天使で悪魔





冒険稼業始めました 〜暗愚な貴族〜





  カザルトの都市に入る為には三つの門がある。
  西の門。
  南の門。
  東の門。
  北には門はない。
  この三つの門は城砦と一体化しており難攻不落。
  さらにそれぞれの門は黄金帝に連なる、つまりは元摂政であるリーヴァラナ女王陛下の主筋に当たる一族である三貴族が
  それぞれの門の守備に当たっている。

  ただの門ではない。
  三貴族が門に存在する、それだけで魔力障壁が発生して外敵を寄せ付けない。
  だからこそ数で10倍の勢力を誇る反乱分子も迂闊に手を出せない。
  しかし均衡は崩れつつある。
  西の門を護るルワール家が滅亡。門の魔力障壁は完全に消失した。
  現在は女王の親衛隊とルワール家の生き残りの衛兵が守備を担当しているものの鉄壁の魔力障壁は既にない。

  西の防御は崩れた。
  しかしこれは序曲。
  カザルトの混迷はさらに深まっている。

  女王の軍勢。
  反乱分子。
  二つの勢力の、この世界におけるせめぎ合いは日々悪化して……。







  「……だと思うんです」
  「さすがはマスター。深い見解、我輩は感服しました」
  一階の居間であたしとチャッピーはおやつを食べながら談笑。
  ドーナツおいしい♪
  むしゃむしゃ。
  頬張る。
  前回の一件は、なかなか心に重い事件ではあったものの……いつまでも引き摺ってはいられない。もちろんもう全然平気、でも
  ないけどそれでも立ち直りつつあった。あれから2日。
  ルッティラさんの冥福を今は祈ろう。
  「しかしマスター。愚見をよろしいですか?」
  「ぐ、愚見?」
  どういう意味だろう?
  あまり難しい言葉はまだ理解出来ない。
  基本的にタムリエルでは、勉学は各々の自由とされている。文盲率は極めて高い。だから文字が読めなくても別に不思議ではな
  いのだけど、あたしの場合は両親から受けるであろう常識的な教育もない。
  だから結構モノ知らず。
  現在、色々と勉強中。文字を覚えたのもその一環だ。
  文字さえ覚えれれば自分で本を読んで知識を得られるからだ。
  ……。
  まあ、まだ難しい文字は読めないけど。
  それに文字はほとんど書けない。読めるけど書けない。
  日々精進だなぁ。
  頑張らなきゃ。
  「あの、愚見って何ですか?」
  「意見です」
  「ああ。なるほど」
  覚えなきゃ。
  あたしの脳よ今の言葉をメモして。メモメモ。
  ……。
  よし。覚えたっ!
  またあたしの知識はレベルアップっ!
  えへへ♪
  「マスター。女王の言葉は本当でしょうか?」
  「女王の?」
  「反乱分子の思惑です」
  「……」
  思わずあたしは口を噤んだ。
  最終的には《フラガリアの従軍》の話は蹴ったからだ。あの決断は、正しかったのだろうか?
  ……。
  チャッピーを救出し、ファウストを拘束。そして女王に引き渡した。
  その際に女王はフラガリアを従軍させたいという要請を持ち掛けてきた。
  その真意。
  それは、反乱分子の思惑がタムリエルの侵攻。お互いに利害は一致するのだから手を組もうと持ち掛けてきた。
  シャルルさんはそれを蹴った。
  ありえないと公言して。
  フラガリアの中で一番頭が良いし、物知り。
  だからあたし達もその言い分が正しいのだと思い、断った。
  正しかったのだろうか?
  「協力した方が良いのかなぁ」
  「それは何とも言えませぬ。女王の軍はたかだか100人。反乱分子は強化生物を含めれば1000はいます。ヴァンピールの大半も
  向こうに付いている。戦力不足の女王がマスターを利用する気でいる可能性も捨て切れませぬ」
  「うーん」
  難しい話は苦手だ。
  駆け引きも。
  シャルルさんに聞けば、色々と答えてくれるんだろうけどシャルルさんは二階で研究に余念がない。
  帰る為の術を開発している。
  帰る為の……。
  「そういえばマスター。ファウストの日記は読まれましたか?」
  「えっ?」
  ファウストの日記。
  人体実験や研究の過程とか色々と書かれていた不快な内容が多い。しかし次元を渡る術云々の書き込みもあり、シャルルさんは
  それを参考資料にして術の開発をしている。
  日記は女王には渡さなかった。
  そもそも存在すら言っていない。隠匿、という言葉が適切かは知らないけどあたし達が保有している。
  多分、知れば引渡しを迫られるだろうし。
  元の世界に帰るには、この日記が必要。シャルルさんの主張通り、今あたし達の手元にある。
  「読んだけど。どうかした?」
  「女とは何者でしょう?」
  それはシャルルさんも気にしていた。
  ファウストの日記には頻繁に《女》の言葉が出てくる。流れからして内通者。
  女王側の女性の誰かだろう。

  『あの女は何を考えている?』
  『理解不能だが利用は出来る。貸しを作って置くには越した事ないな。私の最大の願いを叶えるチャンスでもある』
  『ここは乗ってやるとしよう』

  確かこんな記述だったと思う。
  誰なんだろうなぁ。
  もちろんこの国の状況は基本的にあたし達には関係ないけど、もう見過ごせない程度には深入りしている。
  だからこそ思うのだ。
  女王の要請を蹴ったのが正しいのかどうか。
  「うーん」
  「悩む必要はありませぬ。いざとなったらこのチャッピー、マスターの盾となり剣となりましょう」
  「ありがとう」
  「いえ。礼には及びませぬ。我輩はマスターのモノですから」
  「……ふふふ」
  大仰に物言いに、思わず笑ってしまう。
  あたしは1人ではない。
  だから、別に怖くない。何が起きても越えて行けると思ってる。
  ……そう、信じてる。
  「ところでチャッピー、他の2人は?」
  「エスレナは街をぶらついているらしいです。スカーテイルは……ふむ、奴は女が出来たようです」
  「へー♪ 大人だなー♪」
  恋人かぁ。
  どんな人なんだろ?
  チャッピーにしてもそうだけど、亜人系の美醜はあたしにはよく分からない。
  チャッピーとスカーテイルさんって格好良いのかな?
  「マスター。午後はどうなさいますか?」
  「そうだなぁ」
  仕事は来そうにもない。
  冒険者の需要はそれほどないのだ。
  三軒隣に住んでいる看板職人のリザレクターさん(ノルドの男性)に看板を作ってもらい、家の前に掲げているものの音沙汰なし。
  謳い文句が駄目なのかな?
  看板には《冒険者チームフラガリア。皿洗いから魔物退治まで、何でもこなします》と書いてある。
  結局仕事はルワール家の一件だけだ。
  ……。
  ルワール家の一件を解決したとして、女王からは報奨金を受け取っている。
  だからすぐには干上がる事はないけど……報奨金か。
  結局、あたし達は誰も救えなかったのに受け取る権利なんてあったのかな?
  ルッティラさん。
  あの人は悪くないと思う。
  悪いのはあんな生物を創ったファウスト。
  そしてルッティラさんを追い込んだ貴族の慣習だ。
  「はぁ」
  溜息。
  考えると気が滅入ってくる。
  どうせここにいても仕事は来ないだろうし、シャルルさんは研究が忙しい。一人にしてあげた方がいいだろう。
  「チャッピー。散歩に行こう」
  「御意」


  「あっ。あれおいしそー♪」
  「マスターの食へのこだわりに限界はありませんな。ははは」
  「……それ遠回しに悪食って言いたいの?」
  「い、いえ。滅相もない」
  チャッピーと一緒に街を歩く。
  異世界の街。
  太陽がないので昼夜の区別をつける為に街灯があり、その街灯にはウェルキンド石がはめ込まれている。
  街はマリンブルーに照らされている(時刻的に夜になると覆いが被され街は闇に包まれる)。
  最初は違和感があったけど……まあ、今もあるけど、それでも綺麗だなと思う。
  ゆっくり街を歩くのは初めてだ。
  チャッピー救ったし、今はゆっくり出来る。
  帰る手段?
  現在シャルルさんが次元を超える術を開発中。
  何も急ぐ事はない。
  もちろん生活費を稼がないといけないけど……とりあえずすぐには干上がる事はないし、焦る事はない。ある程度の余裕が出来
  たらサヴィラの石&ウンブラ探しの冒険に出るのも良いかもしれない。
  何も急ぐ事はない。
  何も。
  「この街の街灯のウェルキンド石って……魔力の石だよね?」
  「御意。アイレイド文明の力の象徴ですな。現在の文明では精製できない代物だと記憶しています」
  「へー」
  「ウェルキンド石を手に持ち、念じればその魔力を体に吸収出来るとか」
  「えっ? じゃあ魔力が増幅されるの?」
  「いえ。厳密には魔力の回復ですな。当人のキャパシティ以上には吸収できませぬ」
  「へー」
  「アイレイド文明はウェルキンド石を照明として使っておりました。そう、この街特有の使い方ではないのです。アイレイドはこういう
  使い方をする事によって己の文明の力を誇示していたのですな」
  「へー」
  意外にチャッピーは博識だ。
  ドラゴニアンはアイレイド文明時代から存在し続けたもっとも古き種族。チャッピーがいつ頃に生まれたかは知らないけど、基本的に
  寿命がない種族だからリアルタイムに生きていた可能性もある。
  神話の時代から存在する種族。
  それがドラゴニアン。
  「チャッピーは何歳なんです?」
  「35歳ですがそれが何か」
  「……」
  「それが何か」
  「……」
  35歳?
  何千年でも生きれると前に本で読んだから、35歳は若いのは分かるけど……何か中途半端だなぁ。
  300歳生きてる、と言われるより35歳の方が中年という気がする。
  ま、まあ、あたしの感じ方の問題だけど。
  「マスター」
  「えっ? あっ? な、何?」
  「あの果実など美味そうではありませんか?」
  「あっ。ほんとだ」


  むしゃむしゃ。
  「おいしー♪」
  ニンジンの形のリンゴ(味は普通のリンゴよりもおいしい)を露店で購入し、食べながら街を歩く。
  むしゃむしゃ。
  こういうのが人生の法悦なのかなぁ。
  大通りを折れ、あたし達は進む。
  次第に寂しい街並みへと変わっていく。
  「あれ?」
  「いかに女王が善政を行っても貧富の差、格差は防ぎようがありませぬ」
  「うん。そうだね」
  女王は善政を敷いているらしく民衆からの支持は厚い。
  しかしどんなに善政を敷いても黄金帝の血筋であり女王にとっては主筋である三貴族達は反発している。
  渇きの王やジェラス達はそもそもこの世界で甘んじているのが気に入らないらしくタムリエル侵攻を叫び、分派した。
  善政を皆が皆、受け入れるわけではない。
  そして効果が出るとも。
  「これは火事の後のようですな」
  「そうだね」
  そこは焼け落ちた区画だった。
  通りでは子供が遊んでいる。
  元々大通りとは離れているので、再建は遅々として進んでいないらしい。
  それでも人は元気に生きている。
  「逞しいですな。マスター」
  「うん」
  さわり。
  「きゃっ!」
  お、お、お、お尻触られたーっ!
  振り向くと子供だった。
  生意気盛り(よくも触ったわねこんちくしょーっ!)の男の子で、歳はあたしの半分にも満たないだろう。
  「こ、こらーっ!」
  怒ると……。
  ムニュムニュ。
  「はぅーっ!」
  「ちっちぇ胸。てか胸ないじゃん。洗濯板♪ 洗濯板♪ 洗濯板♪」
  「ふぇーんっ!」
  泣く。
  ……泣くわよちくしょーっ!
  ガッ。
  瞬時にチャッピーは子供を組み敷き、ぐわっと大口を開けて子供の顔に迫った。鋭利な牙がびっしり。
  「食い殺しますかマスター?」
  「だ、駄目ですよー」
  「しかし」
  ポイ。
  一瞬の隙を衝いて子供はチャッピーの口の中に何かを投げた。
  ごくん。
  飲み込む。
  怪訝そうな顔をしてチャッピーは子供を放し、突然天に向って吼えた。
  「うごぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
  叫びながら天に向って炎を連打する。
  な、何を飲み込ませたの?
  「へへーん。トカゲの分際で生意気なんだよー。唐辛子は向こうの世界じゃないだろ? お味はどうだよ?」
  「……」
  チャッピーを手玉に取るとは……凄いなぁ……。
  タタタタタタタタタタッ。
  恰幅の良い女性が近付いてくる。母親だろうか?
  ガバッ。
  庇うように子供を自分の背後に。
  「……?」
  「あ、あんた達バルバトスの手下だろ? そうなんだろ? ここから私達が出て行くつもりはないからねっ!」
  「バルバトス?」
  「出て行けっ!」
  その言葉を聞いて大勢の人達が家の中に隠れる。
  何名かは血走った目で武器を手にしている。
  バルバトス?
  誰なの?
  「大丈夫だよ母ちゃん。この洗濯板のお姉ちゃんは悪い奴じゃねーよ。そこの火吹きトカゲも悪い奴じゃねーよ」
  「そ、そうなの?」
  「うん。ほんとだぜ。洗濯板に悪い奴はいねーよ」
  ……せ、洗濯板……?
  ……。
  ……。
  ……。
  そ、そんな事はないもんっ!
  少しは膨らんでるもんっ!



  「ほんとにごめんなさいね」
  「い、いいえ」
  恰幅の良い女性……ロゼリアさんは、あたしのカップに紅茶を注いでくれる。あの生意気セクハラ坊やは息子さん。
  どちらもアイレイドエルフだ。
  「クッキーもあるよ? 食べるかい?」
  「いただきます」
  自宅に招かれ、お茶をご馳走になっている。お詫びだそうだ。
  ……でもそれでセクハラの傷が消えるわけじゃないけど。
  心の傷がーっ!
  はぅぅぅぅぅっ。
  「二ヶ月ほど前にこの辺りは大火事になってね。まだ復旧していないだ。みすぼらしいだろ?」
  「い、いえ」
  「はははははは。遠慮しなくたっていいよ。女王陛下が何とかしてくれるから」
  信頼が厚いらしい。
  でも二ヶ月前?
  それにしては復旧が進んでいないように思えるけど。
  この区画の外観には火事の影響が色濃く残っている。ただ、それ以前に薄汚れた区画だなぁ。この家の中も、失礼だけどあまり
  綺麗ではない。
  「あんたら外の世界から来たのかい?」
  「はい。シロディールから来ました」
  「最近?」
  「そうです」
  「じゃあこの区画は知らないか。この辺はスラム街なのさ。だから汚いだろ? 家の中もさ。まあ、見た目は汚いけど清潔にはして
  あるよ。女王陛下は良い人なんだが、この区域を担当している貴族がボンクラなんだ」
  「貴族?」
  「ああ、仕組みもまだ知らないのかい。女王がトップにいて、その下に三貴族がいる。三貴族はそれぞれの区域の統治を担当して
  いる。税の徴収も貴族に一任されてる。元々三貴族の方が主筋だから、女王陛下も色々と苦しい立場なのさ」
  「へー」
  「特に今、反乱騒ぎだろ? 三貴族はそれぞれ門を護ってるんだが、その門は三貴族の血に反応して魔力障壁を張り巡らせる事が
  出来るんだ。だから三貴族が背けば防衛は難しくなってくる。女王陛下が可哀想だよ」
  「へー」
  色々と難しい立場なんだなぁ。
  従軍云々はともかく、何か協力できる事はしてあげた方がいいのかな。
  システィナさんにも色々とお世話になってるし。
  今度皆に相談してみよう。
  ズズズズっ。
  音を立てて紅茶を飲むチャッピー。……行儀悪い。
  「あの、ボンクラ貴族って?」
  「バルバトスさ」
  「バルバトス?」
  「ああ。コーウェン家の貴族の当主。この辺りを仕切ってるんだ。代替わりしたばかりでね、先代は素晴しい方だったんだけどバル
  バトスは最悪さ。税金は高いし、噂じゃこの間の大火事は奴が放火したって言われてる。人間狩り大好きな奴だしね」
  「人間狩り?」
  物騒な響きだ。
  「そうさ。たまに兵士引き連れてここに来るんだ。乱暴三昧さ」
  「女王には言わないんですか?」
  「言っただろ。反乱騒ぎなんだ。今、バルバトスに背かれたら門の守備が万全ではなくなる。女王陛下も、側近のシスティナ様も我々
  にお優しいんだけどこの国には色々と複雑な事情があるんだよ。今は、耐えるしかないね」
  「……」
  あたしは黙った。
  世界にはどうしようも出来ないモノが存在しているらしい。
  憤慨は感じてもどうしようも出来ない。
  チャッピーが口を開く。
  「三貴族は全部そんな馬鹿者ばかりなのか?」
  「コーウェン家ほど最悪なのはいないね。ただ、先日滅んだルワール家は派手好きで贅沢三昧、それでいて権威主義で嫌味全開な
  貴族だったよ。ツェルベェル家は無骨一点張り。無体もしないけど少し怖いね。子供達には人気だけどさ。確か当主は女性だったね」
  「なかなか興味深い状況ですな」
  「言ってくれるよ銀色のアルゴニアンさん。当事者の私らにしてみれば最悪さ」
  結局、あたし達は異邦人。
  この地に根を張ってすらいない。
  だから。
  だから、ここに暮らす人達の心底を知る事は出来ない。でも何とかしてあげたいな。
  あたし達から女王に掛け合ってみようか?
  何か条件を出されるにしても、何とかしてあげたい。
  「うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
  その時、外から声が響いた。
  一斉に走る音。
  怒号。
  悲鳴。
  「ま、まさかっ!」
  「大変よ奥さんルクェ君がバルバトスに斬られたっ!」
  「……っ!」
  駆け込んできた女性にそう言われて一瞬にして真っ青になる。動かなければならないのに、頭が、体が麻痺している為に動けない
  ようだ。チャッピーに目配せする。
  「あたし達で見てきますっ! 行こう、チャッピーっ!」
  「御意」



  家を出た時、妙な一団がいた。
  軽薄そうな若者が吼えている。多分あれがボンクラ貴族なのだろう。

  「馬鹿がっ! 俺様を虚仮にするからだっ!」
  派手な服装のアイレイドエルフが、足元に倒れる血塗れの子供を見下ろしている。
  愉悦に満ちた顔。
  年の頃は、二十代後半(あくまで見た目。エルフは実年齢と外観は伴わない)だろうか。
  倒れているのはセクハラ坊や。
  確かルクェ君とか言ったか。
  死んではいない。腕が少し斬られた程度だけど出血が激しい。早く止血しないと。
  「おい。家に隠れている奴らを全部引きずり出せっ! 俺様の悪口言っているに決まっているんだっ!」
  取り巻きの兵士達に命令する。
  兵士の数は10名ほど。
  どの顔には心底うんざりした表情が宿っていた。あくまで命令だから……なんだろうけど、あたしに言わせてもらうなら同罪だ。
  甲冑装備の兵士以外にも、白いローブを着込んだ女性の魔術師がいる。
  そしてもう1人。
  「バルバトス様」
  「何だ?」
  「これ以上の行いは御名に傷が付きます。どうかご寛容をお示しください。亡き父君の威光を汚してはなりません」
  「うるせぇっ!」
  物怖じせずに意見しているのは、人間ではなかった。
  蒼い肌。
  蒼い肌、ダンマーを想像するものの色合いが違う。それに着込んでいる鎧が異質だった。あれはこの世界のモノではない。
  目の前に存在するのはオブリビオンの魔人。
  「あれはドレモラ・ケイテフですな」
  「ケイテフ?」
  確か下から二番目の階級の魔人か。
  チャッピーって意外に博識。
  「痛いよ。痛いよぉ」
  泣き叫ぶルクェ君。
  どんなに元気で、どんなに怖いもの知らずでもまだ子供だ。そんな子供に刃を振るう。
  許せないっ!
  「はぁっ!」
  ひゅん。
  魔力の糸を振るう。
  命令で渋々と剣を抜いていた衛兵達の、剣という剣を全て両断する。うろたえる衛兵達。
  暗愚な貴族、憎々しくあたしを見る。
  「今のはお前がやったのか?」
  「そうです」
  「なら死刑だ。シェーラっ!」
  白い法衣の魔術師の女性が動く……と同時に、胸元を押さえてその場にしゃがみ込んだ。あたしの糸が服を切り裂いたのだ。
  暗愚な貴族は呆然としている。
  ただ問題は、ドレモラ・ケイテフが微動だにせずにあたしを見据えている事だ。
  こいつ、強い。
  「バルバトス様。引き上げましょう。恥の上塗りとなります」
  「うるせぇっ! ……おい、餓鬼っ!」
  「あたしですか?」
  「そうだお前だお前っ!」
  「何です?」
  「俺様がお前を雇ってやる。俺様の部下になれ。カザルト最強とか自称するシェーラじゃ俺様の手下は務まらねぇ。お前を俺様が買い
  上げてやる。言い値でいいぞ。言ってみろ」
  「興味ありません」
  「何っ!」
  見る見る間に顔が真っ赤になっていく。
  しかし自分では剣を抜く勇気はないらしい。じりじりと下がりながら、ドレモラ・ケイテフに命令する。
  「あいつを殺せっ!」
  「……受諾しました」
  バッ。
  ドレモラ・ケイテフが動いた瞬間、チャッピーが動いた。そして同時に止まった。
  「ドラゴニアンか」
  「いかにも」
  「その娘が主か?」
  「我輩はマスターの為なら死も厭わぬ。何故なら我輩の為に泣いてくれるからだ。そこに忠義の意味がある。オブリビオンの魔人よ、
  その暗愚な若造はお前が死んでも泣いてくれるか? 何故に従う?」
  「見返りなどいらぬ。我の忠義はそういう事だ」
  じっと睨み合う。
  この悪魔が特別なのかな。下から二番目の階級なのにこの威圧感、只者じゃない。
  「興醒めだっ! 帰るぞっ!」
  暗愚な貴族は叫びながら歩き出す。慌て後を追う兵士&魔術師。
  ドレモラ・ケイテフは子供の側に屈み込むと儀口に手を当てた。
  ポゥッ。
  癒しの光。
  見る見る間に傷は消え、痛みも消えたのかルクェ君はもう泣き叫んでいない。母親が駆け寄ってくる。
  ドレモラは立ち上がり深々と頭を下げた。
  「バルバトス様のご無礼、お許しください」
  他の住人達にも頭を下げ、それからあたし達に視線を移した。
  「ではまた」
  「えっ? あっ、はい」
  立ち去るその姿を見ながら分類的には悪魔ではあるものの、あの紳士的な振る舞いから好感を覚えていた。
  バルバドスの方がよっぽど悪魔の名に相応しい。
  「あまり戦いたくない相手ですな。損得抜きの相手が一番怖い」



  「あまり戦いたくない相手ですな。損得抜きの相手が一番怖い」
  ……その発言から二時間後。
  自宅に戻ったあたし達をルクェ君が訪ねて来た。
  あたし達がいなくなった後にバルバトスの兵士達が住人を攫って行ったのというのだ。
  全員男性。
  その中にはルクェ君のお父さんも含まれているらしい。
  大々的に冒険者である事を宣伝したので、フラガリアの事はスラム街の人達も知っていたらしい。それで依頼してきた。
  依頼内容は《攫われた人たちの救出》。
  「洗濯板の姉ちゃん。頼むよ父さん助けてくれよっ! 助けてくれたら、俺姉ちゃんを嫁さんにしてもいいからさ」
  「そ、そう」
  「本当はシスティナ様みたいなおっきい胸の人好きだけど、特別に洗濯板姉ちゃんで我慢してやるよ」
  「そ、そう」
  「感謝しろよ?」
  「そ、そう」
  ……殴ったら問題かな?
  こ、この不届き者めーっ!
  はぅぅぅぅぅっ。






  「バルバトス様。何のおつもりです」
  東の門。
  管轄は三貴族の一つであるコーウェン家。その城砦の一室で詰問しているのは人間ではなかった。
  ドレモラ・ケイテフ。
  オブリビオンの悪魔。魔人。
  破壊を司る魔王メエルーン・デイゴンに仕える存在であり、軍勢の中核を担う存在。
  契約次第では味方に出来るものの、存在そのものが不吉であるとされている為にあえて配下にしようと考えるのはまずいない。
  「黙れ黙れ黙れっ!」
  若き当主であるバルバトスは癇癪を起こしたかのように叫ぶ。
  この世界において特権階級である三貴族の当主に向って唯一諫言出来る立場の悪魔。
  元々は彼の父親が使役していた悪魔。
  臨終の間際に後見役として勝手に押し付けられた存在。
  幼少時より自分に向って意見し、正論を吐くこの悪魔がバルバトスは嫌いだった。
  それでも契約を破棄せずに手元を置いていたのはただ一つ、悪魔だからだ。
  つまり手元においておけば自分の権威付けに出来るのだ。自身の箔として側においているだけであり、心底は好きになれない。
  「バルバトス様」
  「もういい喋るな口を開くなっ!」
  いつもならバルバトスが引く。
  亡父の残した遺産のような存在でもあるし、一応は魔人を立ててやってはいるものの今回は違った。
  街で自分に恥を掻かせた奴がいるのだ。
  それ故に完全に我を忘れていた。
  怒号する。
  「街の連中はきっと俺様を笑っているっ! 許せん愚劣な愚民の分際でぇーっ!」
  「バルバトス様。それと拉致と何の関係があるのです」
  「笑ったに相違ないから拷問するのだっ!」
  「バルバトス様」
  「もう何も喋るなっ!」
  スラム街から数人、男を攫って来た。
  今、牢の中に放り込んである。
  ドレモラ・ケイテフはあずかり知らない事だった。バルバトスが兵士に命じた事だった。
  諭すように言う。
  「貴族が暴虐を成してはなりません。民衆には労りが必要です。……もしもその労りが持てないならこうお考えください。民衆が死に
  絶えれば今の生活が維持できない、そうお考えになれば民衆への労りが不可欠だとお分かりになるはず」
  「うるせぇーっ!」
  「そもそも何故攫ったのが男なのです?」
  「お利口な振りしても馬鹿だな、お前。配慮だよ配慮」
  「配慮?」
  怪訝そうな魔人。
  ただ1人、バルバトスだけは自分の思慮深さに感じ入っている。
  「評判だよ」
  「評判?」
  理解出来ない、そんな顔を魔人はした。
  暗愚な貴族は続ける。
  「女を拉致したら好色だと思われても仕方がねぇ。コーウェン家の当主としてそんな汚点は残したくない。だが攫ったのが男なら
  そんな心配はない。女よりもリスクは少ないだろう? そうだろう? くくく。俺様って頭良いぜーっ!」
  「……男色を好むと思われたらどうするのです」
  「……」
  「釈放しましょう」
  「う、うるせぇーっ!」
  コンコン。
  扉が控えめにノックされる。
  仕える者全てが我侭な貴族に辟易していた。
  「何だっ!」
  「バルバトス様。申し上げます。例の小娘が自らやって来ました」
  「自ら……やって来た?」
  「はい」
  「殺さずに連れて来いっ!」
  「かしこまりました」
  足音が遠ざかる。
  「バルバトス様。短気はいけませぬ」
  「安心しろ殺しはしないぜ。……虚仮にしてくれた御礼にお仕置きはするけどよ」
  「バルバドス様」
  「うるさい。もう何も喋るなっ!」






  「また会えて嬉しいぜ」
  「みたいですね」
  城砦に突撃するのは無謀と考えたあたし達は、会談を申し込んだ。拉致された人達の即時解放。
  もちろんフェイク。
  あたしは囮。
  暗愚な貴族の性格はよくは知らないけど……大体は察しが付く。
  話し合いで終わらないのは明白だ。
  女王かシスティナさんにお願いしたら解決するとは思ったけど、シャルルさんがやめた方がいいと言った。借りを作ると面倒だし、
  女王の立場は微妙だからだ。
  立場的には黄金帝の血族である三貴族は、当時摂政だった女王の主筋。
  どこまで当てになるか不明だった。
  だからフラガリアだけでやる事にした。これは依頼。そう解釈している。
  ……。
  まあ。問題になりそうになったらシスティナさんに泣きつこう。
  「良い格好だぜ」
  あたしは十字架に磔にされていた。
  手首には鋼鉄のバンドで拘束されている。両足もだ。身動きできない。
  「どうするつもりですか?」
  「どうするつもり? あっはははははははっ。お前が想像出来る最悪な事をその身で体験させてやるぜぇーっ!」
  「……はぁ」
  こんな奴ばっかり。
  まともな男性に会えないなぁ。
  「誰もお前を助けに来ないぞ? 怖いだろぉー? いひゃあひゃうひゃひゃーっ!」
  「……はぁ」
  男性不信になりそう。
  シンシアちゃん襲った馬鹿貴族の2人組、悪魔に魂売ったベッツ、完全にプッツンしてたファウスト。そして暗愚な貴族。
  「……はぁ」
  あたしは囮。
  今頃は皆が拉致された人達を助けているはず。
  バルバトスの側には悪魔が1人いるだけ。他の兵士はいない。
  例え両手首が固定されていても問題はない。わずかでも指が振れれば、魔力の糸を発せれるのだ。
  放てばあとは簡単。
  あたしの意思で自由自在に動く。
  「どうしてこんな事をしたんです」
  「お前の事か? 拉致した連中の事か?」
  「両方です」
  「俺様が貴族様だからだっ! 俺様は偉いんだっ! 命の価値は違うんだっ! なのに俺様をお前ら屑どもは敬わないっ! それ
  は罪だろうだからこれは罰だろう愚民どもは何も考えずにいれていいよな貴族の責任の重みをお前らは知らないっ!」
  「……?」
  自分勝手な言い分。
  だけど重み?
  もしかしたらこの人は貴族の血に誇りを持つ一方で負担に感じているのかもしれない。
  でもだからといって容認は出来ない。
  「おい。拉致した連中をここに連れて来い」
  「バルバトス様」
  「いいから連れて来いっ! あいつらの前でこの餓鬼に拷問をかけてやる。俺様の偉大さを教えてやるっ!」
  ……まずい。
  今頃はフラガリアが拉致された人達を助けてる。
  今、発覚するわけには行かない。
  ならば。
  「はぁっ!」
  指を振るう。
  放たれた魔力の糸はあたしの意思で動き、鉄の拘束を切断。あたしは自由の身となる。
  ふぅ。窮屈だった。
  「あたし達の邪魔はさせません」
  「あわわわわわわっ!」
  暗愚な貴族は悪魔の後ろに逃げる。
  すらり。
  魔人は異界の剣を抜き放ち、切っ先をあたしに向けた。その瞬間、あたしは内心で舌打ちした。一分の隙もないからだ。
  この魔人、強い。

  「……」
  「……」
  睨み合うあたしとドレモラ・ケイテフ。
  先に動いた方が負ける。
  迂闊に動けない。
  ……。
  シャルルさんの嘘つきーっ!
  最下級のチャールよりちょっと強い程度の突撃兵とか言ってたのに無茶苦茶強いじゃないのーっ!
  能力だけならあたしの方が強いけど、戦闘の駆け引きは向こうの方が上だ。
  駆け引き次第では能力の差はあまり役に立たない場合もある。
  「……」
  「……」
  迂闊に動けない。
  迂闊には……。
  「……」
  「……」
  じっとりと汗が滲んできた。
  魔力の糸を振るうには腕を……厳密には指を振るう必要がある。魔力の糸は放ちさえすればあたしの意思で自由自在に動くものの、
  あくまで意志で動いているだけであり敵を自動追尾するわけではない。
  相手の力量から推測するのであれば紙一重で回避される可能性がある。
  避けられたら終わり。
  相手が踏み込んできてあたしは一刀両断。
  「……」
  「……」
  対峙。
  時間だけが過ぎて行く。
  焦れて動いた方が負けなのは向こうも察しているらしい。
  これでもあたしは元暗殺者だから《待ち》も熟知している。ターゲットを殺す際に必要な持久戦は心得ている。
  長引くな、これ。
  何かのきっかけが欲しい。

  「ちくしょうっ!」
  暗愚な貴族は叫ぶ。
  重苦しい雰囲気に耐えられなくなったらしい。もしくはただ短気なだけなのかもしれない。
  同時にあたしとドレモラは動いた。
  「はぁっ!」
  ひゅん。
  魔力の糸を放つ。
  一直線にドレモラの額を貫く……瞬間に、ドレモラ・ケイテフは首を右に反らして回避。糸は通り過ぎる。
  「……っ!」
  何て反応速度っ!
  早く糸の軌道修正しないとっ!
  「人間よ。もうやめよう」
  「えっ?」
  「これ以上戦っても無意味だろう。我の負けだ」
  「えっ?」
  「お前は、いやお前達は目的を達した。争う必要はあるまい」
  「……」
  この人、スカーテイルさんが透明化して拉致された人達を逃がしているのを知ってるんだ。
  あたしの役割が時間稼ぎだという事も。
  時間稼ぎに付き合ってくれていただけなんだ。
  悪魔だけど、何か格好良いな。
  「勝手に戦いをやめるんじゃねぇっ!」
  「バルバトス様。無意味です。この娘は貴方様が考えているよりも強い。この娘がその気になれば我も貴方様も命はないでしょう」
  「御託はいいっ! おい餓鬼っ! 俺様は兵士を50名抱えてる。全兵を上げてお前をころーすっ!」
  「バルバトス様。なりません。無用な死体の山を築くだけです」
  「お前は黙ってろっ!」
  完全に暗愚な貴族は我を忘れていた。
  まあ、通常の状態でもそんなにまともな人じゃないような気がするけど。
  ここまで我を忘れる。これが貴族のプライド?
  この人の場合、誇りが強迫観念になってる気がする。
  名族の血に、個性を奪われている。
  ……悲しい人だ。
  「バルバトス様」
  「うるせぇっ! もううんざりだいつまでも俺様を子供扱いしやがってっ! 親父は死んだ俺が当主になったんだ俺が偉いんだっ!
  もうお前なんかいらねぇ。ああそうさ。契約を破棄するっ! 勝手にオブリビオンにでも帰りやがれっ!」
  「……」
  「消えろっ!」
  「……分かりました。契約の破棄を受諾しました」
  恭しく一礼する悪魔。
  その顔には憂いがあった。
  ……ショックなのかな。
  ここにいるドレモラ・ケイテフは高潔な精神を有している。つまり性格的にはバルバトスに仕える道理はない。
  シャルルさんが言ってたけど、契約は曖昧なものらしいし。
  つまり魔人の側が勝手に破棄出来るらしい。
  高位の悪魔ほど契約を自侭に向こうに出来る。ケイテフは最下級のチャールに毛が生えた程度の強さと聞いてたけど……ここにいる
  悪魔が特別なのかは知らないけどすごく強い。
  強さ=高位なのであるならば。
  勝手に破棄できるはずなのに、暗愚な貴族の側にいる。
  何かの恩義でもあるのだろうか?
  「餓鬼っ! 今なら許してやるぞ? 泣いて土下座して命乞いしろっ! 惨めになぁっ!」
  「……」
  狂乱に歪んだ顔の暗愚な貴族。
  あたしは静かに見つめ返す。
  視線を交差させると、向こうから眼を逸らした。あたしは元暗殺者。返すべき視線も、言葉も心得ている。
  何て啖呵を切ろう?
  フィーさんなら何て言うかな?
  ……あっ、きっとこう言うだろうなぁ。あたしも真似してみよう。
  「単純ばぁか」
  「……っ!」
  怒りに振るえながらも、吐くべき台詞が思いつかないらしくそのまま扉を開けようとした。
  城砦内の兵士を呼び集めるのだろう。
  別に怖くはない。
  ただ、事態が大事になり過ぎると女王に目を付けられるだろう。
  ……。
  あっ。大暴れしたのを理由に従軍を持ち出してくるかもしれない。それは困る。
  「餓鬼っ! 最強の俺様の軍団に叩きのめされるがいいっ! うひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃっ!」
  「はぁ」
  あたしが会う男の人って基本的にこんなのばっかり。
  溜息も吐きたくなる。
  ベルウッィク卿は格好良かったけど。
  早くローズソーン邸に帰ってヴィンセンテさんとまた月光浴に行きたいなぁ。
  「餓鬼っ! 今ならまだ許してやっても良いぞぉ? ほぉら、土下座しろ土下座。哀願したら許してやるぞ?」
  「全部潰しますから呼んで来てください」
  「い、言ったな餓鬼っ! よぉし。いいだろう。そんなに死にたいなら殺してやるっ!」
  ドアノブに手を伸ばす。
  ガチャ。
  扉が開いた。バルバトスが開けたのではなく、向こう側から開けられた。
  「なっ!」
  「よお。俺はスカーテイル。以後よろしくな」
  ガンっ!
  出会い頭に拳が決まる。
  暗愚な貴族は顔面をまともに殴られてその場に崩れた。気を失っているらしい。
  「スカーテイルさん」
  「拉致されてた連中は全て逃がしたぜ。俺達もとっとと引き上げるとしよう。……気付かれると厄介だ」
  警備を全てかわしてきたのだろう。
  あたしも暗殺者だけど、隠密系はあまり得意ではない。
  すごいなぁスカーテイルさんは。
  「あの」
  無言で佇む魔人に声を掛ける。
  ドレモラ・ケイテフ。
  「あの。これからどうするんです?」
  「旦那様からご子息の教育を任されていた。しかし我はお払い箱になった。……オブリビオンに帰るには次元を超える必要がある。
  しかし我には超えるだけの力はない。この世界で我は必要とはされまい。世界の片隅で生きるとしよう」
  「……」
  教育、か。
  それがこの人がここにいた理由。
  多分、旦那様……バルバトスの父親に恩義があったのだろう。その恩義ゆえにバルバトスを見捨てなかったのだ。
  しかし彼はそれに気付かなかった。
  あっさりと捨てた。
  「あのっ!」
  「娘。何用か?」
  「あの、あたし達の仲間になってくれませんか? 一緒に冒険者しませんか? その、あたしが一応はリーダーです」
  「……」
  「あの、名前は? あたしはフォルトナです」
  「名前はない」
  「なら……ドレモラ・ケイテフだから……ケイティーなんてどうです?」
  「……」
  無言のままあたしを見つめ、それから視線を床の上で伸びているバルバトスに移し、瞑目。
  思いつきの勧誘?
  それは、そうだけど、仲間にしたら心強そう。
  一緒にチーム組んだら楽しそうだし。
  「あの」
  「受諾した。よろしく頼むぞ、リーダー」













  「こ、ここはどこだっ!」
  甲冑に身を包んだ1人の男性が叫んだ。
  カザルトの都市が見下ろせる小高い丘の上。そこに唐突に現れたのは、甲冑に身を包んだ集団。
  唐突に現れた。
  それは、こちら側の世界にやって来たばかりという事。
  時空の壁を越えたのだ。
  「こ、ここはどこだっ!」
  もう一度、繰り返す。
  事態を理解出来ていない。
  それは当然だろう。
  何故なら彼は、彼らはブラックマーシュ地方に強行偵察中の帝国軍の部隊。総勢100名。
  もちろん越境は極秘。
  最近、帝国とアルゴニアン王国では関係が悪化している。
  亜人版ブラックウッド団が、アルゴニアン王国の尖兵といわれるのはその所以である。
  さて。
  「来ましたね。勇者達よ」
  「だ、誰だっ!」
  「この世界は危機に瀕しています。……あの都市の中心にある黒牙の塔には暴虐な女王が圧政を行っています。どうか助けてく
  ださい。貴方達のお力で、この世界に光を。女王を殺し、この空に太陽を取り戻してください」
  「……」
  指揮官は沈黙。
  突然現れたのは美し過ぎる女性。
  勇者。
  世界を救う。
  心地良い響きの単語を羅列されて悪い気はしないものの、まるで状況が把握出来ない。そして馬鹿でもなかった。
  そんな頼み事を聞く道理などない。
  唐突過ぎる展開。
  乗るほど馬鹿ではなかった。警戒深く女を見据える。
  それを見越したのか。
  女性は微笑みながら囁く。
  「女王を殺して貴方が王になればいい」
  「な、なに?」
  「女王の死は国中の誰もが願っている。それを成せば貴方は英雄。お仲間は皆、正義の軍となる」
  「……」
  「殿方なら一国一城の主となって独立するのが夢でしょう?」
  「……」
  指揮官は黙った。
  常々偵察などの卑役は自分には適さないと思っていた。百戦錬磨だと自分を思っていた。
  皇帝は既に崩御。
  皇帝の軍である帝国軍はいつの間にか元老院の軍に成り下がっていた。そのことに関して苦々しく思っている者も多い。
  彼もまたそんな1人だった。
  政治家に従うのはプライドとして我慢できない。
  ならば。
  「いいだろう。この国を我々の力で切り取るっ! 国崩しだっ!」
  叫ぶ指揮官。
  喚声を上げる帝国軍。
  女性が薄く笑ったのに気付いたものは誰もいなかった。



  ……第三勢力登場……。