天使で悪魔




ジャガイモ泥棒




  あたしの名はフォルトナ。
  元々とは闇の一党ダークブラザーフッドの構成員であり、クヴァッチ聖域のメンバー。
  親はいない。
  生まれてすぐ、暗殺者としてクヴァッチ聖域で育てられ、それ以外の生活を知らない。
  友達はフィフス。
  アイレイドの遺産であり奴隷鎮圧用戦闘型自律人形。
  フィフスだけが味方だった。でも、今はいない。
  フィフスが、消えた。
  よく覚えていないものの、あたしはクヴァッチの監獄に収容された。

  それから彼とは会っていない。
  どうしたのだろう?


  あたしは今、平穏に暮らしている。
  フィッツガルド・エメラルダさんに助けられ、その人の家で幸福な日々を過ごしている。
  フィッツガルドさん……と言うと怒るから、フィーさんと呼ぼう。
  フィーさんはクヴァッチには近づかないようにあたしに警告した。脱獄したから、当然だろう。
  今、クヴァッチには元シェイディンハル聖域のメンバーの人達(フィーさんの家族に当たる人達)が向い、フィフスの行方
  を調べてくれている。向こうに行けない、あたしに代わって。


  それでも。
  それでもあたしもフィフスを探したい。
  その想いは、平穏に続く毎日の中で日増しに強くなっていた。

  そして……。






  スキングラード。
  帝都に次ぐ大都市であり、都市の周辺にはシロディール最大のブドウ園(個人農場)を誇り、そのブドウから生産される
  ワインは絶品で高級。ワイン通にはたまらない代物の出来。
  さらにヒツジの放牧でも有名で、街の外に出れば愛くるしいヒツジ達に出会える。

  「オチーヴァさん。話があるんですけど」
  「おや妹よ。どうしました?」

  大都市であると同時に、のどかな風景を併せ持つスキングラード。
  領主はアルケイン大学のマスター・トレイブンに匹敵すると言われている魔術師であるハシルドア伯爵。

  あたしはスキングラードの貴族邸宅地区にある、ローズソーン邸で暮らしている。
  もちろんあたしにお屋敷に住めるだけの力はない。
  フィーさんのお陰だ。
  あの人はあたしの恩人であり憧れの人。
  あの人が、あたしに幸せをくれた。
  ……今はとても幸せ。
  ……だからこそ……。
  「あたし、旅に出るつもりです。その、今から」
  「今から……フォルトナ、少し急すぎませんか?」
  アルゴニアンの淑女は、戸惑う。
  オチーヴァさん。
  元シェイディンハル聖域の管理者で、今現在はローズソーン邸の元暗殺者達のまとめ役。
  ……。
  メイドのエイジャさんを除けば、全員が元暗殺者。
  フィーさんもだ。

  一応、裏切り者に当たるあたし達はつい最近まで自由に動けなかった。
  しかし今、闇の一党ダークブラザーフッドは形の上では崩壊し、壊滅した。フィーさんの偉業だ。
  形の上、というのは組織として機能しなくなった、という意味。
  幹部集団であるブラックハンドのメンバーはフィーさん以外は全員死亡。夜母の意向を伝えるべき立場であるフィーさんが
  それを無視している為に指揮系統は完全に崩壊し、命令は末端まで届かない。

  つまり組織として成り立たない。
  各聖域にいる暗殺者達は今現在も存在しているのだろうけど、命令も仕事もないのであれば次第に干上がり、自然消滅
  するというのがフィーさんの時論だ。あたしもそう思う。
  ここに闇の一党ダークブラザーは形骸化し、実質滅んだ。
  だから、動ける。
  だから、旅立つ。
  あたしはフィフスを探さなきゃ行けない。そして一緒に幸福になろう。
  それが、今まで仕えてくれた彼に対するお礼だ。
  オチーヴァさんに旨の内を話す。彼女は黙って聞いてくれる。長い間、聖域のまとめ役だっただけに聞き上手。
  聴き終わると、静かに言った。
  「それで、どうしたいんです?」
  「実は前にアントワネッタさんに聞いたんです。レヤウィンに凄い占い師がいるって」
  「占い……ああ、前にフィッツガルドもアントワネッタ・マリーにそう言われてレヤウィンに行きましたね」
  「占いなんて信じてないですけど、それでも、藁にも縋る気持ちなんです。フィフスの居場所、調べたいんです」
  「……」
  「……その、駄目って言われてもあたしは行きますから」
  「……」
  静かにあたしの眼を見るオチーヴァさん。
  シェイディンハル聖域のメンバーは、クヴァッチ聖域の連中とはまるで違う。本当に家族してる。
  あたしの古巣では、そんな習慣はなかった。
  だから、よく思う。
  暗殺者としての道を運命に強いられるのであれば、オチーヴァさんやヴィンセンテさん達がいた聖域がよかったと。

  皆の優しさに触れる度に、そう思うのだ。
  ……でも。
  ……でも、そうしたらマーティン神父には会えなかったかもしれない。
  ……人生って、複雑だ。
  「フォルトナ。貴女の言いたい事は分かります。しかし今の貴女には力がない」
  「それは……」
  痛いところだ。
  指から発する、魔力の糸が……出せない。
  フィーさんは精神的ショック等が原因だろうと言ったけど……まだ、力が復活しない。旅するには最大のネック。
  闇の一党は壊滅した。
  この先、刺客も送られないだろう。

  しかし世界には危険がたくさん転がっている。街道にだって賊は出る。
  特に今から行くレヤウィンは『深緑旅団による戦争行為』で完全に荒れている。治安の悪化は、進んでいるだろう。
  でも。
  それでも。
  「行きたいのは分かりますけど……」
  「いいではないですか、オチーヴァ」
  吸血鬼の、でもとても優しくて紳士的にヴィンセンテさんが何か言おうとしたオチーヴァさんを制する。

  にこやかな笑みを向ける。
  「人にはそれぞれ進むべき道があります。彼女がそれを望むのであれば、我々はそれを否定してはいけない」
  「否定はしていない。ただ今のフォルトナでは……」
  「断定も駄目ですよ。心配は必要ですが、最終的な決断は当人が下すべきです。我々は助言と助勢しか出来ない」
  「……」
  「そういうわけです。フォルトナ。私の可愛い妹よ。……どうしても行きたいのですね?」
  コクン。
  無言のまま頭を縦に振る。

  ふぅ。
  溜息を吐くオチーヴァさん。辞退する事をおそらくは承知の上で、提案する。

  「アントワネッタやムラージを同行させる気は、ないんでしょうね」
  「はい。あたしの、問題ですから」
  テレンドリルさん&テイナーヴァさん&ゴグロンさんはクヴァッチにフィフスを探しに旅に出ている。

  アントワネッタさんは今は爆睡してるし、ムラージさんはエイジャさんのお供でお買い物。
  フィーさんは……今頃どこにいるんだろう?
  「オチーヴァ」
  「分かってる分かってるわよヴィンセンテ。……フォルトナ、気をつけてね」

  「はい。無事に、帰ってきます」
  力強く答える。
  その時、あたしは思うのだ。
  ……家族は何て素晴しいのだろう。それが例え偽者の家族でも、あたしは強く心に誓った。
  ……家族との絆は、生涯大切にして行こうと。
  ……あたしは心に誓って……。









  《ここから出せ》
  《ここから出せ》
  《ここから出せ》
  《ここから出せ》
  《ここから出せ》


  心の檻を叩き続けるのは、誰?






  「最近デイドラの目撃情報が増えている。移動する際には街道を歩きなさい」
  「ありがとうございます」
  スキングラード〜ブラヴィル間の街道。
  スキングラード方面に軍馬で向う帝都軍巡察隊の兵士は親切にそう言ってくれた。
  15歳にしては小柄ではあるものの、腰には雷エンチャントの銀のショートソード(フィーさんの無断借用)を差しているし、
  服装も布製ではあるものの丈夫な服を着込んでいる。

  剣での攻撃は防げないにしても殴打系の武器の衝撃を和らげるだろう。
  何より動きやすい。
  魔力の糸による攻撃は出来ない為、戦闘能力は著しく低下しているものの敏捷さは自前のものであり、健在だ。

  剣はあんまり得意ではないけど、それなりに使える。
  盗賊程度なら、数さえ多くなければ……そうね、二人ぐらいまでなら勝てると思う。ギリギリだけど。
  ……。
  あと、デイドラとはオブリビオンの悪魔達の事。
  召喚師に召喚されたり次元の裂け目から這い出てきたりと、こちら側に入り込むのは実は日常茶飯事。
  ただ、もしかしたら近年増加傾向なのかもしれない。
  オブリの悪魔達の戦争になったりして。
  ……あははは。それはないか。
  タムリエルとオブリビオンには魔力障壁があり、干渉出来ないのが定説だ。
  そんな事はないよね。
  悪魔と戦争だなんて……そんな事あるはず……。
  「さて、レヤウィンに向って頑張って歩かないと」

  ……と意気込んでみたものの……。


  街道沿いにある宿屋ファレギル。
  街道伝いに歩くと、どうしても遠回りになるので結局レヤウィン……はおろかブラヴィルにすら辿り着けなかった。
  空は薄暗くなってきた。夜の旅は危険極まりない。
  今夜はここで一泊しよう。
  ……。
  もう少しだけ先に行くと、地図上では不吉な前兆という名の宿屋があるものの……名前が名前だけに、手前のファレギル
  を宿に決めた。それに足が痛い。今日はもう旅はお終い。ゆっくりと休もう。
  宿に入る。
  ガチャリ。
  「今宵は是非、疲れた体をここで休ませて行ってください、旅のお嬢さん」
  「一部屋、空いてます?」
  「もちろん。最上級のお部屋とお風呂を用意させていただきます」
  「お願いします」
  オーナーはアブーキという名の、カジートの女性。
  路銀は金貨300枚。
  前にフィーさんにもらったお小遣いと、ヴィンセンテさんやオチーヴァさんから餞別にもらったものだ。
  大体宿は一泊金貨20枚(格安だと10枚抱けどオンボロすぎて少し敬遠)だから、レヤウィンとスキングラードの往復だけなら
  充分過ぎる軍資金だ。あたしは一部屋取る。
  「あの、何かお料理お願いできませんか?」
  「トーストとハムエッグ、ジャムかマーガリンかは選べますよ。あとは当店自慢の『森の恵みスープ』。お飲み物は何がいい
  ですか? ああもしくはスクランブルエッグでもいいですよ。付け合せにサラダもつきます。これが、お勧めですね」
  「それでお願いします」
  「かしこまりました。お席にどうぞ」
  テーブルの席に着く。
  街から離れた、街道沿いの宿にしてみれば豪勢な料理だ。
  食料の供給が限定されている為にメニューは単一が大半。別に不満はないし、今のメニューで満足してるけど。
  ファレギルは流行っていた。
  カウンターの席で数名が食事を楽しんでいる。人一倍陽気なのは、レッドガードの女性だ。
  褐色の肌が特徴的な種族ではあるものの、彼女はどことなく薄い色をしている。
  年の頃は二十代後半といったところかな。
  両隣の客に対して吸血鬼の恐ろしさについて語っている。
  あたしは聞き耳を立てた。
  「だから、吸血鬼は最近妙に数を増やしているんだよ。レヤウィンで深緑旅団と戦争があったろ? あれで街はかなり焼失してる。
  そんな混乱状態のレヤウィンに吸血鬼達が出没してるんだよ。ドサクサ紛れにね。世も末さね」
  「だけど眉唾だろう?」
  「甘い甘い。吸血鬼は高位な連中ほど狡猾だ。自我があるからね。でもレヤウィンでは何も発覚していない。つまり街に入り込ん
  でるのは自我のある連中なんだよ。一般人に紛れてるんだ。まあ、もっとも……」
  くくく、そう笑う。
  幾分か胸を張り、親指でビッと立てる。
  「高潔なる血の一団の吸血鬼ハンターであり、会員番号8番のあたいに掛かれば吸血鬼なんてちょろいさね」
  おぉー、と客達は感嘆。
  吸血鬼ハンター、というのも知ってる。でも高潔なる血の一団という組織名は始めて聞いた。
  吸血鬼狩りの組織なのだろうか?
  「さて良い夜になったね。吸血鬼狩りに良い夜だ。……女将、清算しておくれ」
  鎖帷子を着込み、腰にはロングソード。
  レッドガードの女性は、清算を済ませて宿を後にした。強そうな人だったなぁ。
  「お嬢さん」
  「……?」
  「ほら、お食事が出来上がりましたよ。冷めないうちにどうぞ」
  「ありがとうございます。いただきまぁす」



  「ごちそうさまでしたぁ。おいしかったです」
  満足げに感想を述べ……実際満足したけど、頭を下げるとカウンターでグラスを磨いていたアブーキさんはにこやかに
  微笑んだ。その時、耳が動く。カジートは感情と連動して耳が動くらしい。

  可愛いかも。
  ゴクゴク。
  オレンジジュースを飲んでいると、一人の女性が声を掛けてきた。彼女も、カジートだ。

  「助けてください。ジャガイモがなくなってしまったの」
  「……?」
  「私の名はジジーラ。……助けてくださいませんか?」
  あたしを冒険者と思っているのだろう。
  若干15歳。
  それでも腰に剣を差し、街道とはいえ一人旅。腕に自信のある冒険者と認識されてもおかしくない。
  それに、帝国の法律でも15歳以上には就業の権利があるのだ。
  でも、どうしてあたしに?
  ……。
  その疑問はすぐに解決出来た。
  他の客は純粋に酔い潰れている。先程のレッドガードの吸血鬼ハンターはもういないから、この中で一番頼りになりそうなのは
  あたしだけだったのだろう。一応、剣差しているし。
  「どうかしたんですか?」

  「お嬢さん、どうか探すのを手伝ってくれませんか? 大人気のポテトパンを作る時に、肝心のジャガイモがないの
  では、ただの笑い話」

  「どこで、失くしたんです?」
  「表です。宿の外。お日様を浴びせてあげようと思っただけなのに、なくなってしまったのっ!」

  「……宿の外……」
  誰かが盗んだのだろう。
  ジャガイモが勝手に逃げ出す、なんてありえないし。

  「西の方に誰かが逃げていくのが見えました。でも1人で森に行くのが怖くて……。その、私は戦闘派ではないので」
  「……」
  戦闘、か。
  果たしてジャガイモを盗む泥棒が戦闘を吹っ掛けてくるかは……まあ、どう転ぶかは分からない。
  それに誰を助ける。
  それはあたしの罪滅ぼしではないのか?
  それはあたしの……。
  「分かりました。任せてください」

  「ああ、ありがとうっ! ジャガイモは私が丹精込めて、愛情を込めて育てたんです。一つ一つ面倒を丁寧に育てる事で特別
  においしく、特別に大きいジャガイモになるんです。どうかお願いします。私のジャガイモ達を助けてください」







  言われて、西の方に。
  うっそうと茂る森。
  ジャガイモ泥棒を捕まえるにしても、これだけ広いとどこを探せばいいか分からない。
  それに既に夜だ。
  夜の森は、完全に迷宮。視界が利かないし、手にしている松明の光だけでは心許ない。
  ガサッ。
  その時、何かが茂みを揺らした。
  「誰かいるの?」

  ……グルルル……。
  唸り声が聞える。
  低い、唸り声。人ではなく獣だろう。ただ、意味合いは何となく分かる。この唸りは敵意。
  あたしに気付き、警戒し、怒り、襲おうとしている。
  「……」
  無言でショートソードを抜く。
  敏捷性は誰にも負けないと自負しているものの……闇の一党での鍛錬の成果は今でも当然残っているし、機敏に動い
  て相手を翻弄するのは得意ではあるものの決定打に欠ける。魔力の糸が使えない以上、どこまで通用するか?

  それがあたしの危惧であり、フィーさん達の危惧だった。
  フィフス探索に対してあれほど抵抗を示したのは、あたしが自衛する能力を失ったからだ。
  今のあたしは普通の15歳……普通ではないものの、それほど強くもない。
  「……」
  チャッ。
  剣を持ち直す。
  森が動いている。茂みが揺れ、木々の枝が揺れ、大地が揺れる。
  森の中を、あたしを包囲する形で何かが動いている。目を凝らして見てみるけど……よく分からない。
  オオカミ?
  イノシシ?
  ……。
  いや、野生動物の類ではない。
  少なくとももっと大きい。それもかなりの群れで動いている。オオカミでも、ここまで群れないだろう。
  ゴブリン?
  それとも……。
  「……っ!」
  キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
  突然、森の中から飛び出してきた緑の塊の一撃を何とか刃で受け流す。トロルだ。緑色のモンスターは、トロルだ。
  森から次々と飛び出してくる。
  数は8体。
  能力さえ健在ならダース単位でも怖くないけど……今はまずい。
  強靭な腕から繰り出される一撃は重く、さっき受け流せたのはある意味で偶然であり幸運だ。
  あたしは弱くない。
  暗殺者としてずっと生きてきたし、修羅場もくぐってきた。
  「……」
  でもそれは魔力の糸があってこその、実力であり今はその糸が使えない。
  周囲を警戒しながら、剣を構える。
  ……こいつらあたしを嬲り殺しにして貪るつもりだ。
  「はぁっ!」
  先手必勝。
  手近にいたトロルに向って刃を構える。と同時に横合いから二匹、迫ってくるのを機敏に動いてやり過ごしそのまま走る。
  標的にしたトロルは拳を振り上げ、あたしを叩き潰そうとするものの敏捷さはあたしの方が上。
  さらにスピードアップ。
  ザシュッ。
  肉を貫く音が響いた。
  刃はトロルの顔をまともに貫いていた。
  まず、一体。
  「……」
  真新しい血の匂いが周囲に漂う。
  トロルはいたって原始的な野生モンスターではあるものの、警戒という言葉ぐらいは理解出来る。
  自分達を殺す事の出来るだけの力量があると判断したのか、やや警戒している。
  もちろんそれで退く事はないけど。
  「……」
  あたしはあたしで問題を抱えていた。
  あるのは敏捷さだけ。
  わざわざ頭を貫いたのは、首を落とすだけの力がない事と、トロルの再生能力を危惧してだ。中途半端に刺してもこいつら
  は死なない。瀕死から瞬時に回復する、というデタラメな再生能力ではなく通常の生物の再生能力に毛が生えた程度。
  それでも、一撃必殺で倒さないとカウンターが来る。
  トロルの腕力は折り紙つき。
  基本四足歩行のトロルの、発達した腕は脅威。
  何しろ鍛えられた軍馬に追いつくだけのスピードを有するのだから、その四肢は強靭であり、腕の一撃で内臓は破壊される。
  即死というわけだ。
  まともに受けたらね。かすったただけでも骨が砕けるだろう。
  接触は死に繋がる。
  「くっ」
  じわりじわりと近づいてくるトロル達。
  刃を向けて牽制しながらも、あたしは少し少しと後退して行く。倒すだけの力はある。
  だけど集団で来られると、正直分が悪い。
  ……。
  ……いや。
  分が悪い程度じゃない。はっきり言って、簡単に殺されてしまう。
  どうする?
  「
ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアっ!
  突然、咆哮が響いた。
  トロル達はその声に怯えて我先に逃げ出す。あたしは……腰を抜かした。
  地響きを立てて森の中からこちらに向かってくる。
  「な、何?」
  立ち上がり、刃を構えなおす。
  そして、見る。
  白っぽい皮膚の色をした、巨漢のモンスター。オーガだ。
  手には小さなバスケット……オーガの巨体に比べたら、という意味だ。バスケットを持っている。
  そこから顔を覗かせているのはジャガイモ。
  こ、こいつが犯人?
  オーガは、強力なモンスターでミノタウロスとタメを張れる実力を持っている。トロルもこいつには勝てない。
  だからこそ逃げた。
  じゃああのトロルの群れはなんだったの?
  ……。
  そうか、レヤウィンから流れて来たのかもしれない。
  深緑旅団が崩壊したから、制御を失ったトロル達が流れてきたのだ。別にどこにいてもおかしくないモンスターだけど
  あそこまでは普通は群れない。
  もちろん、そんな状況判断は今は何の役にも立たない。
  「……」
  オーガに勝てるほどの剣はないの腕はあたしにはない。仮にあっても、純粋に力が足りない。
  悠然とオーガは足を進める。
  そして……。
  ドゴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォンっ!
  横合いから突然、オーガは殴り倒された。
  な、なんなのっ!
  「子供はお家に帰んな。我輩が通り掛ったのは、本当に幸運だったと心得よ」
  銀色の、アルゴニアン。
  手には金色の……ドワーフ製のメイスを手にしている。あれで殴り飛ばしたの?
  ……凄い力。
  それに珍しい色をしている……というか、初めて見る色だ。
  銀色のアルゴニアン。
  ……違うかもしれない。顔の形状が、普通のアルゴニアンとは違う。亜種か何かだろうか?
  咆哮を上げてオーガは立ち上がる。
  「タフだな」
  「
ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアっ!
  「たかだかオーガ程度が、そこまで吼えるな。……燃えろっ!」
  ゴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォっ!
  ……えっ!
  ア、アルゴニアンが火を噴いた?
  その火力は絶大でオーガは炎上、ジャガイモのバスケットは……ああ、このままじゃ燃えるぅーっ!
  反射的に、手を振った。
  ひゅん。
  ……えっ?
  ゴトリと、オーガのその腕が落ちる。魔力の糸を放つ動作をくせで行っただけなのに……本当に発動した?
  能力が戻ったっ!
  「あのっ!」
  オーガを倒したアルゴニアンにお礼を言おうとした時、彼の姿は消えていた。
  何者だったのだろう?
  「……お礼、言えなかったな」






  ファレギルに戻ると、ジジーラさんが歓迎してくれた。
  あたしの手にはジャガイモの詰まったバスケット。オーガは、盗んではみたもののジャガイモは食べなかったらしい。
  それとも単純にバスケットに惹かれた?
  ……。
  オーガの習性と思考は、あたしには分からない。
  分かったところで別に得はないけれども。

  「見つけてくれたんですねっ! ありがとうっ! キスしてあげたい気分よっ!」
  「キ、キスは遠慮しておきます」
  「お礼をしなくてはなりませんね」
  「あの」
  「……? どうしました?」

  「特製ポテトパン、食べてみたいなぁって」
  「ええ、ええ、分かりますとも分かりますとも。金貨よりも価値のある、私のポテトパン。今から作ってあげましょうね」
  「ありがとうございます」
  「たぁんと召し上がれ♪」

  金貨より価値がある。
  そうね。金貨ではお腹は膨れない。あたしは激しい戦闘後なので、急激に空腹を覚えていた。

  特製か、楽しみ♪
  ……。
  それにしても、あの火を吐く銀色のアルゴニアンは何者だったのだろう?
  世界は広い。
  まだ、あたしの知らない事ばかりだ。
  世界の不思議を知りたいと願う冒険者達の、純粋な知的欲求を満たす為の冒険が偉大であり尊いとあたしは思い始めていた。
  冒険は楽しいものだ。
  冒険者。
  「あたしも、今後は冒険者を名乗ろうかな」