天使で悪魔
東へ
世界には10の種族がいる。
人間種である《インペリアル》《ブレトン》《レッドガード》《ノルド》。
エルフ種である《ウッドエルフ=ボズマー》《ダークエルフ=ダンマー》《ハイエルフ=アルトマー》。
亜人種である《アルゴニアン》《カジート》《オーク》。
それが一般的な種族。
しかし世界には、まだ多くの種族が存在している。
突如滅亡し世界から姿を消した《ドワーフ》。
有史以前に世界を支配していたアイレイド文明の末裔である《アイレイドエルフ》。
空を飛べる能力が防壁を無意味にする、という理由だけで帝国の殲滅政策の対象となった《フェザリアン》。
アイレイド文明の時代から存在する、最も古くもっとも強力な種族《ドラゴニアン》。
世界には数多の種族がある。
世界には数多の宗教がある。
世界には数多の勢力がある。
世界には……。
様々な要因が絡み合い、様々な差別や敵意、正義や悪が混在し、混迷を極める。
人は分かり合える?
そうかもしれない。そうでないかもしれない。
いずれにせよ争いは続く。
それぞれの価値観。
それぞれの世界観。
それが互いに互いを憎み合わせ、衝突させ、殺し合わせる。
世界はそうやって回ってきた。
世界はそうやって……。
「……まずいなぁ」
「……まずいですねぇ」
「……我輩の所為である。すまぬ」
舞台はまだレヤウィン。
あたし達はこの街から身動きが取れないでいる。大木に隠れ、外へと通ずる門を見るものの……そこには法衣の集団が
屯っている。アカトシュの信者達だ。
別の門にも同じようにウロウロしている。街から出るに出られない。
衛兵達は何も言わない?
……言わない。
信者達は門の近くで布教活動をしているだけであり、レヤウィン当局にその旨を申請し受理されている。
つまり公認の布教活動。
もちろん純粋な布教ではなく、ある人物を見張る為にあんな場所にいるわけだけど。
「我輩、マスターに迷惑を掛けている。大変申し訳ない」
「ううん、あたしは別にいいよ」
「いやぁ僕には謝罪の言葉はなしですかぁ。根に持っちゃいますよぉ」
アカトシュの信者達の狙いは彼だ。
一見すると銀色のアルゴニアン。顔の形状等が本来よりも異なる為、亜種と思うものもいるだろう。
厳密には違う。
まったく別の個体であり、純正の種族。龍人であるドラゴニアン。
珍しい種族。
文献にもよるけど《絶滅》していると断定されているものもあり、極めて個体数は少ない。
まあ、そこはいい。
アカトシュ信者達にとって問題なのは彼が《龍》である事。
アカトシュは龍の化身であり、神と同じ龍属性のドラゴニアンは彼らの価値観からすれば冒涜なのだ。
……。
……はっきり言って、ただの難癖。
しかもその難癖で彼を殺そうというのだから、正直理解出来ない。
もちろんそれはあたしが神様の熱心な信者じゃないからだろうけれども。
「ふぅむ。それで、どうするんです?」
イタズラっぽくシャルルさんは笑った。内心ではこの状況を楽しんでいるのだろう。
あたしは既に龍人と一蓮托生なのだ。
それを彼はからかっている。
……。
事の発端は簡単。
龍人に、名前をあたしが付けたからだ。冗談でチャッピーと言う名前を付けた。
それがいけなかった。
何故なら、龍人にとって名前は神聖であり魂を縛るモノ……らしい。
名付けた者に絶対服従(信頼出来る者に限る)するという種族の特性があるらしい。結果、彼はあたしに忠誠を誓ってる。
だから。
どこでもいっしょ。
どこまでもいっしょ。
はぅぅぅぅぅぅっ。
結局、同類項としてアカトシュ信者から追われ探され、襲われる運命共同体。
何度も辞退した。
あたしは貴方に従属して欲しくないと、何度も言ったけど延々と着いて来る。
これがただの変な人ならまだいい。
丁重に辞退して逃げる。
もしくは叩きのめすだけだ。
それが出来ないのは簡単。彼は、種族としての掟に従っているだけ。そこは、あまり共感も理解も出来ないけど……少なくとも
悪い人ではない。むしろ良い人。あまり無下には出来ないのは、その為だ。
「マスター、いかがする?」
「……」
「マスター」
「……」
いつの間にかあたしも彼の道連れ。
彼の危険はあたしの危険、あたしの危険は彼の危険。運命共同体はとっても辛いです。
運命共同体は心強い?
……。
今はただの不幸。
今はただの不運。
はぅぅぅぅぅぅぅっ。
「じゃ、僕はこれで」
「シャルルさぁんっ!」
「いや僕関係ないし」
「そ、そんなぁ」
「マスターが困っているではないか。貴殿、あまりマスターを煩わせるではない。我輩が許さんぞ」
『……』
お互いに顔を見合わせ、それから龍人チャッピーを見る。
自分の撒いた種でしょうにぃー。
もちろん、彼の所為ではない。厳密には狂信的なまでにアカトシュを崇拝している、あの信者達だ。
シャルルさんとゼニタール聖堂の司祭様の説得(査問云々を持ち出した、ある意味で脅迫)も効果はなかったらしい。
門の所でチャッピーが網に掛かるのを待っている。
ここでこうしていても仕方ない。
「まっ、お昼御飯でも食べに行きましょうかねぇ。ここでこうしていても仕方ないですしね」
あたしはそれに賛成した。
確かに、お腹が空いたし……それにさっきから、こちらを誰か見ている。
街中だし、人の往来もある。
だから他人の眼に止まるのは普通だけど……こちらをジッと見ているのだ。それも複数。
敵意と殺意は感じられない。
ただこちらを見ている。
……何者?
もしかしたらゼニタール聖堂にアカトシュ信者が雪崩れ込んだ時に感じた、あの《正体不明の殺気の持ち主》と関係あるの
かもしれない。結局、あの殺気の持ち主が誰か分かってない。
もしかしたら都合よくあの場面に出てきたシャルルさんだったりして。
ふふふ。
「シャルルさんに賛成です。さぁて、何食べようかなぁ」
お昼時なので、店の中は込み合っていた。
座れるか心配だったものの、幸い奥のテーブルが空いていたのであたし達はそこに座る。
ウェイターのダンマーの女性が注文を取りに来た。
「僕はAランチ。セットのスープは……そうですねぇ、野菜……いや、魚介類スープでお願いします」
「我輩は羊のソテーとポタージュ、ライス。あとビールを頼む。……神父、お前も飲むのか? では、ビールは2本だ」
メニューをあたしは熱心に見つめる。
食事は人生の友だ。
「お決まりですか?」
「はい。えっと、Cランチと、ハンバーグ、魚介類のスープにクロワッサンをお願いします」
「お客様、Cランチにはカボチャのポタージュがついていますが」
「えっと、魚介類のスープは単品で注文です。あと、オレンジジュース。デザートに苺のショートケーキを三つお願いします」
『……』
沈黙する、3人。
3人とはウェイターの女性、シャルルさん、チャッピーの3人の事だ。
気を取り直したようにウェイターのダンマーは注文の確認をし、それから一礼して厨房へと引っ込んだ。
相変わらず唖然としてあたしを見ているシャルルさんとチャッピー。
不思議そうに訊ねる。
「何ですか?」
「……いや、よく食べますねぇ。というか食べれるんですか?」
「……マスター、あまり食べ過ぎると体に悪いぞ」
エイジャさんにもよく言われたっけ。
食事は最高の法悦だ。
食事は最高の贅沢だ。
今まであたしは闇の一党として、クヴァッチ聖域で暮らしてきたからあまり食事を楽しむ習慣はなかったしおいしいと感じた事
もあまりなかった。食べてきた食事がまずいわけではない。楽しむ心の余裕がなかったのだ。
泣いてばかりだったもの。
フィフスがいたけど。
マーティン神父という心の支えがあったけれども。
それでもいつもあたしの心は乾いていた。
そして感じていた絶望と閉塞感。
食事を楽しむ。
それはフィーさんに平穏を与えてもらってから覚えた贅沢だ。今は食事が楽しくてたまらない。
太る?
んー、それはないと思う。あたし、痩せの大食いみたいだし。
「それでフォルトナさん、これからどうするつもりです?」
「あ、あたし?」
「だって貴女のモノでしょう?」
イタズラっぽく笑う。
シャルルさんはシャルルさんで、この状況を楽しんでいるらしい。
もちろんそれは彼が当事者ではないから、その余裕でもある。
「あの、チャッピー」
「何でしょうか、マスター」
「あの、あたしは従うべき存在じゃないし、尊敬されるべき存在じゃないので解消しませんか?」
「それは出来ません。あのお優しいお言葉を聞き、貴女しかいないと感じました、マスター」
「……」
優しい言葉。
うー、そんなつもりじゃなかったんだけどなぁ。
アカトシュ信者にイチャモンで狙われる、その事に対して同情めいた言葉を掛けただけなのに。
少し複雑。
「マスター」
「せ、せめてマスターはやめてくださいませんか? 名前でいいですよ、フォルトナで」
「いえ。それは失礼でしょう。せめてお嬢様が妥当かと」
「それもちょっと……」
「では……」
少し考える。
「では、マスターお嬢とお呼びしましょう」
「いえ、足せばいいわけじゃ……それに、ややこしい呼称ですし」
「では略しましょう。M嬢とお呼びします」
「……すいませんやっぱマスターでいいです……」
さすがにM嬢はまずいです。
はぅぅぅぅぅぅっ。
「それでフォルトナさん、これからどうするんですか? 主従共々、アカトシュ信者と渡り合うおつもりで?」
「主従って……」
「運命共同体でしょう?」
「流れ的にはそうなんですけど、あたしは別に……」
「まぁ、彼と行動するのであれば遅かれ早かれ連中とぶつかりますよ。僕の脅迫も効きませんでしたしね」
「……戦闘……」
「そう、そこに行き付くわけです。もちろん彼を引き渡せば、問題なく終わるでしょうけどね。簡単ですよ、貴女が命じればいい。
きっと素直に従うでしょう。その終わりで行きますか?」
「……」
アーケイの司祭であるシャルルさんは、少し意地が悪い。
悪い人じゃないと思うし、別に悪気もないんだろうけど……そういう言い方されたら、戦闘するしかないじゃないの。
「マスター」
「何ですか?」
「一度マスターに忠誠を誓った以上、全ての進退は貴女に委ねております。どうぞご随意に」
「……」
チャッピーもチャッピーだ。
勝手に絶対的な忠誠誓って、盲目的に従って、そういう台詞言われたらあたしも鬼じゃないんだから《お前邪魔》とは言えない。
ここに至るとアカトシュ信者とガチンコバトルするしかないじゃない。
暗殺者辞めて冒険者を気取ってるけど、冒険者ってハプニングの連続なんだなぁ。
世の中にはまだあたしの知らない事ばかり転がってる。
フィーさんが冒険に明け暮れて、スキングラードの豪邸で優雅に暮らさない訳が分かる気がする。
冒険って、何かドキドキする。
まあ、今のところは流されてるだけなんだけども。
「お待たせしました」
女性の声。ダンマーのウェイターだ。テーブルに注文した料理を並べていく。
良い匂い。おいしそう。
特にハンバーグ、あたしの顔ぐらいの大きさだ。食べ応えありそうだぁ♪
「ごゆっくりどうぞ」
一礼し、ウェイターはテーブルを離れる。
フォークとナイフを手に取り、律儀に軽く頭を下げて……。
「いただきまぁす♪」
パクパク。
モグモグ。
「おいひぃー♪」
「マスターのその愛らしいお顔、心が洗われる想いです」
「……悪食なだけだと思いますけどねぇ」
「何だと貴様っ!」
「貴様はよしてください。貴方と僕は、知り合いであって仲間ではないんですから」
途端、あたしの食事量を巡って口論を始める2人ではあるものの……当事者である、議題の人物であるあたしは一切気にならな
いし気にしない。
このハンバーグ、絶品です♪
クロワッサンは焼き立てでサクサクしてておいしいし、魚介類のスープも最高♪
スローターフィッシュって外見悪夢の如くに怖いけど、食べるとおいしいのが世の不思議。オレンジジュースは絞りたて♪
パクパク。
モグモグ。
食事、偏っているとは言うなかれ。
Cランチは野菜中心の、ベジタブル。ちゃんと野菜も摂ってます。
……。
あっ、そうだ。
「すいませーん。野菜炒めくださーい」
「ふぅ。おいしかったぁ」
30分後。
テーブルの上には無数の皿だけが存在していた。残さず頂きました♪
ご馳走様です♪
「……」
「……」
信じられないものを見た、そんな視線であたしを見る男性陣。
何でだろう?
「あー、おいしかった……けど、出来れば野菜炒めは塩じゃなくて醤油味をベースにして欲しかったなぁ」
「……散々食べ散らかして言う事がそれですか」
「……? 駄目ですか?」
ふぅ。シャルルさんは溜息を吐く。そのままの顔で、視線を右に移す。
……感じる。
また、見られてる。シャルルさんの視界の先にいる奴に……ううん、奴らだ。複数形。
あたしも視線だけを移す。
数は8名。
右……あたしから見たら左にいる。左の、一番奥のテーブルに陣取ってる法衣の集団。
ただアカトシュ信者ではなさそうだ。
彼らの法衣は小奇麗であったものの、すぐそこにいる連中はどこか擦り切れている。
「ベライト信者のようですね」
「ベライト……オブリビオンの魔王ですね」
「ご名答」
悪魔達の住まう世界オブリビオンに君臨する、16体の魔王の1人であるベライト。龍の外見を持ち、疫病を司る。
アカトシュ信者同様に同じ《龍属性》を巡ってここまで来たわけか。
アカトシュ信者はチャッピーの存在が神を冒涜しているという建前で殺そうとしている。
何故?
神と同じ龍だからだ。それが彼らには許せない。
唯一無二を守る為に、龍人の存在が許せないのだ。……勝手な事だ。
ベライト信者はどうなんだろう?
「貴様らっ!」
勢いよく立ち上がるチャッピー。勢いがよすぎて椅子が倒れた。ベライト信者を見据える。
その時、彼らは動いた。
「おお我らが主よ、ベライトの化身よっ! 我らは貴方様の信徒、我らをお導きくださいっ!」
そのまま全員、平伏した。
彼らにとってはベライトの化身であり、崇拝の対象。
シャルルさんはポツリと呟いた。
「違う価値観と異なる思想。……人とは同じ価値観を共有する事すら出来ない愚かな存在ですねぇ……」
「いやぁあの吸血鬼ハンターの姐さんは本物だな」
「ああ。レヤウィンの夜の恐怖だった《ヌェベルグの悪魔》と呼ばれた吸血鬼退治したんだからよ」
インペリアルとカジートの冒険者風の2人は、談笑交じりに門を潜る。
吸血鬼ハンター?
もしかしてファレギル、ブラヴィルで会ったあのレッドガードの女性の事だろうか?
布教活動をしている風のアカトシュ信者達の視線が門を出入りする者達に集中する。
怪訝そうに信者達を見返し、二人は街の外に出て行った。
……。
普通に、チャッピー探してるなぁ。
ここで延々と先延ばして街に籠もってても……路銀が尽きて、路頭に迷う。
チャッピーを放置したら?
……無理。
ゼニタール聖堂に連中が押し入った時、あたしの顔は覚えられているはず。
種族が龍人であるというだけで《アカトシュに対する冒涜》とか言う連中だから、敵対したあたしも背徳者になるに違いない。
遅かれ早かれ、戦闘は免れない。
話し合いという形が取れない以上、争うのがもはや筋だろう。
……面倒だなぁ……。
「フォルトナさん、そろそろ始まりますよ」
「……」
「フォルトナさん」
「あっ、はい」
門から死角の場所に潜み、機会を窺う。
フード付きのローブを身に纏った銀色のトカゲが門に近づく。アルゴニアン……いや、ドラゴニアン。
チャッピーだ。
フード被ったところで丸分かりだろうし、アカトシュ信者もそこまで馬鹿ではない。
すぐに目的の人物だと気付くだろう。
「あの、シャルルさん。どうしても争う必要、あり……ますよね」
「向こうが本気で殺そうとしている以上はね」
「信仰って、そんなものですか? だって彼ら敬虔な信者達ですよね」
「そんなものです。聖職者に、聖人君子求めても無駄ですよ。所詮は肉体に縛られた人間です。エゴもありますよ。狂気もね」
「……」
「以前、アンガに潜むナミラ信者の改宗を僕……は参加しませんでしたけど、僕達アーケイ信仰の者達がアンガ遺跡に出向いた
事があるんですよ。これも彼らアカトシュ信者と変わらない所業でしたよ」
「どう、なったんです?」
「ナミラ信者に返り討ちで皆殺し」
「……」
「人それぞれ好きなモノを崇めればそれでいいんです。人の信仰にとやかく口を出すべきではない」
「その理屈だと、彼ら正しいんですよね?」
「ええ。正しくも、間違ってる。何が正しいかなんて誰にも分かりませんから。結局、善悪は自分の価値観ですからね」
「……」
掴み所のない人シャルルさん。
飄々として、どこか愉快なところもあるんだけど……妙に現実感ある人なんだよなぁ。
ブラヴィルで出会った時も、ウンバカノの依頼を受けた理由が《生きるのにはお金が必要》という理由だったし。
不思議な人だなぁ。
「始まりましたよ」
視線の先には、口論を始めるチャッピーとアカトシュ信者。
「始まりましたよ」
もう一度、同じ事を口にする。
口論は、次第に掴み合いに発展する。門には衛兵が2人、常に待立してお尋ね者の街の出入りを気にしている。
その二人は既に大地にキスして熟睡中。
「……なかなか物騒ですねぇ。あの連中」
「……ですよね」
喧嘩だと思ったのだろう。
仲裁に入った衛兵を、アカトシュ信者達がフルボッコしたのだ。信者達の数は20。その中の1人が走る。
別の門の信者達を呼びに行ったのだろう。
そうはさせないっ!
「待ちなさい」
一同、あたしに……あたしだけっ!
シャルルさんは木陰に隠れて出て来ない。あたしだけが注目の的。
はぅぅぅぅぅぅぅっ。
信者の1人が舐め回すようにあたしを見る。
「お前、この間の……」
聖堂での事を覚えているらしい。
すらり。
次々と武器を、腰のナイフを抜き放つ信者達。住人の誰かが悲鳴を上げた。衛兵は、まだ来ない。
高らかに宣言。
「アカトシュの信仰の為、お前達をここで断罪するっ!」
「……罪って何ですか?」
「……何?」
「チャッピーはっ! ただ生きてるだけじゃないのっ! ただ必死に毎日生きてる、それが罪なのっ!」
「罪だ。存在そのものが罪なのだよ、小娘っ!」
「……」
そんなの酷い。
そんなの酷い。
そんなの酷い。
「チャッピーはあたしの仲間ですっ! 貴方達こそ、あたし達にとっては存在そのものが罪っ!」
「小娘ぇーっ!」
途端、喚声を上げて信者達に突っ込む集団。
敵の増援?
……違う。
「ベライト万歳っ! 突撃ぃーっ!」
ベライトの信者達。チャッピーを神と仰ぐ(正確にはオブリの魔王ベライトの化身)者達。
アカトシュ信者達の虚を突く形で乱入。
混戦。
乱戦。
今だっ!
「はぁっ!」
ひゅん。
魔力の糸が相手の武器を切り裂き、使い物にならなくする。
……殺すわけには行かない。
住人が遠目で大勢見ているし、そんな中で人を殺せば即お尋ね者だ。そこは皆にも言ってあるし理解してる。
ベライト信者も同様だ。
何の配慮も思慮もなく殺意を振り撒いているのはアカトシュ信者だけだ。
バチバチバチィィィィィっ!
電撃が放たれる。木陰から……シャルルさんだ。相変わらず出て来ないけど。
電撃の余波が信者を2人吹き飛ばす。
直撃ではない。
その余波。
殺さないようにという配慮だ。
それでも、余波といえど巻き込まれれば気絶は免れない。
その時、別の門に送った奴から注進を受けたであろうアカトシュ信者の増援が現れる。衛兵は……まだ来ない。
「はぁっ!」
ひゅん。ひゅん。ひゅん。
糸は的確に。
糸は正確に。
相手の武器という武器を狙い、両断し、破壊し、武器とは呼べない代物へと変えていく。
攻撃力を無になったアカトシュ信者達をベライトの信者達はフルボッコ。
数の上では無効が圧倒的優勢ではあるものの、能力の面では全員がほぼ均等に低い。対してこちらは、自分で言うのは
おこがましいけどあたし、チャッピーは能力面で突出している。
俄かの連携も、なかなかうまく行ってるし。
「はっはぁーっ!」
妙な奇声を上げ、チャッピーが纏わりつく信者達を蹴散らす。
脆弱な集団は、次第に数を減らしていく。
……。
殺してはない。
気絶か、痛みで動けないのだ。どちらにしても死んでるのと変わらない。
身動きではないのは同じ事だからだ。
「はぁっ!」
ひゅん。
鋭く、見えない糸が戦場を駆け巡る。
戦闘は次第に終息しつつある。戦闘不能者が多数続出するアカトシュ信者達。
あたしが武器を破壊し、チャッピーが白兵戦で相手を叩き伏せ、シャルルさんが木陰から魔法を断続的な放って相手側を
沈めて行く。
その残りをベライト信者がフルボッコしていくのだ。
俄かの連携がうまく働いている。
「がっ!」
「ぎゃあっ!」
「……っ!」
ドワーフ製のメイスで相手を叩きのめすチャッピー。三名が、倒れた。
向こうの連携はこちらの比ではない。明らかに高い。
しかし優先順位がチャッピーであり、龍人抹殺を前面に出し、前提にしているのでどうしても彼に集中する。
その状況をあたし達は突くのだ。
「小娘ぇっ!」
「……ちっ」
舌打ちする、あたし。
戦場を駆け巡る魔力の糸を掻い潜り、肉薄してくる法衣の男。手には煌く刃。銀製のナイフだ。
この距離。
この間合。
糸で打ち倒すらには、少々危険。
……。
避けられ、結果としてあたしが刺殺される……からではない。
この距離だと相手を殺すしかないからだ。
すらり。
腰の銀製のショートソードを抜く。
スキングラードを出る時、無断借用したフィーさんの剣のコレクションの1本だ。雷属性がエンチャントされている。
「はぁっ!」
「死ね、悪魔の使いの女っ!」
キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
肉薄し、数回刃を交える。
あまり剣は得意じゃないけど、三流山賊程度は斬り伏せれるだけの腕は持ってる。……そんなに大した腕じゃないけど。
向こうの腕もそんなに高くない。
むしろあたしより劣る。
近づいて初めて相手の種族が分かる。インペリアルの男性だ。
憎々しく顔を歪め、言葉を吐く。
「何故あの悪魔を庇うっ!」
「彼は悪魔なんかじゃないっ!」
「悪魔だろうがっ! オブリビオンの魔王であるベライトの信者どもを従える、奴は悪、奴は魔、死ぬべき存在だっ!」
「……っ!」
キィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
宙を刃が舞う。
あたしの剣は、信者の剣に弾かれた。冷笑を浮かべ、勝ち誇るインペリアルは突きに転じ、そして……。
「死ね、悪魔の女めっ!」
「悪魔は貴方達じゃないのっ!」
キィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
澄んだ音を立てて彼の持つナイフが両断される。……いや、無数の鉄の塊となって地に落ちる。
輪切り。
さらに彼の法衣をズタズタに切り裂く。
肉には傷つけない。
血は出さない。ただ、彼の武器を、法衣をズタズタにした。殺したら、こいつらと同じだからだ。
「消えなさい。次は、殺す」
「ひぃっ!」
バタリ。
恐怖に耐え切れないのか、倒れた。気絶している。
「そこまでだっ! 全員動くなっ!」
甲高い声が、威圧的な命令口調の声が響いた。
女性仕官が衛兵達を率いて介入してきた。シーリア・ドラニコス隊長だ。レヤウィン都市軍だ。
ようやくお出ましか。
街中でこんな大乱闘(殺し合いにはあらず。あたし達は殺さないように努力してるから)してれば当然の事ながら衛兵達が
出張ってくる。頃合だろう。チャッピーが吼えた。
「お前達、後は任せたぞっ!」
『仰せのままにっ!』
ベライト信者達がアカトシュ信者達に向って突撃。
羽交い絞めにしたり、殴り倒して気絶させたり。シーリア隊長率いる部隊は必然的な派手な動きをするそちらに気を取られる。
……。
少し、ベライト信者達が可哀想な気もする。
彼らはチャッピーをベライトの化身だと思っている。オブリビオン16体の魔王の1人だと。
だから寡黙と従う。
だから命令と従う。
自発的な行動と思想ではあるものの、どこか不憫な気がした。
「フォルトナさんっ!」
「マスターっ!」
二人が叫ぶ。シャルルさんと、チャッピーだ。
逃げる方向にいた敵……アカトシュ信者と衛兵を魔法で気絶させ、龍人は彼らを殴り飛ばす。
逃走路の確保完了っ!
「はぁっ!」
ひゅん。
糸が放たれると、衛兵達の剣と盾が次々と切り裂かれ、地に落ちる。
咄嗟の事に唖然となり動きを止める衛兵達を尻目にあたし達は逃走した。逃げる潮時だ。
走りながら、ちらりと後ろを見る。
衛兵達に追われ逃げるアカトシュ信者と、あたし達(正確にはチャッピー)を逃がす事に成功したベライト信者達もまた街に外に
活路を見出す。衛兵達はこちらには手が回らない。
街の外には……逃げれないっ!
その為の作戦だったのにぃー。
アカトシュ信者をフルボッコして、街の外に逃げて追撃を振り切る……はずが衛兵達によって門が閉ざされている。
あたし達は市内を逃げ回る。
夕刻。
レヤウィン。ゼニタール聖堂内。
市内は蜂の巣を突いたような状況。あたし達、アカトシュ信者、チャッピーを神と崇拝しアカトシュ信者の面々と戦うベライト
信者の乱戦により衛兵達は介入、両信者は何名か拘束され、逮捕された。
喧嘩両成敗。
被害者であるものの、あたし達もただではすまない。
状況を説明すれば逮捕されても釈放されるものの、事情聴取だけでも数日は要するだろう。
そんな理由で、ゼニタール聖堂に逃げた。
司祭様は匿ってくれた。
それだけではなく、事情をレヤウィン当局に説明してくれると言う。
「あの、どうもありがとうございます」
「いえ。……ただ、街は離れた方が良いですね。事情聴取にしても説明するにしても、同じ日数をこの街に縛られるでしょう。
後の事はお任せください。こちらで何とかしておきますから」
「あの、どうしてそこまで?」
素直な質問。
ゼニタール司祭は、少し自嘲気味な笑みを浮かべる。
「罪滅ぼし、ですね」
「罪滅ぼし?」
「アカトシュ信者達の暴挙……理解も出来るんですよ」
「えっ?」
「宗教は神を盲目的に信仰する事。人助けは優先順位としては、次なんですよ。……彼らの行動が理解出来てしまった。引渡し
を跳ね付けはしたものの理解は出来てしまった。だから、罪滅ぼしなんです。まだまだ修行が足りませんね」
「……」
宗教は完璧ではない。
結局人が創りしモノだからだ。矛盾もあるし、そこに反発もあるだろう。
でも……。
「……」
あたしは無言で頭を下げた。
龍人は外の様子を気にしながら率直に疑念を口にする。
「しかしどう街を出ればいい?」
外は衛兵で溢れかえっている。
深緑旅団との戦争の結果、治安は悪化の一途。だからこそ通常以上に衛兵が繰り出している。
これ以上治安が悪化すると住人の領主に対する信頼が崩れるからだ。
早期解決の為に衛兵達は大挙して溢れている。
「聖堂の地下に、抜け道があります。下水ですが、そこから街の外に出られます」
「抜け道?」
「城にも通じています。白馬騎士団はその抜け道を使って城に潜入し首領を討った。……まあ関係ない話ですね。ともかく外に
出られます。地図は用意しますので、あなた方も出立の用意をした方がいい」
「いやぁ助かりますねぇ」
眼鏡の位置を直しながら、飄々とした感じで喋るシャルルさん。
ここに至ると彼も一緒に脱出する必要がある。
同様に、一時的とはいえお尋ね者だからだ。
「ごめんなさい、シャルルさん」
「貴女が謝る事ではないですよ。丁度退屈してましたから。……それに、人手は多い方がいい」
「人手?」
「良い逃げ場所があります。しばらく潜伏した方がいいでしょう。その間、僕の手伝いをしてください。あっ、急いでます?」
「このままスキングラードに帰っても、何の収穫ないですし。フィフス探しに色々と回れたらいいなと思ってます」
「よかった。情報が集う街ですからフォルトナさんにも利があるでしょうしね」
「どの街です?」
「フロンティア」
「フロン……はっ?」
聞いた事ない名前の街。……村かな?
気難しい顔をしている龍人も、おそらく名前を知らないのだろう。
……。
まあ、チャッピーの表情はまだ読めない。もしかしたら気難しい顔ではないのかもしれない。
アルゴニアン同様に読み辛い表情だ。
「フロンティア。……おや、知りませんか」
「あの、知りません」
「東です。ここから東……正確には北東に出来た街ですよ」
「東?」
「そう。東へ逃げましょう。東へ。……まあ、その前に僕は少し散歩に行ってきます」
「でも危ない……」
「大丈夫大丈夫。僕はフォルトナさんのように暴れてないですから」
レヤウィン郊外。
深緑旅団との戦争で焼け落ちた白馬山荘跡。
「はあはあっ!」
追い立てられた哀れな小動物の如く、逃げ惑う法衣の集団。アカトシュの過激な信者達だ。
龍はアカトシュの化身。
高貴なる存在。
だから。
だからこそ、龍人であるドラゴニアンは彼らにしてみれば神を騙る者……背徳者なのだ。
「はあはあっ!」
相手の心情は気にしない。
相手の人格は気にしない。
自分達の価値観に反するから殺す。狂信と信仰は紙一重。
散り散りとなり、信者達は5名。
他の者達は別の道を逃げたか、ベライトの信者達との戦いで死んだか、レヤウィン当局に逮捕されたか。
その三つのどれかだろう。
いつの間にか世界は闇に包まれつつある。
闇は恐怖を倍増する。
闇は視界を妨害する。
ガサ。
茂みが揺れる音。
風の音とは思えない。別に、そうだと思う確固たる理由があるわけではないのだが闇がそうさせるのだろう。
怯える信者達。
そして……。
「そう怯えなさんな」
「……あんたか」
「そう、親愛なる同胞さ。首尾よく逃げれてよかったですねぇ」
「……っ! そんな事より話が違うぞっ! ベライトの信者どもを何とかしてくれるんじゃなかったのかっ!」
安堵から、怒りへと変わる信者達。
突如として目の前に現れた女のように白い肌……いや、白過ぎる肌の男はおかしそうに笑う。
「予想は常に反するものですよ。それより、あれだけの人数繰り出して敗れるとは……信仰も脆いものですねぇ」
「くっ!」
「ベライトの信者達はもう引き上げた模様ですよ。これで邪魔はなくなった。……あの龍を追いなさい」
「……断るっ!」
「……」
静かに、信者達を見つめる男。
その静かさが不気味だった。たっぷり数十秒間身動きせずに黙り、それから微笑んだ。
「その理由をお伺いいたしましょうか」
優雅に。
優美に。
一礼するその様は、洗練されていたもののどこか嫌味めいていた。
それに気圧される信者達。
どもりながら答える。
「あの、あの小娘がいるからだ」
「あの小娘……ああ、あの子。確かに異質な……魔法? 技? ともかく、異質な能力を有していますね。それで?」
「仲間達は大勢倒れた。これ以上の、追撃はしたくない」
「へぇ? これは君達が望んだ事でしょう? なのに途中で降りる? ……それはフェアじゃない。フェアじゃあないよ」
「……」
「龍人はアカトシュ信仰者として許しがたい悪魔。何故なら龍は神の化身だから。その姿を持つ、その肉を持つあれの存在
は神を貶める存在。だから殺したい。そして《我々》の目的は奴の死骸。……生きたままでもいいけどねぇ」
「《我々》だと? お前は、一体……」
「古き者達だよ、君達より遙かにね。あの龍人種族の出現年代とほぼ同じだね」
「古き……」
「まあいい。降りたければ降りればいい」
「……そうさせてもらう」
「君達の進むべき道は既にこの時点で決した。……可哀想に。別の道を選べばよかったのにね。……残念だよ」
「……えっ?」
「始末しろ」
「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
闇が。
……。
いや。闇達は蠢く。世界の夜を駆ける、闇の使徒達が蠢き出す。
そして今宵も、闇の中で囁くのだ。