天使で悪魔




見知らぬ自分



  自分は誰?
  自分は誰?
  自分は誰?
  人は誰しもその命題を追い続ける生き物。

  誰?
  誰?
  誰?

  あたしは誰?
  あたしには、闇の一党に属す以前の記憶がない。両親も闇の一党で、殉職した……らしい。
  でもそれは確かだろうか?
  結局、あたしは自分が何者か分かってない。
  結局……。





  冒険者の街フロンティア。
  数多くの冒険で莫大な財産を成し、高い名声を得た一人の人物が作り出した冒険者の為の街。
  ベルウィック。
  通称《冒険王》。
  現在は領主として、この街を治めている。
  帝国元老院に多額の献金をして子爵の地位を得た。
  この街が、他の街とは一風変わっているところは帝都軍が存在しない事。
  ベルウィック卿は、全て依頼という形を取っている。
  つまりモンスターなどの害を取り除くのも、街の警備も、全て冒険者を雇って、仕事をさせている。
  冒険者は得たお金で、騒ぐ、食べる、呑む。
  結局この街に金貨を落とす事になる。街の収益にもなる。
  帝都にいる帝都軍、各都市にいる都市軍はやはり公的な存在なので給金が高い反面、融通が効かない部分もある。
  帝国の法律で様々な得点や特権が与えられているので、住人にしてみればやはり取っ付き難いし、治める側にしてみれば融通
  が効かない部分は辟易するしかない。
  そこで冒険者を使う事を考え付いたのだけど、それが当たったらしい。
  街は発展している。



  「……ああ、そうなんだぁ……」
  独り言。
  あたしは机に向って勉強している。手元に開かれた一冊の古い本。
  古代アイレイド文明の事が書かれた、簡易的な内容の書物だ。
  冒険者の街フロンティア。
  冒険が主な産業(?)という一風変わった街なので、他の都市にはないモノが多数存在する。
  鑑定人とか博物館とか。
  その中に、図書館がある。あたしはそこで、勉強中。
  今日はフラガリアは休日。
  チャッピーは本を見ると気分が悪くなるという謎の理由で建物の外にいるし、シャルルさんは個人的な用事があるとかで朝から
  見てない。
  それにしてもチャッピーはいいよなぁ。亜熱帯の気候に完全に適応してるもの。
  まあ、その反面極寒の気候の中では動きが鈍るけど。
  その点はアルゴニアンもドラゴニアンも変わらない。爬虫類的な生物の特性、なのかな?
  「この本も大した事書いてないなぁ。もう少し詳しく分かればいいのに」
  書物は宝物。
  帝国の中心地であり、タムリエル中央地方であるシロディールでは読み書きは一般的ではあるものの、他の地方に行けば
  文盲率は極めて高い。
  文字が読める、書けるというのは無形の財産なのだ。
  そして書物もね。
  この街は冒険者の街。冒険で入手した本を、冒険者達はこの図書館(経営は街が行っている。つまりベルウィック卿)に書物を
  売る。モノや状態にもよるけど、かなりの高額で買い取ってくれるらしい。
  割の良いアルバイトとして、冒険者は本を持ち込む。
  ちなみにあたしが知る限り、図書館があるのはここと帝都にある魔術師ギルドの総本山であるアルケイン大学だけ。
  ここの立ち入りはフリーだけど、アルケイン大学は選ばれたエリート魔術師しか立ち入れない。
  ……。
  エリートかぁ。
  フィーさんは、次期評議長候補らしいし、やっぱり凄い人なんだよなぁ。
  今度、色々と勉強教えてもらおうっと♪
  「んー」
  ペラ。
  本をめくり、文字を指で追いながら読む。
  少し前まで字が読めなかった。
  今でもまだ難しい文字は読めないけど、勉強中。まだ文字は書けない。頑張らなきゃ。
  文字を教えてくれたのはマーティン神父だ。
  クヴァッチでの生活は、闇の一党の暗い思い出しかないけど……マーティン神父と、フィフスだけは楽しい思い出だ。
  あの2人がいなかったら、あたしどうなってたんだろ?
  ……。
  少なくとももっと暗い子になってたと思う。
  ううん、違うね。
  闇の一党の殺戮人形として命令のままに殺し続け挙げくにどこかで死んでいたかもしれない。
  そう考えると今の生活は奇跡だ。
  待っててね、フィフス。
  ……必ず見つけるから、もう少し待っててね。
  「本で分かる事は、この程度かな、やっぱり」
  多少、落胆。
  でも最初から分かってた事だ。
  調べている内容はアイレイドの人形姫の事。
  マリオネット《イレブンス》、ヴァータセンの亡霊の王様は等しくあたしの事を《アイレイドの人形姫》と呼んだ。
  人形姫、か。
  よく知らないけど、人形姫、魔術王、黄金帝。この三人がアイレイドの乱立した王達の中でも有名どころらしい。
  アイレイド文明は統一王朝でない事ぐらいは知ってる。
  数多の王が乱立した、群雄割拠の時代。
  「なるほどなぁ」
  本の内容を頭に詰める。
  勉強はあまり得意ではないけど、嫌いではない。
  読んでる本のタイトルは《アイレイドの人形姫》。あたしが調べたい事がそのままタイトルになってるようなものだ。


  『アイレイドの人形姫と称される王の支配地域は不明』
 
  『一説では破壊と創造の権限を与えられ、衰退した国家の再生を目的に生み出された存在らしい。元々はその国家の皇女。
  父王によって魔道改造を施された存在として他の文献に記述されている』
 
  『改造により強大な魔力を得た皇女は父王とその派閥を一掃。実権を握る。その際に、父王に対して残酷な公開処刑を行った』

  『奴隷鎮圧用の自律型魔道兵器マリオネットを開発。量産』
 
  『与えられた権限である破壊と創造。人形姫は破壊を選択。アイレイド各国に対して宣戦布告。人形の軍勢を率いて侵攻』
 
  『各国を蹂躙。第五次アイレイド戦争勃発。緒戦において、単身で三つの騎士団を潰す』
 
  『アイレイド文明崩壊は、現帝国の歴史書では奴隷の反乱になっているものの実際には王族同士の反発と戦争が理由。特に
  人形姫の起こした戦争が大きな要因になっている事は否めない』

  『人形姫は意思一つで全てのマリオネットを制御出来る。また、彼女の側近集団である人形遣い、自我を有した上位マリオネット
  も下位タイプを指揮出来る能力を有していた』

  『マリオネットが一般的な認知されていない最大の理由は、奴隷に対してではなく他国のアイレイドエルフに対して刃を交えた回数
  の方が圧倒的に多い為であり、当時の奴隷達の中にもその存在を知らない者がいたという』



  知識。
  あくまで、知識だ。あたしが知りたい事じゃない。
  ただの言葉と単語の羅列に過ぎない。
  ……。
  まあ、本にあたしが本当に人形姫かどうかなんて書かれてるわけないけど。それは分かってる。
  でも、少しぐらいのヒントは欲しかったかな。
  「ふぅ」
  慣れない文字。
  やっぱり、一冊読み切ると頭に少し負担がくる。目も痛いし。
  読めるけど視認し、それを頭で理解するには少し時間が掛かる。文字は覚えばかりだから、仕方ないのかな。
  ただ、分かった事がある。
  「人形遣い」
  そう。
  マリオネットを制御出来るのは、人形姫だけじゃない。
  あたしは人形遣いの血を引いているのかもしれない。……ううん、きっとそうだ。
  人形姫のわけがないじゃない。
  アイレイド文明は有史以前。今から何千年も前の時代だ。エルフといえど、生きてるわけがない。
  パタン。
  本を閉じた。後頭部の辺りがズキズキする。
  はやく何冊も読めるぐらい文字に精通したいな。ああ、その前に書ける様にならなきゃ。
  「おやフォルトナさんじゃないですか」
  「あっ」
  シャルルさんだ。
  幾分かいつもより声を抑えている。うん、その理屈は分かる。ここに入る時、扉に《図書館では静かに》と張り紙してあったもん。
  「びっくりしました。シャルルさんも勉強ですか?」
  「ええ。日課ですから」
  「日課?」
  「おや知りませんでした? 仕事もありますから時間帯は決めてないですけど、街にいるときは必ず毎日一度はここに足を運んで
  ますよ。知識は何物にも代えられない宝物ですからね。……ああ、巨乳が最高の宝物です。知識はその次ですね」
  「……」
  遠い目であたしを見る。
  ふーんだ。どうせあたしは胸ないですよーだっ!
  でもいいもんっ!
  今はまだ15歳、もう少ししたらおっきくなるもん。ボインボインになるもんっ!
  「フォルトナさんは何を……ああ、人形姫ですか。その本はあまり良質ではないですねぇ」
  「内容知ってるんですか?」
  「貴女に会うまではマリオネットの事も知りませんでしたからね、一通りそれに関する書物は読みましたよ。その本もね」
  「うわぁすごいです」
  感嘆。
  確かに、イレブンスと遭遇した時はシャルルさんはマリオネットを知らなかった。
  あれからまだそれほど経ってないのに、関連する書物は読み漁ったらしい。
  前にヴァータセンで眼鏡はインテリの証明みたいな事を魔術師ギルドの人が言ってたけど間違いないみたい。
  頭の良さではピカイチだ。
  「何故、人形姫の本を?」
  「何度かそう言われたから」
  「ああ、そんなような事を言われたような記憶はありますね。ヴァータセンでしたっけ?」
  「それとウンバカノの船でイレブンスに」
  「ああ、そうそう」
  「シャルルさんは、私用だったんじゃないんですか?」
  「まあ、人に会ってました。それが終わったので勉強の時間というわけです」
  一冊の本を見せてくれた。
  どんな内容なんだろう?
  「どんな勉強するんですか? アイレイド関係? ……あっ、ご執心の黄金帝の、ですか?」
  「別にこだわってるつもりはないですけどね」
  苦笑して、本をあたしに手渡してくれる。
  読んでもいいという事だろうか?
  でも、シャルルさんが選んだ本だからきっと難しい事が書いてあるんだろうなぁ。
  あまり難解の文字はまだ読めないし、そもそも読めたところで内容が理解できるとは限らない。……結局駄目じゃん。
  はぅぅぅぅぅぅぅっ。
  ともかく、本をめくって眼を通す。
  えっと、なになに?



  『ふはははははははーっ! さあ愛しい娘よ、ワシのこの自慢の槍を磨くのだーっ! ふっはー♪』
  『ああんご主人様。こんな長くて太くて逞しい槍、拭ききれませんー♪』
  『一日掛けて磨くのだー♪ 今夜は妻は帰らんぞ、愛しいトカゲの娘よ。背徳と悦楽にレッツでゴー♪』
  『ああんご主人様ー♪』


  「うにゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
  思わず立ち上がり、叫ぶ。
  な、何なのこの本っ!
  表紙のタイトルを見てみる。《アルゴニアンの侍女》と記されていた。
  ……。
  あ、あたし知ってるっ!
  こ、これシロディールで話題沸騰中で品切れ覚悟のエロ本だーっ!
  まともに読んじゃったよー。
  はぅぅぅぅぅぅぅっ。
  「おやフォルトナさんお眼が高い。子供子供と思ってましたけど、大人ですねぇー」
  「怒りますよっ!」
  「……それは既に怒った顔ですよ」
  きっと確信犯だ。
  はぅぅぅぅぅぅっ。
  図書館の事務員……いずれにしても、図書館の関係者だろう。眼で静かにしろとあたし達を睨んでる。
  ご、ごめんなさい。
  ……でも、あたしが悪いのかなぁ……?
  「さて、社交辞令はここまでです」
  「社交辞令って、あたしを弄る事なんですか?」
  「本に頼らずともアイレイドの情報は大抵は頭の中に詰め込んであります。何が聞きたいんです? お答えしますよ」
  「じゃあ人形姫……」
  「それはその本以上の知識はないですね。大体、似たり寄ったりの内容なのでね」
  「そうなんですか?」
  「魔術王ウマリルは、勇者ベリナルとの激戦とかで結構有名なんですけどね。人形姫や黄金帝は、有名ではあるものの謎が多
  すぎる王なんですよ。魔術王は勇者に倒され死を確認されてますけど、人形姫と黄金帝は詳細不明」
  「へー」
  死んでるかどうか分からない、か。
  ……。
  でも、だからといってあたしなわけがない。
  変に気に過ぎ。
  少し落ち着かなきゃ。ありえない話、ありえない。……ありえない……。
  「マリオネットの事でも話しましょうか」
  「はい」

  「マリオネットはね、元々は人形姫の国が造ったものらしいんですよ。調べる限りではね」
  「へー」
  そこは知ってる。本に書いてあった文。
  シャルルさんの頭脳はスポンジを水に漬けるが如く、出会った知識を簡単に吸収している。
  「でも色々な遺跡にいます。さあ、何故でしょう?」
  「えっと……えっと……」
  ここで問題形式に移行するの?
  分からないなぁ。
  ……適当でいいかな、考えても分からないし。
  「人形姫がプレゼントした、とか?」
  「正解」
  「ええーっ!」
  「……? 自分で答えて置いて、何か問題が?」
  「い、いえ別に」
  プレゼント、正解?
  世の中って分からないなぁ。
  「当時、人間達の反乱に手を焼いていたアイレイドの王達はその鎮圧用の兵器を貰って喜んだそうです。しかしそこには裏が
  あった。それが人形姫と、配下の人形遣い、そして人格を有した上位タイプのマリオネットである《12ナンバー》」
  「12ナンバー?」
  「人格を有するタイプの名称ですよ。1〜12のナンバーがあるんです」
  「へー」
  じゃあフィフスは、5か。
  フィフスに前に聞いたけど、番号が1に近い方が強いらしい。番号が末尾の名前の人形が、一番安定しているものの弱い。
  大体6ぐらいまでは試験的なタイプで、能力が高いものの不安定な要素を残していたらしい。
  不安定な要素?
  多分、暴走する確率とか……かな。
  さて。
  「それで、裏って何ですか?」
  「人形姫はあの時代を破壊する役割を担っていたようですね」
  「……へー……」
  さっき読んだ。これも知ってる。
  でも、聞いた事もあるような気がする。頭が、痛い。
  でも、思い出せない。
  ……。
  思い出さない方がいいのだろうか?
  思い……。
  「大丈夫ですか、顔色が悪いですけど」
  「だ、大丈夫」
  「そうですか。ええっと、どこまで……ああ、そうそう。人形姫の目的は他国に兵力を送り込む事でした。兵士タイプの人形は人形姫
  の意思一つで行動します。意味は、分かりますよね?」
  「つまり、内から国を崩す為?」
  「まあ、そんな感じです。幾つものアイレイド国家が潰れましたよ。まっ、マリオネットが様々なアイレイドの遺跡に今なお存在してい
  るのはそういう理由です。人形姫の危険な遺産、と言った感じでしょうか」
  「はあ、なるほど」
  「黄金帝はもっと情報が散漫です。聞きたいですか?」
  「はい」
  これはまだ調べてない。
  ローヴァー親子が探してるのは、その遺産だ。ただしシャルルさん曰く、それは遺産ではなく残骸らしい。
  何が違うのだろう?
  「黄金帝は金に魅せられた王です。この辺りに都があったとか。錬金術を極めた彼は、触れるモノ全てを金にする能力を得た」
  「すごいですね」
  「ええ。すごい呪いですね」
  「……呪い……?」
  何の事だろう?
  「触れたモノ全てが金になる。黄金帝は、民も国も全て金にした。黄金帝は物欲の激しい男でした。だから、何の躊躇いもなかった。
  結局最後は自身すらも黄金にした。だから、黄金帝なんですよ」
  「……」
  確かに、呪いだ。
  その王様は物欲激し過ぎて、それが呪いとは気付かなかったんだろうけど……食べ物も飲み物もすべて金になってしまう理屈な
  わけだから、普通なら自らの行いを悔いるだろう。そして狂う。
  ただ違うのは、黄金帝は善悪の判断が出来なかった事。
  そして狂ったのは、物欲に。
  ……怖い話だ。
  「そういえばトカゲさんが見えませんが」
  「あれ、外にいませんでした?」
  「外に?」
  お互いに気付かなかったのかな?
  まあ、会っても喧嘩するだけか。
  「あの、どうして2人は仲が悪いんですか?」
  「好きになる必要はないでしょう」
  「……」
  「ただフォルトナさんは別ですよ。僕は貴女が気に入ってます。だから、仲間として仲良しさんなわけです」
  「ど、どうも」
  「僕ロリコンですしね。はあはあ♪ フォルトナたん♪」
  「……」
  「ははは、冗談です。十年経ったら口説かせてもらいますよ、ツルペタさん」
  はぅぅぅぅぅぅぅっ!
  ツルペタって言われた、ツルペタって言われたーっ!
  これ、新手のセクハラ?
  「さてここからは真面目な話。……多分、トカゲさんが僕を嫌う理由はその不透明さだと思いますけどね、それは理解してますよ。
  まあ、僕から言わせてもらうなら彼も素性不明なのでお互い様ですけど」
  「あたしも、素性不明です」
  「ははは。さて、話を進めましょう。僕は貴女達をここに故意に引き込みました。理由は二つあります」
  故意に?
  チャッピーの危惧と同じだ。以前、そう言ってた。
  本当だったんだ。
  「理由の一つは、貴女達は強いから。その強さを利用できると思った」
  「……」
  「もう一つは、利害が一致するからですよ。貴女とね」
  「あ、あたし?」
  「トカゲさんを省いたのは簡単です」
  「……嫌いだから?」
  「いやいや僕は能力は正当に評価しますよ。彼も強い。でも、彼は貴女のモノだ。貴女さえ説得出来れば、自動的に同じ目的を共有
  する事になるわけです。好き嫌いの理由だけで仲間は組まない事にしてます。……ああ、貴女は好きですよ、妹に似てる」
  「妹さん?」
  「生きていれば貴女ぐらいの歳でしょうね。……まあ、僕の妹の方が胸は大きいでしょうが」
  「……」
  い、嫌味?
  あたしの胸のなさをチクチクと責めてる?
  はぅぅぅぅぅぅっ!
  「僕は黄金帝の遺産を探してる。……金塊などの遺物ではなく、秘宝をね」
  「秘宝、ですか?」
  「黄金帝は生来物欲の激しい男だった。様々な財宝に囲まれて生きていた。その中の一つが、僕はどうしても欲しい」
  「あの、話が見えてこないんですけど。利害が一致するって……」
  「サヴィラの石」
  「……?」
  「千里眼の水晶とも呼ばれる、魔道アイテムです。どんな地の果てでも水晶に映し出す事が出来るとか。現在の魔道技術を越え
  ていた当時であっても、これほどの代物は数が少なかったはずです。調べている限りでは、財宝の目録にそれがある」
  「千里眼の水晶」
  「ブルーマ周辺の寂れた聖堂にサヴィラの石があったという情報も未確認ですがあります。……まあ、当てにはならないでしょうね。
  まだ黄金帝の遺産探しの方が確率的に高いでしょう。どうします、乗りますか?」
  「その水晶、実在……」
  「しますよ。……いや、少なくともあったという情報があるだけです。割れてるかもしれないし、ないのかもしれない。そこは保証でき
  ませんけど、それで前進ではないですか? お友達を探せる、可能性ですよ」
  「あっ」
  そ、そうか。
  フィフスの場所を探せる……かどうかは別にしても、歩き回って旅をする必要が無いんだ。
  確かにそれは欲しいかも。
  「今日会った人物から得た最新情報です。まず、間違いない」
  「あっ、私用って……」
  「そう。黄金帝の遺産探しの、情報を受け取ってました」
  「ああ、なるほど」
  「さてフォルトナさん、改めて僕とチームを組みますか? フラガリアとして、黄金帝の遺産を狙いますか?」
  「もちろんですっ!」
  あたしは力強く叫んだ。
  これで一歩、フィフス探しに前進した。
  ……ようやく、一歩……。
  「ところで、どうして人形姫を調べるんです?」
  「だから……」
  以前、そう言われたから。
  さっき告げたのにもう忘れてるのだろうか?
  シャルルさんはどこか確信の満ちた口調で、静かに語り始めた。
  「見知らぬ自分」
  「えっ?」
  「人は誰しも別の側面を持っています。見知らぬ自分。普段は抑え、見向きもせず、存在そのものを否定している。でも誰もが内
  にもう一人の自分を持っているのですよ。否定するものの、拒絶は出来ない。拒絶したら人として成り立たないからです」
  「……」
  「フォルトナさんも、あまり気にしない方がいい。人は自らを誰なのだろうと探し続ける。しかし答えは見つかっているのですよ。
  全ては、我、我、我。全部ひっくるめて、自分です。それ以外の何者でもない」




  図書館を出た時、夕暮れ時だった。
  今日は色々と有益だった。
  サヴィラの石。
  どうしても手に入れたい代物だ。フィフス探しに、大きな前進。
  ザワザワ。
  街はざわめいていた。
  「シャルルさん、何かの催しですか?」
  「さあ。僕が来た時は、街は普通でしたけど……おや……」
  街には無数のゴブリンが死骸となって倒れていた。
  密林のど真ん中にある街。
  しかし街にいる冒険者達は皆、実戦に秀でいる。極端な話、実戦経験の有無がある帝都兵よりも心強い。全員、実戦済み。
  ゴブリンが攻め入って来ても簡単に返り討ちに出来る。
  「おお、マスター。……ぬ、若造も一緒か」
  「何があったんです、チャッピー?」
  ゴブリンは凶暴。
  でも、狡猾でもある。連中の知能から言っても、無謀にも街に突撃してくるとは考えられない。
  それもかなりの数。
  一匹や二匹なら分かるけど……どうして、街に攻め入ったんだろう?
  疑問は残る。
  「ふはぁーはーはーはぁーっ! 見事なり、愚民どもっ! わぁれこそはぁー……げっほげっほっ!」
  あっ。むせた。
  この展開、この間も見た気が……。
  「我こそは破壊大帝なりっ!」
  あっ。この間の奴だ。
  破壊大帝とは別口の吸血鬼達が襲い掛かってきた時、死んだものだとばかり思ってた。悲鳴聞えたし。
  でも、吸血鬼を撃退した後探してみたけど遺体はなかった。
  なるほど、生きてたんだ。
  スタスタと冒険者の人垣を掻き分け、ど真ん中で演説するかのように両手を高らかに上げた。
  ……自分が賞金首なの、忘れてるのかな?
  ここ、一攫千金を夢見る冒険者の街なんですけど。
  「生きてたんですね」
  「ふっ、この間の小娘かっ! この間は風邪気味で調子が悪かったが今度はそうはいかぬ。手加減はせぬぞ」
  「……ははは……」
  乾いた笑い。
  この間、戦闘すらしてないじゃん。
  こんな愉快な男だけど魔術師ギルドの同僚を殺し、同組織に賞金を掛けられている凶悪犯。
  生死問わず。金貨2000枚。
  この街の冒険者達は、破格の報酬に狂喜し密林を彷徨っていた。
  今、その賞金首がいる。
  しかも冒険者の輪のど真ん中に。
  「
金貨2000枚っ!
  「ひっ!」
  ……忘れてたみたい、自分の立場。
  冒険者達の目が血走ってる。ちなみにシャルルさんも一緒に大声で唱和してました。
  お金パワー、凄いです。
  「ふ、ふははははははははははははははははははははははははははははははははははっ! 愚かなり、愚民どもっ!」
  高笑い。
  ゴブリン従えてこの間の報復……い、いや報復される覚えないし。あたしも、この街も。
  と、ともかくゴブリン従えて襲撃したもののゴブリン軍団は返り討ち。
  既に一人ぼっちなのに、とっても強気。
  奥の手がある?
  「我こそは破壊大帝っ! 破壊の魔王メイエールズ・デイゴンに個人的にゾッコンな今世紀最高の魔術師なりっ!」
  「……あっ、言っちゃった」
  「……あっ」
  場が、静まり返る。
  個人的にゾッコン。つまりは、魔王には見向きされてないわけだ。てか、魔王はそもそも彼の存在を知らない?
  はぅぅぅぅぅぅっ。
  な、なんか可哀想な人かもー。
  「と、ともかくっ!」
  気を取り直して、叫び直す。そして何かの印を切り、ブツブツと呟きだした。
  冒険者達はハッタリだと思った。あたし達もそう思った。
  ……いや、1人だけ違った。
  「駄目ですっ! やめなさい、異界の門を開くのはっ!」
  シャルルさんが、我を忘れたように叫んでいた。その様子を見て、場が緊張する。冒険者達は武器を抜き放ち、一歩下がる。
  まさか、本当に魔王が?
  「世界がオブリビオンに浸食されるっ! まだ準備が出来てないのに、早過ぎるっ!」
  ……?
  早過ぎる?
  我忘れて意味不明な事を叫んでるみたい。……意味、あるのかな?
  「来たれ魔王メイエールズ・デイゴンよっ!」
 
 ゴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォっ!
  深紅の光が、収束した。
  それは巨大な門の形状になる。大きい、巨人でも通れそうな門だ。
  まるで炎で出来ているような……。
  「ふはははははははははははははははははははははははははははははは……はぁ?」
  ……。
  ……。
  ……。
  すぅぅぅぅぅぅぅぅっ。
  門は安定性を失い、一瞬にして消えた。
  ただ消える直前に深紅の炎が破壊大帝を絡め取り、門の向こう側に引き込んだ。
  魔王も降臨せず。
  何だったんだろ?
  「ふぅん」
  スタスタと歩き、破壊大帝がいた場所をしげしげと眺めるシャルルさん。落ち着きは取り戻している。
  「実に面白い」
  「何が面白い若造っ!」
  さすがのチャッピーも血の気が失せている。
  ドラゴニアンは稀少種族。
  繁殖率は極めて低い……というかほぼゼロで、出産はある意味で奇跡。
  その反面、無限とも思われる生命力を有している。一説ではアイレイド文明から生きている個体もいるようだ。
  だから、魔王の脅威は種族として色濃く記憶している。
  当時は今よりも物騒な時代だったみたい。
  さて。
  「まだ空間が不安定ですけど、門は閉じました。……それにしても驚きですね。魔王を呼び出すほどの力量ではなかったものの、
  オブリビオンの門を開くとは。なるほど、今世紀最高というのもあながち嘘ではないようですね」
  「偶然な気もしますけど」
  「まあ、偶然でも脅威でしたよ。……なかなか見習うべき要素の多い魔法でした。記憶しておきましょうか」
  「そんな物騒な……」
  「ははは。まあ、いいじゃないですか」
  本気かなぁ?
  冒険者達は、金貨2000枚は誰が受け取れるのかを揉め出している。
  これだけ証人いるんだから、消えたでも通るかな?
  賞金を皆で山分け?
  ……。
  あっ。
  「あの人、どこ行ったんですか?」
  「多分、オブリビオンですね」
  悪魔の世界オブリビオン。
  タムリエルとオブリビオンの間には魔力障壁があり基本的に双方干渉は不可能。
  だが人為的に繋げる事が可能……らしい。オブリビオンの門と呼ばれている。
  さて。
  「おい若造、逃げたのか?」
  「逃げたというか取り込まれた、感じですかねぇ。技術はすごかったですけど根本が違ったようですね。今頃はオブリビオンを
  彷徨ってるでしょう。何日生き延びれるか賭けますかトカゲさん。……まあ、確認の術はないですけどね」
  「ふん」
  一件落着、かな。
  冒険者達もサバサバしていて……というか、色々と不思議な事を眼にしているのでもうあまり動揺していない。
  散っていく。
  「驚きでしたね、今のは。それにしても貴女、若いのに冒険者とは驚きです」
  「……?」
  銀髪の見慣れぬ青年が親しげに声をかけてきた。
  同業の冒険者かな?

  「……あっ……」
  「……?」
  何か、違和感がした。
  不思議そうに銀髪の、優しげな笑顔を浮かべている青年はあたしを見つめている。
  なんだろう、この感じ。
  ……この人は……。
  「はぁっ!」
  「……へぇっ!」
  ひゅん。
  あたしは躊躇わず、魔力の糸を放った。
  避けきれる距離じゃない。
  それに魔力の糸は一度放ったら、あたしの意思で自在に動く。決して避けきれるはずがない。
  ぶわぁっ!
  「えっ!」
  白い煙が立ちこめる。
  次の瞬間には煙は晴れたけど、そこには誰もいなかった。
  ええーっ!
  「フォルトナさんっ!」
  「マスターっ!」
  2人が駆け寄り、あたしの周りで身構える。
  ざわざわ。
  冒険者達はざわめいた。
  魔力の糸は不可視。つまり、あたしがどれだけ凶悪な威力の糸を放ったかは見えてないはずだけど……喧嘩に発展したのは
  分かるだろう。しかもいきなりあたしが逆切れしたように見えるはず。
  あたしの評判が悪くなるーっ!
  はぅぅぅぅぅぅっ。
  そ、それにしても……今の男は、どこに行ったの……?
  煙とともに掻き消えた。
  「シャルルさん、今のって……魔法なんですか?」
  「さあ、僕は知りませんね。そもそもそんな魔法、ないはずですけど。……今の時代にはね」
  「今の……」
  意味深な表情のシャルルさん。
  ……。
  ああ、そうか。
  あたしの魔力の糸もアイレイド文明の時代の、魔法の一種だっけ。
  どうして生まれながらに使えるのかは、知らないけど。
  「しかしマスター、何故いきなり攻撃を?」
  「人の臭いがしませんでした」
  「臭い、ですか?」
  「そう」
  外観は優男。
  格好良い……というか、美しい男性。
  銀髪も素敵だし、物腰も柔らかそうで紳士的にも見えた。でもどこか人じゃない臭いがした。
  そして邪な殺意も感じた。
  だから攻撃した。
  ……。
  それを説明すれば、何となく攻撃した、と取られるかもしれない。
  でもこれだけは言える。
  彼は人じゃないと。
  エルフ系でもなければアルゴニアンなどの亜人でもない。少なくとも、既存の種族の感覚はしなかった。
  「やはり貴女が一番の厄介ですね。古代の業を使うとは、何者ですか?」
  「……っ!」
  上っ!
  二階建ての建物の屋根の上に、銀髪の男は立っていた。
  いつの間に……?
  ざわざわ。
  白煙とともに消えたのは、その他大勢の冒険者達も当然目撃してる。混乱状態が広まっていく。
  あたし達もそうだ。
  この人、常識を超えてる。
  「はぁっ!」
  ひゅん。
  魔力の糸を放つ。
  もしかしたら不可視の魔力の糸が見えているのかもしれない。直線的にではなくジグザグに魔力の糸を進ませ……。
  「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
  「……ふふふ」
  銀髪男の周囲を包囲するように張り巡らせた。
  動けば瞬時に切り裂ける包囲網。
  チラリと視線を巡らせたものの、それだけだ。口元に笑みは消えない。
  「貴方、何者なんです?」
  「我が名は……」
  「……」
  「我が名は……」
  「……?」
  「いや申し訳ない。今の時代の貴女達の言語では発音できないですね。……ジェラス、そうですね、そう呼んでください」
  「ジェラス?」
  「そう。短縮形で呼んでください。本当はもっと長いんですが、まあ、いいでしょう」
  ジェラス。そう名乗った。
  名前を知ったところで相手を認識できる単語を記憶したに過ぎない。
  本質が分からない。
  「貴方、何者?」
  「そういう貴女は何者なんかですか? 人形遣い……アイレイドの時代でも、珍しい能力者ですよ。今、この時代に存在して
  いるとは……なかなかイレギュラーな存在ですね、貴女は。しかしまあ、いいでしょう」
  「お前は何者だっ! 何が目的だっ!」
  チャッピーが叫ぶ。
  さも楽しそうにジェラスは哄笑した。
  「あっはははははははははっ! 狙い? くくく、貴方ですよ、ドラゴニアンっ!」
  「我輩だとっ!」
  「まあ、いいでしょう。いずれにしても餌である君を捕える邪魔をした者は、我々に宣戦布告したに等しい。敵と認識してますので」
  チャッピーが狙いなの?
  それに《我々》?
  何なのこの展開、誰なのこいつっ!
  「トカゲが欲しいならあげますが……敵と認識されるのであれば別ですね。戦うのであれば、頭数は必要ですしね」
  「紳士的な接するのは無理ですね、お互いに」
  睨み合う紳士然とした2人。
  どちらの口調にも敵意と殺意が込められていた。
  ただ、この銀髪は以前のアンとシュ信者とは別物だ。それにチャッピーを餌と言った。
  餌って何?
  「いずれまたお会いしましょう。今回は挨拶程度でしたから。……力量を見極めたり、宣戦布告もしたし、ここにはもう用がない」
  「逃がしませんっ!」
  「ふふふっ!」
  ぶわぁっ!
  白煙と化すジェラス。そのまま掻き消えた。
  声だけが轍の様に耳に残った。
  「……瞳を閉じて、闇を思え……我は闇、闇は我……」