天使で悪魔




ヴァンピール




  世界には10の主要種族がいる。
  人間系であるインペリアル、ブレトン、レッドガード、ノルド。
  エルフ系であるハイエルフ(アルトマー)、ダークエルフ(ダンマー)、ウッドエルフ(ボズマー)。
  亜人系であるオーク、アルゴニアン、カジート。
  計10。
  それが主要な種族だ。

  しかし世界には、主要以外の者達も数多いる。
  滅亡したドワーフ。
  帝国の殲滅政策で絶滅寸前まで追い込まれているフェザリアン。
  美しきエルフと呼ばれる、ミスティックエルフ。
  アイレイド文明から存在を確認されている稀少種族ドラゴニアン。
  そして……。





  「動くなっ! う、動くと……こいつを脱がすぞっ!」
  「言うとおりにしてぇーっ!」
  ……はぁ。
  今回の依頼は誘拐犯を逮捕する事。
  密林にあるアジトに踏み込み、あたし達フラガリアは犯人を追い詰めた。犯人はインペリアルの若い男性だ。
  犯人は、誘拐した女性を羽交い絞めにしている。
  右手で女性を押さえ、左手には鋭利なナイフがあり、そのナイフを彼女の喉元に突きつけていた。
  そ、それにしても脱がす?
  ま、まあ同じ女性として命の危機並に、危険な状況なのは理解出来るけど。
  女性はリーン嬢。
  冒険者の街フロンティアで成功を収めた貿易商の令嬢だ。ブレトンの、二十歳ぐらいの女性。
  「フォルトナさん」
  「はい、分かってます」
  シャルルさんの言葉にあたしは頷いた。
  あたしなら、近付く必要がない。
  魔力の糸で瞬時に犯人だけを切り裂く事が可能だ。一瞬でね。
  糸を紡ごうとすると……。
  「フォルトナさん」
  「……?」
  「動きましょう」
  「はっ?」
  「動きましょう」
  「あの、動いたら犯人を刺激させる事に……」
  「男は皆巨乳大好きナマで見たいっ!」
  「……」
  そうでした。こんな人でした。
  はぅぅぅぅぅぅっ。
  別に問題はないんですけど……黄金帝の一件のトラウマが完全に癒えてるよーっ!
  ま、まあ延々と引き摺るよりも全然良いと思うけど、はちゃけすぎだと思う。
  ……。
  そりゃ確かにリーン嬢、胸大きいけどさ。
  「犯人に警告します」
  シャルルさん、一歩前に出る。
  「な、何だ、止まれっ! 本気で脱がすぞ、すっぽんぽにするぞっ!」
  「言うとおりにしてぇーっ!」
  「貴方が今拘束している女性は貿易商のご令嬢」
  「わ、分かってるっ! だから誘拐したんだっ! は、はやく家宝の宝石をよこせっ!」
  「……いいんですか?」
  「な、なにがっ!」
  「彼女の父親は、ベルウィック卿の親友。逮捕されれば貴方は十中八九帝都の地下監獄に送られますよ」
  「……うっ」
  言葉を詰まらせる犯人。
  説得術うまいなぁ。
  さすがはフラガリアの知恵袋であり参謀だ。
  血を流さないで解決出来るなら、それに越した事はない。
  「このまま行けば貴女の運命は悲惨ですよ?」
  「……」
  「だから、とりあえずリーン嬢を脱がしなさい。それを脳裏に焼きつける。そしたらいつ死んでも悔いはないでしょう?」
  「シャルルさん何言ってるんですかーっ!」
  「いやぁついつい本音が。ははは♪」
  男って、男って、こんなんばっか?
  何か男性不信になりそう。
  はぅぅぅぅぅぅっ。
  「てめぇら俺をからかってるのかちくしょうめいいだろう本気で脱がしてやるぜーっ!」
  喉元からナイフを引き離し、高く振り上げる。服を切り裂く為に。
  ……。
  ああ、そういう事か。
  喉に突きつけられているナイフ、魔力の糸で切り裂ける。正確にね。
  でも切断したナイフの一部が喉に刺さる可能性もあった。だからシャルルさんは挑発した。結果、ナイフを振り上げた。
  そこが狙いどころっ!
  「はぁっ!」
  ひゅん。
  寸分違わずに魔力の糸はナイフを切り落した。驚愕する犯人。
  次の瞬間、シャルルさんが走り、間合いを詰め、犯人の腕を捻りそのまま床に組み伏した。
  「いてててててててててててててててててっ!」
  「確保完了、ですね」
  犯人拘束。
  リーン嬢は無事だったし、預かってきた家宝の宝石も無事だ。
  シャルルさんは紐で犯人を後ろ手に縛る。
  一件落着。
  「ご苦労様、シャルルさん、チャッピー」
  「あれあれトカゲさんいましたっけ? あー、そういやいましたねぇ。発言も行動もなかったから忘れてましたよ」
  「若造貴様ぁーっ!」
  「ま、まあまあ」



  「かんぱぁーい♪」
  「ええ。乾杯です」
  「マスター、乾杯でございます」
  カン。カン。カン。
  木製のジョッキがぶつかり合う音。……あっ、シャルルさんだけ金属製だ。
  今日は誘拐犯を逮捕、人質を無傷で解放した。
  そのお祝い。
  血を流さずに遂行するのは難しい任務ではあったもののあたし達フラガリアはそれを難なくこなした。そのお祝いだ。
  フラガリアの名はまた高まった。
  こんな短期間で名が売れるのは、そう滅多にない事らしい。
  嬉しいなぁ。
  ゴクゴク。
  ジョッキの中身を飲み干す。
  もちろんあたしはジュースです。オレンジ。
  「おいしいなぁ♪」
  パクパク。
  テーブルに並べられた料理はアーサン・ロシュさんが腕によりを掛けた物ばかり。
  あたし達の常宿《優しき聖女》でささやかながらも酒宴。
  ……まだお昼だけど。
  「んー、労働の後はお酒がおいしいですねー。……トカゲさんは働いてないけど、飲んでておいしいですか?」
  「殺すぞ貴様っ!」
  「出来ない事は口にしない方がいいですよ、トカゲさん」
  「……試してみるか?」
  「おや、そんなに恥を掻きたいと? ドラゴニアンの誇りが地に落ちますよ。やめた方がいい」
  「……ふっふっふっ」
  「あっはははははっ」
  険悪です。
  ……。
  無視してやるっ!
  だってキリないもん。パクパク。モグモグ。おー、おいちー♪
  特に生ハム最高♪
  「フォルトナさん、止めてくださいよ」
  「マスター」
  ふーんだ。
  いつも喧嘩ばっかりしてるのに、実は仲良し……みたいなフラグはやめて欲しい。
  男の友情はよく分からない。
  「ところでシャルルさん、いつ頃から始めるんです?」
  「喧嘩ですか?」
  「い、いえ、そうではなく。ほら、黄金帝の秘宝探し」
  「ああ、そっちですか。情報はこの街に来てからずっと収集してますよ、情報屋を通してね」
  シャルルさんの元々の狙いは黄金帝の秘宝。
  この街に来たのはその為だ。
  ……。
  ちなみにレヤウィンでのアカトシュ信者との抗争は偶然。
  シャルルさんはそれを利用したに過ぎない。
  さて。
  「軍資金も出来ましたし、そろそろ動こうとは思いますよ」
  いくらぐらい貯まったんだろ?
  まかせっきりだから金額は分からない。聞いてみよう。
  「いくら貯まったんです?」
  「金貨5000枚ぐらいですかねぇ」
  「ご、ごせ……っ!」
  「はした金でしょ?」
  「……あの、貯め過ぎではないでしょうか? そこまで貯めなくても別に……」
  「だからフォルトナさんはツルペタなんです」
  「……」
  ツルペタって言われたツルペタっていわれたーっ!
  はぅぅぅぅぅっ。
  ……。
  いいもん。
  毎日牛乳飲んでるもん。今にムチムチな胸になるもんっ!
  いつか見てろーっ!
  「マスター、お気になさるな。ツルペタこそ国民の宝である事を奴は知らぬのです。貴女こそ国宝級っ!」
  「……それフォローじゃないやい」
  国宝級のツルペタって言われたのと同義っ!
  チャッピー、何気にあたしの敵?
  いつか見てろーっ!
  「そ、それでいつ頃から探索始めます?」
  ツルペタ発言を忘れたように平静を装うあたし。
  内心?
  ……それは聞かないで。イメージ狂うから。
  はぅぅぅぅぅっ。
  「そうですねぇ。情報がまだ乏しいですが、一度情報を頼りに遠征してみましょうかねぇ」
  黄金帝。
  強欲なアイレイドの王で、都も民も自分自身も黄金にした。
  執着したのは黄金だけではなく、様々な秘宝も彼は掻き集め、宝物庫に納めていたらしい。
  あたしが欲しいのはサヴィラの石。
  千里眼の水晶と呼ばれ、遠視が出来るらしい。
  フィフスの居場所をそれで探そうと思ってる。
  シャルルさんが欲しいのはウンブラ。よく分からないけど、剣らしい。
  チャッピーはあたしが秘宝を狙ってるから、それに付き合う形。チャッピー自身は秘宝には興味がないらしい。
  さて。
  「ここから東に黄金帝の都があったという古い記述があったと、ある本に書いてありました」
  「東、ですか?」
  本に書いてあった?
  黄金帝の力は本物だった。都が黄金なら、もっと昔に大騒ぎになったはず。
  でも誰に聞いてもそんな事実はなかった。
  何百年前に発見されたにしても、もっと話題に上ると思うけどなぁ。
  「黄金の都ですよね?」
  「いえ。廃墟です」
  「廃墟?」
  「ええ。廃墟。……完全に粉砕されています。まあ、密林に飲まれてるからパッと見かつての都の後とは気付かないでしょうね」
  「ふぅん?」
  「意味分かってないでしょ?」
  「……はい、実は」
  「黄金でも何でもない、ただの瓦礫の山です。それに密林にも飲まれてますからね、普通は気付かない。……まあ、気付いた
  ところで何もないようですけど。黄金帝の黄金の都はただの伝説なのか、それとも何かあったのか」
  「何か、ですか?」
  「ええ。何か。……何かが何かは知りませんけどね。推測するに、何かの魔法実験で吹っ飛んだとか」
  「ふぅん」
  「無駄足かもしれませんけどとりあえず行ってみましょう。他に情報ないですし」
  黄金帝の都。
  しかしそれは黄金では形成されているわけではなく、そもそも都の痕跡すらないらしい。
  そりゃアイレイド文明は数千年前。
  痕跡が何もなくても不思議ではないものの……それでも、各地に無数に残るアイレイドの遺跡を元に推測しても少々おかしい。
  今だ起動している遺跡。
  現代を遥かに超越した魔道文明。
  都の消失は何かの事故?
  それとも時間と自然が都を飲み込み崩壊しただけなのか?
  ……。
  何かすっごい気になるなぁ。
  俄然行く気になっちゃった♪
  ふふふ♪
  コンコン。
  「はい?」
  「お客様ですけど? 可愛らしいお客様がおいでですよ?」
  扉の向こうからの声はアーサン・ロシュさん。
  この宿《優しき聖女》の女将さん。
  元々はブラヴィルに住んでいたらしい。ちなみにこの宿の名前は、恩人を指すらしい。
  お客?
  誰だろ?
  「どうぞ」
  「失礼しまーす」
  可愛らしい声。誰?
  ガチャ。
  「あっ」
  入ってきたのは、シンシアちゃんだった。
  手にはバスケットを持っている。
  「ママがね、マフィンを持って行きなさいって」
  「あたし達に?」
  「うん。……ママとお友達?」
  「えっと……」
  何と言えばいいのだろう?
  薬の作用で記憶の一部を消去されているので、あの事件は何も覚えていない。
  えっと……。
  「お友達ですよ、ママとはね。……ですよね、フォルトナさん?」
  「あっ、はい、そうですそうです」
  頷く。
  こういうところは、シャルルさんの方が大人だ。
  ……。
  まあ、実際に大人なんだけど。
  何歳ぐらいなんだろ?
  少なくともあたしよりは上だよね。……当然か、さすがに十代って事はないだろう。
  「あれ?」
  ふと扉の向こうにある気配に気付く。
  エスレナさんだろうか?
  シンシアちゃんの護衛として雇われてるようだし、多分そうだ。お母さんの心配は分からないでもない。シンシアちゃん自身は
  覚えてないし、事情を知る数少ない者達も冒険者ギルドに釘をさされている。
  口外するなと。
  あたし達も警告された。
  ベルウィック卿は、事態が事態だけに《なかった》事にするつもりらしい。
  もちろんそれは罪の隠蔽ではない。犯人の貴族2人は帝都の地下監獄に現在収容されている。帝都の貴族連の文句を黙殺。
  元老院に多額の献金をし投獄の件を無理に通したらしい。
  お金次第で動く元老院もどうかと思うけど、英断だ。
  移送した後に黒馬新聞にシンシアちゃんの名を伏せて公表。貴族2人の釈放を封じる為だ。
  国民が貴族2人の罪状を知ってしまった以上、元老院は貴族連に圧力を掛けられたり多額の献金があったとしても釈放できない
  状況になった。釈放すれば元老院は国民を敵に回しかねないからだ。
  少なくとも金次第で囚人を解放するという風評が立てば元老院のメンツが丸潰れになる。
  さて。
  「どうしたの、お姉ちゃん?」
  「えっと、誰とここに来たの?」
  「あのね、黒い女の人が道を教えてくれたの。ここまで連れて来てくれたの。優しい人だったなぁ」
  黒い人、ね。
  レッドガードは黒や褐色の肌が多い。おそらくエスレナさんだろう。
  本業は吸血鬼ハンターなのに、暇なのかな?
  シンシアちゃん、物怖じしない。
  ここは冒険者の街。冒険者は別に恐れるものではないと認識しているのだろう。確かに大概の冒険者は冒険王であるベルウィック卿
  を崇拝し、信奉している。彼の言葉を絶対とする者も少なくない。だから住民に無体な真似をしない。
  大抵、住人に対して物柔らかだ。
  そうでもない冒険者も乱暴は働かない。この街は法律が厳しい。そしてベルウィック卿はビシバシ裁く。
  それを理解しているだけに、この街の冒険者は温厚。
  この街で育ったシンシアちゃんにとって、冒険者は怖い存在ではないらしい。
  「あのね、今日は暇? わたしは暇だよ、だから遊んで欲しいなぁ」
  「こ、この間遊んであげれなかったから、遊んでやろうか?」
  「ほんと?」
  「あ、ああ」
  「わーい♪」
  チャッピー、子供に弱いらしい。
  ……。
  やっぱロリコン?
  はぅぅぅぅぅっ。
  「マフィン、一緒に食べようよ。ねっ?」
  「うん♪」
  祝宴にシンシアちゃんも加わる。シャルルさんは立ち上がり、部屋を出て行った。
  数分後、金属のコップを持って戻ってくる。
  「どうぞ、お姫様」
  「ありがとう」
  「いいえ」
  なみなみと注がれたオレンジジュースを口に含み、感嘆の声。
  「冷たくておいしい♪」
  「でしょう?」
  ……?
  冷たくておいしい?
  おいしいにはおいしいけど、そんなに冷たくはない。舌の感覚が違うのかな?
  「魔法ですよ、フォルトナさん」
  「魔法?」
  「ええ。魔法を学ぶ者が最初にする訓練ですね。温度の調節を自在に操れてはじめて、元素系魔法をコントロールできるわけです」
  「……?」
  意味が分からない。
  魔法には疎いし。
  「まあ、簡単に言えば……魔法で冷やしたわけです。冷気の魔法でね」
  「へー……って、シンシアちゃんだけずるいですっ!」
  「ずるいって、貴女お姉ちゃんでしょう? 年上は我慢するものです。僕もそうでした。それにフォルトナさんのは駄目ですよ、木製
  ですから。冷気がうまく伝わりません。逆に温めるのも無理です。加減間違えると燃えますし」
  「……」
  そ、それでシャルルさん金属製使ってるのか。冷たいビール飲んでるのか。
  ずるいーっ!
  「お姉ちゃんは我慢しないといけませんよね、シンシアさん」
  「うん♪」
  「マスター、ここは若造が正しいかと」
  「……」
  正しいって何が?
  皆嫌いだーっ!
  「お姉ちゃん、一口飲む? 冷たくておいしいよ?」
  「……ありがと。優しいね」
  「えへへ♪」
  楽しい時間は過ぎていく。



  「バイバーイ♪」
  手を振って、シンシアちゃんは帰って行った。
  夕暮れ。
  もちろん、ずっと飲んだり食べたりしていたわけではない。トランプで遊んだり、色々と喋ったり。
  楽しかった。
  うん。楽しかった。
  シンシアちゃんを家にチャッピーが送って行った。その後ろをコソコソとエスレナさんが尾行。……何気に不審人物状態です。
  「僕は図書館行ってきます。フォルトナさんも行きますか?」
  「あたしはいいです」
  「本当に?」
  「はい」
  「それは残念。アルゴニアンの侍女の新刊があるらしいですけど……いやぁご主人様の長くて逞しい槍をどうやってトカゲの侍女
  は磨くのが見物ですねぇ。しかしどうやって……えっ、まさか僕の好きなあのやり方で……?」
  「……」
  シャルルさんはブツブツ呟きながら図書館に。
  はっきり言って意味は分からないけど、意味が分からない方がいいのかもしれない。
  はぅぅぅぅっ。
  「あたしはどうしようかなぁ」
  取り残された。
  部屋でゴロゴロしてるのもいいけど、少し食べ過ぎた。
  夕飯は夕飯で食べるつもりだから少し動いた方がいいかな。ちょっと消化しないと。
  ……。
  ううん、別にこの状況でも食べれる。
  でもやっぱりおいしく食べたいから。うん、少し散歩しよう。そしたらおいしく食べれそう♪
  お散歩お散歩♪
  思い立ったら吉日。あたしは宿《優しき聖女》を出て散歩。
  ちゃんと女将のアーサン・ロシュさんには断っておいた。チャッピーかシャルルさんが先に帰って来た時の為だ。
  何も言わないでいなくなったら心配するだろうし。
  遅くならない旨を伝え、宿を出た。
  「安いよ安いよー」
  「さあて今日は何を食うかなぁ」
  「行くぞ。トロル退治だっ!」
  「大分稼いだなぁ。……旦那も出来たし、引退してこの街に住もうかなぁ」
  街は、眠らない。
  ここは冒険者の街フロンティア。
  街の客の大半は……というかほぼ全てが冒険者。冒険者はお役所仕事とは違う。勤務時間なんて存在しない。
  冒険したい時は何ヶ月でも冒険し、休みたい時は何ヶ月でも休む。昼夜も基本的に関係ない。
  確実に不規則な稼業だ。
  それでも稼ぎが良い。この街の収入は、冒険者が落とすお金。
  だから冒険者を客とする商売の人達もそれに対応している。つまり、お店も夜遅くまでやっている。
  さて。
  「んー。露店で売ってるのも、おいしそうだなぁ」
  食べ歩きも良いよね。
  まあ、行儀としてはどうなのか疑問だけど、食べ歩きはそこが華だ。
  考えてみれば1人でこの街を歩いた事ないなぁ。初めてだ。
  ……。
  レヤウィンから、流されるままに仲間やってたな、うん。
  でもこの街に来て、フラガリア結成して、冒険者として一つ一つ的確にこなしてきた。結果、フラガリアは短期間で一流冒険者と
  しての格付けを与えられている。
  仲間としての絆も、確実に高まってる。
  人の世の不思議。
  まるで見知らぬ者同士だったあたしと、シャルルさん、チャッピーは今では仲良しの仲間だ。
  友達もたくさん出来たし。
  エスレナさんやスカーテイルさん、アーサン・ロシュさんにシンシアちゃん。ベルウィック卿も尊敬出来る素敵なオジサマだし。
  あたし、年上が好きなのかな?
  まあ、あたしは15歳だから冒険者として出会った人は基本的に年上オンリーだろうけど。
  考えてみればマーティン神父も随分と年配のオジサマだったなぁ。
  父性を感じてるのかも?
  ……ふふふ。
  「あの、すいません。訊ねたい事があるのですが」
  「はい?」
  見知らぬ男性が声を掛けてきた。
  一応、あたしは素人ではない。それに外見ほど子供でもないつもりだ。警戒する。
  フードを深く被った男性だ。
  訊ねるのに顔を見せない。礼儀を知らないのか、それとも何か隠しているのか?
  ……両方も知れない。
  「何か?」
  「道を尋ねたいのですが」
  警戒は緩めない。
  特に不審な様子はない。元暗殺者のあたしから言わせて貰うなら、殺気はそうそう消せるものじゃない。
  あたしを殺すつもりなら、攻撃するつもりならどんなに抑えても殺気は完全には消せないだろう。
  警戒している。
  何か仕掛けてきたら瞬時に糸で切り裂ける。
  ……。
  あたしには敵が多い。
  闇の一党の暗殺者だったし。
  恨みはたくさん買ってる。いつ襲われても不思議じゃない。だから、その警戒。
  まあ、身から出た錆なんだけど。
  「あまり警戒しないでもいいですよ。ここでどうこうするつもりはございませんので」
  「……っ!」
  淡々とした口調の男。
  その時、殺意を感じた。それも無数に。数は……八。
  「気付いてますか?」
  「……はい」
  「手の者が狙ってます。貴女ではなく、その辺りにいる連中を。無差別に殺す用意があります。さて、お付き合いいただけますかな」
  「……」
  「人形遣いとしての能力、まことに珍しい。貴女には我々と同道してもらいますよ」
  「……」
  「何があっても」



  冒険者の街フロンティアを離れ、密林に。
  どの辺りかは知らないけど、街の方向は分かってる。歩いて20分の距離だ。一応、フラガリアの活動範囲内だ。
  あまり遠征はしていない。
  確実に任務を遂行し名を上げる為に活動範囲は最初に決めた。
  さて。
  「この辺りでいいでしょ」
  「気の強いお嬢さんだ」
  立ち止まる男。あたしも止まる。
  囲まれてる。
  目の前の男以外は見えないけど、街からずっと着いて来ている。数は八、無差別に街の人間を狙っていた連中だろう。
  ……何者?
  狙われる理由はたくさんある。
  闇の一党の暗殺者?
  「誰なんですか?」
  「……俗世はよく分かりませんが、一応ここは怯えるのが普通ではないですか?」
  俗世?
  「泣き叫ぶのが可愛い女の子なら、あたしは別に可愛くなくても構いません」
  「なるほど。道理ですね」
  バッ。
  男が手を挙げると密林の中で気配が動く。
  ぶわぁっ。
  「えっ!」
  白い煙が襲ってくるっ!
  周囲の密林から吹き出て来たのは煙。同時に八の気配は消え、煙から攻撃的な意識感じる。
  「はぁっ!」
  ひゅん。
  魔力の糸で煙を切り払う。
  ……。
  大体予測は付いてたけど、攻撃が通り過ぎた。ならば頭から潰すっ!
  「はぁっ!」
  おそらくはリーダー格。
  そいつに必殺の一撃である魔力の糸を放ち……。
  ぶわぁっ!
  「えっ!」
  ジェラスだ。ジェラスの仲間なんだっ!
  チャッピーを狙ってた、謎の男。どうやら仲間もいたらしい。そしてあたしをここに連れ出し、殺すつもり?
  煙は糸を受け付けない。
  「……っ!」
  ぞくっ。
  煙があたしに近付くと、背筋が凍った。本能的に危険と判断しているあたしは、大きく跳躍。煙から避ける。
  「はぁっ!」
  ひゅん。ひゅん。ひゅん。
  無理、か。
  煙が人間化していく。見た感じは普通のインペリアルか、ブレトンだけど……あの特殊能力は何?
  リーダー格は口を開く。
  「身の保証は出来ませんが、来て頂けませんか? 貴女の能力を解析したいという人間がおりまして」
  「じょ、冗談っ!」
  解析って何?
  ……。
  解剖だろうな、きっと。誰が行くもんかっ!
  はぅぅぅぅぅっ。
  「貴方達は何者ですかっ!」
  「我々は……」
  ひゅぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ。
  突然、強い風が吹く。
  強い、強い風だ。
  そよぐように柔らかな風は一転して、突風に。
  細い枝が折れ、飛んでくる。
  敵のリーダー格に向って。
  チャンスっ!
  「はぁっ!」
  攻守は常に変わる。
  わずかな隙を利用し、あたしは一気に攻勢に出た。
  枝が当たった程度で死ぬ事はない。でも、当たるにしても避けるにしてもわずかな隙が出来るのは必至。
  相手が集団なら頭を潰すのが最適で、常套。
  まさにこの瞬間は願ったり叶ったりなのだ。
  魔力の糸を紡ぎ、放つ。
  ひゅん。
  「くっ!」
  男は、素早かった。
  魔力の糸をその場に転がって回避。前にジェラスと戦った時もそうだったけど、やはり魔力の糸が見えてるらしい。
  もしくは感覚として、感じてる。
  ともかく回避した。
  ……えっ?
  ……避けた?
  あたしが期待したのは白煙化する直前に攻撃が当たればいい、それだけだ。
  その為の隙に付け入る攻撃。
  なのに煙にならずに普通に避けた。
  ……どうして?
  「逃がさないっ!」
  「くそぅっ!」
  ともかく、魔力の糸で追尾。
  一度放てば後はあたしの思念で自在に動く。決して避け切れるものではない。
  ……。
  たまにフィーさんみたいな例外もいるけど。
  追尾。
  追尾。
  追尾っ!
  その間、さらに別の魔力の糸を放ち敵の集団を次々と貫き、切り裂き、屠る。
  一貫して煙にならない敵の集団。
  風が何か影響?
  よく分からないけど、次々と敵の心臓の鼓動を止め、リーダー格もついに動きを止めた。心臓をわずかに逸れて突き刺さっては
  いるものの、助かる損傷でもない。他の連中を見る限り、身体的には普通と変わらない。
  首を落とされれば死に、心臓を貫かれれば死ぬ。
  血反吐を吐きながらリーダー格は膝を付いた。
  短くて数秒。
  長くても数分の命。
  よほど高位の回復魔法ではない限り一命は取り留めないだろう。
  そして……。
  「……くくく」
  「……?」
  「あっははははははははははっ。……所詮は、まがい物の不死か。我が鼓動は、ようやく止まる」
  「……?」
  どこか満足そうに笑っている。
  何なの?
  ともかく、生きている内に聞く事がある。
  助ける事は不可能。
  傷云々ではなく、そもそもあたしには回復魔法の類は使えない。……いえ、魔法全般が無理です。
  「何者なんですか、貴方達は?」
  「……」
  「どうしてチャッピーを付け狙ったんです?」
  「……チャッピー……それはまさかドラゴニアンの事か?」
  「そうです」
  「……主がお望みだからだ」
  「ジェラスですか?」
  「ジェラス? 奴は、ただ欲の皮を突っ張らせているだけだ。お零れが欲しいだけだ。我は奴の部下の立場だが、正直嫌いだな」
  「……?」
  意味が分からない。
  主は、別にいるのか。ジェラスはその部下、こいつはジェラスの部下。
  そういえば以前、ジェラスも主が望んでる云々言ってたような気がする。
  でもジェラスは忠誠ではなく、お零れ目当て。
  ……。
  ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!
  駄目、意味わかんない。
  複雑すぎる。
  「あたしをどうしてここに誘き寄せたんですか?」
  「忌々しい人間が望んでるから」
  「……?」
  これも意味が分からない。
  今度は、忌々しい人間?
  話を進めよう。整理は後にすればいい。
  「それに、無駄な時間を使わせる為に」
  「無駄な時間?」
  「……そうさ。お前は無駄な時間を使った。そして仲間から離れた。その結果、お前は捕まるはずだったが、それは失敗だ。しかし
  向こうはどうかな? ふふふ。向こうは向こうで大変だろうよ」
  「まさかっ!」
  「……ふふふ、急げよ、ふふふ……」
  がくり。
  その場に倒れ、二度と動かないリーダー格は無視してあたしはフロンティアに走った。
  陽動かっ!
  多分、ジェラスはフロンティアの方を担当しているのだろう。
  あたしは走る。
  「……あれは……」
  深紅。
  遠目からでも分かる。
  冒険者の街フロンティアは、燃えていた。



  「やあ、フォルトナ」
  既に終わった後だった。
  街並みは燃え、往来には無数のゴブリンの群れ。……ゴブリンが街を襲ったのだろうか?
  迎えてくれたのはエスレナさんだった。
  迎えてくれた、というか事後処理にたまたま出くわしただけだけど。
  数人の冒険者を従えし、焼け出された住人を保護している。
  「何があったんです?」
  「誰かが街に火を放った。そんで街の門を開けた。……この近辺は元々無数のゴブリンの部族がいてね。そいつを追い出
  して街を作ったみたいだけど……ドサクサ紛れにゴブリンが軍勢と化して報復戦を仕掛けてきたってわけだ」
  「……」
  「今のところ死傷者の報告は出てない。最近暇でね、警備の仕事に就いてるのさ。……ああ、そうそう。あんたの友達の女の子
  は無事だよ。火の手も向こうには届かなかった」
  「すいません、教えてくれて」
  「いいって事よ」
  シンシアちゃんとお母さんは無事みたい。よかった。
  でも怖がってるだろうな。
  「誰が火を放ったんです?」
  「よく分からない。……ただ、もしかしたらゴブリンとも連動してたのかもね」
  それはありえるかも。
  偶然にしては重なり過ぎてるし、手際もいい。ゴブリンは金額次第で傭兵にもなる(わざわざモンスターを手懐けようとするのはそう
  そういないだろうけど)から、ジェラスが従えていたのかもしれない。
  「シャルルさん達、知りません?」
  「シャル……ああ、眼鏡。いや、見てない」
  「そうですか。失礼します」
  安否が気になる。
  走り去ろうとすると、エスレナさんはあたしが安心するように少し優しい口調で付け加えた。
  「あんたらの宿の方は無事のはずだよ。火の手もゴブリンも東地区に集中してる。……ただ防壁も焼け落ちたから、しばらくは
  野生動物やモンスターが入り込まないように警備する必要があるけどさ。まっ、安心しなよ」
  「はい」
  それでも。
  内心では嫌な予感がしていた。
  内心では……。


  「はあはあ」
  あたしは走る。
  通りにはゴブリンの死体が山のように転がっていた。合計したらかなりの軍団になる。
  ゴブリンは縄張り意識の高いモンスターで、かなり冷酷。
  モンスター版の山賊、といった感じで略奪目当てで村を襲う事もある、害獣。
  同じ命を持つ生物じゃないか分かり合う慈愛の心を持て、と愛護団体が叫んだとしてもあたしはそれを机上の空論だと思ってる。
  少なくとも、ゴブリンに分かり合う心は必要ない。
  まあ、そこはいい。
  「はあはあ」
  ゴブリンの死体は山のようだけど、冒険者や住人の死体は見当たらない。
  時折冒険者が通りに座り込み、治療を受けてる様子は見えるけど死者はもしかしたらいないのかも。
  冒険者は実戦経験豊富。
  だから変な話、各地の都市軍の衛兵よりも強いようにも思える。
  もしかしたら帝都軍の兵士よりも。
  燃え落ちた建物。
  心も体も、色々な意味で傷付いた人達。
  建物の大半が木造だったのも延焼の要因だったようだ。今は完全に鎮火しているものの。焼け落ちた建物は多い。
  ……。
  ふと、疑問に思った。
  ジェラス達の死体もない。少なくとも人間型の死体は見当たらない。
  連中がゴブリンを扇動したんでじゃないの?
  連中が火を放ったり、門を開いたんじゃないの?
  「フォルトナさんっ!」
  聞き覚えのある声だ。シャルルさん。
  でも、1人だ。
  「よかった。急に姿を消したので探していたところです。何があったんです?」
  「この間のジェラスの仲間と戦ってました」
  「……フォルトナさんも?」
  「えっ? ……あの、チャッピーは?」
  「連れ去られました」
  「……えっ?」
  「この間会ったジェラスに攫われました。面目ありません」
  「シャルルさんがいたのにどうしてそんな事にっ!」
  詰るようにあたしは叫んだ。
  それから反省し、自嘲した。結局、あたしも相手の策に引っ掛かり、街や仲間と離れていたのに。威張れる立場じゃない。
  「ごめんなさい」
  「いえ。僕も油断してました。……あの煙になる能力が、厄介でしてね。止められなかった」
  「それでどこに連れて行かれたんでしょうか?」
  「それは僕にも……」
  助けなきゃ。
  助けなきゃ。
  助けなきゃっ!
  チャッピーは若輩のあたしに仕えてくれた。正直、楽しかった。フィフスみたいにあたしを立ててくれたり、気遣ってくれたり。
  なのに、なのにあたしはっ!
  「頼りっぱなしで何も出来ないなんて、そんなの嫌っ!」
  「分かってます。……しかし今は情報を集めましょう。トカゲさんのでかい図体をどこに連れて行くかは知りませんけど、そんなに
  離れた場所ではないはずです。そう遠くから出張しているには思えない。少なくとも近くにアジトはある」
  「そ、そうですよね」
  「まずは情報収集からです」
  「はいっ!」
  力強くあたしは応えた。
  そうだよ、まだ挽回できる。自己嫌悪する時間があるなら、前に進もう。
  前に。
  「フォルトナさんが急に姿を消した後、探していたんですよ、トカゲさんとね。そしたら急に火事。ゴブリンの襲撃。街が混乱している
  ドサクサにジェラスが戦闘を仕掛けてきたんです。そして結果は……面目ありません」
  「シャルルさんの所為じゃないです」
  「そうですか?」
  「はい」
  「じゃあ、フォルトナさんもあまり気負わない事です。貴女の所為でもない」
  「はい」
  仲間になってまだ間もないけど、あたし達は立派な仲間。チーム。
  かけがえのない絆だ。
  「あんた達がフラガリア?」
  知らない男が声を掛けてくる。
  まさかジェラスの手の者?
  誘拐した旨を通達しに来たのだろうか。そしてあたし達に何かを要求する?
  「ベルウィック卿の使いで来たんだ」
  「ベルウィック卿の?」
  冒険王と称され、現在は子爵の地位を叙任し、この街の領主であり創設者。
  つまりこの人はベルウィック卿のメッセンジャーか。
  何の用だろ?
  「子爵様がお前達をお呼びだ。着いて来てくれ」




  冒険者の街フロンティア。
  ベルウィック卿の邸宅。
  領主であり子爵でもあるベルウィック卿の住まいは城砦という形は取らずに、屋敷の形を取っている。
  そこも他の都市の領主とは違うところだ。
  内装も然り。
  飾らないその性格が、冒険者達に支持される所以でもあるのだろう。
  あたしとシャルルさんは私室に通された。
  簡素な椅子に座っているベルウィック卿はあたし達を見ると、楽にしてくれと言った。ソファーにシャルルさんと座る。
  「街は現在、機能しておらん」
  ベルウィック卿の口調は鷹揚ではあるものの、幾分か気疲れした感があった。
  あたしが街を離れている間に街は炎に包まれた。
  鎮火したものの、復旧作業は遅々として進まない。その一番の理由が、街をぐるりと囲む木製の壁が崩れ落ちたからだ。
  フロンティアは発展途上の街であり、防壁は間に合わせのもの。
  それが焼け落ちた。
  つまり、野生動物やモンスターが入り込める状況。
  現在は復旧作業にも人材を投入する一方で、警備にも人員を割いているので人手が足りないのだ。
  奇跡的に死傷者はない。
  「お主達を呼んだのは他でもない。それはすなわち、この一件に関わっているからだ」
  「……」
  すぐには返答しかねた。
  街を襲ったの連中は確かに知ってる、関わってる。
  ……あたし達の罪を問うつもりなの?
  「隠すな。銀髪の男と以前戦ってたな、街の中で。そいつが今回の首謀者だと私は掴んでいる。奴は誰だ、どういう関係だ」
  「もしも関わってたらどうしますか?」
  警戒心を含めた口調で、シャルルさんは尋ねた。
  「どうもせんよ」
  「……」
  「ただ状況を知りたいだけだ。火を放ったのがお主達ならともかく、関わっているだけなら関係あるまい? ただ情報が欲しいだけだ」
  「……フォルトナさん」
  「はい」
  こくん。あたしは頷く。
  知ってる事は話した方が良さそうだ。それに、早くお暇もしたい。
  街の現状も大事なのは分かってるけど、仲間の事もまた同じくらいに大切な事だ。むしろチャッピーの方が、あたしの心の比重から
  換算して、チャッピーの方が優先順位が高い。
  ベルウィック卿に隠さずに話す。
  ジェラスの事。
  ジェラスも、仲間も白い煙に変化する事。
  この街に来た理由。
  レヤウィンで争ったアカトシュ信者が吸血鬼化して襲ってきた事。
  全てを話した。
  黄金帝の秘宝の事も。
  その間、ベルウィック卿は黙って聞いていた。ただそれだけの事なのに、威厳というのか余裕というのか、ベルウィック卿はとても頼
  もしく見える。シャルルさんも頼もしいけど、また違う感じだ。
  長い歳を経て得る事の出来る、大人の男ってこんな感じかな?
  さて。
  「つまり、お前達の連れのドラゴニアンを狙っての犯行か? 放火は……そう、なるな」
  「ええ。おそらくはそうでしょうねぇ」
  あまり焦っていないシャルルさんの口調。
  仲が悪いから?
  ……。
  確かにシャルルさんとチャッピーの2人は仲が悪い。
  それでも心のどこかでは認め合ってたと思ってたのに……。やっぱり嫌いなのかな?
  あたしの表情を見て、シャルルさんは静かに笑った。
  「杞憂ですよ」
  「……?」
  「ただ、無駄に慌てるのも意味がないから平静でいるだけです。対策を練るのに感情的になる必要はない」
  「それは、そうでしょうけど……」
  対策を練るにしてもジェラス達が何者かなのかも分からない。
  どこにいるのかも。
  ベルウィック卿が口を開く。
  「白い煙とは、何だ?」
  「えっと、体を白い煙に変じるんです。その際は攻撃が効かないんですよ」
  ……あっ。
  風が吹いたら煙状になるのを躊躇ったな。あれで形勢が逆転した。
  「あの、風が吹いたら煙になるのをやめたんですけど」
  「ほう。つまりはヴァンピールか」
  「ヴァン……?」
  何それ?
  シャルルさんも聞き覚えがないらしく怪訝そうな顔をした。
  「オリジナルの吸血鬼だ。始祖吸血鬼と呼ぶべきか」
  「オリジナル?」
  「黄金帝の遺産だ。そもそも黄金帝が目指したのは不老不死。その一環で開発された菌を投与されたアイレイドエルフ達がヴァン
  ピール。黄金に傾倒したのもその為だ。決して朽ちる事のない黄金に不死を見出そうとした。目的を忘れて物欲に溺れたがな」
  「……溺れた……?」
  ああ、そういう事か。
  元々は不老不死を目指してたのか。だからヴァンピールという種族を作った。
  不老不死実験の産物の種族なんだ。
  そして黄金は、不死への一環として研究していた……最終的には物欲に溺れた、そういう事か。
  当初の目的を忘れて黄金に魅入られたのか。
  なるほどなぁ。
  「お伺いしますが、何故陽光の下でも活動できるのですか? 吸血鬼なら制限されるはずでは?」
  シャルルさん、少し敵意を出しての発言。
  ヴァンピールの事を知らなかった。
  それがインテリとしてのシャルルさんのプライドを傷付けたらしい。
  ベルウィック卿は冒険王と称されるほどの冒険者。様々な出来事を体験しているから、知識が深いのだろう。
  「この世界にいる吸血鬼は出来損ないだからだ。ヴァンピールが、正しい姿なのだ」
  「正しい姿?」
  「吸血病には諸説ある。モロウウィンドでは火山灰が影響しているとの説がある。シロディールの吸血病はヴァンピールが関係し
  ている。そもそもの菌がアイレイドエルフに適応するように開発されているのだ」
  「適応?」
  「吸血病はアイレイドエルフの肉体を効率的に、副作用もなく変化させるものなのだ。そうする事で肉体を強化し、不老不死にしよう
  とした。それが黄金帝がした実験の概要だ。他種族ではうまく適応しないらしいな。だから不完全で出来損ないの変異をする」
  「……」
  「時間を経て次第に適応するようだが大抵は討伐されるか、自我のない吸血鬼に成り下がる。ともかく、不老不死実験でアイレイド
  エルフを改造したのがヴァンピール。血の渇きや陽光によるデメリットなどなく、能力強化などのメリットだけを発現した存在」
  「……」
  完全に沈黙したシャルルさん。
  知識って限りがない。好学の士であるシャルルさんですら知らない事は多い。
  学問って奥が深いなぁ。
  「あの、風が吹いたら……」
  「簡単だ。ヴァンピールは霧状に変化し、その際には物理的には無敵になるものの、その霧が風などで散れば即死するという弱点
  がある。風が吹いて霧状に変化するのは、奴らにとって自殺に等しい」
  「ああ、それで」
  なるほどなぁ。
  それにしてもあれは霧なのか。煙だと思ってた。
  プライドを傷付けられたシャルルさんは、幾分かイライラした口調で問い詰める。
  「それでそんな話が僕達に何の意味があるんです?」
  それはそうだ。
  話が逸れてきてる。
  「連中の正体が分かれば、動きようがあるという事だ」
  「へぇ? まさかどこに住んでるかが分かると?」
  「黄金帝の都に行ってみるといい。唯一の手掛かりだろう。都の名はカザルト」
  「黄金帝の都に?」
  フロンティアの東にあるとかいう、都の跡地に?
  確かに黄金帝に関係しているヴァンピールの潜伏場所にはぴったりかもしれないけど……いや、どっちにしろ手掛かりなど希薄
  でほとんど存在せず結局は闇雲に探すしかないわけだから候補としては有力かもしれない。
  「お前達フラガリアには先の一件で、借りがある。どんな援助も惜しまんよ」
  先の一件とは、シンシアちゃんの一件の事だ。
  冷静さを取り戻したシャルルさんが静かに首を振った。
  「街の復興が先でしょう?」
  「いや、しかし」
  「人手は足りないはずです。なので、僕達だけでやりますよ。領主殿の恩恵は、次まで取っておきます」
  「いや、ヴァンピールどもの暴挙は街を代表する立場の私には許せん事だ。私の部下も同道……」
  「貴方は領主でしょう?」
  「……」
  「領主なら売られた喧嘩買うよりも街の住人への安全を約束する事が先決のはずです。やられたらやり返す、そんな帝国の馬鹿
  どものような理屈は振り回さないでください。これでも、僕は貴方を尊敬していますので」
  「……そう、だな。そのとおりだ。やる事は、別にあるな」
  「ええ」
  そう言って懐から紙切れを取り出し、ベルウィック卿に手渡した。
  「これは?」
  「冒険者ギルドに預けてあるフラガリアの全財産ですよ。これはその証明書。金貨にして5000枚ほどですかね。住人への援助にでも
  使ってください。どうぞお気になさらずに。生活費やヘソクリは肌身離さずに身に付けています。すぐには干上がる心配はないので」
  「……ありがとう」
  シャルルさんに頭を下げ、あたしにも頭を下げた。
  こういうところがベルウィック卿の凄いところなんだろうなぁ。それに、シャルルさんも凄い。
  「すいませんね、フォルトナさん。勝手な事をして」
  「ううん。とっても立派です」
  「よかった。理解してくれて。怒られたらどうしようかと思ってましたよ」
  「えへへ」
  「フォルトナさんを身売りしたお金が役に立って本当によかった。……あっ、フォルトナさんを売り飛ばした先はハイロックですので
  お体に気をつけて、末永くご主人様に可愛がられてくださいね♪」
  「……」
  そうでした。こんな性格の人でした。
  格好良いと思ったのにーっ!
  はぅぅぅぅぅっ。
  「良いチームだな、お前達は」
  「そ、そうですか?」
  少し自信がありません、あたし。
  ともかくフラガリアの向かう先は東にある黄金帝の都の跡地。何かあるのか、何もないのか。
  黄金帝の秘宝探しにも連動しているであろうイベント勃発。
  「連中はドラゴニアンを拉致して東に向ったらしい。冒険者達は鎮火とゴブリンの制圧で手一杯で、手が回らなかったそうだが
  目撃証言だ。東。情報はそれだけだが、黄金帝の都跡も東。一応、符号はある」
  「はい」
  「ああ。そうだ。もう一つだけ忠告がある。関係あるのかは知らんがな」
  「なんでしょう?」
  「しばらく前にこの近辺に死霊術師がいた。ファウストとか名乗っていた男だが……」
  「ファウストっ!」
  驚いたように、シャルルさんが叫んだ。
  声には幾分か嫌悪がある。
  「知ってるんですか?」
  「究極の生命を創る事を目指してる胸糞悪い奴です。アーケイ司祭としては、許せませんね」
  「へぇー」
  九大神アーケイは定命の者を愛するものの、不老不死やそれを目指す者を憎む。
  信徒達も、それを教えとして実行している。
  つまり吸血鬼や死霊術師はアーケイ司祭であるシャルルさんにとっては天敵なのだ。討伐の対象でもある。
  ベルウィック卿が話を引き継ぐ。
  「死霊術師は魔術師ギルドにも追われている。魔術師ギルドに私の街に介入されても面倒なのでな、討伐の指示を出した。結果
  として逃げられたが、奴は様々な生物を改造し、弄っていた。偶然ならいい。しかしヴァンピールと繋がってたら?」
  「あっ!」
  その場合は、チャッピーを連れ去った理由が繋がる。
  ドラゴニアンは滅多にいない。
  究極の生命を創る為の実験台って事っ!
  「行きましょう、シャルルさんっ!」
  「まったく、世話の焼けるトカゲですねぇ」
  あたし達は冒険者チーム《フラガリア》。三人で、一組だ。一人欠けてもフラガリアじゃない。
  助けに行こう。
  助けに……。