天使で悪魔





密林の襲撃




  出会いは突然訪れる。
  人と人との出会いは、何かの意味があるのだと思う。
  美しくも残酷な世界。
  この広大すぎる世界で会える事は、奇跡であり運命であり、何か重要な意味があるのだ。
  意味?
  それは明かされない、神のみぞ知る事象。
  愛し合う定めの出会いなのか、憎み合い殺し合う運命の出会いなのか、まったく関係ない出会いなのか。
  それは、明かされるまで分からない。
  神様に聞いてみよう。
  ……あたしが出会う人は常に、あたしが殺す人ですか……?
  ……それがあたしの運命であるのならば……。





  「は・じ・め・ま・し・て……フィフス、合ってる?」
  クヴァッチ聖域。私室。
  一応あたしはこの聖域で一番古株(物心着く前から闇の一党にいたらしい)だし他の聖域に比べてメンバーが少ないのでそれ
  ぞれに私室が与えられている。
  古株云々を持ち出したのは、それなりには優遇されていると言いたいから。
  多少、多少、多少。
  多少だけど他のメンバーよりも部屋が広いし、据付の調度品もランクは少しだけ上。
  机に向い、勉強中。
  「おーおー、フォウも少しはオツムがマシになったなぁ。一応、ちゃんと書けてるぜ」
  「えへへ」
  「これで胸が大きければ……けけけ、そこまでマシになってないなぁ。貧乳暗殺者。今度からそう名乗れよ」
  「貧乳……ふーんだっ! 結局胸が大きい人は、部分的肥満じゃないのっ!」
  「……すげぇ言い訳するんだな。ある意味感動だぜ」
  「あぅぅぅぅっ、何か敗北感だぁー」
  「けけけ」
  ……。
  こ、こんな会話はどうでもいいのよ。
  あたしは羽ペンを握り、ノートに書き込む。書いているのは、文字の羅列。
  挨拶。動物の名前や植物、もちろん自分の名前などなど。
  文字の練習。
  あたしは15歳だけど、普通の15歳ではなく、普通の環境ですらない。
  暗殺者でありここは闇の一党の聖域。
  ここで物心ついた時から暗殺者してるけど、誰も文字の勉強なんて勧めなかったしあたしに教育は施さなかった。
  闇の一党の教育だけ。
  いかにして人を殺すか、どこを狙えば的確に殺せるか、捕えられた時の自裁方法などしか教えてもらってない。
  無知。
  無学。
  今まで別に気にもしてなかったけど、この間マーティン神父と話の際に、自分が文字も知らない事を話した。
  するとマーティン神父がこのノートをくれた。
  すぐに、じゃない。
  次の日だ。
  文字を効率的に正しく引用して覚えるコツとか、文字の書き順とか、色々と事細かに書き記してある。
  思わず涙ぐんだ。
  神父はわざわざ徹夜してあたしの為に作ってくれたんだって。
  あたしは1人じゃない。
  今まで1人だと思ってた(フィフスは除く。一緒にいるのが普通過ぎてそういう感覚ではない)けどあたしをこんなにも思ってくれ
  る人がいると思うと、嬉しくて泣けた。一生懸命勉強しよう、そう思った。
  「フォウ、今からいう言葉書けるか?」
  「言って言って。勉強の成果、見せてあげるから」
  「けけけ、挑戦的だな。じゃあ……神父様」
  「し・ん・ぷ・さ・ま。……簡単じゃない。合ってるでしょ?」
  「おっ、すげぇな。次は、貴方のモノになりたいの」
  「あ・な・た……フィフス、子供っぽい」
  「けけけ。乳なし子供に言われたくはねぇぜ」
  「ち、乳関係ないじゃんっ!」
  「けけけ」
  人の気にしている事をズケズケ言わないで欲しいなぁ、嫌な奴。
  物心着いた時から側にいた、フィフス。
  最古参があたしとフィフス。
  この時、まだクロウはいなかった。聖域は別の管理者が運営していたのだけど、その男性もサーシャの下僕だった。
  下僕の意味がよく分からない。
  フィフス曰く『エロだよエロ、情夫』らしい。
  アルケイン大学から魔術師ギルドクヴァッチ支部に派遣されてきているアルトマーのサーシャは多数の組織と係わり合いがあり、
  ある時はパイプ役としてある時はその組織内に置いて隠然たる勢力を誇っている。
  どういう密約でフィフスを闇の一党に貸し与えているのかは知らない。
  もしかしたら当時起動すらしてなかったフィフスを安値で売ったのかもしれない。
  しかしフィフスは起動した。
  あたしだ。
  あたしが、フィフスを起動させたらしい。
  理論的に言うとどうなるのかは知らないけど、あたしにだけフィフスは従う。
  何でだろう?
  「えーっと、次は……」
  「あんまり根を詰めると却って疲れるぜ。これで病気になったら本末転倒だろうが」
  「あっ、心配してくれるの?」
  大きく伸びをしながら、フィフスの方を見る。
  「そりゃそうさ。お前が死んだら、俺様も停まるからな」
  「そうなの?」
  「そうさぁ。そうじゃなかったらお前殺してとっくに自由の身になってるよ」
  「な、なんですってぇーっ!」
  「けけけ。ただの本気だ本気、気にするな」
  「なんだ本気なのかって……本気なのっ!」
  「けけけ」
  あたしの方がご主人様なのにぃー。
  でも知らなかった事実。
  フィフスは命令者が死ねば、機能が停止するらしい。
  詳しく聞くと、次に起動させてくれる者が現れるまで、停止続ける……つまりはフィフスもまた死んでしまうらしい。
  一蓮托生。
  ……少し、運命共同体みたいで格好良いかも。
  「なぁに瞳潤ませてるんだお前?」
  「えっ、そんな顔してる?」
  「ああ。密室で、完全に孤立無援絶海の孤島並みの人口比率ゼロのところでロリ神父に押し倒されてる時の顔してるぜ」
  「……? 複雑過ぎてよく分からないんだけど」
  「まあ、要はそんな場所で押し倒されて迫られてる時の顔だな。恍惚というのか、エロというのか」
  「……?」
  「……わりぃ。確かに例えにすらなってなかったな。簡単に言うとエロ顔してたって事だ」
  「……ふーん。でも、そんな場所で押し倒されたら……それは事故だよ、仕方ないよ」
  「……お前襲われ願望あったりするか?」
  コンコン。
  失礼な……と言おうとした時、扉がノックされる。
  この聖域に置いてあたしは最古参、古株ではあるものの基本的に毛嫌いされている。尊ばれる事はない。
  若輩のあたしが既に卓越した能力持つのが気に食わないと、フィフスは言うけど。
  ともかく、尊ばれない。
  部屋に入る時だって乱暴に、ノックなしで入ってくるのが普通。
  誰だろう?
  「どうぞ」
  「……あたしを襲ってください食べ頃よ♪」
  ジト目でフィフスを見る。
  わざわざ断る事もないけど、後半はフィフスの言葉なのであしからず。
  ガチャ。
  「失礼する」
  「……っ!」
  ほのぼのとした心は、砕かれる。
  入ってきたのは『奪いし者』であるマシウ・ベラモント。狂気の光を瞳の奥に宿す、上層部の幹部。
  体が小刻みに震えるのが自分でも分かる。
  ……この人、怖い。
  ……冷静に、彼は狂ってる。
  「君のファイルを見た。君は実に有能な暗殺者だ」
  「ありがとうございます」
  「けけけ。最高の、だろう? ここの連中、その気になればこの女は三分で消せるぜ?」
  「フィフス」
  きつい口調であたしは嗜める。
  変に話を長引かせたくない。出来ればこの男には、早々に出て行って欲しい。
  「三分……そんなに掛かるか? 見るところ彼女は一分三十二秒で全員を殺せるよ。簡単に、あっさり、残酷にね」
  「おーおーすげぇな、細かく二秒まで分かるのかよ」
  「フィフス」
  やめて。やめてよ。
  心臓が大きく鼓動。このままこの男と同じ部屋にいると心臓が爆発しそう。
  軽口に飽きたのか、気が変わったのかマシウ・ベラモントは改まった口調で話題を変えた。
  「君は密林が好きか?」
  「密林?」
  「レヤウィン東に、ブレトンの娘が現れる。同行者は不明だが、いる可能性もある。君はそこに赴き殺して来て欲しい。
  君でなければ駄目だ。君以外の者では討ち洩らすだろうね、確実に。最高の暗殺者である君に命令するよ」
  「はい」
  任務。
  任務なら、ちゃんとやらなければならない。
  ……。
  滑稽な話ね。
  今までここでの暮らししか知らないから、任務はあたしにとって絶対の響きを持つ。
  拒否する事は出来ない。
  絶対に。
  「それで、他に詳細は?」
  「特にない。かなり機密性の高い依頼だ。……ただブレトンの対象者は高度な魔術の使い手であり、剣士でもある」
  奪いし者からの勅命。
  この聖域、メンバー少ないし質もそれほど高くない。むしろ、低い。
  全聖域ワーストナンバー1の実績を誇ってる。
  管理者クロウ。
  監察官のキリングス。
  カジート三兄弟の、レンツ兄弟。
  後はあたしとフィフスの七名。一応あたし達の次に強いのがキリングスなんだけど、基本的に策謀好きの頭でっかちでしか
  なく実戦の腕は錆び付いている筈。レンツ兄弟はチンピラ暗殺者上がりだし、クロウはメタボ気にしてる駄目親父。
  まともなのはあたしとフィフスだけ。
  そしてフィフスはあたしの命令に絶対服従(口は悪いけど)する。
  一応、確かにあたしが最高の暗殺者。
  「フォルトナ、フィフス、君達に命令する。直ちに命令を実行せよ」
  「はい」
  「りょーかい」
  向かう先は、レヤウィン東に広がる未開の地。
  対象の情報は種族以外、皆無。
  でも種族さえ分かれば何とかなる。これが都会のど真ん中ならお手上げだけど、人が寄り付かない未開の地なら話は別。
  そこをうろついているブレトンを殺せばいい。
  十中八九、当人だ。
  ……多分ね。
  「行くわよ、フィフス」
  「へいへい。仰せのままに」
  その時、マシウ・ベラモントは冷たく微笑んだ。
  ……怖いよりも、何故か不快だった。
  ……まるで何かを品定めするような笑み……。






  《まっすぐとまっすぐと》
  《細い糸を上を、私達人間は歩きます。その糸の名前は運命》
  《ゆっくりとゆっくりと》
  《その時、その糸が大きく揺れて奈落へとまっ逆さま》
  《誰かが揺らしてる?》
  《奈落へと落ちる時、笑いながら糸を揺らしている人が見えました。奈落へと落ちながら、思います》
  《神様、人の運命を弄ぶのは楽しいですか?》

  《そしてあたしは、楽しんでいたのだろうか?》
  《……彼らを滅ぼした時、笑ってた……?》






  シロディール最南端に位置する都市レヤウィン……東の未開の地っ!
  「きゃああああああああああああああああああああああああああああああああ虫だぁーっ!」
  「……と、大喜びのフォウさんです」
  「きゃあきゃあきゃあっ!」
  虫、嫌いっ!
  正確には、今まで『虫嫌い』というほどの部類でもないんだけど……ここ最悪。
  亜熱帯。
  気候もじっとりとしつつ、空気は湿っぽく息苦しい。
  少なくとも『人間よ自然に還ろう自然が僕らのフィールドさ♪』という軽口は叩けない。初めてこういう亜熱帯の気候の
  場所に来たけど、密林に来たけど長居したくない。というか今すぐ帰りたい。帰してお願いぃーっ!
  特に虫。
  虫、虫、虫。
  どこを見ても虫。別に今まで気にしてもなかったし、別に平気だった。
  で、でもこれは反則でしょう。
  いたるところ虫虫虫。しかも今まで見た事ないフォルムが多い。足が妙に多かったり、鮮やか通り過ぎて毒々しい色。
  フィフスは男の子だから虫は興味の対象なんだろうけど、あたしは駄目。
  こんなに暑いのに寒気がする。
  鳥肌ブツブツ。
  「おっ、見ろよ見ろよフォウ。あの虫、めちゃくちゃ長いな。おーおー妙に色とりどりな虫だなぁ」
  「ひぃぃぃぃっ」
  「おっ、何か落ちてきたぞ。おーボトボトと。……なぁんだ、蜘蛛の大群か。何か珍しいのいないかなぁ」
  「……」
  「おい、フォウ。お前すげぇなぁ」
  「な、何が?」
  「いや七色のナメクジをそんなに頭に這わせてるなんて、恰好良いなお前」
  「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!」
  パタリ。
  ……パトラッシュ、あたし疲れたよ……。
  ……。
  ……。
  ……。
  「はぅっ!」
  「よーやく目が醒めたか。いきなり気絶しやがって」
  「気絶?」
  ウネウネウネ。
  「いきなりお前ぶっ倒れたんだぞ。三時間ぐらいかな。……まあその間探検したり虫捕ったりして楽しかったけどな」
  ウネウネウネ。
  「それでフィフス、移動しよう。標的抹殺が最優先事項。虫取りなんてしてる暇なんて、ないわ」
  「気絶してたお前が言うなって。それに……」
  「それに、何?」
  ウネウネウネ。
  さっきから何?
  オデコに何か這って……這って……は、這って……?
  がくがくぶるぶる。
  「フィフスあたしの顔に何かいない?」
  「七色ナメクジ」
  「何で言わないの?」
  「何でって、ナメクジ楽しそうだし。それにお前顔色悪いし、彩りに良いかなってな。ハハハハハハ♪」
  「……」
  爽やかに笑うフィフス。
  今まで何度もイジられ、舐められ、遊ばれてきたけど……ふーふーふーふーふー。
  今回はマジ、キレたぁーっ!
  「はあっ!」
  ひゅん。
  ズドォォォォォォォォォォォンっ!
  「お、おいお前っ! 木を切り倒したぞっ!」
  「フィフス死刑っ!」
  「な、なにぃっ!」
  ひゅん。ひゅん。ひゅん。ひゅん。ひゅん。
  糸を四方八方に繰り出す。もうランダム、動く者は全て敵フィフスは敵ぃっ!
  「ふははははははははははははははははっ! 人がまるでゴミのようねぇーっ!」
  「じ、人格変わってるぞお前っ!」
  逃げるフィフス。
  追うあたし。
  密林に逃げ込むフィフスに対して容赦なく糸を振るう。あ、あたしだって腹立つ事がある。
  それにフィフスはあたしの糸じゃ切り裂けないし。
  「逃げろ逃げろ逃げなきゃ死刑よぉーっ!」
  「お、お前キャラ変えたのかっ!」
  「ふははははははははははははははははははははははぁーっ!」
  ウネウネウネ。
  頭の上に移動する七色ナメクジなんてもうどうでもいい。
  密林を切り払いつつ追う。
  たまにはお仕置きしないとね。
  一応はあたしがご主人様なのに、フィフス生意気だし。むしろあたしを支配してるし?
  そう考えるとムカつくーっ!
  「はぁっ!」
  ひゅん。
  あたしの前を走って逃げるフィフスのすぐ隣の木が音を立てて倒れた。
  「……まったく滅茶苦茶だな。そもそも……お、おい待て」
  「殺し合いに待てはないわっ!」
  「殺し合いは、同士討ちじゃねぇだろうがっ! 目的忘れるなだからお前は乳がないんだっ!」
  「ひ、酷いぃー」
  高揚は突然醒めて凹む。
  今のあたしの心はマリアナ海溝よりも深い。乳関係ないじゃんかよー。
  おおぅ。
  「聞えるだろう?」
  「えっ?」
  ふと、目的を思い出す。
  ……。
  そ、そうだ。
  ブレトン女性を殺すのが目的だった。
  耳を澄ます。すると、声が聞えた。少なくとも二人。野太い男性の声と、綺麗な声。女性の声だ。
  すぐ近くにいるみたい。
  フィフスが指で合図する。あたしは頷き、茂みの向こうを覗き見る。
  ブレトン女性と、オークの男性。
  標的だ。
  機会を窺う。二人は談笑していた。

  「暗殺は俺の天職だからな、それ以外には興味がねぇよ」
  「て、天職?」
  「何考えてるか分かるぜ。ゴグロンは大きくてガサツだから暗殺には向いてないと思ってるんだろ?」
  「ぴんぽーん♪」
  「ははは、まさにそのとおりだな。はははっ!」
  ……?
  暗殺?
  彼女達も暗殺者なのだろうか?
  まあ、いい。殺せと言われれば殺す。それが暗殺者の定めであり宿命。絶対の定義。存在理由。
  それが嫌なら暗殺者を辞めればいい。
  辞めないのであれば……。
  「フィフス」
  「けけけ。心得てるぜ」

  小声で促す。
  その時、向こうでも
動きがあった。オークの男性に目配せして、小声で呟く。
  「ゴグロン」
  「ああ。心得てる」
  ……向こうも気付いた、か。
  プロだ。
  向こうも暗殺者。それもかなり熟練した暗殺者だ。あたしは殺意を消す。向こうも暗殺者なら殺意を気取って対応するはず。
  「……消えた?」
  思った通り。
  ブレトン女性は不思議そうに周囲を見渡した。
  やっぱりだ。殺気を感じれるなんて、並大抵の……そう、冒険者でも無理。殺しに精通していない限りは。
  フィフスは人じゃないから殺意も気配もないから問題ない。
  まだよ、まだ。
  タッ。
  そう、目配せしたもののフィフスは茂みを飛び出し、ブレトン女性に飛び掛る。
  容易く殺せる。
  そう、判断したはずだ。しかしそれはフィフスの番狂わせのはじまり。幸先悪いね、フィフス。
  キィィィィィィィィンっ!
  「くっ!」
  「けけけ」
  剣を抜いたブレトン女性は防戦、防戦、防戦、そしてフィフスを弾き飛ばした。フィフス、大きく後ろに跳躍。
  その背後に構えていたオークがクレイモアを振り上げる。
  「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
  普通ならフィフスは剣なんて弾き返す。
  しかし向こうはオーク。あの怪力から繰り出される一撃に耐えられるかどうか。試してみようとは思わない。
  ひゅん。
  「ゴグロンっ!」
  ……えっ?
  あたしの完全に無音、とは言わないけどほぼ無音で繰り出す糸の音に気付いた?
  ブレトン女性は警告の声。
  ゴグロン、と呼ばれたオークも声と同時に剣を捨てて後退。向こうも気付いてた、か。警告を聞いて、の行動なら
  タイミングがずれる。やっぱりこの二人は普通の人間じゃない。どこの組織の暗殺者だろう?
  「けけけっ! オークのおっさんとのガチンコバトル、楽しいねぇーっ!」
  「うおっ!」
  剣を失ったオークに、フィフスは猛襲。
  怪力種族でもそれに匹敵、もしくは上回る能力をフィフスは有している。加えてスタミナなどの概念もなく痛みもない。
  ほぼ無敵の存在。
  ……魔法以外は。
  「裁きの……っ!」
  ひゅん。
  ……避けた。避けられた。
  その時、フィフスはオークに投げ飛ばされた。怪力自慢のあのオーク、今までフィフスが相手にしてきたどのオークより
  も強い。珍しく苦戦している。向こうはフィフスに任せよう。
  今回の相手はいつもの比じゃない。強い。

  何度か糸で狙うものの紙一重で当たらない。狙いが甘いわけじゃない。
  間違いない。あたしの糸の音を耳で感じ取ってる。そしてそれを行動に移せるだけの身体能力。
  しかも次第にあたしのいちを特定しつつある。顔はこちらを向いている。
  そして……。
  「煉獄っ!」
  ドカアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンっ!
  「煉獄っ!」
  ドカアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンっ!
  「煉獄ぅーっ!」
  ドカアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンっ!
  火の球をあたしのいるであろう場所に連打。
  ……そう来たか。
  巻き起こる炎、周囲を覆う煙。
  「くぅ、なんて無茶を……」
  咳き込み、口元を押さえながら密林から抜け出る。ブレトンの女性と対峙。静かに、向かい合った。
  「……」
  「……」
  この人、あたしと同じ瞳の色。
  何て哀しい瞳。
  何て……。

  「まだまだぁーっ! 来い、小僧っ!」
  「……勘弁しろよいい加減面倒だぜ……」
  フィフスとオークは泥沼の戦闘に。オーク、タフ過ぎ。しかし心は好戦的なのに対して体は既にポンコツ。
  当分あのオークは動けまい。
  生きてるだけで、戦闘型自律人形と張り合うだけでも凄いけど。
  「あっははははっ」
  笑うブレトン女性。
  何を考えているのか。あたしとフィフスを見て、楽しそうに笑った。

  「けけけ。この女、気でも狂ったのかよ。……フォウ、決めちまおうぜ」
  「ええ。……フィフス、彼女を神の御許に」
  「おっけぇっ!」
  タッ。
  そのスピード、まさに神速。
  並の相手なら、並以上でもまず死ぬ。しかしあの女性はさっきフィフスの攻撃を防ぎ切った。
  今度はどう?
  フィフスは飛び掛り……。
  ……。
  ……避けた。
  まさか避けられると思ってなかったフィフスは急には止まれないし、防御も体勢的にまずい。
  「裁きの天雷っ!」

  「……っ!」
  バチバチバチィィィィィィィィィっ!
  吹き飛ばされ、そのまま動かない。
  マリオネットは魔法に対してまるで抵抗がない。アルトマーよりも脆弱だ。
  ひゅん。
  死の紡ぎ糸。このタイミング、この近距離、避けようがない。
  殺ったっ!
  「デイドロスっ!」
  なにぃっ!
  盾のように……多分、そのつもりなんだろうけど、ブレトン女性の前に召喚された悪魔。
  ワニの悪魔。
  この間のアルケイン大学の監察官と同じ悪魔を召喚する、か。
  ……嫌だなぁ。あのワニ、皮膚厚くてあたしの糸じゃ切り刻めない。致命傷は無理。

  「……またこのワニの悪魔か。変な因縁」
  「それでお嬢ちゃん、どうする?」
  短く何かを呟く女性。
  背後に何かいる。ちらりと見る。スケルトンだ。
  あの骨なら簡単に消せるけど……その隙を突かれるだろう。このまま対峙しても神経が磨り減るだけ。
  どうする?
  ……どうしよう?

  ブレトン女性は笑いながら言う。
  不敵な人だ。
  「悪いけどブレトンの人形遣いのお嬢ちゃん。一応も任務だからね。……逃がしはしない。ここで殺してバイバイさよなら」
  「あたしだって逃がさない。これがあたしの唯一の存在理由」
  『闇の一党として排除します』
  ……。
  ……しーん……。
  同じ言葉が、異口同音があたしと彼女の口から出る。途端、体の力が抜けて殺意が消えていく。お互いに。
  闇の一党?
  同じ仲間の人?
  向こうも同じ事を考えているのか。剣をだらりと下げてあたしに声をかけてくる。
  警戒を含めつつも柔らかい口調に変わってる。
  「私の任務はブレトン少女を暗殺する事。貴女は?」

  「あたしはブレトンの娘を始末する事」
  ……やられた。
  誰が画策したかは知らないけど、同士討ちね。
  「フィッツガルド・エメラルダ。シェイディンハルの聖域の者よ。……よろしくね」
  「あたしはフォルトナ。クヴァッチ聖域のメンバー」
  差し出される手。少し戸惑ってから、あたしは彼女の手を握った。
  あったかい手だ。
  「今回はお互いに嵌められたみたいね」
  「ですね」
  「これ、お小遣い。好きなものでも食べなさい。……無駄遣いは駄目だけどね。私なら、クレープでも買うかな」
  「クレープあたしも好きです。バナナが一番好き」
  「それ認めない。苺でしょう苺」
  「えー?」
  二人で笑う。
  最初は小さく、それから大きな声で笑った。弾けるように笑うこの人はどこか眩しくて。
  羨ましいと思った。
  「あっはははははっ」
  「くすくす」
  それがフィーさんとの始めての出会いだった。







  クヴァッチ聖域。クロウの執務室。
  1人の黒ずくめの男が、ゆったりと椅子に体を預けながらブツブツと呟いている。
  周囲には誰もいない。
  彼1人だ。

  「報告を聞く限り、ルシエンのお気に入りはかなりの使い手。オークを圧倒したマリオネットを相手にしていない。そしてその
  人形遣いもおそらくあのまま続けば殺せていただろう。くくく。まさに好都合な駒。彼女に決まりでいいよね、母さん」
  マシウ・ベラモント。
  闇の一党幹部集団『ブラックハンド』で、称号は『奪いし者』。

  聞えし者。一名。
  伝えし者。四名。
  奪いし者。五名。
  計十名が『ブラックハンド』であり、『奪いし者』は『伝えし者』の直属の部下であり、側近。
  ブツブツと呟く。
  その様、その愉悦に歪んだ顔。
  ……不気味。

  「名をフィッツガルド・エメラルダ。……くくく。彼女を駒にしたらいいよね、母さん。……うっふふふふふ……」