天使で悪魔





暗殺者達の夜





  罪。
  この世界で最大の罪はなんだろう?
  人の価値観によって違うだろうけど、命を奪う事が一番の罪だ。
  何故なら、命を奪うという事は全ての価値をも奪うという事だから。死んだ者は、もう何もする事がない。
  可能性を奪う事。
  それが最大の罪なのだろう。
  しかし人は人を殺す。

  この世の中には、人を殺す事を生業としている者達がいる。
  暗殺者、人は彼らをそう呼ぶ。
  人を殺す事はもっとも忌むべき事。なのに暗殺者達はこの世界から消える事はない。
  何故?
  答えは簡単。

  それはこの世界に他人の死を望む者達が消えないから。
  ……人がいる限り暗殺者達の宴は終わらない。






  「……」
  ひゅん。
  無言で繰り出すあたしの糸は、街路灯を避けて影の中を織るように走る者の首を落とす。
  アルゴニアンの女性だ。
  たっ。
  石の路面を蹴り、あたしとフィフスは闇に溶け込む。
  クヴァッチ。深夜。
  高い丘の上に存在する、城塞都市クヴァッチ。
  周囲を恫喝するような高い丘に存在するこの都市は、難攻不落の城塞都市として名高い。実際、帝都の城壁に引けを取らない
  外観でありその防御力は鉄壁。
  帝都と比べられるのはその城壁だけではない。
  闘技場がある。
  シロディールにおいて闘技場は帝都と、クヴァッチだけ。そんな施設を内包できる時点で、クヴァッチは他の都市とは違う広大な都市
  である事を認めざるをえない。

  アンヴィル、クヴァッチ、スキングラード、帝都を繋ぐ街道は黄金街道と呼ばれ、交易の主要ルートにある街でもあり財政的にも豊か。
  あらゆる意味で特別な都市クヴァッチ。
  現在の領主はゴールドワイン伯爵。別にワイン好き、というわけではない。
  いや念の為。

  「おいおい来たぜ、フォウ」
  「排除します」
  「けけけ。了解さぁーっ!」
  今宵は雲陰る空。月は隠れ、闇が世界を覆い、街頭の明かりはどこか虚ろ。
  闇の世界。
  それは、暗殺者達の夜。
  その夜の中に殺意が膨れ上がり、具現化する……よりも早く。
  「はっ!」

  ひゅん。ひゅん。
  「がぁっ!」
  「げぇっ!」
  肉が切断され崩れ落ちる。闇の中で命が二つ消えた。

  まだまだ甘い。
  襲い掛かる瞬間まで、相手を殺すまで殺意を消せないようでは甘い。

  「おいフォウ。全部消すとはどういう事だよっ!」
  「ごめんなさい」
  「まったく、いつもはウダウダ悩むくせにいざ暗殺するとなるとお前は決断早いぜ」
  「そう?」
  「ああ、そうさ。それだけ決断早いなら、とっととおっさん神父に告白して一夜をともにしたらどーだ?」
  「あ、あたしの神父への想いは……そ、そうよプラトニックなのっ!」
  「プラトニックねぇ。まあ、確かにお前乳ないしな」
  「乳は関係ありませんっ!」
  「馬鹿かお前。男=乳なんだぜ?」
  「そ、そうなの?」
  「そうさぁ。けけけ。おっさん神父の為に今度から揉み洗いしろよ。男はでかければでかいほど萌えるからな。目指すはFカップっ!」
  「……そ、その話題はもういいです」
  「けけけ」

  ふてくされるあたしを、フィフスは笑う。
  今回の任務は暗殺組織の壊滅。

  つい最近、その暗殺組織は闇の一党の一人を襲ったらしい。別に闇の一党に喧嘩を売るわけではなく、闇の一党のメンバーの暗
  殺とは知らずに仕事を請け負い、実行したらしい。不発に終わったが。
  その組織の壊滅。
  「さっさと終わらせるぜ、こんな面倒臭い仕事はとっとと終わらせるに限るぜ」
  クロウ・ガストが裏情報を流した。
  暗殺組織に殴り込みをかける者がいると。その際に、組織のメンバー3名の首を送り付けた。
  だから、組織の本拠地に近づく者の為の警戒として暗殺者達が出張っている。
  「おら行くぞ」
  「うん」
  闇を駆ける。






  「どういう事っ!」
  「……」
  グレイリー商会、第一倉庫。
  表向きは黄金街道で生じる売買の利益でクヴァッチで五本の指に入る商会ではあるものの、その実は暗殺者の組織であり、商売成功
  の最大の理由は邪魔者を全て消して来た為でもある。

  暗殺者は二十名。
  闇の一党を除けば、この近隣では最大の規模を誇っている。
  たかが二十名で?
  これが、大抵の暗殺組織の現状だ。
  秩序というものが保てない。
  闇の神シシスを崇拝し、設立者である夜母を敬愛し、タムリエル最大の規模を誇る闇の一党ダークブラザーフッドが特別なだけだ。

  言い争いが続く。
  倉庫、と言ってもそれは外観だけであり、実際は暗殺者達の生活空間。
  「シェイディンハルのの暗殺の一件、標的が闇の一党なんて聞いてないっ!」
  「……」
  「同志の首が送りつけられてきたわ、闇の一党が報復する宣戦布告としてねっ! 私達の身は破滅よっ!」
  「……」
  インペリアルの女性は、完全に自分を見失っていた。

  名をクェス。
  表の立場はグレイリー夫人。なおグレイリー商会の創設者グレイリーはスクゥーマで完全に自我が崩壊している。これはクェス達の
  仕業であり商会を乗っ取る為の行為。つまりグレイリーはまっとうな商人。
  商売敵を暗殺し発展したのはクェス達に乗っ取られてからの話だ。
  「どうしてくれるのっ!」
  「……」
  「そもそも貴方は知っていたのでしょう? サミットミストの標的が闇の一党だとっ!」
  「……」
  「ラースっ!」
  「……違う。私の名はラースではない。それは偽名だ、君達はいい手駒だったがそれももう終わる」
  「ど、どういう事?」

  「安心したまえ。君達は安全な場所へと逃れ、闇の一党は私が潰す」
  「な、何を言ってるの?」
  漆黒のフードを被り、ローブを纏った人物は低く笑った。
  その笑いを聞き、クェスは怯えたように見つめた。

  暗くはない。
  残忍でもない。
  ただ明るく笑う。この場で?
  そう、そこに違和感がある。そしてクェスは見てしまう。その男の目を。
  ……それは自分を見失っている者の……。
  「お前達の道は決めてある。さあ、後は私に任せて逝きたまえ」






  暗闇を裂き、無数の悪意が降り注ぐ。
  ラルトマー商店街。
  矢だ。
  即効性の毒を塗られた矢が、フィフスに降り注ぐ。外灯に照らされ異様な輝きを放つ矢じりは……。
  キィィィィィンっ!
  「けけけ。効くかこんなもの。……フォウ、屋根の上だっ!」
  カジートよりも正確に闇の中を分析出来るフィフスは、まさに暗殺者として必要なものを全て兼ね備えている。
  死なない肉体。
  闇をモノともない瞳。
  殺戮などの行為に憂う事ない心。

  まさに完璧。
  ……これで上官の命令を聞く機能さえ持っていれば……。
  ひゅん。
  死を紡ぐ糸が、また新たに死の作品を創り上げる。カジートの弓兵は真っ二つとなり果てる。
  「お見事」
  「お世辞はいいわ、フォウ」
  「お世辞? けけけ、そうじゃねぇよ。お前は完璧に殺戮をこなしてる。さすがだよ」
  「……」
  「嬉しくないのか?」
  「嬉しくは、ない」
  「仕方ないじゃねぇか。誉めるほどの器量もなければ性格でもない、乳もないしなぁ。殺戮しか取り得ないんだから、文句言うな」
  「ひ、酷いぃー」
  「けけけ」
  そこまで笑い、フィフスは大きく後ろに弾かれた。
  大きな鋼の槌を両手で持った、オークに吹っ飛ばされたのだ。あたしは大きく跳び、間合いを保つ。
  「こんな子供に、俺様の仲間は殺されたのかっ!」
  「……そーだよな。こんなに乳ない女に殺されちゃ立つ瀬はねぇわな」
  「生きてるのかっ!」
  「生きてるよ。……けけけっ!」
  素早く飛び掛り、蹴りを叩き込む。
  がふ、大量の血を吐いてオークはその場に倒れこんだ。ぴくぴくと痙攣しているものの、直に死ぬ。
  「悪いな、ゆっくり遊んでやれなくて」
  おそらく内臓は破裂してる。
  フィフスの力はオークの怪力よりも強力。反面、魔法に対する抵抗はないものの肉弾戦では最強だ。
  そんなフィフスはあたしに絶対服従する。
  だから、その時になればあたしは闇の一党を抜け出すだけの武力はある。
  ……でも、そうしたら誰があたしを必要としてくれるのだろう?
  「どうしたフォウ。腹でも減ったか、オークの死骸食べたそうに見つめて」
  「ど、どうしてそーなるのっ!」
  「おら、行くぞ」
  「うん」







  《人はいつか死にます》
  《何故なら神様がその終わりを一番最初に定めてからです》
  《だから、どうか後悔のないように日々を生きてください》
  《貴方は生の喜びを知っています。毎日を感謝して生き、その生を常に肯定しているから》
  《なのにどうして、貴方は他人の死を願うのですか?》







  扉を蹴破る。
  情報では、グレイリー商会の倉庫が暗殺者達の拠点として使われている事になっている。
 
  商売敵だから始末する、わけじゃない。
  向こうが知らなかったとはいえ喧嘩を売ったからだ。
  今回の任務はその見せしめであり、闇の一党の体面を守る為だ。
  どちらが良いとか悪いとかではないと思う。
  結局、どちらもお金をもらい他者を殺す。そこに肯定などは存在しない。ただの悪意であり、この世界の冒涜だ。

  「これは……」
  「先を越されたようだなぁ」
  倉庫の中は、死屍累々。
  血の海の中に死体の花は咲き、悪意と殺意はその中を気持ち良さそうに泳いでいる。死の具現化した世界。
  血臭。
  おびただしいその血は、まるで殺戮者が自分の力を誇示する為にわざと撒き散らしたような、必要以上に惨劇を強調していた。
  あたしは血の臭いと殺意の中で育った。
  別に吐き気は感じないけど、不愉快ではある。
  ……何故か、不愉快だ。
  あたしは人を殺す。
  それは悪意であり犯罪であり、あたしは人間の屑。
  それでも楽しむという事はなかった。
  この惨劇を表現した人物は愉しんで殺している。それも、死んだ後にも死者を切り刻んでいる。
  暗殺者にまとも、という言葉は存在しない。
  暗殺をする時点で感性が狂っている。あたしはそう考えている。
  でも……。
  「すげぇな、これ。よっぽど無駄な力余ってんだろうなぁ、この殺意の犯人様はよぉ」
  「……」

  でも、とても不愉快だ。
  ……あたしは不愉快……。

  「誰?」
  押し殺して、あたしは問う。丁度女性の首を切り落とし、テーブルの上に飾っている黒衣の男。
  しかし男は動じない。
  首を、若いインペリアルの首をテーブルに飾り、髪形を治し、生首の口元についた血を丹念に拭う。そして満足したのか微笑んだ。
  「……っ!」
  ぞくり。
  今まで怖いという感情はなかった。
  ……怖い。
  ……怖い。
  ……怖い。
  あたしはこの場にいるのが怖い。あの男の側にいるのが怖い。足がどうしようもなくガクガクと震えているのが分かった。
  隠しようがないほど震える足。
  いつの間にかフィフスがあたしの体を支えていた。
  こんなに取り乱したのは、初めてだ。
  「クヴァッチ聖域のメンバーの資料は読んでいる。君達は……そう、フォルトナとフィフス、だな?」
  「おっさんは?」
  口も利けずに震えているあたしに代わって、フィフスが聞き返す。
  フィフスに恐怖はない。
  しかしこの男は危ない、という感情はフィフスにもあるらしく臨戦態勢のままだ。
  「私の名はマシウ・ベラモント。奪いし者だ。どうぞよろしく」

  「……」
  闇の一党ダークブラザーフッド。
  様々な暗殺者達の集う、楽園。その楽園にはクヴァッチ聖域の面々のような小ずるく計算高い者がいる。
  しかし、それはただの小物。
  その楽園にどっぷり浸かり、人間性を徹底的に排除した人物が目の前にいた。

  闇の一党で出世するという事は心を失う事なのか。
  ……こいつに比べると、任務達成を奪うクロウなんて可愛いじゃないの。
  「私はクヴァッチの聖域に行く。君達も来たまえ」
  「……」
  あたしは怖い。
  仕事柄、様々な者達を見てきたからあたしには分かる。
  マシウ・ベラモント。
  ……この男は狂気に支配されてる……。