天使で悪魔





謁見





  カザルト。
  それはヴァンピールの長であるリーヴァラナ女王の治める国。
  元々は黄金帝の都。
  しかしアイレイド時代末期。リーヴァラナ女王は物欲に縛られ、堕落した黄金帝を見限り遷都を決定。
  都は次元の彼方へと消え去った。
  その後アイレイド時代は終焉を向え、人間達の国家の乱立、やがては帝国の統一に繋がっていく。
  そして……。







  「それでどうするんです?」
  あたしは本日何回目かは忘れたけど、同じ言葉を呟いた。
  永遠の夜が続く世界。
  この国には太陽がない。時刻を知る方法はただ一つ、鐘の音だけだ。鐘は黒牙の塔から響き渡る。
  黒牙の塔とは、この国の主であるリーヴァラナ女王。
  「まっ、謁見まで時間潰すしかないですよ、フォルトナさん」
  「それはそうですけど……」
  椅子に座りながら、シャルルさんは呟いた。
  この国に来てから3日も経つ。
  路頭に迷ってるかといえば、そうではない。あたし達は一軒の家を宛がわれていた。二階建ての家だ。
  この国に迷い込んだ者に無料で宛がわれる家らしい。
  待遇は問題ない。
  自由に動いても構わない。
  何の束縛もない。
  この国では争い全般が禁止されている。どんな些細な争いでも、罪となる。
  だから大抵誰もが物腰が柔らかい。
  もちろんストレスが溜まらない程度に喧嘩はあるものの、それ以上にエスカレートすると死罪を与えられるらしい。
  なかなか厳しい法律。
  ……。
  もちろん、理由がある。
  この国は閉鎖空間にある。人口は2000ほど。
  覇権を巡って争い合えば全滅し、自滅しかねないほどに人口が少ない。その為、争いを禁止しているのだ。
  この国の住人の比率はアイレイドエルフが大半。
  女王を含めヴァンピールは総人口の一割にも満たないらしい。
  「待つ事です」
  「でもチャッピーが……」
  「女王に詰め寄るにしても、間近に迫ってからじゃないと無理ですよ。わざわざ塔に忍び込むのも馬鹿でしょう?」
  「それはそうですけど……」
  外の世界から来た者は女王に謁見するのが通例。
  それが、この国に来て初めて会った農夫の人に聞いた台詞だった。
  あたし達は宛がわれた家で謁見待ち。
  女王は忙しいらしい。
  「だけどシャルルさん、チャッピーを誘拐したのは本当にその……えっと……」
  「リーヴァラナ女王」
  「そう、その人なんでしょうか」
  「さあ。僕には分かりませんよ。ただ、違うような気もしますね」
  「ですよね」
  聞く限りではすこぶる評判が良い。
  異空間への遷都に関しても、英断と評価する住人が多い。
  街には何度か出た。
  住人も話を聞き、情報収集もした。
  女王は人格者として評判がよかった。もちろん、この国の住人の言葉だからどこまで当てになるかは不明。
  身引きという事もある。
  ……。
  一応、黄金の都はデマだったみたい。
  建物は全て石造り。
  ちなみにタムリエルの通貨はこちらでも使えるようだ。この国の住人の一部にはタムリエルから流れて来た人も多い。そういう意味
  合いからなのかタムリエルの通貨が流通しているらしい。
  ガチャ。
  「帰ったよ、フォルトナ、眼鏡」
  「足止めもいいが結構出費が激しいな。……必要経費で処理してくれるんだよな、お嬢さん」
  エスレナさんとスカーテイルさん、帰宅。
  箱詰めの食料を抱えている。
  「おやおやまたたくさん買い込んで来ましたねぇ」
  「仕方ないさ」
  肩を竦めるエスレナさん。
  箱の中身はたくさんの野菜や魚介類だ。……全部シロディールでは見た事ないものばかり。
  この世界は夜しかない。
  それに適応した農作物、魚介類。
  食べて害ないのは既に分かってる。この世界に来て何日も経ってるし。
  おいしいよ、うん。
  ……でもやっぱり調理前のを見ると、少し引くなぁ。
  「フォルトナさん」
  「はい?」
  「貴女の所為です」
  「はっ?」
  「貴女が大食いだから、食費だけで我がフラガリアの財政は火の車。ぜーんぶ、貴女の責任です」
  「ひ、酷いー。エスレナさんもそう思うでしょっ!」
  「ぜーんぜん。あたいの財布の中身まで食費に回しておきながら、その態度はなんだい? 態度でかいよ、フォルトナ」
  「ス、スカーテイルさんっ!」
  「悪いなお嬢さん。俺のガイド料のキャッシュバックはいつ頃になる? ……態度でかくないか、お嬢さん」
  「す、すいませんでしたっ!」
  頭を下げる。
  そ、そりゃ一食三人前は当たり前だけど……そんなに責める事ないじゃないのーっ!
  フラガリアのリーダーなのに謝ってばっかりだーっ!
  はぅぅぅぅぅぅっ。
  で、でも確かにこのままじゃ食い繋げなくなっちゃう。
  「謁見っていつなのかなぁ」






  流浪の国カザルト。
  次元の間を彷徨う、かつての黄金帝の都。

  指導者はリーヴァラナ女王。黄金帝に生み出されたヴァンピールの主。
  ヴァンピールは一握りであり国民のほぼ大半はアイレイドエルフ。

  この国は次元を彷徨っている。
  しかし女王の統治の下に繁栄し、平和が打ち続いている。
  女王が住むのが黒牙の塔。
  永遠の夜が続くのは根本的に太陽がないから。星もない。月もない。
  当初はこの環境にアイレイドエルフ達の間で死者が続出したものの、現在は適応している。

  次元を彷徨う理由。
  アイレイド文明の崩壊を予期したリーヴァラナ女王(当時は女王ではなく摂政)は異空間への遷都を提唱。
  しかし黄金帝は強欲に溺れ、国は乱れていた。
  奴隷であった人間の反乱。
  人形姫による侵攻。
  王族同士の殺し合い。
  全ての要因によりアイレイド文明は瀕死であり、滅亡を避ける為に遷都を決行。

  流浪の国カザルトには入る事は出来ても、出る事は出来ない。
  稀に次元の歪みを通ってこちら側に迷い込むタムリエルの住人がいる。その者達はこの国の住人になるしかない。
  リーヴァラナ女王はそういう者達を保護し、国民に加えている。
  なおヴァンピールは次元を行き来出来る能力を有している。





  謁見出来たのは、次の日だった。
  ……よ、よかったぁ。
  これで財政が破綻せずに済む。
  もちろん、謁見で全てが解決するわけではないだろうけど。
  「その方達が別の世界から来た者達ですか。……今、向こう側はどうなっています?」
  リーヴァラナ女王は玉座に座している。
  ヴァンピールの女王。
  黄金帝がアイレイドエルフを改造した存在がヴァンピーデルであり、牙があるという点を除けば外観はエルフ。
  美しい。
  美しいんだけど、どこか作り物の笑顔だ。
  社交辞令の微笑という事かな?
  シャルルさんが質問に対して、恭しく答えた。あたし達は女王の面前に、直立不動で立っている。
  「恐れながら申し上げます。現在、タムリエルでは皇帝が暗殺され、後継者である三皇子殿下も存命しておりません。元老院が治世
  の権を握り、帝国を運営しているものの歪は回避しようがありません。いずれ動乱になるかと」
  「……なんと、そのような事が……」
  「皇帝を暗殺した組織については不明でございます」
  「奴隷の国家も先行きは不安なようだな」
  この国は閉鎖世界。
  外界との接触は完全に断たれている為、情報が限られている。情報はこちら側に紛れ込んでいる者達がもたらすもの。
  こちら側に偶然(ヴァンピールのベルモントの言葉通りなら故意にではあるけれども)来ているのはあたし達だけではないらしい。
  まあ、皇帝の不在に付け込んでどうこうする気はないようだけど。
  ……多分ね。
  「さて、本題に入ろう。お前達、どこから来た?」
  「どこから、とは?」
  応対はシャルルさんに任せよう。
  外面は良い人だから。
  ……。
  ……。
  ……。
  はぅぅぅぅぅぅぅっ!
  今酷い事考えたーっ!
  ま、まあ社交辞令得意な人だから、全部任せよう。あは、あは、あははははー。
  「僕達はシロディールから……」
  「いや、そうではない。場所はどこだ? どこの場所で、こちら側に紛れ込んだ?」
  「黄金帝の都の跡地ですが」
  「……ああ。この国の元の場所か。空間を修復しておかねばな」
  「修復?」
  「ここは次元にたゆたう場所だ。我らは今更向こう側に戻ろうとは思っておらぬ。種の保存としてこちら側に遷都したのだ。あの当時
  は末期な世界だった。私は滅亡を避ける為に遷都したのだ。向こう側からの干渉は好まぬ」
  「では、我らの処遇は……排除ですか?」
  「ふふふ」
  楽しそうに笑う。
  この場に居合わせるのはあたし達と女王だけではない。
  居並ぶ群臣と衛兵。
  女王が一声掛けるだけで、あたし達を排除できるだけの人数がここにいる。
  そして……。
  「私はお前達奴隷民族にも寛容なつもりです」
  奴隷。
  元々人間はアイレイドエルフの奴隷だった。
  あの当時から存在し続けているであろう女王にしてみれば、対等の存在ではないのだろう。
  まあ、立場的にも女王だし、対等なわけないけど。
  「この国は閉鎖されている。人口の増加は国が望むものです。その方達を国民として歓迎しましょう」
  「ありがたきお言葉」
  「どのような暮らしをするかは任せますよ。そちら側にある仕事は、こちらにもあるので好きになさい。モンスターの類もいるので
  冒険者でもいいでしょうね。望むならば衛兵ににも抜擢しましょう。娯楽もある。悲観すべき状況ではないはずです」
  「女王陛下。お伺いしたき儀がございます」
  「許す。申せ」
  「はい。……シロディールに戻る方法にございます」
  「それは、ない」
  「……」

  「以上である。下がりなさい」
  「御意にございます」
  礼儀正しく、シャルルさんは頭を下げた。
  丁寧に。
  優美に。
  こうしてると物腰柔らかな紳士なんだけど……口を開けば《金と乳ラブ♪》な人なんだよなぁ。
  はぅぅぅぅぅっ。
  あたし達も同じように、頭を下げた。
  椅子に身を沈めたまま女王は鷹揚そうに口を開いた。
  「この国で何を成すかは、ゆっくりと考えるがよい。私が民に求めるのは、平穏と安息だけぞ。しばらくの間の暮らしについては
  私が保証しよう。身の振り方を、その間に考えるとよい。私は自らを寛容と自負している。よって、いつでも訪ねて参れ」
  「ありがたきお言葉にございます」
  シャルルさん、一礼。
  皆も続くけど……あたしは頭を下げなかった。聞きたいのはこんな事じゃない。
  皆より一歩前に出る。
  ざわり。
  群臣達がざわめいた。
  衛兵達は武器を構え、女王の周囲を固めて防御の体勢を取る。
  「フォルトナさんっ! 駆け引きは僕に任せて……っ!」
  非難の声を黙殺。
  チャッピーは誘拐された、もう何日も経ってる。
  時間が経てば立つほど、彼の身が危険になっていくのは明白。
  駆け引きとか、思慮とか、あたしには必要ないっ!
  「女王陛下」
  「何ですか?」
  ざわつく群臣や衛兵とは対照的に、冷静な口調の女王。
  逃げる素振りや慌てふためく様も見せずに、悠々と玉座に身を沈めている。
  「ジェラスを知っていますか?」
  「ジェラス?」
  「ヴァンピールです。彼はドラゴニアンであるあたしの仲間を誘拐していきました」
  「……ジェラス……」
  考え込む女王。
  女王のすぐ横に控えていた美しい顔立ちの女性が耳打ちすると、女王は合点した。
  「ああ。ジェオラベエォンニスの事ですか」
  「はっ?」
  思わず間の抜けた声。
  完全な異音でしかない。そういえばあたし達には発音できない名前だとジェラス本人が言っていた。短縮形でジェラス。
  なるほど、そういう意味での短縮か。
  ……。
  まあ、名前なんてどうでもいい。
  「知っているのですか?」
  「知っていますよ。元々は私の部下でした。最近は勝手に出奔しましたが……ふぅん。誘拐などしているのですか」
  「彼は主の為にドラゴニアンを誘拐するのだと言ってました。彼の仲間もそう言ってました」
  「それが私だと?」
  「違うんですか?」
  「違う、と言っても信じるような顔ではありませんね。もちろん、信じる義理もないわけでしょうけど」
  「……」
  「衛兵、捕えなさい」
  一斉に動く衛兵。
  あたしだけではなく、あたし達を取り囲んだ。
  「どういう事だいっ!」
  エスレナさんが叫ぶ。
  「どういう事? ……私は、別に貴女達に害意はありません。しかし貴女達は違う。私が誘拐を指示したと疑っている。この国は
  平穏でなくてはならないのです。不穏が訪れれば、後に続くのは戦争だけです。人口少ないこの国で戦争は致命的」
  「だから不穏の芽である僕達を拘束すると?」
  「やむを得ないでしょう。……衛兵、拘束しなさい」
  ここで戦闘の素振りを見せたら血を見る戦いになるだろう。
  一触即発。
  しかしここで何もしなくても拘束される。
  これ以上の時間は無駄には出来ない。あたしは突っぱねる事にした。
  「はぁっ!」
  ひゅん。
  魔力の糸を振るう。
  あたし達を取り囲む衛兵達の武器は、1人残らず切り裂かれ使い物にならない。
  ざわり。
  ざわめく群臣と衛兵。
  「……はぁ。結局このパターンですか。フォルトナさんと一緒だと日常が怖いですねぇ」
  「チャッピーの為です」
  あたしは言い切った。
  争い好きではないけど、チャッピーが囚われている以上妥協とか妥当とかには興味がない。
  あたし達には、あたし達の目的があってここにいるのだ。
  それ以上でも以下でもない。
  「女王陛下、本当に知らないのですか」
  「……貴様……」
  「……?」
  「貴様っ! 人形遣いかっ! ガーラス・アージアの国の者がどうしてここにいるっ!」
  ガーラス・アージア?
  微笑を浮かべつつシャルルさんが補足説明。
  「いえいえ女王、彼女は人形姫でして」
  「な、なにっ! ほ、滅びの象徴っ!」
  驚愕。何事にも動じなかった女王は驚きのあまり、椅子から崩れ落ちる。
  慌てて側近の綺麗な女性が駆け寄った。
  大騒動。
  女王は泡吹いて倒れてしまい、群臣や衛兵はてんやわんや。
  「じゃ、行きましょうか」
  「……シャルルさん。まさかこの為に人形姫だって言ったんですか?」
  「泡吹いて倒れるとは思ってませんでしたけどね。……人形姫はね、トリックスターなんですよ。ある意味でアイレイド時代を終わら
  せた存在なんです。他のアイレイド国家から見れば忌むべき存在。恐ろしい存在なんです」
  「へー」
  元々アイレイド文明に対しての知識がなかったシャルルさん。
  なのに今では歩く辞書。
  頭良いんだなぁ。学んだ知識を簡単に脳に吸収してるみたいだ。
  あたしももっと勉強頑張らなきゃ。
  ……まずは文字が書けるようにならないとね。
  「女王様っ! お気を確かにっ! ……誰か医者をっ! 早くっ!」
  「……人形姫が、人形姫が来たぁ……」



  「橋を上げろっ!」
  「門を閉じろ、急げ早くっ!」
  「塔を完全封鎖しろっ! 逆賊を外に出すなっ!」
  衛兵達が騒いでいる。
  蜂の巣を突いたような騒ぎだ。
  女王が泡吹いている間に、あの場に居合わせた者達が混乱している間に逃げようと思ったものの意外に対応が早くて、あたし達
  は塔の中から身動きが取れない状況に陥ってた。
  敵ならいい。
  敵なら問答無用で排除する。
  以前は闇の一党の暗殺者だった。だから、冷酷さが必要な時はそれらしく振舞える。
  敵ならいい。
  しかし女王が関与していない可能性もある以上、排除は出来ない。
  ジェラス達の《主》が女王なのかどうかは、まだ不明だ。
  ただジェラスは元々は女王の部下だったらしい。しかし今は消息不明。聞く限りではこの国は女王の統治で成り立っているものの、
  実際には一枚岩ではないらしい。色々と複雑な内情があるようにも思われる。
  さて。
  「……で? これからどうするんだ?」
  スカーテイルさんが投げやりな口調でそう呟いた。
  あたし達は今、貯蔵庫に隠れていた。
  たくさん樽が置かれている部屋だ。中身はなんだろう。お酒かな?
  黒牙の塔の衛兵たちは総動員であたし達を探しているに違いない。いずれは見つかる。
  ……あたしの所為だ。
  「ごめんなさい」
  「仕方ないさフォルトナ。仲間攫われて切羽詰ってるんだ。あたいはそこを汲むよ」
  「そういう問題でもない気がしますけどねぇ」
  「眼鏡は理知的過ぎるんじゃないかい? ああいう場合は、強気に出るべきなんだよ」
  「強気と攻撃は違いますよ」
  「ま、まあ、それはそうだけどさ。だけど、フォルトナを責めるのは……」
  「責めちゃいませんよ。僕が言いたいのはリーダーの行動は僕達の命にも連動しているのを忘れないで欲しい、それだけです」
  「ごめんなさい」
  頭を下げた。
  あの時はカッとしててそこまでは考えてなかった。
  そうだよ、連帯責任になるんだもの。もう少し思慮が必要だった。
  どうやって挽回しよう?
  どうやって……。
  「ここに隠れていらっしゃったのね。人形姫と愉快な仲間達さん」
  「……っ!」
  気付かなかったっ!
  いつの間にか部屋にもう1人、増えていた。
  それは女王の側にいた綺麗な女性。柔和な笑みを浮かべ、手を後ろで組んでいる。
  「誰が愉快な仲間ですか。……それで、僕達を拘束に来たわけでは……なさそうですね」
  「ええ。衛兵達に警戒態勢を解くように指示したわ。あなた達をここから逃がしてあげる。陛下には後からその旨を報告しておくわ」
  「それで見返りはなんですか? ただほど怖いものはないですからねぇ」
  探るような眼でシャルルさんは相手を見た。
  現実主義。
  あたしと違ってシャルルさんは極めて冷静に物事を見て、判断する事が出来る。相手の真意を探っている。
  「見返りは……そうね、女王陛下の心の平穏」
  「もう少し具体的にお願いします」
  「堕落と奈落の森、というのがあるわ。そこにあなた達の世界からやって来た男がいる。名をファウスト」
  ファウスト?
  どこかで聞いたような……ああ、ベルウィック卿が言ってた死霊術師の事だ。
  こっちの世界にいるのか。
  「奴がその森に住み出してから、この世界は不穏になっていった。奴は不和を持ち込んだ。……女王陛下の治世に不満を持つ
  ジェラス達はファウストが創り出した生物を配下にして、反乱を企てているわ」
  「これはこれは大きな話になりましたねぇ」
  「主って誰ですか?」
  あたしは口を挟んだ。
  シロディールで戦ったヴァンピール達から今まで二つの単語を聞いた。主と人間。
  人間がファウストだと仮定して、主とは誰だろう?
  「知らないわ。……ただ、渇きの王と呼ばれている者がいるのは確かよ」
  「渇きの王?」
  「女王陛下は以前、渇きの女王と呼ばれていた。何故そう呼ばれていたかは知らないけど……それに対抗する称号を名乗っている
  以上、反乱分子の主と思うのが妥当でしょうね」
  「渇きの女王と渇きの王」
  内乱、か。
  女王の顔には動揺はなかった。疲れもなかった。
  でも実は動揺や疲れを飲み込み、平然な顔を取り繕ってをして謁見を執り行っていたのだ。トップに立つ者がおろおろする姿を見
  せれば部下達の指揮に影響する。だから無理していたのかもしれない。
  急に可哀想な人のように思えてきた。
  女王はこの国を背負っているのだ。どれだけの重みか、あたしには想像もつかない。
  「んー、簡潔に行きませんか? それで僕達に何をして欲しいんです? あまり時間はないのでね」
  それはもっともだ。
  誘拐は時間が経てば経つほど危険になる。
  誘拐されたのが弱い立場の存在ではなく、頑強で精強なドラゴニアンではあるものの、心配は心配だ。
  あたし達には時間がない。
  「ファウストを拘束して欲しいのよ」
  「拘束? 始末ではなく?」
  「そう。奴には色々と聞きたい事もある。ファウストさえこちらで抑えれば、反乱分子に強化生物を供給する者はいなくなる」
  「それは女王サイドの都合ですよね。……僕達のメリットは?」
  「もちろんある。ファウストは反乱分子に組しているものの、正確な立場は中立。奴は究極の生命体を創る実験をしている。その際
  に生み出された出来損ないを反乱分子に売って研究資金を稼いでいるの。……奴はね、珍しい素体を買い漁ってる」
  「珍しい……なるほど、確かにドラゴニアンは珍しいですねぇ」
  ええーっ!
  つ、つまり珍しいドラゴニアンを実験材料にする気なんだ、やっぱりっ!
  ジェラス達とは仲間ではない?
  なのにチャッピーを攫ったのは何でだろう?
  ファウストに頼まれたから?
  ……そうかもしれない。頼まれたから誘拐して、代償に何か貰ったのかも。
  「あの、つまりは……ファウストの元にチャッピーがいると言うんですか?」
  「チャッピー?」
  「えっと、ドラゴニアンの名前です。誘拐された仲間の名前なんです」
  「ああ、そうなんだ。……ファウストの所にいるかは分からないけど、ジェラス達が誘拐する理由がないから、おそらくファウストに
  渡しているでしょうね。見返りが何かは知らないけど、おそらくはそれで間違いないはずよ」
  「……死霊術師ファウスト……」
  これで一歩前進した。
  この国から出る手段はまだ見つかってないけど、まずはチャッピー助けないと。
  その為にここに来たんだから。
  「何であんたはそこまで教えてくれるんだい?」
  「女王陛下の負担を軽くしてあげたいんです。ファウストさえ捕えれば、強化生物を供給は途絶えて反乱分子の戦力は低下する」
  「まっ、確かにそれは道理だねぇ。あたいはエスレナ」
  「僕はシャルル。どうぞよろしく」
  「スカーテイルだ」
  「あたしはフォルトナ。あたし達は冒険者チーム《フラガリア》です」
  勝手にエスレナさん達も組み込んじゃった。
  綺麗な女性は、微笑を浮かべたまま優雅に一礼して名乗った。
  「私はシスティナ。女王陛下の補佐を担当しています。……あと、私は人間です。インペリアル」
  「えっ、そうなんですか?」
  「そう。この国に迷い込んで、女王陛下に拾われ、能力を見出されて側近になったんですよ」
  意外に種族は見分けがつかない。
  インペリアルかぁ。
  同じ世界の人と分かった途端、妙に親近感を覚えるから不思議だ。
  幾分か打ち解けて、しばらく話し込んだ。





  システィナさんの助力のお陰で無事に塔を出れた。
  ……。
  ちなみに女王は泡吹いたまま、まだ意識が戻っていないらしい。
  人形姫かぁ。
  そんなに当時は怖い存在だったのかー。
  少し凹むなぁ。
  何の確証もないけど、どうもあたしは人形姫らしい。最近はそれを少しではあるものの受け入れている。
  まあ、何の確証もないしデタラメかもしれないけど。
  しばらく、無言で街の通りを歩く。
  「……」
  夜の国。
  しかし、時刻はまだ昼。なので通りは明るい。
  この国はアイレイドの遺産を有意義に使っている。
  通りの脇には無数に街灯があり、淡いマリンブルーの光を発していた。魔力の結晶であるウェルキンド石だ。
  時刻が夜になるとこの石に覆いが被せられ、街は闇に包まれる。
  一応、これがこの街の昼夜の姿。
  さて。

  「それで、どうします?」
  宛がわれた家に向かう途中、何気なくシャルルさんが呟いた。
  意味は分かる。
  堕落と奈落の森という場所に、迷いの森と呼ばれている場所に進むべきかどうかという事だ。
  チャッピーがいるとしたらそこだろう。
  システィアさんもそう示唆していた。
  エスレナさんもスカーテイルさんも、あたしの言葉を待つ。
  ここから出られない。そう、女王は言う。
  でもだからといって悲観し、当初の目的を見失うのは間違いだ。
  チャッピーを救う。
  それが目的だ。
  「向いましょうっ!」
  「まっ、それが妥当ですねぇ」
  「ただの吸血鬼狩りにも飽きてたところさ。今回の冒険は少しは歯応えがありそうだ。やってやるさね」
  「ガイド料の割り増し次第では手伝うぜ、お嬢さん」
  意見は一致した。
  向おう。
  「フラガリア、出発ですっ!」
  堕落と奈落の森に。
  チャッピー救出作戦開始。