天使で悪魔
アルケイン大学の監察官
神は等しく、愛を込めて人を創った。
神は等しく。
神は等しく。
……。
等しく、という言葉は本当に存在する?
この世界に平等なんて存在しない。神様は嘘をついた。人は平等、という幻想を人間に埋め込んだ。
幻想。
妄想。
夢想。
そして、平等であって欲しいという、理想。
あたしは考える。
この、不平等な世界であたしは何を信じて生きているのだろう?
……何の目的で……?
……何の……。
「クレープ、三つつもらおうか」
「あの、神父様。あたしはバナナたっぷりで」
「ははは。分かった分かった。バナナをたくさん入れてくれ」
「おっさん神父、俺様はクリームたっぷりだ」
「おっさ……ま、まあいい。分かった。……君、生クリームも増量してくれたまえ」
クヴァッチ市内。
時刻は午後二時。おやつ、には早いけど間食は悪徳の喜びだ。
要塞都市クヴァッチ。
アンヴィル、クヴァッチ、スキングラード、帝都。黄金街道と呼ばれる、商業の街道にそびえる都市。
莫大な収益の入る、都市の一つ。
闘技場も帝都、クヴァッチにしかない。
つまりあらゆる意味で帝都に匹敵する、規模を誇っている。
……都市の外観は、帝都に比べて劣るけれども。
「フォルトナ。あそこで座って食べよう」
「はい。神父様」
噴水のある、公園。
あたしとマーティン神父はベンチの一つに座った。子供連れの家族が多い。今日は休日。
家族サービスは、父親の務め?
……羨ましいなぁ……。
「けっ。ラブラブですなぁ」
「フィフス、黙ってて」
「はいはい」
フィフスは勝手にしてくれ、といってベンチに腰を下ろした。
フィフスはマリオネット。アイレイドの遺産。戦闘型自律人形。食べ物は基本、必要ないものの何故か味覚もあるし食べ物
も食べる。クレープが大好物、というわけでもないけど甘いもの全般はフィフスの好きな部類だ。
……。
……まあ、深く考えないで。
ドラえもんだって食べ物食べるし、消化出来るんだから問題ない。
ちなみにあたしはクレープ大好物♪
「神父様、今日はお付き合いしてくれて、ありがとう」
「ははは。フォルトナはいつも熱心に説法を聞く、良い子だからね。その、ご褒美だよ」
「……」
曖昧な微笑をあたしはした。
自分でも歪な笑みだとは分かっているけど、演技下手だから自然に笑えない。
……。
神様なんて存在しない。
少なくとも、万人を救う神様は存在しない。九大神は……存在するのかもしれないけど、誰もが望む万能の神様なんか
じゃない。あたしが教会に行くのは、気休めが欲しいから。当たり前の日常の風景が欲しいから。
ただ、それだけ。
……例えそれが幻想の日常であったとしても。
「ふふふ」
「ははは」
他愛もない話をして。
何気ない笑い、何気ない風景。あたしは少なくとも、こうしている間は暗殺者でいる必要がない。
……気が、休まる。
隣にいるのがマーティン神父だから、というのもある。
この人は好き。
神様を語り、神の祝福を人々に伝え、神父様は実に善人。……それでいてどこか陰のある顔をする。
善人。
善人なんだけど、その暗さはなんだろう?
そこもまた信じれる要因なのかもしれない。ただの善人で終わらないのが、心地良いのかもしれない。
……この世界に本当の善人なんていないのだから。
だから、そのように振舞わない人の方が信じれる。マーティン神父は、信じれる。
あたしは好き。
「ロリ神父」
「ロリ……」
「フィフスっ! せめて幼女好きとか、大人の女性を愛せないとか、言い方あるでしょっ!」
「けけけ。そっちの方が酷いと思うぜ?」
「……もういい。君達、私を弄って遊べばいい……」
ああ。マーティン神父が黄昏てるぅ。
ちなみにフィフスはあたしの弟という位置付けになってる。……神父様の前ではね。あたしの職業だって知らないもの。
教えたくはないし知られたくもない。
せめてもの、それが贅沢。
「ところでフォルトナ」
「はい?」
「私はそろそろ教会に戻らなくてはならない。家まで送ろう」
家?
果たしてあそこが、あの場所が言えと呼べるかは分からないけど、あたしの帰るべき場所。
でも言えない。言えるわけない。
「おいおいロリ神父っ! ま、まさか送り狼になる気かっ! ……なかなかやるなぁ、生臭坊主♪」
「……すまない私をおちょくるのは最近流行りなのか?」
「失礼でしょフィフスっ! それに、あ、あたしは別に狼に食べられちゃってもいいんだからっ!」
「……フォルトナまで私を弄るのか楽しいのかそれが至福なのか? ならば何も言わん私を弄って安らげばいい……」
「おっ、ロリ神父疲れたのか?」
「……ああ、どっと疲れが出たな……」
慌てて頭を下げてお詫び。
乾いた笑いを浮かべながら、気にするなと手を振るけど、一番気にして傷付いてるのは神父様だったりする。
あぅぅぅぅぅっ。
……穴があったら入りたいかもぉー……。
「ああ、やっと来たわねっ! 愚図な娘だね、まったくっ!」
聖域に戻るとヒステリックな第一声が響いた。
サーシャ。
本来は闇の一党のメンバーではなく、魔術師ギルドのクヴァッチ支部長。
元々、フィフスも彼女の所有物。……正確には魔術師ギルドの、資産。
フィフスはアイレイドの遺産。
戦闘型自律人形の第一人者で、フィフスを遺跡から発掘&調整したのも彼女。現在、フィフスは闇の一党に貸し与えて
いるに過ぎない。
かなり高額なレンタル料、取っているみたいだけど。
「さあ来るのよっ!」
「はい」
「けけけ。そんなに喚くと、また皺が増えるぜぇー?」
「……っ!」
パチィィィィィン。
あたしの頬を平手打ち。フィフスは鋼鉄よりも硬いから、自分の手が痛むだけなのを知っている。
だから、あたしをぶつ。
……この女、あたしは嫌い。
執務室に来いと叫び更に平手打ちをしてから、のっしのっしと奥に消えていく。喚き散らしながら。
「けっ。嫌な婆だぜ、まったく」
「フィフス余計な事言わないでよ。……叩かれるの、あたしなんだから」
「じゃあ殺すかあいつ?」
「そこまで憎くない」
「だが生かして置くほど好意もないだろう? その価値もな。……けけけ、ならなら皆殺しにしてやるけど?」
「それは駄目」
「何で? お、お前まさか……っ!」
「……?」
「属性Mかっ! ……ファザコンでM……おいおいフォルトナさん、すげぇぜ尊敬しますぜぇーっ!」
「……シメるよあんまり変な事言うと」
「すんませんでしたっ!」
冗談なのか本気なのか。
……。
……と、当然M云々の話じゃない。殺す殺さないの話の事。
たまにフィフスはあたしをけし掛けているんじゃないかと、思う時もある。
わざとあたしの殺意を煽り、この聖域にいる連中を全て消すように仕向けている節もある。
……それならそれでもいい。
あたしは、別にここの聖域の連中に義理もないし恩もない、好意もない。明確な殺意もないけど別に消しても何の差し
支えもない。むしろいない方が楽なのかもしれない。
でも、それでもここはあたしの『家』だから。
物心ついた時からここにいて、ここで殺しの教育されて、今現在命じられるままに殺している。
人形。
そう。あたしは人形。
人間としてなんか扱ってもらってない。自由はない。なら殺せばいい?
……そう思う。
……そう思うけど、ここでの暮らししか知らないあたしにとって外の世界は怖い。捨てられるのが怖い。居場所のなくなる
事がもっと怖い。怖いから、人形でいよう。人形でいる限り、捨てられない。
捨てられたく、ないよ。
捨てられたく……。
「面倒な事になりました。……彼女がね」
執務室。
フィフスと共に行くと、クロウの椅子にまだあの男が座っていた。当のクロウは傍らに立っている。
椅子に座るはマシウ・ベラモント。称号は『奪いし者』。
「フォウ、お前直ちに指示する奴を殺しに行きなさいっ!」
高圧的なアルトマー。
しかし、サーシャのその口調はいつもとは違う。どこか焦りがある。
その様を感じ取り、楽しむようにフィフスは口を開いた。
はぁ。
さっき余計な事を言うなって、言ったのに。聞いてないのか聞く気ないのか。多分、両方だろう。
一応、あたしがご主人様なのにぃー。
「おいおいサーシャ女王様。どうしてそんなにお困りに? けけけ、もしかして小皺の相談ですか?」
……余計な事を。
「フィフスっ! 誰がお前を目覚めさせて……っ!」
「頼んだかよ、そんな事」
「……っ!」
「おーおー怒ると皺が増えちゃうよぉー、婆」
「フィフス、貴様……っ!」
「てめぇは黙ってろよクロウ。偉大なる『奪いし者』の御前で口喧嘩したら出世に響くぜぇー?」
情夫、というかサーシャの下僕のクロウは黙る。
出世云々はともかく、幹部集団『ブラックハンド』は人の心を捨てているという噂を思い出す。ここで騒げば、お前うるさいの理由
だけど始末される可能性だってあるのだ。
それはごめんだぞ、そうクロウの顔は物語っていた。
「……」
当のマシウ・ベラモントは冷然とこの光景を見ている。
1人浮世絵離れしたような、その態度は冷静を通り越して不気味だった。
……あれ?
その時、いつも執務室にいるアルゴニアンのキリングスの姿が見えない事に気付いた。
任務だろうか?
「サーシャ嬢。そろそろ彼女に任務をお願いしたらいかがですか? ……時には限りがある」
「わ、分かってるわマシウ。言われるまでもない」
タメ口。
顔色を変えるのはクロウだけ。マシウは見た目では気にしていないようだし、サーシャは知りもしない。
……だが無知は死に繋がる。
……あたしの眼から見てもマシウは不気味で、冷酷。残酷。そして、狂気。
殺されないのは、ラッキーなだけだ。
幸運はいつまで続くのだろう。
「フォウ、それにフィフス。アルケイン大学からこの私の素行を調べに来た監察官がいる。私が死霊術師と繋がっていると考え、
大学の連中が派遣してきた。今までただの新規の支部員と思っていた奴が、監察官だった」
「けけけ。死霊術師と繋がってるのは事実じゃねぇか」
「う、うるさい。どの道その監察官は生かしておけない、始末してきなさいっ!」
「あれれー? そんな風に命令できる立場かなぁー?」
「この、人形めっ!」
魔術師ギルドは内部における、死霊術師の弾圧を敢行してきた。
サーシャ自身は死霊術師ではなく、通じていただけなんだけど発覚すれば失脚する。
失脚すれば今までのマリオネット研究資料なども押収される。
フィフスの力を利用している闇の一党としても、彼女が失脚して研究を失うとそれなりに痛手となる。
だから協力している、か。
「と、ともかくっ!」
忌々しそうにフィフスを睨みつけながら、話を再開する。
普段ならここであたしをぶつ。
それをせずに話を続けるところを見ると、本当に追い込まれているのか、余裕がない。
「名をクェス。今、帝都に向かって街道を移動中よ。始末しなさい。今すぐ追って行きなさいっ! 言っておきますけど、私が
失脚するという事はフィフスを自由に出来なくなるという事。意味分かるわねフォウ」
フィフスを取り上げられる?
……嫌。
……それは嫌。
物心ついた時からあたしの側にはいつもフィフスがいた。あたしにとって唯一の家族。
別れたくない。
別れたく……。
「分かりました。殺してきます。……行くよ、フィフス」
「へいへい。了解」
アルケイン大学監察官クェス。
貴女には何の恨みがないけど、今から殺しに行きます。
あたしの為に。
……あたしの、家族と離れたくない我侭と自分勝手と利己的な考えの為に。
……今から貴女を殺しに……。
帝都と結ぶ、黄金街道。
あたしとフィフスは駆ける。街道を通らずに、最短距離で帝都に行ける、つまり脇道を通ればいいんだけど別に帝都に
行く事が目的じゃない。帝都のアルケイン大学に監察官が着く前に、始末するのが目的。
馬鹿正直に街道を走る他ない。
クヴァッチ、スキングラード間にはいなかった。
馬で移動しているのだろうか?
だとすると、まだ距離はある。
かと言って追いつけない、とは言わない。
馬だって生き物だ。それに夜通し馬を走らせても帝都には着けない。
どこかで追いつくし、監察官もどこかで一泊するだろう。
「フォウ、乗れ」
「でも」
「お前の足じゃそろそろ限界だろうが。乗れよ、俺の背中に」
「分かった」
フィフスの背に乗る。
フィフスはアイレイドの戦闘型自律人形。疲れる、という概念はない。以前サーシャが言ってたけどフィフスの体内には
ヴァーラ石だかウェルキンド石を核として魔力炉があるらしく、そこから半永久的にエネルギーを供給しているらしい。
つまり疲れないし、ほぼ永遠に動き続ける。
魔力炉が損傷しない限りは。
「揺れるぞ、舌噛むなよ」
「フィ、フィ、フィ、フィフスっ!」
「なんだご主人様?」
「わ、わざと飛び跳ねながら走らないで……あぐぅっ! ……じだがんだぁー……」
「けけけ。乗り物酔いにご注意を♪」
速い。
その脚力は名馬をも越える。……その振動も。ま、まともに響いてくるぅ。
「フィ、フィフスっ! お、お尻が痛いっ!」
「けけけ。ほーれほーれ」
「あぅぅぅぅぅぅーっ!」
走りながら飛び跳ねる。ゆ、揺れて気持ち悪くなってきたぁー。
……後で覚えておきなさいよフィフスーっ!
ざざざざざざっ。
突然、土煙を上げて立ち止まりあたしを背中から降ろす……じゃなくて落とす。捨てる。叩きつける。
「な、何する……」
「クェス、だよな?」
視界の先には、ダンマーの女性。青い法衣を着込んだ魔術師風の女性。
「誰?」
「あんたに生きててもらっちゃ困る者の使いさ」
「……貴方見た事……そう、マリオネットね。倉庫にあるはずなのにいなかった、フィフス、だっけ? つまりはサーシャが
放った刺客と言ったところか。悪いけど死霊術師はギルドにとって敵。見逃す事は出来ない。告発させてもらうわ」
あたし達を闇の一党とは知らないらしい。
あくまで死霊術師の一派と思ってる。
それならそれでもいい。
……死ぬのは同じなんだから。
「フィフス、神の御許に送って差し上げて」
「けけけっ! 了解でさぁーっ!」
ダッ。
フィフスは大地を蹴り、猛襲。あのスピードに叶う者はまずいない。カジートでさえもあの脚力には及ばないだろう。
まず避けれないし死んだ事すらも気付かない間に繰り出される一撃。
そして……。
「電撃っ!」
バチバチバチィィィィィィっ!
マリオネットは魔法に抵抗がない。
何故なら、元々は当時魔法の使えない人間鎮圧用の兵器だから。魔法戦は考慮されてない。
「フィフスっ!」
「……」
その場に転がる。
ああなると当分動かない。完全に破壊するとなると魔法の威力は足りないものの、一時的に機能停止に陥るにはあれで
充分効果がある。そうだった向こうはマリオネット技術の開発の大元の魔術師ギルド。
弱点ぐらい熟知してあるわね。
「はっ!」
ひゅん。
繰り出す糸。クェスを切り裂く……瞬間、目の前に突如現れた二足歩行のワニに阻まれる。
デイドラっ!
オブリビオンの悪魔。召喚魔法かっ!
その分厚い皮膚はあたしの糸でも完全には切り裂けないらしい。怒りの咆哮を上げる。
「妙な技を使う見たいねお嬢ちゃん。……デイドロス、行きなさいっ!」
がぁぁぁぁぁっ!
デイドロス、という種類の悪魔は再び咆哮の為に口を開け……。
……えっ……?
「きゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
咄嗟に避けた。
避けたけど……完全にじゃない。あたしの左腕は大火傷をしていた。あのワニ、大口開けて吼えたと同時に火の玉を吐き出した。
今まで悪魔系は相手にした事ないから、今までの暗殺とは勝手が違う。
「手を引きなさいお嬢ちゃん。退けば、殺さないから」
「それは、無理」
「どうして?」
「闇の一党ダークブラザーフッドの暗殺者として、逃がさない」
「闇の……ふん」
一転して軽蔑と嫌悪に顔を歪める。
あの顔からしてあたしを逃がすつもりも殺さないつもりもないらしい。そうね、それ妥当。
闇の一党の暗殺者はゴキブリ並の存在。
「デイドロス、頭噛み砕けっ!」
「はっ!」
ひゅん。ひゅん。ひゅん。
駄目だ。あの皮膚はかなり厚い。皮は切り裂けるけど、中までは到達しない。
ならば。
「やあっ!」
「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」
一点集中。
直線に伸びた糸はデイドロスの頭を貫き、脳を貫き、そして後頭部から抜けて出る。どうだ参ったか。
「《奪われる命》っ!」
「しま……っ!」
ポゥっ。
デイドロスに気を取られ過ぎたあたしは赤い光に包まれる。クェスの、魔法だ。
力が抜ける。力が奪われる。
……ち、違う。
「くっ、こ、これは……命が吸われてる……?」
「そう。貴女は一分間、私の魔法の影響下にある。……大丈夫、数秒で貴女の命は終わるから」
魔法は掛かったらお終い。
召喚系は術者が死ねば解ける……召喚された者は消滅するものの、それ以外の魔法は一度掛けられたら術者が死んでも
効力は残る。クェスを殺しても、つまり意味がない。
これが同じ魔術師なら相殺して効力消せるけど、あたしは魔法が使えない。
それに。
「はあはあ」
糸を振るう気力どころか、体を動かす事も出来ない。
あたしは、死ぬ?
「悔い改めなさい、殺し屋。今まで人を殺してきた報いよ。……怖い?」
「……」
怖い?
怖い、のかな。このまま死ねれば、一番楽なのかもしれない。
怖いのかな?
「フィ、フィフス」
「フォ、フォウ」
互いに動けない。
あたしは命を吸われ、フィフスは魔法をまともに受けて機能停止中。呆気ないものだ。これが、終わりか。
15年か。
やっぱり、もう少し生きたかったな。
……普通に、生きたかったな。
「はあはあ、マーティン神父様……」
……。
……。
……まだ?
意外に命、保ってる。数秒なんかとっくに過ぎた。あたしはクェスを見る。……彼女は震えていた。
「な、なに?」
アルケイン大学の監察官クェスの顔色が変わる。
……?
あたしは今だ魔法の影響下。
魔法耐性ほぼゼロのフィフスは大地に転がってるし、彼女の優勢は動かない。なのに動揺している?
何なの?
「貴女、何者?」
「えっ?」
「どんなに生命力溢れる者でも、限度という者がある。わ、私の吸収魔法を受ければオークでさえ30秒も生きてら
れないのに貴女は平然と生きている。その、無限にも思える生命力は一体何っ!」
「あたしは……」
「どんなトリックをっ! どんな秘法をっ! 貴女は何者っ!」
何者、か。
そんなの、あたしが聞きたい。
そんなの、あたしが知りたい。
人の眼には見えない、この鋭利で伸縮はあたしの思いのままとなる指から伸びる糸。
この原理はあたしの知るところではない。
サーシャも知らない。
こんな能力、誰も知らない。どんな文献にも載ってない。
あたしは何?
あたしは誰?
あたしは……。
「貴女もまさかマリオネットっ!」
「あたしが……?」
それは考えた事がなかった。
命令されるままに動くしかない人形だと自分で自分を揶揄していたけれど本当に血の通わぬ人形かもしれないとは
今まで想像すらしてなかった。もしかしたらその通りなのかもしれない。
だから。
だから、フィフスは従うのかもしれない。
だから、あたしの命令にだけ従うのかもしれない。
フォウ。
フォウとは、4。フィフスとは、5。
シリアルナンバーが一つ前のあたしは、上位タイプ?
……ふふふ。そっか。そもそもあたしは人間じゃないのかもしれない……。
「マリオネットならば……これでどうっ! 雷撃っ!」
バチバチバチィィィィィィィっ!
「ひゃっ!」
変な悲鳴。
電撃に体全体を舐められ、そのまま倒れる。体が……痺れる……。
「可哀想だけど、死んでもらうわ。貴女達は危険。このまま、逃がしてはくれないでしょうし。死ね、殺し屋」
「……っ!」
すらりと銀製のナイフを抜く。
まだ痺れが取れない。動けない。答えを出すまでもなく、つまりは抵抗できない避けれない逃げれない。
なす術が、ない。
「殺し屋。でも、同情はするわ。お嬢ちゃん、ごめんなさいね」
あたしは目を瞑った。
死、そのものは怖くないけど……違うね、やっぱり死ぬのが怖い。
神父様に会えなくなるし、クレープも食べれなくなる。
勝手なものだ。
……今まで散々、そう考える者達を手に掛けてきたのに。
……自分勝手。
そして……。
血が吹き出す音、喘ぐ声、何かが倒れる音。眼を開く。喉を掻っ切られて骸となったクェスがあたしの隣にいた。
見た感じ死んでる。
そもそも切り裂かれた喉元を一瞥するだけで、死んでる事ぐらい分かる。
これで死なないなら人間やめた方がいい。
「フィ、フス?」
痺れが取れてくる。震えるけど、あたしは起き上がりトドメを刺した者を見た。
フィフスじゃない。
フィフスはまだ大地に転がっている。懸命に動こうとしているから、機能停止には陥ってないけど、あたしの援護に
回ってクェスを始末するだけの余力はない。
手を下したのは……。
「無敵のコンビがここまで手間取るとは……やれやれ、と言うべきかな?」
「キリングス」
アルゴニアンのキリングス。
クヴァッチ聖域の管理者クロウの腰巾着……である以上に、その地位を狙う狡猾な人物。
かと言ってあたしに対しても、レンツ兄弟ほど露骨に敵対的でもなく人当たりはいい。もっともそれを信じて心許せば足元崩
されるのは分かってる。
あの聖域のメンバーは基本、計算高くて小ずるい。
信用したら、死に直結しかねない。
「何故、あなたがここに……?」
「この間のドラニコス家の面々の抹殺を故意に失敗した、のではないかという疑惑がありましてね」
屍となったクェスは監察官、キリングスもまた監察官。
仕える組織は違うものの、監察官の役目として内部の憲兵的な存在を担ってる。
「それで監視させていただきました。まあ、その流れで不本意ながら手を貸した、わけです」
「それで、フォウの監視結果はどうなんだ?」
「フィフス、まだ……」
「俺様には自動修復出来る機能が内蔵されてる。壊れる事はねぇよ。……それでキリングスさんよ、どうなんだ?」
「そうですね」
視線を交差させるフィフスとキリングス。
その静かな対峙は、アルゴニアンが自主的に退いた。わざわざ姿を現した以上、何か意味がある。
それは……。
「ここはフォルトナ、君の今回の報酬の半額で手をうちましょうか」
計算高く、小ずるい。
彼が三流の策士以上になれないのはその汚い金銭感覚。
それが足を引っ張っているのだけど、自分の事は計算高くはなれないらしい。
「おいおいキリングスさんよ。あんたも馬鹿だなぁ」
「な、何?」
「今回あの監察官を消したのはあんただ、つまり任務達成おめでとう。ヒューヒュー、パチパチ♪ まっ、つまりは全額持っ
てきゃいいじゃねぇか。こっちは任務達成の名誉だけでいい。どうだ、取引成立か?」
「……なるほど。では、そのように」
うまいっ!
取引は、時として向こうの要求以上のモノを差し出す必要もある。その結果、見返りは確実なものとなる。
別に金銭に執着はない。
普通に生きるのに必要な衣食住は聖域で充分だし、不自由にならない程度の金貨の蓄えはある。
クレープ食べるのに困らないお金があればそれでいい。
お金なんて、結局取引材料の一つでしかない。
それを『絶対的な普遍価値』として相手が持つのであれば、差し出してより確実な協定を得る方がいい。
あたしは、そう考える。
三流策士はそこまで読めない。見せ掛けの金貨に心奪われる。
任務失敗報告や裏切り者の烙印を押され、居場所がなくなることに比べれば何ともない。
「フォウ、フィフス。任務達成おめでとう。そう報告しましょう。……では、支払いは後ほどお願いしますよ」
金銭に執着するトカゲは、この場を去る。
残るのはあたしとフィフス、屍のクェスのみ。
「けっ。俗物の馬鹿が。クロウよりマシだが、それほどの器じゃねぇな、あれは。なあ、フォウ?」
「……」
あたしは答えない。
ただクェスの死骸を見つめる。
彼女に罪はない。
ただ自分の職務に忠実だっただけ。なのに死ぬ。恥ずべき仕事じゃないし、おそらくは正しい仕事。
それでも、死ぬ。
世界は平等じゃない。彼女が死に、暗殺者は生き延びる。
……何か釈然としないものを感じた。
「おいフォウ。どうした? 貧乳を悩んでるのか? 揉み洗いだ揉み洗い、それしかないって」
「……」
「おい?」
「フィフス。あたし、思うんだ。自分も、人形じゃないかって。フィフスと同じ、マリオネットかなって」
「はあ? お前、頭打った?」
「ふふふ」
ニコっと微笑。それからクェスの手にしていた銀のナイフを握る。
手でそれを弄びながらおもむろに、そのナイフの輝きを腕に突き刺した。
「ばっ! 馬鹿かお前っ!」
「フィフス、やっぱり痛いよ」
深く深く、抉るように。
自らの手で、自らの腕にナイフが入る。肉を切り裂き、おびただしい鮮血が溢れる。
あたしは血を流す。
あたしは……人のようだ……。
「……」
「おいっ! フォウっ!」
「……」
「おいっ!」
「……」
大丈夫。この程度なら死なないから。死なないように、出血死しない程度に刺してるから。
それぐらいの知識はある。
だってあたし、殺し屋だもの。でも、少しだけ気を失うかなぁ。
このまま気を失って、もしも二度と眼を覚まさないのであれば。それはそれで一興かもしれない。
それはそれで。
……。
あたしは人間だった。
でも、あたしは人形になりたい。人形になれれば、本当の人形になれれば余計なしがらみも感情も生活も、必要なくなるの
かもしれない束縛されたくない。
あたしは……。
「どうして、人なんだろう?」
《我々はタムリエル全土を支配しています》
《我々は技術的に生き物を創造する域に達しています》
《我々は全てを自由に出来る権利を持っています》
《その結果我々の文明は崩壊しつつあります。王族同士の殺し合い、奴隷達の反乱。傲慢が全ての終焉の序曲》
《魔術王ウマリルはオブリビオンの魔王に魂を売り、文明の再建を目論んでいます》
《愚かな事です。我々はそんな愚かな真似はしない》
《神よ。どうか裁定を。我々をお導きください》
クヴァッチ聖域。クロウの執務室。
「……以上で報告を終了します。フォウは見事任務を達成しました」
恭しく頭を下げるアルゴニアン。
キリングスだ。
買収が効いているのか、フォウの任務放棄や今回の苦戦も報告していない。ただ、任務達成のみを報告した。
キリングス、内心何を考えているか分からない。
椅子に座る『奪いし者』マシウ・ベラモントは無言で聞いている。
こちらも何を考えているか不明ではあるものの、不気味さではキリングスを遥かに上回っている。
マシウの傍らに侍立するクロウは、冷や汗を拭った。
沈黙。
沈黙。
沈黙。
それから、重々しく口を開いた。
「ご苦労」
「はっ」
「本当に監察官を殺したのでしょうねっ!」
がちゃり。
大声を上げてサーシャが部屋に乱入してきた。彼女は知らない。
マシウに今までの権勢が通じない事を。
「始末したそうだ。サーシャ嬢」
「なら、いいのよ。あいつが生きていたら、私の身は破滅だからねっ!」
「今回の抹殺は君の顔を立てた行為。しかし好意ではないのだよ。君は我々闇の一党に借りが出来た違うかね?」
「……っ!」
言葉に詰まる。
今まで、アルケイン大学から支部長としてクヴァッチに赴任して以来、やりたい放題だった。
女王として君臨していた。
死霊術師、闇の一党、邪教集団。様々な組織とパイプを持つ女。
その経緯でクロウと出会い、クロウを情夫……というか下僕にし、クヴァッチ聖域の運営にすら口を出し、フォウを初め聖域
メンバー達の上に君臨していたし、メンバーもそのように振舞っていた。
そう、あたかも彼女が聖域管理者であるように。
しかし今、それが通じない。
マシウの本質も噂も知らないものの、サーシャは本能で怖気づいていた。
そして気付く。
……この男に逆らうと危険。
「そ、それで何を代価に支払えばいい?」
口の中が乾く。
それでも、何とか虚勢を張って答える。……自分でも虚勢だと理解していた。
実際には、怖い。
「マリオネットが欲しい」
「それは、無理」
「……ほう」
「あれは一応、魔術師ギルドの備品だからね、資産なのよ。出来損ないならあげてもいいけど」
「出来損ない?」
「人格のないタイプ。性能云々で全て劣るけど、従順よ」
「そもそもあれは何故、人格を持つ? 兵器に人格は必要ない、的確な戦術の為に思考は必要かもしれないが……人格は
余計だろう。それにあの娘にしか従わないという意味も分からない。何故だ?」
「それは……」
分からない。
そう言えば一番簡単なのだが、マリオネット技術の第一人者という看板が傷つくような事は言えない。
はにかみながら答える。
「企業秘密」
「……」
「……」
「……あぁ、そうかぁ。……なら、いい。資料の写しだけ用意してくれたまえ。それで貸し借りはなしだ」
「……いいわ。すぐに用意する」
走りたかった。
走って、執務室を後にしたかったがそれはサーシャのプライドが許さない。悠然と歩き、出て行く。
うまくやり込めたという淡い満足感もあった。
しかしサーシャは知らない。
……もう少しで自分が消される運命にあった事を。