天使で悪魔





狂気の館




  チャッピーを追って。
  あたし達は異世界までやって来た。そこはかつての黄金帝の都カザルト。
  表向きは平穏で、平和を愛する女王の統治の下で繁栄しているものの影では内乱の兆しがあるようだ。
  国の事情は関係ない。
  今のあたし達の最優先の目的はチャッピーを助ける事。

  あたし達は《堕落と奈落の森》を突破し、死霊術師ファウストの館に足を踏み入れた。
  狂気住まう館に。
  ……狂おしい男の住処に。





  「シャルルの旦那、エスレナの姉御、せーので行くぞっ! ……せーのっ!」
  「くぅぅぅぅぅぅっ!」
  「おりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ! ……はあはあ、駄目だね、こりゃ」
  扉は開かない。
  三人がかりで開こうとするものの、まるで動く気配もない。
  どうしよう?
  「あの、閉じ込められたんですよね、完全に」
  「それ以外にありますか? フォルトナさん」
  「……」
  と、閉じ込められたーっ!
  ここは死霊術師ファウストの館。
  迷いの森を突破して、ようやく辿り着いた。ここにチャッピーがいる……多分、いる。可能性としては一番高いだろう。
  ともかく、勇躍して館に足を踏み入れた。
  その途端に閉じ込められた。
  一応破壊しようと魔力の糸やシャルルさんとエスレナさんの魔法で試したものの……傷一つ付かない。
  特殊な扉らしい。
  「まあ、いいじゃないですかフォルトナさん。とりあえずは、出る必要はないんですから」
  「そうですね」
  モノは考えようだ。
  確かにシャルルさんの言うとおり今は出る必要がない。
  出るのはチャッピーを助けて、それからだ。
  うん。考えるのはそれからにしよう。
  今はチャッピーに専念。
  「それで、どうしましょうか? 分散は……しない方が良いですよね」
  今いるのはホール。
  ここが探索のスタート地点だ。そしてたくさんの場所に通じる扉がある。
  探索の基本は分散。
  手分けした方がいいに決まってる。効率的にも、最善だ。
  ……。
  でも、危険じゃないかな?
  どうなんだろ?
  「それは相手によるねぇ。眼鏡、ファウストってどんな奴なんだい?」
  そうだね。
  分散するかしないかは、屋敷の主の性格や性質による。
  「僕も直接は知りませんけどね。究極の生物の創造に情熱を注ぐ奴だそうです。人体実験をしていると聞いた事があります。分散
  はまずいと思いますよ。各個撃破され、捕えられて研究材料にはされたくありませんから」
  「……そりゃ寒気がする話だねぇ」
  「俺も標本にはされたかないな」
  意見は一致した。
  効率悪いけど、固まって動くとしよう。
  ……。
  人体実験かぁ。
  捕まったら、きっと痛い事とかたくさんされるんだろうなぁ。
  こ、怖いーっ!
  はぅぅぅぅぅぅっ。
  「あの、それよりも……ここってファウストの屋敷ですよね?」
  「おそらくはね。トカゲさんは誘拐したのはジェラス達にしても、依頼したのはここの主でしょうね。この世界の状況や反乱分子や
  ファウストの繋がり等を考慮した結果、十中八九でここにトカゲさんがいますよ。まあ……いえ、何でもないです」
  「大丈夫です、チャッピーは」
  「そうですね」
  「そうなんです」
  何の言葉を飲み込んだのか、察しは付いてる。
  生きていれば。
  そう。シャルルさんはあの後にそう付け加えるつもりだったのだろう。さすがに縁起でもないと自分で思い、飲み込んだのだ。
  「さあて。そろそろ話は終わりにしようじゃないのさ」
  「そうですね」
  「しかしお嬢さん、どう進む?」
  ホールだけでもすごく広い。
  屋敷を全部調べるとなると一日は掛かる。それに妨害もあるだろう。
  だけど止まれない。
  やれる事をやらなきゃ。やるべき事を。
  「あたしが先頭に立ちます。それで、皆でひし形のような形を組んで……」
  「フォルトナさんが言っているのは《魚鱗の陣形》ですねぇ」
  「魚鱗?」
  「ええ。そういう陣形なんですよ。まあ、ひし形でもいいですけど。隙のない布陣ですね。どう攻撃されてもフォローし合える」
  「はい」
  頷く。
  ここは敵地と考えるべきだ。
  周囲は全て敵。
  信頼出来るのは、ここにいる皆だけだ。扉が開かないのも、あたし達を逃がさない為のファウストの宣戦布告のようなものだろう。
  どう仕掛けてくるか。
  それはまだ分からないけど、受けて立つだけだ。
  「フラガリア、前進します」
  勝手にエスレナさん達もフラガリアに含んじゃってるけど、まあ、ノリです。
  フラガリア+その他2名では様にならない。
  ともかく。
  全ての扉を一つずつ調べるしかない。一つずつ、一つずつ。全てを。
  進もうとした。
  バタンっ!
  突然、一つの扉が開き男女数名が走ってくる。
  「……っ!」
  驚き、身構えるものの……どの顔にも怯えと恐れがあった。
  敵では、ない?
  シャルルさんが魔力の糸を振るおうとしていたあたしを制する。男女数名は……男5名、女3名は完全に混乱していた。
  向こうはこちらに気付いていない。
  「どうもおかしいですね。実験材料が逃げた、という事でしょうか?」
  「あっ、そうかもしれないですね」
  軽く相槌を打つものの、次第にそれが恐ろしい事だと気付く。
  実験材料?
  じ、じゃあ、あの人達は何の抵抗も出来ないままファウストに人体実験されるだけの運命を与えれた人達?
  どこから連れて来られたのだろう?
  カザルトだろうか?
  チャッピーの件もあるから、シロディールから誘拐された人達かもしれない。
  「どうするんだい?」
  「助けますっ!」
  「だけどフォルトナ。ありゃ敵じゃないにしても……敵予備軍と考えるべきじゃないかい?」
  「俺も同意する。お嬢さん、見極めは大切だ」
  「そうですけど……」
  確かに。
  確かに敵の偽装作戦の可能性もある。
  ここは分からない事ばかりだ。
  積極的に動くだけでは事は解決しない。チャッピーを救うどころか、あたし達の身の安全すら保障されていないのだ。
  見極めた行動しなきゃ。
  そう思い、男女達の様子を見る事にした。向こうはこちらに気付いていなかったので、物陰に隠れて、見る。
  混乱してる?
  錯乱してる?
  よく分からないけど、意味が判らない事を言ってる。叫んでる。
  耳を済ませて、よく聞く。

  「シュナイダーが化け物になっちまったっ!」
  「アレンスの時と同じよねっ! ……引っ掻かれたから……?」
  「そ、そうかもしれないわ。ううん、きっとそうよ。悪霊が体に入ったのよっ!」
  「じゃ、じゃあ傷付けられたら、その時点で次に悪霊に支配されるの確定か? そ、そんなの嫌だっ!」
  「出してここから出してーっ!」
 
  聞く限りでは、化け物に追われているらしい。
  そして傷付けられたらその人も化け物になるようだ。
  ……悪霊?
  「今の、どういう意味なんでしょう?」
  「僕が推測するに、辻褄が合ってないですね」
  「合ってない?」
  「ここは死霊術師ファウストの屋敷です。……まあ、もしかしたらファウストではなく悪霊の屋敷かもしれませんけどね。ともかく問題
  は男女の格好です。ここはハリウッド映画の中ではありませんからおかしいでしょう?」
  「……ハリウッド映画って何ですか?」
  「分かり易いものの例えです。彼ら彼女らの服装をよく見てください」
  「……?」
  シャルルさんに言われて、よく見てみる。
  何かおかしいかな?
  何も感じないけど。
  普通の服。街でよく見る普通の格好だ。
  ……街?
  「あっ。迷いの森っ!」
  「そういう事です。悪霊が出るという噂の屋敷へ肝試しに行ったら本当の悪霊に襲われた……では済みませんよ。ここに来るには確実
  に迷いの森を通らなきゃいけないんですからね。空間を直結したからこそ僕達はここにいる。彼ら彼女らはどうやって?」
  「さすがはシャルルさん。頭良いですね」
  「もっと誉めてください」
  「調子に乗るから、誉めるのは一度だけです」
  「フォルトナさんはケチですねぇ」
  「ふふふ」
  それにしても、シャルルさんの慧眼には頭が下がる。
  あの男女の服装は、街に適した服装であり、汚れもないように見える。……迷いの森で彷徨ってたのに?
  そう考えれるとおかしい。
  肝試し気分で来たにしては迷いの森を簡単にスルーし過ぎている。
  ……となると、やっぱり実験台の人達?
  「眼鏡、ありゃモルモット候補かい?」
  モルモット。
  ……エスレナさん、その言い方だと何か怖いです。
  はぅぅぅぅぅぅっ。
  「どうでしょうかねぇ。ファウストの毒牙から逃げたにしては、悪霊とか意味の分からない事言ってますし」
  「俺が思うにファウストの屋敷じゃないんじゃねぇか?」
  「スカーテイルさん、それはないですよ。丘の上から見た際に、屋敷は一軒しかなかった。この森にファウストが居を構えている以上、
  丘の上から見えた屋敷……つまり、今いる場所にファウストがいると考えるのが妥当です」
  「なるほどな。道理だぜ」
  「でしょう?」
  「じゃ、あいつらは何だ?」
  「そこが問題なんですよねぇ」
  肝試しの若者ではない。
  実験台にしては、言動が変だ。悪霊云々を恐れている。
  ……。
  接触するしかないか。
  物陰から出ようとした時、新たな展開に発展していた。若者達がやって来た扉の向こうから何かが飛び出してきた。
  「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
  「ぐるるるっ!」
  そいつは一瞬で若者の首を落とし、今度は手近にいた女性に飛び掛ろうとする。
  ……な、なに、あいつ……?
  異様な姿だった。
  茶色の肌の化け物。人間の形しているんだけど、人間ではない。髪は一本もなく鼻もない。眼もない。異常にでかい口が顔の
  真ん中にあった。指には鋭い鉤爪。あの爪で、首を落としのだ。
  「シュ、シュナイダーっ! やめろーっ!」
  「ぐるるるっ!」
  1人の若者が後ろから抱きつく。その間に女性は難を逃れた。
  化け物はうるさそうに腕を振るって、抱きつく若者を投げ飛ばした。壁に叩きつけられた痛みよりも、悲痛な叫びが響く。
  「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああ腕を切り裂かれたーっ!」
  「ひぃっ!」
  その言葉を聞いて一斉に若者から離れる男女。
  さっきの話の流れで行けば、彼も化け物になるのだろう。
  ……。
  でも、そんなの可能?
  「た、助けてくれよっ!」
  「近寄るなっ!」
  「頼む見捨てないでくれっ! お、おいジョアンっ! 俺達恋人じゃないかっ!」
  「こ、来ないでっ!」
  仲間に助けを求めるものの、誰も近付きたがらない。
  遠巻きにして、逃げるのみ。
  化け物は傷を付けた男性には関心がないらしく、面白そうに大きな口を歪めて事の成り行きを見守ってた。……眼はないけど。
  ……。
  あの化け物も元々はあの人達の仲間みたいだし、同じ境遇に引き込んで楽しんでる?
  何なの?
  何なのこの展開っ!
  突然の事だらけで、出そびれた。スカーテイルさんがあたしの腕を引っ張り、物陰に引き込んだ。
  「な、何するんですっ!」
  「関わらん方がいい」
  「それが妥当だねぇ。状況飲み込めてないあたいらが出ても仕方がないよ」
  「僕も同意します」
  「……」
  あたしは沈黙した。
  そうかもしれない。
  それが大人の知恵……ううん、危うきに近寄らずに回避する正しい姿なのかもしれない。
  でも、あたしには……。
  「あたしには出来ません」
  「そう言うと思ってましたよ、フォルトナさんならね」
  「……えっ?」
  「無鉄砲で一本気でツルペタ。それがフォルトナさんですからね」
  「ツ、ツルペタ関係ですよーっ!」
  そ、そんなに世界は巨乳を求めてるの?
  それに反したあたしは罪?
  はぅぅぅぅぅぅっ。
  ともかく、決断したらあたしは早い。物陰から飛び出し、魔力の糸を振るう。
  今まさにかつての仲間を襲おうとしていた、面白そうに見物していた茶色の化け物を真っ二つにする。
  突然の出来事に唖然とする男女。
  腕を切り裂かれた男性は……彼は、どうしよう……?
  傷を負わされれば化け物に変じる。
  話を聞く限りでは、そうだった。でも実際あたし達は見たわけではないし、話の信憑性も疑わしい。
  問答無用で殺すのはどうかと思った。
  だから、やめた。
  「あ、あんたらは一体……?」
  「あたし達はフラガリア。ここで何があったんです?」
  距離を保って、止まった。
  向こうも警戒しているし、あたし達にしてみてもそこまで相手を信用しているわけではない。
  状況的に助けたいと思い、加勢はしたけど油断が出来る状況ではない。
  ここはファウストの屋敷なのだから。
  シャルルさんとエスレナさんが小声で話しているのが聞えた。
  「あの茶色の化け物、何なんだい?」
  「話の流れだけで考えるんなら、人が変じたもののようですけど……初めて見る化け物です。悪魔の世界オブリビオンにいる最下級
  の悪魔スキャンプに感じ的には似ていますが、違いますし」
  「分からないのかい。眼鏡の知識も大した事ないね」
  「得ない限りは、知識ではない。初めて見るものに対しては対処のしようがありません。推測は出来ますけどね」
  ……悪魔?
  男女は傷付けられた男性を遠巻きに見てる。
  男性3名。
  女性3名。
  傷付けられた男性が1名。計7名だ。
  「シャルルさん、どうしましょう?」
  男女とは一定の距離を保ったまま、フラガリア参謀に訊ねる。
  向こうも警戒してこちらには近付こうとはしない。
  「あの怪我した人、悪魔になっちゃうんですか?」
  「確かに魂を売れば悪魔に変じる、という例もありますが……悪霊に取り付かれて悪魔になる、は聞いた事ないですねぇ。まあ、一応
  僕の魔法で治療してみる事にしますよ」
  「お願いします」
  「ただ働きは嫌いなんですけどねぇ。まあ、仕方ないですね。……フォルトナさんが体で払うと言ってくれてるわけだし」
  「言ってませんっ!」
  「はあはあ♪ フォルトナたん♪」
  「……」
  この人、最近こんなキャラです。
  さ、最初に会った時はミステリアスな人だったのに最近じゃただの変質者だーっ!
  これが打ち解けるって事?
  はぅぅぅぅぅぅっ。
  しかし事態は思わぬ方向に流れていく。
  「化け物っ!」
  ガンっ!
  突然、1人の男性が傷付けられた人を殴りつける。まさに突然。
  俊敏に動き、殴り倒した。
  頭を押さえて蹲る傷付けられた人。
  倒れたのを見て、頭を押さえて蹲るのを見て残りの男性達も一斉に襲い掛かる。女性も1人、これに加わる。
  「殺せ殺せっ!」
  「この化け物めっ!」
  「俺達親友だよなグスタフ。だから死んでくれよ、俺達の為にさぁっ!」
  「あんたなんか恋人じゃないっ! この化け物っ!」
  ……まだ化け物にも変じてないのに。
  ……何の根拠もないのに。
  彼らは傷付けられた人を殴る蹴る。何の抵抗すら出来ずに、フルボッコされている傷付けられた人。
  「や、やめてくださいっ!」
  あたしは叫ぶ。
  あたしは近付こうと……するものの、再びスカーテイルさんに阻まれた。後ろに引かれる。
  「何するんですっ!」
  「やめておきな、お嬢さん」
  「……そのようですねぇ。僕もそう思いますよ。連中、ヒステリックになってる。群集心理ですよ、怖い怖い」
  「だけどフォルトナの意思は救済さね。駄目元で止めるのが筋じゃないかい?」
  議論を決するまでもなく、事態は終息した。
  傷付けられた男性は既に絶命していた。
  何の抵抗出来ない人をリンチして殺害したかつての仲間達は高笑い。今回は誰も傷つけられなかったみたい。
  「やったやったっ! やったわぁっ!」
  遠巻きに見ていた2人の女性のうちの1人が、笑った。
  その笑い顔は半ばで硬直する。
  隣に立っていたもう1人の女性が既に人ではなかったからだ。茶色の化け物。
  ……えっ?
  「ぐるるっ!」
  「た、助け……っ!」
  メキャ。
  嫌な音が響く。悪魔に襲われた女性は、ありえない方向に首が曲がっていた。
  ドサ。
  死体が倒れる同時に、茶色の悪魔は他の人達に襲い掛かる。
  迎え撃とうとする、いの一番に《傷付けられた男性》を殴りつけた人が今度は悪魔に。法則なんてない。
  完全に阿鼻叫喚の事態だ。
  「な、何で?」
  「よく分かりませんが……どう考えてもファウストの……そう、実験か何かでしょうね」
  「……実験……」
  男女の殺し合いは、あたし達とは無関係に発展していく。
  そして。


  ……誰も動かなくなった……。



  「……」
  誰もが無言だった。
  なんて後味の悪い結末なんだろう。
  なんて……。
  「何も気に病む必要はない」
  「……っ!」
  室内に声が響いた。
  聞いた事のない声。抑揚のない低い声。男の人の声だ。
  「死霊術師ファウストっ!」
  「その通りだよお嬢ちゃん。……ああいや、人形遣いの系譜の娘よ。訂正ついでに言っておくが、私は死霊術師ではない。究極の生命
  を生み出す事に没頭する、研究者だ。死霊術を学んだのはその一環に過ぎない」
  「そんな事はどうでもいいんですっ!」
  「だろうね。そうだと思ったよ」
  周囲を見渡すあたし達。
  声はするのに姿は見えない。どこにいるの?
  「さっきの連中はね、とうの昔に人間ではなかったよ」
  「えっ?」
  「全員改造してあったのさ。しかし本人達は何も知らない。頭の中弄ったからね。本気でお芝居してたのさ。一応、追い詰められた
  者達の狂気の度合いを調べる実験だったんだけど君達がやって来た。飛び入り参加は大歓迎だ。楽しかったかい?」
  「……腐ってるね、こいつは」
  エスレナさんは吐き捨てた。
  外道。
  外道だ。
  ……。
  あたしは元々闇の一党の暗殺者で、たくさん酷い事してきた。でも、ファウストとは違うと弁解したい。
  少なくともやってる事の次元が違う。
  ファウストは研究と称して追い詰め、足掻かせ、欺き……そして、処理する。
  暗殺とはまた次元が違う。
  「私が腐ってる? ……ふふふ、さっきの連中も君達みたく最初は威勢が良かったよ。でもまあ、哀願されちゃうわけだよ。途中で
  命乞いされちゃうわけだよ。私はサディストだからね。命乞いされると、逆にジワジワと壊したくなるっ!」
  「壊したいならとっとと出てきたらどうだいっ!」
  「そうするさ」
  フッ。
  突然、明かりが全て消えた。
  えっ?
  「うわぁっ!」
  「な、なんだいっ!」
  「くっ!」
  カッ。
  明かりが点いた時、その場にいたのはあたしだけだった。
  えっ?
  「シャ、シャルルさん?」
  いない。
  「エスレナさん? スカーテイルさん?」
  いない。
  見渡すものの、どこにもいない。
  もちろんあたしも馬鹿じゃない。悲鳴から察するに、ファウストの手に落ちたのだろう。
  でもこんな一瞬で?
  明かりが消えて、点くまでの間わずか数秒だ。長くても数十秒。
  そんな短時間で……あんなにも強い皆を捕えた?
  ……。
  でも、どうしてあたしだけ残したの?
  パチパチパチ。
  拍手が響き渡る。
  黒い長髪の、銀色の瞳をした男性だった。肌は白く、一見すると美しいんだけど……その美は、どこか危険な美。
  笑みを浮かべ、拍手している。
  その笑みは温かみの込められた、優しい笑顔。
  ……。
  あたしは暗殺者。闇の一党の、元暗殺者。
  外見だけでは騙されない。
  男性の瞳はどこまでも冷たかった。どこまでも。どこまでも。
  「改めて歓迎しよう。人形遣いの系譜を継ぐ者よ」
  「あなたがファウストですね?」
  「ええ。左様にございますよ、レディ」
  どこか小馬鹿にしたような口調。
  ふと見れば、拳程度の球体が無数にファウストの周りを浮遊していた。あたしは警戒する。
  「ああ、これですか? これは視認した者を転送する、私の作ったモノですよ」
  「視認? 転送?」
  「レディのお仲間はこの球体に捕捉され、牢に転送しました。そろそろ人体実験のストックをと考えていましたのでね。好都合で
  したよ、レディ達のご来訪はね。外に出る手間が省けました」
  「じ、人体実験っ!」
  「ええ。……いずれは殺してくださいと哀願しますよ。でも残念。自我が崩壊するギリギリまでは苛め抜く主義でしたね」
  「……っ!」
  こいつ殺すっ!
  魔力の糸を紡ごうと……。
  「私を殺せばすべては無に帰す」
  「……っ!」
  それは多分、ハッタリではなく真理だ。
  あたしは力を抑えた。
  今のところ、この男が全てを握っているのだから、まずは従うしかない。
  「結構。実に結構ですね。レディは物分りがいい」
  「……聞かせてください。誘拐したあたしの仲間は無事ですか?」
  「仲間? ……ああ。ドラゴニアンですか。あれには困りましたよ、心底ね」
  疲れたように溜息。
  この男は見る限りでは、頭脳タイプ。
  シャルルさん並に頭が良く、回転が早そうだから……頭脳で出し抜くには骨が折れそうだ。隙だらけでいつでも殺せるけど……多分、
  何かの対抗策を持っているのだろう。
  しばらくは様子見。
  ……しばらくだけね。
  「チャッピーは無事なんですか?」
  「無事ですよ。まだ実験も出来ていない。……ドラゴニアンの存在を知り、ジェラス達に依頼したものの延々と待たされるわ、いざ
  ドラゴニアンが手元に来ても実験も出来ない。鋼鉄並みの肌と意志のお陰で解剖も出来ないし薬で意識も奪えないんですよ」
  「……」
  「仕方なく、牢に入れてあります。当面は食べ物も水も与えずに衰弱させる……つもりですがね、しばらく食べなくても死なないという
  オマケ付き。レディは運が良い。弄ってないですよ、あなたのお仲間ね。……今はね。ふふふ」
  「どうしてそこまで話すんですか?」
  「決まってるでしょう。レディも既に私のモルモットなんですからね」
  「……」
  「安心なさい。貴女は特異な能力者だ。今頃人形遣いの系譜を受け継ぐ者がいようとは思ってもなかった。それを知って、ジェラスに
  貴女の誘拐も依頼しましたが……失敗した。でもまさか貴女から訊ねてきてくれるとはね。実に好都合」
  「変な真似しようと言うならお前を殺す」
  「ふふふっ! 実に勇ましい。しかし殺す対象は違いますよ。あなたには実験動物と殺し合ってもらいます。データが欲しいのでね」
  「データ?」
  ファウストは柔和な笑みを崩さない。
  その笑みを消してやりたい衝動に駆られるものの、それは容易い事だけど……今は従おう。
  今は。
  ……今だけは。
  「至高の種族とは何かを知りたいのですよ」
  「至高?」
  「そう。レディはブレトン。タムリエルで一般的な種族の中でトップは誰なのかを競っていただきます。今からインペリアル、レッドガード、
  ノルド、アルトマー、ボズマー、ダンマー、アルゴニアン、オーク、カジートと殺しあってもらいます」
  「……」
  「ああ、ご心配なく。対戦相手は既に自我がないですから。ただ、実験で種族としての限界まで能力を高めてあるのでね、苦戦はする
  とは思いますが頑張ってください。もちろん勝ってもレディ達を解放はしませんよ。当然ですけどね」
  「……」
  「死ぬまで私のモルモットとして頑張ってもらいますよ。レディ達一同にはね。ふふふっ!」
  「……」
  「ようこそ。狂気の館に。ここは貴女達が死ぬまで暮らす新しい家ですよ。どうぞお寛ぎください。……ふふふっ!」