天使で悪魔




受難



  人の世は常に変化の連続。
  同じ事象は存在しない。
  絶えず変化し、移ろうモノ。

  同じ日常、しかし気付かないだけでそれは常に微妙に、それでいて絶対的に違う。
  人よ。
  死すべき者よ。
  限られた命を忘れずに燃やせ。
  そして全ての事象を楽しめ。後悔のないように、日々毎日を楽しんで生きよ。
  何故なら必ず終わりが来るのだから。
  人よ。
  ……お前達は、いずれ死ぬのだから。






  帝都の波止場地区にある、廃倉庫群の一角。
  後音が木霊する。
  今夜は月がない。この区画は二ヶ月ほど前に火災があり、その関係で放置されている。
  進んでこようと思う者もいないし、明かりもない。
  真の闇。
  「……逃げないの?」
  足音の主は、立ち止まる。
  あたしは半ば焼け落ちた倉庫の屋根から飛び降りた。フィフスは夜の闇を剥いで、男の後ろに現れる。
  「逃げる必要はない。ここで、終わりにしてやるっ!」
  「無益」
  「けけけ。わざわざ闇の一党的に回すなんてご苦労な奴だぜ」
  標的の名前はログエン。
  種族はレッドガード。
  闇の一党ダークブラザーフッド撲滅を掲げた元帝都軍総司令官アダマス・フィリダの信奉者で、ログエンは三流商人で
  しかないものの実際に闇の一党の暗殺者を数名叩きのめして帝都軍に譲り渡している。
  抹殺せよ。
  闇の一党の幹部集団『ブラックハンド』はそう判断し、あたし達に勅命を発した。
  ログエンは間違ってない。
  間違った行動ではないものの、余計な行動ではある。
  ……人間、あまり出過ぎるとろくな事がない。
  「フォウ、こいつは俺がやる。いいよな?」
  異存はない。
  「どうぞ」
  あたしは一歩下がる。
  フィフスとログエンは静かに対峙する。別に、手を出そうとは思わない。
  邪魔するとフィフスの機嫌が悪くなるし。
  「とっとと終わらせようぜ。あんまり徹夜っていうのも、好きじゃねぇしな」
  「ふふん。ならまた追いかけっこするか? 殺し屋め、俺の脚力甘く見るなよ。朝まで逃げてもいいんだぜ?」
  ログエンの自慢は足。
  確かにあの脚力、伊達じゃない。
  今まで暗殺者達を撃破したのも、ちょこまか逃げ回って暗殺者達の隙を突いた為だ。
  馬鹿には出来ないな、彼のスピード。
  見逃したら探すのは容易じゃない。
  フィフスが吼える。
  「お前のような奴がいるから、いつまでたっても暗殺は終わらないんだぁーっ!」
  「俺を暗殺者打倒に駆り立てているのは、お前らみたいな暗殺者が存在しているからだ。そんな事言えるのかよっ!
  それに、俺はお前らほど人は殺しちゃいないっ!」
  「俺様は人殺しじゃないっ!」
  「俺がこの手で殺してやるっ! そうすればもう悩まずに済むだろうっ!」
  ひゅん。
  無視して男の体を切り裂く。
  ……。
  ……何だったの、今の不条理で意味不明な会話は?
  「や、闇の一党。お前は俺のぉー……」
  そのまま息絶える。暗殺終了。お疲れ様でしたぁー。
  「さて。帰ろう、フィフス」
  「お前、酷いな」
  不満タラタラ。
  「酷くない。それに……あの会話は何?」
  「おいおいフォウさんよ。だからお前は乳ないんだ。お前ガンダム知らんのかっ!」
  「知らない」
  「だが最後に何言いかけたんだ? お前は俺の……何だったんだろうな?」
  「あれは『お前は俺の全てを奪った男』みたいだよ。公式でそう監督が語ってたし」
  「……お前も立派なガンダムマニア?」
  「う、うるさい」
  「ちっ。まあ、いい。帰るぞ。……それにしても、こいつアホだな」
  「……そうだね」
  冷たくなった、ログエンだったモノ。魂は離れ、肉体は既にただの肉塊。
  この人、何がしたかったんだろう?
  正義感は美徳ではない。
  余計な事に首を突っ込まないでも人は生きていける。
  この世界は美しい。
  ……そして有り余るほどに残酷なのだ。







  《お前達はあたしに願った》
  《お前達はあたしに祈った》
  《裁定を》
  《救済を》
  《なのに何故お前達は泣き叫び這い蹲って命乞いをする。まるで理解出来ない》

  《あたしが下したのは死という形の裁定と救済》
  《裁定と救済を願いながらも、結局はあたしを否定するとは愚かな事だ》







  「ほう。フォルトナはもう字を覚えたのか。すごいな。偉いぞ」
  「えへへ」

  城塞都市クヴァッチ。アカトシュを祀る教会。
  帝都での仕事を終え、報告を済まし、今日はオフ。あたしはマーティン神父の説法を聞きに教会に。
  「ゴホゴホ」
  でも残念。
  マーティン神父は風邪を患っているらしく、今日は説法は別の神父がするらしい。
  本当に残念だなぁ。
  「大丈夫ですか?」
  「ああ。大丈夫だ。……さて、私は寝るとする。変な悪寒がするし」
  「どうして寝てなかったんですか?」
  「フォルトナは熱心な子だからね。きっと説法を聞きに来ると思ってね、待ってたんだ」
  「そ、そうなんですか?」
  字の習得を見せる為に持ってきた、ノートを手に取るとマーティン神父はあたしの頭を撫でながら囁く。
  優しく、優しく、優しく。

  「よく頑張ったな、フォルトナ」
  「は、はい」
  ボッ。
  頬が紅潮する。こんな風に、大人に優しく接してもらった事ないなぁ。
  傍観者に徹してたフィフスが笑う。
  「けけけ。おいおい見詰め合った二人の心はダイブロックまで跳ね上がるほどのフォーリングラブ?」
  「フィ、フィフスっ!」

  あたしは神父様を、慕ってる。
  好きとか嫌いとかの感情?

  それは自分でも分からない。でも、全ての感情が恋愛感情に基づいているわけではないと思う。
  好きは、好き。

  さて。
  「おっさん神父も知ってると思うが……」
  「私はおっさんではない」
  「じゃあロリ神父……」
  「……すまない。おっさん神父の方がいいな」
  「ちっ。贅沢な奴。じゃあロリっ娘ラブなおっさん神父……」
  「混ぜるな危険っ!」
  マーティン神父、子供心を忘れない素敵な人。
  ……多分、子供っぽい人。
  ……多分ね。
  実はただの天然なだけかも……そ、その可能性が高いかもー。
  あぅぅぅぅぅぅっ。
  「それで、何だね?」
  「知ってると思うがフォウは、両親がいない。だから勉強もしてない。させてもらえなかったんだ」
  「……」
  「だからロリ神父、フォウに優しくしてくれて嬉しいぜ。あいつはあんたに父性を感じてる。これからも頼む」
  「ああ。私もフォルトナが好きだよ」
  「本当に頼むぜ」
  感動に包まれる、あたし。
  フィフスはあたしを気遣ってくれてる。何て、何て優しいんだろう。少し涙ぐむ。
  「ロリ神父、だからお願いだ。父のいない境遇が乳なしに繋がってる。俺としても乳のない奴の側にいるのは嫌だっ!
  あんたの持つ父性で、父親のように接する事で乳が膨らむ。あんた次第だっ!」

  ……前言撤回。
  それにしても父のいない=乳のない、に繋がる方程式って何?

  「フィフスぅーっ!」
  「馬鹿野郎っ! 男といえばボインだろう巨乳だろうっ! 華のないお前の側にいる俺の悲劇、お前に分かるかっ!」
  「ひ、酷いー」
  「それは違うぞフィフス君っ!」
  「ロリ神父俺に意見する気かっ!」

  「乳への価値観は人それぞれっ! 小振りでもニーズはあるっ! むしろ私は小ぶりの方が好きだっ!」
  がくっ。
  その場に膝を着くあたし。
  ……な、何かかなりイメージ壊れたなぁー……。
  あぅぅぅぅぅぅぅっ。
  「それではフォルトナ、フィフス。私は休むとするよ。では」

  手を上げて奥へと引っ込む。
  教会に居住スペースを持っている神父様。おやすみなさい、ゆっくりと休養してくださいね。
  「それにしてもフォウ、あのおっさんはロリ神父からエロ神父に進化させてもいいか?」
  「……どーぞ」
  「ありゃ生粋の天然変態だなぁ」
  「……そーですね」
  疲れる足取りで、あたしはその場を後にした。
  次はどこに行こう?






  マーティン神父と別れ、あたし達は公園に。
  ベンチに座り午後を楽しむ。
  ただ座るだけ。
  人間、幸せなんてそんなものだ。
  これだけでも楽しいし、憩える。フィフスはどうかは知らないけど。
  「ふぅ。生きてるんだなぁ、あたし」
  「はっ? 何言ってんだお前? だってお前、死霊だろう?」
  「そ、そうだったのっ!」
  「何だ知らなかったのか? 俺以外には見えてないんだぞ、お前。ロリ神父は聖職者から見えるだけだ」

  「……そんなわけないでしょ」
  「けっ。だって暇なんだよ。こんなアホな冗談でも、暇潰しにはなるからな」
  あーあ、大きく伸びをしてフィフスは退屈そうに欠伸した。
  大きな口。
  思わず、あたしは声を立てて笑う。
  こんな平和な世界は実際にあるのが、少しおかしかった。

  ……もっとも、見せ掛けだけで実は悲劇に満ち満ちた世界ではあるけれども。
  「なあ、移籍にはどうすればいいんだ?」
  「移籍?」
  「そうだ、別の聖域への移籍」
  「さあ。知らない」
  「けっ。使えない奴」
  「そ、そんな言い方ないじゃない。……それで移籍って何の事?」
  「俺はクロウもキリングスもレンツ兄弟もサーシャも嫌いだ。だが、お前は殺すのを許可してくれねぇからな。かと言って
  闇の一党逃げるのもお前は反対する。だからせめてこの間の聖域に移籍したら気分的に楽なんだがな」
  この間の聖域。
  シェイディンハル聖域か。
  確かにあそこのメンバーは仲間意識あるし、血塗れな家族なんだけど、家族愛もある。
  それに皆個性的で楽しそうだし。
  そうだなぁ。移籍出来たらいいなぁ。
  でもそうしたらマーティン神父とお別れだし。少し、ジレンマかも。これが義理と人情の板ばさみ?
  ……少し、違うかな。あははははっ。
  「おい、あれ見ろ」
  「えっ?」
  移籍の話はもう忘れ去ったように、フィフスは指差した。
  ふらふらと、足取りもおぼつかないみすぼらしい老人が歩いている。アルトマーの老人だ。
  ……あれは……。

  「……」
  「……」
  思わず二人で見惚れる。
  飄々とした足取りは、隙がなく無駄がない。あの歩き方からして、盗賊だろうか?
  日中に見ると『お爺ちゃん転びそうねぇ』に映るかもしれないけど深夜ならばまた見方が変わるだろう。
  あの歩き方なら足音はしない。
  老人、自分が注意が引いていると思ったのかあたし達の方に近寄ってくる。
  「……けけけ。少しは楽しめるかな」

  フィフス、娯楽に飢えてるご様子。
  そんなに暇かな?
  あたしは、こうやってお日様の下でボーっしてるだけでも充分にリラックスできるし、いいお休みだと思うけど。
  男の子って分からない。
  「おやお嬢ちゃん。良い相を持っておるのぅ」
  「あたし?」
  挨拶もなく、第一声にそう言った。相?
  「どれ拝見」
  「あ、あの……?」
  「大丈夫大丈夫。ワシはこう見えて様々な相を見て、吉凶を、そして過去と未来を知る事が出来るのじゃ」

  「へぇ。じゃあお願いします」
  興味深い。
  あたしの顔をマジマジと見つめるお爺ちゃん。どんな事が分かるのかな?
  そして……。
  「ぶちゅー♪」

  「……っ! あ、あたしのファーストキスがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
  バキィィィィィィィィっ!
  「はぐぅっ!」

  鉄拳制裁っ!
  グーでお爺ちゃんの顔殴りました、グーでっ!

  「おいおい番狂わせで滅茶苦茶楽しくなって来たぜっ!」
  「うるさいっ!」
  「す、すんませんでしたっ!」

  この怒り、どうしたらいいのー?
  顔近づけたと思ったらあの爺、あたしの唇奪いやがったぁっ!
  「鼻が曲がってしまったではないか」
  「うるさいっ!」
  バキィィィィィィィっ!
  ゲシゲシっ!
  殴る蹴る。子供連れの親子は逃げる。人目がなくなれば好都合。……唇の仇、討たせてもらいます……。
  「お、お嬢ちゃん。これだけは言わせておくれ」
  「……何です?」
  「心ときめくレモン味じゃったぞ」
  「殺すぅーっ!」
  「ま、待て待て待てフォウっ! さすがに殺したらまずいだろう殺したらっ!」
  「はーなーせーっ!」

  羽交い絞めにしてあたしを抑えるフィフス。
  こいつは万死に値する殺してやるぅーっ!
  額に汗を拭いながら爺は、止めに入る者がいる事に安堵を覚えて軽口を叩く。
  「ほっほっほっ。まあ減るもんじゃないし、いいではないか」

  「フォウ殺すなよこいつは俺が責任持って両手両足の指全部切り落としてお仕置きしておくから、勘弁してやれ」
  「お、鬼じゃっ! あんたら鬼じゃっ!」

  『うるせぇーっ!』



  〜現在フルボッコにしています。しばらくお待ちください〜




  「良いお天気ねぇ」
  「ああそうだな。こんな一日も、たまにはいいよな」
  お日様輝いてます。
  生きてるなぁって感じる、そんな午後の昼下がり。暗殺家業に身を置くあたし達だけど、太陽の下にいると謙虚になれる。
  そんな何気ない、平穏な一日に心ときめく今日この頃。
  「……足下の死に掛けた老いぼれは無視の方向かの……?」
  ボロ雑巾が何か喋ってる。
  殺されなかっただけ感謝しなさい。……いいもん、セカンドキスはマーティン神父にあげるからいいもん。
  「じ、実はワシには見えたのじゃ、そなたの過去が」
  よろよろと立ち上がる爺。
  ……意外に丈夫ね。こんな事ならもっと力込めたらよかった。
  「ワシはそなたを待っておった。そなたは伝説の勇者の転生した姿なのじゃっ!」
  『はっ?』
  二人同時に間の抜けた声。
  少し調子に乗り過ぎたかな。お爺ちゃん、打ち所悪くてボケたかもー。
  「ワシはラトゥーン。……よくラト爺と呼ばれておるから、そう呼んでくれて構わぬ。ワシは探しておったのじゃ、古文書に
  記された伝説の勇者を。そなたこそ伝説の勇者であるエンジェリック・フェザーの生まれ変わりなのじゃっ!」

  エンジェリック・フェザー。
  やれやれと言いたげに、フィフスは立ち上がった。
  「暇潰しにはなるが、アホ臭くて聞いてられねぇ。おら、帰るぞ」
  「……」
  「おいフォウ?」
  「話ぐらい聞こうよ♪」
  「うおっ! ……な、何て純粋に輝く瞳してるんだよお前……」
  「あたしはエンジェリック・フェザー♪」
  何て素敵な名前っ!
  何て綺麗な名前っ!
  しかも伝説の勇者。……ああ、心地良い華麗な響き……。
  「そなたの顔の相を見てピンと来たのじゃ。そなたは伝説の勇者エンジェリック・フェザーなのじゃっ!」
  「はーい♪」
  「しかし真の覚醒の為にはそなたの体に記された紋章にワシが力を込める必要があるっ!」
  紋章?
  それもあたしの体に?
  ……。
  思い出してみるけど、体にそんなのないなぁ。
  「どこにあるんです?」
  「尻じゃ♪」
  「なっ!」
  「恥ずかしがる事はない。診察の際に医者の前で胸をはだけるのと同じ事。ほっほっほっ、さあここで尻を出すのじゃー♪」
  「フィフスぶん殴れーっ!」
  「はいよ。了解しやした」
  バキィィィィィィィィィィィィィっ!
  命令には絶対服従のフィフスは、セクハラ爺を殴り飛ばす。
  ……聞いて損した。ああ、何て受難。
  「帰るわよっ!」
  「ま、待つのじゃ。ワシは本物の、そう預言者。勇者であるそなたに使命を与える者なのじゃ」
  ……タフな奴。
  フィフスを見る。彼は首を横に振った。
  殺せとは命じてないけど、しばらく動けない程度には叩きのめすニュアンスを込めての命令だけど爺は平然と動いてる。
  フィフスが命令を無視したのではないのなら、この爺は相当タフだ。何者?
  注意深く観察している視線をまるで意も解さないように老人は懐から一冊の古びた本を取り出し、開いてみせる。
  「ここじゃ。ここにそなたが勇者である証明が書かれておる」
  「……」
  読めない。
  マーティン神父の手助けで最近文字を覚えたけど……これは読めない。今の言語ではない?
  「読めぬか? ふむ、まあルーン文字じゃからな。無理もない」
  ルーン文字。古代の文字だ。

  今の文字と完全に違うものだから、読む事は容易ではない。複雑で読める人はほとんどいない。
  この人、実はすごいの?
  尊敬の眼になっているのだろう。それに気付き、老人は胸を張った。
  「ほっほっほっ。まあルーン文字を読めるのはワシぐらいしか……」
  「おい爺。こいつはルーン文字じゃなくてその派生のガリアス文字だろうが。ガリアス文字とルーン文字の違いが分から
  ないとは言うなよガリアス文字は今の言語と形態が似てるからな、つまりルーン文字と間違いようがないだろうが」

  「……」
  「で預言者さんよ。何が書いてあるって?」
  「……」

  意外に博識だなぁ、フィフス。
  考えてみれば有史以前のアイレイドの遺産。旧時代の知識も豊富なのは、当然なのかもしれない。

  だけどそうするとこのお爺ちゃん、やっぱりただのボケ老人?
  その時、爺は叫ぶ。
  「と、ともかくここにその子が勇者である事が記されているはずなんじゃっ!」
  「はずって何ですかはずってっ!」
  「書いてあるはずなんじゃ書いてなきゃお爺ちゃん泣いちゃうっ!」
  ……はぁー……。
  ……なんて疲れる我侭なボケ老人なんだろう。
  そりゃ人生の先輩だし、今まで人生頑張ってきた人を蔑ろにするのは心痛むけど……だって時間の無駄だもんっ!
  「帰るわよ、フィフス」
  「意義なーし」
  「待たれよ若人達よっ! ……勇者になれば伝説の剣が手に入るぞ……?」
  キラーンっ!
  その言葉に反応したのは、フィフスだった。伝説の剣、確かに男の子にとってはすごい響きなんだろうねぇ。
  あっ、でも勇者あたしだし?
  ふっふっふっ。フィフスも羨む伝説の剣はあたしの物。何か優越感♪
  「それでおっさんっ! 伝説の剣はどうしたらくれるんだフォウの体かああやるよ好きに貪れだから剣をくれっ!」
  こ、こいつ好き勝手言いやがって。

  「ほらお嬢ちゃん、これを持って行きなさい」
  チャリンチャリーン。
  手のひらの上に置かれたのは……何これ?
  タムリエルで流通している金貨じゃない。玩具のお金?
  「なんです、これ?」
  「50ゴールドじゃ。薬草が8個も買えるぞ。毒消し草なら5個。使わずにスライム25匹倒せば銅の剣が買えるぞ。確か
  スライムは一匹2ゴールドを所持しておったはずじゃからな。アリアハンでは銅の剣があれば、まあ大丈夫じゃ」

  「すいませんまるで意味分からないんですけど」
  「仕方なかろう今時のロープレはした事ないんじゃドラクエは3までしか知らないのじゃっ!」
  ……意味わかんない。
  「おいおっさん、伝説の剣はどこだよ?」
  「おおそれならラスボス一歩手前に入手するのがセオリーじゃな。FF4ではラグナロクはラストダンジョンだったぞ」
  「ラス……今すぐはねぇのか?」
  「何を言う小童っ! バランスブレーカーの極みじゃろうがっ! ……まったく最近の若いモンはやれ改造コードだとかやれ
  チートだとかズルばっかり覚えてタチが悪い。ワシが若い頃は復活の呪文をノートに書き間違えて泣いたものじゃ」

  ……意味わかんない。
  気付けば結構、このお爺ちゃんと付き合ってたらしく日が傾き、少し肌寒くなってきた。
  あーあー。
  せっかくのオフが、こんな形で終わるなんてなぁ。
  「じゃあね。お爺ちゃん」
  「ま、待ってくれっ! この寒空の下で独りぼっちになったら、ワシは凍えてしまうよサチコさんっ!」

  「誰がサチコさんですか誰が。それに肌寒くはあるけど凍死はしないから大丈夫」
  「お主は伝説の勇者……っ!」
  「違います」
  そう、言ったのはあたしではなかった。フィフスでもない。
  それは女性の声。
  一斉の声の主を見る。女性だ。フードを被り、ローブを纏った女性。紺色のフードとローブ。
  ……大きい。いいなぁ……。
  ……。
  えっと、胸の事です胸の事。

  ローブが邪魔だと巨乳は主張しているが如く、大きい。フィフス、眼が釘付け。
  ……男ってやっぱり大きい方がいい?
  あぅぅぅぅっ。
  何よ何よ、巨乳なんて平たく言えば部分的肥満じゃないのっ!
  「ふふふ。長い間、貴女様をお探ししていました」

  『はっ?』
  お爺ちゃんも含め、一度間の抜けた声を昭和。女性はあたしの前に恭しく膝を着いた。
  「あのー、誰ですか?」
  「我が名はルールー。貴女様の参謀。……お久し振りです、魔王ダークスターカオス様」
  「……すげぇなフォウ今度はお前魔王か?」
  「……言わないでフィフスこれはきっと悪夢よこんな受難続きなんてありえないもの……」

  疲れる。すっごい疲れる。
  暗殺連続10人達成せよ、と命令された方がまだ疲れない。
  ……これは精神的疲労?
  あぅぅぅぅぅっ。
  「あのー」
  「はい、魔王様」
  熱っぽい視線をあたしに向ける、参謀ルールー。……なんだかなぁ。
  「あたしが魔王の証明ってなんです?」
  「証明ですか? ……それは私の体が覚えてます♪」
  い、意味深ですか?
  何なのこのお色気過多なこの女はぁーっ!
  しかも先客のボケ老人もいる。
  個人的には勇者様の方がいいんだけど……これ以上ここに留まると話がややこしくなる。
  「フィフス、行くよーっ!」
  「お、おい待てよっ!」

  促すと同時にあたしは走る。後に続くフィフス。
  そして……。
  「勇者エンジェリック・フェザー、待つのじゃーっ!」
  「魔王ダークスターカオス様。私を置いて行かないでぇーっ!」
  ……。
  ……何なの、この一日……。
  ……何なの、この受難……。
  「し、しつこい。まだ追いかけてくるぅーっ!」
  はあ。疲れるなぁ。

















  クヴァッチ聖域。執務室。
  「つまりあのフォルトナという娘は、素性が一切不明という事か?」
  「そうなるわね」
  聖域管理者であるクロウの椅子に座るマシウ・ベラモント。
  その傍らにはクロウとキリングス。
  横柄なマシウの言葉にムッとしつつも魔術師ギルドの支部長サーシャは答えた。
  サーシャはこの男があまり好きではない。
  今まで聖域管理者であるクロウが自分の下僕であり情夫であるので、闇の一党でも相当の権勢を誇っていたものの
  さすがにそれがマシウには通用しないのは分かっている。
  だから嫌いなのだ。
  自分が女王様として振舞えないから。
  もっともサーシャも馬鹿ではない。マシウの残酷な本質を見抜き、極力は逆らわない。
  「あの娘は何者だ?」
  興味。
  マシウは興味を抱いている。
  マリオネットを自由自在に従えるその能力、人体のみならず鎧すら切り裂く見えない糸。
  どれをとっても優れた資質。素質。
  「あの小娘には両親が闇の一党で、任務で死んで孤児になった事にしてますけどね、実際は違うのよ」
  サーシャの言葉をクロウが引き継ぐ。
  「実はフォルトナもまた、フィフスと同じでして」
  「あの娘もマリオネットか?」
  「ああいえいえ違います。その、サーシャ様が発見したわけでして」
  「発見?」
  詳細を求めると、威儀を正してサーシャは語る。
  この内容はフォルトナは知らない。
  「ガーラス・アジーアというアイレイドの遺跡でね、発見したのよ。フィフスと一緒にね。……フィフスが半ば瓦礫に埋まって
  るのに対してあの小娘は横に倒れてた。まだ幼子だったから、誰かがあそこに捨てただけだと思うんだけど」
  「つまりマリオネットとの関連性はないと言うんだな?」
  「そりゃそうでしょう。アイレイド時代からあの小娘が生きてるとでも?」
  「……ふむ」
  低く頷き、話を切り替える。
  「クロウ。あの小娘はどこまで信用できる?」
  「どういう事です?」
  「最近闇の一党の構成員が立て続けに襲われている。我々ブラックハンドは内部に裏切り者がいると見ている」
  「ま、まさかっ!」
  「あの小娘がその裏切り者かどうかは知らんが……実力はある」
  そう。
  フォルトナは強い。フィフスも従えている。
  つまり、単身で裏切るだけの実力がある。少なくとも聖域の一つや二つは簡単に潰せるだろう。
  マシウは続ける。
  「キリングスの報告書も読んだ。ドラニコス一家暗殺の際に手心を加えたらしいしな。素性も不明。信用できない」
  「最近マーティンという神父に現を抜かしているようです」
  補足説明をするアルゴニアンのキリングス。
  奪いし者が聖域に留まっている内に自分を売り込み、出世しようと企んでいる。
  確かにクロウより能力的に優れている。
  「神父?」
  「はい、偉大なる奪いし者。まだ幼いとはいえ女。男に興味を持ってもおかしくありません。それはそれでいいと思いますが
  任務に支障が出たり、一党を裏切る事にもなりかねません。そこでどうでしょう、試金石にしては」
  「ふむ?」
  「マーティン神父の暗殺を命じるのです。一党に忠誠があれば実行するでしょう。断れば叛意ありと見なして抹殺する
  べきかと。奴が裏切り者かどうかは別にしても処分するのにいい理由でしょう」
  「面白いな。確かに、裏切り者云々以前に男に堕落した者は必要ない。手筈は任せる。期待しているぞ」
  「お任せください。偉大なる奪いし者」