天使で悪魔





過去を求めて





  人形姫。
  マリオネットと呼ばれる戦闘型自律人形を率いて各国を蹂躙した、古代アイレイドの存在。
  有史以前栄えたアイレイド文明に打撃を与えた事象の一つ。

  魔術王ウマリル。
  黄金帝。
  人形姫。

  3人がアイレイド文明でもっとも有名な指導者だ。
  どうやらあたし、フォルトナは人形姫みたい。
  ……。
  いや、今までたくさんそう言われてきた。
  実際には分からない。

  ……あたしは誰……?






  「まあ、せっかく来たのだ。ゆっくりして行け」
  「ありがたき幸せですお師匠様っ!」
  「全裸の術の修行をしていくか、一番弟子よ」
  「はいっ!」
  「透視の術もあるぞ?」
  「さすがはお師匠様っ! 男の浪漫を分かってらっしゃるっ!」
  ……。
  ヒートアップするカエル師匠とシャルルさん。
  裸見るのって男の浪漫なの?
  あたしには分からない。
  ま、まあ、分かりたくもないけどね。
  「はぁ」
  溜息。
  ここは深緑湖。
  シャルルさんご所望の《ウンブラ》の在り処を知っているであろう人物(?)である深緑湖の賢者であるカエル師匠に会いに来た。
  カエル師匠は博識で場所を知っていた。
  首尾よく聞き出し任務終了。
  現在雑談中。
  あたし達は焚き火を起こし、周りを囲んで座っている。
  ……。
  でっかいカエルが側にちょこんと座ってるのは違和感あるけど。
  冒険王であるベルウィック卿もさすがに喋るカエルがいる事は知らないだろうなぁ。
  世の中果てしなく広い。
  大抵の事は何でもありえるらしい。
  「なんだってこんなところで暮らしてるんだい? 女王と懇意なんだろう? 塔に住めばいいじゃないのさ」
  「この姿でか? ヴァンピールは概観はエルフ。元々アイレイドエルフを改造した存在じゃしな。見た目での判別はまず出来ない。
  だから問題ないにしてもワシのこの姿はまずいじゃろう。カエルじゃぞカエル」
  「まあ、分かるけどねぇ」
  「ちなみに言っておくがワシは鼠先輩とは関わりがないので忘れぬ事じゃ」
  「……?」
  全員ハテナな顔。
  鼠先輩って何?
  「フォルトナ、じゃったかな?」
  「えっ? あっ、はい。あたしはフォルトナです」
  「さっきお前さんの全裸を舌の上で味わったが……」
  「すいませんその話題は封印してください」
  ……トラウマだー……。
  ……生涯、トラウマだー……。
  はぅぅぅぅぅっ。
  シャルルさんが悪ノリしてからかい口調で尋ねる。
  「お師匠様。どんなお味でした?」
  「美味じゃ♪」
  「うがああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ人形姫舐めんなよーっ!」


  ……現在フルボッコの最中です。そのままお待ちください……。


  「すいませんでしたっ!」
  「すいませんでしたっ!」
  手を付いて平謝りな愚かな師弟。仁王立ちしてあたしは睨みつける。
  そんなあたしの両脇を固めるチャッピーとケイティー。
  今度怒らせたらトリプルなコラボで深緑湖に沈めるからねーっ!
  まったくもう。
  「反省してください」
  男の人って懲りないんだなぁ。
  しみじみと実感。
  はぁ。
  「フォルトナは容赦ないねぇ」
  「正当な行為ですっ!」
  そっぽを向いてあたしは座る。
  そんなあたしの膨れっ面の横顔がおかしいのかエスレナさんは笑った。
  ふーんだ。
  「話を元に戻しましょう。カエル師匠、さっきの続きはなんなんですか?」
  「う、うむ」
  少し恐れの色がある気がするけど、フルボッコとは関係ないだろう。
  ……関係ないですよねー……?
  「ワシは人の精神を覗き見る力がある」
  「精神?」
  「人は誰しもが光と闇を持つ。表の人格、裏の人格。今表に出ている人格以外にも、誰もがもう一つの人格があるのじゃよ」
  「……」
  思い当たる事はある。
  人形姫の事を言ってるの?
  「だがお前さんは珍しいな」
  「珍しい?」
  「大抵は表裏一体。つまりは、突き詰めればどちらも同じ自分。しかしお前さんは違うな。中に他人がおる」
  「他人?」
  「ワシのもう一つの力を教えておこう。精神に介入できる。望むなら、もう一人の自分と対決させてやろうか?」
  「……」
  そして……。


  そこは暗闇だった。
  あたしはただ、静かに暗闇の中をたゆたう存在。上下も天地もない暗闇の世界。
  「……」
  結局、あたしはカエル師匠にお願いして自分の内なる世界にやって来た。
  もう1人の自分に会いに。
  ここは心の世界。
  精神世界。
  「……」
  「……これはこれは珍しいお客人じゃな。ほほほ」
  ボゥ。
  目の前に、漆黒の闇よりも深い闇がわだかまり、人の形と成す。それはもう1人のあたしだった。
  もう1人のあたしは四肢を光の鎖で拘束されている。
  まるで身動き出来ないようだ。
  「ほほほ」
  「貴女は、誰なの?」
  ずっと感じていた。
  感じる違和感を。
  あたしに語りかけ、力を与え、ともあれば乗っ取ろうとしてくる存在。
  それが今、目の前にいる。
  「わらわはフォルトナ。本当のフォルトナじゃ。我こそは真の人形姫なりっ!」
  「じゃあ、あたしは?」
  「仮初の存在。……ああ、いや。ただのイレギュラー」
  「仮初。イレギュラー」
  「さっさと体を返すがいいっ! それは、わらわの体じゃっ!」
  「……」
  何も思い出せない。
  そもそも。
  そもそも、どうしてこんな状態なのだろう?
  誰しもが心にもう1人が潜んでいるとカエル師匠は心の世界に旅発つ前に言ってたけど、それは常に同じ心から生じた存在。
  あたしの場合は違うらしい。
  そう。
  それは、他人。
  もう1人の自分ではなく、他人なのだ。
  分かる気がする。
  目の前にいるあたしと同じ姿をした人物は、他人だと実感出来る。決して相容れない存在だ。
  「ねぇ。どうして、こんな風になってるの?」
  何故、他人があたしの中にいるのか?
  ……。
  まあ、彼女に言わせたらあたしが勝手にこの肉体に宿り、さらに肉体を支配している……になるのだろうけど。
  「わらわは人形姫。わらわは運命の神フォルトナ」
  「運命の神?」
  「そう。アイレイド文明の運命を司る神。……人工的な作り物の神ではあるものの、神は神。わらわには破壊と創造の権限を与え
  られている。一度全てを破壊し、新たな世界を創造すべく各国を蹂躙した。創造の為の、破壊じゃ」
  「……」
  「めぼしい国は滅ぼし、めぼしい王も殺し尽くした。残る強敵は魔術王と黄金帝のみじゃった」
  「……」
  魔術王ウマリル。
  黄金帝。
  人形姫はその他の王達は全て打ち破ったのか。そう考えると強力な存在だったのだと改めて思う。
  ……。
  まあ、有名どころは残ってたみたいだけど。
  この際だから色々と情報として吸収しよう。このまま無事に終わるかは知らないけれども。
  さて。
  「成算はあった。どちらも強力ではあったが魔術王は人間達の反乱が激化して身動きが取れず、黄金帝は欲望に縛られ自滅寸前。
  このまま行けばわらわの理想の世界が実現する……はずじゃった」
  「……」
  「愚かにも愚民どもがわらわを居城であったガーラス・アージアに封印しおった。最後まで抵抗したフィフスも一緒にな。わらわは
  封印され、復讐を夢見て永遠の眠りについた。その際に生まれたのがお前よ。あくまでわらわの産物に過ぎぬ」
  「……」
  「お前の上司気取りの女を覚えておるか」
  「えっ? えっと……サーシャの事?」
  「そうじゃ」
  サーシャ。
  魔術師ギルドのクヴァッチ支部の支部長。マリオネット研究の第一人者。
  闇の一党クヴァッチ聖域の管理者であるクロウの恋人であると同時に女王様。高飛車な女で、聖域を支配していた。
  久し振りに思い出した名前だ。
  「その女がわらわを発掘した。フィフスと一緒にな。その際に妙な術を掛けた。つまり、首輪じゃな。足枷と言ってもよい。強力な能力を
  秘めたわらわを利用すべく制御すべく飼い慣らすべく、リミッターを掛けおった。その結果、扱い易いお前が表の人格として出た」
  「……」
  「さて講義の時間はお終いじゃ。わらわと入れ替わってもらおうか」
  「それは……」
  「お前の意志など関係はない。ここは精神の世界。精神力の強いものが、絶対の存在っ!」
  「……っ!」
  な、なにっ!
  自分が消えそうな感じがするっ!
  侵食されてるっ!
  闇があたしの体を包む。次第に闇に侵され、溶け込み、消えてしまいそうな感覚に陥る。
  「ほほほ。わざわざ喋ったのは何の為と思うた? ……ほほほ。侵食の為の準備時間じゃよっ!」
  「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
  「消えろっ! 消えてしまえっ!」
  「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
  「目障りっ!」
  自分が消えていく。
  自分が消えてて……。
  「主」
  「……えっ?」
  あたしの前に、真のフォルトナとの間に見知った存在が具現化する。
  異質な異界の武具に身を包んだ魔人ケイティー。
  ……どうしてここに……?
  「ちっ」
  舌打ちする真なるフォルトナ。
  「そうか。魂を切り離してわらわの精神に入り込んだか。オブリビオンの低俗悪魔風情がわらわに勝てるつもりかっ!」
  「勝つ必要はない。戦う必要もない。我は主を迎えに来たまで」
  「……まあよいわ。今は帰してやろう。しかしこのままでは済まぬぞ。このままではなぁ。ほほほっ!」
  そして……。



  「……はっ!」
  意識が戻る。
  どれだけ気を失っていたのだろう?
  あたしは毛布の上に転がっていた。
  「よかった意識が戻りましたねフォルトナさん。ケイティーにお礼を言った方がいいですよ」
  「えっ?」
  ……ケイティー……?
  ……。
  あー、そうかー。
  記憶がどうも混乱している。
  それでも。
  それでも、何が起きたかは充分に覚えている。
  「ケイティー、ありがとう」
  「いえ。主の為ならば」
  あの時。
  精神世界にケイティーが介入してくれなかったら、きっと取り込まれていた。
  自分が自分でなくなっていく恐怖に耐えられなかっただろうと思う。
  自分が自分で……。
  「何があったんだい?」
  「それは……」
  答えようとして、一度止まる。
  話す内容が重い。
  だからあたしは一度区切り、一同を見渡した。
  ……受け入れてくれるだろうか?
  少し、怖い。
  それでも言わなきゃ。
  ケイティーは無言。何があったかはケイティーは知っているはずだけど直立不動のまま何も言わない。
  寡黙な武人なんだなぁ。
  さて。
  「あたし、やっぱり人形姫でした」
  ……しーん……。
  一同沈黙。
  沈黙。
  沈黙。
  沈黙。
  「そ、それでマスター、続きは?」
  「はっ?」
  「いやいやトカゲさんの言い分は僕もよく分かります。それでどんなハードな展開の内容なんですか? 焦らさないでくださいよー」
  「はっ?」
  「フォルトナも駆け引きがうまくなってきたねぇ。それでこそ真の女さ。しかし焦らし過ぎはよくないよ。教えておくれよ」
  「えーっと……」
  「主に代わって申し上げる。……話の内容は、以上っ!」
  『はっ?』
  全員、ケイティーの発言に唖然となる。
  えっ?
  人形姫でしたのカミングアウトでは不服なんですか?
  頬に空気を溜めてゲロゲロと鳴いているカエル師匠は事の成り行きを見守っていたものの、からかうような口調で声をかけてくる。
  アルゴニアン以上に表情が読めない。
  ……カエルだし。
  「満足かい、お嬢ちゃん?」
  「えっ?」
  「満足かい?」
  「……あたし悩み過ぎてたんでしょうか」
  「まあ、そうじゃな。自分の悩みを常に人も同じ大きさに受け取るわけではない。そういうもんじゃよ」
  「……」
  「よいではないか。ワシを見よ。カエルになっても元気一杯じゃ」
  「ふふふ」
  少し元気が出る。
  微笑する一同を見渡す。あたしも微笑。
  「そうですね。エスレナさん以外は、結構怪しい人達ですし」
  「おやそれは僕も含んでます? ……失礼な」
  シャルルさんは吸血鬼もどき。
  「……マスター、我輩もですか?」
  チャッピーはドラゴニアン。ある意味伝説級の種族だ。
  「主が元気になられて何よりです」
  ケイティーはドレモラ・ケイテフ。悪魔の世界オブリビオンの住人であり、魔人。
  「あたいは省いてくれてよかったよ。あたいは常識人だからね」
  エスレナさんはレッドガード。褐色の肌を持つ、タムリエルの人間種。このパーティーでの唯一の人間だ。
  ぺこり。
  皆に頭を下げる。
  ぺこり。
  それからカエル師匠にも。
  「カエル師匠。ありがとうございました」
  「気にするな。ワシはそなたの全裸を舌で味わった男じゃぞ? 水臭い水臭い」
  「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああトラウマだーっ!」
  心の傷。
  きっと一生消えない永遠に残るんだーっ!
  はぅぅぅぅぅぅっ。
  「人形姫とは驚いたが……まあ、気にするな。お前はお前。それは否定のしようがない」
  「はい」
  「この先、お前達には様々な事が訪れるだろう」
  「えっ?」
  「予言ではない。……これでも賢者なのでな、知識を蓄える事には自信がある。そしてそれを生かす事もな。そちらの世界の情報
  はそれなりに得ている。お前達の国家である帝国の皇帝が暗殺された。……そうだな?」
  「はい」
  ユリエル・セプティム崩御。
  後継者である三皇子も暗殺され、皇族は絶えた。現在は元老院のオカート総書記が治世の権を暫定的に振るっている。
  暗殺犯は不明。
  闇の一党は関わっていないと、属していた時に聞いた事がある。
  なら、暗殺者は誰?
  カエル師匠は続ける。
  「変化はこちら側だけではない。そちら側もだ。今、運命が動いている。これもその一環だろう。ワシには未来は見えぬ。見えぬが
  動乱が迫っているのは推測できる。望む望まぬに関わらず必ず何かが起こる」
  「……」
  「ワシの戯言を、心のどこかで留めておいて欲しいものじゃな」
  「はい」
  「良い子じゃ。ではな。……また、会えたら楽しいのぅ」






  その頃。
  東の門を奇襲し、電撃的に占拠した帝国軍に対してリーヴァラナ女王から全権を与えられていたシスティナが宣戦布告。
  攻撃を開始した。

  帝国軍100名。
  システィナが指揮したのはわずか20名。
  街では帝国軍の後続も来るという噂に怯え、東地区の住民達は退避。無人となった地区にシスティナは布陣した。

  その布陣を見て帝国軍は嘲笑。
  一気に殲滅すべく帝国軍40名は出撃。
  しかしその時、街の外側の門に対してシスティナの副将として今回命じられている宮廷魔術師シェーラ率いる20名の部隊が展開。
  門に対しての攻撃を敢行した。
  挟撃された帝国軍ではあるものの依然数では圧倒していた為に、シェーラ側にも部隊を出撃させた。

  帝国軍は門を堅く閉ざし、大部分の兵士が出撃した為に兵力はわずかしか残っていなかったものの防御は完璧と自負。
  自負は油断。
  自信は過信。
  バルバトスが東の門を放棄した際に使った秘密の抜け道から、女王の軍勢は内部に直接攻撃。
  手薄な内部での戦闘において帝国軍は壊滅。

  呆気なく東の門は陥落、奪還された。
  門が奪還された事により、出撃していた帝国軍は分断される事になる。
  システィナ&門からの攻撃。
  シェーラ&門からの攻撃。
  帝国軍の二つの部隊は前後からそれぞれ攻撃され、士気は低下。
  女王が繰り出した別働部隊の加勢もあり帝国軍は壊滅した。

  ただ、街の外に布陣した帝国軍が東に向かい撤退。
  副将シェーラの部隊が猟犬の如くに追う。
  そして……。





  カエル師匠と別れて、あたし達はカザルトの街を目指して歩く。
  足取りは軽い。
  あたしは胸のつっかえが取れたし、シャルルさんはシャルルさんでウンブラの在り処が分かったのでご満悦だ。
  成果はあった。
  ……。
  ま、まあ、色々とあったけど……ね。
  カエル師匠に食べられたり。
  お腹の中で服を全部溶かされて、仲間達の前で全裸ご披露しちゃったし。
  はぅぅぅぅぅっ。
  「どうしたのさ、フォルトナ?」
  「い、いえ」
  多分エスレナさんにはこの痛む心は分かってもらえないだろう。
  がさつだから、とかの意味じゃない。
  エスレナさん曰く《女は見られて綺麗になる》……その感性と人生訓の持ち主ゆえに、分かって貰えないと思う。
  ……はぁ。
  ……インプットされちゃったんだよなぁ、皆にあたしの裸。
  ……特にシャルルさんね言うまでもなく。
  「はぁ」
  「おやおやフォルトナさん元気ないですねぇ。僕は元気ですよ」
  「みたいですね」
  「それでいつ遠征します?」
  「とりあえず帰ってから考えませんか? あたしは把握してませんけど、財政難なんでしょう?」
  「確かに。今回の遠征で大分お金使っちゃいましたしねぇ」
  「どうするんです?」
  「フォルトナさんがその気になってくれたら稼ぎ口はたくさんありますよ。げっへっへっ♪」
  「……」
  エロエロだこいつはーっ!
  きっとエロに違いない。
  はぅぅぅぅっ。
  「マスター。こいつフルボッコにいたしましょうか。我輩とケイティーでシバキ倒しますが」
  「い、いいよ」
  経済難はフラガリア参謀の頭痛の種。見逃すとしよう。……当分は白い目でシャルルさんを見るけどさ。
  この世界、冒険者の需要は極めて低い。
  ……。
  いや。
  厳密には必要とは思うんだけど……この世界の人って街の外に基本的に出ない。
  だからモンスターに困っている等の依頼はまったくない。
  冒険稼業は容易ではない。
  どうしたもんかなぁ。
  「マスター。若造の個人的な欲望の為にマスターが出張る必要はありません。我々も手伝う必要もないかと」
  「おやおやトカゲさん。脱皮するしか能がない人を助けてあげたのはどこの誰でしょう?」
  「表に出ろ貴様ぁーっ!」
  「外ですよ、最初から。……吼える犬ほど弱いものですねぇ」
  無視っ!
  無視無視っ!
  聞いているとキリがなくなる。
  「よろしいのですか主?」
  「いいよケイティー。無視しちゃって」
  「分かりました。主の御心のままに。……これからは殺し合っていても止めはいたしませぬ」
  「……それは止めようよ」
  「人間のルールは我には難しすぎます。もっと簡潔にお願いします」
  「……」
  根が完全に悪魔のドレモラ・ケイテフ。
  この世界に長いはずなのに、常識はない?
  確かにシロディールとカザルトの常識は違うのだろうけど……殺し合ってる人がいたらまずは止めるのは万国共通だと思う。
  ……なかなか教育大変かもなぁ……。
  ……あれ?
  誰か走ってくる。
  「あんた達いい加減にやめときな。ほら、帝国兵が《スタァァァァァァァァァプっ!》と言いに来たよ」
  エスレナさんは何気なくそう言った後に怪訝そうな顔をして呟く。
  「帝国兵? なんだってこんなとこに……」
  あたし達は全員、立ち止まった。
  見間違えようのない装備。
  帝国兵の標準装備である鋼鉄製の武具に身を固めている者達が数名、こちらに向かって走ってくる。
  帝国兵8名。
  なんだってこんなとこに?
  「フォルトナさん。これは……敵ですかねぇ」
  「そうかもしれませんね」
  抜き身の剣を持ってこちらに向かってくる。
  あたし達を切り伏せる気があるのかは知らないけど、走っている理由は分かった。追われているのだ。
  軍馬に乗った一団が追撃している。
  帝国兵は走っているに過ぎない。当然軍馬の脚力には敵わない。
  軍馬に乗った女性が叫ぶ。
  「あの程度の小細工で我々との距離が稼げたと思うかっ! リーヴァラナ女王陛下の命令により侵略者である帝国軍を掃討する。
  降伏する者は剣を捨てよ、捨てぬ者は全て敵とみなすっ!」
  「あっ」
  思わず声を上げた。
  あのブレトンの人、知ってる。
  「ケイティー」
  「シェーラ殿ですな。バルバトス様にクビにされた後にシスティナ殿に推挙され、宮廷魔術師に就任したとか」
  スラム街での一件を思い出す。
  あの時は彼女の服を魔力の糸で引き裂いて戦闘終了にしたなぁ。
  だから実力は知らない。
  さて。
  「誰が降伏などするものかっ! 帝国軍万歳っ!」
  その声と同時に帝国兵達は追撃の部隊に向かって突撃。
  「女王の為にっ!」
  その声と同時にシェーラさん率いる女王の軍勢は一直線に突っ込み、帝国軍とぶつかった。
  兵力は違う。
  シェーラさんが率いているのは30はいるだろう。
  「シャ、シャルルさん。どうしたらいいんでしょうか?」
  「状況分からずに手を出すのは愚の骨頂。僕達は傍観するとしましょう」
  「今回ばかりは若造の意見に賛成です。君子は危うき似近寄ってはなりませんぞ」
  「我が推察するにあの人間達はカザルトを襲ったのでしょう。そうでなければ戦争嫌いの女王陛下が追撃を放ったりはしません」
  「襲撃かい。じゃあ、非は帝国だねぇ。まあ、手を出さすとも直に終わるさね」
  確かに。
  確かに戦闘は終息に向かっている。
  シェーラさんの魔法がダントツの威力。帝国兵をあっという間に焼き尽くした。
  わずか数分の激突。
  帝国兵達は全員死亡。あっという間だった。
  あたし達が行動を起こす事もなく戦闘は終結。シェーラさんは強かった。
  帝国兵達が街を襲ったのであるならば。
  今ここにいたのは敗残兵なのだろう。
  カザルトの総兵力は極めて低い。襲撃されている最中に、戦線離脱した敵兵を追撃する余力などない。
  「……」
  「帰りましょう、フォルトナさん。死体を見て悦する趣味はないでしょう?」
  「ま、まあ、ないですけどね」
  「どうしたんですか?」
  「い、いえ」
  あたしは曖昧に答えた。
  カエル師匠の言葉が、次第に予言めいて来たからだ。


  ……決着を付けるには戦争しかない、か……。
  ……戦争……。
  次第にきな臭くなってくる情勢。
  あたし達フラガリアはこのまま中立で入れるのかな?
  このまま……。








  「……以上で報告を終わります」
  「……」
  黒牙の塔。女王の私室。
  既に謁見の時間は終わっているし、ここは女王のプライベートルーム。にも関わらず補佐役であるシスティナは出入りを許
  されている。それは信頼の証。
  女王にとって唯一心を許せるのは、異界から来たインペリアルの女性だけだった。
  「掃討は完了しました」
  「……」
  帝国軍は壊滅。
  数名が捕虜になっただけで残りは全員討ち死に。
  噂されていたような後続の軍はいなかった。
  「おそらくは何らかの作戦行動中に、こちら側に紛れ込んだのではないかと思われますが……東の門に残された軍需物資が
  かなりの量になります。反乱分子側の援助があった可能性も無視できません」
  「……」
  「もちろん、繋がりがあったのであれば西の門を襲わなければ辻褄が合いませんが」
  「……」
  ルワール家は滅亡。
  門の護り手の一族の滅亡は魔力障壁の消滅を意味する。
  今現在西の門の防御を支えているのはルワール家付きの生き残りの兵士達と、女王の親衛隊。
  魔力障壁がない=一番手薄な門。
  なのに西の門ではなく東の門を襲った。
  「私見ですが連動した行動ではないのかもしれません。我々に揺さぶりをかけるつもりで、帝国軍に東の門を襲わせたのでは
  ないかと。つまりは帝国軍は捨て駒。だから西の門の方が手薄だと知らなかった」
  「……」
  「もちろん別の見方もあります。コーウェン家当主バルバトス様の腰抜けを知った上での攻撃の可能性もあるでしょう。いずれにし
  ても掃討は完了しました。当面は心配ないのではないかと……あの、女王陛下?」
  「……」
  無言。
  一言を言葉を発せずに、女王は椅子に身を沈めていた。
  疲れた表情。
  「女王陛下」
  「報告が終わったなら下がれ。……私は疲れた」
  「……」
  「貴女の貢献にはいつも感謝していますよシスティナ」
  「女王陛下」
  「何です?」
  「貴女様の御心を煩わせる全ての事柄はこの私にお任せください。……全て終わらせてみせますので……」
  そう言って恭しく頭を下げた。