿。あまり自身の智謀を当てにしない方がいい。このまま牢で腐るつも
  りはないんだよ私はね。期待に添えなくて残念だ」
  「……っ!」
  歯軋りが聞えるぐらい、歯を食いしばるシスティナさん。
  動揺してる?
  まあ、脱獄不可能とされていたのに脱獄されたんだから動揺してもおかしくない。
  それにこの魔物。
  普通に考えなくてもファウストが従えているというのは自然な流れだろう。
  「どうして……」
  「どうして?」
  あたしの呟きに、静かに微笑するファウスト。
  次の言葉は言わずとも分かるだろう。どうして脱獄できたのか、そしてこの魔物は何なのか?
  反乱分子と連動しているのかしていないのか?
  していない場合は……このドサクサ紛れな状況を狙っていた?
  油断ならない相手だ。
  あの時、殺しておくべきだった。

  「人には骨が何本あると思う?」
  「……?」
  ナゾナゾ?
  久し振りに会った……別に会いたくもなかったけどね。このまま牢獄で腐って欲しかった。ともかく、久し振りに会った死霊術師
  ファウストは不敵に笑う。
  牢獄生活で栄養が足りないのか、大分頬がやつれているものの、ふてぶてしいまでの不敵な笑み。
  ふーふー。
  魔物達の息遣いが妙に響く。
  骨の数とこの魔物の出所が関係あるのだろうか?
  シャルルさんが口を開く。
  フラガリア随一の知恵袋であり、フラガリア以外でも太刀打ち出来る者はいないほどの知識人だ。
  システィナさんとどっちが頭良いのかな?
  さて。
  「人間の骨の数は大体200ですよ」
  「さすがはシャルルだ。君のような天才が私の側にいないのが残念だよ。……天才は天才に惹かれるものなのに、残念だ」
  「気味の悪い事を言わないで欲しいですね、ファウスト」
  「内心では悪い気はしてないんだろう?」
  「戯言を。僕は女の子が好きです。理想の死に方は三角関係の果てに、2人の女性に刺殺される事です」
  ……意味分かんないよシャルルさぁんっ!
  それ理想の死に方なの?
  男の人ってよく分からないなぁ。
  ともかく。
  ともかく、ファウストはシャルルさんに対して敬意というか仲間意識を持っているようだ。同じ天才だからだろうか?
  よく分からない仲間意識だ。
  そういうものなのかな?
  それにしても……。
  「シャルルさん、大体って?」
  気になったので聞いてみた。
  断るまでもないけど、この間も当然ながら周囲を警戒し、敵の不意の攻撃に備えている。こちら側から仕掛けてもいいけど数が
  多過ぎる。このまま戦闘回避で終わる可能性は確実にゼロだろうけど、こっちから手を出すのは愚の骨頂だ。
  しばらくは様子見。
  まあ、それはともかくシャルルさんに質問した。
  大体って何だろ?
  「人間の骨は一定じゃあないんですよ」
  「えっ? そうなんですか? ……あっ、性別で違うとか?」
  「生まれた時はもっと数が多いんです。成長するにつれて骨と骨とが癒着し、1つになる。その結果大体200になるんです。大体という
  意味はつまり人によって癒着する骨の数が曖昧だからです。まあ、厳密に言えば大体204ぐらいですかね」
  「へー」
  パチパチパチ。
  ファウストは拍手。彼にしてみればお遊び程度の知識なんだろうけど、シャルルさんに対する敬意からか嫌味ったらしくはない。
  ……存在そのものが不快だけど。
  「そう、人の骨は約200。さてここにいる魔物達は……君達が上階で始末したのも合わせて、200はいる」
  「えっ?」
  骨の数と同じ?
  わざわざ『骨の数』をお題として提示したのだから関係あるのだろう?
  でもどう関係するわけ?
  「戯言をっ!」
  バチバチバチィィィィィィィィィィっ!
  宮廷魔術師のシェーラさんが無為な時間を過ごすのを嫌い電撃を放つ。死霊術師ファウストもろとも周囲の魔物を焼き尽くす。
  ……普通ならね。
  「そんな……っ!」
  「これだから無知な奴は嫌いなんだよ。場の空気すら読めやしない」
  ファウスト無傷。
  周囲にいた十数匹の魔物を粉砕したものの、ファウストは無傷。
  死霊術師ファウストは強い。
  文句なしに強い。
  以前戦った時もフラガリア全員で挑んだものの(ケイティーとはまだ出会っていない&チャッピーは虜囚で不参加)ファウストは多勢
  を意に介さずあたし達と互角に渡り合った。
  右腕はマリオネットの義手であり、さらに色々な魔法で自身を強化している。
  生半可な攻撃では傷1つ付ける事は出来ない。
  ファウストは舌打ちしたものの、茫然自失なシェーラさんなど眼中にもないように話を続ける。
  「私は死霊術師としての肩書きを持つ。だが私は純粋な死霊術ではない。虫の王も奴に盲従する黒蟲教団にも興味はない。私が欲
  したのは究極生物を作るだけの知恵。そう、私は創造主にならんが為に生きている」
  「……」
  創造主?
  その為に今までたくさんの人間を攫って、たくさんの人間を実験台にしてきたの?
  歪んだ野心の為に、命を弄んで来た。
  なんて奴っ!
  「私のような能力者は多い。新たな生き物を創造するには高価な薬、大規模な施設が必要になる。当然元になる肉体もね。監獄に閉
  じ込められればそれらの必要不可欠なものは当然手に入らない。つまり神に等しき創造主とて無力となる。だが私は違う」
  「つまり……つまり、ここにいるのは全部人間?」
  「少し違うな、人形姫よ」
  にぃぃぃと笑う。
  ……あたし既に人形姫じゃないけどね。ふーんだ。ファウストなんて大した事ない眼力じゃないの、気付かないんだから。
  内心では虚仮にする。
  さて。
  「私のこの右腕はマリオネットのモノ。つまりは義手だな。しかしただの義手ではない。私の頭脳そのものといってもいい。私の全て
  の技術と知恵の結晶。更には魔力を増幅し、制御するモノ」
  「……」
  「この腕で触れさえすれば改造出来るんだよ。……相手の種族を知る事が前提になるけどね」
  「あっ」
  迷いの森にあるファウストの屋敷での戦いを思い出す。
  あの時シャルルさんに触れた。
  そして『人間じゃないのかっ!』と驚愕してた。つまり、あの時シャルルさんを作り変えようとしていたのだろう。自分の手駒の魔物に。
  ただシャルルさんは吸血鬼もどき。正確な吸血鬼ではない。詳細不明の種族。特異な存在。
  だから特定出来なかった。
  だから改造出来なかった。
  ……じゃあ、あの時特定出来ていたら……?
  ……。
  ファウストの言っている意味が正しいのかハッタリなのかは知らない。
  シャルルさんは涼しい顔しているものの、エスレナさんは剣を構えたまま自然半歩下がる。賢明だと思う。この中で一番種族が特定
  されているのはエスレナさんだけだ。彼女は生粋なレッドガード。
  あたし?
  あたしは……外観はブレトンだけど、本当は何なのかは分からない。一応アイレイド時代から生きてるっぽいし。
  チャッピーはドラゴニアンで稀少な存在。虜囚の時も何もされなかったのだから、改造出来ないのだろう。
  ケイティーはそもそも別の次元の悪魔。
  フラガリアの中で一番危険なのはエスレナさんだ。
  もっともファウストは眼中ないようだけど。
  それにしても……。
  「ここにいる魔物全てが作り変えた人間って事ですよね?」
  「君は本当に馬鹿だな人形姫」
  「……」
  むきーっ!
  どーせ馬鹿ですよーだ。
  「この手で触れたのは仕事の鬱憤晴らしに私をいたぶってくれた看守だよ。……部下の躾が行き届いていないね、補佐官殿」
  「自業自得もあるでしょう」
  システィナさんは意にも介さない。
  気持ちは分かるけど、部下の掌握が出来ていなかったのは確かだ。それが今の状況へと繋がっている。
  創造主を気取るファウストは続ける。
  「骨の数はここに関係するのさ。分かるかい、シャルル?」
  「ここで答えを口にする気はないですよファウスト。君のシーンだ。君が演じるのが筋だろう?」
  ……あっ。
  本当は分からないのに分かった風を気取ってるの丸分かりだ。
  負けず嫌いだなぁ。
  「さすがはシャルル。インテリは思慮深い」
  「ふっ。分かるかい?」
  「ああ。分かるよ」
  ……この人分かってないし。
  シャルルさんの事を買い被ってるんだなぁ。お互いに妙な仲間意識持ってるんじゃないでしょうね?
  あまり共鳴しないで欲しいな、シャルルさん。
  「私は1つの肉体から無数に魔物を創造する事が出来る。……だがまあ、強くないがね。戦ってみても強いとは感じなかっただろ。雑
  魚のような魔物だが数は多い。そして時間稼ぎには最適だよ」
  「時間稼ぎ?」
  システィナさんが怪訝そうな顔をする。
  「私は一本の骨、一滴の血、一片の肉さえあれば魔物を一体創造出来る。さてここからが問題だ。人の骨の数は200、創造した魔物
  は200、これだけ分かり易く説明したんだ意味は分かるだろ?」
  「……っ!」
  こいつ怖いっ!
  つまり何、敵が多ければ多いほど……それを素体にして『×200』にしちゃうわけっ!
  雑魚のような戦闘能力の魔物とはいえ、数が揃えば脅威だ。
  ……ファウストがその気になればこの国を簡単に落とせたわけだ。
  なるほど。反乱分子でさえ手が出せなかったわけだ。
  「時間稼ぎとは何です?」
  「これは補佐官殿の言葉とは思えませんね。……玉座を手薄にしてもいいのかな?」
  「……っ!」
  「頭の良い君らしくもない。そうさ、連中はここで君を出し抜くつもりだよ」
  「くそっ!」
  珍しく悪態をつく。
  それにしても妙な会話だと思う。気のせいかな。まるで旧知の仲みたいな会話だけど……。
  「さて私はこれでお暇するよ」
  「はあっ!」
  魔力の糸を放つ。
  しかしそれはファウストには届かない。
  無数の魔物が一斉にこちらに向かってくる。ファウストの前にも立ち塞がり、あたしの魔力の糸はファウストまで届かない。
  ファウストは笑った。
  「君達はこいつらと遊んでいるがいいさ。私はこれでも忙しいのでね」
  「はあっ!」
  再び魔力の糸。
  しかしそれはファウストに向けて、ではない。雑魚とはいえこれだけの数が揃えば苦戦を強いられる。あたし達は完全に看守から
  創造された魔物達に手一杯になる。
  フラガリア&システィナさん&シェーラさんは強い。
  しかしその他大勢の親衛隊ははっきり言って新米兵士に毛が生えた程度の実力でしかないみたい。
  はっきり言って足手纏い。
  群がる魔物達をあたし達は個々に撃破する。
  ファウストは笑った。
  「生き延びたら私の屋敷においで。色々と用意して待っているよ。……ふふふ。私は屋敷で待っているよ」
  あの時殺しておくべきだった。
  あの時に。
  あたし達は進んで混乱と動乱を黒牙の塔に持ち込んだようなものだ。厄介な状況は、更に輪を掛けて混迷へと移行する。
  死霊術師ファウスト逃亡。
  後に残ったのは……。
  「ふーふーふー」
  息荒い低級な魔物達。
  雑魚とはいえ数が揃うと厄介だ。ファウストを追うつもりはないけど……女王の護衛が皆無なのは確か。
  軽率だったと思う。
  ならばっ!
  「フラガリア、一気に蹴散らして玉座の間に戻りますっ!」
  そして……。





  「はあはあ」
  死霊術師ファウストは黒牙の塔からおそらく姿を消した。
  これはこれでいい。
  とりあえずは厄介払い出来た。
  反乱分子が暗躍している以上、ファウストの相手まで出来ない。姑息で卑怯で外道な奴だけど、今ここで全面対決は避けたいの
  が本音だ。纏めて厄介が来られると面倒極まりない。
  まずは女王の安全の確保だ。
  ファウストの『玉座を手薄にしてもいいのかな?』発言は的を射ている。
  迂闊だった。
  あたし達は玉座の間に戻るべくそれぞれの力を振るう。
  ファウストの魔物達がところどころで邪魔をした。
  まずは女王の安否。
  独力でも到達出来る者がまずは到達するべきだと言うシスティナさんの主張により、それぞれ奮戦し、各人がそれぞれ玉座の間に
  到達すべく戦う。一応撃墜王はあたしみたい。
  あたしは魔物達を薙ぎ倒し、玉座の間に一番乗りした。
  ファウスト離脱からどれだけの時間が経っているのか分からない。時間の感覚が既に分からない。どれだけの魔物を魔力の糸で屠っ
  たのかすら怪しい。ともかくあたしは魔物の群れを突破して玉座の間に辿り着いた。
  「はあはあ」
  魔物達は弱いものの、数が多かった。
  さすがに疲れる。
  到達したのはあたしだけみたい。それでも仲間の心配はしていない。あの魔物達は弱い。数に押されて時間は掛かるだろうけど負
  ける相手じゃない。フラガリアにあんな格下の敵に遅れを取る人はいない。
  シェーラさんは宮廷魔術師で魔法に長けてるし、システィナさんは……んー、強いのかな?
  多分強いのだろう。
  そうでなければ兵を率いて地下監獄に足を踏み入れるはずがない。
  腕に自身があればこその、女王の指示なのだろう。
  ……多分ね。
  さて。
  「はあはあ」
  玉座は空だ。誰もいない。
  危険を感じた女王は避難したのだろうか?
  ……いや。
  付き合いは短いけど、そういうタイプの人じゃない。地震で落盤があっても座していそうな人だ。少なくとも敵前逃亡する人じゃあない。
  ならばどこに?
  「連れ去られたか、もしくは……」
  もしくは姿を残さずに粉砕された……この想像は不謹慎か。それにその場合、女王を殺した奴が玉座に座っていてもおかしくない。
  ファウストの件があるから反乱分子が手薄を狙って直接ここを狙う可能性も否定できない。
  どうする?
  ……どうしよう?
  「お困りかい、息の荒い……それでいて血の臭いをプンプンさせたお嬢ちゃん♪」
  「……っ!」
  気付かなかったっ!
  柱の影から女性が出てくる。黒衣を纏った女性。腰には独特なフォルムの剣を差している。アカヴィリ刀だ。
  ……。
  これで確定だね。
  人形姫の人格なくなったから感覚が鈍ってる。気配が読めなかった。
  地下監獄に行くように女王が指示した際に、すぐ近くに敵が潜んでいた可能性もあったわけだ。もちろん気配が読めるからといって人
  形姫の人格が欲しいとは思わない。
  さて。
  「貴女は誰?」
  「私? 我が名は阿片。血を見るのが大好きな大好きな剣士。……相手の血も自分の血もね。等しく血が大好きさぁ♪」
  「……っ!」
  ゾク。
  寒気がした。
  血の気の多い野蛮人とは意味が違う。怜悧で冷徹なファウストのタイプでもない。こいつは狂ってる。
  そう、あたしはこの女の人と同じタイプを知ってる。
  闇の一党の奪いし者マシウ・ベラモントと同じタイプだ。この手の相手は好きになれない。もちろん好きになる必要もない。
  ブォン。
  阿片が腰のアカヴィリ刀を抜くと、異質な感じがした。
  刀身が仄かに光る。
  深紅に光る。
  「……魔法剣」
  「そうさぁーっ! この深紅の光を灯す魔剣で人を殺し、刀身を更なる毒々しい赤で塗らすぅーっ!」
  「貴女は何者ですかっ!」
  「答えて欲しいのかい? だが、こうとしか言えないよ。この世界には関係ない、新たなる介入者とね」
  「新たなる介入者?」
  真相は分からないけど、つまり反乱分子ともファウストとも関係ない?
  でもだとしたらここで何を?
  「いーひっひっひっひっ!」
  「……」
  まともな答えは返って来そうもない。
  完全にいっちゃってる。

  「うふふぅっ! ボエシアに愛された魔剣ゴールドブランドで人を殺す快感……餓鬼には分からないだろうねぇーっ!」
  「分かりません」
  人を殺す快感、か。
  闇の一党ダークブラザーフッドのクヴァッチ聖域にいたけど……人を殺すのが楽しいという感覚はなかった。
  それにしても。
  「魔王ボエシア」
  「はっはーっ! なかなか博識じゃないのさ、餓鬼ぃっ!」
  「勉強しましたから」
  それにしても最近魔王が大安売りだなぁ。
  魔剣ウンブラを狙っていた魔王クラヴィカス・ヴァイル。
  人形姫の人格を奪った魔王シェオゴラス。
  そして今回魔王ボエシア。
  シェオゴラスを知らなかった無知を補う為にオブリビオンに君臨する魔王16体の名前だけは覚えた。名前だけね。
  ともかく。
  ともかく、魔王ボエシア。
  詐欺、陰謀、殺人、暗殺などを司る魔王として有名だ。
  邪悪な魔王。
  その反面、ダンマーを守護する神としての側面もある。
  さて。
  「……」
  「うふふぅーっ!」
  対峙する。
  阿片と名乗る女の手には魔王ボエシアの魔剣ゴールドブランド。
  どの程度の威力かは知らないけど、わざわざ魔王に愛された魔剣……と表現する以上、体に触れたら最後両断されるのがオチだ。
  間合を保つ。
  もっとも魔力の糸を放つあたしにはさほど間合は関係ない。
  魔力の糸は放ちさえすれば後はあたしの意思で自在に動く。組み敷かれても指さえ動かせれば糸は放たれ、相手を殺す事ができる。
  間合は阿片の攻撃範囲を警戒しての事だ。
  相手は剣。
  どんなに凄い攻撃力を秘めていたとしても、標的に接近する必要がある。
  「……」
  ジリジリと。
  ジリジリとあたしは後退する。
  飛び込み様に一刀両断にしても、ある程度の間合を過ぎれば意味が成さない。
  「……」
  ジリジリと。
  ジリジリとあたしは後退する。
  阿片は狂気じみた笑みを浮かべるだけで追う事もしない。ただあたしの動きを舐めるような視線で追う。
  距離は五メートル。
  あたしと阿片の距離は五メートル。
  ここであたしは止まった。
  どんなに素早い動きで斬り込んで来ようとも、これだけの間合ならあたしに有利だ。
  突っ込んできた瞬間に魔力の糸で両断出来る。
  なのに。
  なのに、何故だろう?
  「……」
  額から汗が垂れる。
  動けない。
  魔力の糸を振るうべく、指を動かす事が出来ない。
  プレッシャーを感じてる?
  いつの間にか阿片の底知れぬ不気味さに気圧されていた。
  「どうしたのさぁ? あんたに有利な間合なんだろ、そこで止まったんだからさぁ。掛かっておいでよぉ」
  「くっ」
  からかうような口調。
  腹は立つけど、これでも元暗殺者。待ちには慣れてる。つまり持久戦に離れてる。
  こういう場合相手の挑発に乗るのは不利。
  自分の戦闘ペースを崩してまで戦うのは、不利だ。
  あたしは無視する。
  「じゃあ、こっちから行くよ」
  何気ない口調だった。
  今から遊びに行く……そんな感じの普通の口調だった。
  次の瞬間……。
  「ひゃっはぁーっ!」
  「はぁっ!」
  魔剣ゴールドブランドを手に疾走して来る阿片。
  あたしの手から放たれる魔力の糸。
  ひゅん。
  阿片は防御など何も考えてないように一直線にあたしとの間合いを詰めようとする。魔力の糸もまた一直線に阿片のお腹を狙って
  まっすぐ進む。
  よほど下位の相手なら頭を狙うものの、阿片のように高い能力を秘めている相手には頭よりもお腹の方が的として狙いやすい。
  魔力の糸は不可視。
  それでも一定の実力者になると何となく感知出来るのか回避する者もいる。
  そういう場合頭狙いだと対応が遅れる。
  意思1つで動くにしても咄嗟の際にはあたしも反応が遅れる。それは命取りだ。だから阿片のような相手には頭は狙わない。
  その方が堅実であり確実。
  回避された場合、頭よりもお腹の方が柔軟に対処出来るし。
  さて。
  「はっはぁーっ!」
  「……っ!」
  魔力の糸は阿片のお腹を貫通した。
  にも拘らず阿片はまっすぐあたしに向って突っ込んでくる。
  「嘘っ!」
  回避した相手はいた。
  ケイティーも回避した。でも体を貫通されても平然と進んでくる相手は今までいなかった。
  肉薄する。
  「くっ!」
  貫通している魔力の糸を右側に反らした。
  阿片の体からさらに鮮血が迸る。
  魔力の糸はこれで阿片の体から抜けたものの、今の一撃で腸はズタズタのはずだ。鮮血に塗れた腹部。なのにどうして……。
  「はっはぁーっ!」
  「……っ!」
  阿片は魔剣ゴールドブランドを振りかぶる。
  あたしは目を瞑った。
  ……ああ。ここであたしは終わるんだ……。
  キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
  「ふふふぅーっ!」
  「がはっ!」
  澄んだ金属の音と、知っている声があたしの耳に木霊した。眼を開く。
  「エスレナさんっ!」
  振り下ろされた阿片の剣はエスレナさんを切り裂いていた。
  あたしと阿片の間にエスレナさんが飛び込んだのだ。
  「ぐぅっ!」
  そのまま膝を付く。
  即死ではないものの、かなりの傷だ。出血も酷い。エスレナさんの手には炎の魔力剣が握られている。しかし刃が半ばでなくなっている。
  刀身ごと両断されたんだ。
  「ふふん。血は良いねぇ。自分の血も、相手の血も、赤い色は大好きっ! いーひっひっひっ!」
  阿片は笑いながら背を向けて離れる。
  あたしはエスレナさんを抱き起こした。ファウストの魔物を倒したからここに来て、あたしのピンチを見て……こんな事になったんだ。
  あたしの、所為だ。
  「エスレナさんっ!」
  「……心配する事はないさね。仲間なら、当然だろ?」
  「いーひっひっひっ!」
  阿片は笑う。
  あの女の腹部は確かに重傷。血は止まる事ないし、腸がはみ出て見える。エスレナさんよりもかなり酷い傷だ。
  いきなり死ぬ事はないにしても動く事なんて出来ないはずなのにっ!
  ……化け物?
  「その女の持つ魔力剣程度じゃゴールドブランドには勝てないよぉ」
  こいつ不死身なの?
  だったら?
  だったら……。
  「原型なくなるぐらいにまで粉砕します」
  「おやおやまだやる? いいよいいよ、あんたも血に塗れなぁ。そして死んで蛆に塗れるのさぁ。人は死ぬんだ、むしろ死ねっ!」
  タタタタタタタッ。
  その時、ケイティーとチャッピーがこちらに向かって走ってくるのを視界に捉える。シャルルさんもいる。
  「ちっ」
  阿片は舌打ちをした。
  さすがに多勢を相手にするのは好きではないらしい。あたしは内心でホッとした。これでエスレナさんの治療を任せられる。
  だけど……。
  「えっ?」
  シャルルさんが魔剣ウンブラを抜きながら走ってくる。
  それはいい。
  それはいいんだけど……チャッピーたちを追い抜いた。阿片に切り込むつもり?
  「シャルルさんっ!」
  しかしシャルルさんは止まらない。
  阿片は狂気じみているもののその剣技には眼を見張るものがある。ただ魔剣が強力なだけでエスレナさんの剣をああも見事に切り落
  せるわけじゃない。そこには裏打ちされた剣術があるのだ。
  勝てる相手じゃない。
  魔剣ウンブラと魔剣ゴールドブランド、どちらが上なのかは知らないけど……仮にウンブラの方が上でもシャルルさんでは勝てない。
  剣の腕が違いすぎる。
  「駄目っ!」
  そして……。
  キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
  キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
  キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
  「……えっ?」
  思わずあたしは呆然とした。
  ただ見ているしか出来なかった。チャッピーはあたしの側に佇み、ケイティーはエスレナさんの介抱を始めるものの、あたし同様に呆気
  に取られている。
  キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
  キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
  キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
  刃を交える音が玉座の間に木霊する。
  双方ほぼ互角に渡り合っている。
  だけど、だけど、あたしはシャルルさんが剣が得意だなんて知らなかった。もちろんお互いに全部をさらけ出しているわけではないけど、
  ここまで剣が上手だ何て知らなかった。
  だって今までシャルルさん、剣なんて使ってなかった。
  剣がここまで遣えるならどうして今まで剣を差してなかったんだろう?
  「はあっ!」
  「いーひっひっひっ!」
  キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
  バッ。
  一際大きな音を響かせつつ、お互いに飛び下がる。双方一歩も譲らず。あたし達はただ固唾を呑んで見ているしか出来なかった。
  この時、宮廷魔術師のシェーラさんが兵士を率いて戻ってくる。
  ……?
  システィナさんがいない。
  どうしたんだろ?
  いずれにしてもこれで更に状況は変わった。これだけの人数差だから阿片に勝ち目はなくなった。
  「ここまでかぁ。もっと血が見たかったねぇ。いひひひ」
  「狂人ですね、貴女」
  「いっひひひひひっ!」
  シャルルさんが静かな笑みを称えたまま阿片にウンブラの切っ先を突き付けている。阿片の魔剣を持つ手をだらんと下げている。
  兵士達は包囲を始める。
  そんな動きをシャルルさんは目で追いながらウンブラを鞘に戻した。
  「誰の指示です?」
  「爺のだよ、シャルル」
  「……マスターですか。やれやれ。僕は殿下の……」
  「知ってるよぉ。あんたがいつまで経ってもウンブラ回収してこないから、私が出張って来たのさ。部下の八鬼衆引き連れてねぇ」
  ……えっ?
  悲しそうな視線をシャルルさんはあたしに向けた。
  「悪いが時間切れのようです。僕はこのまま帰還します」
  「シャ、シャルルさん?」
  「以前カザルトを目指す時、僕がローブの人物と接触していたのを貴女は見ていた。つまりこういう事です。逐一報告していました、僕
  の行動先を密偵にね。ただ弁解するならばこの狂人が派遣されるのは知らなかった。まあ、そんな事はどうでもいいですね」
  「何を……」
  「出来ればこのまま良い思い出として終わらせたかったですよ。仲間として、別れたかった」
  「シャルルさんっ!」
  仲間なの?
  阿片は、シャルルさんの仲間なの?
  それを証明するように阿片もまた剣を鞘に戻す。斬り合ったのも、お遊び?
  手で何かの印を切るシャルルさん。
  「まさかっ!」
  シェーラさんが驚愕を込めた口調で叫んだ。
  意味は分からなかったけど、その驚いた内容はあたし達の眼に映った。
  ぱぁぁぁぁぁぁぁっ。
  青白いモノが具現化する。サイズこそ違うものの、色こそ違うもののあたしは一度これと同じものをフロンティアで見た。
  次元の門だ。
  「破壊大帝の次元の門を改良しました。これでも天才ですので。……さあ、阿片さん。撤退しますよ」
  「了解」
  タムリエルに逃げる気だっ!
  「シャルルさん。貴方は、一体……」
  「我らは黒の派閥」
  「黒の、派閥?」
  「偉大なるデュオス様の名の元に帝国の支配の終焉を願う組織。……本当に残念ですよ、フォルトナさん。良い思い出にしたかった」
  「シャルルさんっ!」
  「さよなら」