天使で悪魔





陥落




  黒牙の塔。
  カザルトの中央にある王宮。元々は黄金帝の住まう王宮であったものの、遷都の際にリーヴァラナが女王に就任、以後数千年
  その地位にあり続けている。

  黄金帝は用心深い人物。
  勝手に改造したヴァンピール(元々はアイレイドエルフ)達の反旗を恐れ、黒牙の塔の中においてヴァンピールは無力になる。
  能力が封じられ普通のエルフと変わらない。
  つまり反乱分子の主流であるヴァンピール達も攻め入ったら最後、無力になる。
  だから。
  だから、女王は玉座に座し続ける。
  それが反乱の先延ばしに信じて。戦争に発展したら困るのは民草。だから戦争を回避していた。
  しかし限度がある。
  そして……。






  「……運が良いのか悪いのか、微妙ですねぇ」
  シャルルさんが呟いた。
  今いる場所は王宮。
  このまま恩のある女王様やシスティナさんを見捨てて元の世界には帰れません、それを言いに来た。昨日の王宮での会食の帰り道
  に皆で決めた決断だった。それを今日、言いに来た。
  もっとも。
  もっとも、そのまま元の世界に戻るにしても今日訪ねてくる必要があったのに変わりはない。
  タムリエルとカザルトを繋ぐ次元の門を開けるのはヴァンピールのみ。
  つまり女王様にお願いする必要がある。
  だから、そういう意味では不可抗力な事だとは思う。
  バタバタと兵士達が走り回る。
  あたし達は女王様の前で待機している。何をすべきか、女王様が指示するのを待っている。
  既にあたし達の意思は告げてある。
  次の言葉を待つ。
  ……ついに始まったのだ。
  戦争が。





  東の門。
  バルバトスが差配するこの門に、女王のほぼ全戦力が集結した。
  もちろん西と南の門にも配分されているものの、それでも東の門に対する援軍はもっとも多い。
  それでも。
  それでも反乱分子の軍勢の方が圧倒的に多い。
  数にして700。
  対するバルバトスが指揮する軍勢は150。
  まともにぶつかれば話にならない。
  だが、暗愚に関わらずバルバトスが総司令官として東の門に布陣している理由はその血筋だ。三つの門は黄金帝の血脈である
  三貴族に反応して鉄壁なまでの魔力障壁を発生させるのだ。
  だからこそバルバトスに指揮権が与えられた。
  暗愚な貴族。
  それが世間の見識であり、女王の見識であり、兵士の見識。
  先の帝国軍侵攻の際には戦わずして逃亡した。
  しかし……。
  「絶対に打って出るなっ! 近付けば矢で仕留めよっ! どんなに挑発されても決して出るなっ! これは持久戦だぞっ!」
  しかし、今回は違った。
  凛として指揮振り。
  兵士達は敬服した。名のある軍人でもこれだけの劣勢であれば恐怖する。
  とても平常ではいられない。
  「戦いは兵の数ではないっ! 士気だ、決して怯むな怖気付くなっ!」
  バルバトスは兵士達を鼓舞する。
  とても敵前逃亡した者とは思えない。指揮官として申し分のない凛呼たる態度。
  反乱分子と対峙するバルバトスの軍。
  「絶対に打って出るなっ!」
  誰も気付いていない。
  バルバトスが反乱分子と裏で繋がっている事に。全てはジェラスとの打ち合わせ通りだという事に。
  誰も気付いていなかった。






  「始まったようですね」
  玉座の間でリーヴァラナ女王は呟いた。
  塔の外で喚声が聞える。
  戦争、か。
  「貴女達は打って出る必要はありませんよ」
  先に女王が釘をさす。
  シャルルさんが気軽そうに笑った。
  「確かに。まだ報酬の話し合いは決まってませんしねぇ。……金貨2000枚で女王の側にフラガリアは付きますけどどうします?」
  「……」
  「金額次第で向こうに転びますけど?」
  「ふふふっ! 面白い男ですね、シャルルとやら」
  「……誉めたって値切りませんよ金貨1枚たりともね」
  「……システィナ、払って差し上げなさい」
  契約決定っ!
  シャルルさんは交渉がうまいなぁ。
  ただ、女王が釘をさしたのは契約云々の問題ではない。危険な前線に出さない為の配慮だ。
  傭兵的な扱いとはいえそこは配慮してくれてるみたい。
  だけど何するんだろ?
  「女王様。あたし達、何すればいいんですか? ……あっ、マリオネットの軍勢の従えるのは……」
  「分かってます。人形姫としての能力を失った絞り粕の貴女にそんな事は言いませんよ」
  「……」
  「冗談です」
  「……」
  意外にお茶目だなぁ、女王。
  「それであたい達に何させる気だい?」
  「このような状況です」
  玉座の間を見渡す仕草をする。
  ガランとしている。
  女王の両脇に控えるのは補佐官のシスティナさんと主席宮廷魔術師のシェーラさん。
  他にも衛兵の姿はあるものの、以前より少ない。
  まあ、意味は分かる。
  女王を護る親衛隊のほぼ全員を門の維持の為に投入したのだろう。
  ……つまり。
  「つまり、あたし達は王宮の守護ですか?」
  「そうです。このような状況ですからね、刺客が入り込んでもおかしくない。寝返って私の首を売り渡そうとする輩もいるでしょうし」
  「そうなんですか?」
  「ええ。例えば金額次第で転ぶ眼鏡の男性とか」
  「おやおやそんな不逞な奴いるんですか? いやぁそんな奴は僕がとっちめてあげますよ」
  「……」
  あてつけで言ったのに、シャルルさんの方が1枚上手のようだ。
  「まあ、僕達にお任せください。お仕事なので金額分働きますよ」
  「それは結構」
  契約は成立した。すべき事柄も分かった。
  護衛が任務と考えるべきか。
  だとしたら分かり易い。
  戦争に加われとか拠点防衛に加われとかじゃなくて、分かり易い任務。
  ……。
  そもそもこの中で戦争に関わった者はいない。
  戦争と戦闘は別物だ。
  ……あれ?
  「皆、戦争には関わった事ないよね?」
  「僕はないですよ。……スカイリムで帝国軍に一方的に虐殺され、焼き尽された村にいた経験はありますけどねー……」
  「ごめんなさいーっ!」
  心の傷抉っちゃったーっ!
  はぅぅぅぅぅぅっ!
  「エ、エスレナさんは?」
  「あたい? あたいはないねぇ」
  「ですよね」
  普通はないと思う。
  タムリエルは天下泰平……は、まあ、建前とはいえ一応は平和。少なくともシロディールにいる限りは。
  まあ、それでも裏では暗殺とか横行してるけどね。
  あたしも闇の一党の暗殺者だったし。
  皇帝でさえ謎の暗殺集団(闇の一党じゃあないみたい。組織でも噂になってたし)に殺されちゃったし。
  さて。
  「チャッピーは?」
  「我輩ですか? まだありませぬ。しかしいつかはマスターを旗印に一国切り崩したい所存」
  「おお。さすがはチャッピー殿。我は感服しましたぞ。是非我も加えてもらいたく」
  「ケイティー殿ならそう言ってくれると思っていたぞっ! まったくもって気が合いますな、ぜひとも今宵一献」
  「いいですな」
  『はっはっはっ』
  ……いや。この場所で気が合われても困るんですけど……。
  まあ、戦闘ではその連携が頼もしいけどね。
  ドラゴニアンとドレモラの戦闘力の相乗効果は頼もしい。フラガリアの双璧として活躍中の2人。期待してるからね。
  「それで女王様、あたし達……」
  そこで言葉を止める。
  騒ぎが聞える。
  それも近く。
  わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!
  「何?」
  声だけでなく地響きも聞こえる。
  東、西、南。
  都市に侵入する為の門は三つ。
  今、全戦力を門に投入して死守しているものの……数の上では圧倒的な差がある。いずれかの門が陥落して黒牙の塔に反乱分子
  の軍勢が到達したのかと思った。
  衛兵が慌てて玉座の間に入って来た。
  慌てている為に女王に対する儀礼を忘れている。
  「お前」
  システィナさんが叱咤。無礼という意味だ。
  慌てて敬礼しようとする衛兵を女王は制した。
  「構わぬ。何があった?」
  「ほ、報告しますっ!」
  「いずれかの門が落ちたか?」
  「い、いえっ! バルバトス様が敵軍の主力と東の門にて対峙っ! 南、西の門の敵軍の動きも鈍く小競り合いが続いているのみです」
  「では何があった?」
  「地下監獄にて魔物が大量発生しましたっ! 数は……その、詳細不明です。ただ、少なくとも100はいるのかと……」
  「……何?」
  地下監獄で?
  つまりは……。
  「ファウストっ!」
  あたしは思わず叫んだ。
  地下監獄にいるのは死霊術師ファウスト。今まで大人しくしてたのは、こういう事なの?
  でも魔物って何?
  檻の中にいる限り能力封じられるって……じゃあ……。
  「手下の魔物を手引きした者が?」
  「それはありえませんっ!」
  あたしの呟きに対して女王は叫んだ。ありえない、それは断固とした響き。
  「構造的に引き込めるわけがないっ! ……なのに……いや……」
  「……」
  視線を周囲に見渡す女王。
  あたしもつられて見るものの、何もない。というか何も感じない。あたしは気配を読むのに長けている……つもり。
  何も感じない。
  まあ、気配読める能力も人形姫のものだとしたら、人形姫の人格を持たない今のあたしには読めなくても不思議はないけど。
  「フラガリアの皆さん」
  「はい」
  「依頼人として命令します。地下監獄の騒ぎを鎮圧してきてください」
  「分かりました」
  頷く。
  フラガリアとしての、お仕事だ。更に女王は命令を続ける。
  「システィナ、シェーラ。残った兵力を率いてフラガリアとともに魔物の討伐を命じます」
  「しかし女王陛下……っ!」
  「命令です」
  「……はっ」
  気乗りしない感があるシスティナさんではあるものの、命令を命令として利くだけの理性を有している。静かに頭を下げた。
  「行きますよ」
  『はっ』
  残った親衛隊10名を率いて先行する。その後にシェーラさんも続く。
  これで女王の戦力は全て投入された。
  さて。
  「フラガリア、行きます」





  システィナが残りわずかの兵を引き連れて、フラガリアと共に掛け付けて数分後。
  人気のなくなった玉座の間。
  わずか1人。
  わずか1人、女王リーヴァラナのみが玉座に座しているのみ。
  国を囲む反乱分子の軍への対抗の為に全軍を投じた。さらにも自分の身の回りを固めていた親衛隊も投入。
  更に城内に残っていたわずかな兵も、システィナに預けた。
  今、女王の兵は全て出払っている。
  「出て参れ」
  女王は静かに言った。
  響き渡る声。
  「隠れる必要はない。……出易い様にしたのです。出て参れ」
  「……これは痛み入りますね」
  コツ。コツ。コツ。
  靴音が妙に響き渡る。拍手をしての登場。しかしどこか気品がある仕草。そこに嫌味は感じられない。
  パチパチパチ。
  「さすがは女王陛下。感服いたしましたよ」
  「ジェラスか」
  反乱分子の首領である渇きの王の腹心。元々は女王の部下だった人物。
  考え方の違いとして離反した存在。
  ジェラスの考え方をする者は多い。閉鎖的な世界だからこそ、かつての権威や栄光に縋り、妄信する者も多いのだ。
  古代アイレイドの復活。
  特に当時から存在し続けるヴァンピールにはその傾向が強い。
  そしてそんな考えを持つ者達を纏め上げたのが渇きの王。
  渇きの王は完全に詳細不明。
  突然現れ、反女王を掲げ、その精力を纏め上げた謎のヴァンピール。
  「……」
  「ふふふ。さすがは麗しくも聡明な女王陛下。……取り囲まれても顔色を変えぬとは……ああ、いや……」
  「……」
  「気付いていたからこそ、兵を退けたのでしたね」
  「……」
  女王には分かっていた。
  いつの間にかジェラスの手兵が玉座の間に潜んでいた事に。
  柱の壁に、物陰に、様々な場所に潜んでいた事に。
  数も質もジェラスとその部下の方が勝っている事に気付いた。だからこそファウストの鎮圧の為に兵を退かせた。
  無用な犠牲を出さない為に。
  ……。
  もちろんファウストの鎮圧も大切な事柄ではあるが。
  女王を取り囲むジェラスの部下は総勢で20名。しかも全員がヴァンピール。
  「私を殺しに来たか?」
  「何事においても頭が死なない事には終わらないんですよ。貴女のお命が確かに必要ではある」
  「では、ある? 何が目的です?」
  「とりあえず貴女の身ですかね。クライアントがそれをお望みな以上、殺せないんですよ」
  「貴様、誰の命令で動いている? その言い方では渇きの王とやらが頭ではないのか?」
  「勘違いしないでください。あのお方は確かに私達のリーダーですよ。ただ、クライアントは我々の……」
  「口が軽いぞ、ジェラス」
  別の者の声。
  ヴァンピールとは黄金帝がアルトマーを改造した者の成れの果て。
  だからヴァンピールは全てアルトマー。
  新たに現れた者もまた外観は同じくアルトマー。しかし見た事ないと人物だと女王は思った。全ヴァンピールを見知っているわけ
  ではないものの、黄金帝が改造したヴァンピールの大半は見知っているといっても過言ではない。
  だがこの人物は見た事ない。
  特異な実験で造られた者だろうか?
  ジェラスは恭しく頭を下げた。
  「これは渇きの王。わざわざおいでくださいますとは」
  「見て置きたかったからな、女王の顔を」
  渇きの王シディアス。
  反乱分子を纏め上げる首領。
  「お初にお目にかかる、女王陛下殿」
  「お前が……」
  「左様。我こそが渇きの王シディアス」
  「どうやって城に入り込んだ?」
  「軍など囮に過ぎんよ。王手、チェックイメイト……まあ、呼び方は何でもよいか。女王たるお前を虜にて出来ればそれでよかった
  のだ。さて、どこから入り込んだかだったな。地底湖からだよ」
  「なるほど」
  飲料水は地下から汲み上げている。
  国の地下にある地底湖。
  この黒牙の塔とて例外ではない。今までの闇雲なまでの城門に対する攻撃は、全て囮だったようだ。
  その結果、地下には眼が行かなかった。
  「なるほど」
  女王はもう一度繰り返す。
  渇きの王はニヤリと笑った。初の顔合わせは、反乱分子の勝ちという事だろう。
  「女王陛下殿。これは事実上の、黒牙の塔の陥落と見て間違いないか?」
  「そのようですね」