天使で悪魔





三つの預言 〜狂気を司る王〜




  人には信じる者を選べる自由がある。
  ある人にとっては馬鹿げた事であっても、別のある人にとってはそれは掛け替えもなく大切な事もある。
  笑う事は出来ない。
  それと同時に強要する事も出来ない。
  何故なら人の信じるべき事柄は、人それぞれで違うのだから。

  そんな信じるべき事の1つに預言というものがある。
  神託。
  預言。
  様々な言い方があるものの、つまりは信仰の対象(神や魔王)から与えられるものだ。
  それは信じるに値するのかしないのか。
  答えは断定できない。
  何故なら人の信じるべき事柄は、人それぞれで違うのだから。





  「この世界にカザルト以外にも人の住まう場所があるのが判明しました。カジート達の住まう集落です。いつ、どうして、どのように
  こちら側に引き込まれたのかは分かりませんが共存が最善です。何とかこの国に連れて来てはもらえませんか」
  「はい。分かりました」
  あたしはそれを快諾した。
  これは依頼だ。
  冒険者チーム《フラガリア》に対する正式な依頼だと思った。
  それに依頼元はシスティナさん。
  女王の側近。
  この世界に来てから、この国に来てからシスティナさんにはお世話になっている。
  力になれるのであれば幸いだ。
  ……。
  もちろん報酬は要求(経理のシャルルさんがきっちり要求した)するけれども、成功報酬の金額がどんな額でもあたしは受ける
  つもりだった。
  それだけシスティナさんにはお世話になっているのだ。
  そんなわけであたし達は旅立つ。
  向かう先はボーダーウォッチと呼ばれる集落。
  任務の内容はそこに住まうカジート達を女王の統治するカザルト(世界の名であり国家の名)に移住させる事。
  それは余計なお世話?
  あたしはそうは思わない。
  閉鎖的な世界であるからこそ一緒に暮らした方が繁栄できる。
  それは真理だろう。
  もちろん無理強いはするつもりないけど。
  あくまで交渉だ。
  その為、今回はシスティナさんも同行する事になった。
  この国の南にある《朽ちた骨の尾根》の近くにその集落はあるらしい。……ただ、相変わらず変な地名だなぁ……。
  「快く受けて貰って恩に着ます」
  「いいえ。あたし達もシスティナさんにはお世話になってますし」
  快諾。
  それが、3日前だ。



  ひたすらに歩く。
  この世界、基本的にモンスターの類はいない。……いやそもそも動物が存在しないのだ。
  確かにカザルトには牧畜をしている者達もいる。
  しかし牛や羊、さらにはペットとしての犬などもこの世界の存在ではなく、遷都の際に一緒にやって来た動物の末裔。
  元々この世界には何もないのだ。
  だから。
  だから、基本的に動物を食用に回す事はない。
  さすがに生類憐みの令はないものの、動物は大切にされている。
  さて。
  「意外にタフなんですね、システィナさん」
  「そうですか?」
  華奢な外見なのにパワフルだ。
  ここまで不平1つ言わない。
  そりゃ確かに自分から同行を言い出したにはしても、それを棚に上げて不平を言う奴はたくさんいるものだ。
  クヴァッチ聖域の連中も自己中だったし。
  「そんな貴女も不平もないじゃないですか」
  「あたしですか? あたしは、歩き慣れてますし。それに……」
  疲れを押し殺す術も心得てますし。
  「それに?」
  「えーっと、なんでもないです」
  さすがに自分の悲惨な過去をカミングアウトする気はない。
  別に信用してないとかじゃなくて、自分が暗くなる話題はしない方がいいのだ。
  「マスター。我輩がオンブして差し上げましょうか?」
  「主。我がお姫様抱っこして差し上げましょう」
  「い、いいよ」
  2人の従者の申し出を固辞する。
  オンブは、まあ、いい。
  だけどケイティー、お姫様抱っこは……いや、そもそもどこでお姫様抱っこを覚えたんだろ?
  ケイティー侮れない。
  ……。
  今更ながらもメンバーを紹介。
  ま、まあ、フラガリアのメンバーだから今更説明するまでもないとは思うけど。
  ともかくスカーテイルさん以外は全員いる。
  スカーテイルさん?
  あの人はデート。
  最近付き合い悪いんだよなぁー。まあ、当人は幸せ一杯だから応援してあげたいけどね。
  それに戦力的にはケイティーが加わっているから問題はない。
  さて。
  「それでシスティナさん、まだ掛かるんですか?」
  もう3日も進んでる。
  休みなしで歩いているわけではないけれども、3日も歩いているのに着かないのだから結構な距離だ。
  もっとも妥当な展開ではある。
  カザルトのすぐ近くにその集落があったなら、今まで気付かなかった理由にはならない。
  「あれ?」
  ふと、不思議に思う。
  どうしてシスティナさんはカジートの集落があるのに気付いたんだろ?
  その思いはシャルルさんにもあるらしい。
  最近は変態化が進んでいるものの、怜悧で冷静な頭脳の持ち主だ。フラガリアの知恵袋だけあって疑問を口にする。
  ちなみにシャルルさんはウンブラを背負っていたりする。
  制御出来るようになったのかな?
  さて。
  「どうしてその場所を見つけたんですか?」
  「1人のカジートがカザルトに辿り着いたんです」
  「ほう。詳しく」
  「特に長々とお話するほどの話じゃないのよ。1人のカジートが辿り着いた……それだけですよ。そこで判明したのがボーダー
  ウォッチと呼ばれる村がある事、カジートの村だという事、預言が村人を縛っている事。それだけです」
  「預言?」
  「カジートの話ではクシャーラの預言だそうです」
  「クシャーラ……ああ、シェオゴラスの預言ですねー」
  「……博識ね貴方」
  「天才ですから」
  「そ、そう」
  にこりと笑うシャルルさん。面食らうシスティナさん。……すいませんシャルルさんはこんな人なんです。
  それにしてもシェオゴラスかぁ。
  この間の間お爺さんだね。
  「ケイティーはその預言知ってる?」
  「いえ。存じません」
  「えっ?」
  魔王の預言なのに?
  「無理ですよフォルトナさん。クシャーラの預言はシェオゴラスがカジートの部族の1つに与えた預言だと言われています。悪魔内
  の預言じゃないんですよ。それにそもそもケイティーは系統の違う別の魔王支配下ですからね。知らなくても不思議じゃない」
  「なるほどー」
  「クシャーラの預言は……確か三つあったと思います。滅びの預言ですね」
  「へー」
  シャルルさんの言葉は深いなぁ。
  尊敬しちゃう。
  「ところでトカゲさんは知ってました?」
  「……知らぬ」
  ソッポを向くチャッピー。
  どれだけ生きているかは知らないけどドラゴニアンは基本的に不老の種族。知っていてもおかしくない。
  まあ、知らなかったみたいだけど。
  「無駄に生きてますねートカゲさんは。あっ、脱皮と冬眠しか能がないとか?」
  「表に出ろ若造っ!」
  「表ですよ元々ね。まあいいでしょう。魔剣ウンブラの餌食になれっ!」
  「龍人の力、見るがよいっ!」
  ぎゃあぎゃあと争う二人。
  面食らうシスティナさんではあるものの、あたしは促す。
  「無視です無視」
  「は、はぁ」
  「ケイティーも分かってるよね。無視だからね」
  「理解しました。つまりここでどちらかが死ぬまで戦い合い、どちらが正しいかの決着を付けるのですな。生と死の狭間が美しい」
  「……それ絶対違うから」
  「人の世の理は我には難し過ぎます」
  「……」
  ケイティーの教育難しいなぁ。
  元の世界に帰る時、ケイティーはあたしに同行するのかは分からないけど……その場合はちゃんと常識身に付けてもらわないと
  あたしが困る。もちろんあたし達の行動が常識的かと聞かれたら、返答に窮するけど。
  「えっと、エスレナさん」
  「……いいんだいいんだ。どうせあたいは今まで無視され続けてるんだからさ」
  あっ。拗ねた。
  今まで台詞一つなかったけどエスレナさんもいますのであしからず。
  さて。
  「フラガリア、進みます」


  パチパチパチ。
  火が爆ぜる。
  あれから三時間ほど歩いてたけど、結局今日の内に到着する事はないだろうとシスティナさんは判断した。
  まあ、曖昧なのは無理もない。
  たまたまボーダーウォッチから流れて来たカジートから聞いた情報を元に進んでいるに過ぎない。
  そのカジートは衰弱してるみたいで同行出来ないようだし。
  どうもその村、食糧難。
  その為に食料を探して彷徨っているうちにそのカジートはカザルトに到着したらしい。
  何故軍ではなくあたし達フラガリアを使うのか。
  それに関してはシスティナさんは何も言わないけど分かる気はする。
  渇きの王率いる反乱分子が虎視眈々とカザルトを狙っている以上、ただでさえ少ない(総人口は2000人ではあるものの総兵力
  はわずか200)軍事力を集落の探索には回せないのだろう。
  反乱分子は死霊術師ファウストが創造した強化生物が主戦力(人間系の兵員は150人)ではあるものの、1000を越えている。
  カザルトを手薄に出来ない。
  そういう意味合いであたし達を使ったのだろう。
  それにあたし達だけなら身軽いし。
  「チャッピー、寝袋の用意お願い。ケイティーは周囲の警戒をして」
  「御意」
  「理解しました」
  夜営(この世界、いつだって夜だけど)の準備。
  分担すれば早く終わる。
  エスレナさんとシスティナさんは食事の用意。食事と言っても簡易食料を食べるだけ。本格的な料理ではない。ただ、お湯は沸
  かしてる。固形のスープをお湯で溶かし、簡易ながらも温かいスープが食事らしいと言えば言えた。
  シャルルさん?
  シャルルさんはさっきのバトルでチャッピーにボコられて寝込んでる。
  今のところ勝率はシャルルさんの方が高いけどね。
  ……。
  ちなみにケイティー。
  基本的に睡眠は必要としない。寝ようと思えば寝れるものの、特に寝ずとも問題はないらしい。
  さすがは異界の存在。あたし達の持つ常識には囚われない。
  この世界に動物もモンスターも基本的に存在しないけど、ファウストが遺棄した実験生物はたまに徘徊しているらしい。それと何ら
  かの拍子でこちら側に具現化したオブリビオンの悪魔とか。
  カザルトはどちらかというとオブリビオンに近い領域にあるらしい。
  反乱分子もいる。
  警戒は必要不可欠だろう。
  「明日には着けそうですね」
  食事の用意をしながらシスティナさんが確信に満ちた口調で言う。
  同じく食事の用意をしていたエスレナさんは手を止めた。
  「それでどうする気だい?」
  「どうする気とは?」
  「だから、そのカジート達が移住を拒んだ場合さね」
  「それはそれです。ただ、私は私の案を提示するだけです。それ以上でも以下でもありません」
  「そういうもんかねぇ」
  「そういうものです」
  システィナさんとは顔を合わせる機会は多いものの、あまり話し込んだ事はないからエスレナさんはまだ彼女の性格が掴み取れ
  ていないらしい。
  あたしにしてもそうだけど、悪い人には思えない。
  「あっ」
  「どうされました、マスター?」
  チャッピーの言葉に答える事もせずにあたしは周囲をキョロキョロと見た。
  「どうされました、主よ」
  警戒していたケイティーも不思議そうにあたしを見る。
  それにも答えない。
  「はぁっ!」
  答えずにそのままあたしは魔力の糸を紡ぎ、放つ。
  虚空に向って。
  「ぎゃっ!」
  小さな悲鳴。
  その悲鳴と同時に色めき立つフラガリアの面々。ただ、システィナさんだけは冷静に分析していた。
  「敵襲ですね」
  「そのようですねー」
  もう1人。
  冷静に振舞うのはシャルルさん。
  「アーケイよ、力を。聖雷っ!」
  バチバチバチィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィっ!
  今では敵意は膨れ上がっている。
  シャルルさんに敵意や殺意が読めるかは分からないけど、その大元に向って放たれる電撃。そして潜んでいた者達は粉砕される。
  闇の中にいる敵。
  何者かはまだ分からないけど、騒ぐ声で何となく分かる。
  「霧化しろっ!」
  「お、押し包んで殺せっ!」
  「ジェラス様のご命令だ、必ず殺すぞっ!」
  渇きの王の腹心の部下であるジェラスの、部下だろう。つまり反乱分子。
  あたし達を消す腹なのか。因縁はそれなりにある。
  ただこの場合はシスティナさんを狙っての行動だろう。女王の腹心の部下であるシスティナさんを消せば、最大の功績になる。
  反乱分子はそこに付け込める。
  ただ……。
  「チャッピー、ケイティー、思いっきりやってあげなさいっ!」
  「御意」
  「理解しました」
  あたし達がいる。
  今更ヴァンピールだって怖くない。霧化能力?
  霧が散れば死ぬ。
  つまり爆風などを起こせばいいのだ。炎や冷気や電撃を無効化出来る霧化も対処方法さえ分かれば怖くない。
  「さあ、蹴散らしましょうっ!」
  そして……。






  「ようやく到着しましたね」
  システィナさんの言葉にあたし達は安堵する。
  村の中なら襲撃はしてこないだろう。
  あれから一日。
  反乱分子の襲撃は三度ほどあった。ヴァンピールといえども対処さえ分かればそう怖い相手ではない。それに元々の数が少ない
  のもあたし達が付け入る隙でもある。
  ヴァンピールは黄金帝がアイレイドエルフを改造した種族。
  既にその技術は失われているようなので、これ以上増える事はない。改造された事により生殖能力もない。滅び行く種族なのだ。
  反乱分子も全滅覚悟で全ヴァンピールを投入するわけじゃあない。
  あくまで目的は政権の奪取。
  いくら女王の側近であるシスティナさん抹殺の為に刺客を放ったにしても、それは少数。
  まあいいか。
  いずれにしても全て返り討ちにして、あたし達はボーダーウォッチに到着した。
  「へー」
  あたしは村を見渡す。
  いつから存在しているのかは知らないけど、カザルト同様にウェルキンド石を照明に使っている。
  この世界では必要不可欠な代物だろう。
  ……。
  もしも。
  もしも、シロディールとカザルトを自由に行き来できるならば貿易とか出来ないかな?
  結構お金になる気がする。
  別に商売に興味はないけど、チャッピーとケイティーを養うにはお金が必要になる。
  フィッツガルドさんもさすがにこの二人まで養ってくれないだろうし。仮に快くローズソーン邸に住まわせてくれるにしても、あまり
  好意に甘え過ぎると悪い気がする。
  そもそもあたしとフィッツガルドさんは何の接点もない。
  もちろん、あたしを妹のように接してくれるけど……全部頼みっきりというのも気が引ける。
  出来る事は自分でしたいなぁ。
  さて。
  「まあ」
  驚きを込めた声が上がる。
  見るとカジートの女性(亜人系は服装でしか性別の見分けが付かないけど)が驚きつつ、近付いてくる。
  まじまじとあたし達一同を見る。
  「な、なんですか?」
  「驚いているんですよ」
  「驚いている?」
  「ええ、ええ、驚いていますよ。全面核戦争で壊滅的なキャピタル・ウェイストランドに旅人が来るなんてね。もしかしてあなた達は
  ボルトから来た人間なんですか?」
  「はっ?」
  「ああ、もしかしてこの間ボルトから来たジェームスを追ってるとか?」
  「はっ?」
  「貴女はスリードックとエンクレイブ、どっち派ですか?」
  「すいませんゲーム違いますよね?」
  ……。
  まあ、要約すると、この村ではここが世界で唯一の集落だという認識らしい。
  全面核戦争の意味分かんないけど。
  いつ頃からこの世界にいるんだろ、ここのカジート達は。
  「うわぁデスクローが出たぞーっ!」
  村の別の場所から声が上がる。
  悲鳴だ。
  絶叫だ。
  デスクローという名前に聞き覚えはないものの、多分モンスターの類だろう。
  人間の名前かもしれない?
  それはない。
  だって『出たぞー』と言った。人の名前なら『来たぞー』とか『現れたぞー』が妥当だからだ。『出たぞー』ならモンスターの類が妥当だろう。
  あたし達は顔を見合わせる。
  「フォルトナ、行くさねっ!」
  「はいエスレナさん。……フラガリア、行きますっ!」


  「助かりましたよ」
  さっきのカジートの女性が頭を下げる。驚愕と感嘆の入り混じった声だ。
  デスクローを倒せるとは思ってなかったらしい。
  あのモンスター、頻繁に襲撃してくるらしい。そして村人達はその度に家畜が襲われるのを黙って見てるしかなかった。
  ちなみにデスクロー。
  オブリビオンの悪魔であるデイドロスの亜種のような奴だった。
  もっとも。
  もっとも、デイドロスが頑丈で鈍重……要は重戦車のようなモンスターなんだけどデスクローはデイドロスに比べてスマート
  で身軽く素早い。そして名が示すように『デスクロー』だった。強かったなぁ。
  あんなのシャルルさんもケイティーも知らなかった。
  デイドロスの亜種なのか、それともファウストが創造したモンスターなのか。
  よく分からない。
  まあ、それはともかく……。
  「無事で何よりです」
  「強いんですね、皆さん。あっ、私はスザーサ。宿屋ボーダーウォッチを経営しています。泊まる場所は、うちにどうぞ」
  「ボーダーウォッチ?」
  「村と宿の名前が一緒なのよ」
  「ああ。なるほど」
  そこでシャルルさんが口を挟む。
  「この村には預言があるそうですね」
  クシャーラの預言。
  シェオゴラスがカジートのある部族に与えた預言、というのは有名らしいけれど書物には大まかな概要しか伝わってないらしい。
  シャルルさんはある意味で学者だ。
  気になるのだろう。
  「まあ。旅人さんは預言をご存知ですか?」
  「大まかにだけは」

  「クシャーラの預言を旅の方が知っているなんて驚きです。もっと知りたいならリバッサに訪ねるといいでしょう」
  「リバッサ?」
  「呪術師ですよ」



  「マスター。システィナ殿の依頼は……」
  「別に構いませんよ、私は」
  チャッピーの声を、当の本人であるシスティナさんが阻んだ。別にチャッピーはシスティナさんを気遣っているわけではなく(もちろん
  気遣う心もあるだろうけど)シャルルさんの行動を快く思っていないだけ。
  しかし当の本人のシスティナさんにそう言われて黙る。
  さて。
  「ああ。君達がデスクローを倒してくれたのは。感謝するぞ」
  「いえ。やるべき事をしただけです」
  「素晴しい。その気遣い、感服します」
  「あははは」
  笑って照れ隠し。
  そこまで感謝されるとさすがに照れます。
  黒衣を纏ったカジートは深々とあたし達に頭を下げ、突然訪ねてきた来訪者であるあたし達に椅子を勧めた。
  もっとも人数分の椅子があるわけではない。
  座れない面々は立ったままだ。
  場所はスザーサさんに紹介された呪術師リバッサさんの家。
  この集落において呪術師は村長としての役目を負っているらしい。それと同時に唯一の知識人でもある。
  「それで滅亡した世界から、どうやって唯一の生存の地に辿り着いたんだい?」
  「……滅亡、ね」
  顔を見合わせて苦笑。
  まあ、仕方ないだろうけど。
  これがタムリエルならそんな事にはならなかっただろう。ただカザルトには夜しかない。夜しかない以上、旅するなんて危険で
  仕方ない。それも基本的にこの世界は不毛の地であり、何もない。動物すらいない。
  旅をしようという概念がなくても当然だろう。
  だから、結果として世界に集落はここだけ……という考えに至る。
  女王にしてもそうだったのだろう。
  自分の国以外に集落はないと思っていたに違いない。
  ボーダーウォッチの総人口は50前後。村落としてはまずまずの数だ。移住すれば国のカジートの比率は上がる。
  基本的にカザルトにはカジートは少ないようなので移住を承諾してくれれば良い結果だ。
  ただ、どう言い出そう?
  折衝役であるはずのシスティナさんは黙ったまま。……何故に?
  あたし達に全て任せるという意味だろうか?
  ……。
  そこまで丸投げでも困るなぁ。
  交渉は得意じゃないなぁ。
  「さっさと終わらせようじゃないのさ。あたい達の目的は違うだろ? 下らない預言とか聞きに来たわけじゃ……」

  「我々の信仰を馬鹿にするのか? 愚か者めっ! 三つの兆しが起こった時、きっと後悔する事になるぞっ!」
  物凄い剣幕で怒り出す。
  この人にとって……というかこの村にとって預言は絶対らしい。
  そのまま追い出される。
  ……まずいなぁ……。


  三つの預言。
  1つ。害獣の襲来。
  1つ。家畜の死滅。
  1つ。……?


  「最後は何なんです?」
  クリームシチューに舌鼓を打ちながらあたしはシャルルさんに最後の預言を聞く。
  場所は宿屋ボーダーウォッチ。
  あのまま呪術師に追い出され、宿屋に。
  宿泊施設はここだけ。
  早く泊まらなきゃ部屋がなくなるかもー……と思ったものの、この村において外界は全て滅亡している事になっている。
  旅人もいないのに宿屋なんてやる意味あるのかな?
  お客いないだろうし。
  この村に住む人たちは皆家持ちだし。
  ……。
  まあ、泊まれる場所があるのはあたし達にしてみれば好都合だけど。
  交渉役のシスティナさんは黙ってクロワッサン食べてる。
  こんな人だっけ?
  女王様の目の届かない場所だから羽伸ばしてるのかな?
  まあ、いいけど。
  「最後は何だとマスターは聞いているのだ出し惜しみするな若造っ!」
  「我もチャッピー殿に同意します。主を待たせる=罪。ドレモラの誇りと力の前に果てる事になろうぞっ!」
  「……相変わらず気が合いますなケイティー殿」
  「我も同意します。チャッピー殿とは馬が合って楽しく思います」
  「今宵是非一献」
  「いいですな」
  『はっはっはっ!』
  妙に意気投合するんだよなぁ、この2人。
  まあ、気があって良いんだけどさ。
  ドレモラもドラゴニアンも基本的に不老。生涯の親友として付き合ってくれたら良いなぁと思う。
  ほら、あたしもいつか死んじゃうし。
  「それで? シャルルさん、三つ目の預言は何なんです?」
  聞いてみる。
  興味深いし。
  ただシャルルさんは静かに首を振った。
  「知りません」
  ガク。
  身を乗り出して聞いていたエスレナさんは大袈裟にずっこける真似をする。
  「本当に知らないんですよ。書物には載っていません」
  「じゃあ……」
  「そう。ここの村にしか伝わっていない。ここまで盲目的に信仰してるわけですからね。……しかし興味深い。シェオゴラスの預言
  を受けたカジートの部族は、ここの村落の住人でしょうね。だとすると何百年も前にこちら側に来たのでしょう」
  「へー」
  ここは異世界。
  どういう偶然かもしくは力が働いたかは知らないけど、伝説の部族はここで今なお存在している。
  もちろん第一世代ではなく、末裔だろうけど。
  「預言かぁ」
  感慨深く考える。
  何百年も前の事を今なお信じる。その盲目的な信仰は馬鹿な事なのかもしれないけど……ロマンを感じる。
  ロマンだぁ。
  「うっ」
  ロマンを感じていたら、急に臭くなる。
  「僕は何もしてませんよっ!」
  とりあえず否定するシャルルさん。
  何の否定かは聞くまでもない。
  だけどこの臭いは何なんだろ。鼻が曲がるとはこんな臭いなんだろうなぁ。段々と臭いの源が近付いてくるようだ。
  何故なら次第に臭いが濃くなってくる。
  ……あたし吐きそう……。
  「ああ。ごめんなさい。すぐにケースに入れてしまいますから。……お客さんいるの忘れてたわ」
  スザーサさんだ。
  大きなお皿を持っている。そのお皿の上にはチーズ……らしきもの。
  普通のチーズにしては少し赤い。
  ただ言える事。
  ……臭いの根源はあれだ……。
  「な、何です、それ?」
  「オルロイチーズ」
  「オルロイ……?」
  「長年の夢なんですよ。書物にある全てのチーズを精製するのがね」
  「……うっ」
  思わず鼻をつまむ。
  他の皆もそうだ。
  たった今作ったであろうチーズはとても臭う。臭いなんてものじゃない。
  それ、食べれるの?
  「おいしいんですか? その、そのチーズ」
  「ええ。とっても。……ただ保管に気をつけないとネズミが寄って来るんです。この臭い、ネズミの好きな臭いのようなので」
  「へー」
  ネズミも物好きだなぁ。
  結局、システィナさんは一言も話さなかった。
  ……こんな人だっけ?


  その夜。
  ……何度も繰り返すけど、ずっと夜だけどね。
  「んー?」
  ザワザワという声で眼を覚ました。
  ベッドから降りる。
  夕食も終わり、一同寝静まっていたのに……何なのだろう?
  ガウンを纏い部屋の外に。
  「主」
  「うわっ! ……びっくりしたー」
  部屋の扉のところにケイティーが直立不動で立っていた。
  基本的に睡眠を必要としないので寝ずの番をしていたらしい。もう何度もこの光景見たけど、あまり見慣れるものではない。
  「何があったの?」
  言ってから鼻を覆う。
  く、臭い。
  「何なのこの臭い?」
  「外で異変があったようです」
  「外で?」
  「既に他の皆さんは外に出ています。システィナ殿のお姿は見ていませんが」
  「他の皆……どうしてケイティーはここにいるの?」
  「主の護衛が我の任務ですので」
  「そ、そう」
  「参りますか? ならば我も同行します」
  「行きましょう」
  「理解しました」
  ケイティーを伴い宿の外に出る。
  宿の外ではカジート達が右往左往していた。それと同時に仲間達も。あたしも一瞬引いた。
  ネズミの群れが村を駆け巡っているのだ。
  この光景。
  怖いというよりおぞましい。
  ネズミ怖くないけど、群れになるととても怖い。……ああ。やっぱり怖いのか。
  「預言が始まったっ!」
  カジートの一人が叫ぶ。スザーサさんではない、名前も分からないカジート。
  滅びた世界から来たあたし達の噂は既に知っていたのか、こちらに駆け寄ってきてまくし立てる。
  「逃げろ逃げるんだ旅の方っ! ……ああ、でも世界が滅ぶんだ、どこに逃げたらいいんだっ!」
  「滅びが始まった?」
  一つ目の預言を思い出す。
  害獣の襲来。
  それってこのネズミの事なの?
  「落ち着け皆の者っ!」
  黒衣のカジートが叫んで村を回る。
  呪術師のリバッサさんだ。
  「私は預言に対して充分な用意をしてある。ネズミの襲来を終わらせれば次の預言は訪れない。さあ、私の家にある倉庫の殺鼠剤
  を使うのだ。ネズミを退治すれば次の預言は来ない、と断言するっ!」
  「ほ、本当ですか、リバッサ様っ!」
  「うむ」
  鼓舞して回る。
  安堵する村人達ではあるものの、シャルルさんは別の価値観があるようだ。
  「この臭い、何ですかね」
  「ああ。臭うさね」
  「我輩も同意します」
  「あっ、皆もですか? あたしもですよ。ケイティーは?」
  「我は風邪気味で鼻が詰まっております故に」
  「……そ、そうですか」
  ドレモラが風邪?
  ま、まあ、いいけど。
  「この焚き火の跡は何だろうねぇ? ……鍋もあるよ。何か煮たのかねぇ」
  「いやぁ素晴しい指摘ですねエスレナさん」
  「吸血鬼もどきに誉められて嬉しいねぇ」
  「はっははは。相変わらず絡みますね三流吸血鬼ハンターさん♪」
  「……ふふふ」
  「……ははは」
  はぅぅぅぅぅぅっ。
  最近ではチャッピーとだけではなくエスレナさんとも険悪ですよシャルルさんーっ!
  くんくん。
  とりあえず鍋を臭ってみる。
  「ふぐあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
  臭いよ臭いよーっ!
  あまりの臭いの為に変な叫び声上げちゃったし。
  鍋には液体がある。
  シャルルさんも嗅いだ。
  「ふぅん。この臭い、あのチーズに似てますね」
  「あっ」
  さすがはシャルルさん。的確な判断の能力。
  「何かの液体ごとオルロイチーズを煮たんですね。確かネズミの好きな臭いだとか。固体で使うより液体で溶かし、気体を村に
  撒き散らした方が効力がありますしね」
  「でも……」
  「ええ。誰がしたんでしょうね」
  「……」
  「この預言、裏がありそうですね」


  殺鼠剤の効果は絶大だった。
  あっ。あたし達も撒くのを手伝った。
  数時間後にはネズミは全滅。
  「やれやれ。これで預言は回避されたぞ。はっはっはっ」
  呪術師のリバッサさんは安堵。
  ネズミを全て駆除する事によって、最初の預言は解決し、次の預言が来ない……という理屈みたい。
  「君達には感謝するぞ」
  「いえ。やる事しただけですよ」
  「感謝するぞ」
  安堵からか、饒舌になるリバッサさん。
  だけどこの大量のネズミの死体は誰が片付けるの?
  殺鼠剤撒くのとネズミの死体の処理するのとでは意味が違う。……まあ、頼まれたら手伝うけどさ。
  あれ?
  「システィナさんは?」
  「主よ。まだ撒いているのではないでしょう?」
  「ですな。我輩もそう思います」
  分担しての散布。
  シャルルさんもエスレナさんもまだ戻って来てない。
  探すとしよう。
  「大変だーっ!」
  誰かが叫ぶ。
  誰か、という時点でこの村のカジート。
  「どうしたんだっ!」
  「呪術師様っ! 大変だ、次の預言が実行されたっ!」
  「何だとっ!」
  「ひぃぃぃぃぃぃぃぃっ! やっぱりこんな事じゃ預言は回避出来なかったんだお助けーっ!」
  走って逃げるカジート。
  次の預言は確か……。
  「リバッサさん、家畜って……」
  「ヒツジを飼っている。しかしまさかっ! ネズミを駆除したら次の預言は……ええいっ! 何故だっ!」
  「最後の預言は……」
  「聞かないでくれっ! そんな恐ろしい事はっ!」
  駄目だ。
  完全に動揺してる。
  あたしはケイティーとチャッピーを引き連れて家畜の囲いに走る。
  走る事数分。
  カジート達が騒いでいるから、シャルルさん達も家畜の全滅を聞いたのだろう。一足先に来ていた。
  「……」
  あたしは絶句する。
  無残にもヒツジさん達は全滅していた。
  預言の1つ。家畜の全滅。
  「……」
  ことごとく預言は的中している。全員沈黙した。ケイティーはそもそも人間の感情を行く理解していない節があるので、多分皆が
  沈黙してるから沈黙しているに過ぎないだろうけどね。
  ガサガサ。
  「ふぅん」
  シャルルさんは羊の餌入れを覗き込み、触り、臭いを嗅いでいる。
  「何してるんです?」
  「誰が何の為に」
  「……?」
  「誰が何の為に預言を実行しているのか分かりませんけど……ヒツジたんを全部殺すなんて悪趣味ですね」
  「預言じゃ、ないんですか?」
  「預言になぞらえてはいますが、これは人為的な力が働いています」
  「若造。何が言いたい?」
  「殺鼠剤の臭いがします。多分餌に混ぜてあったんでしょうね」
  一同言葉もなかった。
  分析能力はシャルルさんが随一だ。システィナさんは相変わらず黙ったまま。
  殺鼠剤か。
  呪術師のリバッサさんの倉庫には1つ目の預言の対策として殺鼠剤を大量に保管してあったらしい。つまりヒツジの餌に混ざる
  殺鼠剤はふんだんにあった。少しぐらい紛失しても分からない。
  「だけど眼鏡、これは故意になのかい? ネズミ駆除の為に……」
  「確かに。確かにエスレナさんの言いたい事は分かりますよ」
  「だろう?」
  「しかしだからと言って大切な家畜の餌入れに入れるでしょうか」
  「まあ、そう言われればそうだけど……」
  ちらりとシスティナさんを見るシャルルさん。
  「まさか移住の為に預言を実行しているわけじゃあないですよね」
  「無礼な」
  「でしょうね。聞いただけですよ」
  「まあまあ」
  2人を取り成す。
  確かにこの村に来てからシスティナさんの行動は不可解な事が多い。変な事してるわけではない。何もしないから不思議なのだ。
  イメージと違う。
  バリバリ仕事こなすタイプに見えたんだけどなぁ。
  ともかくこれで2つの預言が実行された。
  最後の預言は何だろう?
  「滅びの預言」
  「えっ?」
  「僕が前に調べた本にはクシャーラの預言は滅びの預言だと記されていました。だとしたら」
  「最後の預言で世界が滅ぶんですか?」
  そんなまさか。
  そう言おうとした。だがその時、異変に気付く。
  「あ、あれ?」
  空が赤い。
  これがタムリエルなら夕焼けだと思う……わけないっ!
  夕焼けはこんなに毒々しい深紅じゃないっ!
  空は深紅。
  「シャルルさん。これは一体……」
  「……」
  「シャルルさん?」
  「……」
  返事がない。
  次の瞬間には返事を聞く余裕すらなくなっていた。
  ドサ。
  「うひゃっ!」
  何かが空から落ちてきた。
  落ちて来たのは犬。それも真っ赤に燃え上がった犬の死体だ。
  な、なんで?
  空を見上げる。
  「マスター、あれをっ!」
  「う、うわっ!」
  「主、逃げるべきかと」
  言われるまでもない。
  あたし達はケイティーの言葉よりも早くその場から離れた。無数に。無数に燃え盛る犬の死体が振り注ぐ。
  逃げ場所なんかない。
  村中に振り注いでいるのだ。
  「これが最後の預言なのっ!」
  ドゴォォォォン。
  建物の屋根を貫通する犬の死体。次の瞬間にはその建物は燃え出す。
  落下の威力だけではなく、炎上のオマケ付き。
  カジート達は……。
  「世界の終わりだーっ!」
  「預言が実行されたっ!」
  「ちくしょう俺なんて結婚したばかりなのにどうしてこんな事にーっ!」
  「助けてくれーっ!」
  「うぎゃあああああああああああっ!」
  阿鼻叫喚。
  もはや収拾が付かない状況だ。
  そして……。
  「……」
  全てが終わった村を、あたし達は無言で見る。
  村は燃えている。
  壊滅的ではないものの、復興は容易ではないだろう。……いや、復興は無理か。
  田畑は全滅。
  家畜は全滅。
  食が成り立たない以上はこの村に先はない。
  全員呆然と佇んでいた。
  死亡した者はいないようだけど、誰もが無気力になっていた。あの犬がどこから降ってきたかは知らないけど、村は終わった。
  滅びの預言は実行されたのだ。
  このまま。
  このまま、救いがなければあたし達の所為にされた場合もある。
  あたし達が村に来たから災厄は起きたのだと。
  だけどそうはならない。
  あたしはシャルルさんに目配せする。フラガリアの知恵袋は万事心得ていて、咳払いをしてから村長でもある呪術師に向き直る。
  「安心してください。この世界にはもう1つ、人々が住む場所があります」
  「なんとっ!」
  「あなた方の生活の保障は女王陛下が差配してくれるでしょう。移住した瞬間から、同じ生活が約束されますよ」
  「か、かたじけないっ!」
  あたしが伝えても良かったんだけど、この中で一番コミュニケーションが長けているのはシャルルさんだ。
  だから彼に任せた。
  少し形は違ったけど、任務完了だね。
  あとは……。
  「結末を紡がないとね」





  レーランドストリート。
  カザルトにある、異界(タムリエル)から来た移住者が多く住まう区画だ。
  フォルトナ達《フラガリア》の面々が住まう家もここにある。
  女王の政策によりこの世界において移住者には無条件で家を与えられる。
  さて。
  「失礼」
  コンコン。
  衛兵を3人引き連れた女性がフラガリアの家の扉を叩く。
  ガチャ。
  「誰だよ……ああ、あんたか」
  「こんにちは」
  アルゴニアンが応対する。
  元シャドウスケイルのスカーテイルだ。最近こちらの世界で恋人が出来た為にフラガリアの任務には同行していない。
  今、フォルトナ達は任務でいない。
  だから恋人を家に連れ込んでいる。当然突然の来客で恋人との時間を邪魔されたわけだから不機嫌ではあるものの、来客の顔を
  見て表情を変えた。
  もっとも来客にはアルゴニアンの表情の違いなど分からないが。
  「彼女はいますか?」
  「そりゃいるけど……俺の彼女に何か用なのか?」
  「あなたの? いえ、あなたの彼女ではなく人形姫です。ご在宅ですか? 実はモンスター退治の仕事を……」
  「モン……おいおい、フォルトナ達はあんたと一緒に任務に行ったんだろ?」
  「任務? 何の事です?」
  システィナは怪訝そうな顔をした。
  話がまるで見えてこない。
  自分と一緒に任務に?
  深く考えるまでもない。
  「それは私ではありません」
  「じ、じゃああいつらは一体誰と一緒に任務に出たんだ?」
  そして……。





  ボーダーウォッチ。
  壊滅的な打撃……というわけではないけれども、住める状態ではないのも確かだ。
  あたし達は住民を引き連れてカザルトを目指す。
  大きな荷物を背負ったり荷車に載せて移動するカジート達。
  差配はシャルルさんがした。
  あの人、事務系とかに適任だ。
  さて。
  「リバッサさん」
  「何だい?」
  黒衣のカジートに声を掛ける。
  呪術師でありボーダーウォッチの村長だった人物。
  「ここから道をまっすぐ進めば王国に着きます」
  「……? 一緒に来てくれないのか?」
  「後で行きます。先に行っててください」
  「……? そうか」
  怪訝そうなまま、呪術師リバッサさんはカジートの一団を先導しつつ進む。やがてあたし達の視界から小さくなり、消える。
  残ったのはフラガリアの面々だけだ。
  そして……。
  「あなた、何者です?」
  「何者とは?」
  システィナさんを囲む。既に言い含めてある。
  この状況になる事は通達済み。
  「様子が変なのは薄々気付いていましたけどね。僕を侮らない事です」
  「……」
  そもそも気付いたのは、シャルルさんだ。それが決定的になった。
  あたしもシスティナさんの様子が妙なのは気付いてはいた。
  シャルルさんは続ける。
  「夜這いを掛けようとあなたの部屋に行った時、あなたが部屋にいない事に気付きました。お風呂にいるなら覗いてやろうと思った
  もののいなかった。肩を落として自室に戻ろうとするとオルロイチーズを手にしたあなたを見た、つまりは……」
  「うっわ最低っ!」
  「吸血鬼もどきは変態だねぇ。救いようがないったらありゃしない」
  「マスター、見てはなりませぬ。眼が穢れますぞっ!」
  「ご命令あれば我が始末しますがいかがなさいますか?」
  批判の視線。
  システィナさんがまともじゃないという決定的な証拠を握っているシャルルさんではあるものの、その手腕がエロエロです。
  批判は妥当じゃないかなぁと思う。
  「と、ともかくっ!」
  気を取り直すシャルルさん。
  システィナさんは相変わらず冷静沈着……いや、既にこの沈黙は不気味でしかない。
  何を考えているのだろう?
  そもそもこれはシスティナさんなの?
  「ともかく、あなたが預言を実行しているのは僕がお見通しですよ。……下着の色もねっ!」
  「うっわ最低っ!」
  ……以下略……。
  システィナさんは静かに冷笑した。
  「ふふふ」
  バッ。
  間合を保って構える。
  この女性がシスティナさんじゃないとしたら……何者なのだろう?
  そして別人なのであれば。
  ヴァンピールの襲撃はこの人が指示していた事になる。被害者を装い実は襲撃の司令塔。……ありえる話だ。
  ……。
  もちろん本人だという可能性もある。別人とばかりは言えない。
  なら目的は何?
  女王の指示なのだろうか?
  「我こそは……我こそは……我こそは……誰じゃっけ?」
  「シェオゴラスっ!」
  あたしは思わず叫ぶ。
  声の質はシスティナさんのものだけど、喋り方はこの間のお爺さんのものだ。
  「よっくぞ気付いたなお嬢ちゃんっ! そうとも我こそは陽気で愉快なガチャピンなりっ!」
  「すいません本家のガチャピンに怒られます」
  「ワシはガチャピンではなかったっけ? ……そうか、我こそは魔王サングインなりっ!」
  「……そうでしたっけ?」
  別の魔王になってるし。
  あたしだって馬鹿じゃない。あれから勉強して、魔王の名前ぐらいは覚えた。
  ……。
  ……名前だけね。
  支配領域や司る属性はまだ勉強中。
  「あなたはシェオゴラスでしょ」
  「おお。おお。確かそんな名前じゃったな。……よっと」
  カッ。
  手を振ると光が弾ける。
  あたし達はあまりの眩しさに手で顔を覆う。光が収まるとそこにシスティナさんの姿はなかった。あるのは老人の姿だけ。
  その老人こそあたしがこの間あった老人だ。
  狂気の魔王シェオゴラス。
  実力のほどは知らないけど……魔王なんだから無茶苦茶強いんだろうなぁ。
  ただ、こちらの世界に無理矢理侵入する際に魔力の大半を失う……と魔王クラヴィカス・ヴァイルの使い魔パーパスは言ってた。
  それはシェオゴラスにも適用されるだろう。
  それでも。
  それでも、人と魔王の力の差は開いている。
  大見得切って敵対してみたけど……はぅぅぅぅぅぅっ。まずかったかもまず過ぎるかもー。
  ブォン。
  シャルルさんが背に差してあった魔剣ウンブラを抜き放つ。
  魔剣ウンブラ。
  魔王クラスにも通用する魂を食らう魔剣。クラヴィカス・ヴァイルも恐れた武器らしいけど……それはレンウィンが持ってこそ
  威力を発揮した魔剣。シャルルさんはそもそも剣の扱いもままならないはずだ。
  どこまで力が引き出せるのか、分からない。
  それにレンウィンが強かったのは完全に魔剣ウンブラに支配されていたから。
  支配されない限りは完全な力を発揮できない魔剣では到底シェオゴラスには太刀打ち出来まい。
  まさかわざわざシャルルさんが魔剣に支配されるわけないし。
  「ふん。ウンブラか」
  一瞥しただけでシェオゴラスはあたしに視線を戻す。
  ふと気付く。
  シェオゴラスは奇妙な杖を手にしていた。黒っぽい卵形のモノが杖の先端に収まっている。
  材質は分からない。
  石だろうか?
  「案ずるな。喧嘩する気はないわい。……それに殺そうと思えば瞬き1つで殺せるしの。ワシ美形じゃし」
  「……」
  「今回預言を実行したのは、まあ、暇潰しじゃ。用件はお嬢ちゃん、お前じゃよ。争うつもりはないから安心せい」
  「……」
  それでも。
  それでもあたしはいつでも魔力の糸を放てる体勢を崩さない。
  というかむしろ……。
  「はぁっ!」
  「……っ! 小癪っ!」
  シェオゴラスの眉間を魔力の糸が貫く。
  一瞬顔をしかめた。ただ、そけだけだった。
  「痛いではないか」
  「嘘っ!」
  「確かに完全に覚醒すればワシと対等に渡り合える存在ではあるが……身の程を知った方が良いぞ? まあよい。今回はチュー
  1つで許してやろう。キス魔として修行を積んだワシを満足させる事が出来るか、勝負じゃっ!」
  「……勝負の意味違いません……?」
  「ま、まさかチューの先を望んでおるのかっ! ……最近の小娘は怖いのー……」
  「……」
  意味分かんない。
  ケイティーが前に進み出る。
  「シェオゴラス殿」
  「ふん。デイゴンの手下か。そなたに用などないわい」
  「それはそちらの勝手。主の為ならば敵対する事も我は恐れませぬ」
  「はっ? 魔王たるワシにデイゴンの手下が、それもケイテフ風情が抗うか? これは愉快、愉快ぞ」
  「我輩も敵対させてもらおうか」
  ドラゴニアンのチャッピーも進み出る。
  「魔王相手に戦う、ふん、悪くないさね」
  「……じゃ、僕はこれで」
  「シャルルさん逃げないでくださいよーっ!」
  「相手は魔王ですよきっと僕らは殺されるんだおかあさーんっ!」
  「……へタレだねぇ、こいつ」
  シェオゴラス相手に戦う。
  黄金帝相手にするよりも無謀だ。……まあ、当然だけど。
  「もう一度言うがワシは敵対する気はないのじゃよ。喧嘩はワシの領分ではないのでな。より混迷な展開を望むだけだ」
  「つまり?」
  「つまりーっ!」
  奇妙な杖の先端をあたしに向ける。
  瞬間、脱力感を感じた。
  「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
  「マスターっ!」
  悲鳴。
  何かがなくなるっ!
  失っていくっ!
  それが何かは分からないけど、気付けばあたしは膝を付いて荒い息を吐いていた。
  「はあはあ」
  「何を失ったか分かるかの?」
  「はあはあ。分かりません」
  「純潔じゃ♪」
  その瞬間、チャッピーが動く。
  「おらーっ!」
  「はぐぅっ!」
  魔王をメイスで思いっきり殴りつける。
  「マスターに謝れ海より深く謝れーっ!」
  「すいませんでしたっ!」
  ……魔王謝らせるなんてチャッピー凄いなー……。
  意外に魔王倒せるんじゃない?
  「まったく、手荒なトカゲじゃのぅ。まあよいわ。ともかく、そなたのもう1つの人格は頂いたぞ」
  「もう1つの……」
  人形姫の?
  たまにあたしの頭の中で騒いでいる嫌な女を奪った?
  「その石はっ!」
  シャルルさんが気付く。
  黒い卵形の石が何?
  「それは黒魂石ですね」
  「察しがいいのぅ。……それにしてもお前達人間はなかなか底が知れんな。侮り過ぎかも知れぬ。人形姫にしても然り、黒魂石に
  しても然り。このまま育てば悪魔を凌駕するかもしれんな、タムリエルの者達は」
  「そんな事はどうでもいいのですよ。それでフォルトナさんのもう1つの人格を奪ってどうする気です」
  「次の狂気に使う。狂気は凶器じゃよ」
  「戯言をっ!」
  「では、次のステップでまた会おうぞ」
  シェオゴラスは消えた。
  人形姫の人格を黒魂石に吸収した。別に能力は、魔力の糸は失われていない。ならば何の為に?
  この先何が起きるのか。
  まだ、あたし達には分からなかった。