天使で悪魔




ヴァータセンの秘密




  アイレイド。
  有史以前、シロディールを支配したエルフ達の文明。
  その文明は現在の帝国の文明を遥かに凌駕しており、1000年以上経った今でもエルフ達の遺跡は健在だ。
  各地に、遺跡が今なお存在している。

  遺跡は、基本的に地下に存在する。
  地表に出ているのはその入り口部分のみ。
  地表部分の遺跡が崩壊している場合、埋もれて歴史の闇に消えてしまう。

  ただ稀に天然の洞穴に繋がっている場合もある。
  鉱山を掘り進んだ結果や、地震や地殻変動などの結果偶発的に繋がる場合もある。

  シェイディンハル南に存在する洞穴もそんな一つだ。
  ヴァータセン。
  かつてアイレイドの王族の1人が居を構えていた遺跡。今、魔術師ギルドの調査団がそこに潜っている。
  そして……。







  冒険者ギルドに入った、魔術師ギルドからの依頼。
  それはヴァータセンの探索の、手伝い。
  本来ならばあたし達新米冒険者には回ってこない依頼ではあるものの、魔術師ギルド側が提示する特殊な条件に当てはまる
  冒険者があたし達……というか、シャルルさんしかいなかった。

  特殊な条件は《言語学》。
  ルーン文字、アイレイド文字などの不可解で不可思議な古代文字が読める人物が求められている。
  その技能を持つのがシャルルさん。
  「ここ、ですね」
  「地図と照合します。……さすがはマスター、見ただけでヴァータセンと分かるとは博識ですなぁ」
  「ど、どうも」
  ドラゴニアンのチャッピー。
  この世界で最も古い龍人。鉄よりも硬い皮膚、オークをも超える力、口から放てる灼熱の炎の息、不死に近い生命力。
  まさに完璧な種族だ。
  もっとも、能力は高いものの繁殖能力は極めて低く、その個体数は少ない。
  ……。
  外見的には、アルゴニアンの亜種。
  その為あまり珍しがられない。ドラゴニアンとは誰も思わないからだ。

  「阿諛がうまいですねぇ」
  「何だと貴様っ!」
  相変わらず、仲が悪い。
  あたしは苦笑して、洞穴の方に進む。もう見慣れた光景だ。今のところ刃傷沙汰には及んでいない。
  ……及ばれても、困るけど。
  洞穴に進む。
  あたしが二人を置き去りにして、構わずに進むとチャッピーとシャルルさんも後に着いて来る。

  最近、二人の扱い方が分かってきた。
  「ふふふ」
  仲間って、いいなぁ。
  あたし達は冒険者パーティー《フラガリア》。チーム結成してからの初仕事だ。頑張らなきゃ♪
  何故かあたしをリーダーに、シャルルさんが推してくれたし。
  チャッピーは無条件。
  「頑張りましょうねー」
  「御意」
  「まっ、良いお金にもなりますしね。払いがいいんですよ、魔術師ギルドは」
  現実主義のシャルルさんは、お金絡みには結構シビアだ。
  成功報酬は金貨300枚。
  割の良い仕事だという事はあまり金銭的な感覚に疎いあたしにでも分かる。
  それにしても、知識の最高峰の魔術師ギルドがどうして言語学の熟練者を求めるのだろう?
  魔術師ギルドの本部であり、知識の中心であるアルケイン大学には古代語に精通した者が何人もいるはず。
  どうして、冒険者を求めるのだろう?
  そこが少し気になった。

  2人を従え、あたし達は洞穴内に入った。薄暗い。
  しかし明かりを灯す必要はなさそうだ。ところどころにウェルキンド石の原石が置かれている。
  淡い、マリンブルーの結晶。

  仄かに明るい……と言っても、足元を照らす程度ではあるものの洞穴内を歩くには程よい明るさだ。
  あたし達は進む。

  最初は岩肌。
  先に進むと次第に岩肌は消え、人工の壁へと代わっていく。
  石の壁。
  たまたま掘ったら遺跡に繋がったのか、何かの文献を元に計画的に掘り進めたのかは知らないけどここは確かにアイレイドの
  遺跡だ。アイレイド特有の、独特の構造の石壁。
  「……あれ?」
  「どうされました、マスター?」
  「えっと……ううん、何でもないです」
  記憶を遡るの限り、あたしはアイレイドの遺跡は何も知らない。
  入った事もない。
  なのに、なのに何故だろう?
  あたしは以前、ここに来た事がある?
  あたしは知ってる、この遺跡を知ってる。この感覚は何?


  《思い出せ》
  《お前の所業を》
  《お前の残虐を》
 
  《思い出せ》
  《その口に滴る血の味を》
  《その口で啜る血の味を》

  《貴様は所詮は仮初の人格。わらわこそが真の人格。思い出せ》
  《我らはアイレイドの人形姫》
  《荒ぶる、破壊と創造の者なりっ!》


  「……さん。……さんっ!」
  「……っ!」
  誰かに肩を掴まれ、名前を叫ばれている事に気付く。シャルルさんが、顔色を変えてあたしの肩を掴んでいた。
  ふと見ると、チャッピーも心配そうに見ていた。
  頭を振る。
  一瞬、夢を見ていたような感覚だった。
  「大丈夫ですか、フォルトナさん」
  「えっと……はい、大丈夫です」
  「本当ですか?」
  「ええ、はい。……多分」
  意識が少し朦朧としている。
  もう一度、頭を振る。
  今聞こえたような女の声、今見えたような殺戮の光景。……あたしは知っている気がする。
  それはどこで?
  それは……。
  「はぁ」
  ポン。
  額に手を当て、もう一度だけ頭を振る。考えても分からないのだから、考えない方がいい。
  心配そうな皆を促し、あたしは先に進む。
  『……』
  しばらく、一同は無言。

  やがて魔術師ギルドの面々が寝泊りしている、ベースキャンプに行き着く。
  あたし達の姿を認めると、アルゴニアンの女性がこちらに向かって進んでくる。多分、彼女がここのリーダーだ。

  「貴女達、ここは魔術師ギルドの管理下にある遺跡。立ち去りなさい、冒険者」
  「知ってます。あたし達は……」

  一瞬、間を置く。
  言葉に重みを持たせる為だ。……重みを感じてくれるほど、名は売れてないけど。
  「あたし達はフラガリアっ! 名うての冒険者パーティーですっ!」
  シャキーンっ!
  意味不明な効果音があたしの頭の中に響き渡る。格好よく決めポーズっ!
  こういうノリ、あたし好きだなぁ。
  ただ相手は……。
  「ああ冒険者ギルドの依頼で来た人達ですね」
  「……」
  「私は調査団の指揮官のスカリール。それで、えーっと……誰でしたっけ? まあ、名前なんてどうでもいいわね」
  「……」
  完全に無視の方向だ。
  ポーズまでつけて、名乗ったあたしはどうなるの?
  はぅぅぅぅぅぅぅっ。
  あまり歓迎されていないらしい。
  それに不思議に思うのは、何故冒険者を雇ったかという事だ。
  今いる場所は、ベースキャンプとして使用しているみたいで、彼女のほかにも10名ほどの魔術師がいる。
  特に何するでもない。
  こんなところで、何しているのだろう?
  どうして探索しないのだろう?
  「貴女達にあの《柱》がどうにか出来るとは、到底思えないけどね。……期待もしていないけどね」
  「柱?」
  「柱、なのかは分からないけど……形状からして、柱なの。だからそう呼んでるだけ。多分、何らかの魔法にのみ反応する仕組
  みなんだろうけど確証は持てないわ。死人はまだ出てないけど、怪我人は続出。今は放置して、探索は投げやり状態」
  「はぁ。そうなんですか」
  「もうどうでもいいのよ。食糧尽き次第、撤収。あんた達雇ったのは気まぐれ。……あーあ、無駄金だけどね」
  「あの、善処します」
  「死なない程度によろしくお願い。……あーあ、だるい」
  スカリールさんは、投げやりな口調だ。
  事実、投げているのだろう。
  だから探索せずにここでたむろって、時間を無駄にしているのだろう。
  「私のチームは、既に柱の調査は諦めてるの。危険過ぎるからね」
  「危険とは、どの程度?」
  シャルルさんが口を挟んだ。
  今回の依頼を受けれた最大の要因……というか功績は、シャルルさんが博識だからだ。言語学に精通しているからだ。
  彼の方が依頼の内容を理解出来るだろう。
  「……あら眼鏡……ああ、貴方はインテリなのね」
  眼鏡は、インテリの証明らしい。
  スカリールさんは、依頼を受ける条件の《言語学に精通》しているのが彼だと理解したみたい。
  幾分か、言葉が和らぐ。
  「魔法に反応する柱なの。正しい魔法を行使すれば、下層に繋がる何かが現れるはずなの。でもね、間違った魔法を行使した
  瞬間に柱から電撃が放たれるってわけ。黒焦げになるかもしれないのに、調査を続けるディネルは馬鹿よ」
  「……電撃……」
  思い当たる事があるのか、少し考え込む。
  「調査なんか冒険者に任せればいいのよ。部下を死なせるかもしれないのに、調査を続けるなんてナンセンス」
  少し、口を滑らせる。
  冒険者なら死んでもいいのか、と思うもののあたしは口にせずに、憤慨しそうになったチャッピーを目で抑える。
  ともかくデュネルさんに会う必要がある。
  この広間の、下層で頑張ってるらしい。あたし達は下層に向かう。
  ここにいても仕方がない。
  「行こうか、皆」
  「御意」
  「ですねー」

  下層に。



  「貴方が、デュネルさんですか?」
  「そうだが、君達は?」
  さっきの事を思い出す。
  まだ名が売れていないのに大仰に名乗るのは、結構恥かしい。簡潔に、名乗る事にしよう。
  「あたし達は冒険者パーティー《フラガリア》です。あたしはフォルトナと言います」
  それぞれ名乗る。
  デュネルさんは、スカリールさんほどヤサグレてはおらず、礼儀正しい。
  もっとも、調査の失敗続きがあり、やはりどこか荒れているが。
  彼の率いる調査チームは怪我人が続出しており、今の今まで柱の調査をしていたのだろう。
  怪我人を見るところ、失敗してるみたいだけど。

  「ああ、君達がスカリールが雇った冒険者か。……怪我人は外部の者だけでいい、彼女の理屈だな。物資が尽きるからそろそろ
  撤収となるだろう。あまり外部の者に荒らせされ、時間を無駄にするのは惜しい。とっとと君たちの仕事を済ませたまえ」
  「あたしたちの仕事?」
  「無理という事を、認識してくれ。それで報酬もらって、帰ればいい。それが君達の最善の仕事という奴だ」
  デュネルさんはうんざりしたような口調だ。
  あまり歓迎はされていないらしい。
  どうも身内の怪我人が続出した事により、外部の者を加えた……というか利用しようというのだろう。
  生贄的な感じ?
  実験的な感じ?
  ともかく、あたし達に探索をさせて遺跡の全貌を掴みたいのだろう。
  一山幾らの冒険者なら、いくら死んでもいい。
  それがスカリールさんの考え。デュネルさんはその考えに否定的ではあるものの、少なくとも冒険者を対等の立場に見ている
  とはとても思えない。

  まあ、冒険者は儲かってこそだとは、思うけど。
  さて。

  「どんな状況です?」
  言語学に精通しているシャルルさんが、落ち着いて問う。
  九大神の一人であるアーケイの司祭という肩書きを持つ、シャルルさん。
  遺跡学にも精通しているのかもしれない。
  城塞都市クヴァッチで、九大神の主神アカトシュを信仰するのマーティンも色々と精通していた。神学のみならずオブリビオンの
  悪魔達についても博識だったし、おそらく聖職者にとって学問は必須の知識なのだろう。
  シャルルさんの柔らかで、いかにも遺跡に詳しいですという態度にデュネルさんも一瞬、たじろぐ。
  インテリはインテリ同士で惹かれ合うものらしい。
  「ここはシャルルさんに任せよう。……あたし達、遺跡に詳しくないし」
  「御意」
  どうも彼に反感を抱いている龍人ではあるものの、あたしには大人しく従う。
  あたしの生涯の従者を自称している。
  ……そこまで堅くなる必要もないと思うけどなぁ……。
  「どこまでスカリールが話した?」
  「柱がどうかと聞いてますけど」
  「そう、柱だ。柱に手を焼いている。こちらだ、来たまえ」
  案内され、あたし達は続く。
  どうもこの調査団では、仲間割れがあるらしい。
  スカリールさんとデュネルさんはあまり仲が良くないらしい。それは問うまでもなく、見たら分かる。
  言葉の端々に、2人とも反感が宿ってるし。
  でもあたし達には、そこは関係ない。冒険者として、依頼された仕事をこなすだけだ。
  それにしても。
  「……」
  あたし、ここを知ってる気がする。
  あたし、ここを知って……。
  「ここだ」
  大きな部屋に、一本の大きな柱がある。
  しかし柱と言っても別に天井を支えているわけではない。巨大な、太い柱。
  材質は、石だろうか?
  白い柱。
  デュネルさんは淡々と説明する。シャルルさんに、だ。
  この中で知識人は誰なのか既に分かっているらしい。まあ、それでいいけどね。
  あたしに説明されても結局分からないし。
  「どうも何かの魔法に反応するらしい」
  「魔法に? それは側で魔法を使えばという事ですか?」
  「いや、そうではなく柱に魔法を叩き込むんだ。炎の魔法を叩き込むと、柱が何らかの共鳴をする。多分、正しい魔法なのだろう。
  ただしそれ以外の魔法を叩き込むと、手痛い反撃を食らう。電撃が柱から放たれるんだ」
  「ほぅ」
  面白そうに相槌を打つ。
  あたし達?
  あたし達はー……うん、チャッピー見る限り意味不明そうな顔してる。あたしも分からない。
  「私が思うに、これは正しい魔法を順々に放つ事によって何かが作動する仕組みだと踏んでいる」
  「しかし放つ魔法の順番が分からない、ですね?」
  「その通りだ」
  「ふぅん。アイレイドの遺跡でよく見る侵入者迎撃用のクリスタルの類でもないし……実に興味深いっ!」
  最後の一言に、少しびっくり。
  本当にシャルルさんは楽しそうだ。学者並みの……もしくはそれ以上の知識があるのだろう。
  「ふぅん」
  柱に近づき、手で叩く。
  コンコン。
  「ふぅん」
  スリスリ。
  今度は手で撫でる。
  「これは素晴しいっ!」
  感嘆。
  あたし達には分からない。経緯を見守る事にしよう。
  「何か分かったか、冒険者」
  「以前これと同じようなものを見た事がありますね。……ああいえ、文献でですよ、実物は初めてです。魔法に反応するタイプの
  遺物ですね。これだけでも随分と価値がありますよ。それで、何の魔法に反応しました?」
  「炎だ。……調査がうまく行かなくてね、私の部下が腹立つ紛れに放ったのが偶然反応した」
  「腹立ち紛れに? ……馬鹿ですねぇ」
  「……っ!」
  物腰柔らかく、口調も柔らかいもののシャルルさんは意外に辛辣な言葉を吐く。
  デュネルさんは、言い返そうとするものの言葉を飲み込んだ。
  確かに軽率で、愚かな事だ。
  彼自身がしたわけではないものの、おそらくは重要な柱に腹立ち紛れに魔法を放つのは愚かな行為。
  「ふぅん」
  色々と、叩いたり撫でたりしながら柱の周りをぐるぐると回りながら調査。
  「意外に簡単じゃないですねぇ。……どこかに碑文の類はありませんでした?」
  「碑文?」
  「アイレイド文字で書かれた碑文ですよ。注意書き、みたいなものですかね」
  「注意……何だと?」
  「アイレイドエルフだって万能なわけではないでしょう。この柱の秘密を忘れる事だってあるはずです」
  「下らん。注意書きだとっ!」
  「ええ、注意書き」
  ナンセンスだと叫ぶデュネルさんと、あくまで自説を曲げないシャルルさん。
  でも、注意書き?
  ……シャルルさん、ふざけてるのかなぁ……。
  「あれ?」
  「マスター?」
  ここ、やっぱり知ってる?
  デジャ・ヴュというのかな、この感覚は。懐かしいような、物哀しいような……忌々しいような……。
  「……」
  不思議な感覚。
  あたしはチャッピーの呼びかけも、論争を繰り広げているシャルルさんとデュネルさんの声もどこか虚ろに聞こえる。ふらふら
  とした足取りであたしは柱の側に、しゃがみ込む。
  「……」
  コンコン。
  軽く、叩く。ガコン。途端、その部分に碑文が浮き上がる。正確には、その部分が裏返った。
  文字。
  アイレイドの文字が、書かれている。書かれているのは……。
  「さすがはマスター。感服しました」
  「……っ!」
  チャッピーの呼びかけに、あたしは一瞬びっくりする。
  途端、読めた……と思ったはずの文字が、読めなくなる。気のせいだったのかな、読めたと思ったのは。
  まあ、碑文みたいなのが見つかったからよしとしよう。
  「お手柄ですね、フォルトナさん」
  「マスターの慧眼に敬意を払えよ、小僧」
  「貴方に指図される筋合いは……」
  「指図ではなく我輩はお前に教育……っ!」
  「2人とも、やめてくださいっ!」
  『……はい』
  すぐに喧嘩するんだから。
  そんなあたし達は無視して、デュネルさんは碑文を1人で熱心に読み、部下の魔術師達を叫びながら召集する。
  上の階層のスカリールさんには、多分聞えないだろう。
  その方がいいらしい。
  少なくとも、上の階層に知らせに走らせようとはしなかった。
  色々と複雑。
  「何て書いてあるんです?」
  シャルルさんに、問う。
  デュネルさんは部下の魔術師達に色々と指示して、忙しそうでもうこちらに構っていない。
  「アヴ・モラグ・アンヤンミス。アヴ・マフレ・ナガイア。マジカ・シラ。マジカ・ロリア」
  「はい?」
  ただの異音でしかない。
  そもそも文字も、あたしには記号にしか見えないし。よく読めるなぁ、こんなの。
  「ふぅむ。どうやら使う魔法の順番が書かれているらしいですね。ほら、やっぱり注意書きがあったでしょう?」
  「……あたしアイレイドのエルフに急に親近感を感じてます」
  本当に注意書きあったんだぁ。
  意外にアイレイドのエルフも、伝説ほど叡智の存在じゃなかったのかも。
  ……世の中、意外性に満ちてる。
  「それで小僧、なんて書いてあるのだ?」
  「だから、僕は貴方とは別に仲間でも……」
  「なんて書いてあるんですか、シャルルさん?」
  いい加減、このエンドレスな流れは回避しよう。
  一瞬、何かをチャッピーに言い掛けたものの、シャルルさんはその言葉を飲み込む。チャッピーはソッポを向く。
  どうしてこんなに仲悪いんだろう?
  ……まあ、そんなに長い付き合いじゃないのも確かだけど。
  「炎、氷、魔力の上下」
  「はっ?」
  「いや、分かり易く略したらこういう意味なんですよ。使う魔法の順番ですね。柱にこの通りに……おや……?」
  「どうしました?」
  「ここにも書いてありますね」
  「ほんとだ。なんて書いてあるんです?」
  「……レルラ・ゲェル、スフェナドル、ドレ・リヒャレンテ……これは……」
  「マスターっ!」
  「きゃっ!」
  グイ。
  突然、チャッピーがあたしを柱の側から遠ざける。シャルルさんも飛び退く。
  ゴゥッ。
  魔術師の1人が、炎の球を柱に投げつけたのだ。
  キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
  柱が共鳴する。おそらく、当たりの魔法だからだろう。
  今度は氷の魔法。
  デュネルさんが、自分のチームの魔術師達に指示をし、魔法を放たせる。あたし達が側にいたのにっ!
  まともな人だと思ったのに、彼も一般的な魔術師像の人物だ。
  天上天下唯我独尊的な人物。
  キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
  氷の魔法も当たり。柱は共鳴をする。
  続け様に、本来なら自身に掛けるべき魔法である、魔力の増幅魔法を柱に……。
  「駄目です順番が違うっ!」
  血相を変えて、シャルルさんは叫ぶ。
  バチバチバチィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィっ!
  その声を掻き消すように、柱から電撃が無差別に放たれる。
  『……っ!』
  全員、声もない。
  あたしとチャッピーは、叫びながら咄嗟に身を伏せたシャルルさんに習ってその場に倒れたから被害はない。
  荒ぶる電撃は背中の上を通り過ぎる。
  「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
  「きゃああああああああああああ……っ!」
  しかしまともに受けた魔術師二人が、電撃に弾かれ、壁に叩きつけられる。
  ドサ。ドサ。
  床に落ちる音が、空虚に響く。
  柱は不平そうな音を立て、静かになる。
  デュネルさんの指示でまともに受けた魔術師が回復の為に部下が走るものの、無駄だろう。
  魔法に疎いあたしにでも、あの状態からは蘇生は出来ないのは分かる。
  完全に、黒焦げ。
  直撃を受けたのだから、まず助からない。死者二名。負傷者三名。
  「何故、電撃が……」
  「失礼ですが、功を焦り過ぎています。貴方は浅はかだ」
  「な、何?」
  シャルルさんが詰る様に呟きながら、碑文を指差す。その下に、別の文章が書かれている。
  さっき口にしていた、あの文字だ。
  「三番目と四番目の魔法を入れ替えろ、それが正しき順序であり、王冠への道順の鍵である……そう書かれています」
  「馬鹿なっ!」
  「いや本当。ここに書いてあります。……無知蒙昧って、怖いですねぇ」
  「無知……貴様っ!」
  「2人が死んだのは貴方の責任ですよ。まったく、困ったものです」
  にこりと、シャルルさんは微笑んだ。





  柱に正しい順序で魔法を全て打ち込むと、ガチョンガチョンと音を立てて四つに分解され、床に沈む。
  柱があった場所には、地下へと繋がる階段があった。

  下層に。
  この先はおそらく数百年……ううん、数千年は誰も立ち入っていないはず。おそらくアイレイド滅亡から誰も立ち入っていない。
  何があるのだろう?
  デュネルさんと、彼のチームの魔術師達8名はあたし達を先行させ、進む。
  「……」
  「……」
  先頭を歩くあたし達は、手に松明。松明一本の明かりは心許ないけど、延々と下に続く階段を照らすには、松明2本もあれば
  ちょうどいい。基本、沈黙を保ったままあたし達調査団は下層へと進む。もう30分は歩いてる。
  延々と続く階段。
  どれだけ下ったのか、どれだけの時間が経ったのかが次第に麻痺してくる。
  「……」
  「……」
  あたし達を先行させているのは、今さら言うまでもないけど危険は冒険者に任せる為。
  まあ仕事だからいいけど。
  スカリールさん達のチームは何も知らずに、上層のベースキャンプでやさぐれているはず。
  何故断定的な発言をしないのかと言うと、伝えてないから。
  デュネルさんが伝える必要がないと言ったから。
  「下らない野心ですねぇ」
  「しっ。シャルルさん、聞えますよ」
  先行しながら、潜行しながらあたし達は小声で囁き合う。
  チャッピーは先程の柱(今は下層への入り口)のあった部屋で、1人で待機。万が一の為に居残っている。
  万が一、というのは入り口が何らかの理由で勝手に閉じた場合の対処の為だ。
  生き埋めになった場合、スカリールさん達にその旨を伝えるのが任務。
  それ以外の場合は、決して口外してはいけないと厳命されている。
  手柄争い醜いなぁ。
  もちろん、意味は分かる。
  今までスカリールさんは無理だと投げてた、それに対してデュネルさんはひたむきに努力してた。
  今さら功績を横取りされたくないのは、人の常だ。
  分かち合うなんて持っての他。
  それは分かるけど、やはり醜いと思う。知識の最高峰の魔術師ギルドと言えど、結局は普通の人間だ。
  野心かぁ。
  あたしにはあるかな?
  チャッピーには?
  シャルルさんには?
  ……。
  シャルルさんかぁ。
  「どうかしましたか?」
  「あっ、何でもないです」
  共に先頭に立ち、松明を手にして進む彼の横顔を思わず見ていた自分に気付く。
  チャッピーは彼には気をつけろと警告してくれる。
  確かに、裏があるようには思える。
  裏というか思惑というか。
  フロンティアを行き先に選んだのは特に理由がないのか……さすがにそれは、あたしもそうは思わない。

  特命。
  そう、特命。
  確か《特命》があると言ってた。それはアーケイ聖堂の指示なのか、それとも彼個人の?
  「……はぁ」
  「フォルトナさん?」

  色々と疑うと、キリがない。
  かといって真正面から聞くほどの勇気もなく、ただ悶々と悩み、自己嫌悪が続くだけ。やめよう、考えるの。
  そもそもあたしだって真人間じゃない。
  過去は完全にない。
  あたし自身、知らない。自分が誰なのか。
  覚えている過去は血塗られている。闇の一党ダークブラザーフッド、クヴァッチ聖域の暗殺者。
  たくさん殺した。
  たくさん。
  たくさん。
  たくさんたくさんたくさんたくさんたくさんたくさんたくさんたくさんたくさんたくさんたくさんたくさんたくさんたくさんたくさんっ!

  ……。
  そんなあたしが人の詮索していいわけないじゃない。
  詮索は、金輪際やめよう。
  「おい冒険者」
  後ろを連なって歩く、名も知らない魔術師ギルドの1人が横柄に叫ぶ。少し、ムカっ!
  何様のつもりなんだろう?
  全部シャルルさんのお手柄なのにぃーっ!
  あたしが考えているのが読めるのか、シャルルさんは軽く舌を出して微笑み、返事をした。

  「はいはい何でしょう?」
  「俺が、前を歩く」
  「はっ?」
  「俺が前を歩く、先頭を歩く、一番前を、歩くと言ったんだ。お前は最後尾にいろ」
  「……そこまで明確には主張してなかったじゃないですか。……まあ、いいですよ、どうぞ」

  延々と下に下にと階段が続く通路。
  二人並べるけど、狭い。
  先頭を歩きたいと主張する魔術師とシャルルさんは入れ替わると……。
  「わ、私もっ!」
  名も知らない女性の魔術師が、他にも主張し始めた魔術師達に有無も言わさずに、あたしと入れ替わる。
  入れ替わる時、松明をもぎ取られた。
  ……何なんだろう?

  「功名心ですね。……命を賭けるとは、まったく馬鹿な事を……」
  「はい?」
  最後尾に共に並ぶ、シャルルさんが何気なく呟いた。
  横顔は透き通るほどに、聡明さを湛えている。
  きっとここにいる魔術師の誰よりも深い知識をその頭脳に蓄えているに違いない。
  ガコンっ!
  「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
  「た、たすけ……っ!」

  断末魔と共に、二つの声が遠ざかって行く。
  先頭から、つまりさっき順番を交代した2人の声だ。立ち止まる一同。自然、あたし達も止まっている。
  「な、何があったんですっ!」
  「足場が崩れたっ! 下は奈落だっ! ……少なくともあの2人は墜落死だな、確定だよ」
  誰かがヤケクソ気味に叫ぶ。
  順番代えてすぐの惨劇。
  少しでもタイミングがずれ込んでいたら、足踏み外して墜落していたのはあたしとシャルルさんだっただろう。
  交代したばっかりに。
  その気持ちは、魔術師達にもあるようだ。
  九死に一生を得たあたしの心情とは違い、魔術師達はその逆だ。あたし達の所為だと思ってる。
  あたし達が死ねばよかったと。
  「まあ、ここは冒険者が先頭に立つべきじゃないかな。それだけの報酬を支払うわけだし」
  「……」
  この人、やっぱり最悪。デュネルさん最悪。
  まだヤサグレてるだけのスカリールさんの方が、マシな性格だ。ぼやいてるだけだもん。
  ……。
  デュネルさん、性格的には最低かなぁ。
  はぅぅぅぅぅぅぅぅっ。あんまり好きになれない性格です。
  「立ちましょうか、フォルトナさん」
  「はぁい」
  「投げやりですねぇ、貴女も」
  「もうどーでもいいです」
  はぅぅぅぅぅぅぅっ。
  



  あたしとシャルルさんは、再び先頭に。
  階段はやがて終わり、横一直線の通路へと変わる。
  鋭い刃物のついた振り子。

  天上にせり上がる、床。
  落とし穴。
  緑色の、猛毒の霧。
  様々なトラップの洗礼を受け、最深部に辿り着いた時はわずか4名だけだった。脱落者は、既にこの世の人ではない。

  生き残ったのはあたし、シャルルさん、デュネルさん、彼の部下のカジートの魔術師。
  最深部は、霊廟のような雰囲気を漂わせていた。
  広い。
  広い。
  広い。

  だだっ広い。ただ中央に祭壇があり、異質な形の兜が置かれている。
  シャルルさんが呼んだ碑文の内容から察するに、兜ではなく王冠なんだろう。王冠……には見えないけど。
  「これがヴァータセンに安置されている、王冠かっ!」
  デュネルさんが、狂気に叫ぶ。
  おそらくは歴史的な大発見(喜びから察するに、多分)なのだろう。それと、もう一つの喜びの理由はスカリールさんを出し
  抜いたからに違いない。本当に小さい男。

  カジートの魔術師を従え、走る。
  あたしは……あれ……?
  「シャルルさんはいいんですか?」
  あたしは別に興味ない。遠目で見るだけで充分。
  ただ、シャルルさんがあまり反応しないのは正直怪訝だ。この遺跡では知識人として、知的欲求や好奇心を満たすのに色々と
  振舞っていたものの今はとても冷めて見える。

  「興味ないんですか?」
  「まあ、予想とは違うものですから特に興味はないですよ。黄金帝の遺跡ではないようですし。ここも外れです」

  「黄金帝?」
  確か、未開の地でローヴァー一家が探している金塊も、黄金帝の遺産だ。
  黄金帝って、ポピュラー?
  確か昔の暴君だと思ったけど……。
  「フォルトナさん、何か変ですよ」
  「えっ?」
  「……最後の罠に掛かったようです」
  その意味は、すぐに分かった。
  功を焦って走った二人はズタズタに全身を引き裂かれて、無残な肉塊に変貌していた。
  少年達があたし達を取り囲む。
  人ではない。
  「……マリオネット……」
  あたしはかすれた声で呟く。
  囲まれている。数は、20から上。人格を持つ上位タイプじゃなくて、量産されたタイプ。人格も有していない。
  それでも、強敵だ。
  「フォルトナさん、生き残れると思いますか?」
  「さあ、どうでしょうか」
  魔力の糸は鉄すら両断できる。
  シャルルさんは魔法の名手だ。マリオネットは、魔法に弱い。
  倒せる術はあるものの……囲まれている、その時点で少々分が悪い連携して動けば、瞬時に5体は潰せる。
  問題はその後だ。無傷で切り抜けれるとは思ってない。
  どうする?
  ……どうしよう?
  じりじりと間合いを詰め、包囲の輪を狭めていくマリオネット達。
  「遺跡に荒らす者に、死を」
  浪々と響く声で告げたのは、マリオネットではない。
  王冠の側に佇む、青色の幻影だ。
  ……幽霊?
  幽霊は続ける。
  「我はアイレイドの王の1人、名を……」
  「……」
  名を……何……?
  死んで数千年経ってるから、名前をど忘れしている?
  ま、まさかなぁ。
  「貴女はアイレイドの人形姫、ですか」
  「あ、あたし?」
  「あの時代、既に腐敗は極みを達していた。……あなたの崇高なる使命は創造と破壊。貴女はあの時代に、破壊を裁定した」
  「あ、あの……」
  「今、この時代は創造に値するのですか? 何故、荒ぶる神として君臨しないのですか? ……今の世界は創造に値すると?」
  「……」
  何を言っているのだろう?
  マリオネット達の動きは、止まっている。油断なく警戒するものの、こちらから手を出す事はしない。
  このまま切り抜けれるかもしれない。
  「あ、あたしはこの時代が好きです。この、世界が」
  「……」
  「あたしは、好きです」
  「……ならば貴女に従いましょう。高貴なる人形姫よ、どうぞご随意に」









  その後、マリオネットは行動を停止した。
  幽霊さんも、消えてしまった。
  そもそも遺跡の機能そのものが停止したらしく、本来の静けさを取り戻していた。
  あたし達は王冠をゲットし、スカリールさんに。
  彼女は複雑な顔をした。
  探索や調査なんて冒険者風情には無理と馬鹿にしていたあたし達に出し抜かれたのと、デュネルさん達のチームの全滅が影響
  だろう。

  特にデュネルさんの死が効いたみたいだ。
  毛嫌いしていたものの、嫌い切れてはいなかったらしい。
  ともかく、王冠を手渡し報酬を手に入れ、あたし達3人は遺跡を後にした。
  それにしても……。
  「アイレイドの、人形姫かぁ」