天使で悪魔




地図にない街



  宇宙世紀0079。
  地球からもっとも離れた宇宙都市サイド3はジオン公国を名乗り、地球連邦政府に対して独立戦争を挑んできた。
  巨大な人型兵器モビルスーツの開発と量産に成功していたジオン公国軍は、開戦当初物量で優位に立っていた連邦軍
  を圧倒した。
  それに対し、連邦軍もモビルスーツの開発に着手。
  やがてガンダムと呼ばれるモビルスーツと、量産タイプのジムが完成した。
  開戦から11ヶ月。
  オデッサ作戦での大勝により、地球上でのミリタリーバランスは連邦軍に傾いた。
  そして……。





  「あのシャルルさん。気持ち良さそうに語るのはいいんですけど、そのナレーションは何なんですか?」
  「ガンダム知らないんですか? 国民的アニメですよ」
  「はっ?」
  「ガンダム00を初代ガンダム繋がりだと思ってた僕の心はどうすればいいんですっ! この失望、この悲しみどうすればっ!」
  「はっ?」
  「悲しみを怒りに変え、立てよ国民よっ!」
  ……はぁ。
  一同、溜息。
  あたし達一行は密林の中で焚き火を起こし、そこに囲み、今日の旅の疲れを取っていた。
  今日はここで冒険は終了。
  現在、食事中。
  わざわざ材料を現地調達し調理するのではなく、冒険者の街フロンティアで買い込んだ携帯食を食べていた。
  焚き火でスープを温めるぐらいはしたけど。
  「ジークジオンっ!」
  ……はぁ。
  安ワインで完全に酔っ払い意味不明なのはシャルルさん。
  まあ、彼しかいないよね、こんな事を叫ぶの。
  とりあえず無視しよう。
  「あの、ここどの辺りですか?」
  「明日には……まあ、どんなに時間掛かっても明後日には着くさ、このペースならな」
  案内役のスカーテイルさんはそう語った。
  密林は彼の庭だ。
  いかに冒険者といえども、密林は踏破出来るものではない。ガイドは必要だ。
  今まであたし達フラガリアの行動範囲は、結構狭かった。あまり街から離れて密林を冒険していると帰れない可能性もあった。
  これは別にあたし達だけの認識ではなく冒険者の常識だ。
  密林は果てしない。
  この近辺は完全に未開の地で、まだまだ密林の方が勢力が強い。
  そんな場所を進むのだから地勢図が備わったガイド役は必要。
  ……。
  ちなみに冒険者の引退後の仕事としてガイドが一番多い。
  需要もあるし、選ばれる理由は分かるでしょ?
  引退する頃には地勢図も備わっているだろうしサバイバルにも長けているだろうから。
  「地図では、今ここだな」
  「黄金帝の都はどこですか?」
  「ここだ。ただ何もないぞ、廃墟ですらない。かつてここに都があった……それだけだ。一度行った事はあるが何もなかった」
  「……」
  それでも。
  それでもあたし達は行かなくてはならない。
  チャッピーを攫った連中はヴァンピール。黄金帝がアイレイドエルフを改造して創り出した始祖吸血鬼。
  フロンティアから東に逃げたらしい。
  黄金帝の都の位置と、逃げた方角は一致する。
  もちろんただの偶然で、符号には意味はないのかもしれない。それでも、行くしかない。
  他に情報がないのだから。
  他に……。
  「それで、そいつらは強いのかい? その、ヴァンピールとかいう奴はさ」
  そう言ったのは、今回の旅路のもう1人の連れのエスレナさん。
  どこでどう聞いたのかは知らないけど、始祖吸血鬼を倒したいとと今回の旅に同行した。
  エスレナさんは《高潔なる血の一団》に所属する吸血鬼ハンター。
  吸血鬼退治は仕事。
  「強いのかい?」
  「はい。基本的に吸血鬼のデメリットはないそうです。メリットだけ得た連中のようです。あと、体を霧に変化させます」
  「へぇー♪」
  何故か楽しそうなエスレナさん。
  強い吸血鬼と戦うのが楽しいのだろうか?
  まあ、いいけど。
  チャッピーが欠けただけでもフラガリアは戦力が大幅ダウン状態。援軍は心強い。
  スカーテイルさんは、身の危険が迫らない限り戦闘要員ではないけど。そこまで報酬払ってないし。
  あたし達フラガリアの軍資金は底を尽いてるし。
  それにしても、あれは意外だったなぁ。
  焼け出された住人保護の為に金貨5000枚も街に寄付するなんてさ。……あのシャルルさんが。
  ……。
  でも、分かる気もする。
  黄金帝の遺産の一件で、シャルルさんの過去が明らかになった。
  治療薬を帰るお金さえあれば村人も妹も救えたとシャルルさんは自分を責め続けている。今も、ずっと。
  誰かを救う為にならシャルルさんは惜しげもなく金銭的な援助を惜しまない人みたい。
  うん、その行為はとても素敵♪
  ちらりとシャルルさんを見る。
  「モビルスーツの性能の差が、戦力の絶対的な差でない事を教えてやるぅーっ!」
  「……」
  素敵じゃ、ないかもしれない。
  はぅぅぅぅぅっ。
  完全に酔っ払ってる。結構飲んでるし。前はこんな事なかった、黄金帝の遺産の一件からだ。
  やっぱりトラウマ弄られたのを引き摺ってるんだろうなぁ。
  「あの眼鏡男、何とかならないのかい?」
  「色々と、その、あるんですよ」
  「まあいいけどね。それよりフォルトナ、あんたがフラガリアのリーダーなんだろ?」
  「えっ? あっ、はい」
  一応は、ね。
  大抵は名ばかりで、ただ責任押し付けられてるだけなんだけど。
  はぅぅぅぅぅっ。
  「じゃあ、あたいの能力を教えておくよ」
  「はっ?」
  「いや、だから能力。あんたが仕切るんだろ? 能力を把握しておくほうがいいだろうさ」
  「あっ、そうですね」
  確かに。
  能力次第でフォローの有無を判断できるし。
  大まかにでも聞いておいた方がいいのかもしれない。
  「あたいは炎の魔法を使える。遠距離とゼロ距離のね。後は回復魔法、解毒などの状態回復魔法も使える。武器はロングソード、
  炎のエンチャント済み。要は対吸血鬼用の能力と装備だ」
  「心強いです」
  正直な感想。
  今回相手するのは吸血鬼のバージョンアップの種族ヴァンピール。
  対吸血鬼用の能力、それに知識がある人の参入はありがたい。
  スッと手を挙げるスカーテイルさん。
  「俺は戦闘用員じゃない。そこまでの金は貰ってないしな」
  念を押す。
  確かにガイドとしての報酬しか払ってないので、期待はしないようにしよう。
  ケチったのではなく本当にお金がないのだ。
  「一応、能力を言っておく。……まあ、お嬢さんに今更断るまでもないが、俺はシャドウスケイルだ」
  「はい。知ってます」
  ブラックマーシュ地方にあるアルゴニアン王国の暗殺集団がシャドウスケイル。
  闇の一党でも珍重される暗殺者。
  闇の一党は暗殺のノウハウを提供する見返りとして、シャドウスケイルの人材を譲り受けていた。クヴァッチ聖域にいたキリングス
  もシャドウスケイル出身だし、現在ローズソーン邸で暮らしているオチーヴァさん&テイナーヴァさんもそうだ。
  スカーテイルさんはシャドウスケイルを裏切った。
  その辺りは前に聞いたから知ってる。
  「俺は剣だけだ。……まあ、暗殺にも長けているけどな」
  シャドウスケイルは、徹底したプロだ。
  個人的な暗殺に長けている。
  量より質が前提だから、侮れない。
  あたしも自分の能力を明かそう。
  「えっと、あたしは魔力の糸を使います」
  『……?』
  シャルルさん以外の2人は、意味が分からないという顔をした。
  そういえばこの間シャドウスケイルの部隊とぶつかった時、スカーテイルさんもあたしの力を目の当たりにしたけど詳しい説明はして
  なかった。魔力の糸とか人形遣いとか……人形姫とか。
  もっとも。
  あたし自身、説明するほどの知識はない。
  気が付いたらこの能力を使ってた、ただそれだけだ。
  「まあまあ、いいじゃないですか。せっかく楽しい夜なのにそんな野暮な話はー」
  『……』
  シャルルさん、完全に酔ってます。
  はぅぅぅぅぅっ。
  ……。
  ちなみにシャルルさんは電撃魔法を使う。
  物理障壁も使うし、回復魔法に使う。一応、聖堂に仕える者は基本的に回復全般を極めているから……状態回復魔法とか色々と
  使えると思う。直接は聞いた事ないけど、大抵それが常識論だ。
  さて。
  「うー。眼鏡が曇ってしまいました」
  「シャルルさん、結局眼鏡って何なんです?」
  今までいつもはぐらかされた。
  召喚器だとかメガビー放てるとか戦闘力を計測出来るスカウターとか……もう、意味不明。
  どうしてはぐらかすんだろう?
  でも今日は酔ってる。
  物の見事に酔ってる。
  教えてくれるかも。
  前に魔術師ギルドの依頼でヴァータセン行った時には、底にいた魔術師ギルドの人に《インテリの証明》みたいな感じで評されてた。
  それで結局、何なんだろう?
  「眼鏡の事を聞きたいですか?」
  「はい」

  「実はこの眼鏡、神通鏡と言うんです」
  「神通鏡?」
  「はい。僕の先祖はキテレツ斎と言いましてね。その高名なご先祖様が残したキテレツ大百科を読む為にこの眼鏡が必要なんです」
  「はっ?」
  キテレツ斎?
  キテレツ大百科?
  ……?
  「よく分からないですか?」
  「はい。皆目見当も……」
  「まあ、いいでしょう。ともかく今日から貴女はコロ助に認定します。好物はコロッケ。必ず語尾には《ナリ》です。いいですね?」
  「はっ?」
  「……お嬢さん、酔っ払いに理屈は無理だ。正論もな」
  「……無視しなフォルトナ。時間の無駄さ」
  呆れ顔でシャルルさんを見る2人は、口々にあたしに忠告。
  コロ助って何?
  「あの、コロ助って何ですか? ……まあ、可愛い名前ですけど」
  「殺助が可愛いですか?」
  「……今のは何か殺伐とした感じに聞えました」
  「口調で物事の違いを理解できるなんて意外に詩人ですね♪」
  「……」
  意味分かんないこの人。
  今日の教訓。酔っ払いに理屈も正論も無意味です。……また一つ、大人になったなぁ。
  はぅぅぅぅぅっ。




  「……んー……」
  夜中に、ふと眼が醒めた。
  特に殺気は感じない。眼が醒めた理由はそういう理由でない。ただ、喉が渇いただけだ。
  エスレナさんとスカーテイルさんはぐっすり寝ていた。
  あたしは踏まないように、テントの外に出た。
  今夜は満月。
  でも、密林が月光の光すらも遮っている。
  心地良い月明かりは地上までうまく降り注がない。
  「あっ」
  パチパチパチ。
  焚き火の爆ぜる音は、次第に弱くなっていく。
  焚き火は次第に弱くなりつつも、何とか燃えている。番をしているはずのシャルルさんがいない。
  当初の予定では、スカーテイルさんと交替で番をする事になっていた。男性陣がね。
  この辺りは獣やモンスターの勢力下だ。
  そういう意味合いでの寝ずの番のシャルルさんがいない。
  どこに行ったんだろう?
  「よっと」
  とりあえず、枝を広って消えかかった焚き火の炎の中に放り込む。
  ごぅっ。
  勢いよく燃え、焚き火は力を取り戻す。
  これで一安心。
  獣避けの炎であり、いざという時の照明でもある。視界さえ利けば何に襲われても撃退できるチームだ。
  例えヴァンピールでもね。
  既に弱点は判明している。今度会った時は、一網打尽に出来る。
  霧化能力さえ封じれば対等以上に戦える。
  あたしは冷静にそう分析し、自負している。決して過信ではない。真理だ。
  ガサガサ。
  外に置いてある荷物の袋の中から、水袋を取り出す。
  荷物を外に置く理由?
  テントは3人が寝る分だけ許容しかないからだ。
  見張り番も、ある意味ではそういう事だ。1人は絶対に収容できないから、見張り番……まあ、見張りは見張りで必要だけど。
  ゴクゴク。
  コップに注いだ水をあたしは飲み干した。
  「ふぅ」
  命の水だ。
  水も食料も往復分はある。
  万が一の時にはサバイバル……つまりは現地調達も辞さない覚悟。
  絶対にチャッピーを見つけるまであたし達は引かない。もちろん黄金帝の都の跡地にいるという保証はどこにもなく、可能性も
  確実に低い。それでもわずかな符号を信じてあたし達は向かう。
  東に逃げた、か。
  ……。
  ……まさかブラックマーシュじゃないよね?
  アルゴニアンの出身地であり、アルゴニアン王国のある場所だ。
  少し可能性を考える。
  「それはないかなぁ」
  焚き火の近くに腰を下ろし、呟いた。
  ありえない。
  ブラックマーシュはアルゴニアンしか基本的にいない。基本的にだから絶対とは言わないけど、ヴァンピール達の容姿はあそこ
  では目立つ。いや目立つどころじゃない、完全に異端だ。
  そんな場所に逃げ込むとは思えない。
  それに帝国とはたびたびゴタゴタがあり、変に越境しようとすれば帝国のスパイとして排除される可能性もある。
  ヴァンピールとアルゴニアン王国が繋がってたら?
  それはないと思うけどなぁ。
  「……やめ」
  考えるのをやめた。
  憶測であり推測。
  いずれにしても下地にあるのが憶測と推測であり、そこに想像を加えてエッセンスしているに過ぎない。
  つまり、ただの仮定だ。
  仮定で暗くなる必要はない。
  とりあえずやれる事を精一杯にやろう。後から後悔しない為にも、ベストを尽くす。
  それだけで充分だと思った。
  ガサッ。
  「……っ!」
  その時、何かの音がした。
  身構え、いつでも魔力の糸を放てるようにする。
  耳を澄ますと聞えるのは虫の鳴く声と風の音、そして茂みの音。
  ……。
  そういえばこの間あたしとシャルルさんを分断し、あたしを密林に誘い込んだヴァンピールの台詞から察するにあたしの能力も
  欲しているようだった。解析するとか解剖するとか……つまりあたしもついでに狙われているらしい。
  茂みの中にいるのはヴァンピール?
  身構える。
  身構える。
  身構える。
  その時、声が聞こえてきた。
  「では、よろしく。……えっ? ああ、そうそう。僕達はこれから黄金帝の都に行くんだよ。じゃあね」
  シャルルさんの声?
  でも誰と喋ってるの?
  ガサッ。
  茂みを掻き分けて出て来たのは……声の主である、シャルルさんだ。
  「脅かさないでくださいよー」
  「ああ、フォルトナさんですか。……何してるんです?」
  「それより」
  「……?」
  「今の、誰です?」
  「今の?」
  「だから、誰と喋ってたんです?」
  「名前は知りません。でもフロンティアを出る時にも一度会ったんですよ。行き先を教えてくれたら金貨をくれると言われましてね。
  最近蓄えがないので、アルバイトを。街で、そして今ここで、接触したのは二回だけです。それで、それが何か?」
  「……」
  行き先を教えたら金貨?
  無茶苦茶怪しいじゃないのよそれはぁーっ!
  ……今後の旅、大丈夫かな?





  「おらぁーっ!」
  スカーテイルさんが先頭に立ち、手斧で藪を切り開く。
  密林はあたし達の足を確実に遅らせていた。
  フロンティアから旅立って、早二日。
  食料は既に半分を食べ尽くしていた。旅程は確実に遅れている。
  「はぁっ!」
  「やれやれ。肉体労働は嫌いなんですけどねぇ」
  エスレナさんとシャルルさんも切り開くのを手伝っている。あたしは、パス。正確には《お子ちゃまには無理ですねぇ》とシャルルさん
  に言われたので、要員から外されたに過ぎない。
  みんなの後を着いて行く。
  気遣いが嬉しかった。
  確かに、あたしには純粋に力はない。ただの足手纏いでしかない。
  ……。
  あれから。
  シャルルさんの不可解なアルバイトの代償は何も起こっていない。
  どう考えてもヴァンピールがあたし達の行動を把握し、見張る為のものだと思う。それは決して見当外れでもないだろう。
  この事は既に皆知ってる。
  スカーテイルさんに相談しているのを、エスレナさんが立ち聞きしていたのだ。
  結果、エスレナさんはシャルルさんを裏切り者と罵った。
  確かにシャルルさんの行動は軽率。
  どう考えてもおかしいアルバイトだ。シャルルさんは頭が良いから、危険性は察しているのだろうけど……んー、お金の誘惑に負けた?
  そんなものかなぁ。
  理性を凌駕させるほどの金額でもないと思うけど。
  だとしたら?
  だとしたら、何かの策略……。
  「あっ」
  小さく声を上げる。
  そうか、策略だ。
  多分、ヴァンピール繋がりだとシャルルさんは当然踏んでる。
  居場所を教える事で、逆にヴァンピールの居場所を掴もうとしているのか。チャッピーと関わった時点で、魔力の糸を振るうあたしの
  能力も連中が欲するモノとなった。
  つまりあたしも狙われてる。
  居場所を教える、それすなわちあたしを狙ってやって来るであろうヴァンピールを迎え撃ち、情報源として捕まえる気なんだ。
  なるほどなぁ。
  あたしの視線に気付いたのか、シャルルさんが額の汗を拭いながらあたしに向く。
  「どうしました、フォルトナさん」
  「さすがはシャルルさんです。フラガリアの参謀の智謀、恐れ入りました♪」
  「はっ?」
  「ふふふ♪」
  「よく意味が分かりませんが……まあ、ありがとうございます」
  「ふふふ♪」
  怪訝そうな顔をしながら、シャルルさんは作業に戻る。
  あたしはその後に続く。
  密林を掻き分け、掻き分け、前に進んでいく。
  前に、前に、前に。



  「……あの、その、何も、ないですね」
  「……確かに」
  「……こりゃただの密林じゃないのかい?」
  「だから言ったろ、昔ここに都があっただけだって」
  呆然とするあたし達。
  ただ1人、ガイドのスカーテイルさんだけは冷静だった。
  今、あたし達は黄金帝の都であるカザルトにいる。しかしそれは都の華やかさも優美さもなく、ただの密林だった。
  自然が都を浸食した?
  確かに。
  確かに黄金帝の絶頂期は有史以前のアイレイド時代。
  あれから千年以上経っているんだから自然に浸食されてもおかしくはないけど……こうも原型がないというのはおかしい。
  あまり多くのサンプルは見てないけど、アイレイドの遺跡は普通に残っている。
  普通に、とは何の修復もいらないほど綺麗に原形を留めているという意味だ。それだけアイレイドの遺跡は頑丈。
  しかしここには原型すらない。
  つまり、故意に誰かが破壊した?
  「シャルルさん、えっと、これは……」
  「謎です」
  「謎って事はないだろ眼鏡男」
  「シャルルです、ガングロ女さん」
  「ガン……っ! ま、まあいいさね。それでシャルルさんよ、なぞってどういう意味だい?」
  「知らないという意味です。まったく理解不能。……ただ、破壊ではないでしょうね」
  「シャルルさん、それはどういう……?」
  「黄金帝の都は黄金だった、それが通説です。つまり、都は黄金で出来ていた。それを剥ぎ取ったのであれば、当然大々的な事
  であるものの何の文献も伝承もない。だとすれば都は突然消えた、それしか言えません」
  「……」
  黙るあたし。
  都が消えた……そんな事はないと思うけどなぁ。
  「帝国じゃないのかい? 黄金の都を財政源にした。そんで歴史操作。……帝国のやりそうな事だろ?」
  「確かに帝国のやり口ですけど無理ですね」
  「なんでさ?」
  「こんな人里離れた場所から金塊を運ぶには、相当な資金と物資が必要でしょう。採算が取れるにしても時間的な問題から考えると、
  まずありえない。今ですら密林の方が強いのにそれより昔の時代では、まず無理ですよ」
  「まあいいさね。あたいにはそこは問題じゃない」
  あまり馬が合わないらしい。
  シャルルさん良い人なんだけど、言動が冷静過ぎてどうも誤解され易いんだよなぁ。
  どんな時でも冷静沈着過ぎると好感は得られないらしい。
  あたしは、頼れる凄い人だと思ってるけど。
  「それでフォルトナさん、どうします?」
  「どうしますと言われても……」
  密林の中にいるのには変わらない。
  建物の跡すらない。
  たまに瓦礫が落ちている程度で、それもただの石。黄金ではない。
  ……黄金ではない?
  「黄金の都なら、瓦礫も黄金じゃなきおかしいですよね?」
  「黄金なら、ですね。結局全ては憶測です。もしかしたら都は黄金ではなかったのかもしれません。あるいは一部だけだったとか」
  「ああ、なるほど」
  「それにしてもこれではここに来た意味が……」
  どっちの意味だろう?
  黄金がないことに対する失望か、それともチャッピーが……うん、後者にしておこう。
  あまり仲間を疑うのは楽しくない。
  さて。
  「とりあえず散開して……」
  探しましょう。
  そう言おうとした時、あたしはその場に転がった。矢が無数に通り過ぎる。……あたしがさっきまでいた場所に。
  エスレナさんが警告を発した。
  タタタタタッ。
  1人の男が駆けて来る。手には煌く刃。左手で弓を捨てて、迫ってくる。
  敵は1人のようだ。
  キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
  エスレナさんと刃を交え、数合切り結んだところでスカーテイルさんが男の背後から襲う。
  ぶわぁっ!
  「なっ!」
  「こ、これが霧化かいっ!」
  白い霧となり、攻撃を回避。
  初めて見る異端の能力に驚き、2人は大きく後退した。霧は人の形になり、人間形態に戻った。
  「我が名はベルモント。お前達、ここで何している?」
  ここで、何している?
  ……。
  つまり、シャルルさんの密告で付け狙ってタヴァンピールとは別物?
  ああーっ!
  駄目、意味わかんないっ!
  「シ、シャルルさんっ!」
  「僕に言われても困りますよ。僕はヴァンピールの密偵と取引していたとばかり……なら、あいつは何なんでしょうかね……?」
  「あ、あたしに聞かないでくださいよ」

  「こいつ内通してるんじゃないのかいっ!」
  凄い剣幕でまくし立てるエスレナさん。
  剣は敵に向けつつもその視線は、敵意はシャルルさんにも向けられていた。
  ……。
  エスレナさんはシャルルさんをよく知らない。
  あまり接点がないからだ。
  それに、フロンティアにいた時もいつもすれ違いが多かったし。
  誤解を解かなきゃ。
  「エスレナさん、誤解です。シャルルさんはただ怪しい言動なだけなんですっ! 信じてくださいっ!」
  「そうですよ僕はただ胡散臭いだけの、気の良い神様嫌いの司祭ですよ。ははは♪」
  う、胡散臭い?
  確かに胡散臭いですよこの言動はー。
  「……これを信じろと?」
  「……無理ですよね」
  エスレナさん、貴女はもっともです。
  はぅぅぅぅぅっ。

  「アーケイよ、力を。聖雷っ!」
  「無駄無駄無駄ぁーっ!」
  バチバチバチィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィっ!
  ぶわぁっ!
  電撃は空しく霧を通り過ぎるだけ。
  ヴァンピールの特殊能力《霧化》。物理攻撃は無効、魔法攻撃も無効。触れる事すら出来ない。
  その反面、向こうからは攻撃が出来るらしい。
  チャッピーが誘拐されたその日、密林に単身で誘い込まれ戦闘していた際にはヴァンヒール達は霧となりあたしを包囲した。
  その時、寒気がした。
  多分攻撃できるのだろう。あたしはそれを囲まれた時、本能で察した。
  ……。
  もしかしたら違うのかもしれない。
  でもわざわざ近付く必要はない。君子じゃないけど、危うき似は近寄らず。
  霧は漂う。
  「ヴァンピールたる俺に攻撃など効くものかっ! 下等なる下劣種族めっ! ふははははははははははは俺は無敵だーっ!」
  霧は哄笑。
  完全にあたし達を見下してる。
  下等?
  下劣?
  んー。ベルウィック卿から聞くに……ヴァンピールは黄金帝に改造された、アイレイドエルフ。
  身体強化されたエルフの成れの果て。
  強化エルフと言うべきか。
  強化された能力の度合いは知らないけど、デメリットなしの吸血鬼……らしい。
  ……。
  それにしても無敵?
  誇大妄想だなぁ。
  「フォルトナさん、僕に任せてください。……疑われましたしね」
  静かに微笑する。
  微笑みかけられたエスレナさんは、ソッポを向いた。
  「話は終わったか、下劣な下等種族っ!」
  「ええ。お気遣いありがとう。……さて、はじめましょうか」
  「余裕か?」
  「さあ。自分の事は評価しないようにしてます。どう厳正に評価しても、やはり自分には甘くなりますので」
  「立派だな。……それにしてもお前、俺のこの状態では攻撃できないと踏んでるいるのではないか?」
  「さあ?」
  「俺達の能力を教えてやるっ! 霧化した際にも攻撃は出来るのだっ! 相手の体に入り込み、破裂させるのだっ! つまりお前
  に触れた瞬間、どの毛穴からでもお前の体の中に入り込み殺す事が出来るのだふはははははははははははっ!」
  「へー。それはすごい」
  感嘆。
  賞賛。
  パチパチパチ。
  手を軽やかに叩き、それから優雅に一礼するシャルルさん。
  ニコニコしながら口を開く。
  ……辛辣な言葉を。
  「わざわざ教えてくださってありがとうございます。……それ、負けた時の言い訳ですよね? 能力教えたから負けたんだーって」
  「……っ!」
  「舐めるのもいい加減にした方がいいですよ。このドーピング野郎。……あー、ウイルス野郎?」
  「……っ! 貴様こそヴァンピールを舐めるなぁーっ!」
  霧が襲い掛かる。
  風に吹かれ霧が散れば即死……とベルウィック卿は言ってたけど、自分から動く分には平気らしい。
  「シャルルさんっ!」
  霧は思っていたより素早い。
  そして……。
  キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
  「甘い」
  「ば、馬鹿なぁっ!」
  霧は、弾かれた。
  シャルルさんを覆い包んだ瞬間、霧は大きく弾かれた。……霧が弾かれる……?
  実体化したヴァンピールは、尻餅をついた状態で驚愕の顔でシャルルさんを見た。
  「どうやって、弾いたっ!」
  「さあ? 僕は自分の能力を誇る事はしない。……奥の手は使わない&語らない、だから意味がある。お分かり?」
  「くっ! 何なんだ、今の結界はっ!」
  「結界? そう、君達はそう呼んでいるね。何人にも侵されざる聖なる領域、心の光。でも本当は君達にも分かってるんだろ。AT
  フィールドとは誰もが持つ、心の壁だという事をっ!」
  「……あのすいませんシャルルさんそんなのまったく分かりません」
  あたしは疲れた口調で呟いた。
  エスレナさんはエスレナさんで、完全に疑いの心を増幅させてるし。そういう意味不明なところが胡散臭いんですよー。
  ガイドのスカーテイルさんは、とっくに好きにしてくれとばかりに展開を放置してるし。
  シャルルさんの人間性に関する評価はは混迷を極めてく。
  はぅぅぅぅぅぅっ。
  「そんなの分からないよカヲル君と言ってくださいよフォルトナさん」
  「カヲル君って誰?」
  「知らない、か。世も末ですね」
  ふぅ。溜息。
  ……あの、あたしが悪いんですか?
  「さて」
  慣れた手付きで眼鏡を外し、懐から布拭きを取り出して眼鏡を拭く。
  驚いているヴァンピールを見下す。
  「トカゲさんは一応、仲間なんですよ。それで、どこにいるんです? 貴方達の仲間が誘拐したんでしょう?」
  「……」
  「身代金ですか? 分かりました、奮発して……金貨10枚っ!」
  「……」
  「不服ですか? ……ふぅん。なかなか商売人ですね。ならば金貨20枚っ! 奮発しました、これで、どうですか?」
  「……」
  「くっ。なかなか商売人ですねぇ。金貨23枚っ! 金貨25枚と言わないのは、僕自身商売人ですからね。そこは倹約させてもら
  いましたよ。さあ同じ商売人同士仲良く話し合いで解決しましょうか。合理的にね」
  「……」
  それ、話し合いですか?
  合理的という意味、あたし間違って記憶してるのかなぁ。
  むくっ。身を起こし、立ち上がるヴァンピール。
  「……主と人間とジェラス様の言っていた通り、侮れん奴らだな……」
  「思いっきり立場下のようですね、貴方」
  ほんとだ。
  主は、多分ヴァンピールのトップなのだろう。ジェラスは、多分上司。人間は知らないけど……この人の立場は中間管理職よりも
  下らしい。そういえば手下も従えてないなぁ。
  自信があるというより、従えれない立場なのだろう。
  その中間管理職以下のヴァンピールは不敵な笑みを浮かべて後退りをした。
  「お前達を空間に引きずり込んでやるっ!」
  そして霧が視界を覆った。



  「……霧……?」
  見渡す限り、霧。
  何も見えない。
  「フォルトナさん」
  「あっ。シャルルさん。えっと……」
  「あたいもいるよ」
  「俺もだ」
  視界は利かないものの、声は三つした。シャルルさん、エスレナさん、スカーテイルさん。全員、いる。
  でもこの霧は何?
  「あの、あたし達ヴァンピールに囲まれ……」
  「違います」
  瞬時にシャルルさんは否定した。
  あたしが想像したのはヴァンピールの能力だ。霧化したヴァンピールに包まれているのかと思った。
  違うの?
  「これは普通の霧ですね。……まあ、いきなり立ち込めた理由が分かりませんけど」
  「それに、気候も違うねぇ」
  「ああ。密林の感じがしない。少なくとも亜熱帯じゃないぞ、ここは」
  エスレナさんとスカーテイルさんもそうコメントした。
  しばらく、立ち尽くす。
  気配も研ぎ澄ませてはいたものの、何も感じない。少なくともさっきのヴァンピールが襲ってくる気配はない。
  いつまでもこうしていられない。
  「進むとしましょうかねぇ」
  ぎゅっ。
  あたし達は手を繋ぎ、進む。
  手を繋がないと迷う。それにはぐれる心配があるからだ。霧が晴れるまで待つのも手だろうけど、一向に晴れる気配はない。
  「さあ、行こう」








  「……?」
  ここ、どこ?
  霧を抜けた先は、小高い丘の上。見下ろせる位置に街がある。
  帝都並に広大な街だ。
  それに高い高い塔がある。
  ここ、どこ?
  「皆さん、どうやらご無事のようですね。……それでえっと……これって夢ですよね? ははは、変わった夢ですねぇ」
  シャルルさん、いきなり現実逃避。
  エスレナさんもいる、スカーテイルさんもいる。よかった、誰もはぐれてない。
  「……暗いねぇ、もう夜かい?」
  「ありえないだろう、さっきまで昼だったんだぜ?」
  エスレナさんとスカーテイルさんも面食らっている。
  正直あたしもだ。
  霧を抜けた先が、夜の街?
  「あの、霧の中にいた時間が実際は長かったんじゃないですか? ほら、時間の感覚狂ってたとか」
  「ああ、それならありえる……」
  「ないだろう」
  同意し掛けたエスレナさんの言葉を、スカーテイルさんはあっさり否定した。
  どちらにしても、ありえないか。
  少なくとも霧の中を彷徨い、見知らぬ街に着いた。時間的に感覚狂っているにしても、こんな街見た事もない。
  広大な街。
  帝都、コロール、アンヴィル、クヴァッチ、スキングラード、レヤウィン、ブラヴィル、ブルーマ、シェイディンハル、フロンティア。
  街の規模からして上記の街に匹敵する。
  でもどの街でもない。
  「地図にない街」
  誰かが呟いた。
  あたしかもしれない。呆然としていた、誰もがだ。
  ここ、どこ?
  「……そういや聞いた事あるね」
  「エスレナさん?」
  「あたいは吸血鬼ハンターだ。伝説があるんだよ。吸血鬼の街があるってね」
  「吸血鬼の街?」
  ……。
  ……。
  ……。
  えっ!
  「つ、つまりここが目的の街っ!」
  「意外に僕達は運が良いかも知れませんよ、フォルトナさん」
  ヴァンピールは始祖吸血鬼。
  チャッピーはその始祖吸血鬼であるジェラスに攫われた。そこは間違いない。だとしたら……ここにチャッピーが連れ込まれた?
  ありえる。
  充分にありえるっ!
  ゴロ、ゴロ、ゴロ、ゴロ、ゴロ。
  音がした。
  振り返ると、牛さんに荷車を引かせた農夫風の男性がゆっくりと歩いている。荷車には何かが入った、麻の袋。
  男性の種族は……見た感じエルフだ。
  あたし達の視線が集中する。
  敵ではなさそうだけど……。
  「何か用かい?」
  集まる視線を感じたらしく、農夫風の男性は立ち止まり、口を開いた。
  えっと、何を聞こう?
  シャルルさん達の顔を順に見て回ると、どの顔にも《代表者は常にリーダーっ!》と書かれていた。
  あ、あたしが無条件で聞く係なんだ
  はぅぅぅぅぅぅっ。
  「あのー」
  まずは初歩的な質問からしよう。
  「ここ、どこですか?」
  「リーヴァラナ女王陛下が治める国、カザルトだよ」
  「国?」
  カザルトとは、黄金帝が支配していた都だ。
  都と呼称せずに、国?
  それにリーヴァラナ女王陛下って、誰?
  怪訝そうな顔をしていたあたし達を見て、農夫は1人で合点していた。
  「ああ、あんたらは外から来たのか」
  「外?」
  「そうさ。ここは別の次元にある国だ。ここから見える街がこの国の首都だ。……まあ、首都しかないけど。あの黒い塔が女王陛下
  がいらっしゃる《黒牙の塔》、東に行けば《奈落と堕落の森》、西に行けば《死海》、こっちに行けば……」
  「ちょ、ちょっと待ってくださいよー」
  そうポンポン言われても理解出来ない。
  ともかく、ここは別の次元にある場所らしい。
  ……。
  別の次元って何?
  「しかしまさか、いや、でもこんな事が……」
  シャルルさんは理解出来ているらしく、1人真っ青だ。
  その他大勢のあたし達は事の真相がよく飲み込めていない。つまりー……どういう事?
  ……?
  「そこの兄ちゃんが考えてる事と同じかは知らんが……」
  農夫のおじさん、一言念を押す。
  シャルルさんの考えを察してる?
  「この事は外から来た者達全てに伝える義務がこの国の住民である我々にはあるので伝えておこう」
  「……?」
  「お前さん達、もう元の世界には帰れんぞ」
  「ええーっ!」
  そんなぁーっ!