天使で悪魔





深緑湖の賢者





  深緑湖の賢者。
  この世界の全てを知っている人物だと女王は言っていた。
  この世界は広い。
  ……広い、というか次元が不安定な為あまり判明されていない。せいぜい都市の周辺10キロまでしか判明していない。
  危険を冒してまで調査&遠征をする者はまずいない。

  深緑湖。
  ファウストの住まう《奈落と堕落の森》の南西に位置する湖。
  湖底には大量のウェルキンド石の原石が沈んでいる為、緑色の光が発光し湖面を照らしている。

  帰る目処は立った。
  帰れないという憂いがなくなった今、シャルルさんが望む《ウンブラ》の情報を得る為に向かうとしよう。
  そして会おう。
  深緑湖の賢者に。





  「えー? 姉ちゃんしばらく街を離れるのかよー?」
  「ごめんね」
  すっかり仲良くなった(すっかりセクハラされた、とも言う)ルクェ君にしばらく街を告げる旨を伝える為にスラム街の彼の家に。
  初めて歳を聞いた。
  ……六歳児。
  ……そんな子に弄ばれたあたしって一体?
  はぅぅぅぅぅぅっ。
  「じゃあいつ帰ってくんだよ?」
  「それは、分かんない」
  「えー? 姉ちゃんを女にしてやった途端に俺を捨てんのかよー。……女って怖いぜ……」
  「……」
  六歳児なんだよね?
  な、何なのこの会話っ!
  生意気過ぎるでしょうお母さんどんな教育してるんですかーっ!
  しかも《女にしてやった》って何?
  こいつ生意気ーっ!
  付き添いで来ているのはチャッピーとケイティー。ドラゴニアン&ドレモラのペア。
  2人は仲良し。
  いきなり意気投合して、浴室でお互いに称え合う仲だ。
  ……。
  ま、まあ称え合う内容が《悪魔的な形状》《ドラゴンに相応しい巨大さ》とか意味不明だけど。
  ともかく2人は仲が良い。
  性格も似ている。
  絶対的な忠誠心の持ち主だ。
  「マスター。こやつを始末しますか?」
  「主。始末よりもスマートに我が食しましょう。久しく人を食べていませんから」
  「おお。合理的ですなケイティー」
  「いや。チャッピー殿、そなたのやり方が簡潔で素晴しい」
  「是非一献」
  「今宵の酒もまたうまいでしょうな」
  はっはっはっはっはっ。
  2人で笑い合う。
  すいませんあたしは無視の方向ですか?
  「姉ちゃん苛められてんのか?」
  「い、苛め?」
  「シカトされてんじゃん」
  「そ、それは……」
  「まあいいさ。しばらく会えないなら、今日はたっぷり可愛がってやるぜ。今夜は寝かさないぜ覚悟しろよ姉ちゃん」
  「……」
  こ、こんなのばっか。
  はぅぅぅぅぅぅっ。


  ……その後、ルクェ君はお母さんにお尻が真っ赤になるまで叩かれてた……。



  「申し訳ございませぬマスター」
  「お許しください、主よ」
  ムッスリとしながら通りを歩くあたし。
  すまなそうに付き従う2人。
  ルクェ君の家を辞去し、あたし達は自宅に帰るべく急いでいる。思ったよりも、ルクェ君へのお別れが長引いた。
  しばらく会えなくなる。
  だからお別れに赴いたんだけど、時間食ったなぁ。
  今頃家では皆が準備しているはず。
  遠征の準備。
  深緑湖の賢者に会いに行くのだ。その為の準備を皆が行っている。
  本当は1人でルクェ君に会いに行くつもりだったんだけど、ここは敵地であると言うのがシャルルさんの考えだった。護衛をつけたの
  はシャルルさんの発案だ。
  敵地かどうかはあたしには判別出来ないけど、女王がどこまで信用出来るかの問題だと思う。
  帰れる手段があるのに嘘ついたし。
  ……。
  その発想で行けば、システィナさんも信用出来ないのかな?
  女王もシスティナさんも悪い人じゃないと思うけど。
  まあいい。
  どっちにしても関わらないといけない人物達だ。
  帰るにしてもこの世界の事に関しても2人の助力が必要。その代価の為に利用されるのであれば。
  それはそれで仕方ないと思う。
  「マスター」
  「何?」
  「何か起こったようです」
  「何が……あっ、はい、了解」
  聞かなくても分かった。
  突如喧騒に包まれる大通り。
  蜘蛛の子散らすように人々は逃げていく。そんな人々を威圧するかのように兵士を引率して現れたのは暗愚な貴族。
  最近では顔馴染みだ。
  「平伏しろ愚民どもっ! 俺様は貴族、とっても偉いんだっ!」
  暗愚?
  馬鹿?
  よくは分からないけど、どちらもそう変わらないかなぁ。
  小悪党にしかなれないチンケ人物。
  ……。
  大悪党になられても困るけど。
  こちらに気付き、足を止める。あたし達も通りの真ん中に立ち止まっている。
  自然、お互いに道を塞ぐ形になっている。
  ケイティーの姿を見て怒りに顔を歪めるバルバトスに対して、ケイティーは頭を下げた。
  ギリッ。
  歯軋りする音が聞えた。
  「貴族の俺様を前にして何故平伏しないこのクソ餓鬼がぁっ!」
  抜刀し吼える。
  次の瞬間……。
  キィン。
  刃が切断され、乾いた音を立てて通りに転がった。
  魔力の糸で切断したのだ。
  「もうやめましょう」
  「やめるやめないを判断するのは俺様だっ! おいお前ら、こいつらを殺せっ!」
  ひぃっ。
  悲鳴を上げて兵士の1人が逃げた。
  弱気な心は他者をも引き摺る。
  戦闘意欲の乏しい兵士達はバルバトスを捨てて逃げて行った。……兵士、と言っても女王直轄ではなくバルバトスの私兵。
  兵士は6名従っていたものの誰も命令を実行せずに逃げた。
  あたしの力に怯えた?
  そうかもしれない。
  既に何度か力を誇示しているから。
  でもおそらくは、ケイティーだ。
  今までバルバトスの腹心として従っていたケイティーの力量を兵士達も知っているのだろう。恐れて戦おうとしなかった。
  1人、哀れに取り残されるバルバトス。
  「お、お前らっ!」
  「もうやめましょう」
  「い、いいだろう。だが忘れるな、俺様の意思でやめると決断したんだっ! いいな、それを忘れるなよっ!」
  「はっ?」
  「べ、別に逃げるんじゃないからなっ!」
  「はいはい」
  使い物にならなくなった剣を捨てて走り去る。
  住人達は呆気に取られ、笑い出す。
  前回は恐れて隠れてしまった住人達が今回は笑い出した。
  ケイティー、渋い声で低く呟く。
  「……変わりつつありますな、この世界。主達が来てから……でしょうか」
  「……?」
  多少の愁いを帯びていた気もする。
  無理もないかな。
  バルバトスはケイティーが敬愛していたコーウェン家先代当主の遺児。後見役として今まで仕えて来たのだ。
  あたし達とは違う感情をバルバトスに抱いていても不思議ではない。
  むしろ当然の事だ。
  「我輩が思うにあの貴族、心配するに値する人物か?」
  「チャッピー殿。あの方はプレッシャーに日々心を苛まれている。門を護るはこの都市を護るという事。門の魔力障壁を発動出来
  るのは血筋のみ。現にルワール家の護っていた西の門の魔力障壁は既にない。血筋が絶えたからだ」
  「ふむ」
  「流行り病でコーウェン家の血筋はあの方のみだ。あの方は不憫なお方なのだ」
  「なるほどな」
  素直に頷くチャッピーとは反対に、あたしは釈然としないものを感じていた。
  重責。
  それは分かる。理解出来る。
  でもだからと言ってルクェ君を斬ったり、街の人に乱暴狼藉をしてもいいという理由にはならない。
  それはただの我侭だ。
  ケイティーやチャッピーほど、あたしはバルバトスに共感は出来なかった。
  不憫なのは分かるけど。
  「帰りましょうか」
  「御意」
  「主の御心のままに」


  コーウェン家の当主バルバトス。
  根は悪い人物ではないというのが元側近のケイティーの言葉だ。
  まだ歳は若いらしい。23歳。

  この世界において貴族とは唯一の特権階級。兵権と支配領域、様々な特権を与えられし者達。
  しかしタムリエルとは反する面もある。
  タムリエルの貴族はただの特権階級であり義務はない。元老院に献金する事で叙任も可能であり、ただの箔付けの為に献金する者
  も後を絶えない。ベルウィック卿も子爵の地位を買い取り善政を敷いているものの、あの人は例外。
  ベルウィック卿は稀に見る大器なのだ。

  この世界においての貴族とは少々意味合いが異なる。
  特権階級ではあるものの、特権を与えられるのにはあるのだ。
  それは門の守護者。
  三貴族(ルワール家は滅亡)は門を守護する一族。
  
  門は鉄壁。
  城砦と繋がっている為に圧倒的な戦力を誇る反乱分子でもまず落とせない。
  しかし門にはそれ以上の力がある。
  魔力障壁。
  三貴族のそれぞれの血が魔力障壁の発動の鍵となる。
  だからこそ特権階級として君臨しているのだ。

  バルバトスはその重責に耐えられないらしい。
  先代急死の後に急遽継いだ。
  他の血族も流行り病で全て死に絶え、彼だけが残された。コーウェン家の当主として振舞おうとする為にプライドという鎧で身を固
  めているという。そのプライドが空回りし、暴挙に繋がっていると言うのがケイティーの主張だ。
  可哀想な貴族だとは思う。
  でも暴挙は暴挙だ。
  そこはあたしは容認出来ない。


  「ただいま戻りましたー」
  バルバトスの人となりを聞きながら、あたし達は自宅に帰りついた。
  この世界には太陽がない。
  この街にはたくさんのウェルキンド石が街灯に備えられている為に暗くはない。マリンブルーの光に街は包まれている。
  だから暗くはない。
  むしろ明る過ぎるぐらいだ。
  この光の色調に慣れるのに少し掛かったけど。
  街の夜は?
  街の外は?
  意外にも最近では薄暗い程度の認識ではない。
  三軒隣の住人に聞いたところ、この街の食べ物&飲み物を摂取するとこの世界に対応出来るようになるらしい。
  ……それって危ないモノ飲食してるって事?
  ……。
  ちなみに定着はしないらしい。
  この世界の産物を飲食しなければ元の体に戻るようだ。
  副作用、ないのかなぁ。
  す、少し怖いかも。
  はぅぅぅぅぅっ。
  「おやおやお姫様。男2人も引き連れてデートだなんていい身分だねぇ」
  「エスレナさんっ!」
  「あっははははははっ。良い女の要素だよ。胸張りな」
  「……」
  そういうもんだろうか?
  よく分からない。
  慌しく準備をしていた。もちろん遠征の準備だ。今回行く深緑湖はファウストが根を張っていた迷いの森よりも遠い。
  この世界、基本的に野生動物はいないようだ。
  植物もあまりない。
  そもそも食用かどうかはあたし達には分からない。
  全てこの世界に適応し変異しているから。
  食料&水(大人の方達はお酒携帯必須)はちゃんと用意しないと、旅の途中で飢える事になるのだ。
  一応、往復する分以上は携帯していく。
  さて。
  「あれ? スカーテイルさんは?」
  「彼はデートですよ」
  リュックに食料を詰めながらシャルルさんは何気なく言う。
  この世界で知り合ったアルゴニアンの女性にぞっこん。俗に言うところの両想いらしい。喜ばしい事だと思う。
  このまま行けば仲間から離脱するのかなぁ。
  少なくとも冒険はしなくなる気はする。
  今回も同行はしないらしいし。
  まあ、人にはそれぞれ人生がある。
  スカーテイルさんにはスカーテイルさんの生き方があるのだからあたしが文句言う事ではない。
  ……と思う。
  「あれ?」
  「はい?」
  「フォルトナさん、少し胸が膨らみました?」
  「はっ?」
  胸が膨らんだ?
  てん。
  すいません仲間と言えどもそこはあまり触れてはいけない話題な気がするんですけど。
  シャルルさんの言葉に興味を持ったのか、チャッピー&ケイティー&エスレナさんがまじまじとあたしの胸元を見る。
  し、視線がーっ!
  「見ないでくださいよー」
  別にナマで胸を晒しているわけではない(当たり前よーっ!)のだけど、まじまじと見られると恥かしい。
  思わず胸を隠す。
  3人、口々に感想を述べる。
  ……。
  感想なんていらないやいっ!
  はぅぅぅぅぅぅっ。
  「確かにマスター育ちましたな。毎日の浴室での成果が出ましたな。我輩は嬉しく思いますぞ」
  「……」
  浴室での成果?
  な、何で知ってるの。もしかしてチャッピー毎日覗き見してるのっ!
  このトカゲーっ!
  「主に会ってまだ数日。初対面の頃の平面胸より幾分かなだらかな山になりました。主の成長は我にも嬉しい事であります」
  「……」
  平面って何っ!
  幾分って何っ!
  誉めるなら誉めて。貶すなら貶して。どっちも中途半端だよーっ!
  この魔人めーっ!
  「おやおや眼鏡の言うとおり少しは女になったねぇ。……ああ、スラム街の子供と恋仲になったから女に目覚めたのかい?」
  「……」
  スラム街の……ルクェ君か。
  あ、あれ?
  ルクェ君に胸を弄ばれてから大きくなった?
  時期としては符合するけど……あああああああああああああああああああああああああああああああああああ何か喜べないーっ!
  みんな嫌いだ。
  はぅぅぅぅぅっ。
  「さてフォルトナさんを弄るのはこれぐらいにして。そろそろ出発するとしましょうかねぇ」
  「若造が仕切るな。……マスター」
  「左様ですな。リーダーが仕切らねば意味がありません。さあ、主」
  はぁ。
  あたしは溜息。
  チャッピーとケイティーはあたしを立ててくれるけど、本気で《フラガリアのリーダー》として思っていてくれるならシャルルさんの暴言
  を止めてくださいそして一緒になって弄られないでください。
  「フラガリア、出発します」
  『おおーっ!』
  何気にテンション低いあたし。心情は察してください。
  はぅぅぅぅぅぅっ。


  平坦だった。
  ただただ荒野が続いている。何もない。既にカザルトの街のウェルキンド石の光は届かないものの、この世界で飲食をしている
  あたし達には薄暗い程度でしかない。
  飲食で視界が暗視モードになるって一体?
  ……。
  怖いなぁ。
  副作用ないのかなぁ。
  はぅぅぅぅぅぅっ。
  「こっちでいいんですか、シャルルさん」
  「方角は確かなはずです」
  先頭を行くのはシャルルさん。
  しばし立ち止まる。あたし達も立ち止まり、シャルルさんの言葉を待つ。シャルルさんは地図を右手に、左手には方位磁石を手に
  していた。方角を確かめ、再び歩き出す。あたし達も従った。
  深緑湖の辺りまでは地図として存在している。
  つまり誰かが探検済みというわけだ。
  ……。
  街を出発して3日が過ぎた。
  あたし達は《堕落と嘆きの森》、通称《迷いの森》より遠くまで来ている。
  ちなみに森は大きく迂回した。
  普通の森ならそのまま突破するけど、次元がデタラメな森を通れば余計な時間をロスするだけでしかない。
  少し迂回に時間を食ったけど、食料も水もまだある。
  早ければ明日には着くだろう。
  ……多分。
  「はぁ。退屈だねぇ」
  「ですよね」
  「太陽も月もないから時間の感覚は既にないしねぇ。街にいればまだ鐘の音や街灯の状態で昼夜が分かるけど」
  「気が滅入りますね」
  素直にあたしは思った事を口にした。
  太陽がないのが痛い。
  この世界に来てそれが原因で精神破綻する人や死に至るものも多いらしい。
  分かる気がする。
  狂ってもおかしくない状況の世界だ。
  あたし達?
  あたし達は精神力が強いから大丈夫だよ。
  「シャルルさん。ウンブラの在り処が分かればいいですね」
  「ウンブラ? いや僕はノーブラの義務化を国会で通して制定出来れば何も悔いはありませんよ。うへへ」
  「……」
  精神力、シャルルさんヤバイかもしれない。
  既に末期だーっ!
  はぅぅぅぅぅぅっ。
  「す、少し休もうじゃないのさ」
  「そ、そうですね」
  あたし達は腰を下ろし、その場に座った。肩に掛けていた水筒の水を一口ほど口に含む。
  ごくん。
  「ふぅ」
  リラックス。
  休息はきちんととっているものの、やはり冒険の疲れは蓄積されている。休憩するとそれが実感出来た。
  それに太陽ないのがやっぱりネックだ。
  陽に当たらないからどうも体が鈍る。
  「シャルルさんはどうですか?」
  「僕ですか? まあ、確かに太陽ないから寒いですね。それが面倒です。僕は寒がりですから」
  「なるほど」
  確かに一番着込んでいるのはシャルルさんだ。
  同行こそしていないものの、亜熱帯地帯出身のスカーテイルさんでもシャルルさんほど厚着はしていない。
  ……あれ?
  「シャルルさん、スカイリムで暮らしてませんでした?」
  北方の雪国だ。
  寒さに強いノルドの出身地。
  「暮らしてただけです。生まれはシロディール。長年住んでましたが寒さには慣れませんでしたよ」
  「そういうもんですかぁ」
  「僕よりトカゲさんを心配した方がいいいんじゃないですか?」
  「チャッピーを?」
  何故だろう?
  別にドラゴニアンは亜熱帯出身ではない。見た感じアルゴニアンに似ているものの、まったくの別種だ。
  ニヤニヤしながらシャルルさんは言う。
  「脱皮するぐらいですから、冬眠するタイプじゃないですか?」
  あっ。なるほど。
  「若造貴様ぁーっ!」
  「おやおやトカゲさん僕に負けて恥じ晒す気ですか? 今醜態晒せばお払い箱ですよ。護衛の代わりはそこにいるんですから」
  ドレモラ・ケイテフを指差す。
  ギリギリという音が聞えてくるほど歯軋りし、チャッピーは引いた。
  ……。
  仲が良いのか悪いのかよく分からない。
  男の人って複雑だなぁ。
  「眼鏡もおかしいな奴だねぇ」
  「僕がですか?」
  「ああ、そうさね。普通吸血鬼は冷血なんだ。寒さに弱い? 心凍らせてるくせに甘ちゃんだねぇ」
  「僕に喧嘩を売っている?」
  「さてねぇ」
  「喧嘩なら買いましょう」
  「ちょ、ちょっとっ!」
  止めに入る。
  吸血鬼カミングアウト以来、2人は……というかエスレナさんはシャルルさんを敵視している。
  これはチャッピーとの間柄とはまた意味が異なる。
  止める。
  「これ以上喧嘩するならあたしが相手ですっ!」
  「……ほう。僕の相手をしてくれるんですか?」
  「シャルルさんが望むなら、いくらでも。好きなだけ」
  「ロリコンではないですけどそこまで言われると萌えますねぇ。……分かりました僕も男だ君に恥を掻かさないよ行こう愛の園へ♪」
  「はっ?」
  ガンっ!
  ガンっ!
  ガンっ!
  三つ、頭を殴る音がした。
  チャッピー&ケイティー&エスレナさんの見事なまでの連携攻撃。
  ……何故に?
  「こいつは変態だねぇ」
  「うむ。我輩もそう思う」
  「人の情愛は我には理解できぬな。複雑すぎる。……とりあえず真似して殴っておいたが、何故殴る?」
  仲が良いのか悪いのか。
  分からないパーティーだなぁ。
  まっ、肯定的に考えよう。
  「さて。そろそろ行きましょうか。フラガリア、進みます」


  さらに歩く事一日。
  深緑湖にあたし達は無事に到着した。
  道中、特に支障はなかった。
  戦闘は一度だけ。
  ファウストの実験生物が彷徨っているのか、それとも野生のモンスターかは知らないけど出会ったのは一体だけ。
  結果?
  言うまでもない。
  人形姫、ドラゴニアン、ドレモラ・ケイテフ、吸血鬼ハンター、吸血鬼もどき。
  このメンツ。
  そうそう遅れは取らない。
  ……。
  いや。
  むしろフラガリアのメンバーが組めばどんな強敵でも負けないだろう。
  それは間違いないと思う。
  さて。
  「本当に深緑ですね」
  「そうですねぇ」
  美しいと思った。
  ウェルキンド石の原石が湖底に沈んでいる為に発光している。美しい。
  見渡す限り湖だ。
  ……。
  むしろ海?
  広いなぁ。
  それでここに《深緑湖の賢者》がいるみたいだけど……それでどこに……?
  どこかに家を建てているのだろうけど、どこに?
  見た感じ見当たらない。
  洞穴などの類もない。
  そもそも広い荒野に湖がある状況。遮蔽物がないのでよく見渡せる。近くに建物の類はない。もちろん洞穴も。
  深緑湖の賢者。
  そう称されているのだから、おそらくこの近辺にいるのだろうけど……どこによ……?
  散々歩いて結末はこれかぁ。
  はぅぅぅぅぅぅっ。
  ……あっ、そうだ。
  「ケイティー。深緑湖の賢者ってどんな人?」
  彼はこの世界で暮らしている。
  知っているに違いない。
  ……。
  そもそも最初から聞けばよかったんじゃない?
  情報収集は冒険の基礎だ。
  ケイティーは寡黙な性格なので聞かれない限りは何も答えない。寡黙な武人なのだろう。
  そういうところもチャッピーと通じ合うところらしい。
  さて。
  「深緑湖の賢者ですか? 隠者と聞いています」
  「隠者?」
  「世を嫌い、深緑湖の近辺で暮らしていると聞いております。会った事はありません。我はたかだか100年前に召喚されたに過ぎ
  ませぬ。その賢者は遷都した際からここに住んでいると聞き及んでいます」
  「ここに? ……それはどこ……?」
  「我は知りませぬ」
  「そ、そう」
  ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ結局分からないーっ!
  湖の中で暮らしているのだろうか?
  アルゴニアン(水中呼吸出来る。エラ呼吸?)なら可能だろうけど……でも、だからと言って湖底で生きる必要はあるのだろうか?
  アルゴニアンなら肺呼吸も出来るはずなのに。
  んー。謎。
  「あたいが思うにこの世界は見た事ない生き物が多いからねぇ」
  「あっ、なるほど」
  賢者の種族は聞いていない。
  女王と知り合いみたいな感じだったから、何千年も生きてると思ってた。つまりヴァンピールかアイレイドエルフだと勝手に思い込ん
  でいたけど黄金帝が創った聞いた事も見た事もない種族かもしれない。
  ヴァンピールだってアイレイドエルフを改造した種族だし。
  ……。
  でも状況は変わらない。
  結局、見当たらないのは同じだ。
  叫んでみよう。
  「深緑湖の賢者さぁーんっ!」
  ……しーん……。
  返事はない。
  ただ声だけが空しく響くのみ。
  「皆も探してください」
  「はいはい。フォルトナさんは人使いが荒いですねぇ」
  「了解さね」
  「御意」
  「我にお任せあれ」


  探す事時間。
  見つからない。
  湖を一周すれば見つかるのかもしれないけど、一周するだけで半日は掛かるだろう。
  それに遮蔽物はない見渡しのいい場所。
  住居の類はやはり見当たらない。
  フラガリアのメンバー達は一度集結し、湖のすぐ側にベースキャンプを張って探索を明日に回す事にした。
  食料はまだある。
  帰還する際の食料は充分にある。帰還分以外の余剰物資は三日分。
  まだ少し粘れる。
  水に関しては……。
  「この湖の水は飲料に適しています。我が保障します」
  ケイティーが太鼓判を推してくれたから水は心配する必要はない。
  この世界に詳しい仲間がいると便利だ。
  そうだね。考えてみれば冒険者するなら、ケイティーみたいにこの世界に詳しい存在が必要不可欠だったわけだ。
  迂闊だったなぁ。今まで。
  迷いの森を踏破する際にいてくれたらどんなに役立っただろ。
  迂闊迂闊。
  さて。
  「ご飯ご飯ー♪」
  干し肉に齧りつく。
  おいしー♪
  保存性の強いものしか食料に選んでいないものの、あたしはこれで満足だ。食事を楽しむ。
  それが自分に対するご褒美であり、行動への活力だ。
  おいしー♪
  「マスターの至福なお顔。眼福にございます」
  「主は実に健康。嬉しい限りです」
  2人の従者は口々らあたしを褒め称えるものの、残りの2人は……。
  「悪食なだけだと思いけどねぇ」
  「……だね。あたいもそう思うさね」
  ふーんだ。
  食べ物をおいしく食べるのって、幸せじゃなきゃ出来ないんだぞ。
  あたしは今幸せ。
  闇の一党から抜け出すきっかけをくれたフィーさんに感謝。
  「それでフォルトナさん。これからどうしますか?」
  「あたしが決めるんですか?」
  「リーダーですから」
  「……」
  こんな時ばっかりぃーっ!
  冒険者チーム《フラガリア》。あたしはそのリーダーではあるものの、権限はなしっ!
  別に権限が欲しいわけではないけど、もう少し優しい扱いしてほしいなぁ。
  リーダーなのに弄られてばっかだし。
  ……いじめ?
  はぅぅぅぅぅっ。
  「そうですね。まだ食料はありますからしばらく……」
  
ざばぁっ!
  「……っ!」
  突然、水面が跳ね上がる。
  今まで静かに碧の水を湛えていた湖面は溢れ、水飛沫が飛んでくる。
  ああっ!
  まだ食べかけの食事が水まみれだーっ!
  何なのよ、もうっ!
  「マスターっ!」
  「……えっ?」
  チャッピーの警告。
  濡れた食事の方に気を取られていたあたしは一瞬対応が遅れる。気付いた時、目の前に巨大なカエルがいた。
  茶色のブチがところどころにある、碧のカエル。
  でかい。
  湖の方もさっきの探索で潜る……はしていないものの、何度も眼を移していたのに気付かなかった。
  おそらくカエルの色の所為だろう。
  水の色と一体化して発見出来なかったのだ。
  カエルは大きく口を開ける。
  そして……。
  「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああたーすけてーっ!」
  バクン。
  舌に絡め取られ、あたしは食べられた。
  食べられた?
  たーべーらーれーたーっ!


  真偽は不明だけどあたしは人形姫。その人形姫がカエルに食べられて生涯を終える。
  何と間抜けな最後っ!
  何と間抜けな結末っ!
  はぅぅぅぅぅぅっ。



  「けっほけほっ!」
  ねっとりとする体。
  妙な粘液だ。
  あたしは倒れたまま、指でべたつく感触を感じる。
  なんだろ、この粘液。
  それに少し寒い。
  ……。
  粘液?
  あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!
  あたし食べられたんだったーっ!
  慌てて周囲を見渡す。
  「うひゃっ!」
  でかいカエルが目の前に座っていた。
  慌てて糸を紡ごうとすると……。
  「やめときな。こいつは敵じゃないさ」
  「エスレナさん? ……いやだってあたし食べられたし……」
  「餌だと思ったんだとさ。叩きのめしたら吐き出した。こいつが例の賢者なんだとさ」
  「はっ?」
  一瞬、理解できなかった。
  カエルが深緑湖の賢者?
  ……。
  まあ、有り得ない話ではないだろう。
  黄金帝に創造……というか改造された可能性もある。
  「悪かったな嬢ちゃん」
  「い、いえ」
  本当にカエルだーっ!
  世の中不思議が一杯。大抵の事は何でもありみたい。
  ……すごいなぁ……。
  「それよりマスター」
  「何?」
  「何かお召しになった方がよろしいのでは……」
  「はっ?」
  あたしはまじまじと自分の体を見る。
  毛布を被せてくれていたみたいだけど……素っ裸。つまりは全裸。全裸って事は……。
  「うにゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
  慌てて毛布に体をくるむ。
  ……皆に見られた?
  みーらーれーたーっ!
  はぅぅぅぅぅぅっ。
  「もうお嫁に行けないよーっ!」
  「大丈夫さフォルトナ」
  「……エスレナさん……」
  「女は見られて綺麗になるのさ。さあフォルトナ、男どもに拝ませてやんな」
  「……」
  崖っぷちだーっ!
  はぅぅぅぅぅっ。
  このヌルヌルした粘液は、カエルの胃液みたいなもんか。
  ……あ、危なかった……。
  「いやぁしかし服だけ溶かすとは見事ですね。僕は感服しましたよ」
  「ふっ。お若いの。……顔に書いておるぞ」
  「な、何を?」
  「動揺するな。教えてやってもよいぞ。……服だけ溶かして合理的に女性を全裸にする術をな」
  「……っ!」
  ガバっ!
  シャルルさんはカエルの目の前で土下座。……あっ。そこまでするんだ。
  「お見それしましたーっ!」
  「若いの。顔を上げよ」
  「いえっ! 恐れ多くてご尊顔を拝するなんてとんでもないっ! ぜひ、ご尊名をっ!」
  「カエル師匠。そう呼ぶがよい」
  「ははぁーっ!」
  ……何だこの展開……。
  ……しかも何故にチャッピーとケイティーまで土下座してんの……?
  男って皆馬鹿。
  「そ、それより聞く事聞いて帰りましょうよ。探してた人が見つかったんですし」
  「フォルトナさん。貴女には男の美学が分からないのですか?」
  「はっ?」
  あたし女だし。
  男の美学はさすがに分かりません。シャルルさん、珍しく舌打ち。
  「フォルトナさん。貴女僕に逆らえるんですか?」
  「はっ?」
  「その格好で街まで帰るつもりですか? ……僕に逆らったら服貸してあげませんよー? 貸して欲しいでしょう?」
  「シャ、シャルルさん、服を……」
  「シャルル様だろうー?」
  「シャルル様……」
  「声が小さいですねぇ。はあ? 聞こえないですよー?」
  「……」
  ブチっ!
  心の中で何かが切れる。
  「闇の一党の暗殺者舐めるんじゃないわよこんちくしょーっ!」
  「うぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」


  ……しばらくお待ちください……。


  「す、すいませんでしたっ!」
  「分かればいいの分かれば」
  パン一で正座するシャルルさんを、あたしは仁王立ちして見下ろす。
  ……。
  ま、まあ、全部脱がす必要はなかったんだけどね。
  一番厚着していたのはシャルルさん。
  だから最初から普通に貸してくれたらこんな事にならなかったのに。
  まったくもう。
  「男の馬鹿ーっ!」
  「すいませんでしたっ!」
  「すいませんでしたっ!」
  「すいませんでしたっ!」
  「すいませんでしたっ!」
  シャルルさん、チャッピー、ケイティー、さらにカエル師匠まで平謝り。
  ポン。
  エスレナさんが満足そうにあたしの肩を叩く。
  「何です?」
  「修羅場はもういいだろう。とっとと聞く事聞いて引き上げようじゃないのさ。……頭痛くなってきたよ」
  「そうですね」
  男の馬鹿さ加減をいちいち聞いていても仕方ない。
  ここに来た理由はウンブラの在り処を聞く事だけ。この世界で一番知識の深い賢者だと聞いたからだ。
  ……カエルなのは知らなかったけど。
  ……。
  女王様。
  色々と隠し事するのはいいんですけどそれぐらい教えてください。
  はぅぅぅぅぅぅっ。
  「あの、カエル師匠」
  「なんだね」
  お爺ちゃんの声。
  年齢的にはそんな感じなのかなぁ。
  「何でカエルなんです?」
  関係ないけど気になったので聞いてみる。
  「黄金帝の馬鹿に改造された結果じゃな。ワシは不老不死の実験の産物じゃよ。何故カエルなのかは黄金帝に聞いてくれ。ワシは
  勝手にこの姿にされただけなのでな。それでお前達、ここに来たのは何用だ?」
  「ウンブラをご存じないですか?」
  「ウンブラ?」
  「はい」
  あたしには用がない代物。
  求めているのはシャルルさんだ。何故欲しいのかの理由は知らない。
  前に特命とか何とか言ってた気がする。
  アーケイ聖堂が欲してるのかな?
  色々とシャルルさんには謎がある。ミステリアス。
  結局、黄金帝の都跡に向かっていた際にシャルルさんが《金貨と引き換えに行き先を教えた相手》が誰かは知らないし。
  当初はヴァンピールだと思ってたけど流れ的に違ったし。
  まあいいけど。
  ……。
  ちなみにあたしが欲しいのはサヴィラの石。
  ジェラスが王宮から持ち出した為に女王様は手元にないと言っていた。どうやら反乱分子が所有しているらしい。
  流れ的に戦って入手する事になるのかなぁ。
  さて。
  「ウンブラか。あの魂を喰らう魔剣を欲しているのか?」
  「あたしじゃないです。シャルルさんです」
  「ほぅ。ワシの一番弟子が欲しているのか」
  「はいお師匠様っ!」
  あっ。勝手に師弟芽生えてる。
  てか何の師弟関係?
  全裸の術?
  ……こいつら万死に値するなぁ……。
  「あの魔剣は使い方によってはオブリビオンの魔王ですら倒す事が出来る強力な代物。何に使うかは、まあよい。確か宝物殿に
  あったはずじゃな。こっち側に遷都した際に、宝物殿を含む地区は別の場所に具現化したはず」
  「それは女王様に聞いています」
  「ほぅ。リーヴァラナのヒヨッコから聞いたか」
  「はっ?」
  ヒヨッコ?
  そう呼べるという事は、もしかしたらカエル師匠の方が身分が上だったのかも知れない。
  だけどカエルに改造された。
  能力的に高いからと言ってカエルに統治されるのは民衆の心情的に受け付けないのだろう。だからカエル師匠は身をひいて、女
  王様に任せてここで隠棲(?)しているのかもしれない。
  「宝物殿はカザルトの北……そう、《流血大地》の北にある《断頭台の丘》にあるはずじゃな」
  「……」
  殺伐とした地名だ。
  死海とか堕落と奈落の森とか、気が滅入るような地名が多い。深緑湖は綺麗な地名だけど。
  「だけどカエル師匠、物知りなんですね」
  「知識にだけは自信があるからな」
  「女王様よりもですか?」
  「まあな」
  「システィナさんよりも?」
  「システィナ?」
  「あっ」
  そうか知らないんだ。女王様は100年ほどカエル師匠には会ってないと言っていた。
  システィナさんはインペリアル。
  さすがに100年以上前からはここにはいないはずだし。
  そうか知らないんだ。
  「女王様の側近です。すごく頭の良い女性なんです」
  「……」
  「カエル師匠?」

  「この世界は変わりつつあるな」
  「えっ?」
  「変わりつつある」
  カエル師匠はまず、そう言った。
  ケイティーもそう言ってたな。主達が来てから変わりつつある、と。
  変化は世界の常だ。
  それがそんなに驚くべき事だろうか?
  「この世界は例えるなら湖なのだ。そう深緑湖のような湖。川とは違い変化はない。川は流れるもの。しかし湖は静かに水を湛え、
  決して流れる事などない。変化はないのだよ、川と違って劇的には」
  「……」
  「この世界は変化を嫌った。いや否定したと言ってもいい。そうする事で争いを避けてきた。女王を否定はせぬがその為に進化や
  変化が失われた。人々は全てを女王に委ねた。その代価に平穏と平和を得たのだ。女王は全てを国に捧げる義務が生じた」
  「……」
  「女王の重責は、重いものになった」
  「それは分かります」
  なんとなくだけど。
  皆女王を尊敬している。……ううん、全てを丸投げしている。
  女王様なら何とかしてくれる。
  そう誰もが思っている。
  反乱分子が台頭していても街には緊迫感はなかった。女王の兵士は100名、三貴族(ルワール家は滅亡)の兵士も合わせても
  せいぜい100名。合計で200。
  一方反乱分子は強化生物も合わせれば1000はいる。
  なのに街は普通に生活が営まれている。
  義勇兵とかの動きもない。
  人々は平和に慣れきっている。そして女王に丸投げしている。
  システィナさんが苦労するわけだ。
  カエル師匠は続ける。
  「しかし平穏は崩れた。お前達が来た頃からな」
  「つまりあたし達の所為だと?」
  「いや」
  「じゃあ……」
  「きっかけだよ」
  「きっかけ?」
  「そう。お前達はきっかけだ。変化を起こした。この先どう転ぶかは分からぬが……どう転んだところで……」
  「どう転んだところで?」
  「どう転んだところで、決着は戦争でつけるしかあるまい」









  黒牙の塔。女王の私室。
  一日の激務を終えて女王は私室で読書をしていた。安楽椅子に身を沈めて本を読むのが一番のお気に入り。
  次のお気に入りが水槽の魚を見入る事。
  別に女王になりたかったわけではない。
  ただ、当時アイレイド文明は危機に瀕していた。
  国内は黄金帝の圧政で崩壊寸前、国外は人形姫率いるマリオネットの軍勢が各国を蹂躙。カザルトにも迫る勢いだった。
  魔術王ウマリルは魔王メリディアに魂を売り、魔人に転生。悪魔の軍勢を借り受けて反乱を起こした奴隷達と戦争を繰り広げてい
  たし既に末期的な状況だった。
  全てを解決する為に異世界に遷都を決定。
  後は全て流れるままに。
  摂政だった彼女は女王に就任。国を統治してきた。
  ここ近年ではシスティナが補佐役となった。
  非常に優秀な女性で、女王はかなり楽が出来るようになった。
  「ふぅ」
  思えば自分の人生は何だったのだろうと思う。
  良かれと思って行ってきた。
  その結果、国は栄え、民は自分を敬愛した。
  しかし一方で当時の考えを捨て切れないヴァンピール達は《渇きの王》などという正体不明の男に扇動されるがままに反乱分子として
  虎視眈々と機会を窺っている。
  タムリエル侵攻?
  下らないナンセンスな事だ。
  当時の魔道兵器は健在でありタムリエルに樹立した帝国にも充分に対抗出来るが総人口は数は十分の一以下。もっと低いだろう。
  人口の数は国力に比例する。
  到底敵うものではない。
  奇襲して首都を壊滅させる事は可能ではあるものの、その後が続かない。
  長期戦は必至。
  そして長期戦になれば確実に滅亡する。その長期戦だって、確実だ。ヴァンピールは強いものの、今の時代人間も強くなっている。
  魔法はアイレイドエルフだけのものの時代ではないのだ。
  絶対に政権を渡してはならない。
  渡せば、連中はこの国を滅ぼすだけだ。
  渡せば……。
  「女王陛下っ!」
  慌しく近侍が飛び込んでくる。動揺が礼儀作法を忘れさせている。
  女王は咎めなかった。
  「何用か?」
  「も、申し上げますっ!」
  「またファウストの手下でも襲撃してきたか?」
  「い、いえっ!」
  「ならばなんだ。簡潔に申せ」
  「タムリエル側から人間達が侵攻してまいりましたっ!」
  「……何? どうやって次元を超えた?」
  「そ、それは分かりませぬが……」
  「状況は?」
  「人間達の国家である帝国の軍勢が東の門を攻撃、陥落しましたっ!」
  「馬鹿なっ! コーウェン家はどうしたのだっ!」
  「バルバトス様は恐れをなして敵前逃亡。門を放棄しましたっ! 既に門は帝国軍に占領されておりますっ! 電撃的な占領です。
  また、バルバトス様が兵を纏めて逃げた事でほとんど戦闘は行われませんでした。帝国は現在東の門に籠もっていますっ!」
  「数は?」
  「恐らく100名ほどかと。わずかな数ですので先遣隊でしょう。後続の軍が来るとの噂を広めている者がいます。急速に街に広まっ
  ているところを見ると反乱分子と連動しているか、反乱分子がこの機会を利用したのではないかと。いずれにしても……」
  「……」
  「いずれにしても帝国からの侵攻が始まったのであれば、国民は反乱分子を支持しますっ! いかがなさいますかっ!」
  「……」
  タムリエルからの侵攻。
  反乱分子はこれで正当な名分を得た事になる。こちら側も侵攻し、報復すべきだと叫ぶだろう。
  どれだけの数の国民が反乱分子を支持するだろう?
  どれだけの……。
  「システィナを呼べ」
  「既に軍を召集しています」
  「さすがはシスティナだ。攻撃を許可する。そう伝えてまいれ」
  政治的な戦闘でもある。
  女王の軍勢は少数ながらも精悍である事を誇示するチャンスだ。そうする事で国民の信用が得られる。
  ただ勝てるだろうか?
  門といっても城砦と一体化している。生半可な兵力では落とせない。だからこそ反乱分子も手を焼いているのだ。
  しかしシスティナなら何とかできる。
  そんな確信が女王にはあった。
  「システィナが指揮するならば問題あるまい。全権を与えると伝えてまいれ。塔の兵力を全て動員して構わぬ」
  「ただ、陛下。総兵力を合わせても我々は200を越えませぬ。ここはひとまず反乱分子と手を組むのはいかがでしょう。帝国軍撃退
  は互いの大義名分になります。幸い宮廷魔術師シェーラ様は弁論にも長けているので交渉役に任命し……」
  「下がれ」
  「……はっ」
  近侍が下がると女王は深く溜息を吐いた。
  それから立ち上がり、魚の餌の入った小箱を開けて水槽に餌を撒いた。魚はそこに群がってくる。
  低く呟く。
  「女王になんか、なりたくなかった」