天使で悪魔




難破船の魔




  世界は広い。
  タムリエル中心部シロディール。
  中心地と言えど、一地方に過ぎないものの……やはり、広い。
  人の足では容易に目的地にすら到達出来ない。
  レヤウィンにいる占い師にフィフスの居場所を占ってもらう為にスキングラードから旅をしているものの……ようやく
  ブラヴィルに着いた。

  レヤウィンには、あと二日は掛かるだろう。
  賊が徘徊している。
  治安の悪化は、眼に見えて激しくなっている。
  街道沿いの宿屋ファレギルからブラヴィルにここまで時間が掛かったのも、治安の悪化が原因だ。

  本来ならブラヴィルは素通りするつもりだったけど、疲れたので宿に。
  ……。
  ……それが、今回の騒動の発端だった。






  カチャカチャ。
  ナイフとフォークをうまく使い、ニベイ湾で取れた新鮮な魚を使ったムニエル。バターの香りが、食欲をそそる。
  おいしい。
  「んー♪」
  旅って楽しい。
  こういう宿での食事も、旅の醍醐味だ。
  ここはブラヴィルにある宿屋シルバーホーム。……老人ホームみたいな名前だけど、繁盛している。
  店主はギルゴンドリンさん。

  大いに繁盛しているものの、店主である彼はこの商売を嫌っているらしい。
  人生って不思議。
  あたしの他にもお客はたくさんいるのに……商売が嫌い?
  よく分からないなぁ。
  「ジュースのお代わりは?」
  「いただきます」
  陶器のカップにアップルジュースを注いでくれる。
  カウンターの席に座り、あたしは朝食を食べていた。朝食にしては重たい食事ではあるものの、毎朝たくさん食べないと
  あたしは元気が出ない。
  ……。
  もっとも。
  クヴァッチ聖域にいた頃は、食事を楽しむ習慣はなかった。
  いや、正確にはそれすらも許されなかった。
  もしかしたらそうでもなかったのかもしれないけれど、常に精神的にあたしは『だぁく』だった。
  食事を楽しむ習慣は、フィーさんに拾われてからだ。
  あまり気にするなとあの人は言うけれど、あたしにとっては永遠の恩人であり、憧れだ。
  いつかあんな風になれたらいいなぁ。
  「良い街ですね」
  「そうかい?」
  ブラヴィルは確かに汚い街並み。
  家の材質も木が大半であり、住人の生活も他の都市に比べると格段に落ちる。
  治安はワースト二位(深緑旅団関係でレヤウィンの治安の水準は転落した為)だしあまり住み良い街ではない。
  でも、大都市に比べると住人はどこか純朴な気がした。
  ……。
  まあ、住んでいないあたしには表面しか見えないのも仕方ないけど。
  「お嬢ちゃんは何しにここに来たんだい?」
  「レヤウィンに行く為です」
  「レヤウィン? やめときなやめときな、あそこは吸血鬼がのさばってるよ」
  そう言ったのは、ギルゴンドリンさんではなかった。
  鎖帷子を纏った女性。
  ……。
  あっ、ファレギルにいた吸血鬼ハンターの人だ。
  レッドガードの女性。
  あたしを見て、それから周囲の客達を見渡す。名乗るでもなく、周囲に警告。
  「レヤウィンは吸血鬼が出没している。深緑旅団の爪跡の後遺症で治安は悪化、最悪にまで落ち込んでいる。その隙を
  突いて吸血鬼達が入り込んでいる。悪い事は言わない。素人、興味本位の冒険者は行かない方がいい」
  「……」
  しぃぃぃぃん。
  静まり返る店内。そんなにレヤウィンの状況は、酷いんだろうか?
  どの道、行くんだけどね。
  女性は自分の言葉が全員を沈黙させたのに満足すると、悠然とした足取りで歩く。
  「店主、清算を」
  「あ、ああ」
  「では皆さん、楽しい朝食を」
  金貨を払い、出て行く。
  凄い人だなぁ。
  何というか、色んな意味で。警告と同時に怖がらせて楽しんでいるようにも見える。警告してくれるだけ、ありがたいんだろう
  けどああいう感性はよく分からない。
  ……。
  ああ、結局また名前知らないままだ。
  まあ、いいけど。 
  ガチャリ。
  宿屋シルバーホームの扉が開く。新たな客は……全身を鋼鉄の鎧を纏った5人。フルフェイスの兜で顔が分からない。
  吸血鬼ハンターの爆弾発言とは別の意味で、静まり返る店内。
  新たな客の1人が言う。
  「我々は二ベイ湾に現在立ち往生している難破船に乗り込む人材を探している」
  難破船?
  あたしは怪訝そうな顔をする。
  「……?」
  「おや知らないのかい? ここ三日ほど二ベイ湾に浮かんでるんだよ。……難破してるとは知らなかったが」
  小声でギルゴンドリンさんが耳打ちしてくれる。
  じゃああの5人はその関係者?
  「あの船は我々の主であるウンバカノ様の所有船。法的には何の問題はない。しかしこれはブラヴィルには知られては
  ならない。秘密裏に解決しなければならない。報酬は好きなだけ払う。質問はなしだ」
  「ウンバカノっ!」
  飲み過ぎで顔を真っ赤にしたノルドが驚いて叫ぶ。
  あたしも少し驚いた。
  半分、彼の叫び声に驚いたんだけど……ウンバカノの名前はあたしでも知ってる。
  帝都随一の大富豪で、アイレイドの古代遺産のコレクター。
  じゃあ、あの5人はウンバカノの私兵?
  噂では遺産収集の為に私兵と専門のトレジャーハンターを抱えているらしいけど……本当なのかも。
  「店主は誰だ」
  「私、ですが」
  「そうか」
  ドサっ。
  ギルゴンドリンさんの前に大きな袋を置く。おそらくは金貨だ。それも大量の。
  「これでここを貸し切る。問題が解決するまで、我々の元で働かない者はここに閉じ込める」
  「ふざけん……っ!」
  オークの客が叫ぼうとするものの……刃を突きつけられて、黙った。
  私兵達は客を制圧した。
  「安心しろ。危害は加えない。我々は情報を規制する、ただそれだけだ。ここに閉じ込めている間の報酬は支払おう。大人
  しく飲んでいろ。ブラヴィル当局に悟られるのを嫌うだけだ。難破船の荷物を回収次第、撤収する。後は好きにしてくれ」
  『……』
  全員、黙る。
  難破船に行って荷物を回収するのが仕事……というわけか。
  いくら大富豪でもここにいる全員を口封じで殺せば逮捕……はされないか。知らぬ存ぜぬで通すだろう。
  つまり私兵の独断にするはず。
  私兵もそれは分かってるから、そんな横暴な事はしないはず。
  言葉の通りに、軟禁するだけだろう。
  何故、当局に知られるのを嫌うのかは不明だけど……目的の荷物さえ回収したら、どうにでも揉み消せる。
  そのまま退くはず。
  ……。
  もちろん、あたしはウンバカノを知らない。
  前述の非道な行いをするかどうかは、あたしの勝手な想像であり彼個人の性格とは関係ない……はずだと思う。
  多分。
  あんまり自信はない。
  「我々に手を貸す者はいないのか? 雇い人はウンバカノ様、報酬は思いのままだぞ」
  『……』
  誰一人、答えない。
  ここに閉じ込められていても報酬は払われる(難破船まで行くよりも報酬は安いだろうが)のだからわざわざ危険な事を
  する必要はない。それが客達の本音であり、ここにいるのが全て冒険者とも限らない。
  大半はただの飲み客。朝酒大好き人間。
  冒険者もいるだろうけど、秘密めいた依頼は極力避けるのは当然だろう。
  ただ……。
  「あたし、受けます」
  手を上げた。
  報酬は興味ない。けれど、アイレイドの遺産というのには興味がある。
  フィフスもまたアイレイドの遺産。
  特に接点はないだろうけど、フィフスの事を知る為にもアイレイドの遺産を知るのは大切だ。ウンバカノはアイレイドコレクター
  だし、当局に知られたくないというのも、おそらくはアイレイドの遺跡から盗掘した『何か』に違いない。
  ……多分ね。
  「では、僕も受けましょうかねぇ」
  青い法衣を着込んだ、インペリアルの……司祭かな。年の頃は30代。間延びした顔の男性は、挙手した。
  その間延びした顔には、何か器具がついている。なんだろう?
  他の志願者はオークの戦士。
  その他数名は、チンピラ紛いの連中。
  私兵の1人が頷いた。
  「お前達の参加を受諾する。波止場に行きたまえ。我々の仲間が船で待っている」





  ニベイ湾に浮かぶ船は、思ったより大きかった。
  大型のガレオン船だ。
  帆は破れ、船体は波で揺れている。湾は静まり返り、波の音と揺れる船体の音だけ。
  人の気配はしない。
  「……」
  ウンバカノの用意した、小型船に乗り込みあたし達はニベイ湾に浮かぶガレオン船に辿り着く。
  三日前からここに港ではなく、ここに停泊していたからおかしいとは思っていたらしいけど……難破していたとはね。
  探索に来た小船は三隻。
  ウンバカノの私兵が6名。シルバーホームに乗り込んで来たのとは別の連中だ。
  あとは、あたし、神父風のインペリアル、オークの戦士、チンピラ風の6名。
  合計で15名。
  「……」
  「不安ですかね?」
  「……えっ?」
  インペリアルの、神父風の法衣の男が声を掛けてくる。腰には一振りのナイフ。銀製だ。
  どこか愛嬌のある顔だ。
  「まるで幽霊船だ。怖くないですか? ……僕はぁー……実は怖いですよ、ははは」
  「くすくす。あの、あたしはフォルトナ」
  「僕はシャルル。アーケイの司祭ですよ。どうぞよろしく、小さな冒険者殿」
  アーケイ。
  九大神の1人であり、主神であるアカトシュの息子。
  輪廻転生を司り、死霊術や不死の者を嫌う存在として知られている。
  ……そんな人がどうして……?
  疑問が顔に出たのか、シャルルさんは呟く。
  「お金ですよ、純粋に」
  「……えっ?」
  「おやそんなに不思議ですか? 信仰心が篤いからお腹が空かない、という理屈はありえませんからね。信仰と生活は
  別物ですから。僕はお金を稼ぐ為に仕事を受けたわけです。……ご承知でしょうけど危険な危険なお仕事をね」
  そう。
  これは危険な依頼だとあたしも認識している。
  ただ荷物を運び出すだけに、人足の代わりに雇われたわけじゃないだろう。きっと、危険。
  「それでフォルトナさん、貴女はどうしてこの依頼を?」
  「……直感、かな」
  「直感?」
  「ええ。何となく受けるべきじゃないかなぁと思いました」
  「面白い理由ですね」
  「ええ、まあ」
  別にその積荷がフィフスでもないだろうし、フィフスに関連するわけではないけど……それでもあたしは知りたい。
  アイレイドとは何なのか?
  あたしは……一体どこから来たのか、何者なのか?
  それが知りたい。
  「ところでシャルルさん、その顔の器具はなんですか?」
  「顔? ああ、眼鏡ですよ」
  「め、眼鏡?」
  「聞き慣れないのも当然ですね。シロディールで眼鏡を掛ける習慣はないですから」
  「あの、眼鏡って、なんですか?」
  「メガビー出せるんですよ、これ。サッチー相手にも有効ですし、便利な世の中ですよね」
  「はっ?」
  「さて、冗談はこれぐらいにして……着きましたよ、難破船に」
  「……」
  掴み所のない人だなぁ。






  「……ひでぇ……」
  重武装したオークの戦士は、誰に言うでもなく呟いた。
  船は滅茶苦茶。
  甲板のところどころは破壊され、穴が開き、死体が転がっている。この死体はおそらく元々乗り込んでいたウンバカノの
  私兵だろう。屍は不思議な事に幾つもの円形の小さな、極小の穴が開いている。

  何の傷だろう?
  あたし、シャルルさん、オークの戦士以外の報酬目当てで集まった人員は浮き足立っている。
  ウンバカノの私兵達はコソコソと囁き合う。
  「……これは想定外だぞ」

  「た、確かに」
  「この場所に三日も停泊している。救難信号も何もないその時点でトラブルなのは分かる。分かるが、これは……」

  「積荷が積荷だからな。暴走したのかも知れん」
  「クロードさんも死んだのだろうか?」

  「と、ともかくやるべき事をこなそう」
  ……。
  聞き耳を立てるものの、話の半分の意味も分からない。
  ただウンバカノの私兵達も状況を完全に把握し切れていない。
  おそらくは三日も意味不明にこの湾のど真ん中に停泊している=事故に違いない、という理由でやって来たのだろう。
  それにしても『暴走』って何?
  積荷はそんなに物騒なのだろうか。
  「それで僕達は何をすればいいんです?」
  「船倉にまで降り、そこにある積荷の回収だ。それ以外にも回収箇所がある。分散して作業を行うように」
  私兵は6名。
  あたし達、依頼を受けた者達は9名。合計15名。
  三班に分かれて、作業を開始する。
  あたしのグループは私兵1人、あたし、シャルルさん、オークの戦士、名前も知らない駆け出し冒険者風のアルゴニアン。
  私兵を先頭に、船を捜索する。
  波で揺れる船内。
  ある意味で純粋な戦闘艦でもある大型ガレオン船。船を操作する乗務員だけでも30名以上いたはずなのに船内は常に孤独。

  ところどころ、死体が転がっている。
  ウンバカノの私兵の数も馬鹿にならない。ここまでに、かなりの兵士の死体がある。
  海賊に襲われた?
  ……ありえない。
  これだけの私兵がいれば、この船の規模を考えれば海賊に全滅させられるはずがない。

  海難事故でもない。
  何かこの船にいる。この船に何か……。
  「……」
  ガチャ。
  ふと、通路に並ぶ扉の一つを開けてみる。無人。誰もいない。
  船員の部屋らしい。
  私兵が怒鳴る。
  「おい、何してるっ!」
  「あっ、すいません。……何か手掛かりになるものがないかなって」
  「さっさと来い」
  「はい」
  ぶっきらぼうに促す。
  ここは難破船?

  ……違う。ここは墓場だ。死体の数が尋常じゃない。
  ギシ、ギシ。
  通路の床が、歩くたびに軋む。
  ギシ、ギシ。
  船が沈む、それはないだろう。甲板や船内は破壊されて荒れ放題ではあるものの、船の外観はそれほど痛んではなかった。
  だからこそブラヴィルの市民は『どうしてあそこに三日も停泊してるんだろう?』としか認識していなかったのだ。
  救難信号の類がなかった事も関連している。
  おそらく、救難信号を送るよりも早くに皆殺しにされたのだろう。
  ……。
  ……でも一体、誰に……?
  「ああちくしょう、もうたくさんだっ!」
  アルゴニアンの冒険者が叫ぶ。プレッシャーに耐え切れなくなったのだろう。
  無理もない。
  闇の一党ダークブラザーフッドの暗殺者だったからこそ、あたしは死体に対して何の恐怖も感じない。
  ……もちろん、それはそれで問題だろうけど。
  まだ駆け出しの冒険者である彼にはこの状況は悪夢そのもの。私兵が止めるのも聞かずに元来た道を走り出す。
  「金なんていらねぇっ! 俺は帰るっ!」
  ドサッ。
  そのまま、床に倒れ込む。
  『……っ!』
  身構えるあたし達。
  アルゴニアンは、音もなく飛び込んできた子供に首を引っこ抜かれた。……そんな芸当、普通は出来ない。
  そしてあたしは気付く。
  この子供、人間じゃない。
  アイレイドのマリオネットだっ!
  「く、くそっ! やはり暴走してたのか、元凶はこいつかっ!」
  私兵は叫んだ。
  ……。
  そうか、アイレイドの遺産コレクターであるウンバカノがどこかの遺跡から盗掘させ、船で運んでいた。
  それが暴走し、この船の今の状況に繋がる。
  そういう事か。
  以前フィフスに聞いたところによると、人格のあるのが上位タイプ。人格のないのが下位タイプあり量産仕様らしい。
  見分けるのは簡単。
  眼を見ればいい。
  フィフスのように人格のあるタイプは生きてる目をしているものの、量産タイプは眼に知性は宿っていない。
  このタイプは、量産タイプだ。
  上位よりもかなり能力は落ちるから、勝てない相手じゃない。
  魔力の糸の能力も戻ってるしね。
  「やれやれ。偉大なるアーケイよ、これもお勤めの内ですか内ですよね……ふむ、面倒ですねぇ」
  間延びした口調のシャルルさん。
  ある意味で凄い人だと思う。何の動揺もないのだから。
  お勤め、とはおそらくアーケイの司祭としてだと思う。アイレイドの人形もある意味で不死に属する。
  アーケイは不死を嫌う輪廻転生に神様。
  不死は神の御意思ではない、不死なるものは神の御意思を無視している……それがアーケイ信者の通説。
  見た感じ、シャルルさんはそこまで気にはしてないようにも見えるけど。
  「俺様に任せろっ!」
  オークの戦士が吼え、両刃の大型の斧を振りかざし……。
  キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
  マリオネットが腕で受け止めると、乾いた金属音が響いた。マリオネットは鋼鉄よりも硬い(個体差もあるし、フィフスを初め
  とする上位タイプはさらに強固)。
  いかにオークが怪力とはいえ、簡単には撃破出来ないだろう。
  「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
  キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
  キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
  キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
  「行くぞお前らっ!」
  オークの猛攻に鼓舞されたのか、私兵が剣を抜き狭い通路を駆ける。
  ……。
  ……無意味。
  こう狭いと相手の背後に回れないし、自然常に一対一を強いられる形になるから、数の利はそれほどない。
  むしろ変に突っ込み、連携攻撃だー……とばかりに進めば却って身動きが取れなくなる。
  あたしとシャルルさんは動かない。というか動けない。
  下手に突っ込めば、同士討ちだし通路が混雑し身動きが取れないだけだ。
  ドドドドドドドドドドドっ!
  瞬間、オークと私兵が倒れた。マリオネットの右腕からは白煙と無数の小さな炎が灯っては消える。
  ……死んでる。
  仰向けになったオークと私兵は、全身が小さな穴だらけとなり絶命している。
  「いけないっ! アーケイよ、盾を。……神なる息吹っ!」
  あたし達を包む光。
  何かを弾くその光は……物理障壁っ!
  一時的に防御力を増強する魔法で、マリオネットの謎の攻撃を全て弾く。
  「はぁっ!」
  ひゅん。
  糸を放つ。よし、出せるっ!
  ただここ最近使っていなかったから狙いが甘い。少し勘が鈍っているらしい。マリオネットは後退し、姿を消した。
  通路の奥に消えた。戻ってくる気配はない。
  ……今のところは。
  「変わった技使いますね、フォルトナさん。それとも魔法ですか?」
  「えっと……」
  「別に追求はしませんよ。それより、酷いものですねぇ」
  「……ええ、そうですね」
  アルゴニアンは首を千切られ、オークの戦士とウンバカノの私兵は全身穴だけになって死亡。
  積荷はおそらく、今のマリオネット。
  どういう経過か知らないけど勝手に起動し、乗組員達を虐殺した。
  それが真相、かな。
  「これ、なんだろう?」
  小さな粒が無数に落ちている。材質は……。
  「鉄ですねぇ、これ」
  「そうですね。でもどうして……」
  「……ふむ」
  シャルルさんはこめかみに手を当て、しばらく考えてから……。
  「状況から考えてこの鉄の小さな粒が彼らの死の原因でしょうね。……推測ですけど、これを高速で射出して標的を殺す、
  のではないでしょうか。僕の術で弾いた結果、床にたくさん転がっている。そんな武器、聞いた事もないですけど」
  「あたしも聞いた事ないです」
  「それで、あれは一体なんです?」
  マリオネットは、世間一般ではそれほど認知されていない。
  シャルルさんも知らないのだろう。
  「あの、あれはマリオネットと言います」
  「マリオ……えーっと、そういう種族なんですか? ルイージじゃ駄目ですかね?」
  「はっ?」
  「失礼、冗談です。それで、あれは何ですか?」
  「古代アイレイド文明の遺産です。あたしも詳しい経緯は知らないんですけど……奴隷の暴動鎮圧用兵器らしいです」
  「……ふむ。世の中不思議で一杯ですねぇ」
  有史以前に繁栄したアイレイド文明。
  支配階級だったエルフは、魔法を武器に人間達を奴隷として支配した。
  魔法を使えない当時の人間達は反抗する術を持たなかったものの、やがて反乱。その背景にはアイレイドの王族達の
  殺し合いが起因となっていた。
  反抗する奴隷達。
  魔法で有利に立つエルフ達ではあるものの、人間達の圧倒的な数と純粋な肉体的能力差に圧倒され、危機感を抱いた
  アイレイドのエルフ達が暴動鎮圧用に開発したのがマリオネット。
  魔法が使えない、対人間用なので魔法抵抗力は皆無。
  暴走して反旗を翻した時の為の処置でありアイレイドエルフ達の保身の為に魔法抵抗力を備えなかったのだろう。
  さて。
  「どうしますか、フォルトナさん」
  「あの、あたしが決めるんですか?」
  「マリオネットにそこまで詳しいなら、貴女が決めるのが妥当でしょうね。僕は、貴女に従いますよ」
  「……」
  どうしようか?





  「……」
  「……」
  無言で来た道を戻るあたし達。

  ここに至ると、積荷云々は関係ない。どれだけのマリオネットを盗掘し、隠匿し、起動し、暴走しているかは知らないけど
  そんな巣窟のような場所に行くのは愚の骨頂。

  甲板に戻り、他の人達と合流し、小船に乗って撤退。叶う事なら、ガレオン船は焼き払うべき。
  「……」
  「……」

  だけどウンバカノは、何を考えているのだろう?
  コレクション加えるには危険過ぎるのに。
  コレクターの興味は分からない。

  あれから、マリオネットは襲って来ない。しかし諦めたとも思えない。……もしかしたら他の人達を襲いに……。
  ……。
  ガチャリ。
  突然、扉が開く音がした。どこの扉かは分からないけど、そう遠くない。
  ギシ、ギシ。
  床が軋む。誰かが歩いている。
  「……」
  「……」
  無言であたし達は眼で会話し、身構える。
  シャルルさんはナイフを抜き、左手で魔法をいつでも放てるように。
  魔力の糸の能力が戻ったあたしはショートソードは抜かずに、奇襲攻撃でも糸を紡げるように。
  ギシ、ギシ。
  近づいてくる。
  近づいてくる。
  近づいてくる。
  船内は薄暗く、よく見えないけど……前方だ、前方の通路から誰かがやってくる。
  そして……。
  「た、助けてくれ」
  ドサ。
  そのまま、倒れた。一緒に乗り込んできた、積荷の回収メンバーではない。おそらく最初から船に乗っていた人。
  大丈夫ですか……そう言って、駆け寄らない。

  そこまでお人好しじゃない。
  シャルルさんも、そうらしい。
  あたし達は何も知らない。この船、積荷、乗船者……知らない事が多過ぎる。
  この人がマリオネットを盗む別口の、それも起動させた危険人物かもしれないからだ。警戒していると、彼は名を告げる。

  「俺の名はクロード・マリック。ウンバカノ専属の、トレジャーハンターだ」
  クロード……あっ、知ってる。
  有名な名前、という意味ではない。私兵達がコソコソと囁き合っていた際に出た名前だ。

  もちろん、聞いた事があるからといっても警戒は緩めない。
  「くっ」
  苦労しながら壁にもたれ掛かり、呻く。

  シャルルさんと目を合わせると、彼は首を横に振った。あたし達には状況判断出来る材料がなさ過ぎる。
  「一体何があったんですか?」
  「遭遇したんだろう?」

  「……マリオネット」
  「ほう、大したお嬢さんだ。その名称を知っているとは。……遺跡で発掘したのを船で帝都に運ぶ算段だったんだが
  二ベイ湾のど真ん中、つまりここだな。ここでいきなり起動して、仲間を全員殺しやがった」

  「ですが貴方は生きています」
  にこやかにシャルルさんは言った。
  勘繰っているのだ。
  騒動の元凶が目の前の人物……つまり、ウンバカノの積荷を盗みに入り、結果として人形を起動させたのではないかと。

  この状況だ。
  仮に起動させた本人だとしても、状況は変わらないだろう。
  クロードさんの体を見る限り、全身負傷している。マリオネットを制御出来ているようには見えない。
  「あの、この船三日もここに……」
  「舵が戦闘の際に壊れたからな。脱出艇は火災で燃えた。消火はしたものの脱出の手段がなくなった。それはマリオネット
  にも言える事だがな。あの人形を出るに出られない状況になのさ」

  「……?」
  「泳げないらしいぜ、あの人形」
  「へー」
  それは知らなかった。
  まあ、あたしが知ってる知識はフィフスからもらったものだけで、マリオネットの第一人者ではない。
  ……あれ?
  「シャ、シャルルさん、まずくないですか?」
  「何がです?」

  「あたし達の船っ!」
  「……それはぁー……確かにまずいですねぇー……」
  マリオネットは泳げない。
  ガレオン船は舵は壊れ、脱出艇は燃えて紛失した。だからこそマリオネットはここに閉じ込められていた。
  さながら海上の流刑地。
  しかし今、あたし達の乗ってきた船が三艘、繋がれている。
  もしもブラヴィルに解き放たれたら?
  ……。
  確かにマリオネットといえど無敵ではない。魔法に対しての抵抗能力がないので、魔術師ならば容易く屠れる。
  それにタイプも人格を有しない、量産タイプ。
  絶対的な強さではない。
  それでも、脅威にはなるだろう。
  「行きましょうっ!」
  あたし達は甲板に急いだ。






  「……あっ」
  小さく息を呑んだ。
  甲板は、血の海。ブラヴィルから乗ってきた小船は三艘。一艘はなく、一艘には依頼を受けた冒険者達が
  3人屍となって搭乗していた。逃げようとして、殺されたのだろうか?

  マリオネットは逃げた?
  「当面はこれで面倒はないですけど……逃げられると厄介ですねぇ」
  「……そうですね」

  甲板に転がる死体。
  でも数が足りない。ブラヴィルから来たのは15名。
  「おそらく、僕達の目の前から姿を消したお人形さんが他の方々を襲った、と推測するべきでしょうね」
  「……ええ」
  あの時、あたしがちゃんと仕留めていれば。
  呻き声。
  振り返ると、クロード・マリックさん。そういえば妙に勘繰って、彼は放置していた。
  「あの……」
  「クロードさんっ! ご無事でしたかっ!」
  船内から、ウンバカノの私兵2人が出てくる。鎧はところどころ砕け、1人など刀身が半ばなくなっている。

  他の人達は全滅?
  「お前達も襲われたのか?」
  「はい」
  やっぱり他の人達は全滅か。
  盗掘し、コレクションの一つにしようとした遺物に大勢殺される。……どこか、皮肉だ。
  「そ、それでクロードさん、何があった……っ!」
  ドドドドドドドドドドドっ!
  一斉掃射と爆音。私兵の1人は背後から射抜かれ、大きく仰け反りながら吹っ飛ぶ。即死だ。
  まだ船内にいたっ!
  「アーケイよ、刃を。聖雷っ!」
  バチバチバチィィィィィィィィィィィィィィィィっ!
  タッ。
  マリオネットは大きく跳躍し、電撃を回避。高くに存在しながらこちらに手を……。
  ドドドドドドドドドドドっ!
  甲板に微小の鉄の弾が降り注ぐ。瞬時に穴だらけになる甲板。
  ただ意外に狙いが甘い。
  狭い船内なら回避不能ではあるだろうけど……広い場所で距離を保てば、さほど脅威ではない。
  距離を取れば取るほど命中精度は格段に下がる。
  「はぁっ!」
  ひゅん。
  糸を放ち、マリオネットの全身を絡め取り……そのまま甲板に叩きつけた。一瞬、行動不能に陥る。
  「シャルルさんっ!」
  「了解ですっ!」
  魔法を放つより先に……。
  ザンっ!
  甲板にキスして伏しているマリオネットの背に刃を深々と突き立てたのはクロードさん。
  ……もう1人の、クロードさん。
  ……ええっ!
  クロード・マリックが2人いる?
  「はあはあ、人形野郎が調子に乗りやがってっ!」
  「あの、クロードさん? その、双子でしたっけ?」
  間の抜けた声を出す私兵。
  その首が一回転して、そのまま息絶えて倒れた。最初のクロードさんがやったのだ。
  こっちが、敵?
  「油断した背に敵意の刃を突き刺す。……それを楽しみたかったのに、残念無念。……でもまあ、殺すのは一緒だけどね」
  「人形野郎がっ!」
  「人形劇する為に君を生かし、捜索隊を殲滅、その船強奪、君に成り代わってウンバカノに近づきウンバカノを幽閉、彼に
  成り代わってアイレイドの威光を我が物として、人間を超越した我々の世界を作ろうとしたのにね」
  楽しそうに陳腐な台詞を吐く。
  それは偽クロードを理解しているらしく、楽しそうだ。
  「それで貴方は何者?」
  「お初にお目にかかります。我が名はイレブンス。戦闘型自律人形マリオネット。人格を有する上位タイプで能力は擬態化。
  もっとも生かした状態の者の姿を写し取るだけ。その人物が死ねば、擬態も解ける仕様でして」
  「……イレブンス」
  11番目。
  ナンバーは幾つまであるかは知らないけど……後継バージョンになればなるほど、当然安定性がある。
  ただ純粋に能力がアップして行くかといえば、そうでもないらしい。
  つまり初期型の方が実験的に色々と能力を付与した結果、不安定ではあるものの能力が高い傾向がある、らしい。
  フィフスに聞いた事のうろ覚え。
  ……。
  フィフスは、当然5番目。
  特に特殊能力はないものの、耐久性は滅茶苦茶高い。
  魔法抵抗はマリオネットの特性上、まったくないもののそれで活動停止はしないほどタフ。
  ……どこにいるのかな、フィフス。
  「いやぁ人形国家とは穏やかではないですねぇ。響きは、愉快でメルヘンですけどね」
  「それはどうも」
  イレブンスの脳裏に描いている計画。
  ようするにウンバカノになりすます、のだろう。アイレイドコレクターで資産家だからマリオネットを集める資金も潤沢にあるし
  コレクターだからという理由で誰も怪しまない。
  「それに旧時代の遺物の分際で、生意気だと思いますよ。僕達は人間は、以前よりは進化してるはずですしね」
  「本質的に生物は生物のまま。アイレイドの滅亡も結局は生き物ゆえの結末。だけど我らマリオネットは違う。完全なる規律と
  秩序の下に、世界を統一出来る。多くのマリオネットを増産し、世界を統べるのだ」
  「……」
  沈黙。
  冗談なのか本気なのか。判断がし難い。
  いずれにしても放置は出来ない。
  「戯言だとお思いで? ……しかし戯言は真実になり得るものでしてね。当時奴隷だった貴方達が世界の主流になるとは、誰も
  思っていませんでした。誰もが戯言だと思った。それを今度は我々マリオネットが行うだけ」
  「……」
  マリオネットは泳げない。
  小船を乗っ取り、どこか陸地に行くしか術がないマリオネットはここであたし達と必ず雌雄を決するしかない。
  悠長に舟を漕いで隙を見せるほどの馬鹿じゃないからだ。
  それならそれでいい。
  ここで決着を付けよう。破壊しなければ面倒な事になる。
  「あっ、そうだ。もう一つ能力を教えましょうか。私は触れた者に擬態化出来る。その際に能力を奪えるんですよ」
  「能力を?」
  「正確には記憶も全てコピー出来るんですよ。こんな風に」
  タッ。
  床を蹴り、動くイレブンス。
  早いっ!
  「……っ!」
  対応出来ないまま接近を許してしまう。イレブンスはあたしの腕を掴み……。
  「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
  「ふふふっ! さあて記憶を取り込むとしようかっ!」
  頭の中に入り込まれるっ!
  頭痛。
  言いようのない痛みが頭を襲う。あたしの頭の中を、読み取ってるっ!
  イレブンスの思念が入り込み……。



  《人形風情がわらわの精神に入り込むか。下がれ、下郎っ!》



  「ひっ!」
  イレブンスの動きが、突然止まった。
  掴まれた腕を振り解き、蹴りを叩き込んで後に大きく後退。まだ敵は沈黙したまま。
  好機到来。一気に沈めるっ!

  「はぁっ!」
  ひゅん。
  魔力の糸がイレブンスの体を拘束する。
  すぐには、切り裂けない。
  マリオネットの体は並の鋼鉄の強度よりもはるかに高い。クロードさんに擬態化していても耐久性はマリオネット
  本来のモノが適用されるらしい。しかし動きを束縛するのには成功した。
  ミシミシ。
  次第に軋んで行く、イレブンスの体。あたしは叫ぶ。
  「シャルルさんっ!」
  「了解ですっ!」
  マリオネットは魔法に弱い。
  弱い、というよりまるで抵抗力がない。有史以前と違い、今の人間にしてみれば絶対的な敵ではない。
  その時、イレブンスが叫んだ。
  「知らなかったっ!」
  「……?」
  「知らなかったんですっ! 貴女が、貴女がアイレイドの人形姫だったなんてっ!」
  「何を……」
  「知らなかったんですっ!」
  バチバチバチィィィィィィィィィィィィっ!
  シャルルさんの電撃が、意味不明な言葉を叫び続けるイレブンスを絡め取り、破壊する。
  ……。
  ……何が言いたかったんだろう……?







  「世話になったな。……行くぞ」
  『はい』
  ブラヴィル。
  シルバーホームにいた私兵達を率いて、クロードさんは帝都に戻って行った。
  結局、船にあったアイレイドの遺産は失われてしまった。

  どこで掘り出した人形だったんだろう?
  報酬は金貨300枚。

  ……。
  アイレイドの遺産。
  今現在も眠っている、失われた魔道文明の結晶。魔法、人形、武具などなど。
  しかし……。
  「危険な代物でしたねぇ」
  「そうですね」

  「では、僕は行きます。またどこか出会えたらいいですね。なかなか刺激的な冒険でしたよ、今回。では、また」
  一礼し、シャルルさんは去って行った。
  また会えるだろうか?
  一期一会。
  冒険は楽しいけど、出会いは楽しいけど……こういう別れは、少し物悲しい。もちろん一見の関係だけど。
  それでもやっぱり寂しい。
  また会えるだろうか?

  「……」
  1人になると、不意に沈む。
  今日の出来事は少し重かった。自分の存在が、不透明だからだ。それを知ってしまったからだ。

  アイレイドのマリオネットの暴走。
  ……。
  ……いや。
  あれは暴走ではないだろう。
  明らかに知性を有している。そして前文明であるアイレイドが崩壊している事実を認識し、今の文明を自分達『マリオネット』が
  取って代わろうとしている。人形達の国家を築こうとしていた。
  冗談みたいな話。
  もちろんあれは特別なタイプの、人形だ。
  フィフスと同じように人格を有し、自律する能力を有した自律人形。数はそうないはず。
  それに今現在も奇跡的に現存している確率は、限りなくゼロに近いだろう。
  それは、いい。
  ……。
  あの人形は、言った。
  「アイレイドの人形姫、かぁ」

  あたしは何者なの?
  あたしは……。