天使で悪魔





理不尽な結末




  結末は唐突に訪れた。
  理不尽な結末。
  例えどのような終わり方でも、それは等しく結末として作用する。
  そう。終わったのだ。

  チャッピーを助けにあたし達は異世界に来た。
  しかしその意味も空しく終わった。
  唐突に。
  突然に。

  ……なんて理不尽な結末なのだろう……。






  「貴女達の善意に感謝を。貴女達の貢献に報酬を。望むもの、可能な限り差し上げましょう」
  異空間にある世界カザルト。
  それは世界の名であり、この世界にある唯一の国家の名前でもある。
  狂気の館の一件は終わった。
  結局、あたし達はファウストを殺さなかった。
  殺さずに拘束し、引き渡した。
  この国の指導者であるリーヴァラナ女王陛下に。
  女王は喜び、すぐに晩餐の席を用意させた。見た事のない(材料が分からないという意味。さすがは異界の料理)料理がテーブル
  に所狭しと並べられている。
  既に酩酊している女王は、上機嫌。
  「奴隷民族とはいえ役に立つものですね。いささか侮っておりました。……ああ、失礼。別に馬鹿にしているのではないです」
  「理解しております、陛下」
  シャルルさんが丁寧に答えた。
  女王はアイレイド時代をリアルに生きている。
  当時の人間系はアイレイドエルフの奴隷だった。リアルに生きたからこそ、そのような言動になる。
  言動こそあんな感じだけど見下してはない模様。
  ……。
  まあ、立場的に見ても向こうは女王だから対等ではないけどね。
  さて。
  「今宵は愉快です」
  当初のような刺々しさはない。
  最初はあたしを人形姫と恐れてたのに。
  よっぽど死霊術師ファウストの拘束が喜ばしいのだろう。
  席に付いているのはあたし、シャルルさん、エスレナさん、スカーテイルさん、そしてリーヴァラナ女王。
  女王の側近であるシスティナさんは、女王の側に控えて給仕をしている。
  カチャカチャ。
  無言で食事を食べるあたし達。
  女王は上機嫌で色々と喋ってはいるものの、あたし達は祝う気にはなれない。
  料理はおいしいけど。
  スッ。
  シャルルさんがグラスを掲げる。
  「トカゲさんに」
  意味を理解したあたし達もグラスを掲げる。
  「チャッピーに」
  「……ああ、冥福を祈ろう」
  「トカゲの親類さんよ、さらばだ」
  瞳を閉じめて冥福を祈る。
  それからグラスを口に当て、中身を飲み込む。……こんなにもほろ苦いオレンジジュースは初めてだ……。
  仲間を失うって、辛いなぁ。
  「……僕は仲が悪かったですけど、良いトカゲさんでした」
  「……あたし、さよなら言えなかった」
  「……辛いねぇ。仲間を失うってさ」
  「……思い出話をしながら、今日は呑もう。ひたすら呑もうっ!」
  追憶。
  どうして死んじゃったの、チャッピー。
  「……あの、すいません。我輩は生きてますけどそろそろ勘弁して欲しいんですが……」
  「うるさい亡霊っ!」
  「マスター、亡霊は酷いんですが……」
  「うるさいっ!」
  怒鳴り飛ばす。
  あたしの席の後ろに立ち、申し訳なさそうな銀色のドラゴニアン。チャッピーだ。
  そう。
  彼は生きてる。
  死んだと思ったものの、実際には生きていた。
  ファウスト許せんー、と燃えては見たもののしゃあしゃあと現れた際には全ての怒りはチャッピーに向った。
  許せる?
  許せるかボケーっ!
  ……。
  あの時のあたしの涙は無駄な方向ですか?
  何て無駄な水分使ったんだろ。
  はぅぅぅぅぅぅっ。
  「トカゲさんが悪いですよあれはさすがに」
  「我輩に何が悪いのだ若造っ!」
  「悪いですよ。……牢屋がつまらないからって勝手に脱走して出歩いてるなんて」
  「退屈だったのだ。仕方あるまい」
  「それだけならまだしも、脱皮するなんて。僕でさえあれは亡骸だと思いましたよ。まさか抜け殻とは」
  「ドラゴニアンの習性にケチをつけるな」
  そうなのだ。
  チャッピーは死んでなかった。
  ファウストが匙を投げるほど皮膚が厚過ぎる為に、実験する事も出来ずにとりあえず衰弱させようと牢に閉じ込められていた。
  その間、暇だったチャッピーは脱獄。
  かと言って自力で屋敷を脱出出来るほどセキュリティーは甘くはなく、牢獄の区画でウロウロしていた。
  さらにさらに暇だったので脱皮してたらしい。
  あれは亡骸ではなく、抜け殻。
  ……なんと理不尽な結末。
  「マスター」
  「……」
  あれからチャッピーをシカトの刑に処してるあたし達一同。
  当分許してやんないっ!
  晩餐の席?
  チャッピーに座る権利も食べたり呑んだりする権利もありませんっ!
  以上っ!
  「フォルトナさん、トカゲさんは許せませんねぇ」
  「当然ですっ!」
  ニヤニヤ顔のシャルルさん。
  表面的にはチャッピーとは仲が悪い(心底は嫌い合えてないとは思ってる)のであたしを味方に出来て嬉しいらしい。
  しばらくは全面的にシャルルさんの味方です。
  チャッピーなんて、きらぁいっ!
  くすり。
  女王の側近であるシスティナさんは微笑ましいものを見たかのように、笑った。
  ……実際問題、微笑ましくはないけどなぁ……。
  「貴女達の高潔なる厚意に感謝します」
  笑みを消し、事務的な口調でに頭を下げた。
  女王の側近に相応しい風格だ。
  ……。
  それにしても綺麗な顔立ち。
  綺麗過ぎるぐらい。
  年齢は幾つなんだろ?
  「今後死霊術師ファウストに対しては、厳しい尋問を行います。反乱分子の正確な情報を入手する為にも」
  反乱分子、か。
  ファウストはそういう手合いに強化生物を売り渡していたらしい。
  その代償にヴァンピール達に誘拐をさせてた。
  「女王陛下」
  挙手するシャルルさん。
  その顔には知的好奇心が宿っていた。
  この国の状況が気になるのかな?
  「質問がございます」
  「許す」
  「はい。ありがとうございます」
  鷹揚そうに女王は許可をし、システィナさんに目で合図する。
  システィナさん、一礼。
  多分この国で全ての裁可の権限を握っているのは女王ではあるものの、それ以外の情報や行政能力を有しているのはシスティナ
  さんみたい。女王とシスティナさんの二人三脚で国は動いているのだろう。
  凄いなぁ。
  「私がお答えしましょう。何かご質問があるのですか?」
  「この国の状況を知りたいのですが」
  「状況。さて、どのような」
  「国力です」
  「人口は2000人ほど。食糧は完全に自給できています。タムリエルから持ち込んだ農作物や畜産類は今ではこの世界に完全
  に適応してています。水は地下から汲み上げております。城壁の外には集落はありません。軍隊は……」
  「軍隊もあるのですか?」
  「もちろん。国には軍隊は必要不可欠です。もっとも、この黒牙の塔で女王に仕えている者は200名。文官30名、執事や召使いなど
  の使用人が50名、純粋な衛兵は100名、残りは学者などですね」
  「100名の軍隊。……全てヴァンピールですか?」
  「ヴァンピールは元々国民の一割もいません。女王に仕えているのは20名程度です」
  「つまり」
  「つまり、大半のヴァンピールは反乱分子側に付いたわけですね。反乱分子の兵力は推定200名。それだけなら大した事はありま
  せんがファウストの強化生物を大量に兵力として組み込んでいますので……合計すると1000ですかね」
  「結構な差がありますねぇ」
  あたしは絶句した。
  結構な差って軽くシャルルさんは言うけれど、普通に10倍の差があるじゃないのっ!
  ……それで勝てるの?
  「あんたらそれで大丈夫なのかい?」
  例え相手が王族でもエスレナさんの口調は代わらない。
  頼もしい?
  この場合は……どうなんだろ。
  女王は大分酔っているらしく、楽しそうに答えた。
  「心配はない。この塔を落としに来てくれた方が助かる」
  「……?」
  「この塔の中ではヴァンピールは能力を失う。元々黄金帝の拠点だからね。勝手に改造して生み出されたヴァンピールの反乱を
  防ぐ為に、塔の中ではヴァンピールは普通の人間と変わらぬ。つまり、私の首を取りに来れば全てひっくり返せる」
  「へ、陛下っ! そ、そんな機密事項をこの者達に……っ!」
  「構わぬシスティナ」
  能力を無効化できる、か。
  相手の戦力の精鋭がヴァンピールなのはおそらく間違いない。
  ヴァンピールは強い。
  数さえ揃えれば女王には阻めないけど……この塔に入った時点で普通の人間になるのであれば。
  万全の防御体勢を敷いているであろう女王が勝つのは明白だろう。
  ……。
  ああ。
  だからファウストと組んで強化生物を戦力にしてるのか。塔の中でも無力にならない強化生物を軸にして攻める手筈なのだろう。
  「お前達との会話は楽しいぞ」
  「陛下、呑み過ぎでは」
  「堅い事を申すな。久々に豪勢な料理と美味な酒を呑んでいるのだ。今日は大目に見よ」
  自給自足が出来ているとはいえ、それなりに食料の制限はあるみたい。
  女王といえども毎日豪勢なものを食べてるわけじゃなさそうだ。
  「さて。お前達に褒美を取らせよう。好きに言え」

  「女王陛下。ウンブラを頂戴したく」
  「ウンブラ?」
  確か魂を食らう魔剣だっけ?
  シャルルさんが捜し求めていた剣だ。そういえば《特命》とか言ってたけど、アーケイ聖堂が望んでるのかな?
  その剣を?
  褒美にウンブラかぁ。
  ……。
  あっ。
  あたしもそもそも秘宝探しも目的だった。
  サヴィラの石。
  千里眼の水晶とも呼ばれる代物で、それさえあれば旅をせずにフィフスを探せる一品。
  ご褒美としてもらえないかな?
  「ウンブラ?」
  もう一度口に出す女王。
  聞き覚えがない?
  「システィナ」
  「はい陛下」
  「それは宝物庫にあったものか?」
  「文献にはそうあったと記憶しておりますが」
  記憶?
  わぁ、すごいなぁ。
  システィナさんはインペリアル。
  こちら側に迷い込んできて、女王に取り立てられて側近になった人。多分、宮仕えしてから長くても数年。
  リアルタイムに数千年は生きているであろうヴァンピールとは意味が違う。
  勉強しておそらくは記憶してるんだ。
  すごいなぁ。
  「ふむ。宝物庫にあったとは、運が悪いな。人間の男よ」
  「はい?」
  「こちら側の次元に遷都した際に、都の西側は次元の裂け目に落ちた。こちら側に都同様に転送されているのだが、宝物庫はここ
  にはない。都の西側とともに別の場所に具現化されているはずだ」
  「……なんと面倒な展開」
  「すまんな。許せ」
  うなだれるシャルルさん。
  別の場所に転送かぁ。
  「探せばいいじゃないですか、シャルルさん。あたし達は冒険者。フラガリアとして、頑張って探しましょう♪」
  「フォルトナさん。胸がないのに、元気はありますね」
  「……すいませんそこは胸の話題必要ですか?」
  「ハハハ♪」
  ふぇーんっ!
  胸が全てじゃないもん。結局、巨乳なんて部分的肥満だもんっ!
  ……。
  ……。
  ……。
  システィナさんはボインボインだなぁ。
  やっぱり羨ましいなぁ。
  「ツルペタさんもお願いがあるんじゃないですか?」
  「ツルペタじゃないもんっ!」
  苦笑する面々。
  だ、駄目だ。ムキになればなるほど、あたしの負けになるっ!
  ともかく、冷静に話を進めよう。
  「女王様。お願いがあります」
  「巨乳になる方法ですか? システィナ、貴女はカザルト随一の巨乳。この子に胸の手入れを懇切に説明してあげなさい」
  「違いますっ!」
  ……き、気にはなるけど。
  個人的にシスティナさんに聞こう。あ、後でね。べ、別にそれほど焦ってないし気にしてないけどね。
  「女王様。お願いがあります」
  「何ですか人形姫」
  「……」
  「人形姫?」
  「あの、お願いとはまた話し変わりますけど……あたしって人形姫なんですか?」
  「それは知りません。そちらで自称したはず」
  「……」
  「まあ、よい。……真偽は知りません。こちらに遷都する際には人形姫は各国を蹂躙して健在でした。その後は知りません」
  「そう、ですか」
  収穫なしか。
  普段は別に気にはならないけど……それでも、やっぱり気になるなぁ。
  この国が人形姫健在の真っ最中に遷都したならこれ以上の情報はないだろう。
  残念。
  この世界ではアイレイド文明が今も生きている。
  過去の歴史が鮮明に生きてる。
  もしかしたらとは思ったけど、手掛かりはなしか。気にはしないけど、出自の事だからね。
  悩むほどではないけど、やっぱり気にはなってる。
  はぁ。
  「それで人形姫。望みは何です?」
  「サヴィラの石が欲しいのです」
  「サヴィラ?」
  「それも、宝物庫に?」
  「いえ。それならばジェラスが持ち逃げしましたよ。今頃は反乱分子のモノになっている。そして私達を見ているはず」
  「……」
  ジェラス?
  渇きの王とかいう奴の元にあるのかぁ。ジェラスはその部下らしいし。
  「その方達、何という名でしたか? ……ああそうそう、フラガリア。頼みがあるのです」
  「何でしょう、女王様」
  「内乱は出来れば避けたい。しかし、事ここに至るとそうも言ってはいられないでしょう。決着は、戦争でつける事になる。しかし
  我々には戦力が足りない。ヴァンピールの大半は向こうに付きました。これでは勝てない」
  「つまり?」
  「つまりフラガリアにも従軍して欲しいのです」
  「それは……」
  「最後まで聞きなさい。連中の目的は私に取って代わる事ではない。もちろんそれもある。それもあるがそれ以上の目的がある」
  「……」
  「タムリエルへの侵攻です」











  黒牙の塔。地下牢。
  アイレイドの魔道文明の技術の粋を持って作られたこの塔は、現在のタムリエルの文明を遥かに超越している。
  それは牢一つとっても言える事だ。
  「……」
  コツン。コツン。コツン。
  死霊術師ファウストは縛られもせずに、牢の中に放り込まれた。
  この牢は物理的に破壊は不可能。
  右腕はマリオネットのものであり、強大な魔力も秘めてはいるもののこの牢の中では無力。
  「……」
  コツン。コツン。コツン。
  石の壁を背にして座り、壁に拳を叩きつけて彼は日々の時間を過ごしている。
  無表情。
  「……」
  コツン。コツン。コツン。
  「うるさいぞっ!」
  衛兵が叫ぶ。
  物理的に破壊不可能な牢とはいえ、ファウストは危険視されている。
  女王の指示で常に数名が詰めている。
  情報源として生かしている。
  しかし万が一の際には躊躇わず殺してもいいという指示が女王から下されている。
  「この反乱分子めっ! 大人しくしてろっ!」
  「……ふっ」
  浮かぶ冷笑。
  コツン。コツン。コツン。
  壁を叩く手は止めない。衛兵は鍵を開けて痛めつけてやろうとするものの、同僚に止められる。
  「放っておけ。こいつは終わったのと同じだ」
  「……ああ、そうだな」
  ぺっ。
  唾を吐き捨てる。その唾は狙い違わずにファウストの頬に。
  コツン。コツン。コツン。
  意にも介さずにファウストは冷笑を続けた。
  そして聞えないように呟く。
  「……今に終わるのはお前らだよ。くくく……」
  コツン。コツン。コツン。