天使で悪魔




冒険者達




  東へ。
  レヤウィンから東……というか、北東に。
  その街はブラヴィルの真東、シェイディンハルの真南。その中間地点に存在する。

  街道沿い?
  違う、未開の地にど真ん中。密林に包まれた場所に、その街はある。
  フロンティア。
  そこは冒険者達の街。
  そこは……。







  「でもほんと、暑いなぁ」
  気候は完全なる亜熱帯。
  街を作る、その配慮から涼風が吹き込む場所に建設してはいるものの……亜熱帯の気候までは吹き飛ばせない。
  街の名はフロンティア。
  あくまで仮称の名前。まだ正式な名称はない、未完成の街。
  街の周辺には木製の壁を張り巡らし、野生動物の侵入を防ぐ処置が施されている。
  もちろん、これも仮にだ。
  いずれはもっと強固な、石造りの壁にしたいというのが街の創設者の考えらしい。
  時間的、金銭的に今のところはこれで精一杯らしい。
  創設者は、ベルウィック卿。
  シロディール随一の冒険者であり、冒険王と称された人物。
  今は帝国元老院に多額の献金をして爵位を買い取り、子爵を拝命した。冒険により一代で巨万の財を成し、この街に投じた
  お金も全て彼の実費。
  帝国がしたのは、街の建設の容認と爵位を与えただけ。
  なのに街を作る。
  何故?
  それは街の自治を完全に彼に、ベルウィック卿に一任するという条件だ。
  帝国はこの街に対して、強権は持たない。
  ベルウィック卿が作りたいのは、冒険者達の街。
  この辺りはまだ密林の支配力の方が強く、密林に埋もれた遺跡はたくさんある。
  その前進基地にしたい、それがこの街の趣旨だ。
  「暑いなぁ」
  もう一度、呟く。
  二階の窓際に座って涼むものの、午後のけだるい暑さはあまり凌げない。
  冒険者達御用達の宿の一軒である《優しき聖女》の二階の一室。なけなしのお金で、取った一室。
  ……。
  なけなしのお金。
  レヤウィン(事情聴取だけで数日食いそうなので逃げた。ゼニタール聖堂の司祭様が誤解を解いてくれている)から逃げた。
  そうしてここまで逃げたものの、路銀が尽きた。
  ……ぬーすーまーれーたー……。
  はぅぅぅぅぅぅっ。
  「あの時、もっと叩きのめせばよかったかなぁ」
  懐からお金をスッた犯人は、一緒にこの街に来たシャルルさんとチャッピーと協力して拘束、この街の司法機関に引き渡した。
  しかしその間の三日が痛かった。
  相手は使い込んだあとであり、金貨は既にゼロ。
  司法機関に引き渡した際、その犯人が常習であり賞金が掛かっていた事が判明。賞金の金貨50枚をもらったので無一文では
  ないもののそろそろ路銀が尽きる。

  この街の特産(?)は冒険者。
  商人……はともかく、農民にはあまり税は掛けられていない。密林のど真ん中という事もあり、農民を圧迫するとこの街は
  自給自足が出来なくなるからだ。

  それに対し、冒険者には様々な税が掛けられている。
  遺跡等で得た財宝を換金したりする際に20%ほど街に接収される。冒険者用の宿も、割高になってる。
  それでも冒険者達は得た財宝で、毎日どんちゃん騒ぎ。
  冒険者は儲かるのだ。
  ……冒険者はねー……。
  あたし達はまだ冒険者ではない。何故なら、遺跡に潜る為の装備を買い、遺跡に潜る事が出来ないのだから。
  今、シャルルさんとチャッピーが仕事を探しに行っている。

  「あたし、ここで何してるんだろ?」
  ふと、不思議になる。

  フィフスを探しにレヤウィンに。有名な占い師に、占ってもらう為だ。
  結果は空振り。
  ……。
  いや、有名な占い師(正確には預言者)のダゲイルさんに占ってもらったけど……んー、空振り。
  あの人の言っている意味、よく分からないし。
  そもそもフィフスと関係ない話だったし。
  今現在は流されるままに、動いてる。あのままレヤウィンでアカトシュ信者騒ぎの事情聴取受けてもよかったけど無意味に
  数日食うのも嫌だったので、事後をゼニタール聖堂の司祭様に任せてここ、フロンティアまで逃げてきた。

  逃げた、というか避難というか。
  「暑いなぁ」
  最近、自分が怖い。

  フィーさんに拾われて幸せ、家族(エイジャさん以外は闇の一党の面々)も出来たし幸せ。
  だから怖いのだ。
  自分の心の比率が、次第にフィフスを締め出しそうで。

  「はぁ」
  「どうしたんです、溜息なんて」
  「シャルルさん」
  しゃり。
  皮のついたままのリンゴを齧りながら、微笑するアーケイ司祭。1人だ。
  「チャッピーはどうしたんです?」
  「コンクリ詰めにして大阪湾に沈めました。今頃はお魚の餌食。BGMは《お魚天国》ですね」
  「はっ?」
  「いえ、冗談です」
  「……」
  たまに意味不明な事を口走る、不思議な人だ。
  九大神の1人であるアーケイを信仰しているものの、どこか神を軽視している節もある。その点ではマーティン神父に似ている
  気がすると思った。マーティン神父も、どこかそんなところがあったように思えるから。

  「彼とは別れました」
  「別れ……」
  「他に好きな人が出来たんです。お互い、別々の道を歩むのが最良だと思いまして」
  「はっ?」
  「その戸惑いの表情好きですよ。……ともかく、別行動です。僕は命令されるのが嫌いな性質でね。彼の口調は命令……正確
  には倣岸なだけなんでしょうけど、あまり合わないので。彼は仕事探している事でしょう」

  「そう、ですか」
  「まあ仕事はなら簡単に見つかるでしょう。ここには冒険者ギルドがありますから」
  「冒険……」
  聞かない名前だ。
  ギルド、と付くのは戦士ギルドと魔術師ギルドだけだ。
  「戦士ギルドのようなものですよ。依頼を斡旋してくれるんです。……そう、純粋に仕事の斡旋所ですよ」
  「へぇ。便利ですね」
  「冒険者の街ですからね、ある意味で自然なギルドでしょう。問題は戦士ギルドと違って誓約と責任がない分、色々と厄介や問題
  もあるようですけど手早く稼げますし、装備を整えるのには最適ですしね」

  「……装備?」
  「ああ、こっちの事ですよ。ともかく龍人は、割の良い仕事を探してますよ」
  話題を逸らす。

  装備、とは武装の事だろうか?
  それとも冒険に必要な装備……寝袋とか食料とか、そっちかな?
  遠征でもしたいのだろうか、彼は?
  ……。
  あたしは情報が集まる街、と聞いてきただけなんだけどなぁ。
  もちろん路銀が心許ないので仕事の必要性は理解しているけれども。
  「フォルトナさん、散歩でもしましょうか」







  考えてみれば、シャルルさんの事はよく知らない。
  一期一会。
  冒険者たる者、こういう繋がりが普通であり当然だと思っていたけど……気になると、やっぱり気にしてしまう。
  「活気が良い街ですねぇ」
  「そうですね」
  街の往来は、人で溢れている。
  街の往来は、物で溢れている。
  冒険者の通す金貨で成り立つこの街は、多くの冒険者達が集う。そしてその金貨で街は潤い、人々の生活を豊かにするのだ。
  水は地下水を汲み上げているので心配ないし、農民優遇政策のお陰で自給率は格段に高い。
  自給自足の街。
  この街の活性化に伴い、密林を切り開いて発展は……しない。
  冒険の場がなくなれば街は潰れるからだ。
  特産品は冒険。
  無形ではあるものの、永遠でもない。自ら冒険の場を潰し、街を潰すような愚かな事を選択するはずがない。
  「シャルルさんは、何者なんですか?」
  「アーケイの司祭ですけど」
  「それは知ってますけど……あっ、そうだ。失礼ですけど、神様好きですか?」
  「嫌いです」
  即答だった。
  ぶしつけな質問だとは思ったけど、ストレートに即答されると面食らうのはあたしの方だ。
  「信仰はね、生きる糧……じゃないか、僕は」
  鼻の頭をポリポリと掻き、しばし無言。
  言葉を捜しているらしい。
  「ようするに、神様の側にいると優越感に浸れますから」
  「はっ?」
  「神は万能、神は偉大。……でも決して御手は汚さない。まだオブリビオンの魔王の方がマシですよ。こちら側の世界に介入して
  こようとしていますからね。本当は魔王信仰でもよかったんですけどね、それでは箔が付かない」
  「箔、ですか?」

  にこりと微笑む。済んだ、綺麗な笑顔だ。
  あたしは言葉を失う。

  「僕は俗物ですよ。生臭坊主と言ってもいい。貴女はどうですか?」
  「あたしは……」
  暗殺者。
  殺人者。
  命令されて人を殺す、人形。
  大好きなマーティン神父も、殺そうとした非道な女。どんなに善人ぶったって、それは消えない。
  あたしは……。
  「おや、何か騒がしいですね」
  「えっ?」
  「騒ぎが聞える」
  「騒ぎ……」
  「行ってみましょう」

  走る。
  騒ぎが近づく。
  正確には、あたし達が野次馬根性でそちらに近づいているんだけど。
  周囲は人だかりが出来ていた。
  皆、野次馬根性。
  見物の対象となっているのは……。
  「あれ?」
  レッドガードの女性と、6名の男達。
  男達は人間種なんだけど、厳密には種族の特定は出来ない。意外にインペリアルとブレトンの区別は見た感じでは付け難い
  からだ。レッドガードもある意味ではそうだ。色黒のインペリアルという可能性もある。

  ともかく。
  その女性、見た事がある。
  ファレギル、ブラヴィルで出会った吸血鬼ハンターの女性。《高潔なる血の……なんとか》の会員、らしい。
  初めて聞く組織だけど。
  対峙し、口論の理由は報酬の揉め事らしい。
  「散々働かせておいて、その隙に宝だけ持ち逃げして私を除け者にして山分けとはどういう事だいっ!」
  「役に立たなかった奴に、報酬が必要か?」
  「役に立たない? はっ、ゴブリン10匹1人で相手にするのが、役立たずの証かいっ! あんたらこそ何もせずに宝だけせしめた
  じゃないかっ! ともかく丸く収めてやるよ。私の取り分よこしな」

  『……』
  無言で顔を見合わせる男達。彼女の言い分は正しいし、妥当だ。全てよこせとは言っていない。
  「……うまいですね」
  感嘆の呟きを洩らしたのは、シャルルさんだ。

  あたしもそう思う。
  宝全てよこせ。その難題を言わない以上、野次馬達も彼女に同情し、味方するだろう。
  だが男達の決断は暴挙だった。
  すらり。
  無言で剣を抜き放つ。ここで普通の街なら、こんな事にはならないはずだけどここは冒険者の街。
  決着の付け方は荒っぽい。
  それに治世の違いもある。元冒険者の治める街なので、他の都市とは異なる発想があるのだ。
  決着は当事者同士で。
  こういうケースの場合、すぐには衛兵は介入してこないだろう。
  「ああ、そういうつもりかい。……ペテンに掛ける相手、間違えたようだねっ!」

  「ぎゃあっ!」
  「がっ!」
  「はぐぅっ!」
  瞬時に3人の冒険者か傭兵かは知らないけど、3人の男達を大地に沈めるレッドーガードの女性。
  強いっ!
  女性は鞘に収めたままの剣で、真剣閃かしている男達を沈めたのだ。
  力量。
  度胸。
  並みのレベルではない。並みなら尻込みするだろう。
  余裕と自信から出来る行動なのだ。
  男達は苦痛と悲鳴の声を上げたながら這い蹲っている。刃を抜いてないし、当たり所も気にして彼女は振るっているので相手
  は死んでいないものの骨は確実に折れている。転がる男達を無視して、残りを睥睨。
  2人が蛇に睨まれた蛙のようにバタバタと後ろを見ずに走って逃げる。
  自分が噛み付いたモノの巨大さに気付いたからだ。
  逃げる機会を逸したのか、自信があるのか残っているのは既に1人だけ。
  2人は逃げ、3人は地に這い蹲っている。
  「さあ、どうする?」
  「くっ!」
  からかうようにレッドガードの女性は笑った。
  衛兵は介入してこない。
  ……。
  いや、正確にはこの街には純粋な衛兵はいない。
  帝国の直轄領でもなければ、帝国の差し向けた爵位を持つ領主が治めているわけでもない。
  ベルウィック卿の私有の街。
  帝国に対しての税などは納めるものの、完全なる彼の管轄地。帝国も口出しできない。
  それが、膨大な税金を納めるベルウィック卿に対する権利なのだ。帝国もここでは強権は振るえない。
  もちろん法はある。
  ただ、冒険者同士の諍いは当事者による解決が基本的に望まれている。
  これが住民が巻き込まれている&被害を受けている冒険者が一方的にやられている、という場合は衛兵(ベルウィック卿の傭兵。
  期間契約であり人員は常に入れ替わっている)が介入してくるものの、今回のケースには適用されない。
  何故なら、レッドガードの女性の方がペテンの被害者だからだ。
  加害者である冒険者達は、《冒険者の面汚し》であり誰も加勢しない。
  冒険にもルールがあるのだ。
  決して自由気ままに好き勝手していい訳ではない。
  「さあさあ、どうするね? これでも私は忙しいのさ。とっとと決着付けようじゃないかい」
  「くそぅっ!」
  ゆっくり間合いを詰める彼女と、じりじりと後退して行く男。
  誰の眼にも彼女が勝つと映っている。
  法はあるし殺人も見て見ぬ振りは、衛兵達もしないけど彼女は刃を抜いてない。まだ純粋に喧嘩としか判断していない。
  それも一方的な。
  彼女の身に危険があるのであれば介入はしてくるだろうけど、まだ衛兵達は高みの見物。
  彼女に叩きのめされた冒険者達を冷笑し、拘束するつもりなのだ。
  「……あれは……」
  別の殺気を感じた。
  あたしは元暗殺者。それも悪名高き、大陸に死と恐怖を撒き散らした闇の一党ダークブラザーフッドの暗殺者。
  殺意と殺気には敏感のつもり。
  視線をめぐらせる。
  屋根の上、通りの向かいの建物に二つの人影がある。さっき逃げた2人だ。
  遠目にも分かる。弓矢を構えている。
  「さあさあ、どうする?」
  彼女は気付いていない。だが、対峙している男は気付いているのだろう。
  焦りの表情の中に、どこか冷たい笑みが浮かんでいるのが分かる。
  こんなのフェアじゃない。
  「……やめておきなさい」
  「……えっ?」
  糸を振舞うとすると、シャルルさんに止められた。
  敏感な人だ。
  この人も気付いているらしい。飄々としているけど、どこか掴み所のない人。
  初めてあたしは気付いた。
  ……この人、どこか気味が悪い。何事も達観した思想の持ち主だし、それに鋭敏過ぎる。怖くないけど、何者だろう?
  そんなあたしの考えを察したのか、彼は柔らかく微笑む。
  「気味悪いですか?」
  「い、いえ」
  「嘘ですね。それは正直ではない」
  「……」
  「まあいいでしょう。人は誰しもが気味の悪い生き物。僕から言わせれば君も、龍人も、戦ってる彼女もその敵も、誰しもが気味の
  悪いものです。だから君の視点から言えば僕もまた同義。人は誰しもが孤独な旅人ですからね」
  「……」
  詩人なのかな?
  少なくとも、あたしよりははるかに人生を悟っているのは確かだ。それは年齢が上だから?
  それとも……。
  「それでどうするおつもりです?」
  「あたしは……」
  「相変わらずお優しいお方だ。……なら、こうしましょう」
  バチバチバチィィィィィィィィっ!
  突然、天高く電撃を放つ。
  瞬間、視線はこちらに集中する。戦闘中の2人も、驚いてこちらを見た。
  「はぁっ!」
  ひゅん。ひゅん。
  低い気合と共にあたしは糸を振るう。魔力の糸は不可視。誰の眼にも映らない。 
  屋根の上に潜んでいた2人は血飛沫を上げて転落、大地に転がる。殺してはないけど……転落した際に、当たり所が悪ければ
  死んでる可能性もある。でもそうしなければおそらく、彼女が死んでいただろう。
  勝敗は決した。
  レッドガードの女性は電撃に気を取られ続ける、という無駄な動作はしなかった。
  気を取られたのは一瞬であり、その隙に対峙していた冒険者を叩きのめしていた。冒険者達は衛兵達に拘束されていく。
  「事情聴取として貴女にも同道していただきます。手間は取らせませんので」
  「やれやれ。……でも、ちょっと待ってておくれ」
  あたし達の前に来る。
  薄く微笑を浮かべているものの、それが何を物語るかはよく分からない。
  人の表情を読むのは、まだ慣れていない。
  「助かったよ、二人とも」
  「いえ、そんな」
  「いやぁ僕は見学に留めたかったんですけどねぇ」
  どこか野性味の溢れる顔で、その口で、レッドガードの彼女は豪快に笑顔を称え、そして笑った。
  初めて接するタイプだ。
  豪快な姉御肌、と言うべきかな。当然フィーさんとは違う。アントワネッタさんともオチーヴァさん、エイジャさんとも違う。
  豪快、でも怖いわけではない。
  さっぱりとした、明るさの籠もった笑い声だ。
  あたしも吊られて笑う。
  「ようこそフロンティアに。私、エスレナも同じ冒険家業の人間として歓迎するよ、冒険者達っ!」