天使で悪魔





天才達の弁証法




  狂気の館の主は倒れた。
  あたし達は彼を拘束し、さらに下層へと移動する。
  仲間を救う為に。
  冒険者の街フロンティアから誘拐されたドラゴニアンのチャッピーを救う為だけにこの世界に来たのだから。
  助けなきゃ。絶対に。

  あたし達は進む。
  下層に。
  下層に。
  下層に。
  悪意と狂気が渦巻く、さらなる領域に。
  あたし達は進む。







  「はあっ!」
  気合一閃。
  スカーテイルさんが最後の一体を切り倒した。直撃を受けてバラバラになる無数の骨。
  敵はスケルトン。
  どうやらファウストの助手というか研究に必要な労働力みたい。
  もちろんガーディアンとしての意味もあるだろう。
  あたし達は一掃した。
  「まっ、僕達にしてみれば容易い相手ですねぇ」
  「そうですね」
  この中にスケルトンに敗れる者は誰もいない。
  無数に散乱する骨に一瞥をし、あたし達は先に進む。
  奥に奥に。
  下に下に。
  死霊術師ファウストは手錠で拘束し、さらに鎖でグルグル巻きにして上に放置してきた。気絶してるし、あの状態だから動けまい。
  下手に連れて行くとかえって危ないと判断した結果だ。
  ……。
  殺した方が早い。
  気絶して無防備な相手を殺すのは多少の抵抗はあるものの、相手は悪逆非道なマッドサイエンティスト。
  感情的には始末したい。
  それに探索するあたし達の後方の安全にもなるからだ。
  生かしておくと危なそう。
  それでも、システィナさんとの約束だから。
  拘束。
  それが彼女の援助の条件だった。
  遠征に必要な大量の食料を援助してもらったし、無下には出来ない。だから殺さなかった。
  心情的には?
  ……ファウストを殺したい。
  でも、約束は約束だから。そこは大切にしたいと思った。
  さて。
  「それでここは何の部屋だい?」
  エスレナさんは怪訝そうに周囲を見た。
  特に何もない。
  大量のスケルトンだけがいた部屋。一体何の部屋なんだろ?
  「シャルルさんはどう思います?」
  「召使いの部屋じゃないんですか?」
  「召使い?」
  「スケルトンですよ。多分用がない時はここに入れておくんでしょう。……多分ね。推測しか出来ません。僕の家じゃないんで」
  「おいおい眼鏡。ここまで一本道だ。ファウストはわざわざスケルトンの部屋通って奥に行くのかい?」
  「最短ルートがあるんじゃないですか? あくまで見た感じが一本道です。もしかしたら別の道があるのかもしれない」
  「まあ、道理だねぇ」
  あたしもそう思った。
  さっきから変に遠回りのような気がしていた。
  シャルルさんが言うように最短ルートがあるのかもしれないけど、当然の事だけどあたし達にはそれが分からない。
  「進むしかないってわけだよな?」
  スカーテイルさんの言葉は正しい。
  シンプルで分かり易い。
  進むしかないのだ。一歩一歩。奥へと。下へと。
  最奥にチャッピーがいるかは知らないけど、進む方向にいる事はまず間違いないだろう。
  待ってて。チャッピー。
  「フラガリア。前進します」
  あたしを先頭に屋敷内を進む。


  資料室や食料の貯蔵庫、何かの薬品が所狭しと置かれた部屋や、居住空間のような部屋。
  奥へ奥へと進む。
  スケルトンの妨害があったりするものの、それ以外は何もいなかった。
  少し安心。
  「ふぅ」
  「どうしました、フォルトナさん」
  隣に並んで歩くシャルルさんが洩れた安堵の息を聞いて、声を掛けてくる。
  しばらく前から一本の長い回廊を歩いている。
  今のところ特に大した問題はない。
  まあ、広過ぎるのが問題といえば問題かな。
  少し足が疲れた。
  「少し拍子抜けです」
  「拍子抜け?」
  「だって、もっとモンスターがウヨウヨと徘徊してるのかなーって」
  「ファウストがここに住んでるわけですからね。あまり無意味に徘徊させたら暮らし辛いでしょう」
  「なるほど」
  「しかし究極の生物かぁ」
  「興味あるんですか?」
  声のトーンからして、興味ありそうだ。
  あたし?
  あたしは、ファウストの所業には吐き気を覚える。闇の一党が善人とは言わない。闇の一党も充分に悪人だけどファウストはそれ
  よりも劣ると思う。死霊術師と今まで相対した事なかったけど、ファウストみたいな奴が死霊術師の姿ならば。
  死霊術師、嫌いだなぁ。
  まあ、好きでいる必要はないけど。
  フラガリアの仲間に加わる事はないだろうし。
  「シャルルさんは興味あるんですか?」
  「ええ」
  「そうなんですか?」
  「この施設、バイオの洋館みたいな感じがしますし。最後はやっぱタイラントなんですかねぇ」
  「はっ?」
  「しかしロケラン……ないでしょうねぇ。どんな奴でも一撃なあの兵器がないとタイラント戦は厳しいですよ」
  「はっ?」
  興味の意味が、少しよく分からない。
  ……。
  ま、まあ、ファウストに同調する思想……というわけではなさそうだから一安心。
  でもタイラントとかって何?
  意味不明です。
  はぅぅぅぅぅぅっ。
  「大体シャルルさんは……あっ……」
  「フォルトナさん?」
  何か感じる。
  回廊の先。
  闇に包まれてよく見えないけど、そこから何かが走ってくるような気がする。数は……5体。
  「何か来ます」
  バッ。
  一斉に構える仲間達。
  鋭過ぎる感覚を頼りにしてくれているらしく、何の説明もなしに身構えた。
  ……。
  説明求められても無理だけどね。
  何となく感じてるだけだし。
  それにあたし自身、何かくるのは分かったけどそれが《何か》はまるで分かっていない。
  身構える。
  「何が来ようとも敵でしかないでしょうから先制攻撃でもしますかねぇ。エスレナさん、一斉に魔法で撃破しますよ」
  「ふふん。了解さね」
  シャルルさんは雷。エスレナさんは炎。
  フラガリアの中では魔道戦力。特にエスレナさんは魔法で遠距離攻撃も出来るし、剣で接近戦も出来る万能な人。
  頼りになる姉御肌の女性だ。
  そして……。
  「アーケイよ。力を。……聖雷っ!」
  「ゴールデンジャスティスフレイムナイツっ!」
  ……はっ?
  名前、変えたんだ。
  魔法を放つ際に名前は特に関係ないみたい。ノリ?
  ともかく雷と炎が放たれ、気配の元に到達し炸裂した。
  炸裂した魔法が闇を照らした瞬間、人影が瞳に映る。その人影は魔法を物ともせずにこちらに突っ込んできた。
  既に姿を判別できる距離。
  互いに三メートルほどの間合。数は5名。魔法に耐えたらしい。
  一見すると敵はダンマーにも見えるけど……。
  「ドレモラですか。それもチャール。大した敵じゃないですねぇ」
  シャルルさんは呟いた。
  ドレモラは分かる。オブリビオンに住まう魔人で、悪魔の軍勢の中核を担う者達。
  でもチャールって何?
  ……。
  ちなみに魔人がドレモラ。
  悪魔の総称がデイドラ。
  「いずれ死すべき者よ。ここはファウストの屋敷。勝手は許さん。排除する。……それが奴との契約だからな」
  「フォルトナさん」
  こくん。
  無言で頷く。
  意味は分かってる。どう転んでも敵にしかないのは分かってる。
  あたしは魔力の糸を紡ぎ、瞬殺っ!
  首が五つ、床に落ちた。
  「相変わらず問答無用だねぇフォルトナ。感服するよ、あんたの力」
  「ありがとうございます。あの……」
  「なんだい?」
  「あの魔法の名前なんですけど?」
  「センスいいだろ?」
  胸を張り、自慢げだ。
  多分あたしの賛辞を期待してるのだろうけど……どうしよう?
  ちらりとシャルルさんを見ると目を逸らした。自分で考えろって事なのー。
  はぅぅぅぅぅぅっ。
  「あの、その、ダサいですっ!」
  「……」
  意を決していったものの、エスレナさんはこめかみをヒクヒクと痙攣させたまま無言。
  ポン。
  あたしの肩を叩き、スカーテイルさんが耳打ちする。
  「ストレートに言うなよ」
  「で、でもー」
  お世辞にも格好良いなんて言えないし。
  仕方ないもん仕方ないもんっ!
  はぅぅぅぅぅぅっ。
  ……。
  空気が暗い。
  わ、話題を変えよう。
  「シャルルさん、チャールってなんです? 今の魔人の、名前なんですか?」
  「おや知らない?」
  「まったく知りませんです。はい」
  「称号……まあ、身分ですかねぇ。ドレモラは種族、チャールは身分。だから一般的にドレモラ・チャールで一括りです」
  「へぇー」
  「魔人には様々な階級があるのですよ」
  親切に。
  懇切に。
  説明してくれるシャルルさん。出来るだけ分かり易く教えてくれるてるつもりなんだろうけど、あたしには少し難しい。
  それにしても階級かぁ。
  考えてみればオブリビオンの悪魔なんて御伽噺だもんなぁ。
  召喚師には馴染み深いのかもしれないけど、あたしは召喚師じゃないし。



  ドレモラ。
  悪魔の世界オブリビオンにいる魔人の事であり、魔王メエルーン・デイゴンの軍勢の中核。
  階級があり、知性が高い。
  高い魔法耐性と高い魔力を有する。


  ドレモラ・チャール。
  全てのドレモラの中でも最も低い地位に位置する魔人であり、悪魔の軍勢の最下級の兵士。


  ドレモラ・ケイティフ。
  チャールより地位は高いものの、軍勢の中では下位に位置する突撃兵。


  ドレモラ・キンヴァル。
  軍勢の中では中級に位置する者達で、戦士や騎士に立場にある軍勢の主戦力。強力な力を有する。


  ドレモラ・キンリーヴ。
  士官クラスの魔人。また、軍の規律を護る憲兵としての立場でもある。


  ドレモラ・キンマーチャ。
  上級仕官の魔人。コマンダーとしての立場であり、部隊を指揮する立場の者達。

  
  ドレモラ・マルキナズ。
  侯爵の地位にある者達で、魔王から領地を与えられている。
  男性社会のデイゴンの軍勢の中で、唯一女性の魔人が存在している。


  ドレモラ・ヴァルキナズ。
  魔王に次ぐ地位を持つ魔人達で王子と称されている。
  デイゴンの軍勢を総指揮する権限を持ち、魔王直属の近衛兵団であるヴァルキンのメンバー。



  「へぇー」
  話の半分は理解出来たけど、もう半分は無理だった。
  相変わらず難し過ぎるよー。
  はぅぅぅぅぅぅっ。
  ……。
  でも純粋に面白い話だった。
  シャルルさんが言うには最下級であるチャールクラスの魔人なら契約次第で手駒に出来るらしい。
  それでも高い召喚の技能を要する。
  だとするとファウストは召喚師としてのスキルもあるわけだ。
  ……あれ?
  「そういえばここにはヴァンピールいませんよね」
  「女王やシスティナさんの話では、ファウストは中立。あくまでヴァンピールは生物兵器の取引相手であり、誘拐を依頼出来る
  程度の関係。仲間ではないので、ここにはいないのではないですねぇ」
  「なるほど。そうかもしれませんね」
  それにいないほうがいい。
  一応、ベルウィック卿の助言からヴァンピール対策は万全だけどね。
  霧化状態は無敵。……突風以外には。
  要は炎の魔法を炸裂させて爆風で霧を吹き飛ばせばいいだけだ。弱点さえ分かればそれほど怖い相手ではないけど、それでもここ
  にいない方がいい。
  知識を有する敵がいればいるほど、この先に囚われているであろうチャッピーが人質にされかねないからだ。
  ……。
  龍質?
  「ともかく先に進もうじゃないのさ」
  「まったくだ。講義の場合じゃないだろ?」
  その通りだ。
  あたし達は首と胴が泣き別れ状態の悪魔達の屍を越えて、先に先にと進む。
  回廊はまだ続く。
  歩く事数分。扉が見えた。随分と重そうな鉄の扉だ。
  ギギギギギギギ。
  4人で力を合わせて開く。不平そうな音を立てて、扉は開いた。
  その先に広がる光景。
  「……っ!」
  思わず絶句する一同。
  視線の先には次の部屋に続く扉がある。しかしそこに至るまでの両脇には鉄格子で区切られた四角の個室。牢屋だ。
  あたし以外の3人が絶句している時点で、ここはシャルルさん達が捕えられていた場所ではないと判断出来る。
  「行きましょう」
  低い声でシャルルさんは促した。
  歩き出す一同。
  「……」
  無言。
  しかし泣き声で笑い声や怒声に部屋は満ちている。
  牢屋には人がいた。
  ……。
  いや。
  全て人だった者達だ。
  どうやらここは改造された者達の牢屋らしい。
  四肢が異常に長い女性、両肩に犬の首が縫い付けられている男性、老人の額には異形の口があり、子供の背中からは蜘蛛の
  ような巨大な足が生えていた。正視出来ない惨劇だ。
  そして一様に瞳には狂気の色が宿っている。
  狂わなければ生きられない。
  「ねぇ」
  呼び止められた。
  無視しようかと思うものの、シャルルさんは止まった。あたし達も止まる。
  拘束着を着せられた女性だ。
  綺麗。
  綺麗なんだけど……眼が怖かった。完全に正気を失っている。
  「ねぇ。拘束着解いてくれない?」
  「それは、その……」
  「背中が蒸れて痒いのよ。……あらぁ、そこのお兄さん格好良いわねぇ」
  シャルルさんに媚態。
  解いてあげた方がいいだろうか?
  皆を解放してあげた方がいいのだろうか?
  ガン。
  鉄格子から頭を出そうと必死に打ちつけているものの、女性の頭の方が当然鉄格子の隙間より大きい。出れる筈がない。
  シャルルさんは一歩前に出て、しゃがみ込む。
  眼と鼻の先に女性がいる。
  「ねぇ解いてくれなぁい? そしたら私の体を好きにしていいわよ?」
  「それは興味深い提案ですね」
  「あっははははははははははははははもっとも裸になったらびっくりする体になってるけどねあんたを食い千切っちゃうわよぉーっ!」
  「聖雷」
  バチバチバチィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィっ!
  至近距離の一撃。
  女性は雷に弾かれ、壁に叩きつけられる前に死んでいた。黒焦げとなっていた。
  「シャ、シャルルさんっ!」
  「これしか救いがないでしょう。既にね」
  「だからって……っ!」
  「この世界にメルヘンなんてないんですよ。あるのは残酷な現実だけ。死だけが、解放ですよ。ここにいる者達にとってはね」
  「……」
  そうかもしれない。
  あたしが解放に踏み切れなかったのも、結局はそこ。
  シャルルさんを責めれないよ。
  シャルルさんを……。
  「行きましょう。奥に。……そろそろこの屋敷にも我慢ならなくなってきましたから。用件済まして帰りましょう」


  ……我慢ならない。
  そのシャルルさんの言葉は、正しかった。
  今いる広い部屋には、見た事のない大きな設備がたくさんある。そこからチューブのようなものが伸び、ガラスなのかクリスタルかは
  知らないけど巨大な筒に繋がっていた。
  そこ筒の中に水が満たされている。
  「培養液」
  「えっ?」
  「培養液ですね。これは。……実験体を保存してあるようですね」
  「……実験体……保存……」
  そう。
  培養液が満たされた筒の中には全裸の男女が浮かんでいた。
  歪な骨格をした男性。
  トロルと融合しているような感じの女性。
  ……。
  少なくとも見ていて気持ちのいいモノではない。
  誘拐された者達の成れの果て。
  このカザルトの国の住人なのか、それともシロディールから誘拐して来た者達なのか。
  いずれにしても自発的な実験体ではあるまい。
  「……戻って殺してきた方がよさそうだねぇ」
  「俺も手伝うぜ。さすがに胸糞悪いぜ」
  憤慨するエスレナさんとスカーテイルさん。
  あたしもだ。
  あたしも、腹が立っている。
  もちろんシスティナさんとの約束も大事だけど……あんな奴、生かしておいていいのだろうか?
  ううん。否。
  万死に値する。
  神様がいるのなら、どうして罰を与えないのだろう。
  どうして?
  「……」
  無言で歩き、その部屋を抜けた。
  不吉な思いは誰の胸にもある。
  生存を信じて疑わないあたしでも、チャッピーの状況が心配でならない。
  こんな場所で1人。
  どんなに心細いだろう。
  ……何事もなければいいけど……。
  ガチャ。
  次の扉を開けた。
  さらに広い部屋だ。よくこんな下層に、これほどまでの施設を建造出来たなと不思議になる。
  ここには特に何もない。
  「血?」
  ただ、血の臭いだけは微かにした。
  なるほど。合点する。
  ここは拷問部屋だ。ただそれほど種類はないらしい。もちろん、拷問に興味などない。
  奥に進もうと歩き出すと……。

  「……あっ……」
  ガラスで仕切られている部屋がある。
  見覚えがある。
  確か水晶版で見せられた映像では……そう、エスレナさんが漬けられてた場所だ。虚像で、デタラメだったみたいだけど。
  へぇ。場所は場所として存在しているんだ。
  何も知らなかったら貯水槽とか思うかもしれないけど、あそこにある槽には薬液。
  肉を溶かす薬液。
  パチパチパチ。
  拍手。
  「よくぞここまで辿り着きましたね」
  「ファウストっ!」
  「ええ左様でございますよ。第二ラウンド、はじめてよろしいですか?」
  嘘っ!
  上層で拘束したはずのファウストがここにいる。
  ……偽者?
  でも、どっちが?
  「ホムンクルスではなさそうですねぇ」
  「私は本物だよ。眼鏡の男よ」
  「シャルルです」
  「シャルル。ホムンクルス、という言葉を知るならその特性も理解出来ているはずだ。私はホムンクルスではない。絶対に」
  「確かにそうですねぇ」
  意味が分からない。
  勝手に進めないで欲しい。
  「どういう意味なんです?」
  「ホムンクルスは学習もするし命令に従います。でも人格はないんですよ。あくまで肉を持つ人形。決して喋らないんです」
  「へー」
  「大抵ホムンクルスを作る際には自分の遺伝子を使いますね。だからそっくりな、コピーが出来上がる。だけど使う遺伝子によって
  能力は変わりません。優秀な遺伝子を使っても出来は同じなんですよ。心がないから素直に学習し生かす。人より優秀ですよ」
  「へー」
  少し脱線したけど、ともかくホムンクルスは喋らない。それだけは分かった。
  まあ、そこはいい。
  つまりここにいるのは本物?
  でもどうやって?
  「何も覚えていないのか、人形姫?」
  「……?」
  記憶に空白があるのは分かる。
  その間に何かしたのだろうか、あたし。
  ……。
  ズキズキする頭。
  駄目だ。
  思い出そうとすると頭が痛む。あたしは考えるのをやめた。
  「はぁっ!」
  「ふん」
  魔力の糸をファウストは右手で弾いた。
  ……あの腕、生身じゃない。
  見た感じは生身のようだけど……何かで普通の腕に見えるようにカモフラージュしているのかもしれない。
  「ふぅん。義手ですか」
  「そうだ。マリオネットの腕を使っている。右腕は全部、マリオネットの腕だよ」
  「魔力も感じますね。何か強力な力を秘めているようですね」
  「そこまで分かるかシャルル。左様っ! この腕は我が力の源。手錠など、引き千切るなど容易な事よ」
  「なるほど」
  ファウストは単身でも強いらしい。
  ヴァンピールと取引をしながらも、仲間ではなく中立を保てるのはその能力ゆえか。
  ヴァンピールもちょっかい出して敵には回したくないらしい。
  ……。
  まあ、あたし達も敵には回したくないけど。
  恐れるのは能力ではなく狂気。
  出来るならばお付き合いをしたくないタイプ。しかし関わった以上は、処理しなきゃね。
  ……処理を。
  「それにしてもどうやって先回りしたんだい?」
  「ここは我が屋敷。最短ルートは、確保してある」
  「ああ。そういう事かい」
  今までのことで完全に頭に来ているエスレナさんは、既に剣を抜いている。スカーテイルさんも同じ。
  どんなに強大な相手でも、あたし達だって強い部類に入る冒険者。
  連携すれば。
  そうよ。連携さえすれば勝てる。
  数では押しているんだから、多少質で劣っても挽回は容易い。
  「屍人形。毒蟲」
  呼ばれたと同時に扉をぶち破る音がした。事実、扉は破られていた。
  現れたのは二人。
  腐ってこそいないものの誰が見ても屍と分かる女性のゾンビ。服はまとわずに全裸。インペリアルのように見える。
  異様に白い肌は腐敗で爛れていない。腐敗臭もしない。何かの処理が成されているのだろう。
  多分この女性が屍人形。
  もう1人はさらに異様だった。
  元の種族は分からないものの、おそらくは人間系。
  あたし三人分くらいのウエスト。
  ブヨブヨした脂肪を持つ男性で、一見するとオーガの出来損ないのようにも見える。
  眼は淀んでおり、口からはブクブクと気持ちの悪い黄色い泡を吐いている。
  こいつが毒蟲か。
  「我が最高傑作だよ。特に屍人形マティーニはね」
  「マティーニ?」
  ファウストの顔には自慢がありありと浮かんでいた。
  優しく屍人形の頬を撫でる。
  ……昔の恋人?
  「マティーニは私の首を取りに来た魔術師ギルドの、それもアルケイン大学の魔術師だった。まだシロディールにいた頃に放たれた
  魔術師ギルドの刺客だよ。返り討ちにして、拘束した。実験台にしたんだ。私の崇高な実験のね」
  「実験台?」
  恋人じゃないのか。
  なのにどうしてこんなに愛しそうな瞳で見るのだろう。
  ……歪んだ恋愛感情?
  頬を撫で続けながら続ける。
  「様々な実験でも彼女は媚びなかった。どんなに苦痛を与えても最後まで抵抗していたよ。肉体の限界まで苦痛を引き出し、眼をくり
  抜き、歯を全て抜き、体中に針を突き刺した。それでも私に哀願しななかった。その時彼女こそが究極の生物だと気付いたっ!」
  「……」
  こいつ腐ってる。
  完全に。
  「しかしそんな彼女も最後は病で死んだ。そう。彼女は究極ではなかったのだ。……しかし私は彼女を愛した。だから、屍人形として
  存在させている。強く、誇り高く、屈しない。おおマティーニ。そんな君は美しいっ!」
  「……美しい?」
  魔力の糸を手の中で弄くりながら、あたしは一歩前に出る。
  こいつは許しちゃいけない悪だっ!
  「マティーニは誰よりも美しい。君にはこの美が分からないのか? ……ふん、所詮は程度の低い餓鬼か」
  「そこにあるのは死臭すらする人間の成れの果てです。そんなものに美を見出すなんて分かりません。いいえ、分かりたくもない。
  あたしは貴方の全てを否定します。その存在すらもっ!」
  「餓鬼がっ! 吼えるなっ!」
  ひゅん。
  放たれた魔力の糸は寸分違わずマティーニの首を落とす。
  ……はずだった。
  「えっ!」
  当たってるはずなのに、効かない?
  「アルティメットドラゴンファイヤーっ!」
  ドカァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァンっ!
  再び魔法の名を変えたエスレナさんの炎が炸裂、屍人形は炎に包まれた。
  「ふふふ。無駄だよ」
  「なにっ!」
  屍人形、健在。
  まるで傷一つ付いていない。
  「マティーニは魔力を介する攻撃は無効化する。……毒蟲、お前の能力も見せてやれっ!」
  ドス、ドス、ドス。
  地響きを立てて走る毒蟲。
  「たまには俺もいいとこ見せないとなっ!」
  剣を構えたスカーテイルさんが走る。
  その時、ファウストの口元が笑みが浮かぶ。……罠……?
  「おらぁーっ!」
  警告する間もなくスカーテイルさんは剣を繰り出し、その剣は毒蟲のお腹に刺さった。しかし意外に抵抗が強いらしい。
  脂肪の抵抗。
  剣を半ば押し返されている。それでも、傷を負った毒虫の体からは血が垂れた。
  しゅぅぅぅぅぅぅぅっ。
  血液は床に落ちると、白い煙へと変じる。
  「な、なんだぁ?」
  怪訝そうなスカーテイルさん。その隙を突いて毒蟲の蹴りが決まった。呻いて体を崩すスカーテイルさん。
  しかしそれと同時に毒蟲も倒れた。
  あんな体型だからバランスを取るのが難しいらしい。
  その間にスカーテイルさんは体勢を直し、後ろに下がった。
  ……あの煙、何だったの?
  「そうか奴には毒が効かんか」
  ポツリと呟いた。
  毒が効かない?
  確かにアルゴニアンは種族の特性上、毒が無効化されるって……毒蟲の血って、毒なのっ!
  ……。
  あまり切り傷負わせ過ぎると、部屋に毒が充満して全滅しちゃうっ!
  倒すなら一撃必殺っ!
  「はぁっ!」
  鉄すら切り裂く、貫通する魔力の糸ですら奴の脂肪が厚過ぎて威力が半減した。
  これは結構、苦戦するかも。
  「屍人形。毒蟲。……全員殺せ」
  ファウスト自身は後ろに下がり、高みの見物。
  それと同時に屍人形はエスレナさんに、毒蟲はスカーテイルさんに向った。あたしは遊軍として、どちらもサポートしなきゃ。
  「くそぉっ!」
  エスレナさん、屍人形の敏捷性の前に翻弄されている。
  それに彼女には対抗策がない。
  魔法は駄目。
  剣も炎の魔力剣だから無効化される。剣を捨てて素手で戦うには敵は強過ぎた。
  「くっ! ガイド料だけじゃ不足だなこりゃっ! 時間外手当もくれっ! 労災も出るよなっ!」
  アルゴニアンであるスカーテイルさんに毒は効かないものの、毒蟲の一撃は意外に重いらしく苦戦を強いられていた。それに脂肪
  が厚過ぎて決定打がない。あたしはスカーテイルさんを援護するとしよう。
  シャルルさんは……あれ?
  穏やかな微笑を浮かべながらファウストの元に向かう。
  何なの?

  「究極の生物を創造する……さて、その真意は何ですか?」
  「真意?」
  「物事には必ず理由がある。僕にはあなたの思想が理解出来ないし理解するつもりはないですけど真意ぐらいは気になります」
  「誰も成していない事だからだ」
  シャルルさんとファウストの会話。
  まるであたし達を忘れたかのように。戦闘を忘れたかのように。
  当然、その間もあたし達は戦闘をしている。
  「眼鏡っ! チンタラ話してるんじゃないよっ!」
  エスレナさんは、屍人形マティーニの攻撃を回避しながら叫んだ。
  正直辛そうだ。
  息もつかせぬ連続攻撃。
  回避するエスレナさんも凄いけど、限界がある。
  向こうは屍、こちらは生身。
  動けば動いただけ体力は消耗するし、動きが鈍る。援護したいけど、あたしはあたしでスカーテイルさんと組んで毒蟲と交戦中。
  ……。
  まあ、要は考えようだ。
  シャルルさんが話している限り、一番厄介なファウストの動きを止めていられるのだから。
  担当してもらうとしよう。
  「誰も成していない事、ね。それだけですか?」
  「人は脆い。マティーニもあっさりと病で死んだ。誰よりも強く、美しかった彼女はあっさりと死んだ。しかし彼女が弱いからではない。
  元々の器が脆いのだ。人の進化はあまりにも遅い。私は新たな進化を確立させるのだっ!」
  「ふむ」
  「世界は危険に満ちているっ!」
  「まあ貴方みたいのがいますしね」
  「人は人を超えなければならない。時代がそれを強いるっ! だから私は進化を、究極の生物を創造するっ!」
  「……分かり易いパンフレットか何かあります? 話長そうですので」
  双方の瞳に宿るのは高い知性。
  お互いにインテリ。
  研究の中身も、お互いの真意も、延々と倦まずに論じ合えるだけの知識と弁舌がある。
  そういう意味では同じような存在なのかもしれない。
  そう。天才。
  ……。
  でもあたしは違うと思ってる。
  ううん。絶対に違う。
  シャルルさんは、ファウストのように狂ってはいない。人の命を弄ぶ事はしない。
  そう、信じてる。
  「簡潔に行きましょうか。ファウスト、君のやってる事はただの狂気だ」
  「狂気? それは考え方の違いだな。物事には二面性がある。見方の違いだ。必ずしも、全てのモノが凶器にはならない。それは
  考え方の違いだよ。狂気は天才の裏返し。……私を狂気、凶器と思うのはお前の狭量な価値観だ」
  「そうですかねぇ」
  「そうなんだよ」
  「しかし一流の学者を気取るなら後世の評価も考えてなくてはなりません。貴方を誰が支持するんです?」
  「甘い見方だな。やはりお前は本質が分かってない」
  「本質? 人体実験が?」
  「成功すれば何でもいいんだよ。後世も私を高く評価するさ。……特効薬一つ作るのに、どれだけの実験が必要だと思う? どれだけ
  の被験体を殺す? 実験で獣なら殺してもいい? 対象が獣ではなく人なだけで何故責められなければならない。命は命だろう?」
  「ふふふ」
  楽しそうに笑った。
  その笑い声はファウストを否定ではなく、肯定するような笑い方。
  「命は皆平等。……すいませんがそれはただの聞こえの良い宣伝用の道徳ですよ。例えどんなに綺麗事を並べても必然的に皇帝と
  奴隷の命の重さは違います。貴方の言う事は正しい。僕としても知らない奴がどこでどう死んでも知った事ではない」
  「ふっ」
  ファウストもまた、冷笑した。
  ある意味で似ている。私は毒蟲を切り裂きながらそう思った。
  天才達の弁証法は続く。
  「つまりファウスト、君は自分が正しいと思っているわけだね」
  「間違ってるか? このままでは人は過酷な時代を超えられない。私は救済の手助けをしている。……正しい行いだろう?」
  「確かに。理論や理屈は評価しますよ」
  「ならば組まないか? お互いに俗人とはわけが違うっ! ……分かり合えるはずだ、天才同士な」
  「天才……同士? 失礼ですが貴方は僕に劣る」
  「なにっ!」
  「僕は生身で天才です。つまり元々ね。……だけど貴方は色々と強化している。究極生物開発の際に得たデータを元にして自らを
  強化&改造している。その時点で貴方は作り物の天才ではないですか? 僕は何もせずとも君に勝ってますからね」
  「……貴様……」
  「貴方は自分を究極生物だと思っているようですが笑い話ですね」
  「貴様っ!」
  タッ。
  床を蹴り、猛襲。
  「……やれやれ。とろいですねぇ。それで究極?」
  「……っ!」
  ブン。
  鋭い蹴りはただ無意味に空を薙ぐ。
  紙一重で回避したシャルルさんはファウストのお腹に逆に蹴りを叩き込み、後退。間合を保つ。
  蹴りで死ぬようなファウストではないものの、すぐには動けない。
  そんなに重たい蹴りだったのだろうか?
  「それで究極?」
  「貴様……」
  「どこまで生身で、どこまで改造して、どこまでマリオネットと交換したのかは知りませんけど、僕から言わせてもらうならそれは
  究極生物なんかじゃない。パーツ寄せ集めのただの化け物じゃないですか?」
  「化け物? 私が化け物だと言うのかっ!」
  「おや意外。……まともな人間のつもりでした? 性格腐ってる時点で人間失格じゃないですか。ハハハ♪」
  「くっ!」
  忌々しく舌打ちのファウスト。
  あたし達はあたし達で戦闘は続いていた。そして佳境に突入しつつある。
  「はぁっ!」
  ひゅん。
  魔力の糸が毒蟲を切り裂く。
  そう。切れない相手ではない。しかしすぐに再生するし、吹き出す血は床に落ちた時点で気化して猛毒となる。
  闇雲に切り裂くだけでは毒が部屋に充満して全滅してしまう。
  頼みの綱はアルゴニアンの特性上毒が効かないスカーテイルさんだけど……毒蟲の脂肪が厚い為に一撃必殺の威力はない。
  剣は大抵脂肪で弾かれる。
  エスレナさんは屍人形マティーニと激戦中。
  向こうは毒はないみたいだけど、タフ過ぎるのが苦戦の理由。
  死んでる相手だから耐久力もあったもんじゃないだろうけど、普通のアンデッドよりしぶといのは確かだ。
  それに魔法は無効化する。
  炎の魔法と炎の魔法の込められた剣がまるで役に立たないエスレナさん。
  ひたすら攻防を繰り返している。
  しかしいずれは体力があるエレナさんが不利となり、それが原因であたし達は総崩れする可能性も出て来た。
  ファウストの参戦も近そう。
  どうする?
  ……どうしよう?
  ふと視線はガラスで仕切られた部屋に……ああ、そうか。それしか、ないよねっ!
  決断の後には実行。
  「はぁっ!」
  魔力の糸を毒蟲……ではなく、屍人形に向ける。
  本来なら切断できるだけの威力を誇っているものの、魔力を介した攻撃である為に屍人形は動きを止めただけ。
  傷すら出来ない。
  でもそれでいい。あたしはただ隙を作っただけ。
  「毒蟲の足元に炎の魔法をっ! スカーテイルさんは下がってっ!」
  ……警告の順番間違えた?
  ま、まあスカーテイルさんは慌てて退避する。
  何故足元なのか、という怪訝そうな顔ではあるもののエスレナさんは何も聞かずに炎の魔法を放った。
  「炎の魔法その@っ!」
  ……あっ。名前元に戻ってる。
  傷付いたのかなぁ。さっき新しい名前批判したから。
  はぅぅぅぅぅっ。
  ドカァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァンっ!
  ともかく、炎の球は炸裂。
  毒蟲はその爆発と衝撃で大きく後ろに吹き飛ばされる。
  バリィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
  爆発の衝撃では割れなかったから強化ガラスかな?
  吹き飛ばされた勢いで頑丈でガラスを突き破り、広々とし底の深そうな薬液に満たされた槽に落ちる毒蟲。
  ドボォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォンっ!
  豪快な落下音。
  落ちてすぐに、しゅぅぅぅぅぅぅぅと白煙が立ち昇る。溶けているのだろう。
  どんな溶解度?
  しかしそれだけでは終わらない。
  落下の衝撃の際に槽から薬液が溢れ出て、この部屋の床一面に満ちた。
  や、やばっ!
  しかしそこは素人ではないので皆考えるより先に足が動いていた。階段まで走り、難を逃れる。ファウストは宙に数センチ浮いてる。
  ……う、浮いてる?
  ……なんかそれ、ずるいなぁ。
  「マティーニっ!」
  しゅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ。
  自慢の最高傑作は、薬液=溶ける、という簡単な方程式が出来ずに足が溶けた為にその場に崩れ落ちて醜く溶けていく。
  本当の意味で、逝けたね。
  ……屍人形も毒蟲も。
  本当の意味でファウストから救われた。
  「排水」
  一言そう命じると、薬液は全て吸いだされてしまう。
  便利な部屋だ。
  「……やってくれたな、お前達」
  「やっちゃいました」
  臆面もなくあたしはそう言い返した。
  システィナさんとの約束だから、殺しはしないけど……憤慨は当然、ある。こいつは許せない。
  チャッピーの事は抜きに考えてもだ。
  「貴方を拘束して女王に渡します」
  「ご自由に」
  両手を前に差し出すファウスト。
  手状を掛けろという意味?
  いずれにしてもあたし達を舐めてる。一歩足を前に進めて、不意に気付く。
  ファウストはまだ少し、宙に浮いてる。
  何かに吊られてる?
  上を見ようと……。
  「……っ!」
  ゾクっ。
  寒気がした。
  あたしは本能的に大きく飛び下がる。途端に……。
  ドゴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォンっ!
  何かが落ちてきた。
  何か、重量のある何か。
  少しでも反応が遅れていたらあたしは潰されていただろう。ファウストは舌打ちした。
  「ちっ。勘の良い奴だ。……死蜘蛛、全員殺せっ!」
  ブォン。
  思わず驚愕して、息を呑んだ。
  巨大な蜘蛛が目の前にいる。あたしを食べちゃいそうなほどの、でかい蜘蛛だ。
  ……。
  そうか。
  この蜘蛛が透明化して、天井に張り付いてたのか。
  そして紡いだ糸でファウストを吊るしたのだろう。そのお陰でファウストは浮いて見えた。
  でも……。
  「舐めてますねっ!」
  ひゅん。
  魔力の糸が蜘蛛の体を縦に一閃。
  「……? 何がしたい?」
  「こういう事がしたかったんです」
  ドン。
  思いっきり床を踏む。
  あたしの力じゃ地響きなんて無理だけど、本当にわずかな振動が床を伝う。
  ぐらり。
  蜘蛛は、真っ二つになって果てた。
  「……うぇー」
  「……フォルトナさん。縦に斬ったのはまずかったですね」
  「……えぐいよフォルトナ」
  「……精神障害負った場合の手当ては出るのか?」
  蜘蛛の断面、気持ち悪い。
  おぇー。
  ギリギリ。
  ファウストが歯軋りする音が聞えた気がした。手駒はこれで全部なのだろうか?
  少なくとも、調整されている手駒はここにはもういない。
  勝てるっ!
  「僕がやりましょう」
  「シャルルさんがですか?」
  「こいつの価値観は許せないのでね。この化け物は僕が叩きのめします」
  「化け物だと? 私がか?」
  「他に誰がいます?」
  「貴様っ!」
  自覚ないのかなぁ。
  既にまともじゃない。どんな大義名分でも、こいつのしてる事は正当化されるべき事ではない。
  しかしファウストは別の事を言い出した。
  「お前の仲間も化け物だろう?」
  ……あたし?
  あたしを指差して、笑っている。
  「そいつは人形姫。……知ってるぞ。人形姫は化け物だ。人の皮を被った、化け物。そいつこそ異端だろうがっ!」
  「……」
  「存在そのものが、この世界に適さないっ! ……私が貰ってやろう。私なら活用できる。タムリエルにはいてはいけない女。生き
  ていてはいけない女。そいつは汚らわしい獣だよっ! 生まれながらの罪はそいつだ。汚らわしい女めっ!」
  「……」
  敵とはいえ、そこまで言われるやっぱり傷付く。俯いた。
  あたしは。
  あたしは。
  あたしは。
  いてはいけない、生きていては……。
  「だからなんですか? だから何?」
  シャルルさん?
  静かに笑って、あたしを見た。エスレナさんもスカーテイルさんも、あたしを労わるように見ている。
  ……そうだ。あたしは、1人じゃない。
  シャルルさんは続ける。
  「人の形をしているから人ですか? 失礼ながらファウスト、君はドブネズミにも劣る。……ああネズミさんに失礼ですね。ともかく
  貴方は全ての存在にも劣る、下らない、愚かな、低俗な……ふふふ、最下級の化け物ですよ」
  「言ったな」
  「言いましたがそれが何か?」
  「言ったな」
  「二度も念を押す必要はありません。言いましたよ、生物の底辺さん♪」
  「私の右腕には生命を創造する力がある。触れたモノ全てが私の意のままに変異する。貴様を作り変えてやるっ!」
  タッ。
  力強く、飛んだ。一直線に。
  その俊敏さはさっきの比ではない。こいつ本当に人間やめてるっ!
  誰も反応できなかった。
  ガッ。
  「ふふふっ!」
  気付いた時、シャルルさんは首を絞められていた。義手としたマリオネットの右腕に。
  ググググググッ。
  力が込められるのが、分かった。シャルルさんの顔を見て分かった。
  苦悶の表情。
  「シャルルさんっ!」
  「……心配ないですよ。ははは」
  笑った?
  その瞬間、ファウストが今度は愕然とした。追い込んでいるのはファウストのはずなのに。どうして?
  「き、貴様っ!」
  ……?
  「どうして我が力が及ばないっ! 何故作り変えれないっ! ……そうかお前、人間ではないなっ!」
  ……えっ?
  ど、どういう意味?
  「僕は人間ですよ。少なくとも貴方よりはマシなつもりです」
  「……っ!」
  ガンっ!
  力一杯、拳をファウストの顔に叩き込んだ。
  決定的な一撃だったのだろう。
  そのまま白目を剥いてひっくり返った。今度こそ、当分は起きないだろう。
  シャルルさんは静かに眼鏡の位置を直すと、何事もなかったように明るく言った。
  「トカゲさんの救出、再開しますかねぇ」