天使で悪魔




マーティン神父を抹殺せよ




  触れてはならないモノ。
  それは誰にでもある。
  大切な人。
  大切な事。
  大切な……。
  人は誰もが皆等しく、大切な何かの為にならば戦うだろう。
  例えそれが心による、精一杯の抵抗だったとしても。
  人は誰もが皆等しく、自らの大切な領域の為に、決して侵されたくない場所の為に戦うものだ。
  だから。
  だから無遠慮にその領域を侵してはならない。
  何故なら要らぬ争いへと発展するからだ。

  何故なら……。





  その部屋は、本に満ちていた。
  たくさんの書物。
  魔術の本に、歴史の本、神々の本に……オブリビオンに関する書物まである。
  博識を絵に描いたような人。
  音を立てないように、埃を極力立てないように部屋の掃除。
  「フィフスは窓ガラス拭いて」
  「へいへい」
  クヴァッチ聖域、ではない。
  そもそも聖域は地下に存在するから窓なんてない。でも、クヴァッチには違いない。
  場所は聖堂。
  正確には、聖堂の隣に備えられている聖職者用の生活用の建物。その一室。
  「ふんふーん♪」
  「……ご機嫌だなお前」
  「えへへー♪」
  「やれやれ。処置なし、だな」
  シロディールの都市には、それぞれ聖堂があり、神々を祀っている。
  タムリエルで一般的に祀られている、ある意味で帝国の国教でもあり守護神でもある九大神だ。
  各都市はそれぞれ、九人の神様の一体を祀っており、ここクヴァッチ聖堂では九大神の主神でありリーダー的役割
  を成すアカトシュを祀っている。

  数ヶ月前に暗殺され、根絶やしにされた皇族は特にアカトシュを信仰していたらしい。
  さて。
  「ごっほごっほ」
  「大丈夫ですか、神父様?」
  咳き込む、この部屋の主。
  極力音を立てないように掃除してたけど、眼を覚ましてしまったらしい。
  「大丈夫ですか、神父様?」
  もう一度、訪ねる。
  ベッドに横たわり、毛布を頭から被っていたマーティン神父は熱の所為か、少し虚ろな瞳で部屋の中を見渡す。
  状況判断が出来ていないらしい。
  昨日から風邪。
  かなり高熱が続いており、お見舞いを兼ねて……うー、というか勝手に部屋に上がりこんで掃除してるんだけど。
  ……不法侵入。
  ……で、でも一応他の聖職者の人には断ったし、建物管理している人に鍵開けてもらったし。
  一応、鍵をこじ開けたわけではない。
  で、でも不法侵入だよなぁ、神父様には確認とってなかったし。
  はぅぅぅぅぅぅぅっ。
  「……ああ、フォルトナか。それにフィフスも。何をしているんだ?」
  「……えっと……」
  「おいおいおっさん神父。お前昨晩の事を忘れたのか?」
  「……? 何を?」
  「そりゃフォウが可哀想だぜ。……最初は何もしないとか言っときながらまさか無理矢理、しかもあんなプレイまでっ!」

  「ななななななななななななななななななななななななに言ってるのフィフスーっ!」
  ど、どんな顔して神父様見ればいいのよー。
  完全なるデタラメ。
  完璧なるデタラメ。
  それは神父様も理解してるだろうし、でもでもでもだからと言ってそんなエッチな話しなくてもーっ!
  ……。
  ……エッチ、何だよね?
  ……あんまりうまく飲み込めてない、領域の話だからよく分からないけど。
  当のマーティン神父。
  「そ、そんな馬鹿なっ!」
  「けっ、このロリ神父め。失望したぜ、まさか本当にそんな事するなんてな」
  「まったく覚えてない何たる不覚っ! ……くぅ、せっかくの一夜がぁー……」
  ……はぅぅぅぅぅぅぅ……。
  ……まただ、またマーティン神父のイメージ崩れたぁー……。
  段々理想の、憧れの神父様像が壊れ、薄れていく。
  現実って残酷。
  「フィフス君っ! どんな事をしたかだけでも詳細に教えてくれたまえっ!」
  「お前本当にエロでロリか。これから俺、お前の事をエロリ神父と呼ぶよ」
  エロリ神父決定っ!
  はぅぅぅぅぅぅっ。
  「それでフォルトナ」
  「はい?」
  「ははは、押し掛け女房かい?」
  「や、やだあたしがそんなに可愛いからって、エッチっ!」
  「い、いやまるで言葉のやり取り滅茶苦茶なんだが……」

  咳き込む。
  あたしは毛布を肩まで掛けてあげて、それから掃除を続ける。良い匂いがしてきた。あたしが……正確にはフィフスが
  作ったスープの匂いだ。今、厨房の竈で温めてある。丁度食事時みたいだから、料理人の人が見てくれてる。

  料理。
  今まで字すら読めなかったから、あたしは作れない。
  料理の参考書すら読めなかったもの。
  難しい字は今でも読めないし、料理出来るようになるまではまだ、先だろう。

  「良い匂いがするね」
  「お料理、作ってみました。……あっ、これ薬です。食前にどうぞ」
  「食前?」
  「ええ」
  「普通は食後じゃないのかい?」
  「ええ。でも、これ飲めば食欲が出てくるみたいなんです。どうぞ。……あっ、これお水です」
  赤い錠剤一つと、水の入ったカップを手渡す。
  マーティン神父は受け取ると、ありがとうと優しく微笑んだ。
  じっとあたしは見ている。
  表情は、無表情……だと不自然だから、きわめて自然に振舞ってる。
  あたしは暗殺者。
  生まれた時から、というか少なくとも人格が形成されてからは、物心着いた時から暗殺してきた。
  ただ殺す。
  ただ殺す、だけなら誰でも出来る。
  あたしは暗殺者。
  暗殺する時は、普通の態度で接する事が出来る、悪魔のような女。
  あたしは悪魔のような……。





  今日、指令があった。
  勅命任務。
  闇の一党ダークブラザーフッドの幹部集団ブラックハンド、その1人であり現在クヴァッチ聖域に滞在している
  奪いし者マシウ・ベラモントから直接命令された。

  マーティン神父を抹殺せよ。
  ……。
  ……一瞬、あたしは何を言われたか分からなかった。
  そんなあたしを無表情に無視し、命令を続ける奪いし者。
  実は組織内に裏切り者がいるらしい。
  それはあたしにも分かっている。この間の密林での任務は、偽の任務だった。
  標的は身内。
  標的として送られて来たのはシェイディンハル聖域のメンバーであるフィッツガルド・エメラルダさんだった。

  向こうは向こうであたしが標的だった。
  同士討ちの、偽装任務。
  上層部は裏切り者抹殺の為に、各地の聖域で疑わしい者を処刑しているらしい。

  前述のシェイディンハル聖域は特に裏切り行為に加担しているという可能性が高いらしく『浄化の儀式』でメンバー
  を一掃された。つまり、全員皆殺しにされたのだ。
  ……悲しかった。
  ……フィッツガルドさんも、向こうの皆さんも、良い人だったのに。
  ……。
  あたしが今回、神父様の抹殺を命令された理由は一つ。
  あたしがここでは疑われているのだ。
  あたしが裏切り者だと。
  闇の一党に忠誠を誓う暗殺者である事を示す為にマーティン神父を殺せと命令された。
  さもなくばあたしが制裁される。
  居場所がなくなる。
  居場所が……。
  ずっとそれが怖い。ずっとそれが怖かった。
  ずっと暗殺者だったあたしを受け入れてくれる場所なんてない。
  ……捨てられるのが怖い。
  ……捨てられるのが怖い。
  ……捨てられるのが怖い。
  居場所がなくなる、それは1人になるという事だ。
  この聖域のメンバーで好きな奴なんていないし、最年少のあたしを苛める連中ばっかりだけど居場所。
  ここを捨てらたら。

  誰もあたしなんて見てくれない。
  ……そんなの嫌。
  ……そんなの嫌。
  ……そんなの嫌。

  だからあたしは殺すのだ。自分の為に。
  自分の……。






  「ふむ。甘いな、この薬。まるでチョコレートみたいだ。……マーブルチョコ?」
  「……えっ?」
  死なない。
  死なない。
  死なない?
  な、なんでっ!
  この毒はサーシャが調合したものだ。即死の毒だと効いてる。
  口から泡を吐き、眼球はひっくり返り、全身が紫色になって死ぬって……言ってたのに……何で……?
  「後悔するならやめとけって」
  「……フィフスが……?」
  「ああ」
  「……」
  摩り替えられてた。毒がいつの間にか摩り替えられてた?

  神父様は死なない。
  毒じゃないから。
  毒じゃ……。
  「フォルトナ?」
  「……あ、ああ……」
  居場所がなくなる。
  神父様を殺そうとした。

  フィフスに裏切られた。
  組織に捨てられる。
  怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い。

  怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い。
  怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い。
  怖いよっ!
  組織はあたしを殺そうとするだろう。
  フィフスもあたしを殺そうとするだろう。
  神父様だって、毒殺しようとしたあたしを殺そうとするだろう。
  世間も、暗殺者のあたしを殺そうとするだろう。
  誰も味方じゃない。
  誰もがあたしの敵、誰もがあたしを殺そうとする。
  誰もが……。
  「やだぁーっ!」

  あたしは部屋を飛び出した。
  逃げるように。
  ……逃げるように……。




  どれだけ走ったのだろう。
  気付くと、裏通りにまで来ていた。後ろを見る。誰もいない。……誰も。
  「……フィフス……」
  捨てられた。
  あたしはフィフスにまで捨てられた、裏切られた。
  組織もあたしを捨てるだろう。
  この先、どうしたらいいの?
  どうしようもなく体が震えてくる。涙がこみ上げてきた。
  この広大な世界に一人ぼっち。
  この広大な……。
  「フォウ」
  「ひっ!」
  何もなかった空間から、1人が具現化する。
  キリングスだ。
  アルゴニアンの暗殺者で、シャドウスケイル。透明化して周囲の景色に溶け込める能力を有した暗殺者。

  彼と向き直ると、背後が固められたのを悟った。
  3人いる。
  カジートだ、レンツ兄弟。元々はチンピラ暗殺者上がり。
  「あ、あたしを殺しに来たの?」
  怖い。
  誰か助けて。
  怖い。
  誰か助けて。
  ……。
  でも誰が?
  今のあたしは一人ぼっち。ここで死んでも誰も気にも留めないし気付かない。
  神父様もフィフスも気にしないだろう。
  「お、お願いだから殺さないで。……捨てないで……」
  「いや違う」

  「……えっ?」
  アルゴニアンは首を横に振った。いつになくあたしは怯えている。
  どうして一人がそんなに怖いのだろう?
  どうして新しい居場所を見つけようと、思えないのだろう?

  どうして……。
  「私はお前を監視していた。お前は暗殺を試みた。結果失敗したがお前の所為ではない。しかし組織としては制裁
  を加えなければならない。その制裁さえ終われば、お前もフィフスも許してもいいと思う」

  「……」
  報告に手心を加えてくれるの?
  でもどうして?
  「神父の抹殺も、私から止めるように上に言おう。元々お前の忠誠心を試す為だけの標的だからな」

  「……」
  「制裁を受けるか?」
  「……」
  そして……。






  「やはりこの椅子は座り心地良いわね」
  「でしょう? サーシャ様にこそ相応しい椅子です、はい」
  クヴァッチ聖域。執務室。
  この聖域の管理者はクロウ、ではあるものの実質はクロウの女王様(色々な意味で)であるサーシャが
  仕切っていた。サーシャは魔術師ギルドの支部長。
  本来ならば係わり合いにならない間柄ではあるものの、サーシャは死霊術師や反政府組織との繋がりが深く、パイプ役
  であり仲介役を務めていた。
  そういう裏世界との関わりから、闇の一党とも繋がった。
  マリオネットであるフィフスも彼女が闇の一党にレンタル料を取って、貸し出しているのが実際だ。
  「ふぅ」
  「肩でもお揉みしましょうか?」
  「あら豚の分際で私の体に触れるつもり? ……まあいい、許す」
  「ありがたき幸せぇー♪」
  最近、サーシャは欲求不満が溜まっていた。
  マシウ・ベラモント。
  あの男が来て以来、牽制が振るえなかった為だ。
  奪いし者は今、聖域を離れている。あの男がクロウのような扱いが出来ないぐらいは理解していた。
  危険だと、サーシャ自身も理解している。だからずっと我慢していたが、それも終わり。
  久し振りの管理者の椅子の座り心地を堪能していた。
  コンコン。ガチャリ。
  「……マシウ様は?」
  キリングス。アルゴニアンは、布で包まれた品物を持っていた。
  「あら、何それ?」
  「これはサーシャさん」
  カチンと来る。
  今まではサーシャ様と呼んでいたトカゲが、奪いし者に目を掛けられているから図に乗ったのかと腹が立った。
  ひったくる様に布の包みも制止も聞かずに奪い取り、机の上で開いた。
  そして悲鳴。
  「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!」
  「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

  悲鳴は二つ。
  サーシャと、クロウだ。それだけ異様な代物だった。
  それは指。十本の指。
  「な、何よこれは」
  「私がキリングスに指示したものだ。あの人形遣いの指だ」
  「お帰りなさいませ、偉大なる奪いし者」
  「ああ。キリングス、よくやった」
  「もったいなきお言葉」
  「それでサーシャ、私の指示に不服か?」
  マシウ・ベラモントは何気なく呟いた。
  背後に6名の、黒衣の集団。マシウが引き連れているのは暗殺者達。
  一瞬気圧されたように、指を見たショックもあるもののそれを払いのけ、マシウに詰問する。
  「何でそんな事をっ!」
  「指の事か? あの人形遣いの技はかなり独特で、それでいて素晴しい」
  「指を切り落とせば分かるとでも? ……何て無駄な事をっ!」
  「無駄かも知れん。しかし裏切った場合の考慮として……」
  「お言葉ですがありえませんね、そんな事は。私が催眠術であの小娘に強迫観念として刷り込んであるんですよ、
  裏切りや孤独が如何に恐ろしいかをねっ! なのになんて無駄な事をっ!」
  「……」
  じっと見つめる。
  無表情さが恐ろしく、不気味ではあったもののサーシャは虚勢を張って睨み返す。
  視線を逸らしたのは、奪いし者だった。
  「キリングス」
  「はい、偉大なる奪いし者」
  「私の部下をお前に預ける。指揮を執れ。マリオネットを連れて来い。魔道に長けた暗殺者達だ。好きに使え」
  「はい、偉大なる奪いし者」









  「ちくしょうっ!」
  嫌な予感がする。
  俺は、マリオネットである俺は主人であるフォウを探す。今のあいつは孤立無援。俺の助けがいる。
  気を利かしたつもりだった。
  例え衝動で殺せても、いずれあいつの心は砕けるだろう。それを回避する為だった。
  なのに……。
  「くそぅっ!」
  裏通りまで来ると、いつもは疎らなはずのこの通りが人だらけ。何でだ?

  喧騒。
  喧騒が近づく。
  俺は、フィフスと呼称されるマリオネットである俺は走る。
  喧騒に向って、全力で。
  ……間に合ってくれ。
  ……間に合ってくれ。
  ……間に合ってくれ。
  心に、人形である俺に心という表現も変ではあるものの心が警鐘を告げている。
  危険。危険。危険。
  「間に合ってくれ」
  ざわざわざわ。
  角を曲がると、人だかり。
  見物人や野次馬はただの邪魔。何の役に立たない、ただ同情し非難するだけの、無用の長物。
  俺は人垣を掻き分け、そして……。
  「……」
  絶句。
  フォウが仰向けに倒れている。よく見ると、指がない。
  指が全部ない。全部っ!
  「……お前、馬鹿だろ……?」
  「……」
  「フォウ、お前これからどうやって生きてくんだよっ! 殺せよ、あいつらっ! なぁフォウっ!」
  「……」
  想像を絶する痛みなのに、何やってんだよお前。
  お前は何を……。
  「……ごめんな、俺が一人にしたから……」
  「……」
  人形遣いは指から魔力の糸を発する。その糸は鉄すらも真っ二つにするものの、反面その糸が使えない
  フォウはただの少女でしかない。
  取り囲むのは3人のカジート。レンツ兄弟だ。
  ……。
  ……馬鹿が。
  ……暗殺は、人目についたらまずいだろうが。
  ……こんな衆人環視の中ですべき事ではないだろうが。馬鹿が。
  「これはこれはマリオネット君ではないですか」
  「こいつ意外に馬鹿だぜ。神父様暗殺を放棄したいのであれば制裁を受けろ、と言ったら素直に受けやがった」
  「まあ、こっちは命令でな。このまま始末させてもらうぜ」
  勝ち誇るネコども。
  こいつら意味分かって言ってるのか?
  確かに。
  確かに俺はフォウの攻撃指令がない限り、誰かに危害を加える事が出来ない。
  それは闇の一党クヴァッチ聖域では常識であり、レンツ兄弟も当然知っている。
  だがそんな事はどうでもいいんだよ。
  ……そんな事は……。
  「人形、そこで見てろっ!」
  「お前のご主人様が俺達に虐殺されるのをなぁっ!」
  「ひゃひゃひゃひゃひゃっ!」
  衛兵はまだ来ないのかよっ!
  くそっ!
  何の役にも立たねぇっ!
  見物人も野次馬も非難するだけで何の役にも立たない。
  「死ねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」
  「よせっ!」
  ネコは鉤爪を掲げ、そしてフォウに振り下ろした。
  血が吹き出す。
  観客達もどよめいた。目をそむける者もいるし、所詮は人事と目を見開いている者もいる。
  白い喉から血が吹き出している。止まらない。
  喉は掻き切られた。
  死んだよ。
  死んだ。
  ……。
  ああフォウは死んださ、それで満足かっ!
  こいつらは事の重大さがまるで分かってねぇ。まるで……。
  「あっはははははははっ! 死んだ、死んだぞお前のご主人様はよぉーっ!」
  「……」
  「声も出ないのかよ、ええっ?」
  「……お前意味分かってんのか?」
  「はあー? 聞えませんなぁ、ご主人様失った人形さんよぉー?」
  「逃げろ、皆逃げろっ!」
  「はあー?」
  こいつら分かってない。事の重大さが分かってない。
  野次馬だってそうだ。
  自分は関わってない&ただ見てるだけ、人事人事。それがどんな結末と結果を生み出すか分かってない。
  何も分かって……。
  ゆらり。
  フォウが、立った。誰もがどよめく。レンツ兄弟さえも。
  殺したはずなのに生きてる、だから怯えているというわけではない。それもあるかもしれないけどほんの僅かなはずだ。
  立ち方。
  手を使わずに、まるで糸に引っ張られているように立ち上がった。
  フォウは口を開く。
  ……もう遅い。
  ……もう……。
  「ここは、どこじゃ?」