天使で悪魔




黄金帝




  アイレイド文明。
  有史以前、支配階級として存在していたアイレイドエルフ達の文明であり、国家。
  現代を超える超魔道文明であり、人間達を奴隷として飼い慣らしていた。
  最終的に奴隷の反乱により滅亡。
  そう、奴隷の後継である帝国人の歴史書は語る。
  しかし、それは半分間違いだ。

  アイレイド文明を統一王朝……と考える者が多いものの、アイレイド全てを統べる王は存在しなかった。
  アイレイド文明は数多の王達が君臨し、乱立する群雄割拠。
  それぞれの都市に王が。
  それぞれの都市に軍が。
  互いに互いを殺し合い、最後は滅ぼし合った。
  それが直接の滅亡の原因。
  奴隷の反乱も原因の一つではあるものの、あくまで一つでしかなく、直接の原因ではない。

  無数にいる王の中でも、一際目立つ存在の王達。
  3人いる。
  1人は奴隷達を率いた勇者ベリナルと相打ちになった、魔術王ウマリル。
  1人は人形の軍勢を支配し、従えていた人形姫。
  1人は……。







  「黄金帝の遺産が見つかった、ですか?」
  「ええ。フォルトナさん」
  朝から冒険者ギルドに行っていたシャルルさんが咳き込みながら、語る。
  朝食の時間。
  あたしとチャッピーは食後のコーヒーを飲んでいたけど、思わず手を止めた。
  ……。
  ちなみにチャッピーはブラック。
  あたしはミルクと砂糖をたくさん入れて飲んでる。んー、甘くておいしー♪
  「朝っぱらから守銭奴だな、若造」
  「お金は命ですからね」
  「ふん」
  「トカゲさんも脱皮や冬眠ばっかりせずに労働した方がいいですよ」
  「貴様ぁーっ!」
  ……はぁ。
  またか。もう、毎朝の行事だなぁ。
  何回目ぐらいだろ?
  椅子を引き、シャルルさんもとりあえず座った。朝食は、まだ食べてないはずだけど。
  「お腹空いたんじゃないですか?」
  「ええ。……ああ、ご心配なく。アーサン・ロシュさんに既に頼んできましたから」
  「今日も絶品ですよー♪」
  「……」
  「えっと、何ですか?」
  「いえ。フォルトナさんは悪食なので、味の品評はあまり当てにならないと思いましてね。まあ、彼女の料理はおいしいですが」
  「あ、悪食?」
  「ええ。まるで地獄に住まう餓鬼ですね♪ ははは♪」
  「……」
  す、凄い事言われてるーっ!
  はぅぅぅぅぅぅっ。
  「それで今朝のメニューは何でした?」
  「えっと、スクランブルエッグとサラダ、それに焼きたてのクロワッサンが基本メニューです。……でも、この宿一押しのオリジナル
  メニューの野菜たっぷり《ベシタボースープ♪》も頼みました。あっ、あと一口ステーキを5皿ほど」
  「……悪食そのものじゃないですか」
  「今朝は一品少ないですっ!」
  「やれやれ」
  ぶぅっ!
  もう、失礼しちゃうっ!
  だって、食べるの楽しいもん。フィーさんに拾われてからの習慣だけど、こうやって楽しみながら味わいながら食べるのはまさ
  に至福。今更クヴァッチ聖域の生活には戻れない。
  ……ううん。戻りたくない。
  「それで若造。朝から駆けずり回って得た仕事は、確かか?」
  「ええ。貴方の腕より確かですよ、トカゲさん」
  「貴様ぁーっ!」
  「おやご主人様の目の前で恥を掻きますか? 無様な敗北を演出してあげても僕は構わないんですよ?」
  「表に出ろぉーっ!」
  「望むところです」
  ……いつになったら本題に入れるのだろう?
  それでも最初に比べたらあたしは冷静でいられる。
  「ふぅ。気持ちの良い朝だなぁ」
  コーヒーを飲み干し、朝の空気を堪能した。




  黄金帝。
  それはアイレイド文明に存在した、王。
  有名どころの王で、黄金帝に並んで有名なのが人形姫と魔術王。
  しかしこの中で歴史書に死亡が確認されているのは勇者ベリナルと相打ちとなった魔術王ウマリルだけで、実のところ人形姫と
  黄金帝はどういう最後を遂げたのか、本当に死んだのかが学者達の間で長い間争点になっている。

  黄金帝は錬金術に傾倒した王。
  非常に強欲な人物で、錬金術を駆使して触れるモノ全てを黄金にする能力を得た。
  しかし強欲には限りがなかった。
  最初は身近なモノを黄金に変えて喜んではいたものの、次第にその程度では満足できなくなり自らの宮殿……いや、最終的には
  国や民すらも黄金にした。そして自分自身も。
  だからこそ黄金帝と呼ばれているのだ。

  その黄金帝の都があったのが、フロンティアを包み込む未開の地のどこか。
  しかしその場所は不明。
  古い文献が本当なら、黄金で形成された都があるはず。
  密林の勢力の方が人間よりも強いとはいえ、あれから何千年も経っているのにその痕跡すら見つからない事から、一部の学者は
  黄金帝は存在しなかった、とすら言い切っている。


  その一方で黄金帝の遺産探しに躍起になる者が遥か昔から存在している。
  ローヴァー親子もそんな探索者の端くれだ。
  そして今、冒険者ギルドを通して親子は依頼してきた。あたし達フラガリアをご指名で。
  任務の概要は護衛。
  黄金帝の遺跡を発掘したので、護衛して欲しいとの事。
  あたし達は合流ポイントに急いだ。






  「おお、よく来てくれたなっ!」
  「お仕事ですから」
  握手。
  ローヴァー親子への補給物資の運搬を何度も行っているので、既に顔見知りだ。
  ローヴァー親子はレッドガードの親子。
  父親、長男、次男、長女の構成の家族だ。
  遺産探しのそもそもの理由は、ずっと昔に父親が金塊を見つけた事から発している。その金塊は金貨3000枚で取引したらしい。
  何故金塊が無造作に密林に埋もれていたのか。
  それを不思議に思った父親が調べた結果、黄金帝の遺産だと判明した。
  それからずっと探していたらしい。
  延々と発掘作業を繰り返しても干上がらない資金力は、昔見つけた金塊の賜物だ。
  ……。
  ま、まあ、その時得たお金で悠々自適に暮らせばよかったと思うけどね。
  ちなみに奥さんは出て行ったらしい。
  まあ、今回には関係ないけど。
  「一応、アイレイドの遺跡だからモンスターや罠の類があると思ってあんたらを雇った次第だ。よろしく頼む」
  「あたし達フラガリアにお任せを」
  密林。
  密林の真っ只中にベースキャンプがある。
  これだけ深い密林の中だから、よっぽど運が悪くない限り成果を奪う連中には遭遇しないだろう。
  冒険者をカモにする盗賊もこの辺りにはいるようだし。
  金塊見たら当然、襲ってくるはずだ。
  ……。
  よっぽど運が悪くない限りは、遭遇しないだろうけど。
  さて。
  「行こう、シャルルさん、チャッピー」
  「了解です」
  「御意」
  今回は黄金帝の遺産探し。
  シャルルさん曰く《残骸》であり《秘宝》ではない、と辛辣なコメント。
  あたしが欲しい秘宝はサヴィラの石、シャルルさんが狙ってるのはウンブラ。この依頼はあたし達の狙うものとはまるで無縁だろ
  うけど、それでも仕事は仕事だし、わざわざ指名してくれたローヴァー親子の気持ちを汲みたい。
  信用してくれたから依頼してくれたんだろうし。
  シャルルさんはシャルルさんで、報酬貰えるから当然やる気を出してる。
  ……。
  アーケイの司祭様なのに、お金で動くのはどうかと思うけどなぁ。
  まあ、いっか。
  チャッピーが先頭に立ち、あたしとシャルルさんが続く。その後にローヴァー親子。
  ローヴァー親子が掘った洞穴を進んでいく。



  基本的に、洞穴は横になだらか。
  かといって完全な水平ではなく次第に下層に緩やかに傾いていく。
  長年掘り進めた結果だ。
  大分、長い。
  何年ぐらい掘っていたのだろう。
  ローヴァーさん(パパ)に聞いてみる。
  「13年ぐらいかな」
  「13年っ!」
  思わず、大きな声で聞き返した。
  「フォルトナさん、小声でお願いします。声が反響して敵いませんよ」
  「す、すいません」
  洞穴は長く、深い。
  しかし横幅は人が一人通れる程度だ。
  あたし達は縦一列に進む。
  先頭はチャッピー、次にシャルルさんが続き、あたし、ローヴァー親子。親子は、父親、次男、長女、長男の順番で進む。
  それにしても13年かぁ。
  その時、あたしはまだ2だったんだなぁ。随分昔から黄金に魅入られたらしい。
  それが別に悪いとは言わないけど。
  「13年かぁ」
  口に出して反芻してみる。
  すごい年月だ。
  冒険者の街フロンティアが生まれるよりももっと昔からここで発掘作業してたんだぁ。
  今はフロンティアがあるから問題はない。
  でも、それ以前では補給も続かなかっただろう。
  すごい執念。
  ちなみに今回の報酬は破格の金貨300枚。
  もちろん、黄金には一切手が出せない契約になってる。あたし達をわざわざ指名したのは、人となりを信じたからだ。
  黄金を見て横取りするタイプじゃないと、信じてくれてる。
  「黄金ですかぁ。んー、少しぐらい懐に入れても分からないんじゃないですかねぇ」
  あたしにだけ聞えるように、シャルルさんは呟いた。
  まあ、量にもよるけどね、ばれるばれないは。
  「ローヴァーさん、どれくらいの黄金があったんですか?」
  「いやまだ見とらんよ」
  「はっ?」
  「色々な文献を調べてここら一帯を掘り進めてきたんだが、昨日遺跡にぶち当たったんだ。まだそこから先に入ってない。遺跡
  そのものは黄金ではなかったが、少なくとも手付かずだったように見える」
  「少なくとも、土の中に埋まってたんですもんね」
  「そういう事だ。盗掘の心配はなかった。文献からすると黄金帝の遺跡だろうが、違うにしても手付かずの遺跡だ、それなりにお宝
  があると踏んでる。今後の発掘の資金にもなるし、しばらく休暇する為の軍資金にもなる」
  「ああ、なるほど」
  アイレイドの遺跡はお宝の山。
  その認識は間違ってない。
  それにアイレイド文明の遺跡は管轄こそ魔術師ギルドではあるものの、そこにあるものの所有権は誰にもない。
  つまり早い者勝ち。
  ローヴァーさん達は、洞穴の先にある遺跡が黄金帝の物でないにしても損はする事はない。
  世故長けてるなぁ。
  「見えてきましたぞ」
  先頭のチャッピーが呟いた。
  洞穴は終わり、掘り進めた結果繋がったとされる遺跡が見えてきた。
  さあ、ここからが本番だ。
  「シャルルさん、チャッピー」
  遺跡。
  洞穴内とは打って変わって、いきなり開けた空間になる。
  ところどころ土砂や落盤などで倒壊していたり通路が塞がれているものの、まだ遺跡は生きている。
  マリンブルーのウェルキンド石が通路を照らし、アイレイドの遺跡には必ず存在するスケルトンのガーディアン達が侵入者を迎撃
  する為に徘徊していた。
  ここは時間の止まった場所。
  主なき遺跡は、今なお存在し続け、起動し続けている。
  ここでは過去が生きている。
  「シャルルさんは左翼、チャッピーは右翼、あたしが中央を行く。あたしが少し先行するから、2人は遅れて着いて来て」
  「了解です」
  「御意」
  その後ろをローヴァー親子が続く。
  当然、彼らも武装している。
  元々黄金目当ての彼らにしてみれば、成果を横取りされるのを嫌って常日頃から武装しているのだ。
  野生動物やモンスターからの自衛手段、という理由もあるけど。
  「フラガリア、前進します」
  「はいはい。お仕事お仕事」
  「御意」
  遺跡内を進む。
  静かに、静かに、そして慎重に。
  この手の遺跡は一度ヴァータセンで体験している。トラップが今なお起動しているのだから、侮れない。
  静かに、静かに。
  あたし達は置くに進んでいく。
  静かに……。




  遺跡内に徘徊するガーディアンを撃破して、奥に進んでいく。
  黄金帝は、名の通りに黄金好き。
  錬金術を極めた存在。
  ……。
  その割には、遺跡内は普通だった。
  あんまりアイレイドの遺跡のサンプルは知らないけど、ヴァータセンしか知らないけど、そう変わらない。
  黄金帝の遺跡=全て黄金で出来ている、と思ってたけど違うみたい。
  まったく別の遺跡なのか?
  それとも、伝説なんて当てにならないのかな?
  半ばそういう風に思っていた。
  「あー、扉ですねー」
  「ほんとだ」
  既に興味を失せていたのは、シャルルさんも同じのよう。気のない呟きだ。
  ガーディアンのスケルトンも大した事なかったし。
  この遺跡にはマリオネットは今のところ、いなかった。
  「チャッピー。お願い」
  「御意」
  小走りに扉に近付き、重そうな扉を開けた。
  途端、黄金の光があたし達を照らす。顔を見合わせるあたしとシャルルさん。ローヴァー親子はあたし達を突き飛ばし、扉の向こう
  に消えて行った。あたし達もその後に続く。
  そして……。

  「……うわぁ……」
  絶句。
  誰もが口を少し開けたまま息を呑んでいた。皆、少し間抜けな顔をしてる。
  『……』
  沈黙。
  言葉など発する事が出来ない。
  しばらく、皆は無言だった。あたしもだ。
  そこに広がっている光景は、まともではない光景。おそらく長い人生の中でも、滅多に見る事の出来ない光景だ。
  黄金の部屋。
  壁も天井も床も全て黄金。
  広大な一室に黄金で占められていた。一体何の部屋だったんだろう?
  四方全て黄金ではあるものの、柱もなければ調度品もない。玉座もない。ただ、黄金の部屋があるだけ。
  ……。
  いや。
  一つだけ、異様なものがあった。
  黄金の形をした人間達。
  黄金帝は触れたモノ全てを黄金に出来たという。
  だとしたらここにある人型の黄金は全て、元々は生物だったのだろうか?
  100や200はある黄金像。
  エルフだけではなく、オーガと思わしきモンスターも黄金像になっていた。見ると種族もバラバラだ。ひときわ大きい黄金像は種族
  も判別できない。少なくとも今いる種族ではないと思う。昔はこういうのがいたのかな?
  「……さ、先に、進みましょう……近くでよく見てみたい……」
  「……?」
  呟いたのはシャルルさん。
  でもあたしは違和感を感じていた。心ここにあらず。そんな感じだ。
  まあ、理解は出来るけど。
  ここにある黄金を金貨に換算すると、財産に換算するとどれくらいになるのだろう?
  歴史的にも価値がある場所だ。
  値段なんか付けられない。
  それでも敢えて値段を付けるのであれば……んー、よく分からないけど帝国の一年間の税収分ぐらいあるのかな?
  ……。
  でもきっと、そんな額にはならないね。
  ここまで凄過ぎると、きっと帝国は奪いに来る。最悪フロンティア潰してでもね。
  あたしは別に皇帝崇拝者じゃないら冷静に判断出来るつもり。
  さて。
  「凄いですねぇ」
  いつの間にかシャルルさんが先頭になり、部屋を見て回っている。
  黄金に魅せられてる?
  それは否定しない。あたしも心奪われてるけど……ここまで黄金があると、妙に輝きが毒々しく見える。
  心を毒するというか、何か嫌だ。
  チャッピーもあまり興味なさそうだ。しかしシャルルさんは違う。瞳を輝かせている。
  理由も理屈も分かるけど、何か変だ。
  何か変。
  「あっはははははははははははっ!」
  「すげぇっ! すげぇぜーっ!」
  「親父これでお袋も帰ってくるぜっ! 俺達家族の新しい門出だよなっ!」
  ローヴァー家族も大はしゃぎ。
  とりあえず地面に落ちてる黄金の欠片を懸命に集めている。
  ……。
  一応、今回の依頼の報酬は金貨。
  つまり帝国で流通している通貨として支払われる。黄金は全てローヴァー家族の総取り。人生を懸けて来たのは彼らなわけ
  だから問題はないけど、シャルルさんは少し残念そうかな?
  残念だろうなぁ。
  これだけの黄金を目の当たりにすると、報酬の金貨がいくら大金でも色褪せるのは仕方ない。
  でもあたしは別に気にしてない。
  大金は大金だ。
  それだけでも今回の仕事の意義はある。それだけ今回の報酬は破格だったわけだから。
  「シャルルさん」
  「……」
  慰めてみる。
  「仕方ないですよ、今までずっと金塊掘り起こしてたのは彼らなんですから」
  「おいおい若造。今まで金塊はただの残骸だと強がってなかったか? んん?」
  「言われるまでもありませんよ、トカゲさん。フォルトナさん、気遣いは無用です。これも仕事ですから」
  静かに笑って見せた。
  よかった。あんまり気落ちしてないみたい。
  これだけの金塊に手出し無用なんだから、もっと凹んでるかと思ってたけど問題ないみたいだ。
  「でもここ、何でしょうね?」
  「黄金帝の都の一部ではあるようですが、都の本体ではないようですね。黄金像の貯蔵庫みたいなものでしょうか」
  あたし達が狙うのは黄金帝の秘宝。
  残骸とはいえ、ここが見つかったのはある意味で天啓。
  これで黄金帝の都が存在する事が確認されたのだから。これで今後の活動の、励みになる。
  「この人型、全て元々は……」
  「黄金帝の力で黄金化した者の成れの果てでしょうね」
  「へぇ」
  ここに黄金像を飾り、黄金帝はニヤデレしてたのかな?
  こ、怖いよーっ!
  はぅぅぅぅぅぅっ。
  「しかしマスター。連中、どうやって黄金を持ち帰るのでしょうな」
  「そうですよね」
  像一つ持って行くにも手間が掛かりそうだ。
  重量ありそうだし。
  もちろん像一つだけでもしばらく遊んで暮らせる。ローヴァー親子は、小石程度の金塊をせっせと集めている。
  あの程度が最適かな。
  あれ以上になると、持ち出すのも一苦労だ。
  ズリズリ。
  あっ。ローヴァー親子のパパさんが、折れた黄金像の腕を見つけて引き摺ってる。
  ……。
  ここにある像が元々は都の住人だと仮定したら、あれリアルな腕だよね?
  黄金化しているとはいえ、少し抵抗あるなぁ、あたしには。
  黄金の貯蔵庫?
  あたしに言わせると、ここは死体貯蔵庫。
  あまり気持ちの良い場所じゃあない。
  ……早く退散したいなぁ。
  はぅぅぅぅぅぅぅっ。
  「息子よ、これを見ろっ! 黄金の腕だ、これだけでいくらすると思うっ!」
  興奮気味のパパさんは長男に叫ぶ。
  いくらぐらいだろ?
  あたしには換算できない。多分チャッピーにも。だからこそ、冒険者チームの運営にはシャルルさんの経済観念が必要なのも
  確かだ。財政が困難になれば装備の維持はおろか、その日の食料にも事欠くのだから。
  そこはチャッピーも認めてる。
  シャルルさんの経済観念は、フラガリアには必要なのだと。
  「息子よ、いくらだと思うっ!」
  「んー……分かんねぇ。だけど親父、売ってみたら分かるじゃないか。どっちにしろ大金だぜ」
  「ああ、そうだな。出来るだけ掻き集めよう。持てるだけな」
  「ああ、心得てるぜ」
  ガン。
  その瞬間、パパさんが黄金の腕で息子の頭を殴打した。
  ……えっ?
  溜まらず、頭を押さえて蹲る長男。何が起きたのかすら分かってないようだ。
  それはあたし達も同じ。
  な、なんでっ!
  「金額すらも分からんのか、お前には金塊は相応しくないっ! この不肖の馬鹿息子め、死んで当然だ死ね死ねっ!」
  「……っ!」
  ガン。ガン。ガン。ガン。ガン。ガン。
  無情に連打する。
  3度目位で既に長男は行き絶えたのがあたしには分かった。頭が割れ、既に呼吸は止まってる。
  異変に気付いた長女が叫ぶ。
  しかしその声は、声にならなかった。
  次男に背後から刺し殺されたからだ。心臓を一突き。目が飛び出しそうなまでに見開き、絶命。
  「ちょっ、ちょっとっ!」
  「マ、マスター、これは一体?」
  「ともかく止めましょう、フォルトナさんっ!」
  頷き、走り出すあたし達。
  ドサ。
  そのまま、あたしは倒れた。
  「フォルトナさんっ!」
  「マスターっ!」
  額から血。
  どちらが投げたのかは知らないけど、あの親子のどちらかが投げた小石程度の金塊が頭に直撃したのだ。
  少し尖っていたので、見事に額を切ったらしい。
  「……痛い」
  「フォルトナさんは僕が見ます。トカゲさんは2人をっ!」
  「心得たっ!」
  タタタタタタタタタっ。
  チャッピー、走って止めに行く。止めに行くものの、どうしようこれから?
  既に死者を出してる。
  この一件は冒険者ギルドに通報する義務があたし達にはある。でもどうして、どうして殺し合いを始めたの?
  奪い合う必要のないぐらいの金塊があるのにっ!
  ポゥ。
  額に右手を翳し、魔法で治してくれるシャルルさん。
  「すいません」
  「いいんですよ。仲間じゃないですか。……ああ、そうだ、先に言って置きたい事があるんですよ。あまり治癒魔法は得意ではない
  のでしばらく掛かります。なので少しじっとしててもらえませんか? 傷が塞がるまで」
  「はい」
  右手を翳したまま、左手で額を触る。
  ……痛っ!
  でも我慢して、動かない。
  すぐには傷は塞がらないらしい。司祭様は回復系を大抵はマスターしてるのが普通なのに、変なの。
  そこがシャルルさんらしいけど。
  「フォルトナさん、痛みますか?」
  「いえ、大丈夫です」
  「ではこれでは?」
  「痛っ! シャ、シャルルさん、や、駄目っ! 嫌っ! 痛い、痛いっ!」
  「ひゃははははははははははははははははははははははははははははははははははっ! 動くなって言っただろうがぁーっ!」
  バッ。
  振り解き、額に触れてみる。血が溢れている。
  シャルルさんが傷口を指で広げたのだ。
  「な、何するんですっ!」
  「金塊は僕のものだっ! 全部僕のものだっ! お前らは奪うつもりだろう、僕の金塊を奪うつもりだろうっ!」
  「何を言って……?」
  変だ。
  絶対変だ。
  ……。
  いや、わざわざ繰り返さなくても……普通に変だっ!
  「マスターっ!」
  「……っ!」
  ローヴァー親子の争いを止めに走ったチャッピーが異変に気付いて戻ってくる。
  あたしは思わず身構えた。
  「我輩は金塊には興味ないのでご安堵を。全ての価値観は忠義ですので、他の種族に比べたら有り余る自制心があります」
  「チャッピー、シャルルさんが……っ!」
  ぐぁっ!
  その時、呻き声を上げてローヴァー親子の次男が血煙に沈んだ。
  何なの?
  何なのっ!
  「これは僕の金塊だ。……そうだろう?」
  「若造、魅了されているな?」
  魅了?
  金塊に魅了……でもこれは突飛過ぎる。いきなり殺し合い始めにしては、突飛過ぎるっ!
  魅了の元は金塊じゃなくて……。
  「魔法っ!」
  「おそらくは」
  あたしを庇うように前に出るチャッピー。
  おそらくはシャルルさんもローヴァーさんも魅了されてるんだろう、誰かの魔法で。でも誰に?
  魅了されてる2人は当然除外。
  あたしか、チャッピー?
  でも魅了の魔法なんてあたしには使えないし、チャッピーにしてもそんな魔法使う意味が分からない。
  一体誰が?
  一体……。
  「フォルトナさん、トカゲさん、相変わらず煩わしいですねぇ」
  「えっ?」
  「世の中お金お金お金っ! なのにまるで気付かずにのうのうと生きてるっ! 僕の苦労考えた事がありますか?」
  「……シャルルさん」
  泣けてきた。
  仲間なのに。ずっとそう思ってたのに。
  突き落とされる感覚は、好きじゃない。
  「若造、その程度か?」
  「何ですって?」
  「陳腐な魅了の魔法で我を忘れ、操られるとは……その程度か? ふんっ! 大した事ないな。その程度の事でマスターに対する
  仲間意識を逆転させられるとは、お前の程度も知れている」
  「トカゲっ!」
  ……あっ。チャッピー、あたしを気遣ってくれてるんだ。
  シャルルさんの変心は魅了の魔法の所為だって。
  「あたしがやります」
  「マスターの御心のままに」
  一礼し、下がるチャッピー。向かい合うあたしとシャルルさん。
  もう1人の変心者であるローヴァーさんは、狂気に冒された顔で黄金を掻き集めている。
  「シャルルさん、金塊なんかの奴隷にならないでください」
  「奴隷? 結構じゃないですかっ! 例え奴隷でもこれだけの金塊があれば特効薬が村人の為に買えたんだっ!」
  「……?」
  「邪魔ですよ、貴女っ!」
  ドゴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォンっ!
  な、何?
  「我が魅了が効かないのであれば、我が相手するしかなかろう」
  『……っ!』
  黄金が、動いたっ!
  種族が判別出来なかったあの巨体の黄金像が突然、動き出した。あまりの事にシャルルさんも我を忘れて、動きが止まった。
  妄動は醒めたのだろうか?
  「何者ですっ!」
  「くふふ。我こそは黄金帝なりっ!」
  「黄金帝っ!」
  嘘っ!
  黄金の巨体は、意外に軽やかな動きで近付いてくる。
  軽やかではあるものの、その巨体の重量はかなりのものだ。歩くたびに床が揺れた。身構えるあたし達。
  「……シャルルさん」
  「……」
  無言。
  呪縛は解けたようだけど、罪悪感に苛まれているのだろうか?
  黄金帝が近付いてくる。
  こいつの所為で、こいつの所為で、こいつの所為でぇーっ!

  「はぁっ!」
  ひゅん。
  黄金帝に魔力の糸を放つ。
  その威力、鉄すらも切り刻む。しかし基本的に攻撃力はあたしが込める魔力に比例する。いつもの二倍の魔力を込めた。
  「くふふっ!」
  「えっ!」
  バッ。
  巨体にも拘らず黄金帝は機敏。うまく身をそらし、回避。そのまま猛撃してくる。
  これが矢なら回避された事になる。
  でもあたしが振るう魔力の糸は、一度手から放たれればあたしの意思で自在に動く。不可視で、不規則。
  決して避けられるものじゃないっ!
  「斬っ!」
  黄金帝の背を襲う糸。
  そして……。
  キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
  「そんな、えっ、嘘っ!」
  「くふふっ!」
  黄金のボディーは魔力の糸を弾く。
  慌てて飛び退き、黄金帝のパワフルな拳の一撃を回避した。
  ドゴォォォォォォォォォォォォォォォォンっ!
  あんなの受け止められない。拳が直撃した床は、拳大の穴が開いていた。受けたら即死か。
  「くふふっ!」
  悠然と立つ黄金帝。
  床は砕け、拳は傷すら付いていない。黄金帝自身も床も黄金ではあるものの、強度は黄金帝の方が高いらしい。
  まあ、それもそうか。
  あたしの糸に耐えたんだから、強度の面では遥かに黄金帝の方が上だ。
  「こぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ」
  息を大きく吸い込むチャッピー。
  ドラゴニアン必殺の炎のブレスだ。ためて放つという動作がある為に瞬時には放てないものの、威力は高い。
  「ガァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァっ!」
  異質な声と共に炎を吐き出す。
  容赦ない激しい灼熱の炎を浴びる黄金帝。
  チャッピーのブレスは鉄すら溶かす……ほどの威力ではないものの、鉄をひしゃげさせる威力はある。
  炎を吐き終えて不敵に微笑する。
  「終わりましたぞマスター。所詮は過去の遺物。時代を止めた者に、変遷する時代を生き抜いた我らが負けるはずありませぬ」
  自信満々の言葉。
  あたしは頷こうとした。
  ぶわぁっ!
  その瞬間、炎を振り払いまったく無傷の黄金帝が姿を現す。
  無傷。
  溶けた様子すらない。
  「ば、馬鹿なっ!」
  「くふふ。我がボディーを傷つけるものはこの世に存在せぬわ」
  余裕を崩さない。
  確かに。
  確かにあたし達の攻撃方法はことごとく無効化されている。肉弾戦なら、豪腕を誇るチャッピーなら黄金すらも砕けるのかも
  しれない。しかし黄金帝の伝説が、チャッピーを躊躇わせる。
  黄金帝は触れたモノ全てを黄金にする。
  万が一接触したら、黄金にされかねない。シャルルさんが健在なら何かの対策が練れるだろうけど……当のシャルルさんは相変
  わらず動きを見せない。ローヴァーさんに至っては完全におかしくなってる。
  どうする?
  ……どうしよう?
  「マスターっ!」
  「……えっ?」
  猛襲。
  一瞬の油断が命取りとなった。気付いた時、黄金帝はすぐ間近に迫っていた。
  し、しまったっ!
  「小娘、お前も我がコレクションにしてやろう」
  「はぅっ!」
  グググググっ。
  首を絞められる。息が、出来ない。
  「マスターっ!」
  チャッピーの叫びが空虚に聞えた。
  視覚も聴覚も次第に麻痺していく。声も出せない、身動きも出来ない。その理由は、分かっている。
  黄金帝は既に手を離し、チャッピーと相対している。
  なのにあたしが苦しい理由は何故?
  ……。
  簡単だ。
  黄金帝は触れたモノ全てを黄金にする。
  触れられた部分からあたしは急速に黄金へと変貌していった。さながら生きた黄金の彫像。
  本当だったんだ、御伽噺のような能力は。
  御伽話を確かめる。
  その代償はあまりにも高かったみたい。
  その代償は……。


  《黄金帝を倒す?》
  《ほほほ。仮初の存在あるお前風情が勝てるものかっ!》
  《しかしここでお前が死なれても困るな》
  《お前はわらわの仮初、わらわの現身。死なれては困る。それにこの程度の、強欲で低俗な王に敗れるか?》
  《一度だけ助けてやろう》
  《一度だけ》
  《一度……》



  ドサ。
  あたしはその場に倒れた。
  まるで唐突に糸を失った操り人形のように、その場に倒れた。痛い。思いっきりおでこ床にぶつけた。
  い、痛いよー。
  はぅぅぅぅぅぅっ。
  「マ、マスター?」
  「タンコブ出来てない? い、痛いよー」
  「……」
  チャッピーは押し黙る。
  まるで信じられないものを見た、そんな感じの表情だ。まあ、ドラゴニアンの表情は読み辛いから違うかもしれないけど。
  ……。
  あれ?
  そういえばあたし、黄金に変えられなかった?
  そ、そういえばそうだっ!
  どうして戻ったんだろうっ!
  黄金帝が吼えた。
  「貴様そうか人形姫かっ! 我の領土まで侵すとは、笑止っ! 忌々しいお前を黄金像に変えてくれようぞっ!」
  「人形、姫?」
  やっぱりあたしが、人形姫?
  人形姫の部下の人形遣いの末裔ぐらいには考えてたけど……で、でも人形姫だとしてどうして今の今まで生きてるのだろう?
  根拠がない。
  そう、どれも説得力がない。
  大抵は相手側のイチャモンで通る。それに、今は何だっていい。
  「黄金帝っ!」
  「人形姫っ!」
  こいつを倒せれば何でもいいっ!
  そう思った瞬間から、互いに攻撃と攻撃の応酬。魔力の糸は向こうにほとんど効かないものの……。
  「死ねぃっ!」
  「痛っ!」
  拳が少しだけ、かする。
  痛い。
  「馬鹿なっ!」
  黄金帝、驚愕。
  「何故だっ! 何故黄金に変わらぬっ! 貴様、何なんだっ!」
  「人形姫なんでしょ?」
  ひゅん。
  魔力の糸を振るい、黄金帝の顔に傷をつける。威力が、上がってる?
  「はぁっ!」
  ひゅん。ひゅん。ひゅん。
  一撃必殺の威力はないものの、無数に傷を残していく。
  「無益っ! 我が黄金の体は切り裂けぬっ! 痛みすらない我が体をお前は超越出来るかっ!」
  「無痛は超越の証明じゃないですよ」
  「雑言っ!」
  「そっちこそ」
  応酬は果てしない。
  黄金帝の方が攻撃力は高い。飛び跳ねたり走ったり、機敏ではあるもののスピードはあたしの方が上だ。小回りも利く。
  動きで翻弄し、相手は徒労に終わる。
  ……。
  ただ、相手には体力の概念はないみたい。
  無意味に動き回ればいずれはあたしが自滅する。……無意味に動けばね。
  「はぁっ!」
  ひゅん。ひゅん。ひゅん。
  「効かぬ効かぬ効かぬっ!」
  人形姫と認定した直後に、饒舌な黄金帝。
  因縁なのかな?
  スピードで翻弄し、相手の攻撃を全てに無にする。触れたところで黄金に変わらないにしても、直撃を受けたら体に風穴が
  開くのは必至。
  つまり即死は免れない。
  四肢に受けたなら、その一撃で死ぬ事はないにしてもその部位は吹き飛ぶ。
  そして次の攻撃で終了。
  一撃でも受けたら駄目だ。攻撃力には段違いの開きがある。
  速度では勝ってても、その点を覆せるほどのではない。今のあたしに出来るのは……。
  「はぁっ!」
  ひゅん。ひゅん。ひゅん。
  めげずに黄金帝に傷を与え続けるだけだ。
  「効かぬぅーっ!」
  高く跳躍し、あたしを踏み潰そうとする黄金帝。素早く回避。
  ドゴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォンっ!
  黄金の床が、盛大に砕け散る。
  まともに踏まれたらミンチにされるぅーっ!
  ぐらり。
  回避こそ出来たものの床が崩れた際の振動であたしはその場で体勢を崩した。哄笑し、猛撃してくる黄金帝。
  拳を繰り出す。
  避けきれないっ!
  「死ねぃっ! 忌々しい人形姫めっ!」
  「マスターっ!」
  そして……。
  拳を振り上げたまま、黄金帝は止まった。
  微動だにせずに静止状態。
  振り下ろされればあたしはミンチにされるだろう。しかし動かない。動けない。動けるはずがないの。
  「はっ?」
  「随分と可愛い声出しますね、黄金帝さん」
  「う、動けぬ」
  「そりゃそうですよ」
  後退し、身構えるあたし。
  黄金帝は動けない。
  理由は二つある。一つ目の理由は全身を魔力の糸で縛ってあるから。戦いながら蜘蛛の巣のように張り巡らせていた。
  高い防御力が裏目に出たのだ。
  そして痛みがないのもね。
  自分で勝手に魔力の糸を手繰り寄せ、絡まった。でも本来なら振り解けるのかもしれない。
  ……五体満足ならね。
  「無痛は意味がないですよ、黄金帝。無理が祟りましたね」
  「お、おのれっ!」
  あれだけの巨体だ。そして、重量。
  支えるのが二本の足だけであれば負担は免れない。魔力の糸を張り巡らせる一方で、ランダムに黄金帝の体を傷付けた。
  しかし必ずしもランダムではない。
  右足に集中させていた。
  痛みがないからどこを攻撃されているのか気付かない。それに加えてあの重み。
  加重が掛かり、足が崩壊した。
  無敵の体と自負していたみたいだけど、無敵ほど脆いものはない。
  自分の弱点や短所を見つめる事すらないのだから。
  「はああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
  魔力の糸の出力を上げる。
  今のような小細工は出来ても、結局一撃必殺の威力はあたしにはない。
  出力を上げる。
  全ての魔力を、糸に。
  「土は土に。黄金は黄金に。あるべき姿に還りなさいっ!」
  「おのれ人形姫っ!」
  「滅びろ、過去の亡霊っ! 物言わぬ黄金になるがいいっ!」
  「おのれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」
  絶叫は虚空に消える。
  切り裂く。
  切り裂く。
  切り裂く。
  バラバラに、ではなくコナゴナに。
  黄金の煙が散った。

  「はあはあ」
  荒い息を吐く。
  ガク。
  あたしはその場に膝を付いた。
  もう駄目。
  もう限界。
  魔力の糸は、当然その名の通り魔力で形成されている。
  「はあはあ」
  今まで、一度も魔力が尽きた事はない。
  全てを切り裂く糸を紡ぐのに消耗する魔力は本当に微々たる量。なのに今回、消費し尽くした。
  魔力の放出を極限まで高めたからだ。
  そうしなければ倒せなかった。
  そうしなければ……。
  「はあはあ」
  「マスター、ご苦労様でした。……それにしても、厄介な敵でしたな」
  「はあはあ。そう、だね」
  バラバラに……ううん、粉々にまで粉砕した黄金帝。
  ……。
  まさか再生しないよね?
  強い敵だった。あたしをここまで追い込んだ相手は、フィーさん以来始めてだ。でも今回の敵はとうの昔に人間をやめてた。
  ずっと昔に人間を……。
  「ひゃははははははははははははははははははははははははははははははははっ! 俺のもの、俺のものーっ!」
  「……」
  狂ったように騒ぐローヴァーさん。
  黄金帝が粉々になり、魅了の魔法から醒めたのかシャルルさんは呆然と立ち尽くしていた。
  静かに。
  ただ、静かに。
  「……シャルルさん」
  「マスター、そっとして置きましょう。今は、言葉は苦痛です」
  「……あは」
  思わず笑ってしまう。
  怪訝そうにチャッピーは首を傾げた。
  「何かおかしかったですか?」
  「だってチャッピーがシャルルさんを心配するなんて、珍しくて。あははははは」
  「し、心外ですな、マスター」
  「あはははは」
  「わ、我輩は、あの若造は好きませぬ。そ、それでも今は仲間ですからな、心配するのは当然です。そ、そう、戦力ダウンですからな」
  「あはははは」
  笑いながら、あたしは頷いて見せた。
  ソッポを向くチャッピー。
  仲が悪い悪いと思ってたけど、少なくともチャッピーはシャルルさんを気遣っているつもりらしい。
  男同士の友情って、分かりづらい。
  でも、なんかいいなぁ。
  チャッピーは屈み、足元に落ちていた黄金の欠片をしげしげと見つめ、投げ捨てた。
  忌々しそうに吐き捨てる。
  「こんな物の為に。……下らぬ」
  誰に向けている批判なのだろうか。
  今なお心狂わせたローヴァーさんに?
  迷妄していたシャルルさんに?
  それとも、黄金に夢を託し、その夢を執念に、狂気に、妄執にしている全ての生き物に対して?
  「下らないですな」
  「……そうだね」
  あたしも同意した。
  黄金の美しい輝きは、どこか妖しさを秘めている。
  ……。
  いや。
  人の欲望がその美しい輝きを妖しく魅せているのだ。
  黄金帝だけじゃない。
  煌びやかな金銀財宝に目を眩ませて他者を平然と蹴落としている者は現在進行形で数多いる。
  元老院にも、王侯貴族の中にもいる。
  そして悲劇は常に世界を包んでいるのだ。
  「黄金、か」
  一生遊んで暮らす。
  その為に命を賭けるもののほどなのか?
  そうね、当人はいい。
  自らの意思で、黄金を探しているのだから。しかし時にその欲望は他者を引き摺り込み、悲劇の連鎖に叩き込む。
  「黄金、か」
  もう一度呟く。
  黄金が欲望の象徴とは言わないけど……火付け役になりかねない。
  「……を……」
  「……?」
  「……を……」
  「……?」
  何かの声が聞える。
  チャッピーを見ると、首を振った。自分ではないと。首を振るって事は、チャッピーにも聞えたのだろう。
  シャルルさんは相変わらず黙り込んで俯いているしローヴァーさんは狂ったように笑うだけ。
  なら今の声は?
  耳を澄ます。
  「……我が……」
  「……」
  「……我が遺跡を荒らす者に……死を……っ!」
  「……っ!」
  黄金帝の声っ!

  ごごごごごごごごごごごっ。
  遺跡が鳴動する。
  揺れる。
  「く、崩れますぞっ!」
  チャッピーが警告の声。
  ドゴォォォォォォォォォォォォォォンっ!
  落盤。
  近くに黄金の巨石が、落下した。ここにいたら生き埋めにされちゃうっ!
  少なくともあたしはいずれまたここを掘り当てる遺産目当ての人達に、発掘される破目になるのだけは嫌だ。
  逃げなきゃ。
  逃げなきゃ。
  逃げなきゃ。
  呆然と立ち尽くすシャルルさんを揺り動かす。ガクガクと、揺する。
  心ここにあらず、という顔で彼はあたしを見た。
  「シャルルさんっ!」
  「……」
  反応がない。
  「マスターっ!」
  「分かってるっ! チャッピーは、ローヴァーさんをお願いっ!」
  「御意っ!」
  シャルルさんは呆然としてるだけなんだけど、ローヴァーさんはさらに厄介。狂ったように笑いながら黄金の欠片を
  両手一杯に集めてる。
  今更ながら、これはただの黄金ではないと認識する。
  おそらくは黄金帝。
  そう、ここにある全ての黄金は黄金帝自身なんだ。
  理屈?
  根拠?
  そんなのは知らないけど、これだけは断言できる。もちろん理屈も根拠もない。
  ここにある黄金は、黄金帝の強欲な心そのもの。
  人の心を奪い、強力な独占欲を駆り立てる呪われた金属。
  「シャルルさんっ!」
  「……妹……」
  「……?」
  「黄金がある、だからこれで妹の治療薬を売ってくれっ! ……ああ、やめろ、妹に汚い手で触るな帝国軍めやめろまだ家の中に
  妹がいるんだ村を燃やすな殺せ殺すなら俺も殺せ殺してくれああああああああああああああああああああああああああっ!」
  「シャルルさんっ!」
  「帝国など滅びてしまえ妹が何をした村人が何をしたただ薬が欲しかっただけだどうして殺したどうして燃やしたお前達は人間の
  屑だ見ていろ必ず復讐してやるぞなのになんでその前に皇帝め勝手に暗殺されてんだよちくしょうめぇーっ!」
  「シャルルさんっ!」
  「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
  駄目だ。
  完全に我を忘れている。
  強力な独占欲だけではなく、トラウマすらも呼び起こしているらしい。
  意味の分からない叫びを繰り返している。
  「シャルルさんっ!」
  ひゅん。
  魔力の糸を振るう。
  その糸はシャルルさんの腕を軽き切り裂く。飛び散る鮮血。
  痛みは心を、残酷な幻想から無慈悲な現実に引き戻した。
  ……。
  どちらにも不幸は横たわっているけれども。
  それでも、シャルルさんは帰ってきた。
  虚ろな瞳には輝きが戻る。
  「……フォルトナさん?」
  「帰りましょう、街に」
  「……この傷の賠償問題は法廷で決着をつけましょう。腕の良い弁護士を雇うべきですね。……僕との示談は高いですよ?」
  「はぅぅぅぅぅぅっ!」
  「ははは♪」
  いつものシャルルさんだ。
  幾分か蒼褪めてはいるものの、それでも調子を取り戻しつつある。
  腕の傷はさほど深くはない。
  シャルルさんは自分で魔法を掛けて、傷を癒している。
  「この遺跡そのものが黄金帝ですね。遺跡を荒らす者には死を。……なるほど、黄金帝は引き篭もりのようです。外界から再び
  この遺跡を遮断し、隔離し、黄金横たわるこの場所で虚ろな永遠の夢を見たいのでしょう」
  ドゴォォォォォォォォォォォォォォォォォォンっ!
  落石の落下のスピードが速まる。
  このままのペースで行けば生き埋めは時間の問題だ。
  撤収に掛かる時間を考慮したら、既にギリギリ。
  シャルルさんが未練を断ち切るように呟く。しかしその眼は、まだ黄金の輝きに魅了されていた。
  「黄金帝は永遠の夢に埋没し、そして僕らはリアルな現実に戻る。話の折り合いは付いてますね、行きましょう、リーダー」
  「はい。フラガリア撤収しますっ!」
  「マスターっ!」
  羽交い絞めにしていたチャッピーを振り解き、ローヴァーさんは部屋の中央に走り哄笑する。
  狂気。
  狂気だ。既にまともじゃないっ!
  「金塊は俺のものだ俺だけのものだ息子どもも娘も死んだぁっ! つまり全部俺様のものだぁーっ! ひゃはははは……はぁ?」
  ドゴォォォォォォォォォォォォォォォォォォンっ!
  哄笑を続けるローヴァーさんを、金の落石は押し潰した。
  金色の床を潰れた肉塊が汚す。
  思わずあたしは目を背けた。これが、黄金探しに一生を掛けた人の末路?
  「……欲望に支配されたら、残酷なまでに空しいですね。僕も、危なかったわけですか」
  シャルルさんの呟きは悲しかった。
  あたし達は撤退する。
  遺跡を脱出した瞬間に遺跡は完全に埋もれた。その後、ローヴァー親子が掘り進めていた遺跡への入り口でもあった洞穴も
  埋まり、完全に黄金帝の遺跡はその痕跡を消した。
  しかし伝説は残っている。
  この地には黄金帝の遺産である莫大な金塊があると。
  いつかまた誰かが掘り当てるのだろうか?
  そして同じ悲劇を繰り返すのだろうか?
  あたしはふと思った。
  「……」
  あたし達が体験した悲劇は、これで何回目なのだろうかと。
  黄金帝の遺産欲しさに、過去何度も体験してきたのだろうか?
  だとしたら人は何て悲しいんだろう。
  人は何て……。






  「……」
  窓から、満月を眺める。
  冒険者の街フロンティア。その街にある宿《優しき聖女》の一室。あたしが借りてる部屋だ。
  夜は更けていく。
  「……」
  釈然としない思いで、あたしは窓の外から満月を見ていた。
  この辺りの気候は亜熱帯。
  一応、ベルウィック卿の配慮で過ごし易い環境にはなっている。
  街のあちこちには巨石が無数に大地に突き刺さっており、そこに冷気の魔法を掛けてあるのだ。涼風、とは言い難いものの
  それなりに涼しい。街の気温をある程度は抑えている。
  あくまで、ある程度だけど。
  「……」
  考えるのは、今日の事だ。
  あの後、シャルルさんは言葉少なくあの場を後にした。街には一緒に帰ったもののの、会話はない。
  そこで別れた。
  しばらく1人になりたいと言って、別れた。
  ……。
  気付けば、あたし達は仲間だった。
  レヤウィンでのアカトシュ信者との抗争の後に、流されるままに同道しこの街に来た。
  なのに今は仲間で、冒険者チーム《フラガリア》のメンバー。
  人と人との繋がりは、予期できない。
  帰って来るよね、シャルルさん。
  ……何も言わずにお別れって事は、ないよね。
  コンコン。
  扉がノックされる。
  「はい?」
  チャッピーだろうか?
  女性用と男性用という名目で、部屋を二部屋借りている。チャッピーとシャルルさんは別の部屋だ。
  「誰ですか?」
  「……僕ですよ」
  シャルルさんだ。
  あたしは思わず息を飲み、それから早足で扉を開けた。
  「お帰りなさいっ!」
  「……ただいま戻りました」
  あたしの慌てぶりに、苦笑する。
  「入ってもよろしいですか?」
  「ど、どうぞ」
  少しお酒臭い。
  顔も結構赤いものの、足取りは確かだ。見た目ほど酔ってないらしい。
  「ふぅ」
  椅子に腰を下ろす。
  あたしも座った。
  「……」
  「……」
  しばらく、お互いに無言。
  どう喋ればいい?
  今日は一体どうしたんですかー……などと聞くのは失礼だ。それに、あたしにも思慮というものが多少はある。
  何を聞けばいい?
  何を言えばいい?
  何を……。
  「今日はお見苦しい様を見せてしまい、申し訳ないです。……あの黄金、強力な独占欲を駆り立てる効力があったようです」
  「でも、あたし達は……」
  「まあ、フォルトナさんに効かなかった理由は分かりませんが、トカゲさんの理屈は分かります。ドラゴニアンは、名を与えてくれ
  た者に忠節を誓う。貴女の与えた名が、トカゲさんを縛っている。彼は貴女のモノだ。だから黄金の魔力が及ばなかった」
  「ああ、なるほど」
  「しかし僕は……ふふふ、俗物でしたよ。お金が全てではあるけど、まさか逆に支配されるとは情けない」
  「……シャルルさん……」
  「妹がいましてね」
  「えっ?」
  「気遣いは無用ですよ。聞きたい事を聞けばいいんです。そして言えばいい。仲間でしょう?」
  「で、でも」
  「じゃあ、勝手に喋ります。よければ受け答えもしてくれると嬉しいですね」
  「……」
  「僕は元々はスカイリムに住んでましてね」
  「えっ、だって……」
  シャルルさんはインペリアルだ。
  スカイリムは北方地方で、ノルドの出身地。
  「別に帝国人だからと言って、必ずしもシロディール出身ではないですよ。まあ、厳密にはシロディール生まれですけどね。両親
  がアーケイの司祭でね、伝道の為にスカイリムに移住したんです。当然、僕も一緒にね」
  「あっ、そうなんですか?」
  「ええ」
  スカイリムかぁ。
  行った事ないなぁ。どんなところなんだろう?
  「数年前に両親も他界しましてね。それ以後、僕はスカイリムの地で生まれた唯一の肉親である妹と暮らしてました」
  妹さん。
  前にも何回か聞いた事があった。妹さんの存在は。
  「6年前に住んでいた村に疫病が蔓延しましてね」
  「疫病、ですか?」
  「ええ。決して治らない病気ではなかった。しかしその感染スピードは早い。帝国は感染阻止を断念しました」
  「な、なんで?」
  名目上は帝国はタムリエル全土を統一している。
  スカイリム地方もまた、帝国の版図だ。
  なのになんで?
  「お金ですよ」
  「……えっ?」
  「辺鄙な村でした。ノルドの住人がほぼ大半でしたが、純朴で気の良い人達でしたよ。親のない僕達兄妹を気遣ってくれました。贅沢
  を知らない、決して豊かでもない極寒の地。それでも皆、懸命に生きていた。そして幸せだった。純粋な人達でしたよ」
  「……」
  「人里離れた村でした。だから、帝国は村を隔離した。そして帝国軍に焼き討ちを指示しましたよ。治療薬には莫大な金額が掛かる、
  だから焼き払った。村人共々ね。妹も、帝国兵に殺されましたよ。それに……」
  「……?」
  ここで言葉を止め、自嘲気味に笑った。
  「スカイリムではノルドと帝国との間がかなり険悪でしてね。莫大な費用を投じてまで救う腹は最初からなかった」
  「そんな……」
  「ユリエル・セプティム」
  ここで、皇帝の名を口にする。
  先に暗殺騒動で暗殺され、崩御したユリエル・セプティム皇帝。
  暗殺犯は、まだ判明していない。
  ……。
  一応、断っておくけどあたしがかつて所属していた闇の一党ダークブラザーフッドは無縁らしい。
  だとしたらどこの組織が関わっているのだろう?
  皇帝とその後継者である三皇子を暗殺するのだから、闇の一党並の組織力が必要なはずだ。
  まあ、そこはいいか。
  シャルルさんは続ける。そして、探るような目であたしを見る。
  「彼をどう思いますか?」
  「皇帝を、ですか?」
  「はい」
  どう、と言われても……別に何の関心もない。
  一応、皇帝不在でも国は回ってる。
  元老院を束ねている総書記のオカートとかいうアルトマーが国を纏めている。特に問題はないと思う。
  それに、普通に生きる文には皇帝なんて関係ない。
  シャルルさんはにこりと笑った。
  「よかった。嫌い、とはいかなくても関心はないようですね」
  「はい、特に」
  「僕は嫌いですよ。死んで当然だと思います。穴蔵の中で看取られずに死んだらしいですから、いい気味です」
  辛辣に塗れた言葉。
  特にそれを否定する材料も、否定する気持ちもあたしにはない。
  シャルルさんは続ける。
  「ユリエル・セプティムは稀代の名君と、元老院や各地の諸侯の間では有名ですけどね。実際は侵略戦争好きの偏屈で、程度
  の低い爺でしかなかった。名君なのは帝国側の視点でしかない。モロウウィンドでの一件はご存知ですか?」
  「聞いた事はあります」
  モロウウィンド。
  ダンマーの出身で、数年ぐらい前に騒動があった。
  名目上は帝国の属領ではあるものの、モロウウィンドでは元々信仰していた古き神々が主流であり、帝国や皇帝は崇拝の対象
  ではなかった。
  そこに腹を立てた(あたしが聞いた限りの話では)皇帝は親衛隊であり諜報機関であるブレイズに命令。
  ブレイズはモロウウィンドに存在していた神々の言葉が記されたとされる預言書を逆手に取り、一人の囚人を勇者に祭り上げて
  神々を一掃させた。
  そして神々は去り、モロウウィンドの民は帝国を崇拝……はしなかった。
  帝国にしてみればただの人形でしかなかった、偶像でしかなかった勇者が英雄となり、ダンマー達の心に生き始めたのだ。
  事態を重く見たブレイズは勇者の抹殺を決断。
  しかし英雄もそれを察し、表舞台から姿を消した。
  全ては帝国の謀略。
  それでモロウウィンドに関わる者達の運命が全て変わった。
  正直、帝国は好きじゃない。
  さて。
  「皇帝は65年の間、皇帝として君臨していた。しかしその間行ったのは侵略戦争であり全て利己的なものです。彼を偉大だと
  称える者は帝国人か属領が増える事を喜ぶ王侯貴族達だけです。領土が増えれば、貴族にもお零れがありますからね」
  「……」
  「妹は殺されたんですよ。帝国にね」
  「……」
  「ただ、病で死んだんじゃない。ただ、焼き殺されたんじゃない。帝国軍は妹に……いや、やめましょう」
  「……」
  「力では限りがある。しかしお金は偉大です。あの時の事を考えると、いつも僕は確信します。お金さえあれば治療薬を買い
  救えたのではないかと。蔓延する前に救えたんじゃないかと。そう、思うのです」
  「……」
  「お金さえあれば。お金さえっ! そうしたら、誰も死なずに済んだんだっ!」
  それが、お金に固執する理由か。
  確かに。
  確かに、蔓延の前に村を救えていたら帝国も焼き払わなかっただろう。
  でも……。
  「シャルルさんは、その……」
  「さて、お話はお終い。僕は部屋に戻りますけど……フォルトナさん、1人寝が寂しいならここに残りますけど?」
  「はぅぅぅぅぅぅっ!」
  「今まで貴女を妹のように見てました。迷惑でしたか?」
  「いえ、そんな事ないです」
  「でも今日からは恋人として見ますよ。はあはあ♪ フォルトナたん♪」
  「……最近パターンですよね」
  「ははは♪」
  笑いながら、立ち上がる。
  「それではまた明日。僕達は仲間です。明日も、楽しく冒険しましょう」
  「はい」

  静かに夜は更けていく。
  しかし世界には常に争いがある。シャルルさんの言葉は、もっともだ。帝国の侵略戦争の余波が、各地で胎動している。
  皇帝不在がいずれ何かの形で災いとして降り掛かるのかもしれない。
  その時オカート総書記はどう動くのだろう?
  対話?
  それとも……。
  「叩き潰すのかな」
  やられたらやり返す。子供の道理だ。
  それも最初に仕掛けたのが自分達である事は綺麗に忘れて、帝国人が全て正しいという前提で動くのだろうか?
  多分、シャルルさんの今の会話の影響もあるだろう。
  あたしは今、皇帝が死んで当然のような人間に思えていた。
  あたしは今……。