天使で悪魔





魂を食らう魔剣





  カエル師匠に魂を食らう魔剣の場所を教えてもらった。
  魔剣ウンブラ。
  その魔剣はオブリビオンの魔王ですら恐れるという。
  求めるのはシャルルさん。
  ある意味、こちらの世界に北最大の理由はウンブラを入手する事だ。
  真意は不明。
  理由は不明。

  考えてみればシャルルさんには不可解な点が多過ぎる。
  聖堂からの特命とか言ってたな。魔剣ウンブラを手にするのは。でも本当かな?
  もちろん気にはなっても追求する事はしない。根性なし?
  違う。
  皆、前歴はあやふやだ。
  特にあたしは人を追求出来るほど、透明性の過去を持っていない。いまだ知らない事も多いし。
  ともかく。

  あたし達は魔剣ウンブラを求めて遠征する事に。
  フラガリア出発。
  






  レーランドストリート。
  カザルトの国にある、移民系の者達が多く住まう一画だ。
  ……。
  ま、まあ望んで移民した人達はいないけど。
  それでも今は望んでここに住んでいる。
  何故かと言えば本気で帰りたい人達は女王様が送り返しているからだ。今いる人達は望んでここに住んでいる人達だ。
  基本的にこの国では住宅にお金が掛からない。
  リフォームの場合は違うけどね。
  この世界に来たあたし達にも無料で一軒家が宛がわれている。
  二階建ての家。地下室あり。
  お金が溜まる一方だね、と思われるかもしれないけど代わりに物価が高い。
  冒険者はこの世界において定職ではない。
  仕事がないのだ。
  ルクェ君の家に遊びに行くのが正式な依頼なぐらいだから、冒険者っぽい仕事はないのだ。
  もちろんルクェ君と遊ぶのは楽しいけどね。
  さて。

  「それで気になるのはウンブラ? ウンブラ本人?」
  テーブルを囲み、話を聞くあたし達。
  準備は終わった。
  いつでも遠征出来る。
  場所は流血大地の北にある断頭台の丘……らしい。カエル師匠はそう言ってた。
  それにしても殺伐な地名だなぁ。
  遠征の準備は整った。
  さあ、出発しよう……という時に訪ねて来たのがシスティナさん。
  今、あたし達はシスティナさんの話を聞いている。
  「ウンブラって剣じゃなくて人なんですか?」
  「賢者に聞いてきたのではないの?」
  「場所だけです」
  「私が調べてきて正解だったわね」
  システィナさんはリーヴァラナ女王陛下の側近。
  帝国の軍隊が攻めて来た時に一軍を率いて華麗に勝利した凄い人でもある。忙しいのにあたし達の為にウンブラの事を調べて
  くれたなんて感激だなぁ。シロディール出身のインペリアルらしいし、親近感抱いてくれてるのかな?
  少なくともあたし達は異界の女王様よりも彼女の方に親近感を抱いている。
  リーヴァラナ女王陛下も尊敬してるけどね。
  ……。
  あっ。余談だけど帝国軍侵攻の際に、バルバトスは敵前逃亡した。
  帝国軍討伐後に再び東の門の守備に戻ったものの、立場がないらしい。今では民衆ですら彼を嘲笑している。
  ケイティー寂しそうだったなぁ。
  元々はバルバトスの腹心で、教育係だった。あたし達や民衆達とは違う感情があるのは当然だ。
  さて。
  「強力な、漆黒の剣。恐ろしく強力な魔力を秘めていて斬れぬものはなし。最大の恐怖は斬った相手の魂を奪う事」
  「それは聞いています」
  「結構。次に進みましょう」
  魂を食らう魔剣。
  オブリビオンの悪魔達への最大の武器になる剣だそうだ。
  「本には持ち主の魂すらも支配すると記されています。最後に支配された人物はレンウィンという女性」
  「女性?」
  ああ。
  それがウンブラ本人に繋がるのか。
  人の名前なの?
  「彼女がどこでそれを見つけたかは知らない。元々は黄金帝に仕える剣士だったようね。ウンブラという剣を手にしてから彼女は
  次第におかしくなっていった。彼女は思慮深い人物だった。しかし剣を手にしてから戦いを求めだした」
  「黄金帝」
  つまりアイレイド文明の人か。
  数千年前の人物。

  「そして手にした剣にちなんで自らをウンブラと称した」
  「それが人でもあり剣でもあるという意味に繋がるわけですね。実に興味深い」
  感嘆の声を上げたのはシャルルさんだった。
  一番熱心に聞いているのも彼だ。
  よほど執着している剣みたい。
  「黄金帝も彼女を恐れた。無敵の剣士。……ただし利用出来るとも思ったわけね、黄金帝は。物欲激しい黄金帝は大好きな大好きな
  財宝を納めた宝物殿の守護をウンブラに命じた。最強の番人になると思ったのね」
  「ああ。なるほどねぇ」
  褐色の肌を持つエスレナさんは身震いしながら頷いた。
  彼女にはこの世界は寒すぎるらしい。
  太陽ないし。
  ウンブラは宝物殿にあったはず……と以前システィナさんは言ったけど、そういう意味か。
  番人がその剣を帯び、宝物殿にいた。そういう意味か。
  「レンウィンがどうなったのかは知らない。その時代に私は生きていないし。ただ記録には一緒にこちら側に飛んだはずよ。宝物殿の
  区画が別の場所に具現化した際に死んだのかは分からない。どの道数千年前のはなし。死んでいるでしょうね」
  「……」
  「それでも行くの? 確証もないのに?」
  「行きます」
  頷くあたし。そして一同も頷いた。
  これで準備は整った。
  情報があればさらに動き易い。あたし達はシスティナさんにお礼を言い、カザルトを後にした。
  いざ宝物殿に。
  





  カザルトを離れ、あたし達フラガリアは流血大地を歩く。
  何故流血大地なのか?
  要は赤土だからだけど……もっと名前の付け方があるでしょうに。
  「マスター。足が痛くありませんか?」
  「大丈夫だよ。あたし歩くの慣れてるし」
  「さすがはトカゲさんですねー。阿諛が上手でいらっしゃる。ドラゴニアンって媚びる種族なのですねー」
  「なんだと若造っ! 貴様なんかロリコンだろうがっ!」
  「笑止っ! 僕はムチムチな巨乳ちゃんが好物なんですよっ!」
  「やるか若造っ!」
  「ふっ。無様な姿を晒したいのであれば掛かって来るといい」
  ……。
  ……何なのこの2人?
  仲が良いのか悪いのか分からない。
  「主。止めないのですか?」
  「キリないもん」
  ケイティーはまだこの一行に慣れていない。これは既に行事だ。
  早く慣れてもらわないとね。
  エスレナさんなんか既に慣れきっているので一瞥しただけで通り過ぎていく。喧嘩する置いてけぼり決定っ!
  「主」
  「何?」
  「シャルル殿はナイフだけなので不利かと存じます。我のロングソードをお貸しした方がよろしいのでは?」
  「……殺し合いにまで発展しないから大丈夫だよ」
  「おお。そうなのですか? 人の習慣、分かりませぬ」
  「……」
  止めた方がいいのかなー?
  ケイティー大分世間知らずだから、あたしがいない時に2人が喧嘩した時には1人死ぬかもしれない。
  何気に殺し合いを推奨しそうだし。
  フラガリア。まともな人材がいません。
  はぅぅぅぅぅっ。
  「2人ともやめてくださいっ!」
  止める。
  ケイティーが妙な判断してどちらかに加勢して、人が死なれても困るし。
  ……。
  なお、今更だけどスカーテイルさんはいない。
  最近はデートに忙しいのだ。
  エスレナさんはこの世界に居残る気ではないかと言ってるけど、そうなのかな?
  だとするとお別れは寂しいなぁ。
  その時……。

  「もしもーし? 聞いてるかー?」
  「きゃっ!」
  声がした。
  皆止まる。あたしの悲鳴に止まった、のではないだろう。
  周囲を見渡している。
  誰かいる?
  誰もいない。
  じゃあ今の声はどこからなのだろう?
  皆幻聴って事はないだろう。
  ……。
  あっ。
  この世界で飲食していると夜目が利くようになるそうだ。事実あたし達は太陽のない永遠の夜の世界でもそれほど支障はない。
  薄暗い程度だ。
  この世界での飲食をやめれば、つまり普通の世界に戻ったらこの状態は治るみたいだけど……副作用ないのかな?
  つまり、この幻聴はその副作用?
  それは怖いよーっ!
  はぅぅぅぅぅっ。
  「ポケットの中を探してみろ。犬の形の像が入ってるだろ? そいつが俺様だ」
  「ポケット?」
  「あんたのポケットだよ、お嬢ちゃん」
  やはり声がする。
  「ポケット探してみろよ」
  「ポケット」
  ゴソゴソ。
  あたしはポケットの中を探ると……何かある。
  取り出してみる。
  「何これ?」
  「犬、ですな。犬以外の何物でもありませぬな、マスター」
  「だよね」
  犬の置物だ。
  こんなの知らない。
  「よお」
  「ひゃっ!」
  喋った。
  「よく聞けよ。俺様は魔王クラヴィカス・ヴァイルの忠犬パーパス様だ。生まれつき犬だったわけでもパーパスなんてへんてこ
  な名前だったわけではないけどな」
  「クラヴィカス・ヴァイルっ! ……こりゃまた大物が出てきましたねー」
  シャルルさんは驚愕。
  誰だろ?
  ケイティーが簡潔に説明する。
  「オブリビオン16体の魔王の1人クラヴィカス・ヴァイル殿です。従者に犬を引き連れた子供の姿の魔王ですな」
  「へー」
  ドレモラ・ケイテフである彼は魔王メルエーンズ・デイゴンの配下らしい。シャルルさんにそう聞いた。
  別の魔王か。
  世の中意外に何でもありみたい。
  ……。
  ま、まあ、あたしも人形姫だし。意外性だよね、うん。
  さて。
  「犬なのに魔王の下僕なんですか?」
  「おいおい言ったろ。元々は犬じゃねーんだ」
  「ふぅん」
  「レッドガードの時もあった。一時はスキャンプとして生を受けてオークと取引もした。で今はクラヴィカスの旦那の忠犬ってわけだ」
  生まれ変わり?
  だとすると生まれながらの悪魔ではないのかもしれない。
  これもシャルルさんの受け入りだけど、悪魔は死んでも同じ存在として生まれ変わるらしい。
  つまりケイティーは永遠にケイティーとしての人格と記憶を受け継いで転生し続けるのだ。それが悪魔の特性。
  人間?
  人間も生まれ変わるみたいだけど、人の時もあれば動物の時も植物の時もある。
  ランダムみたい。
  そこが悪魔と人の差だ。

  「先に忠告しておくぜ。その為に送り込まれて来たんだしな。……まっ、忠告は送り込まれた趣旨とは真逆だが」
  「忠告?」
  「ウンブラ探し、やめておいた方がいいぜ? あれは常に危険な運命を呼び込むんだ。あれが絡むと面倒になるんだよ、いつもな」
  「面倒?」
  忠告の為に来た?
  だとすると意味が分からない。
  「うちの旦那……クラヴィカスの旦那はウンブラに異常に執着しててな。まあ、そのはずだな。あれはうちの旦那と互角に渡り合
  った英雄の魂が封じられてるんだ。まあそこはいいか。……ともかく、そのまま回れ右して魔剣は諦めな」
  「……?」
  さらに意味が分からない。
  クラヴィカス・ヴァイルはウンブラに執着……多分、求めているのだろう。
  なのに派遣されて来たパーパスはそれを止めようとしている。
  何故?
  「どうしてそんな事を言うんですか?」
  「どう転んでも面倒だからさ。あんたらさえ手を引けば面倒は起きない。どうする?」


  「ここですね。……シャルルさん?」
  「ええ。そうですね。地図ではそうです」
  結局。
  結局、あたし達はパーパスの忠告を無視して先に進んだ。
  流血大地を越えて断頭台の丘に到達した。
  この近辺は次元が不安定な場所らしい。つまり何が起きるか分からない場所という事だ。
  パーパスは何も喋らない。
  普通の置物だ。
  どうやら用がない時は喋らないらしい。まあ、いいけど。
  ……。
  ただ、魔王の下僕にしては気の良い人(犬?)だと思う。
  ケイティーは良い人だし、悪魔だからといって毛嫌いするのは間違いな気がしてた。
  さて。
  断頭台の丘。
  何故そういう名なのかよく分からないけど、ともかく到着。
  探し回る事一時間。
  崩壊した建物が立ち並ぶ一画を見つけた。
  おそらくここが異世界に転送する際に別の場所に具現化した、宝物殿の一画なのだろう。人の気配はしない。
  転送の事故により全員死亡した?
  それもありえる。
  「これですね」
  シャルルさんは言う。
  システィナさんに見せられた古い都の絵にあった、宝物殿のデッサンと同じだ。
  皆を促して中に入る。
  ……。
  ……先頭は何気にあたし。
  何故に?
  聞くと……。
  『フラガリアのリーダーですから』
  皆そう唱和。
  まあ、いいんですけどね。
  ……イジメな気もしなくはないけど。
  はぅぅぅぅぅぅっ。
  ともかくあたし達は宝物殿の中に入った。
  「フラガリア前進です」


  「……」
  完全に打ち捨てられた遺跡だった。
  荒れ果てている。
  倒壊しないのが不思議なぐらいだ。下層に。下層に。あたし達は静かに下層へと下りていく。
  誰一人言葉はなかった。
  宝物殿?
  「墓場」
  誰かがそう呟いた。
  確かにそうだ。
  ここは墓場だ。通路の端には死体が折り重なっている。昨日今日の死体ではない。既に干乾びている。
  いつの頃の死体だろう?
  無数に。
  無数に。
  無数に。
  遺体は無数に転がっている。
  しかし不思議な事に端に全て寄せられている。誰かが歩き易いように寄せているのだろうか?
  でも誰が?
  「終点みたいだねぇ」
  エスレナさんが呟いた。
  終点だ。
  大きな広間だ。
  恐らく昔はここに宝物が収められていたのだろうけど……そこには何もなかった。
  どういう経緯で紛失したのか?
  それは分からない。
  悠久の年月を知るには、人の身では知りえる事ではない。
  コツ。コツ。コツ。
  ただ1人。
  その悠久の年月を知っている可能性の高い人物がこちらに向かってくる。
  「……」
  生き残り?
  そうかもしれない。ううん、おそらくはそうだろう。
  ただあたし達は等しく油断できないと思った。
  生き残りは、女は、全身を黒壇と呼ばれる高価な武具に身を包んでいる。そして腰には剣。異様な感じがする剣だと思った。
  「……」
  身構えたまま沈黙するあたし達。
  記述にあった宝物殿の番人?
  まさか、まさか生きていた?
  彼女がレンウィン?
  彼女は口を開く。
  「立ち去れる内に離れたほうがいい」
  好戦的。
  そうシスティナさんに聞かされていたけど、少なくとも彼女はいきなり襲い掛かってくる気配はない。
  ……殺意は感じるけれども。
  彼女は続ける。

  「お前達は私と話す事で自ら危険に足を踏み入れている。今すぐここを立ち去るべきだ」
  「貴女は誰ですか?」
  「ウンブラは我が剣。我が本質。そして私のあるべき姿の事」
  「つまり貴女がウンブラ?」
  「左様。何千年にも渡りこの剣に魂を食わせて来た。司祭、王者、戦士、平民、男、女、老人に子供に赤子。いずれも血を流させ
  てやった。久しく魂を食わせていない。剣は飢えている。……お前らは生贄となるか?」
  「……」
  「ウンブラの飢えは留まる事を知らない。まだ貪欲に魂を求めている」
  「……」
  つまりあの死体の山は、この区画一帯に住んでいた人達?
  俄かには信じられない話だ。
  死体の山の事が信じられないんじゃない。信じられないのは彼女の存在だ。何千年も生きてるなんて……。
  「僕が話しましょう」
  シャルルさんが一歩前に出る。
  危険だ。
  止めようとするものの、彼はにこりと微笑した。
  「レンウィン」
  「その名を口にするなっ!」
  「それは失礼」
  「それは生まれ変わる前の名前だっ! 今の私になる前の名前なのだっ!」
  「僕の名はシャルル。どうぞよろしく。……それにしてもあなたの存在は畏敬とともに恐怖ですね。完全に魔剣に支配され、人を超越
  している。悠久の時代を超えているのも理解出来ますよ。貴女は既に人の範疇じゃあない」
  「お前は吸血鬼崩れだろうが若造」
  チャッピーが呟く。
  その呟きが聞えたのか、微笑を消さぬままシャルルさんは言った。
  「相変わらず察しが悪いですねぇ。……僕が言いたいのは、そうじゃないんですよ。人とか吸血鬼とかの問題じゃあない。ウンブラさん
  は既に人を超えた人になっている。次元が違う存在なのですよ。ケイティーなら分かるでしょう?」
  「うむ。我には理解出来る」
  「トカゲさんより賢明ですねぇ」
  その時、哄笑が起こる。
  愉快そうに笑う。
  さも楽しそうに。ウンブラは笑うのだ。

  「くくく、誰に頼まれた? 女王か? 私が国を焼きつくし、国民の魂を剣に啜らせるのを恐れているのか?」
  「そうじゃないんです。あたし達は……」
  「黙れ。お前らの都合など関係ない」
  「……」
  「いずれにしても私は自分の今の姿を理解している。自分の運命も受け入れている。私は剣の奴隷として生き続ける。それでお前達
  はどうなのだ? 目的は何だ? 私の死か? それともこの剣か? あるいは自らの末路か? 好きに選ぶがいい」
  「……」
  ウンブラを望むのはシャルルさん。
  しかし見る限りまともな一品ではない。手にした瞬間に、シャルルさんが今度は支配されるのではないだろうか?
  そうまでして手に入れる事?
  手に入れるにしても戦闘は回避出来まい。
  いずれにしてもリスクの大きさは変わらないだろう。
  「これは異例な事だがお前達に選択肢を与えてやろう。ここで死ぬか、去るか。いずれかを選べ」
  そして……。


  「平和的な解決ってやつだな。やめとけやめとけ。危険な事せずにまっとうに生きていけって」
  選択肢。
  それを選択する為にウンブラから離れた際に、再び声が響いた。
  ポケットの中の犬だ。
  実に否定的。
  ……。
  この犬の真意はよく分からないけど、あたしも引き返した方がいいとは思ってる。
  余計なリスクだ。
  他の皆はどうなんだろう?
  犬は続ける。
  「お前らは事の重大さを分かっちゃいない。俺様がただお喋りの為に送り込まれてると思ってんのか? そこまで暇じゃねぇぜ?」
  「えっ?」
  そういえば何の為にここにいるのかは知らないなぁ。
  魔王の使い魔。
  ……んー、飼い犬?
  「クラヴィカスの旦那は剣を横取りする気だ。人畜無害そうなあんたらからな」
  「横取り?」
  「あの女は完全にウンブラに支配されてる。クラヴィカスの旦那はびびってあの女からは奪えないんだよ。だからあんたらにあの女
  を殺させる為に俺様を送り込んだわけだ。けしかける為にな。だが俺様としても面倒は避けたいんだよ。だから止めてる」
  「どうやって奪う気ですか?」
  「この世界は魔王どもが支配しているオブリビオンに非常に近い場所なんだ。タムリエルとは違って、それなりには干渉出来るのさ。
  カザルトだっけか? あの辺りは空間が安定してるから無理だとしても、この近辺なら刺客を遅れるんだよ」
  「……」
  絶句した。
  魔王が介入してくる事態?
  しかもその魔王ですら怯えるウンブラ。
  ……どんな大事なんだろ。
  「そりゃマジかい?」
  誰に言うでもなくエスレナさんが言った。
  強い奴と戦いたい。
  そう豪語しその為にこの世界に来たエスレナさんではあるものの魔王相手に喧嘩を売る気はないらしい。……まあ普通の感性かな。
  「チャッピーはどう思う?」
  「我輩ですか? ……マスターはどう思うのですか?」
  「えっ?」
  反対に問い返される。
  少し悩む。
  あたしの意見は否定的だ。シャルルさんの顔を見て、気まずくなって俯いた。
  その俯きで察したチャッピーは口を開く。
  「手に入れるべきかと」
  「えっ?」
  意外だ。
  チャッピーは肯定的だ。
  「我も同意します。チャッピー殿の意見は正しいと思われます」
  「ケイティーも?」
  「はい。……オブリビオンの住人は死んでも、再生の炎の中で再び同じ生を受けます。つまり、我は我として永遠に輪廻を繰り返
  すのです。それゆえに魂の消失は恐れるべき事。……あの魔剣がここにあるのは危険だと思われます」
  「危険ってかい? ケイティーそりゃまたなんでだい?」
  「ここはオブリビオンに近いからです」
  「あっ。なるほど、そういう事かい」
  理解出来る。
  パーパスの言葉を借りるなら、ここはそれなりに干渉出来る場所なのだ。
  いつかオブリビオンの魔王達に渡ったら?
  まあ、どんな厄介になるかは知らないけど、厄介にならないとも限らない。オブリビオンから干渉出来ない場所に保管すべきだと
  は思う。そしてその答えを実行するには……。
  「答えは出ましたね、フォルトナさん」
  「……不本意ですけどね」
  「不本意とはまた酷い。それで? どうします?」
  「ウンブラを倒します」


  「決断したのだな?」
  「……」
  無言で頷く。
  一番いいのは、ウンブラがこの地を離れる事だ。カザルトに住まう事だ。
  そうする事で魔王達の干渉から逃れる事が出来る。
  でもそれは無理。
  ウンブラは完全に暴走している。
  思慮が多少は働いてはいるからいきなりは襲ってこなかったものの、彼女の瞳は血を欲している。……それとも魔剣の意思?
  いずれにしても殺意を発している。
  あたしも元暗殺者。
  その手の感情を読み取るのは長けている。
  ……誉められた事じゃないけど。
  「それでどうする? ウンブラは魂を求めている。お前はどうしたいのだ?」
  「戦います」
  「……」
  バッ。
  全員が間合を保ち、武器を構え、攻撃態勢に入る。
  ウンブラは動かない。
  「……くくく」
  低く笑うウンブラ。
  サディスティックな笑みを浮かべている。残虐さを口元に湛えていた。
  床に付着している血すら舐めかねないほどに血に飢えているように見える。
  危険。
  危険。
  危険。
  あたしの頭の中の本能が危険を発していた。
  ウンブラの持つ魔剣は強力だ。
  それと同時に、ううんそれ以上にウンブラの方が……あの女の方がはるかに危険だ。何をするか分からない性格が怖い。
  「言わんこちゃっない」
  犬はポケットの中で呟く。
  ……そんな気もする。
  ……軽率だったかなぁ。
  「ウンブラがお前達を貪るだろう」
  すらり。
  腰の剣を静かに抜き放つ。
  ヴォン。
  瞬間、あたし達は戦慄した。紫色の光を放つ魔剣。刀身そのものは漆黒だ。しかし立ち昇る紫の光はどこか禍々しい。
  その時あたしは気付いた。
  斬られたら最後だと。
  あれはあたし達の肉体を易々と切り裂くだろう。
  「……」
  ごくり。
  生唾を飲み込む。
  これほどの戦慄を感じた事がない。剣から発せられる邪気もそうだけど……彼女は強い。
  フラガリアのメンバーで剣を持っているのはエスレナさん、ケイティー。
  チャッピーはメイスで、シャルルさんはナイフ。
  つまり剣を交える相手は限られる。シャルルさんもそうだけど、チャッピーの持つメイスも剣を相手ではリーチが短い。
  だけど敵う相手?
  ……。
  エスレナさんとケイティーが弱いとは言わない。
  しかしウンブラの方が剣の腕も上だし何より剣の質が段違いだろう。
  ウンブラは笑う。
  からかように。
  「誰から魂を貪られる? ……どうせ結末は同じなんだから皆一緒に纏めて掛かっておいで。死ぬのは一緒がいいでしょう?」
  「アーケイよ、力を。聖雷っ!」
  バチバチバチィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィっ!
  「くふぅっ!」
  笑みを浮かべたまま電撃を受けるウンブラ。
  珍しくシャルルさんの顔に焦りが走る。
  「レジストされたっ!」
  「くくくっ! あっははははははははははっ! ……攻撃出来る内にしておいた方がいいぞ? 等しく皆死ぬのだからなっ!」
  それが合図だった。
  全員が一斉に攻撃に転じる。
  「アルティメットブロークンフレアっ!」
  エスレナさんの炎の魔法(エスレナさんの妙なネーミングセンスはスルーの方向で)。
  「ごぁっ!」
  チャッピーが口から吐き出す炎の球。
  「いずれ死すべき者よ。……汝に忍び寄る死を与えん」
  ケイティーの手から電撃。
  「アーケイよ、力を。聖なる雷っ!」
  再びシャルルさんの電撃。
  炎2つ。
  雷2つ。
  同時に放たれる攻撃の意思表示。
  それらは全てウンブラに直撃するっ!
  
ドカァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァンっ!
  避けられる距離ではない。
  爆音。
  爆煙。
  あたし達の視界が遮られる。
  さらに駄目押しで全員が遠距離攻撃を連打。
  この距離。
  この攻撃。
  まともに生きていられるなんてありえない。原型すらないだろう。それだけの火力、威力なのだ。
  ポケットの中から声がする。
  パーパスだ。
  「おいおいこんな攻撃であの女が死ぬとでも思ってんのか?」
  「えっ?」
  「オブリビオンの魔王を舐めちゃいけないよ。クラヴィカスの旦那が怯えるほどの相手だぜ? 無敵の対悪魔用の能力者だ。あん
  たらは属性が違うからまだ勝てる見込みがあるが、それでも強い。馬鹿な選択したんじゃないのかい?」
  「えっ?」
  ぶわっ!
  爆煙を突き抜けてウンブラが疾走する。
  速いっ!
  紫色の光が一閃した。
  「ぐぁっ!」
  「チャッピーっ!」
  魔剣ウンブラに切り裂かれるチャッピー。右腕がプラプラしていた。
  「ごぁっ!」
  至近距離の炎の球。
  「……小癪っ!」
  ドカァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァンっ!
  至近距離の一撃を受けて吹っ飛ぶウンブラ。
  数歩よろめいて、それから立ち止まる。
  効いている様には思えない。
  「そうか貴様はアルゴニアンではないのか。……ふぅん。ドラゴニアン。初めて斬る相手だ。それに反応速度も良い」
  「くっ。それは、光栄だな」
  本当ならチャッピーは死んでいただろう。
  反応したから生きていられたのだ。
  ウンブラが肉薄した時、ドワーフ製のメイスで魔剣をガードした。それで相手の攻撃力が多少は殺がれた。メイスを切り裂いて
  魔剣がチャッピーに直撃したのだ。
  多分無抵抗に受けていたらドラゴニアンの皮膚の防御力でも耐えられなかったに違いない。
  腕が落ちるか、それ以上になっていたはず。
  「眼鏡っ!」
  エスレナさんが叫び様にウンブラに炎の魔法。さらにケイティーも電撃。
  タッ。
  真意を瞬時に理解したシャルルさんはチャッピーに駆け寄り、回復魔法を施す。
  「す、すまん」
  「いいんですよ。……口うるさいのがいないと寂しいですからね」
  ぽぅっ。
  落ちかかった腕に回復魔法を施す。
  「……っ!」
  「ぬぅっ!」
  ドサ。ドサ。
  「他愛もない。歯応えもない。……お前らお遊戯のつもりか? ならば運が悪いな。私は子供が嫌いだ」
  嘘っ!
  エスレナさんもケイティーも倒れている。
  動いているところを見ると生きてはいるけど……なんて強さなんだろうっ!
  「だから言った……」
  「うるさいっ!」
  ポケットの中のパーパスを黙らせる。
  静かに笑いながらゆっくりと弧を描くように歩くウンブラ。
  「お前だけはまだ戦っていない。どんな強さなのか、楽しみだ。……すぐには殺さない。ウンブラは恐怖に満ちた魂が好きなんだ」
  「悪趣味」
  「子供は嫌いさ。皆死ねばいいと思う」
  「あなただって昔は子供だったのに」
  「……ふふふ。お利口ね」
  「……」
  「賢しい餓鬼めっ! ウンブラに魂を食われるがいいっ!」
  「はぁっ!」
  ひゅん。ひゅん。ひゅん。
  連続で魔力の糸を放つ。その糸は狙い違わずに頭、心臓、右腕に直撃する。
  ……それだけだった。
  「そんな……」
  「面白い技だ。……お前は人形遣いか。ガーラス・アージアの国の者か。人形姫の部下か。まさかここで会えるとは思ってなかった」
  「……」
  じりじりと下がる。
  追い立てるウンブラ。
  ……。
  まるで無効だったわけではない。
  相手の鎧が優秀すぎるのだ。兜にも、鎧にも、籠手にも傷は付いている。同じところにもう一撃食らわせれば貫通する。
  それにしても何て強度なんだろう。
  魔法の連打にも耐えた。
  もしかしたら魔剣ウンブラの魔力が全身を覆い、防御力を強化しているのかもしれない。
  「人形遣いを斬るのは初めてだ。お前の魂はどんな味がするのだろうな」
  「……」
  「沈黙か。それもいいだろう」
  「……」
  「死ね」
  ひゅん。
  出力最大で魔力の糸を放つ。一直線に相手の心臓に。
  バヂィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィっ!
  紫色の光がウンブラを包む。
  「良い選択だ。しかし私を殺すには至らないようだな」
  「攻撃力を上回ったっ!」
  「そういう事だ。ウンブラは無敵。不滅。永遠。……魔剣ウンブラの魔力がある限り私を殺せはせん」
  「……くっ」
  「万策尽きたか。では死んでもらおう」
  「はぁっ!」
  ひゅん。
  再び全出力を込めて魔力の糸を心臓目掛けて放つ。
  ウンブラは嘲笑った。
  「見苦しい。軽蔑した。……潔く散れぃっ!」
  そして……。

  《無駄だ無駄。お前にそんな力があるわけがあるまい、仮初の人格よ》
  《しかしウンブラか。魂を食らう魔剣。……お前が死ぬとリアルにわらわもまずいな。わらわもまた食われるか》
  《それは断る》
  《だから力を貸してやろう。お前の扱える力の領域を再び増してやる》
  《だがわらわに懐くでないぞ? 所詮はお前はわらわにとって邪魔でしかない。分かり合おうとは思ってはおらぬ》
  《それを忘れん事だな。ふふふ》

  「ぐはぁっ!」
  ドサ。
  倒れはしなかった。その場に膝を付くウンブラ。
  ……。
  意味が分からない。
  突然魔力の糸の出力が2倍になった。ウンブラの魔力を凌駕し、紫色の光を打ち破った。
  しかし高出力の代償もある。
  コントロールを失った。
  心臓を貫くはずだったけど、魔力の糸は彼女の腹を貫通した。いずれにしても大ダメージには変わりないか。
  ウンブラが動きを止めた事により、シャルルさんがエスレナさん&ケイティーの治癒に向かう。
  チャッピーは立ち上がり、身構えている。
  形勢は逆転した。
  「ここまでです」
  「く、くそ。ウンブラよっ! 力をっ!」
  さらに力が増すのっ!
  ……。
  ……?
  しかし何も起きない。
  「ウ、ウンブラ? どうした、魔力をくれ」
  間の抜けた声だ。
  何も起こらない。次第にウンブラの声に焦りが混じりだした。
  「ウ、ウンブラ? お、おいっ!」
  紫色の光を放つ黒い魔剣。ウンブラを手にしているウンブラ……ややこしい。ともかく、ウンブラを手にしているレンウィンの声
  は少し震えていた。
  様子がおかしい。
  あたし達は間合を保ったまま、経緯を見守る。
  レンウィンは吼えた。
  「う、嘘だろう? 今までお前の望むままに魂を食わせて来たじゃないかっ! ……ね、ねぇ? 良い間柄だったでしょ?」
  怯え、怒り、媚びる。
  何なのだろう?
  「待ってっ! もう一度チャンスをっ! 今度こそあなたの望むとおりに魂を食らわせるから、だからっ! だからっ!」
  カッ。
  紫色の光が周囲に迸る。
  そして……。
  「やめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
  一際高い絶叫の後、レンウィンはその場に崩れた。
  ドサ。
  「……」
  互いに顔を見合わせるあたし達。
  ただシャルルさんだけがこの状況を予測し、把握しているようだった。
  淡々と状況判断をする。
  「哀れですね」
  「哀れ?」
  「ウンブラに魂を食らわれたようです。使えない肉体には用がないという事でしょうかね。元々は英雄の魂を封じられているみたい
  ですけど、普通に寄生生物並みに厄介な代物です。まあ、僕が新しい持ち主になるわけですけど」
  「シャルルさんっ!」
  警告。
  レンウィンは完全に支配されていた。手にするにはリスクが高すぎる。
  チャッ。
  しかしシャルルさんはウンブラを手にした。
  「大丈夫ですか?」
  恐る恐る聞く。
  今度はシャルルさんがウンブラに支配されたらどうしよう?
  「シャルルさん?」
  「くくくっ! 我こそはウンブラっ! 世界の巨乳は我のモノなりっ! 生乳最高っ!」
  「あっ。シャルルさんだ。よかったー」
  「……ウンブラに支配されてると連想はしてくれないんですか?」
  「シャルルさん変態ですから」
  「……」
  沈黙のシャルルさんではあるものの、皆あたしの言葉に頷く。
  変態に決定っ!
  さて。
  「おめでとうおめでとう」
  ポケットの中から声がする。
  魔王クラヴィカス・ヴァイルの犬であるパーパスだ。
  ポケットから取り出さずに会話する。
  わざわざ出す必要ないし。
  「ウンブラを手にしたか。……言っとくけど、そいつは破滅の象徴だぜ? 魂を食らうんだからな、はっきり言ってあんたら以上に
  魔王達の破滅だけどな。まあ、魔王だから一巻の終わりってわけじゃないだろうが」
  「どうする気ですか?」
  「警戒すんな。俺様は犬だからな、喧嘩は得意じゃねーんだ。それにあんたの事気に入ったしな。このまま引き下がるよ」
  「パーパス?」
  「あばよ。クラヴィカスの旦那に襲われない事を祈ってるぜ?」
  ポケットの中を探る。
  何もない。
  あったはずの犬の置物がなくなっている。オブリビオンに帰ったのだろうか?
  「あの、シャルルさん大丈夫ですか?」
  犬はいい。
  それよりもあたしにしてみればシャルルさんの身が心配だ。レンウィンみたいにならないといいけど。
  ご満悦のシャルルさん。
  ……。
  本当に大丈夫なのかなぁ。
  「安全ですよ。僕の魔力でコーティングしてますから」
  「コー……?」
  「コーティング。まあ、魔法で封じていると言っておきましょうか。しばらくはこれで剣からの浸食を防げます。さて、カザルトに帰ったら
  さらにこの剣を研究して完全に使えるようにしないと物騒ですねぇ。トカゲさん斬っちゃうかもしれませんしね」
  「若造程度の腕で我輩が斬れるものか」
  「ウンブラに斬られた腕を治してあげたのは誰でしょう?」
  「貴様ーっ!」
  「掛かって来なさい。ウンブラの餌食にしてあげましょう」
  無視。
  もう無視無視っ!
  2人の喧嘩にいつまでも付き合うのは時間の無駄。
  ……。
  本当は仲良いくせに。
  男の人達の友情ってよく分からないなぁ。
  「主」
  「何? ケティー? 止める必要はないよ。いつもの事だもん」
  「いえ。そうではありません。勝ち残るのは1人だけ。無粋に手など出しませぬ。それが男道っ!」
  「……それは違うと思う」
  「さて、主。ここは危険にございます」
  「……?」
  「クラヴィカス・ヴァイル殿が何かを仕掛けてくる可能性もあります。クラヴィカス・ヴァイル殿の力の及ばない、安定した空間である
  カザルトに戻る事を強く推奨します。本人が来る事はないでしょうが、可能性はゼロではありませんので」
  「……魔王」
  魔王が来る?
  限りなくゼロではあるものの、ゼロではない確率でありえる。
  「剣を奪いに?」
  「御意」
  「そこまで、する?」
  「します。魂を食らう魔剣はオブリビオンの悪魔にとって唯一の滅びの象徴と言っても過言ではありません。クラヴィカス・ヴァイル殿
  が剣を恐怖し破壊するつもりなのか、利用して他の魔王を圧倒する気かは知りませんが危険です」
  「……大事だね」
  大事だ。
  魔王が出張る魔剣。いずれにしてもここにいるのは得策じゃないかな。
  既に用ないし。
  エスレナさんもここを離れる事に同意する。
  あたしは断を下した。
  「フラガリア撤退します」









  死体の転がる地下の宝物殿。
  死体はウンブラだった者。
  既に魔剣であるウンブラは失われている。そういう意味ではこの死体はウンブラではなく、レンウィンだ。
  静寂。
  死闘は終わり、ウンブラもフラガリアの手にある。
  静寂が辺りを支配していた。
  そして闇。
  ヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴ。
  羽虫のような音がする。
  無数の、数千数万の羽虫が飛び交うような音が響き渡る。
  その音に気付く者はここにはいない。
  その音に……。
  「クラヴィカス・ヴァイル」
  いや。
  1人の老人がその場にいた。いつからいたのだろう。杖を手に、わだかまる闇を見ている。
  「貴様は誰だ?」
  「ほっほっほっ。何故にこの世界に具現化しようとしている?」
  「ウンブラ」
  「ほう。ウンブラか。それで他の魔王達を圧倒する腹か? やめとけやめとけ。そんな下らん事してるとメルエーンズ・デイゴンの
  ように深みに嵌っちまうぞ? 戦争狂のあいつの二の舞になりたくあるまい。ワシは何もせずとも狂っておるがの」
  「貴様誰だ?」
  「ワシを見忘れたか? 記憶力がないのなら頭にメモリースティックでも差した方が良いぞ? ワシなんて増設もしておる」
  老人は意味不明の事を口走る。
  闇は無視する事にしたらしい。
  ヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴ。
  闇が収束して行く。
  魔王クラヴィカス・ヴァイルの降臨はもう直だ。こちら側の世界に飛ぶ際に魔力の大半を失っているものの、人間を圧倒する分
  には問題はないだろう。
  人は気付かない。
  実は魔王クラスとなると、自らの魔力を犠牲に魔力障壁を飛び越えれるのだ。
  もちろん様々な制限を受ける為に普通はそのような事はしないのだが。
  しかし今回は違った。
  クラヴィカス・ヴァイルはウンブラをどうしても手にしたかった。
  レンウィンは魔剣ウンブラに完全に支配され、人を超越していたが為に手を出せなかった。彼女は悪魔に対しては無敵の力を誇って
  いたからだ。空間を飛び越えて消耗した状態で強引に奪えないと理解していた。
  だから今回、フラガリアを利用した。
  レンウィンは死んだ。
  ウンブラは新たな主が手にしている。
  まだウンブラに浸食されていないのであれば殺して奪うのは容易い。
  そしていずれは他の魔王達を圧倒するのだ。
  魔王クラヴィカス・ヴァイルは野望に燃えていた。
  「爺。最初の生贄はお前だ」
  「クラヴィカス・ヴァイル。ワシを見忘れたか? ……ほっほっほっ。まさかワシに敵うとでも思うておるのか?」
  「何?」
  「ワシは誰じゃ? ……いや本気で教えてくれ。本気と書いてマジじゃ。ワシは誰じゃたっけ?」
  「お、お前はっ!」
  気付く。
  目の前の老人が人ではないと。
  それは自分と同じ方法でこの世界に入り込んだ異界の王だった。
  そして魔王の上位に位置する存在。
  災厄を齎す4体の魔王の1人。
  「シェオゴラスっ!」
  「ワシを敵に回すか? 小僧?」
  「……」
  「あのお嬢ちゃんはワシの獲物じゃ。……その仲間もワシのお気に入りじゃ。お気に入りとしてブックマークに登録するぐらいに、お
  気に入りじゃ。それでどうする? 血気に逸ってワシとやり合うかの?」
  「……」
  「ん? どうするんじゃ? まさか正気でワシに勝てるとは思うておるまい。狂気のワシに正気のお前が敵うか?」
  「……」
  「退場するか滅ぶか。いずれか選べ」