天使で悪魔





加速する思惑




  運命は複雑。
  あたし達の前に用意された無数の運命は絡み合い、複雑なまでの流れを見せつつある。
  懸命にその糸を解こう。
  そしてその先にあるモノはなんだろう?
  
  やがて全ては解き明かされる。
  運命は何を示すのか?
  今はまだ分からないけれど、思惑は次第に加速していく。望む望まぬ関わらず。
  加速していくのだ。
  





  「スポンジボブ、ズボンは四角ー♪」
  ルクェ君と一緒に意味不明な歌を歌う。……ほんとに意味不明だ。スポンジボブって誰?
  まあいいけど。
  現在あたしはスラム街にあるルクェ君の家に来ている。
  ウンブラ入手から既に3日。
  シャルルさんはウンブラを活用する為に家に閉じ篭ってるし、フラガリアの仕事は相変わらず何もない。唯一安定して、定期的に
  来る仕事は子守のみ。つまりこのルクェ君の遊び相手だ。
  冒険者はこの世界ではよほどの酔狂的な仕事みたい。
  「なぁ姉ちゃん。次ぎ何歌う? 俺と一緒にベッドの中で愛の歌でもどうだ?」
  「はっ?」
  「姉ちゃんは好きモノだなー♪」
  「はっ?」
  ルクェ君、相変わらずだ。
  どんな育て方したらこんな性格になるんだろ?
  「あっはははははっ。元気の良い餓鬼だねぇ」
  エスレナさんが豪快に笑う。
  今回は同行してもらった。
  あたし1人だと……その、あの、胸とか触られたりするし。
  ああ、あとケイティーが家の外に立ってる。一緒に入ればいいのに『我は外で警護しております』と言って入って来なかった。
  護衛はケイティーのみで、チャッピーは家にいる。
  シャルルさんがウンブラで暴走した時の対処の為だ。……対処、というか止める為だね。
  スカーテイルさんは相変わらずデート。
  さて。
  「姉ちゃん姉ちゃん」
  「何?」
  「俺、姉ちゃんがちょっとの間とはいえ来れなくなって寂しかったんだぜ」
  「ごめんね」
  ウンブラ探索行ってたから来れなかった。
  ルクェ君、泣きそうな顔してる。
  何だかんだであたしは懐かれてるみたい。まあ、ルクェ君9歳であたしは15歳。歳は離れているとはいえ、あたしもカテゴリー的に
  はまだ子供だ。ルクェ君から見ても親しみがあるのかもしれない。
  ムニュムニュ。
  「俺寂しかったんだからな」
  「……ねぇ。あたしの胸を触るその手は何……?」
  「いいじゃんか。姉ちゃんは俺の女なんだから」
  むきーっ!
  ……。
  あ、あぶない。
  危うく魔力の糸を放つとこだった。自制心って大切だなぁ。
  その状況を見てエスレナさんが笑いながら言う。
  「いいじゃないのさフォルトナ。女は揉まれる内が華だよ」
  「すいませんそれ絶対華じゃないです」
  つれてくるんじゃなかったこの人はーっ!
  はぅぅぅぅぅぅっ。



  「じゃあね。バイバイ」
  「浮気すんなよ姉ちゃん。姉ちゃん味覚えたから心配だぜー」
  「……」
  仕事(?)を終えて外に出る。楽しいには楽しいんだけど、なかなか生意気な子供だなぁとは思う。

  外に出るとざわついていた。
  人垣が出来ている。
  そしてその人垣の中央には……。
  「うひゃっ!」
  思わずあたしは小さな悲鳴を上げる。
  でかいカエルがいた。
  人一人を簡単に丸呑み(あたしも食べられたし)出来るであろう巨大なカエルだ。
  あたしはあのカエルを知っている。
  カエル師匠だ。
  でも深緑湖の賢者がどうしてこんなとこにいるんだろ?
  「主」
  外で待機していたケイティーがあたしに声を掛ける。
  「カエル師匠、いつからいるの?」
  「二時間ほど前からです」
  「おやフォルトナ。見てご覧よ。システィナもいるよ」
  「あっ。ほんとだ」
  エスレナさんがカエル師匠と相対するシスティナさんの姿を確認する。
  雰囲気からして戦闘、ではなさそうだ。
  人垣の……つまりスラム街の住人達はカエル師匠の事を悪魔の化身とか言って騒いでいる。もっとも当の本人は受け流しているが。
  結局そういう悪意が嫌でカエル師匠は深緑湖に引っ込んでいた。
  本当なら女王よりも立場が上なのに。
  ……。
  ま、まあ、カエルの姿の指導者じゃ様にならないのもあるだろうけど。
  さて。
  「シビル・アルズ様。女王陛下が貴方の知識を必要としています。ご同行のほどを」
  「断る」
  「では何故、街に来たのですか」
  「変遷じゃ」
  「……?」
  「システィナとか言ったか」
  「はい」
  「そなたには分からぬか? 時代は変わりつつある。それを見届けに来たに過ぎんよ」
  「ではお帰りください。貴方の存在、味方にならぬのであれば邪魔でしかない」
  険悪な雰囲気だ。
  どちらもあたし達には気付いていないほどに張り詰めた空気を発している。
  「まさか戦う気ではあるまいな?」
  「女王陛下の為にならぬのであれば排除します」
  「……ならば手加減はいらぬな。容赦もせぬぞ」
  「……面白い」
  カエル師匠とシスティナさんの実力。あたしは双方とも知らないけど……価値観の違いで戦う愚かさは知ってる。
  チャッピーとの出会いだってそうだった。
  アカトシュ信者はチャッピーを悪魔とし、ベライト信者はチャッピーを神とした。
  違う価値観を戦闘で片付けるのは間違ってる。
  止めなきゃ。
  しかしそれは遅かった。カエル師匠が動く。
  そして……。
  「きゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
  次の瞬間、システィナさんはその場に蹲った。
  震えたまま動けない。
  「見るな見るな見るなーっ!」
  素っ頓狂な声のシスティナさん。
  カエル師匠の舌の一撃がシスティナさんの服を全部瞬時に溶かしてしまったのだ。……なんとまあ、アホな攻撃……。
  ともかくシスティナさんは全裸。
  行動不能なのは間違いない。……あたしだってそうだったもん。
  その時、住民の1人が呟く。
  「……神だ……」
  その呟きは周囲に伝染し、広まっていく。
  やがて雷鳴の如く響き渡る。
  「神様キターっ!」
  「あ、貴方様こそ我らが恋焦がれつつも諦めていたシスティナ様の全裸を拝ませてくれた救世主っ!」
  「是非、是非御名をっ!」
  ……うわー男って馬鹿だー……。
  ケイティー見る。
  「わ、我は違いますぞ」
  「……どうだかねぇ」
  エスレナさんも醒めた口調でケイティーを疑う。
  悪魔とはいえ男の人だし、こういう展開に興味あるのかなぁケイティーも。
  「カエル師匠。そう呼ぶがいい」
  『カエル師匠っ! カエル師匠っ! カエル師匠っ!』
  平伏する人々。
  その中央であたかも神の如く君臨しているのはカエル師匠。……カエル師匠、この街でも何とか生きていけるっぽい。
  「……フォルトナ。あそこで平伏してる奴は……」
  「あっ。シャルルさんだ」
  家でウンブラ研究してるはずじゃないの?
  エロエロな展開は見逃さないお人のようだ。
  最初はミステリアスで格好良い人だったんだけどなぁ。今じゃあんな感じの人だ。まあいいけど。
  ケイティーを見る。
  「わ、我は違いますぞ」
  ……どうだか。


  スラム街を離れてあたしは自宅への道を歩く。
  一緒なのはケイティーのみ。
  エスレナさんとは途中で別れた。彼女はここ最近の戦闘から、自分がお荷物になりつつあるのではないかと内心で危惧している
  節がある。……何でそんな事が分かるは……まあ、今まで相手の顔色ばかり窺ってたからだね。
  自然、心を読めるのにも長けた。
  闇の一党時代はあたし暗かったなぁ。
  ともかく。
  ともかく、エスレナさんは途中で別れた。武器屋を覘きに行ったみたい。
  魔剣ウンブラのような代物はないにしても、異界ならではの武器があるのではないかと期待しての行動のようだ。
  武器さえ代えれば戦力アップにもなるしね。
  安易ではあるものの武器の性能が戦闘を左右する。
  エスレナさん自身の能力は申し分ない。だからその実力に伴うだけの武器の入手は確かに必要だろう。
  今、彼女が使ってる炎の魔力剣ではヴァンピール相手でも厳しい。
  カザルトはタムリエルに比べて敵の質が高い。
  武器の入手は急務だ。
  ……。
  まあ、別にどこかと敵対している……わけじゃないけど。
  今のところは巻き込まれている&運が悪くて戦闘、のケースが多い。反乱分子ともそんなに因縁深めてないし。
  もちろん今後どうなるかはあたしは知らない。
  さて。
  「あっ」
  人通りの少ない道に入り、しばらく歩いているとひょこひょこと杖を手にした老人が歩いてくる。
  名前は知らない。
  でも何度か会ってる老人だ。
  印象としては、少々ボケが始まった感じのする老人。
  近付いてくる。
  まるで知らない相手ではないので、あたしは会釈する。すると老人は手を上げて笑いながら側に来た。
  「おーおー、久し振りじゃのぅ」
  「お久し振りです」
  「それでー、あんたはー、誰じゃったかいのー?」
  「……」
  ボケてるよーっ!
  だけど相手を怖がらせては行けないと思い、優しい口調であたしは語り掛ける。年長者を敬うのは礼儀だ。
  「お爺さん」
  「うむ。何じゃなハイジ」
  「ハ、ハイジ?」
  「今、全国の人間はお前さんの声をハイジの声として認識した。今後ハイジの声として脳内変換されであろう」
  「すいません意味分かんないんですけど」
  何なんだこの人はーっ!
  護衛のケイティーの方を見る。言葉の援護射撃がして欲しいからだ。
  「ケイティー?」
  「……」
  まるで動かない護衛のドレモラ・ケイテフ。
  彫像のように動かない。
  「そなたの従者には黙っておいてもらおうかのぅ。ワシと子猫ちゃんの愛の語らいには部外者邪魔むしろ排除っ!」
  「……お爺さん、ボケてますよね?」
  「確かにボケておる。しかし精力は全開じゃ♪」
  「……すいませんそれ一番まずい状態じゃないですか?」
  「いいではないか。一箇所でも元気なら。人間、元気が一番じゃ」
  「ま、まあ、それはそうですけど」
  かかか。老人は楽しそうに笑った。
  あたしには肉親がいないけど、祖父ってこんな感じなのかなぁ……なわきゃないか。これが祖父の一般的なタイプならきっと世界
  は崩壊してるはず。でも悪い人には見えない。
  「ワシはシェオゴラス」
  「初めまして」
  「うむ」
  「えっとあたしは……」
  「フォルトナじゃろ」
  「あっ、はい」
  前に名乗ったっけ?
  そんな気もするけど、よく覚えてない。
  「今日は助言の為に来たんじゃ。この世界の存亡に関わるシナリオに携わる人物を教えてやろうと思っての」
  「存亡?」
  「そうじゃ」
  「でもどうしてお爺さんがそんな事……」

  「ネクストコナンズヒーントっ!」
  「はっ?」
  「『し』の付く者達が怪しいぞ? 名前だけでなく職業にも関係あるぞ?」
  「はっ?」
  相変わらず掴み様のない性格の人だ。
  このお爺さん、ボケてるのかなぁ?
  「あのー」
  「まあ聞けお嬢ちゃん。コナンのヒントを来週まで覚えてるいる人がいるのかワシは気になるのじゃ。そもそもヒントだけ貰っても
  仕方なかろう。問題提供されてないのじゃから。……ふぅむ。これもゆとり教育の歪かのぅ」
  「はっ?」
  「ともかく犯人は『し』の付く人物じゃ。知っている名前で考えてみよ」
  「……」
  意味わかんない。
  そもそも犯人てなんだろ?
  お爺さんはあたしの顔を見て『考えてみよ』という顔で促している。まあ、考えてみよう。
  「んー」
  システィナさん、シャルルさん、宮廷魔術師のシェーラさんに……ああ、カエル師匠もそうか。本名シビル・アルズだし。
  職業もそうみたいだから死霊術師もカテゴリーに含まれる。死霊術師ファウストも容疑者だ。
  「濁点付くのも怪しいぞ」
  「はぁ」
  曖昧に頷く。
  ともかく、濁点もそうなら……ああ、ジェラスもそうか。
  ……。
  意外に多いなぁ。
  何の犯人かは知らないけど。
  「……あれ?」
  「どうしたんじゃ?」
  「お爺さんもそうですよね」
  「誰がじゃ?」
  「だから、お爺さん」
  シェオゴラスだし。
  「ワシが?」
  「はい」
  「失礼な奴じゃっ! ワシはまだ飯は食っておらんっ! サチコさん、人をボケ老人のように扱うでないっ!」
  「……」
  充分ボケてるじゃないですかー。
  さすがにそれは言えないけど。
  ケイティーを見る。相変わらず瞳を見開いたまま直立不動。微動だにしない。……彫像の真似?
  「従者は放っておけ」
  「そういうわけには……」
  「まあまあ。今は2人の時間を大切にしようではないか。若い娘を楽しませる為に、ワシの分身を持続させるのも辛いものじゃぞ?」
  「はっ?」
  「ワシの分身の持続時間は短いのじゃ。薬に頼るのは男として本望ではないが、まあ、仕方あるまい」
  「はっ?」
  「ふひょひょひょっ!」
  「……はあー……」
  意味わかんない。
  考えてみたらこのお爺さん、何者なんだろ?
  飄々として……という言い方は変かな。そんなに高級なものじゃないか。要は変なお爺さんかなぁ。
  あまり深い付き合いではないのに、何故か関わるのが多い。
  まあ、いいけど。
  「ところでお嬢ちゃん、面白い存在じゃなぁ」
  「面白い?」
  「オブリビオンの魔王と張り合えるだけの存在に成り得るのじゃからな。……いかんのぅ。その力。はっきり言って反則じゃ。チートは
  まあお遊びではあるものの、お主は改造コードじゃ。バランスブレイカーの極みじゃぞ」
  「はっ?」
  「いずれその力は封じてやろう。……その方がより狂気を振り撒けるしのぅ」
  「……?」
  「ともかく今回はこれで終いじゃ。では、またのぅ」
  「はぁ。そうですか。じゃあ、これで」
  「期待しておれ」
  「期待?」
  「次に現れる時、ワシは勝負下着を着用してくるからのぅー」
  「……」
  無言で見送る。
  止める筋合いないし。
  ……。
  結局あのお爺さんは何なんだろ?
  「はっ! 我は一体何を?」
  「ケイティー」
  キョロキョロと周囲を見回し出すドレモラ・ケイテフの従者ケイティー。
  見渡す?
  まるで今の今まで意識がなかったかのような、まるで今の今までの記憶がなかったかのような振る舞い。
  「どうしたの?」
  「どうしたの……いや、我にも皆目見当が尽きませぬ。まるで何かに遮断され、時を止められたような……」
  「……? 変なケイティー」
  今まで見た事のない戸惑いようだ。冷静沈着なケイティーにしては珍しい。いや、初めてだ。
  ドレモラも戸惑うんだなぁ。
  何かおかしい。
  「ふふふ。帰ろ、ケイティー」
  「御意」



  自宅。
  自宅……と言っても、買ったわけじゃない。借りてるわけでもない。女王陛下から提供されている家。

  あたし達フラガリアのメンバーはここで生活してる。
  もっともスカーテイルさんはいない。
  最近はこの世界で出来た恋人のアルゴニアンの女性の家に入り浸っている。幸せそうだったなぁ。
  ……。
  それにしてもタムリエルに帰れるのはいつなんだろ?
  別にこの世界での暮らしに不満はない。……まあ順応する必要もないんだけどね。

  「今日シェオゴラスって変な人と会いました」
  『はっ?』
  夕食。
  夕方の概念はないけど、ずっと夜だけど大体の時間帯であたし達は夕食だと判断してる。
  ともかく。
  ともかく、あたし達は夕食中。
  食事中の会話として今日の出来事を話をしたに過ぎない。なのに全員硬直。
  何故に?
  ケイティーはケイティーでブツブツと呟いている。
  「……そうか。意識が飛んだのはシェオゴラス殿が我の精神に介入していたからか。不覚……」
  「どうしたの?」
  有名人なのだろうか?
  あのお爺さん。
  「あれ? でもエスレナさんも前に会いましたよね? 前にバルバトスに絡まれていたお爺さん。あの人がそうです」
  「あ、あの爺さんの事かい?」
  「はい」
  「……知らなかったとはいえ末恐ろしい体験さね……」
  「……?」
  ガクブルしてる?
  シャルルさんに聞いてみよう。フラガリアで一番の物知りだし。
  「シェオゴラスって有名なんですか?」
  「……有名なんですか? いや、知らなかったら人間じゃないですよ。貴女の頭の中には戦いだけですか戦闘民族サイヤ人ですか」
  「はっ?」
  サイヤ人って何?
  「シェオゴラスなんて珍しい名前はおそらく奴だけでしょうね」
  「奴、ですか?」
  「どんな奴でした? ……ああいや。質問の形式を変えましょう。好々爺みたいな爺さんですよね?」
  「はい。まあ、そんな感じです」
  「……最悪だ狂気の魔王シェオゴラス本人でしょうね」
  「えっと……なんだかよく分かりませんけど、突飛な発想してませんか?」
  「……あのですね、フォルトナさん。どこの世界にシェオゴラスなんて忌々しい名前付ける奴がいるんです。おそらく本人で間違いない」
  「何者なんです?」
  「脳味噌プリンですか貴女はっ!」
  「プ、プリン」
  酷い事言われたっ!
  酷い事言われたよーっ!
  「チャッピーっ! 何とか言ってよーっ!」
  「いや、まあ、若造、あまりマスターを苛めるな」
  「……」
  何気にチャッピーもシャルルさんの言葉を支持してる感じだあたしはそんなに無知か無知でごめんーっ!
  はぁ。
  いいもんいいもん。あたし拗ねるからいいもん。
  ふーんだっ!
  「シェオゴラスはオブリビオン16体の魔王の1人であり、その中でも人類の天敵である四凶の1人。司る属性は狂気。……この間は
  魔王クラヴィカス・ヴァイルが出張りそうになったし、厄介な展開ですねぇ」
  「あのお爺さんが魔王……って、無茶苦茶怖い展開じゃないですかーっ!」
  「今更です」
  「……」
  はぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ。
  もう少し勉強しよう。あまりにも馴れ馴れしく接してたなぁ。
  今後は控えよう。
  「そ、それにしてもどうしてシェオゴラスが出てくるんです?」
  「シェオゴラス殿の行動は予測不可能です」
  ケイティーはそう断言する。
  ケイティーは
魔王メエルーン・デイゴンの支配下の悪魔。属性は破壊。別の魔王の支配下とはいえ悪魔関係に詳しい。
  まあ、本人も悪魔だし。
  ……。
  ちなみに魔王クラヴィカス・ヴァイルは契約を司る魔王らしい。
  まあ、どうでもいいけど。
  ケイティーは続ける。
  「あのお方は狂気を振り撒くお方であると同時に、自身も狂気に冒されています。故に行動は予測不可能。ただ強力な魔王です」
  「……」
  狂気な魔王。
  強力な魔王。
  それがあたしに興味を持っている節がある。さすがにそれは言えなかった。心配するよりも皆引くだろうし。
  ……はぁ。
  ……また厄介な展開になりそうだなぁ。







  「……まったく。いつまで掛けるつもりだ」
  カザルトを見下ろす位置にある、小高い丘。
  フォルトナ達が一番最初にこの世界に来た時に立った場所。そこに黒衣の一団がいた。カザルトを見下ろしている。
  「私が出張るなんてね」
  忌々しそうに呟く。
  口調は女性だ。
  別の1人がたしなめるに囁く。立場的には《忌々しそうな口調の女》がこの中でリーダー格のようだ。
  「お心をお静めください。阿片(あへん)様」
  「分かっている」
  「今回の使命は……」
  「分かっていると言っている。いちいちうるさいとお前殺すよ」
  「……申し訳ありませぬ」
  殺意を込めた阿片の言葉に深々と頭を下げ、一歩下がる。
  一団の数は9名。
  阿片は続ける。
  「忌々しい任務ではあるけれども人が斬れるのであれば楽しいねぇ。邪魔する奴は全部斬る。この魔剣ゴールドブランドでねぇ」
  ポン。
  腰に差してある剣を軽く叩き、愉悦する。
  その剣、形状はアカヴィリ刀に酷似している。
  別の1人が再びたしなめる様に忠告。
  「阿片様」
  「分かっている。今回の任務は熟知している。……しかし邪魔する奴がいれば殺すのは当然の事。邪魔しないのであれば、そのよう
  に仕向けるまで。血を見ない任務なんて楽しくない。きひひひひひっ!」
  「……」
  阿片は殺人狂……というわけではない。
  もちろんまともな性格ではないものの、彼女は人の死を演出するよりも血を多く見るのが好きなのだ。
  いずれにしても異常人格者ではあるが。
  それでも。
  それでも、任務を遂行するだけの知性と理性は備えている。
  直属の部下である8名に指示を出す。
  阿片の部下は全員が女性。リーダーである阿片同様に全員アカヴィリ刀を腰に差している。
  「采女(うぬめ)、織部(おりべ)、舎人(とねり)、雅楽(うた)、式部(しきぶ)、奉膳(ぶぜん)、左少(さしょう)、右少(うしょう)」
  『はい。阿片様』
  「任務自体は下らないが勅命だ。……行くよ」
  『はい。阿片様』






  同時刻。
  黒牙の塔の地下にある、牢獄。
  檻の中にいる限り全ての能力が中和され、封じられる。だからこそ死霊術師ファウストを恐れる看守など誰もいない。
  ……いや。
  むしろ侮っていた。
  「おらぁっ!」
  「ぐっ」
  ファウストのふてぶてしさは投獄されてからも変わらなかった。
  看守達も当然面白くない。
  最初は忌々しそうに眺めていただけの看守達も、次第に鬱憤を晴らすという行為に変わっていく。
  つまりファウストに対する暴行。
  この日もそうだった。
  止める者はいない。
  管轄としては、システィナの管轄ではあるもののここまで見回りには来ない。あくまで報告を受けるだけだ。別にシスティナの
  怠慢ではない。彼女には仕事が多い。つまり、手が回らないのだ。
  この日も暴行は続く。
  ガンっ!
  倒れたファウストを蹴っ飛ばす看守。いつも一方的だった。
  看守の方が当然数が多いし、ファウストは基本的に力はない。能力を封じられている以上、一方的なのは仕方がない。
  普段ならこの辺で終わる。
  しかし今日は違った。
  ガッ。
  ファウストが看守の首を右手で絞めたのだ。右手はマリオネットの腕で出来た義手。握力も強度も強い。
  看守の首を千切る事など造作もない。
  もちろん次の瞬間には他の看守に後頭部を警棒で殴られその場に倒れる。
  「この野郎ふざけやがってっ!」
  滅多打ち。
  そんな中、ファウストは薄く笑う。
  「……触った以上、お前らの命運は尽きたよ。くくく……」






  同時刻。
  東の門。
  この門は三貴族の1人であるバルバトスの管轄の門。
  貴族としてのプライドが高すぎるあまり、それに伴う実力がないが為に高慢で高圧的な安っぽく貴族になってしまった人物。
  先の帝国軍の侵攻の際に逃亡した為に権威は失墜した。
  それでも門の守衛は解任されない。
  何故なら西、南、東の門はそれぞれの貴族の血に反応し、魔法障壁が発動して鉄壁の防御力になるからだ。
  無能ではあるものの血は無視できない。
  特に反乱分子が虎視眈々と機会を窺っているこの時期だ。
  女王としても解任できない。
  さて。
  「ちくしょうっ!」
  若き貴族バルバトスは私室で吼える。
  立場がなくなった。
  そう。先の敵前逃亡で立場がなくなった。王宮でも嘲笑され、白い目で見られる。街中でもそうだ。今では部下からも批判されている。
  プライドが高過ぎる為に彼には我慢出来ない。
  元々バルバトス自身に悪意はない。ただ、貴族の器ではなかっただけだ。なのに貴族として生まれた。
  その為虚勢を張り、自信がない為に傲慢に振舞う事で他を威圧して来た。
  ある意味で彼は不幸。
  「大分お荒れのようですね」
  「……っ!」
  部屋の隅に佇む人物にこの時初めて気付く。
  2人いる。
  衛兵を呼ぼうとするとその内の1人が手で制した。
  「お待ちください陛下」
  「へ、陛下?」
  「そうです。貴方は黄金帝の末裔ではありませんか」
  三貴族は黄金帝の末裔。
  リーヴァラナ女王は当時摂政に過ぎない。つまりバルバトスは女王から見たら主筋。立場的には三貴族の方が上なのだ。
  陛下。バルバトスはその心地良い響きに酔う。
  「お初にお目に掛かれて光栄です陛下。私はジェラス。そしてこちらのお方が渇きの王シディアス」
  渇きの王シディアス。
  反乱分子を束ねる首領。ジェラスはその腹心の部下。ともにヴァンピール。
  2人、恭しく跪く。
  「……」
  バルバトスもそこまで馬鹿ではない。無条件で信じるほどの馬鹿ではなかった。
  その程度の思慮はある。
  「……何が目的だ?」
  「これはバルバトス様のお言葉とは思えませぬ。我々は政治を正しき姿に戻したいだけ。故に我は反乱を指示しています」
  跪いたまま渇きの王は言う。
  「お、俺を利用して捨てる気だろう?」
  「確かに担ぎ上げはします」
  「や、やはりなっ! だが俺は利用されるだけの存在には断じて……っ!」
  「お聞きくださいますように。黒牙の塔の真の力を維持し、解放し、活用できるのは黄金帝の血筋のお方のみ。我々はアイレイドの
  栄光を取り戻したいのです。つまり女王を引き摺り下ろし、真の帝王たる貴方に仕える事を至上の喜びとしています」
  「……」
  「我々にお力をお貸しくだされば、貴方様はすぐにでもバルバトス皇帝陛下として臣民から崇められましょう」
  「……」
  「アイレイドの栄光、ともに掴みましょうぞ」
  「な、何をすればいい?」
  そして……。