天使で悪魔




クヴァッチの闇




  闇。
  全ての事象に、闇はある。
  世界にも。
  人間にも。
  全ては表裏一体、片方が存在しないのはありえない。
  例え相反する性質であったとしても、存在を維持する為には切り捨てる事は出来ない。

  その矛盾が、世界を回している。
  ……矛盾。






  一番前の席。
  一番前の席。
  一番前の席。
  「そこでアカトシュは、我々にこう語り掛けました」
  クヴァッチ大聖堂。
  神とは無縁であり、また信じてもいないあたしではあるものの、神父の語る奇想天外な神々のお話は大好きだ。
  その話に関わりなくとも。
  その神に関わりなくとも。
  興味深いものは興味深いし、楽しい事は楽しい。
  あたしはフォルトナ、コードネームはフォウ。闇の一党ダークブラザーフッドの暗殺者。クヴァッチ聖域所属。
  信奉するのは闇の神シシス。
  敬愛するのは闇の一党の創設者である、夜母。
  闇の一党の暗殺者にとって闇の神シシスは父、夜母は母。我々はシシスの種と夜母の子宮より生まれいでし邪悪な子供達。
  ……もちろん、ただの概念。
  しかし世間一般ではそう思われているし、実際血塗られた家族達の集団だ。
  ……そんなものに九大神の加護?
  神様はあたしなんか見ていない。
  何故なら、そもそも神様なんて存在しないし存在したとしてもあたしは邪悪。そう、敵なのだ。
  ……どんな酔狂であたしを加護するの?
  ……ふふふ。笑っちゃうね。
  「では今日はこれまでにしましょう。皆様、良い一日を」
  厳粛な空気の中で臆する事なく、凛とした口調で語っているのはマーティン神父。
  物腰、どこか気品がある。
  お父様は農民みたいだけど、そうは見えないなぁ。
  説法が終わると、礼拝に来ていた人達は帰っていく。1人、また1人。気付くとあたしとイビキをかいているフィフスだけになってた。
  「やあ、フォルトナ」
  ぺこり。
  あたしは立ち上がって頭を下げる。もう、顔なじみだ。
  毎週日曜の朝一番にあたしは聖堂に入り、一番前の席に座って話を聞いている。
  意味?
  別に、意味はないと思う。
  ただの趣味。
  暗殺者でも、やっぱり息抜きは必要。
  「毎週毎週熱心だね。君は余程信心深いようだね」
  「ふぁぁぁぁぁっ。こいつがぁ? はっ、おっさんは知らねぇだろうけどこいつの目的はあんただぜ?」
  「フ、フィフスっ!」
  慌てる様が滑稽だったのだろう、フィフスはお腹を抱えて笑った。
  意地悪な人形。
  一応、あたしが主人なのに言葉遣いも悪いしズケズケモノ言うし。

  ぎこちないとは自分でも分かっているものの、神父様に微笑を向けた。……やっぱり、ぎこちないかな。

  マーティン神父。
  年の頃はいくつぐらいだろう。40……もしかしたら50……。
  そして15才のあたし。

  恋愛感情を抱く年齢差ではない(あたしの感覚的に)のは自分でも分かってるし、理解してる。でもマーティン神父とお話をしている
  とどこかいつも照れて、はしゃいでいるのには自分でも気付いていた。

  何でだろう?
  「ほう、フォルトナは私が目当てか。ははは、フォルトナの様な可愛い子に兄のように慕われるのは嬉しいな」
  「えへへ。(///∇//)テレテレ」
  「おっさん、年いくつだ?」
  「フ、フィフスっ!」
  「おっさんは50かそこらだろ? でフォウは15。2人が兄妹だとして、その両親はどーいう計画設定でそんな年の差の子供
  作ったんだよ。そもそもそこでおかしいだろうが、おっさん」
  「おっさんおっさん言わないでよフィフスっ!」
  「おっさんはおっさんだろうがっ! この顔見てどうフォロー出来るんだよ、誰が見てもおっさん=マーティンだろうがっ!」
  「おっさんはおっさんでも神父様なのよっ!」
  「けけけ、じゃあおっさん神父かこりゃいいや。けけけっ!」
  「おっさん神父ですってぇっ!」
  「……すまない、君達おっさんはやめてくれないか……」
  沈痛な面持ちのマーティン神父。
  フィフス止めてるつもりがヒートアップして凄い事を言ってたかもー。確信犯のフィフス、鼻歌。
  ……後で、絞める。

  「ご、ごめんなさいマーティン神父。……フィフスも謝るの……」
  「俺が? 何でよ?」

  「謝るの。ムカッ( ̄∩ ̄#」
  「わ、悪かったおっさんっ!」
  付き合いが長いから、あたしがどれだけ怒っているかすぐにフィフスに通じる。
  フィフス、平謝り。

  鷹揚に手を振り、マーティン神父は謝罪を受け入れてにこやかに微笑む。
  「大丈夫。私はどう見てもおっさん、気にしていないよハハハハハハハハハ」
  ……な、なんて乾いた笑い。
  結構な痛手みたい。
  「だけどおっさん」
  「フィフスっ!」
  「はいはい。話が進まないじゃねぇか。……で、おっさん神父。お前兄貴には見えないけど、父親にはなれるんじゃねぇか」

  「父親……ふむ。フォルトナ。今日から私の事をお義父さんと呼びなさい。はっはっはっ♪」
  「お前その響きで絶対今心の底から萌えてるだろ?」
  「それが嫌ならパパでもいいよ。フォルトナ、パパだよー♪ はっはっはっ♪」
  ……。
  ごめんなさい今あたしの頭に鉄球が飛んできませんでした?
  ああ違いますか違いますよね記憶と思考の一部が飛んだ気がするんですー。
  あうあう。
  「あん? どした、フィフス?」

  「……ちょっと、マーティン神父のイメージ壊れた……」
  ( ̄[] ̄;)!ホエー!!





  聖域と呼ばれる場所。
  それは闇の一党の拠点の一つの事を指す。
  一つの都市に一つの聖域、というわけではなくクヴァッチのように都市にあるのはシェイディンハル聖域のみ。
  正確な数は知らないけど、遺跡や砦跡、洞窟など各地に聖域は存在している。
  そこに所属する暗殺者達は任務に従事し、殺しの衝動を満たすのだ。
  あたしが所属しているのはクヴァッチにある、聖域。
  その昔、愛人に殺された貴族の寂れて廃れた豪邸の地下に、その場所はある。
  「ちくしょうちくしょうちくしょうっ!」
  クヴァッチ聖域、クロウ・ガストの執務室。
  黒い肌の太ったレッドガードの男性は荒れ、暴れ、机の上の調度品を床に叩きつけた。

  クヴァッチ聖域管理者クロウ・がスト。コードネームはカラス。
  「ちくしょうちくしょうちくしょうっ!」
  「……」
  その傍らに立ち、無表情でいるアルゴニアンはキリングス。
  サイレント、と呼ばれる暗殺者。
  暗殺者であると同時に上層部か送ってきた監察官であり、この聖域内において別格待遇の人物。立場としてはクロウの下に位置
  するものの上層部の派遣してきた人物だけあって、クロウも気を使っている。

  そして机の前に居並び、お叱りの言葉か訓示かは知らないけど、受ける為に立っているのがあたしフォルトナ、フィフス、そしてカジー
  トの三兄弟のレンツ兄弟。

  「ちくしょうちくしょうちくしょうっ!」
  発作的に、切れている。
  いつもこんな感じ。他の聖域の雰囲気は知らないけど、ここは陰険であり、暗い。
  管理者も含め小ずるく計算高い。
  ぜぇぜぇ。
  息切れを始める管理者。そろそろ本題に入る兆候だ。
  「ちくしょうっ! 今日も聖域管理者達の会議の席でオチーヴァに馬鹿にされたっ!」
  何度も出た名前。既に覚えてる。
  オチーヴァ。シェイディンハル聖域の管理者。
  「クロウ、貴方の聖域の任務達成率は低いですね貴方の運営能力に問題があるのではないですか……余計なお世話だっ!」
  ここのメンバー、馴れ合いを嫌う。
  かといって純粋な暗殺者かといえばそうでもなく、策謀家というか謀略家というか。
  相手を蹴落として自分の地位を高めよう、というのが普通。
  あたしは全員を嫌っている。
  ……向こうもあたしを嫌っているだろうけど、それはいい。ただ一つ、共通点がある。
  クロウは無能。
  これは間違いなく一致している。もちろんそんな事を一言口にすればそれをネタに脅迫してくるだろうけど。
  「オチーヴァめっ! くそ、自分のところの聖域には優れた新人がいるからって……くそぅっ!」
  「クロウ。落ち着きたまえ。向こうは1人多い、達成率は違っても不思議ではない」
  「そ、そうだな、キリングス。その通りだ」
  アルゴニアンの監察官の助け舟。
  もちろん善意からでも友情からでもない。クロウが管理者という立場で利用できるから助けるだけであって、不要になれば船から
  突き落とすだろう。ぎょろん。異質なトカゲの眼で、あたしを睨みつける。
  「フォルトナ、君が遊んでいるからこんな事になる」
  「……あたし、ですか?」
  「そう。君だ。実は観察として調べたが……君は聖堂なんかに出入りして何をしているんだ?」
  「関係ありません」
  ガンっ!
  あたしはその場に倒れた。カジートの1人……見分けがつかないしレンツ兄弟、という名称しか知らない……ともかくカジートの一人が
  あたしの後頭部を殴った。苦痛で一瞬、眩暈がする。
  「裏切り行為じゃねぇだろうな? お前のお陰で俺達まで侮辱されたんだぞっ!」
  「あたしは任務をこなしています」
  ゆっくり立ち上がりながら、カジートを睨みつける。
  チンピラ上がりの殺し屋。
  睨みつけられたカジートは、一歩下がる。あたしと彼とでは格が違う。あたしにとって殺しは幼き頃からの仕事。
  クロウが嘲りながら言う。
  「男に入れ込んで任務をこなしていないお前が、よくそこまで啖呵を切るな」
  「任務をこなしてない……あたしは、任務をこなしていますっ!」
  「まだ今月は一件だ。お前以外は最低目標をクリアしている。聖域の面汚しめが。……ふん、お前も随分大人になったものだな。まさか
  男漁りをして任務に支障を出すとはな。女は怖いな、キリングス」
  「まったくです」

  嫌味たらしく追従をするアルゴニアン。
  ……任務達成、奪われた。

  ……いつもの事。いつもの事じゃない。
  ……感情を殺せば痛くない。感情を殺せば心は痛くない。泣いては駄目泣いては駄目。

  ……だって泣く奴は暗殺者じゃない。そしたらここに居れない。捨てられる。どこにも居場所がなくなる。
  ……だから、泣いては駄目。

  孤立無援のあたしの様を見て、気を良くしたのかカジートの三人組があたしを嬲るべく拳を振り上げ……。
  「い、いてぇっ!」
  「悪いな、ネコども。俺様の柔肌は、鋼鉄並なんだよ。まさか骨折れるほど軟弱じゃねぇよな?」

  無言を決め込んでいたフィフスがあたしとカジートの間に立ち塞がる。
  フィフスの肌は実際は鋼鉄よりも堅い。フィフスの肌……正確には偽装用の皮膚の下にはミスリルの装甲、骨格が仕様されている。

  勢いで殴ったカジートの拳の骨は、事実砕けた。
  「貴様裏切るつもりかっ!」
  「はあ? けけけ、だからお前は無能な指揮者なんだよクロウ。俺はただ立ってるだけ、勝手にそこのボケネコが俺殴って骨折った
  だけじゃねぇか。それが裏切り? はっ、そもそもお前なんぞが生きてるのが人の期待裏切る行為だろうが。死ねっ!」
  「な、なにぃっ!」
  「キリングス、お前だってそう思ってるんだろ? こいつ死ねばお前がここ任されるしなぁ?」
  「……」

  何か口を開きかけて、キリングスは沈黙した。
  あまりにも核心を突かれた為、不用意に口を開けば余計な事を喋る可能性を考慮したのだろう。
  「クロウ、貴様生きてここから出られると思うなよっ!」
  「はぁ? そこまでボケたか、お前。……誰が誰を殺すって……?」
  凄みのある視線を向ける。
  そもそもフィフスは生きていない。戦闘型自律人形。
  死という概念がないだけ、死という意識も恐怖もない為、まともにやればここにいる誰も助からない。凄まれたクロウはそのまま椅子
  に倒れこむように、腰を下ろした。
  カジート三兄弟は恐れて、下がる。反面、キリングスは自分からけし掛けたいぐらいに、ニヤニヤしている。
  クロウが死ねば彼が管理者だ。
  ……でも。
  「やめなさい。フィフス」
  「……くぅっ! 何で止めるっ! こいつ殺せばお前は自由だろうがっ!」
  「やめなさい」
  「……五秒待て五秒。こいつの首引き千切ってやるからよ。キリングスさんよ、あんたが次の管理者だぜ。フォウに優しくしろよ」
  にやりと笑うキリングス。
  もちろん、保身もある。ここでフィフスが殺さなかった場合、クロウを敵に回す事になる。
  控えめに笑った。見ようによっては、引き攣っているようにも見える。
  ひぃっ。
  聖域管理者に似合わない、悲鳴を上げるクロウ。
  そして……。
  「許しません、下がりなさいフィフスっ!」
  「……っ! ……ああ分かった、勝手にこいつらに嬲られて人生食い物にされてお前も死ねっ! くそぅっ!」
  「……すいませんでした。謝ります」
  深々と頭をあたしは下げた。
  ちっ。小さく舌打ちが聞えた気がした。キリングスは、無表情のままこの場の収拾を決め込む。
  「まあ、事を荒立てる事はないでしょう。フィフスの暴言は許し難い、しかし暴言だけで裏切りとは決め付けるのは早計。それにレンツ
  兄弟との諍いも、確かに殴ったのは彼らであり非は彼ら。不問に処したいのですが、よろしいですかクロウさん?」
  「……あ、ああ、それがいい……」
  「フォルトナには後で任務を命じます。それまで、自室で待機」
  「はい」





  「何であいつ殺さないんだよっ!」
  苛立ち拳を壁に叩きつける。
  マリオネットは武器を使わない、基本的には体術に特化している。魔法も使えないし、当時の奴隷鎮圧用である為魔法に対する
  抵抗力もまたほぼ皆無。というのも、当時の人間は魔法が使えずそういった魔法抵抗能力は必要ないと考えられた為だ。
  魔法に対しては脆弱ではあるものの白兵戦での攻撃力は凄まじく、オークだろうとオーガだろうと素手で粉砕する。
  そんなフィフスが殴るのだから、壁はひび割れる。
  あたしはベッドに寝そべり、枕を抱き締めて泣いていた。
  泣いて泣いて。
  心が悲しくて。どうしてあたしは普通に生きられないのだろう?
  「泣くぐらい悔しいなら殺しちまおうぜっ! なっ!」
  「……あたし、駄目だもの……」
  「はぁ?」
  「……あたし、ここを捨てられたら行くところないもの。ここしか必要としてくれる人、いないもの……」
  「ぴーぴー泣くんじゃねぇよ腹立たしいっ!」
  「……ご、ごめんなさぁい……」
  「まったく苛つくぜっ! そんなに泣くぐらいなら始末すりゃいいんだ。そうさ新しい人生の門出にここの連中皆殺しにすりゃいいん
  だ。そしたらお前も華々しい第一歩を踏み出せるんじゃねぇの?」
  「……で、でも……」
  「俺は嫌だぜ。あんた雑魚のボケに従うの、金輪際ごめんだねっ!」
  「……あたし、にも……?」
  いつからだろう?
  フィフスが側にいるのは。あたしはまだ幼かった。……そう、あたしはまだフィフスより幼かった。
  あたしは成長し、いつの間にかフィフスを追い越した。
  永遠に年を取らない人形。
  いつからか側にいるのが普通だと思うようになっていた。幼い頃、どういうわけかあたしの言葉で起動し、あたしの側にいつも存在
  している。それはこの先も変わらないのだろうか。それともいつか終わるのだろうか?
  「フィフスは、あたしを必要としてくれるよね?」
  「はあ?」
  「フィフスだけは、あたしをいらなくならないよね?」
  「おいおいてめぇ、自信ないのか? 自分に自信ない奴は必ずそう聞く。いいか、聞くという時点でお前は関係を疑ってるんだよそんな
  に自信ないなら俺を捨てろ。いいな、それが嫌ならそんなクソみたく下らない質問はやめろっ!」
  「……ご、ごめんなさぁい……」
  「だからピーピー泣くんじゃねぇよっ! ……ったく、人間は面倒臭せぇぜ……」
  「ううう」
  「普段は冷静すぎて可愛げないくせに。この、色気ゼロ女」
  「ひ、酷いぃ」
  「けけけ」
  あたしは暗殺者。
  幼い頃から、そう教育されてきた。
  そして知る。
  暗殺者は、ただの犯罪者。
  ここを追い出されればあたしは誰にも必要とされず誰からも見向きもされず、死んでいく。
  それがずっと怖い。
  冷たい路地裏で死んで行きたくなんてないっ!
  ……あたしは人形。
  ……糸の縺れた操り人形。
  ……誰の為に舞い、誰の為に存在しているのだろう……?
  ……あたしを操るのは誰……?
  「そうだフォウ。俺と主従交代しようぜ。そしたらお前、楽じゃねぇか?」
  「今もあたしの方が押さえつけられてる気がするんだけど……」
  「けけけ」
  「うぅー、フィフスの馬鹿ぁ」
  o(;△;)o エーン。
















  世界は過ちに満ちている。
  おお、気高き君よ。
  おお、至高な君よ。
  貴女は運命の紡ぎ手。その手に纏わりし糸は、全ての運命を貴女の思いのままに奏でる為。
  どうか。
  どうかその糸で我々の運命を紡いでください。
  貴女のお力で我々の破滅を回避してくれるのであれば、幸いです。
  貴女は運命の人。
  貴女の名は……。