天使で悪魔





内乱の兆し




  異世界カザルト。
  次第に思惑は加速し、成長し、いずれは事は起こるだろう。
  誰が関わり、誰が画策し、誰が得をするのか。
  それはまだ分からない。
  しかし事は必ず起こるだろう。
  ……内乱の兆しは次第に現れつつあった……。






  黒牙の塔。
  王国の中心にあるリーヴァラナ女王の住まう場所。つまりは王宮。
  あたし達フラガリア(スカーテイルさんは除く)のメンバーは久し振りに謁見していた。女王に呼び出されたのだ。
  呼び出された用件は簡単。
  ボーダーウォッチの一件だ。
  結局シェオゴラスの意味不明な陰謀ではあったものの、結果としてカジート50名がカザルトに移住する事になった。人口の増加
  は閉鎖的な空間にあるこの国にとって最優先事項。
  それも50名の増加。
  その件に関してのお礼の為に呼び出された。
  場所は玉座の間でもなければ、あたし達も平伏しているわけではない。
  女王の私室で会食だ。
  女王もラフな服装(それでもドレスだけど)であたし達を迎えしてくれた。
  食事おいしー♪
  ……。
  もちろんこの世界において食材は全て見た事ないものばかり。
  今更詮索する事はしない。
  牛肉だと思ってた食べ物の材料が実は×××だった事もあったもの。あの時は引いたなぁ。それ以来材料の詮索はしない。
  さて。
  「本当に貴女達には感謝してますよ」
  「えへへ」
  「本当にありがとう」
  「えへへ」
  女王の飾らないストレートな感謝の言葉があたしは嬉しかった。
  もっとも女王の両隣に侍立する2人の女性は女王をたしなめた。上に立つ者が簡単に感謝してはいけないと言う。
  「よいではないか。ここは私の私室。問題あるまい。あまりうるさく言うでない」
  逆に2人をたしなめた。
  2人の女性。
  1人は女王の腹心であるシスティナさん。
  それとバルバトスの部下から女王の元に移籍しそのまま宮廷魔術師の主席になった女性シェーラさん。
  ……。
  一応、シェオゴラスが事件の犯人(犯人って何?)とされている2人でもある。
  名前の最初に『し』の付く人物が犯人みたい。
  まあ、それ言ったらシャルルさんもそうなんだけどさ。
  そのシャルルさんが上品にナプキンで口元を拭いながら女王に問う。……これだけ見ると素敵な人なんだけどなぁ。中身は変態です♪
  はぅぅぅぅぅっ。
  「あのカジート達はどうなりました?」
  「安心なさい。ちゃんと手は打ってあります。住宅も手配してあります。農業中心の仕事をしていたらしいので、農業方面の仕事を差配
  しておきました。……ああ、あの呪術師は宮廷魔術師として受け入れる準備があります」
  「それはよかった」
  アフターケアは万全。
  あたしもシャルルさん同様によかったなぁと思う。
  「ところで」
  ワイングラスを傾けながら女王は別に気軽な話題に転じたような口調で言葉を紡ぐ。
  「フラガリアよ。我が軍に参加する気はありませんか?」
  「……」
  女王の軍に参加する。
  それはつまり反乱分子との決戦の際に傭兵として戦わないかという意味合いだ。
  沈黙。
  そもそも一番最初に言われた際に明確に拒否したはずだ。
  確かに最初の時とは意味が違う。状況が違う。あの時はチャッピー救出があたし達の最優先事項だった。それが終わった今、この
  世界での目的も果たした今、改めて女王はあたし達に問い掛けているのだ。
  「質問があります」
  挙手するシャルルさん。
  「どうぞ」
  「では女王陛下。疑問を口にさせていただきます。……この国の総兵数は?」
  「200。三貴族が抱えている私兵の数を合わせても、せいぜい300。次に聞くであろう質問を先に答えましょう。反乱分子は死霊術師
  ファウストが創造した強化生物を含めると総勢が1000。我々は半分にも満たない戦力しかありません」
  「然るにそれで僕達フラガリアが参戦したところで意味がない。それとも僕らの力を過大評価なさっているのですか?」
  「……」
  今度は女王が沈黙する。
  確かに数が違いすぎる。ファウストの屋敷で見た量産されていた強化生物ランド・ドゥルーの強さはともかく、人間をベースにして
  作った屍人形や死蜘蛛、毒蟲は強かった。そういう類も多く反乱分子の側にいる苦いない。
  こういう発想は驕りかもしれないけどあたし達は強い。
  だけどそれだけの数の劣勢を覆すほどの強さじゃあない。
  「女王陛下。僕は基本的に無双系の発想はもうお腹一杯なんです。ガンダム無双は行き過ぎだと思うんですよ。戦国で止めておくべき
  だったと思います。オロチは容認できますがね。ただ、今更オブリ無双をここで演じるほど僕はゲーマーではないのですよ」
  「……」
  女王言葉もない。
  い、いや。言葉なくて当然かなぁ。
  シャルルさんの断り文句は意味不明。相変わらず我が道を行く人だなぁ。
  「……」
  「な、なんですか?」
  冴えた瞳をあたしに向ける女王。
  「人形姫」
  その呼称は好きじゃない。
  ただこの世界は古代アイレイドから存在している。今なおアイレイド文明の世界なのだ。だからこの人達にとって人形姫としての名の
  方がしっくり来るのだろう。
  「この塔にはマリオネットが100体存在しています。人格の有さない、下位タイプ。我々は人形遣いではないし、その技術もない。だから
  操れない。しかし人形姫よ。貴女なら、全ての人形を統べる貴女なら従えられるはず」
  「あっ」
  そうか。
  この人はそういう魂胆だったのか。
  「かつて人形姫はわずかな人形の軍勢で当時最強を誇っていたアイレイド国家ボーンの無敵死霊軍を打ち破った」
  「……」
  知らないのだから答えようがない。
  女王は続ける。
  「わずかな人形で戦況を一転させた。マリオネットを従えて、戦局を変えて欲しいのです」

  「それは無理かと思います」
  そう答えたのはあたしではなかった。
  「ほう?」
  興味深そうに女王は声の主を見る。
  声は側に控えるシスティナさんのものだった。
  「よくは分かりませんが人形姫の威圧感というものが感じられません。何かあったのではないかと思いますが……」
  「……」
  うわぁ鋭い。
  システィナさんの言う事は正しい。
  あの後シャルルさんに調べてもらったけど、どうも本気でシェオゴラスに『人形姫』との方の人格があの杖に封じられてしまったらしい。
  だからといって別に支障はないけど。
  魔力の糸も紡げるし。
  シャルルさん曰く……。


  「火事場の馬鹿力が出せない、と言った感じですかね。黄金帝やウンブラの際にも急に魔力の糸の出力が増したでしょう? つまり
  あれは人形姫がリミッターを解除したからでしょう。今後は解除出来なくなった、そんな感じでしょうかね」


  ……以上がシャルルさんのコメント。
  どうもシャルルさんが言うにはあたしの力の大元を握っているのはやはり人形姫だったみたい。
  解除の人格がいなくなったので今後は追い込まれたら一発逆転で相手を倒す、みたいな事が出来なくなったわけだ。
  別に支障はないかな。
  うん。むしろ頭の中で色々と騒ぐ人格いなくなって良かった気もする。
  それにしても。
  「システィナさんよく分かりましたね」
  「まあ、見れば分かりますよ」
  「そういうものですか?」
  シェーラさんを見るけど、あたしをまじまじと見ているだけ。どうも何も感じないらしい。
  システィナさんが特別なのかな?
  「女王陛下。人形姫を見ても何も感じませぬか?」
  「……確かに威圧感はなくなってますね」
  あっ。女王にも分かるのか。
  女王は古代アイレイドからリアルに生きている。人形姫の悪名(歴史を調べる限りではあの時代全ての者の天敵的人物)は知って
  いるだろうし、もしかしたら見た事あるのかもしれない。
  人形姫の能力を失った事を話す。
  ただ、シェオゴラスの事は省いた。オブリビオンの魔王達はアイレイド時代から存在していた(というか人類創生以前から)わけだから
  当然の事ながら女王もその脅威を知っている。ここ最近タムリエルから来たシスティナさんにしても同じだ。
  反乱分子で手一杯なこの世界。
  わざわざシェオゴラスの名を告げて混乱を招く必要性はどこにもない。
  さて。
  「そういうわけなので、多分マリオネットを従えるのは無理だと思います」
  今まで従えた事ないし。
  フィフスは人格があった。だから言葉で従えた。
  しかし女王が従えて欲しいというマリオネットの軍勢は人格のない下位タイプ。多分意識や思念の類で動かすんだろうけど経験
  ないので自信がない。
  いずれにしても人形姫としての人格が失われてしまった以上、従えるのは無理っぽい。
  「そうですか」
  当てが外れたという顔を、女王はしなかった。
  元々期待薄の提案だったのだろうか?
  確かに一番最初に女王の軍に加わり反乱分子と戦って欲しいと言われた時にあたし達はその話を断った。もちろんその時の状況
  は《チャッピー救出》であり、そんな話を聞いていられる余裕はなかった。
  もちろん。
  もちろん、戦争なんかに関わるのも嫌だったという感情もまるでなかったわけではない。
  女王は当初のあたし達の意見を知っている。
  だから期待薄なのだろう。
  それゆえの反応だ。
  これ以上同じ話題をする気はないのか、女王は別の提案をした。

  「貴女達は希望の品物を手に入れた。つまりこの世界にはもう留まる理由はない」
  魔剣ウンブラ。
  シャルルさんが切望していた代物だ。この世界に来た目的。冒険者の街フロンティアでの活動もその魔錬入手の為のもの。
  途中からジェラスに攫われたチャッピー救出に変わったけど、そもそもの目的は魔剣。
  死霊術師ファウストとの戦いもその一環。
  つまりこの世界に留まる理由はどこにもないのだ。
  「元の世界に戻す為の門は私が開いて差し上げましょう。後日、また訪ねてきなさい」
  「はい」
  それでも。
  それでも、このままこの世界を見捨てていいのかという思いはあたしの中にある。
  愛着が湧いた。
  女王達に接した。
  反乱分子と関わった。
  このまま元の世界に戻るのは、シロディールに帰るのは逃げるような感じがしていた。
  元々この世界の、この国の事情はあたし達には関係ない。
  ただ言えるのは女王は卑怯な手を使わなかった。もしも女王がその気になれば、軍に加わり反乱分子を打倒しない限りは帰還の
  為の門を開かないという脅迫も出来たはずだ。なのにそれをしなかった。
  「話は以上です。……さあ、食事を楽しみなさい」
  「はい」
  頷くものの、あたしは内心複雑だ。
  この世界の事情はあたし達にはそもそも関係ない。
  ……だけど……。
  
  

  自宅への帰り道。
  「このまま帰ってもいいんでしょうか?」
  「はっ?」
  シャルルさんはあたしの唐突な言葉に怪訝そうな顔をした。
  立ち止まる一同。
  「どういう事だい、フォルトナ?」
  「そのままの意味です。……あっ、いえ。家に帰るのが不満とかじゃなくて……その、このまま元の世界に戻ってもいいのかなって」
  その思いは最近大きい。
  当初は女王やシスティナさんの都合と思惑で利用されるのが嫌だった。
  もちろん今でも利用されるのは嫌。
  だけど。
  だけど、女王も良い人だし、システィナさんも良い人だ。
  無下には出来ない思いがある。
  この世界に対する思い入れも出来た。
  政権の奪い合いはあたし達には関係ないけど、必ずしも反乱分子が正しいという理屈はない。
  女王の善政には国民全員が恩恵を受けている。
  あたし達にしてもそうだ。
  女王の政治のお陰で別の世界から来た者達にも家が提供され、当面の生活を維持されるし仕事も用意してもらえる。
  あたし達も等しくその恩恵を受けている。
  それには報いるべきだ。
  反乱分子が台頭すれば当然ながら争いに巻き込まれて傷付く人も出るだろう。
  彼らには彼らの正義かあるのだろうけど、あたしは俗物だから。だから、相手の暴力しか見えない権力闘争は容認できない。
  「つまりフォルトナさんは手助けしたいわけですか?」
  「……そうです。その、駄目ですか、シャルルさん」
  「無料で?」
  「そ、それは……」
  「僕達は冒険者チーム《フラガリア》。傭兵もまあ、冒険者の仕事の一環ではありますけどね。報酬の折り合いが付けば仕事ですよ」
  「つまり……」
  にこりとシャルルさんは笑う。
  「それにフォルトナさんの目的のモノはまだ手に入ってませんしね」
  「あっ」
  「忘れてたんですか? まったく。だから性転換した元少年みたいな胸なんですよ」
  「……」
  はぅぅぅぅぅぅぅぅっ!
  酷い事を言われた酷い事を言われたーっ!
  ……。
  と、ともかくーっ!
  あたしのこの世界に来た元々の目的は千里眼の水晶とも呼ばれているサヴィラの石をゲットする事だった。
  今現在サヴィラの石は反乱分子の手にあるらしい。
  つまり、あたしが敵対する大義名分は一応はあるらしい。
  さて。
  「エスレナさんは? その、付き合ってくれますか?」
  「この世界に来てからのあたいは中途半端な活躍だからねぇ。動機も適当だったし。大暴れするのも悪くないさね。活躍しなきゃねぇ」
  「チャッピーとケイティーは?」
  「愚問ですぞマスター。マスターの為であるならば我輩は命を惜しみませぬ。なあ、ケイティー殿」
  「当然です。主の心構え、理解しました」
  仲間。
  仲間だね、あたし達。
  「フォルトナさんはフラガリアのリーダーですしねぇ。僕も付き合ってあげますよ。……目的のウンブラ入手は終わりましたけどね」
  「ありがとうございます」
  「それじゃあ、宣言よろしくお願いしますよ。リーダー」
  「フラガリア、女王の軍に協力します」
  そして……。






  黒牙の塔から東の門に戻ったバルバトスは、自室にいる影に気付く。
  闇に溶け込むように佇む人物。
  「ジェラスか」
  「これは陛下。お待ちしておりました」
  「渇きの王は?」
  「軍の調整に」
  「そうか」
  「お考えいただけましたかな? 女王を倒すには是非にもあなたのお力が必要なのです。女王の政権を倒し、政治をあるべき姿に、
  担うべき人物に移譲するにはあなたのお力が必要なのです。そして当然、政権を担うべきお方とはあなた様にございます」
  「……」
  「我らはあなた様の傘下に入る所存です」
  「……」
  バルバトスは黙る。
  怖気付いている……というのもあるものの、バルバトスは周囲が思うほど馬鹿ではない。
  貴族の誇りが高すぎる為に空回りしているに過ぎない。
  もちろん、賢明でもないが。
  「陛下」
  「……」
  沈黙を守る。
  利己的な打算もあるものの、反乱分子を信じ切っていないのも確かだ。
  もっとも。
  もっとも、今日の女王の側近のシスティナの扱いにも腹が立っている。
  三貴族である自分が人間風情に意見される謂われはない。
  「……何をすればいい?」
  「それはつまり……」
  「そうだ」
  「陛下のご助力があれば……」
  「下らぬ世辞はいいっ! 何をすればいいかを言えっ!」
  一瞬ジェラスの顔が強張る。
  扱い易い人物だと思っていたのに反論される。もっとも政権の転覆を謀る以上、表情の使い分けはお手の物だ。
  「我々は総攻撃を仕掛けます」
  「その際に俺が差配する東の門からお前達を通せばいいのか?」
  「いえ」
  「……?」
  「敵前逃亡は陛下の体面に関わるでしょう。我々はほぼ全戦力を東の門の前に布陣します。当然女王も軍勢を東の門に集結さ
  せるはず。西の門のルワーレ家は既に滅亡しています」
  「つまり西の……」
  「そこは女王も読んでいるでしょう。我々は南の門を本命の精鋭で陥落させます」
  「だが……」
  南の門には貴族がいる。
  門は貴族の血に反応し、強固な魔力障壁を展開するのだ。
  「陥落させる手筈はあります。……南の門の貴族を始末して黄金帝の血筋をあなた様だけにします。その後に我々は女王を倒します」
  「だが事はそう簡単に行くのか?」
  「東の門の防衛の際に圧倒的な兵力にも屈せずに対峙し続けたとあれば、民は貴方様を尊敬するでしょう」
  「……」
  「ご安心ください。女王は確実に倒れ、次の政権は貴方様のモノになるでしょう」









  その頃。
  「ふふふ」
  黒牙の塔にある地下監獄に収容されている男は静かに笑った。
  死霊術師ファウスト。
  反乱分子に強化生物を売り付けたりカザルトから民を誘拐して実験台にしたりしていた人物。
  女王側だけでなく反乱分子も迂闊に手が出せなかった人物。
  しかしそれは昔の話。
  今はフラガリアに敗れ地下監獄に収容されている。
  檻の中では能力は封じられる。
  死霊術師ファウストの脅威は既に過去のものとして認識されつつあった。ファウスト奪還の為に塔を襲撃した強化生物達も返り討
  ちに合い、ファウストを誰もが侮りつつあった。
  ……。
  だけどそれが計画的だったら?
  従順なのが策略だったらどうだろう。
  コツ。コツ。コツ。
  「どうしたんだファウスト君。またいたぶって欲しいのかな?」
  「……」
  当初は警戒していた番兵も、今ではファウストを舐め切っている。
  牢獄の管轄はシスティナであるものの最近は反乱分子の対応に追われている為、あまり見回りにも来ない。
  それもあって番兵はファウストをいたぶっては楽しんでいる。
  常にファウストは無抵抗。
  しかし今日は違った。
  「そろそろここを出ようと思っている。時期としても最適だと思うしね」
  「はあ?」
  「開けたまえ」
  「はっはははははっ! お前馬鹿かっ!」
  首を摩りながら番兵は笑う。この間ファウストをいたぶっている際に絞められた首がまだ少し痛むようだ。
  ファウストは冷笑。
  「私に触れられた以上、お前は私のモノだよ」
  「そいつはすごい。お前にそんな芸当あるなら、俺は空でも飛べそうだな」
  「人間には骨が何本あると思う?」
  「何?」
  醒めた目でファウストは俺の向こうの番兵を見据える。
  身動きできなくなる番兵。
  ファウストは続ける。
  「人間には何本骨があると思う?」
  そして……。