天使で悪魔
存在する定義と理由と自分の感情との折り合い
その昔、神様は自分の姿を真似て人間を作ったそうです。
人間はその真似をした。
それが人形。
人の形をした、モノ。
中身のない心のない、人間の出来損ないの真似モノ。
もしも。
もしもその人形が心を持った時、人形は人になりたいと願うだろうか?
……あたしは思うのです。
人形は、人形でいる事の方が幸せだと。
人間には決してなりたくないと。
神のように完璧でもなく、人形のように不完全でもなく、一番曖昧で欲に塗れ、生に固執し、万物の主面をする人間。
あたしは、そんな人間になどなりたくないと人形達は考えるとのだと思うのです。
あたしは……。
ニコニコとした、若いダンマーの男性が通りを歩く。
手には買い物籠。
隣には彼の新妻。
最近結婚し、幸せを謳歌している新婚夫婦。
一人の少女がすれ違った時、その笑顔の顔のまま男の首が地面に落ちた。悲鳴を上げる妻。しかしその目は乾いて無表情。
市場は騒然となった。
依頼人は妻。愛なんて結局、曖昧で無価値なモノ。
依頼した理由は旦那に愛人がいたから。
依頼、一件目クリア。
「てめぇちくしょうこんにゃろうっ!」
「おうおうおうっ!」
「うひゃひゃーのひゃーっ!」
スクゥーマ中毒の一団。
路地裏に蔓延り、深夜になると街を徘徊し不運な遭遇者をフルボッコした後に金品を強奪する。
死者はいない。
その為、クヴァッチ衛兵達も動けない。
というのも、このチンピラの中には有力者の息子が混じっており、下手な事は出来ないでいる。
結局お役所仕事。
父親が握り潰すし、衛兵達も死者がいないという事で手が出せないし、被害者達も大抵は金か脅しで黙る為告発者もいない。
……でも、闇の一党には告発者がいたわ。
「はっはーっ!」
フィフスがノルドの大男の頭を粉砕する。
誇大ではなく、文字通り粉砕。
フィフスはアイレイドの戦闘自律人形。体術に特化したその動きに無駄はなく、その攻撃力はオークもオーガも一撃で殴り殺せる。
ひゅん。
糸が死を紡ぐ。全員を抹殺するまでに、そう時間は掛からなかった。
依頼人は有力者の息子の父親。つまり、有力者ね。
不出来な息子を切り捨てる、その機会を窺っていたらしい。
依頼、二件目クリア。
「ひぃぃぃぃぃぃぃっ! 待て闇の一党、ワシの依頼を受けておきながら反故に……っ!」
「けけけ。しちゃいないさ、息子は始末した。でもな、あんたを殺すように祈った奴もいるんだぜぇ?」
豪奢な部屋の中で、場違いな世界が演出されていた。
調度品には血痕。
絨毯には死屍累々。そしてその上に立つ、二人の暗殺者。あたしと、フィフス。
「待て待て待てっ! 金は払おうだから頼むっ! 見逃してくれぇっ!」
「けけけ。お前ら金持ちは皆そう言う。いい加減飽きたなぁ。フォウ、どうするよ?」
「一党の方針に背けません。神の元に送ります」
「だってよ。生憎だったなぁ」
ひゅん。
罵ろうとしたまま、その首はあたし達を見ていた。スクゥーマ中毒の息子を殺すように祈った、有力者の首が転がっている。
依頼人はスクゥーマ中毒の息子に襲われ、流産したアルトマーの女性から。
息子の暗殺を頼んだその男は、結局同じ暗殺者に殺された。
……皮肉ね。
依頼、三件目クリア。
命は重いもの。
命は想いなのだ。だから重く、そして尊い。
でもそれは本当?
人はいつでもどこかで死んでいる。そして祈る者がいる、闇の神シシスと夜母に。
あたしは死の紡ぎ手。
そうする事で存在する、定義と理由を持ち、捨てられずにいられる。殺しは殺し、言い訳も弁解も無用で無意味。
「た、助けてぇーっ!」
「……」
走って夜の街を逃げる彼女に、罪はない。
この世界において命は軽い。
祈り、正しい儀式をすれば殺人が三度の飯よりも好きな殺人狂が現れ、嬉々として暗殺をこなす。
あたしも暗殺狂。
ひゅん。
死を紡ぎ、演出し、残酷なる死を与える女。
ごとり。
首が落ちた時、あたしはいつも心が痛む。
そう、罪深いあたしが生意気にも罪の意識に苛まれる……それは万死に値する事。
この暗殺者め。
この殺人鬼め。
この犯罪者め。
世間があたしを罵るのは知っている。
翌日になれば新聞に載り、この行為を犯した者を誰もが憎む。
憎まないのは依頼人と、あたしと同じように頭のおかしい同類だけ。
いつもあたしは悩んでいる。
いつもあたしは苛まれてる。
自分の感情との折り合いに悩み、苦しみ、この罪深い手を切り落としたい衝動に駆られる。
あたしは、殺戮者だ。
「どうして泣いてる、フォウ?」
「泣いてない」
「お前の心が、泣いてる」
「泣いてない」
「お前は死を紡いだ。そのお前が後悔したら、殺した連中は何の為に死ぬ? はっ、後悔するなら最初から人間殺すな人生奪うな
だろうが。いいか、お前がしたくなければ俺に命じろ。俺が殺してやる。誰であろうともな」
「フィフス?」
「俺はお前のモノだ。そいつを忘れるな」
それでもあたしは、自分の感情との折り合いが苦手だ。
……四件目、クリア。
《神は人に感情を与えた》
《人はそれを喜んで受け取り繁栄した》
《人は感情を操作できない。そもそもが神様の与えしモノだから。神様の人形である自分達に感情は不向きだから》
《感情に振り回され、他者を愛し壊し嬲り優しさ憎しみ恨み殺す殺せ死ね死ぬ生きろ生きるな潰す殺す嬲る》
《いつか人は知るでしょう。そんな人間の様を見て、笑う神様を》
《壮大で滑稽な、リアル操り人形劇の始まりです》
「うむ。なかなかに精励しているようだな。今後はこの調子で催促される前に頑張れよ、チビスケ」
「ありがとうございます」
クヴァッチ聖域。
聖域の管理者クロウ・ガストに一礼しあたし達は退出した。
終始フィフスは不機嫌。
……それはそうだ。
今月の最低達成件数五件は、とっくにクリアしていたのにその成果をクロウに奪われた。
今日、一気に四件クリア。
これでこの間の武器商人レクター暗殺を含めると五件クリアになる。なんとかこなした、かな。
他の聖域は知らないけどここにいるのは基本的に小ずるく、計算高い。
他人を蹴落とし、自らを高める連中しかいない。
クロウの腹心にキリングスというアルゴニアンがいる。クロウを持ち上げるものの、クロウを軽蔑し侮蔑しているのはおそらくあ
たし以上だ。結束なんてない、皆自分が可愛いだけだ。
……あたしも、そうだけど。
あたしは両親を知らない。物心ついた時にはあたしは暗殺者だった。
だから、あたしの両親も暗殺者だったらしいものの、それを知る者はここにはいない。しばらく前に聖域メンバーの総入れ替えが
あったからだ。正確には大半の者が殉職した、から。
この聖域の中ではあたしが最古参になるものの、一番の年少でもある。
だから基本、あたしは虐げられている。
……この女にも。
「クロウはいるの、フォルトナ」
「サーシャさん」
「分からない子だね。サーシャ様と呼びなさい」
パシィッ。
容赦なく、平手打ちが飛んできた。アルトマーのサーシャ。
闇の一党の関係者ではなく、クヴァッチ魔術師ギルド支部の支部長。アルケイン大学から派遣されてきた才女。
フィフスの、つまりアイレイド戦闘自律人形の研究の第一人者で、フィフスを発掘&調整した人物。
大学から潤沢な資金が提供され、マリオネットの構造の秘密を研究する人物。
それだけ煌びやかな経歴を持ちながら、実は裏では死霊術師や闇の一党、邪教集団と色々なコネとパイプを持つ。
そしてクロウ・ガストがサーシャの下僕(色々な意味で)な為、聖域の管理にも口を出し、実質しきっている人物。
キリングスもレンツ兄弟も、彼女には閉口しているのが現状。
「すいませんでした、サーシャ様」
「分かればいいのよ分かれば。……それにしても相変わらず感情表に出さない気持ちの悪い子供だね、お前」
吐き捨てるように言い、フィフスに一瞥。鼻で笑う。
「お前は感情出しすぎだよ、人形」
「けけけ。妬いてるのか? 生身の癖に心のない自分と作り物の俺様に心があるのが、腹立つ? けけけ、お前の最大の欠点は自
分が一番美しい女だと思うところだよな。悪いけど、お前下から数える方が早いぜぇ?」
「……っ!」
「けけけ」
フィフスの能力を一番知るのがサーシャだ。
もちろんあたしの指示がなければ、勝手な殺戮……というか、相手を傷付ける行為は出来ないのは知っているもののフィフスを殴れ
ば自分の骨が折れる事をサーシャは知っている。
睨みつけたまま、そのままクロウの執務室に消えて行った。
「けけけ。見たかあの顔、悔しそうだったなぁ」
「フィフス、あんまり……」
「おいおい気になるのか、順位?」
「はっ?」
「お前の美的順位もかなり低いぞ? その洗濯板の胸が減点の対象なんだよなぁ。。減点五千億ポイントだな、こりゃ」
「ひ、酷いぃっ!」
「ハハハハハハハハハ♪」
「ううう。フィフスの馬鹿ぁーっ!」
爽やかな笑いをしても可愛くない。
主人はあたしなのに……そりゃあたしの指示なく戦闘モードには移行しないけど……それ以外はあたしが支配されてる。
「おい、フォウ入って来いっ!」
クロウが呼んでいる。
フィフスがニヤニヤ笑った。
「おおサーシャが告げ口したぞ。けけけ。お前、きっとお仕置きで拷問だなぁ」
「ひ、人でなしーっ!」
「けけけ」
「フィフスの馬鹿ぁ」
執務室に戻ると、サーシャが椅子に座り管理者のクロウがその脇に立っていた。
下僕の意味がよく分からないけど、全てに置いて支配されてるのだろう。
「実はサーシャ様の仕入れた情報なのだが」
サーシャはこの聖域において女王として君臨している。
もちろんクロウ以外は、心底心酔はしていないものの管理者があんな感じの為、それに付き合ってる。
「実は奪いし者マシウ・ベラモント様がここに来るそうだ」
知らない名前。
でも奪いし者、というのは分かる。階級であり称号だ。
頂点にいるのが夜母。
実在してるかすらも不明な存在である為、とりあえず最高位に立つのは聞こえし者であるというのが一般的な解釈。
少なくとも聞えし者は存在してるし、生身。今現在はボズマーのウンゴリムとかいう人。見た事はないけど。
聞えし者の次席にいるのが、伝えし者。これは四名いる。
奪いし者はその下であり、それと同時に聞こえし者&伝えし者がそれぞれ一人ずつ従えている直属の暗殺者。つまり五名。
計十名の幹部を総称してブラックハンドと呼ばれている。
聖域管理者はその下に位置する。
「フォウ、フィフス。お前達の任務は他でもない。最近シェイディンハルの期待の新人と名高いフィッツガルド・エメラルダとかいう奴が
襲われた。不幸な事に生きてるがな。ちっ、オチーヴァの懐刀が消える絶好のチャンスがぁっ!」
シェイディンハル聖域はアットホームで有名。
向こうに配属されてたら、あたしはもっと楽でいれただろうか?
「と、ともかく、他にも闇の一党が襲われる事件が多発している。内部に裏切り者がいると上層部が見ている。奪いし者はその見極め
の為に来るのではないかと見ている。そこでお前達、暗殺組織を潰して来い」
「暗殺組織?」
「オチーヴァの新人を実際に襲った連中だ。新興の組織で、この近辺にアジトがある。何にせよ奪いし者が視察に来るのだ、面倒な
事は一切排除する必要がある。聖域ワースト記録保持を脱却する必要もなぁっ!」
……ああ、ワーストなんだ、ここ。
ともかくあたし達は任務を受け、その暗殺組織壊滅の為に動き出す。
あたしは人形。
……暗殺という行為と自分の感情との折り合いなんて、生意気だ。
……あたしは……。