天使で悪魔





究極の生物




  死霊術師ファウスト。
  あたしの生きてきた日々は暗殺者として日々。
  たくさんの暗殺者を見てきた。

  それでも、怖いと感じたのは一度だけ。
  大抵の暗殺者達はさほどの力量もなければ、残忍さも大した事はなかった。
  そう。プロと呼ばれる者達でも冷酷さには限度がある。

  しかし今、あたしは怖いと感じていた。
  ファウストを恐れていた。
  何故なら彼は以前クヴァッチ聖域に来ていた奪いし者マシウ・ベラモントに通じるところがある。
  何をするか分からない、不気味な感じ。

  ……怖い……。







  「ここですよ」
  「……」
  あたしはファウストに付いて行き、屋敷の下層に。
  そこは広々とした一室だった。
  何もない部屋。
  ただ広い。ここなら集団戦もこなせるだろう。それだけ広いのだ。
  「ここで何するんです?」
  不安を込めて、問う。
  他の種族と戦わせるような事を言っていたけど……ここで戦闘するのだろうか?
  世界には基本的に10の種族がいる。
  人間系であるインペリアル、ブレトン、レッドガード、ノルド。
  エルフ系であるアルトマー、ダンマー、ボズマー。
  亜人系であるアルゴニアン、オーク、カジート。
  他にもいるものの上記の者達が一般的であり、帝国の基本的な種族だ。
  その中でどれが最強かを決める。
  それが趣旨。
  「ここで何するんです?」
  もう一度、問う。
  戦う事に関しては怖くないけど……今回は保証がない。つまり勝とうが負けようがあたし達は人体実験の材料でしかない。
  その運命から逃れる為には、隙を見つけるしかない。
  まずは捕えられている仲間の奪還。
  仲間さえ取り戻せれば、何の憂いもなくファウストを仕留めれる。
  今は待つ事だ。
  今は……。
  「部屋の中央に行きなさい」
  「……」
  無言で、歩く。
  スタスタスタスタスタ。
  中央で止まり、ファウストの方を見る。仕留めようと思えば、ここからでも出来る。あたしの糸にさほど距離は関係ない。
  死霊術師ファウストは微笑を浮かべたまま、立っている。
  彼の周りには拳程度の大きさの球体が無数に漂っていた。視認したものを牢に転送する球体だ。
  ……。
  いっそここで歯向かって、あたしも牢に転送されるべき?
  仲間と合流出来る手っ取り早い方法だ。
  でも軽率かな。
  少なくとも、今のところファウストはあたしと一緒にいる。つまり牢のあたしの仲間には接触出来ていない。
  まだ人体実験の材料とかにされていない。
  今は自重しなきゃ。
  今は……。
  「君はブレトン。だから、ブレトン以外の者達と戦ってもらうよ」
  「……」
  「返事はないのかい? ……まあ、いい。ともかく他の種族は極限まで強化してある。いずれも私の最高傑作だ。そいつらと死力を
  尽くして戦ってもらうよ。解放の条件ではなく、あくまで実験だ。勝とうが負けようが、死ぬまで私の奴隷だよ、君はね」
  「……」
  「……ああ、訂正だ。死んでも奴隷だね。肉はモンスターの餌にするし、骨はスケルトンにする。君は全ての権利を既に私に剥奪
  されている。もはや家畜に等しい。……どうだいこの状況、私はそれだけで逝きそうだよふはははははははははははははっ!」
  「……」
  屑め。
  こういう精神状況の奴がまとも?
  システィナさんの依頼では拘束だったけど……正直、殺したい衝動に駆られていた。
  ……。
  とても不思議だ。
  闇の一党にいた頃、そういう衝動はなかった。
  不幸せな日々ではあったものの、現状に嘆いていたものの、誰かを殺したいほど憎んだ事はなかった。
  とても不思議だ。
  「さて、始めるとしようか」
  フッ。
  明かりが消えた。
  そう思った次の瞬間、周囲が深紅と変わった。毒々しい深紅に、あたしの眼は手で覆う。
  「オブリビオンの世界を再現させてもらったよ」
  ファウストの姿は見えない。
  多分、背景の映像に紛れているのだろう。
  悪魔の世界オブリビオン。
  行った事もなければ、見た事もないし、聞いた事もない。書物でも調べた事がない。
  だからこれが正しい悪魔の世界の再現なのかは分からない。
  「……これが、オブリビオン……」
  毒々しいまでの深紅の空。
  時折、雷が鳴り響く。
  瓦礫のような建造物、深紅の大地。
  そしてその大地は溶岩の上に成り立っている。
  ……。
  おそらくは映像。
  だから溶岩に落ちても……落ちたという錯覚だけだろうけど、極力踏み外さないようにしよう。
  万が一という事もあるからだ。
  ファウストの声が響く。

  「これは十血の武闘会と名付けましょうかね」
  十血?
  今から10の種族が殺し合うからか。ふざけた名前。
  「最初の相手はダンマー」
  ボウッ。
  少し離れた場所にダークエルフ、通称ダンマーが現れる。
  弓を手にしたダンマーの男性だ。
  今から相手にするのは全て強化された代償に自我が崩壊している敵達だ。
  話し合いは無駄。
  ……殺すしかない。
  「私はダンマーを贔屓にしていますが物事は公平に見るべきでしょう。果たしてブレトンとダンマー、どちらが優れているでしょうね」
  解説者のつもり?
  その言葉と同時にダンマーは動いた。矢をつがえ、あたしに狙いを付ける。
  勝負っ!
  ひゅん。
  魔力の糸を放つ。
  弓矢は放たれる。
  「……」
  「……」
  数秒の間。
  その後、ダンマーは崩れ落ちた。あたしの魔力の糸が放たれた矢を粉砕し、ダンマーの心臓を貫いたのだ。
  一度放ちさえすれば魔力の糸はあたしの意思で動く。
  腕を振るえる限り、どんな敵でも問題ない。
  「ダンマーは奮戦したものの、ブレトンには及ばなかったようですね」
  「奮戦? あたしの魔力の糸で簡単に屠れましたけど」
  「何が言いたい?」
  「貴方自身で来たらどうですか? もちろん、この場に立てる勇気があればですけどね」
  「……可愛げのない餓鬼だ」
  先程まではレディと呼んでたのに、今は餓鬼。
  紳士の仮面を脱いだらしい。
  ……。
  もちろん、こんなのが紳士なら世界はとうの昔に滅んでるだろうけど。
  ファウストは気を取り直す。
  ボゥッ。
  ダンマーの死体は消え、ローブ姿の長身の男性が現れた。
  アルトマーだ。
  「次の相手は強大な魔力を誇るアルトマーの策略家。自我はなくとも、冷徹で冷静。さて、どちらが強いかな?」
  ローブのアルトマーは印を切る。
  何の魔法かは知らない。
  けど、粉砕するのみっ!
  魔力の糸を振るおうとするものの、突然湧き上がった殺意を感じて大きく後ろに跳躍して、下がった。
  死霊の群れ。
  召喚系で圧倒するつもりらしい。
  ゾンビやスケルトンや亡霊が無数に召喚される。死霊術師の定番の召喚魔法だ。
  ゾンビやスケルトンはともかく、亡霊には物理攻撃は効かない。
  銀の武器や魔力の込められた武器、魔法以外では倒せない。あたしはそのどれも持っていない。
  「はぁっ!」
  しかし魔力の糸は、万能の攻撃。
  群がる軍勢は紙の壁であり、全てを切り裂いてアルトマーに到達。無数に切り裂き、アルトマーは深紅の血を大量に撒き散らしなが
  らその場に崩れ落ちた。

  「アルトマーらしい誇り高い、華々しい最後でした」
  対戦相手に罪はない。
  しかし、もう救いようがないのも確かだ。
  死が救いとは言わない。
  言わないけど、ファウストの奴隷からは解放できた。自分が正しい事をしたなんて言うつもりはないけれども。
  ボウッ。
  アルトマーの死体は消え、次の対戦相手が現れる。
  ダンマー、アルトマーと続いたから次はボズマーかと思ったけど、違った。
  エルフ系ではなく人間系だ。
  「インペリアルは鋭い知性を有している。有史以前、奴隷から成り上がった者達。その狡猾さとお前の強さ、どちらが高みだ?」
  斧を片手に、襲い掛かるインペリアルの禿げ上がった男性。
  バチバチバチィィィィィィィィっ!
  先手を取って電撃魔法を放つ。
  「……っ!」
  あたしは電撃を受け、弾き飛ばされる。
  目の前に深紅の空が広がっている。電撃で飛ばされ、倒れたらしい。
  体は痛むものの、魔法の痛みではなく倒れた時に打った痛みの方が大きい。
  あたしはブレトン。
  フィーさんと同じ、ブレトン。
  ブレトンは種族の特性として魔法耐性が高い。攻撃魔法もさほど効かない。
  断続的に電撃を放ちながら、インペリアルは斧を手に迫ってくる。魔法は効かなくても斧で刻まれたら致命的だ。
  接近出来たらねっ!
  「はあっ!」
  魔力の糸を紡ぎ、放つ。
  一瞬でズタズタとなり自らの血の海に沈むインペリアル。
  「ふぅん。究極の生物はインペリアルでもなかったか。……ならば次に期待しよう」
  ボゥッ。
  次に現れたのは、亜人系のカジート。
  順番はランダムのようだ。
  ……。
  今のところあたしの優勢で進んでいる。魔力の糸はそれだけ心強い武器であり、魔法。
  不可視で不規則な動き。
  このまま圧倒しよう。
  「次のカジートは俊敏。野生の力の前に君は屈服するか? それとも……。まあ、いい。開始したまえ」
  カジートだ。
  手に紅く光る、大きな戦槌を持っている。何かの魔法がエンチャントされているようだ。
  ダッ。
  地を蹴り、あたしに猛進してくる。
  素早いっ!
  ……。
  でも、問題も抱えてる。
  小さく気合の声を発し、魔力の糸で接近される前に首を落とした。
  「な、なにっ!」
  ファウストが驚愕の声を上げた。あまりにも呆気なさ過ぎたのが、驚きのようだ。
  だけど至極簡単な理屈だ。
  武装が悪い。
  どれだけ強力な武器だったのかは知らないけど、俊敏さを誇る種族にあんな重い武器を持たせれば動きが鈍るに決まってる。
  単純に敏捷性を武器にしたら、結末は違ってたかもしれない。
  武装選ぶのはファウストだろうか?
  だとしたら……意外に馬鹿かも。
  「また1人屈したか。……カジートでもなかったようだね」
  体裁を保ちつつも、わずかに舌打ちが聞えた気がした。
  ボゥッ。
  死体が消え、次は再び人間系。
  北方民族のノルドだ。

  「次はノルド。私に認められた栄光ある、野獣だ。せいぜい食い付かれない様に用心する事だね」
  ノルドの女性。
  異界の装備であるデイドラ製の剣と盾を持っている。
  ノルドは純戦士系の能力。
  武具の取り合わせは悪くない。それにファウストから絶賛されているようので、おそらくは究極の生物候補。
  オッズはどれぐらい?
  「はぁっ!」
  魔力の糸を放つ。
  何かを感じたのか、ノルドは盾でガードした。強化してると言ったから、知覚とかも増幅されてるのだろうか?
  まあ、何を増幅されてても強化されてても……。
  「甘いっ!」
  糸を軌道修正。
  盾を避け、ノルドの女性の背後を魔力の糸が切り裂いた。
  堪らずよろける。
  「はぁっ!」
  短い気合の声と共に、ノルドの女性の首が天を慕うが如く飛んだ。
  既に種族は関係ない。
  魔力の糸を紡げる限り、あたしが何の種族出身でも関係ない。魔力の糸は全てを超越している。
  驕るわけじゃないけどそう思う。
  「……認めたくはないが、このノルドは期待外れだったようだね」
  「無駄です。もうやめましょう」
  「言ったな小娘っ! 次で決めてやる、最強の戦士だっ!」
  ボウッ。
  死体は消え、次に現れたのは緑色の戦士。オークだ。
  緑色の狂戦士。
  容姿はブタに似ているものの、タムリエル最強の戦士系民族。まともに戦えばあたしじゃ勝てない。
  そう、純粋な能力なら逆立ちしても勝てない。
  でも。

  「さて、次の戦いだ。私が誇る、知性と腕力を備えたオークと戦いたまえ。究極の生物の最優先候補だよ」
  「そうですか。……この様で?」
  「……っ!」
  ゴロン。
  緑色の首が瞬時に転がった。
  いい加減、無意味に思えてた。本当に、あたしが魔力の糸を振るえる限りでは種族なんて関係ない。
  オークは戦わずして永遠に沈黙。
  「……馬鹿がっ! 晴れ舞台でこの体たらくかっ! 失敗作めっ!」
  既に紳士の仮面は被っていない。
  ファウストは思った通りにならないのが我慢できないらしく、吼えている。
  精神が遊離状態?
  ……。
  そうかもしれない。
  人格破綻者なのだろう、きっと。
  ボゥッ。
  あたしの存在が気に入らないらしく、次の相手を早々に仕向けてくる。
  「百戦錬磨のレッドガードよっ! そろそろこのブレトンの小娘を舞台から引き摺り下ろせっ! 八つ裂きにしろっ!」
  さらに。
  ボゥッ。
  「ボズマーっ! 私の欲求を聞き届けよっ! ……ブレトンを殺せっ!」
  さらに。
  ボゥッ。
  「アルゴニアンよっ! ブレトンの鮮血をその口で味わうがいいっ! 殺せ、我が最高傑作達よっ!」
  同時に最後の3人をけし掛けて来た。
  既に当初の目的は完全に霧消している。
  究極の生物を決める、決定戦があたしを惨たらしく殺す戦いへと移行していた。
  なおさら負けられない。
  こんな人格破綻者に負けたら……あたしはその時点で死ぬけど、皆は死ぬまで人体実験の材料にされ続けるだろう。
  そんなの嫌だ。
  そんなの嫌だ。
  そんなの嫌だっ!
  「あたし達は帰る、皆で元の世界に帰るのっ!」
  ひゅん。
  魔力の糸が迸る。電光石火の速度でレッドガードの額を貫く。まず1人っ!
  「……レッドガードは死に、究極ではない事が証明された」
  ガクっ!
  レッドガードを屠った時、あたしの肩に何かが掠った。ボズマーの放った矢らしい。多分麻痺の毒が塗ってあったのだろう。
  その場に膝を付く。
  「いいぞ殺せっ! 惨たらしく殺せアルゴニアンっ! その小娘を引き千切り、辱めて殺せぇっ!」
  「……」
  甘い。
  一度糸を放ちさえすれば、体の動きなんて関係ない。
  あたしの意思が失われない限りはね。
  レッドガードを貫いた糸はまだあたしの指から発したままだ。糸を動かし、次の矢をつがえていたボズマーの両腕を切り落す。
  大量に血を噴出しながら倒れて二度ほど痙攣して、動かなくなる。
  「……ウッドエルフが死んだ……ヴァレンウッドの低能民族めっ!」
  その言葉が終わるより早く。
  あたしの体は麻痺が解け、アルゴニアンの猛進を回避。さらに追撃してくるアルゴニアン。
  「はぁっ!」
  回し蹴りで迎え撃つ。
  力こそないものの体術はそれなりに得意だ。蹴りは寸分違わずにアルゴニアンの頭に命中。
  自我はなくても物事を判断するのは頭。
  一瞬、状況が判断できなくなったアルゴニアンの隙を狙い、魔力の糸で真っ二つにした。
  撃破完了。
  「……全て倒したか……認めたくないが、お前が究極の生物のようだな……」
  その呟きとともに元の部屋へと戻った。
  いや、厳密にいえばオブリビオンの映像が消えたのだ。
  死霊術師ファウストがいる。
  「おめでとう、究極生物よ。……人形遣いの力、侮っていたよ。文献よりも鋭いのだな、その糸は」
  忌々しそうにあたしを見ていた。
  ファウストとしてはあたしに負けて欲しかったようだ。
  何が目的?
  何が願望?
  この人、よく分からない。
  「おめでとう」
  「祝ってくれるなら、仲間の事を教えてください。皆、無事ですよね?」
  ファウストはここに釘付けた。
  でも部下がいる可能性がある。だとすると、今頃仲間達は何かされているのだろうか?
  何か……。
  ファウストはにんまりと笑った。

  「ああ。仲間の事か。それなら安心したまえ」
  「……」
  「ほら、その水晶を見たまえ」
  「……えっ?」
  その言葉と同時に大人ほどの大きさのある水晶版があたしの前に浮遊し、停止。
  ボウッ。
  そこに映像が映し出された。
  「エスレナさんっ!」
  映し出されるのはレッドガードの女性の姿。
  濁った水に首まで漬けられている。首には鉄の首輪。吊られているらしい。
  水の透明度が悪いので、水の中がどんな様子なのかが分からない。何かいるのだろうか?
  「エスレナさんっ!」
  もう一度叫ぶ。
  おそらく声は届いていないのだろう。
  それに気を失っているらしく、眼を閉じたままだ。
  ……。
  だけど、おかしい。
  どうしてあんなにもだらしくな口を開けているのだろう。舌は、だらんと垂れ下がっていた。
  「何をしたのっ!」
  「薬液に漬けただけだ」
  「薬液っ!」
  「首輪で吊るしてあるが固定する為だ。窒息するほどではない。足は普通に床についてるしね」
  「……」
  「レッドガードの素体にはさほど興味がないのでね。薬液にどこまで耐えれるか実験中だ。……もう終わったがね」
  「……あっ……」
  多分、薬液が排出されているのだろう。
  液体はどんどん減っていく。
  エスレナさんは、立っていなかった。あたしは目を疑った。そう、立っていないのだ。
  「……嘘よ。こんなの嘘よ……」
  液体は完全に排出される。
  後に残ったのは、首だけになったエスレナさんだった。
  首だけ?
  首だけ?
  首だけ?
  「君が戦っている間に緩慢に溶けて死んだよ。残念だったね」
  「う、嘘よっ! 嘘だっ!」
  「他の素体も直に追い込んでやる。私の気分を害したお前への罰だっ! 勝たなきゃあの女は殺さなかったのにさっ!」
  「……嘘、嘘ぉ……」
  「嘘じゃないさ。全員直に死ぬんだよ」
  「や。やめてっ! お願いだからもう大切な人達を傷つけないでっ! お願いっ! ……お願い……」
  「残念。転送した時点で既に実験に掛けてあるんだよ。他の連中の生首も見るかい?」
  「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」









  「……あははは……」
  「壊れたか」
  絶叫をあげ、その場に倒れたブレトンの少女は虚ろな笑いを続けている。
  黒髪の、死霊術師ファウストはやれやれと溜息を吐いた。
  どんなに強くても心は脆い。
  究極の生物候補になったブレトンではあったものの、精神は用意に崩れてしまった。
  「まったく、脆いものだ」
  「……あははは……」
  「やれやれ」
  「……あははは……」
  「これではもう使い道がないな。開発した薬の投薬用としてのサンプルにしかならんか。出来損ないの屑め」
  吐き捨てる。
  ファウストの望みは究極の生物を創る事。
  その夢を抱いて以来、様々な知識を貪欲に吸収してきた。
  死霊術師という肩書きではあるものの、死霊術はあくまで学んだ知識の一つでしかない。
  リッチになど興味は最初からない。
  あるのは究極に強い、最強の生物。死霊の類ではないのだ。
  「……あははは……」
  「黙れ」
  汚いものを見るように、ブレトンの少女を見る。
  もう使い物にならない。
  投薬用に使って、最後は処分するだけだ。能力こそ高かったものの、期待外れ。
  「無駄な時間だったね」
  ジェラス達を使ってドラゴニアンを誘拐した。
  その際に邪魔したのが人形遣いの系譜を継ぐ者と知って、フォルトナの捕獲も依頼した。
  全ては無意味。
  全ては無価値。
  反乱を企むジェラス達への援助の代償としての今回の誘拐は、無駄に終わった。
  この分では手付かずのドラゴニアンも当てにはなるまい。
  「はぁ」
  研究は日々の努力がモノを言う。
  今後も人体実験を続けて、一歩一歩進むしかないのだ。
  自分にそう言い聞かせてファウストは研究室に行こうとした。この汚らしい家畜は、後でスケルトンにでも運ばせよう。
  「……あははは……」
  「黙れ」
  幾分かイライラした口調。
  笑い声が不快だった。
  ……その時、気付いた。笑っている女の眼は、冷たく冴え渡っている。
  壊れたものの眼ではない。
  「笑ったのが不快? ……ふふふ。あの小娘は絶叫上げた時点で殻に閉じ篭った。今からはわらわの時間じゃな」
  「くっ!」
  ファウストの周りを漂っていた無数の球体が動く。
  フォルトナ以外を瞬時に拘束した球体。
  視認した者を牢へと転送するらしい。
  「無益」
  指を振るい、魔力の糸を放つ。
  一瞬にして球体は破壊され、全て地に落ちた。
  「……お前、何者だ?」
  「わらわはアイレイドの人形姫。……わらわが出張ってきた以上、相応の末路を覚悟せよ」



  ……荒ぶる神、降臨……。





















  「じゃあまあ、行くとしようぜ。……俺をガイドに雇ってよかったろ?」
  「確かにそうですねぇ」
  「ああ、まったくさね。あたいもあんたにはボーナス弾まなきゃねぇ。さあて、あの子と合流しようかね」